好きな人に、好きな人がいる。   作:泥人形

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おれの、好きな人。

 

「という訳で好きです! アス姉! 付き合ってください!」

「うーん、無理かなー。それよりシウくん、新人教育終わった?」

「エーーン! 三人とも終了しましたぁ!」

 

 通算何回目かも分からない失恋をしたおれに、「お疲れ様、ありがとね」と和やかな声をかけてきたのは、当然ながらアス姉────アスナであった。血盟騎士団初期メンバーにして、紅一点。鬼の副団長と名高い、あのアスナである……なんてことを、本人に直接言ってしまえば、それこそ鬼のように激怒しそうなものであるのだが、まあ、心の中で思うくらいは自由だろう。

 それに、実際のところ、アス姉を《攻略の鬼》なんて言い始めた輩は、ぶっちゃけセンスがあると思っていた。

 攻略中に檄を飛ばすアス姉、マジで怖いからな。普通に角とか生えてるの見えるもん。

 そういうところも含めて好きなのだから、全くやれやれ、恋は盲目であるというか、何というか……と、我がことながら呆れてしまう。

 これでせめて、両想いだったら良かったんだけどな。

 見ての通り、勝ち目が一ミリも見いだせないタイプの片想いであった。

 そろそろ諦めたいところであるのだが、もう人生の半分くらいは一緒にいた感情なので、早々手離せる訳もない。

 そんなおれの、複雑な心境をまさか看破した訳ではないだろうが、呆れたような目をしたアス姉が、小さくため息を吐いた。

 

「何だかもう、シウ君からの告白、デイリーログインボーナスみたいに思えてきたよ、わたし……」

「ログボだって言うなら受け取って欲しいんですけど?」

「う~ん……無理かな……」

「熟考してもやっぱり駄目なんだ……」

 

 その内おれの告白でプレゼントボックスがパンクしそうなアス姉だった。いつかは一括受け取りして欲しいものであるのだが、残念ながら現実は、期限切れでドンドン削除されている感じだった。

 時間経過で廃棄される恋愛感情、か。パッと見最悪の字面だな、と思った。

 おれが懲りずに告白を重ねているのが悪いのか、あるいは受け取らないアス姉が悪いのか、軽く議論を交わせそうなほどである──といっても、もちろん、初めの一回目はこんな雑な処理はされなかった。

 真っ当に真摯にフラれた記憶が焼き付いている。

 おれがスッパリ諦められる人間であったのならば、そこで話は終わっていただろう。そうはならなかったから、こうなっているのだが。

 ここまで来たら長所なのか短所なのか、微妙に分からなかった。

 

「いや、長所だとは思うけどね。シウ君のそういうところ、わたし好きだよ」

「そうやって軽々に好きとか言うから、勘違いするやつが出てくるってことを、アス姉はいい加減覚えた方が良いと思いますが……」

「やだなあ、こんなことシウ君くらいにしか言わないよ~」

「まあ、アス姉は、キリ兄の前だと緊張しすぎて、意味不明なツンデレになりますもんねぇあ!? ちょっ、蹴らないで! ごめんって、アス姉!」

 

 ニッコリ微笑んだまま蹴りを叩きこんでくるアス姉だった。圏内なのでダメージは発生しないし、そもこの世界に『痛み』は存在しないので、衝撃だけがおれの足を貫通していく。

 これはこれで不快である。

 あとノックバックは普通に発生するので二重に不快だった。

 

「別に! わたしは! キリト君のことなんて! 好きじゃないもん!」

「流石に無理がありますってそれ……」

「無理じゃありません!」

「無理ですって。いや、マジで無理。不可能」

「そ、そんな真顔で言わなくても……」

 

 しょぼしょぼしょぼん……と肩を落とし、数秒書類(というか、オブジェクト化された室内マップ)と睨み合ったアス姉が、そこそこデカいため息を吐いた。

 今更ではあるが、ここはアインクラッド三十九層にある、血盟騎士団()本部である。

 そう、旧本部。つい最近、我が血盟騎士団団長のヒースクリフが、五十五層にあるやたらとデカい建物を購入し、そこを新本部とした。

 なのでまあ、それに伴った引っ越し作業……はこの前終了し、そのオマケのような時間を、のんびりと二人で過ごしていたのであった。

 一応アス姉は副団長で、おれは副団長補佐だからな。

 名目上は、旧本部の最終整理・清掃である。後は戸締り。

 現実とは違い、アイテムやら何やらは収納するだけで良いのが楽なところであるが、良いか悪いかはまた別であるのだな、と思った。

 良くも悪くも、名残惜しい。

 

「こことも、今日でお別れなんだよねぇ」

「ですね、明日には売っぱらうって、団長言ってましたよ」

「寂しくなるなあ……わたし、新本部苦手なのよね」

「知ってます……というか、アス姉は牧歌的な町が好きで、都会的な街が嫌いですよね」

「一概にそういう訳じゃないけど……まあ、そうね。確かにそういう気はあるかも」

 

 懐かしむように、アス姉が窓へと目を向ける。そこには実に田舎的な光景が広がっているだろう──もちろん、SAOは西洋ファンタジーをモチーフにした世界であるので、日本的な光景ではないだろうが。

 それでも、雰囲気は近い……はずだ。それこそ、アス姉の実家────閃光のアスナではなく、結城明日奈の母方の実家。宮城県の山間部にある、小さな村と。

 何故そんなことを知っているのかと言えば、そりゃ当然ながら、おれとアス姉はリアルでの知り合いだからである。

 まあ、知り合いと言うか……何というか。

 ざっくり言えば、幼馴染であった。幼馴染と胸を張って言えるほど、付き合いがあった訳では無いが。

 どちらかと言えば、憧れのお姉さんといった色が強いと言って良いだろう。

 おれはどこにでもいるようなゲーム好きのガキンチョで、アス姉は女子校に通うお嬢様。

 そりゃ拗らせるだろって感じの関係だった。

 

「今も、シウ君にとって、わたしは憧れのお姉さんなのかな」

「いや、普通に好きな人ですが……」

「それは、あんまり変わらなくない? 好きって感情には、そこら辺も含まれると思うけど」

「まあ……そう言われたら確かに、憧れのお姉さんのままかもしれないですね。ただ、そういった言い回しをするなら、世話のかかる上司って呼び方をしたいですけど」

「ひ、人をお転婆みたいに……」

 

 実に不満そうにジト目を向けてくるアス姉であったが、撤回する気はなかったので真顔で見つめ返すことにした。

 アス姉は結構お転婆だ──お転婆になった、と言った方が正しいだろうが。

 この世界に来る前のアス姉はかなりの箱入りお嬢様で、品行方正、清廉潔白、親に言われたことは粛々とこなし、自身の欲求はかなり奥深くに隠し込んでしまうような性質だった。

 それがこの世界に来たことで、解放されているようだった。

 あるいはそれは、『剣士』としての側面を手に入れたが故に、発散方法を知ったということなのかもしれないが。

 

「大丈夫、責めてる訳じゃないですよ。良いことだと思ってます。おれはずっと、アス姉にはそういう風に、振る舞って欲しかったから」

「……君、わたしのこと好きすぎでしょ」

「えぇ……今更? 好きすぎじゃないと、こんなにしつこくないと思いますよ」

「あははっ、確かに」

 

 しつこいということは否定せずに、屈託なく笑うアス姉だった。そこは否定して欲しかったなあ、なんておれの気持ちが届くわけもなく、小さくため息を吐く。

 まあ、これで良い。これが良いとは全く、言える訳も無いが、悪くはない。

 というか、悪くはないと思わないと、頭が滅茶苦茶になりそうだった。

 かなり分かりやすくドギツイ『僕が先に好きだったのに(BSS)』をかまされてる訳だからな。何回枕を濡らしたか分かったものではない。

 客観的に見ても普通におれが可哀想だと思うもん。

 相手がキリ兄じゃなかったら、軽く癇癪起こしていたところである……いや、そう、本当に、相手がキリ兄だからな……。

 認めたくはないがお似合いだとは思うし、普通に両思いだと思うので、さっさと付き合うなりして完全に諦めさせて欲しいものだな、とアス姉を見ながらそう思った。

 

 

 

 

第二話 おれの、好きな人。

 

 

 

「──以上で、報告を終了します」

「うむ、ご苦労。悪かったね、雑用を押し付けてしまって」

「いえ、わたしが望んだことなので。他に用がないなら、わたしは下がりますが……」

「ああ、うん。私の方からも依頼は特にない、下がりたまえ」

 

 アインクラッド第五十五層主街区:グランゼム。そこの中央に位置する血盟騎士団新本部、最上階。

 旧本部について、団長へ報告を終えたアス姉と共に、一礼してから団長室を出る。

 っふー、緊張したな。

 一応、おれも初期メンバーではあるのだが、団長は普通に初老の男性って感じなので、前に出ると常に緊張感を持たされる。

 苦手なんだよな。あの人の、何でも見透かしてるような目。

 何も悪いことしてないのに、つい何かしちゃったかなと不安になる。

 

「シウ君はまあまあ常にやましいことあるでしょ……この前もキリト君と二人で、昼間っから花火大会してたじゃない」

「いや、あれはキリ兄が悪くないですか? おもむろに肩ポンして花火見せつけてきたんですよ?」

「うんうん、そうだね。攻略会議直前じゃなかったら、わたしもギリギリ許してたかなあ」

「……へへっ」

 

 言い逃れは不可能そうだったので笑って誤魔化そうとしたのだが、「まだ許してませんからね」とでも言いたげにおれの頬を抓るアス姉だった。

 こういうお堅いところは相変わらずというか、SAOに来てから拍車がかかってるように思える。

 副団長という責任がそうさせているのかもしれない、と思った。あるいはおれやキリ兄が好き放題するからか。

 どちらにせよ、変わったところばかりではなかった。

 まあ、そこがまた良いのだが……。

 

「それより、今日はこれから予定ある?」

「これからですか? 一応、業務は終わってるんで……まあ、レベリングしますかね」

「おっ、勤勉な攻略組だ。何時までの予定?」

「え? いや普通に朝までですけど……」

「君、そういう変なところばっかり、キリト君から学習するよね……」

 

 本当にやめて欲しいんだけど……とかなりマジなトーンでアス姉が言う。しかし、如何にも常識人のような振りをしているアス姉ではあるが、アス姉はアス姉で過去に一週間、ほとんど寝ずにダンジョンに籠ったことのある女である。騙されてはいけない。

 おれの知る限り、ぶっちぎりでイカレてるプレイヤーはアス姉である。

 そんなアス姉と比べれば、今から朝までレベリングなんて可愛いものだ──というか、ギルドで役職を貰っている以上、多少なりとも事務仕事は発生する訳であり。

 それに時間を持っていかれる以上、どこかで無理をしないといけないのは、誰だってそうである。

 ソロ時代が懐かしい……いや、正確にはソロじゃなくて、三人パーティーだったんだけど。

 

「シウ君って、今レベル幾つだっけ?」

「80ピッタリです。そろそろ81になるかなあって塩梅ですけど」

「おっ、結構上がったね。わたしの三つ下だ」

「いや高いな……三つも差があるのかよ」

 

 たった三つ。されども三つである。基本的に、その層+10が安全マージンとされているSAOで、現在62層を攻略したばかりのおれたちのレベルは、非常に高い方ではある。

 といっても、これくらいは当然だ。攻略組最強ギルドの一員であり、尚且つただの下っ端ではないのだから、このくらいのレベルは保持していないと格好がつかない。

 しかし、そうはいっても、このくらいのレベルになると、一つ上げるのもかなり苦労する訳で……。

 三つ差はまあまあ大きかった。美味しい餌場に三日籠っても追いつけないんじゃないだろうか。

 おれより忙しい立場だというのにこれなのだから、いつ寝てるんだこの人って感じである。

 いや、まあ、おれの場合は暇な時間を道楽に注ぎこんでいたりもするのだから、結局はそこの差でしかないような気もするのだが。

 そういう息抜きを必要としない、ストイックな生き方は、おれにはできない。

 流石だな、と嘆息するしかなかった。

 

「いや、単純にシウ君がパーティでのレベリングを好まないからでしょ。ソロは効率悪いって、前にも言ったよね?」

「でも今SAO内で一番レベル高い人、多分ソロですよ。キリトって言うんですけど」

「キリト君は例外! もー、あの人の真似しないでよー。本当、いつ死んじゃうか、分からないんだからね!?」

「まあ、死んだ時は死んだ時でしょう」

 

 運が無かった、で終わるんじゃないだろうか。あるいは、ああミスっちまったな、とか。

 ギルドに入っておいて何をという話ではあるのだが、おれはソロが好きである。

 それは何も、おれのコミュニケーション能力が極端に低いだとか、ギルドメンバーとの折り合いが悪いだとか、そういう話ではなく、単純に全てが自己責任であるからだ。

 勝った時も、負けた時も。

 ラッキーも、アンラッキーも。

 成功も、失敗も。

 全てが自己責任で完結するが故に、おれはソロが好きなのである────仮に死ぬことになった時に、誰のせいでもなく、百パーセント自分のせいで死ぬのならば、きっとおれは受け入れられるから。

 無論、ボス戦は例外であるのだが……アレはアレで、別種の「仕方ない」を与えてくれるからな。

 何せ”ボス”なのである。

 あー、強いし、これはもうしゃーないわ、って多分思える。というか、五十層で死にかけた時に、そう思えた。

 じゃあ何でギルドに入ったんだよという話にはなるのだが……そりゃもちろん、アス姉がいるからだよな。

 言ってしまえば、それだけである。何なら、その一点にしか価値はない──のだが。

 

「わたし、シウ君のそういう、自分の命にあまり固執しないところ、すっごく嫌い」

「……手厳しいですね。別に死にたがりって訳じゃないんですけど」

「むしろそのくらいの方が、相手しやすくて良いくらいだよー。シウ君はそれと違って、死にたくはないけど、その場面が来た時に、まあいっかーとか思いそうだから、益々嫌いなのっ」

「嫌いに嫌いを重ねられている……!?」

 

 しかし、そうは言っても、今更変えられる部分じゃないからなあ。

 この世界に来てから約二年間、ずっとそんな風に考えて生きてきた。いや、あるいは、現実世界にいる時だって、そう考えていたのかもしれない。

 死がより鮮明に、隣り合わせになったのを感じたから、ただ表出しただけで、常にそのようなスタンスであったように思う。

 いやでも、これで嫌いとか言われてるなら直すべきだよな……と思うおれと、今更無理だろと匙を投げるおれが、おれの中で取っ組み合いを起こしそうだった。

 

「ううん、分かってるよ。言われて変えられるほど、シウ君は器用な人間じゃないって……だから、だからね、シウ君」

 

 そっと、頬に手を添えられた。いやに真面目なアス姉の瞳が、遠慮なしにおれに突き刺さる。 

 

「君がうっかり死なないように、わたしがちゃんと、見ていてあげる」

「……これ、もしかして遠回しな告白では!?」

「全然違うよ!? もうっ、そうやってすぐ茶化すところも嫌い!」

 

 ほら、レベリング行くよ! とおれの手を取るアス姉だった。そういえば、手を握られるのは初めてだったかもしれない。

 たったそれだけのことに笑みが綻んで、

 

「……何にやけてるの、君は」

 

 若干角を生やしたアス姉に、そんな風に睨まれるおれだった。

 

 

 

 

 

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