好きな人に、好きな人がいる。   作:泥人形

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彼女の、好きな人。

 

「スイッチ!」

「ぜぁあああああ!」

 

 ライトブルーの光が薄闇に跡を残すように尾を引いて、巨大なフロアボスの頭を鋭く切り裂いた。

 同時に数ミリしか残っていなかった、フロアボスの真っ赤なHPバーが底を尽き、数瞬の硬直の後に爆散。

 ガラス片にも近いポリゴンの破片が降る中で、フロアボス攻略時特有のファンファーレが耳朶を叩いた。

 ……ふぅ、と息を吐く。同時にポンと頭を叩かれた。

 

「よ、お疲れさん、シウ」

「あー……お疲れ様です。キリ兄、またラスト(L)アタック(A)持っていきましたね?」

「そ、そう羨みがましい目をするなよ! 偶然だって……いや、そりゃ狙ってはいたけどさ」

 

 そんなの、誰だって一緒だろ? と若干の気まずそうな表情と共に、言い訳を重ねるのはキリ兄──キリトであった。

 ソロであるというのに、攻略組内でもトップの実力を誇る、黒ずくめの少年。

 そして、アス姉の想い人である。

 クソッ、それだってのに全然嫌いになれないんだよな。

 これで嫌いになれたのならば、どれほど楽だっただろうか。

 ただ恨めばそれで済むんだからな。

 恋愛感情ってのはつくづく面倒なものである──人間関係を構築するのも、破壊するのも、いつだって気持ちの変わりようなんだから。

 好きという気持ちには種類があって、その分だけ並行して並ぶ。

 おれはアス姉のことが異性として好きだし、キリ兄のことは人として好きだった。

 そこに優劣はない。

 好きなもん好き。

 好きな人は好き。

 誰だって、そういうもんだろ。

 

「また難しい顔してるぞ、シウ」

「そうさせてるのはキリ兄なんですけど……やれやれ、これだから罪深い男は」

「罪深い男!? 急に何の話だよ!」

 

 ビックリしたように目を開き、キリ兄が叫ぶ。とはいえ、これまで多くの女性プレイヤーを恋に落としてきているのだから、別に間違っていないだろう。

 本人には全くその手の自覚がないあたり、有罪ポイントが非常に高い。

 会う度に女性プレイヤーとの交流だけ広げてるからね、マジで。

 おれじゃなかったら普通にキレて殴りかかってたと思う。

 おれの温情に感謝して欲しいところだな……なんてことは、流石に思えないが。

 いい加減誰か一人決めろよ、とは思うところであった──それが多分、一番諦めがつくから。

 

「ま、それよりLA、何が落ちたんですか? また剣?」

「えーっと、あー、短剣だな」

「ってことは競売行きかあ……」

 

 キリ兄は片手剣使いだ。

 道楽で短剣スキルと両手剣スキル、どちらも取っていたような気はするが、まさかここでメイン武器のチェンジをするとは思えない。

 ていうか、普通にソロに向いてないからな、短剣……いや、愛用しているおれが何をという話ではあるのだが。

 見た目から分かる通り、一発当たりの火力が低いのである。

 その分、手数が多いのだが、やはりスキル一つとっても、全体的に弱い部類に入るのが短剣スキルだった。

 攻略組でも、あまり使っている人間は見ない──それこそ、おれくらいじゃないだろうか?

 中層まで降りれば結構いるんだけどな。実際、シリカも短剣使いな訳だし。

 良くも悪くも、使い手次第な部分の多いスキルだった。

 

「あーっと、それなら、う~ん……いるか?」

「いや、いらないですけど……おれに甘すぎでしょ。バレたら普通に反感買うって。それに、今の武器は結構気に入ってるから」

「うっ、すまんすまん。つい、前の癖で」

「おれに対する弟判定、長引きすぎだろ……」

 

 ジト目で睨みつけたものの、「そうは言ってもなあ」と苦笑いと共に、頭をかくキリ兄であった。

 弟──そう、弟だ。

 おれとキリ兄はそれこそ、第一層からの付き合いではあるのだが、何を思ったのかこの人、突然「弟がいたら、シウみたいなのかな……」とか言い出したのである。

 どう考えても女性にやる仕草なんだよね、それは。

 おれが女だったら惚れていたと思う──まあ、そうなったのがシリカみたいなもんなんだけど。

 そういう訳で、SAO最初期からの付き合いであるおれは、キリ兄にはそういう扱いをされていたのだった。

 ただでさえ、リアル年上幼馴染なアス姉がいたからな。

 キリ兄がそう思ってしまうのも仕方がないだろう──おれ自身、「キリトさん」じゃなくて、「キリ兄」って呼んでる訳だしな……。

 しかし、そうはいってももうトリオは解散しており、頻繁に会う訳でもなくなったのだから、いい加減、その過保護的なものはやめて欲しいのだが。

 言ってもきかなさそうだなと思う反面、変わらず接してくれることが、少しだけ嬉しかった。

 いや、ね。

 おれ、キリ兄のこと、かなり好きなんだよな……。

 そのせいで感情が迷子になっているのだから、全くやれやれ手に負えないな、というところであるのだが。

 

「ま、それなら一つ、打ち上げにでもいくか? 良い店をこの前見つけたんだ。シウと行きたいって思っててさ」

「そういう風に言われたら、おれが断れないの知ってて言ってるでしょ……」

 

 ため息交じりに言えば、へへっと笑うキリ兄だった。実に少年らしい、邪気の抜けた笑み。

 お誘いは嬉しいのだが、そういうのはどう考えても好きな人にやるムーブなので、その辺もうちょい気を遣って欲しかった。

 ほら見ろ、ちょっと遠くからすげぇ視線が刺さってきてる。これもうどう考えてもアス姉のだからね?

 やっぱりこれ、断った方が良いかもしれないな……と思ったが、

 

「良いだろ。久し振りに、俺に付き合えよ、シウ」

 

 なんて、期待を込めた眼差しを向けてくるのだから、無下に出来る訳が無かった。

 ただまあ、つい一週間前も会っているのだから、全然久し振りじゃないんだけどな。

 この人、おれのこと好きすぎだろ。

 

 

 

 

第三話 彼女の、好きな人。

 

 

 

 当然と言えば当然ではあるのだが、閃光のアスナをアス姉と呼んでいるように、黒の剣士キリトをキリ兄と、何も理由の一つもなく呼んでいる訳ではない。

 理由はある。無論、言うまでもなく、大きなものが──なんて、思わせぶりなことを言っても仕方がないので、早々に言ってしまうのだが、キリ兄は命の恩人なのである。

 そう、命の恩人。死にそうになっているところを、救われた。

 現代日本では早々陥らないことではあるが、しかし、SAO内ともなれば話が変わる。

 可視化されているHPバーが空になれば、ゲームからもこの世からも即退場。

 それがこの世界のルールであり、事実おれは、第一層でその危機に瀕し、そこを救われた。

 無論、死ぬこと自体はハッキリと言って、珍しいことではない。

 一万人のプレイヤーの内、たった一か月で二千人以上もの人が死んだ世界なのだから、当然だ。

 SAOとはそういう、実に死が身近な世界だった。現実よりもよっぽど、死という鎌が振りかざされるのが多い世界。

 そしてキリ兄は、そんな死神の鎌を打ち払うのが、酷く得意な人間であった。

 それこそ、他人の死ですら弾いてしまうほどに。

 言ってしまえばそんな、実にありきたりで陳腐、けれども何よりも大きい恩。

 それが、おれが彼のことを呼ぶ際に、尊敬を込めて「兄」と付けている理由だった──だから、いつであったか、キリ兄がシリカに放ったという、「妹に似ているから」に類するような理由ではないと、ハッキリ断言しておくべきだろう。

 別に弟判定を出されたからと言って、わざわざ律儀に「兄」と呼んでいる訳ではないのだ。

 というか、そうだとしたら、最早一種のプレイだろ……。

 嫌だよ、疑似兄弟プレイとか。誰が得するんだ。

 なんなら、アス姉とキリ兄と行動する時は、弟連れのカップルみたいな絵面になってしまう問題まで発生している。

 いや本当にダメじゃん。

 呼び方を変えた方が絶対に良いだろ──と思ってから、既に一年が経過していた。

 変えられてない時点でお察しである。

 いや、なんか……「キリトさん」って呼ぶとすげぇ悲しそうな顔するんだよ、キリ兄……。

 因みに、アス姉も同様である。

 普通に涙目になられたせいで、おれが泣きたくなった。

 何でこの人らは自分が姉/兄であるところにアイデンティティ置いてんだよ。

 さて、そんなキリ兄が、

 

「偶にはこういう雰囲気の店も良いよな。隠れ家感があって」

 

 なんてことを、ニヤリとしながら言う。

 アインクラッド六十一層、主街区:セルムブルグ。

 ざっくりと言ってしまえばここは、城下町と言うべきだろうか。

 街の中央に城が立っており、それを円形上に囲んで出来上がった街。

 並び立つ家々はどれもが高級であり、中々手が出せないながらも人気のある街だ。

 あらゆる要素が雑多に詰め込まれた、五十層主街区:アルゲードなんかに居を構えるキリ兄はむしろ、苦手としてそうな街であるのだが、どうにもそういう訳ではないらしい──いや、あるいは、こんな街にある隠れ家的店だからこそ、キリ兄の好奇心を刺激したのかもしれないが。

 中央にある城の地下にある小さな店とか、おれでも興奮しちゃったもんな。

 ただ、その、何というか。

 

「こういうところには、女性を連れてきた方が良かったのでは?」

「はぁ? 何言ってるんだ、そんな気安く誘える知り合いとかいないって」

「は? え? マジで言ってんですか……!?」

 

 この人、アス姉やシリカを何だと思ってるんだ……。

 釣った魚なんだからしっかりと餌やりはして欲しいところだった──まあ、アス姉にされては困るのだが。

 いや、困るというか、なんというか……。

 言語化しづらい感情で胸が満たされてしまうので、色々と反省して欲しかった。

 尊敬はしてるんだけど、純粋にそれだけじゃなくなってるんだよ。

 

「だからまあ、こうやって気軽に誘えるのも、シウくらいだよ。クラインとエギルはあれでいて、結構忙しいしな」

「まるでおれが暇人みたいな言い方するのはやめませんか? いや、そりゃそこの二人とは比べ物になりませんが……」

 

 片や攻略組のギルドマスター、片や攻略組兼商人である。

 忙しくない訳がない。副団長補佐とかいう肩書の割に、そこまで忙しいと言うほどでもないおれは、確かに暇人と言えば暇人だった。

 主にやってることが新人の案内と、あとはアス姉の仕事や我儘に振り回されてるだけである。

 楽と言えば楽な仕事だ。流石に、ソロのキリ兄とは別格ではあるが。

 

「それだけじゃなくてさ、やっぱり歳が近いプレイヤーって、あまりいないだろ?」

「まあ、SAOはほとんどおっさんですからね。当然っちゃ当然ですけど」

「そうそう、だから尚更、シウは気にかかるんだよ。ただでさえ、シウの戦闘スタイルは見てて危なっかしいしな」

「くっ、いつまで経っても子ども扱いされている……!」

 

 だいたい、言うほど命知らずな戦い方はしていない。これまで順調に生き残っていることが、それを証明しているだろう。

 短剣使いである以上、間合いは詰めまくらないと話にならないしな。

 それに最近は、初見のフィールドに行くときはパーティであることが多い。

 アス姉に普通にキレられたばっかりだしな。

 基本的には”いのちだいじに!”が常である。

 

「シウは普通に”ガンガンいこうぜ”が基本スタイルだろ……今日のボス戦だって、狂ったようにタゲ取ってたの、俺は見てたからな」

「いや、あそこはそうしないと崩れてたでしょ……臨機応変に対応したってやつですよ」

「そういう言い回しで煙に巻こうとするの、シウの悪いところだぞ」

「いやぁ、お手本があるとつい真似しちゃうんですよね。キリトってプレイヤーなんですけど」

「くっ……くそっ、反論できない!」

 

 グラスを握り、悔しそうにおれを見るキリ兄だった。はい、おれの勝ち!

 何故負けたか明日までに考えてきて欲しかった。出来れば140文字以内に収めてきて欲しい──と言っても、ただの冗談という訳でもないのだが。

 おれの戦闘スタイルは、明らかにキリ兄とアス姉に多大な影響を受けている。

 二人とも鬼神みたいな戦い方するからな……。

 なので、その辺に文句をつけるのであれば、まずは自分らの戦い方を鑑みて欲しいところであった。

 特にキリ兄とかヤバかったからね、この前のクリスマス。

 事情ありきとは言え、あの時のキリ兄はマジで切れたナイフって感じだった。

 

「まあでも、心配してくれてることは、素直に嬉しいです。でも大丈夫、おれはあの、天下のKoBですよ?」

「そうやって慢心してる時のシウが一番心配なんだが……まあ、アスナがいるから、大丈夫だとは分かってるんだけどな」

「……そういう信頼とか、ちゃんと本人に示してあげないと、意外と伝わらないもんですよ」

「うっ……し、シウから伝えるとか……」

「そこでおれに頼るの、マイナス百万点なんですけど……」

 

 普通にこの場でパンチしても許されそうな所業だった。人の心がなさすぎるだろ。

 何故好き好んで、好きな人が好きな人への信頼を、おれが伝えなきゃいけないのか。

 仮にもアス姉はおれの好きな人なんだが……好きって言い過ぎて国語の問題みたいになってきたな。

 誰が誰を好きなのか答えなさい、とか出題されそう。

 

「ていうか、そうでなくとも、ただでさえ、KoBに入るって時に一悶着起こして、それっきりなんですから。いい加減仲直りくらいしてくれませんか? 間に挟まってるおれが、一番怠いんですけど」

「す、すまん……」

「いやまあ、こればっかりはキリ兄だけじゃなくて、アス姉も悪いんですけどね」

 

 アス姉はギルドに入るべきだと思っていたキリ兄の気持ちも分かるし、ここまで一緒に歩んできたんだから、皆で同じ道を選びたいと思ったアス姉の気持ちも分かる。

 アス姉は、ある意味で本当に、この世界の住人だ。

 ゲームにほとんど触れずに育ってきたアス姉は、それであるが故に、この世界をゲームとして見ていない。

 だからこそ、そういった人がみんなを率いるのは、あるべき姿であるというのは納得できるというものだ。

 そしてキリ兄も、ある意味で本当に、この世界の住人なのである。

 ここをゲームであると明確に理解した上で、この世界を生きている。

 二人は対極でありながら、同一なのだ。

 それでいて、互いに頑固な気質がある。

 意見が分かれる時は徹底して分かれる二人であり、だからこそ今は、別々の道で攻略に励んでいるという訳だった。

 おれは今、そんな二人の橋渡し役みたいになっている。

 ふざけとんのか。

 冷静に現状を認識し、真っ当に台パンしそうになるおれだった。

 

「仲直りして欲しい気持ちと、仲違いしたままでいろって気持ちが半々だ。おれは一体、どうすれば……!?」

「急に怖いこと言い出すなよ……なんだ、もしかして酔ったのか?」

「SAOで酔うことってないれしょ、何言ってるんれひゅか」

「いや酔ってる酔ってる! やけ酒みたいな雰囲気で酔ってるぞ、シウ!」

 

 グイッと日本酒(が一番味としては近いらしいアルコール)を飲み干したおれに、良く分からないことを言うキリ兄だった。

 でも何か、眠くなってきた気がするな。

 今日は疲れたから、そのせいかもしれない。

 

「まあ、でも。好きな人と、好きな人には、仲良くして欲しいから。さっさと前みたいに、仲直りしてくらはい……」

「……シウ、お前本当に、そういうところだぞ」

 

 どういうところだよ、とは聞けなかった。

 それより先に瞼は落ちて来て、おれの意識は溶けるようにして落ち切った。

 

 

 

 

 

 

 

 




《シウ》
 翌朝、キリトの家のベッドで目を覚ました。

《キリト》
 シウをお持ち帰りした。

《アスナ》
 シウがキリトにお持ち帰りされたという話を聞き、脳がバグる。

《シリカ》
 何でよりによってオメーーーーがお持ち帰りされてんだよ!! とキレ散らかした。
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