IS:黒鉄の修羅   作:桐谷 アキト

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はい。前触れもなしに突然ですが新シリーズを始めました。
ISのSSは前々から考えていたんですが、あまり形にならず何年も放置していたのを最近設定が固まったのでとにかく形にしてみるかって思って思い切って投稿しました。

投稿頻度は例に漏れず亀更新ですが、どうかこの作品もこれからよろしくお願いします。



1話 開幕

 

 

ーーああ、夢を見ているのか。

 

 

青年は感じ慣れた感覚に夢を見ていることを理解し静かに意識だけを残し身を委ねる。

 

 

あの日のことを青年は今でもはっきりと覚えてる。

 

 

変わってしまった生活の始まりの記憶を。

憎悪を抱くようになった悪夢の記憶を。

 

視界には濛々と立つ黒煙と煌々と燃え盛る赤い炎が、口には鉄の味が、全身には焼けるような痛みが広がっていた。

 

 

周りからは大人たちの怒号と呼び声が聞こえる。

 

 

「———」

 

 

その呼び声に応えようとしても体が動かなかった。何かに挟まってるような感覚と、焼け付くような激痛のせいで動くことはおろか意識を保つことでさえ精一杯だった。

 

 

それでも、なんとか動こうとして顔を上げ空を見た。だが、そこで限界を迎え、意識を手放した。

 

 

「———」

 

 

真っ暗になる直前に視界に映った光景を青年は今も忘れていない。

忘れてはならないと、強迫観念にも似た呪いが今も青年の心には刻まれている。

 

 

遥か遠くの空に悠然と佇み、手に一振りの大剣を携え、空を自由自在に舞い、襲いかかる砲弾を悉く撃ち落としていく、

 

 

 

———美しく、凛々しい白銀の騎士の姿を。

 

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

 

「——————ッッ」

 

 

日本。東京のとある住宅街の一角。少し大きめの一軒家の2階の一室で黒髪の青年ー紫藤(しどう) (じん)はベッドの上で勢いよく目を開き、荒い呼吸を繰り返す。

しばらくして落ち着いた彼は静かに上体を起こすと、右手で頭を押さえながら深くため息をついた。

 

「はぁ〜〜……何で今更、こんなもんを」

 

夢を見ること自体は何らおかしくはない。だが、何故今更あの夢を見たのかは分からなかった。

夢というより正確には、過去に実際に起きた出来事だ。しかも、その後の生活が変わってしまった事件でもあった。

その夢を見るのは、本当にたまにだ。前に見たのだって、もう半年も前になる。そんな夢を見てしまったのだから、なんだか今日は何かあるのではないかと勘繰ってしまう。

そして、気づく。

 

 

「あぁ、そうか。今日はあの日か………はぁぁ〜〜〜〜」

 

 

迅はあからさまにげんなりした表情を浮かべ、深く深くため息をついた。

悪夢を見ることになった原因ではないだろうが、それでも迅にとってはとても嫌なイベントが今日学校で行われてしまうのだ。

 

「チッ、面倒だ」

 

本音を言うならば行きたくはないのだが、行かなかったら行かなかったで面倒だし、なにより。

 

「どうせ、見つかるわけがないのにな」

 

どうせ試したところであんな存在がホイホイと見つかるわけがないのだから。むしろ、迅にとってはできない方が嬉しいのだ。

国どころか、世界中で躍起になって探しているが、時間と労力の無駄。あんなのはイレギュラーで、異常でしかない。そんなもの、1人いれば十分だ。

 

「まぁいい。そろそろ起きるか」

 

迅はベッドから起き上がると、ぐぐぐっと体をほぐしながら大きな欠伸をして、首をゴキゴキと鳴らした。

 

「あ〜〜、面倒だ…」

 

ぶつぶつとぼやきながら、迅はシャツを脱ぎ捨てる。露わになった肉体は、何かスポーツをしていたのだろう。鍛え抜かれており、引き締まった見事に割れた筋肉が露わになる。

しかし、それよりも彼の身体には目を引くものがあった。

 

腹部と両前腕部に大きな火傷の痕があったのだ。

まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんな火傷痕があったのだ。

 

しかし、それはできてからだいぶ時間が経っていたからなのか、迅は特に痛みに呻くことはなく、慣れた様子でタオルで体を拭っていく。

そんな時、ふと枕元に置いていたスマホが音を鳴らした。

リズム音から目覚ましではなく、着信に気づいた彼は相手の名を見ると一度、着替える手を止めてスマホを操作してスピーカーモードーにする。

 

「どうした。冬馬」

『お、起きてたか。迅』

 

電話に応じると、聞こえてきた声は彼がよく知る信頼している幼馴染の声だ。

冬馬と呼ばれた青年は、迅よりも少し低い声音で話し始める。

 

『一応、心配だから電話したんだが大丈夫か?』

「今日のことだろ?別に何もないだろ」

『ま、そうだわな。とりあえず、元気そうで安心した。じゃ、あとでな』

「おう。あとでな」

 

そう言って、通話を切る迅。しかし、その直後、また着信音が鳴り響く。

画面を見れば、今度は別の名前が表示されており、迅は似た者カップルめと笑みを浮かべて呟き応答する。

 

「もしもし?どうした。時雨」

『迅くん、おはよー』

 

聞こえてきたのは快活そうな少女の声。

彼女もまた、迅が信頼する幼馴染だ。迅はそれに笑みを浮かべて答えた。

 

「ああ、おはよう。しかし、冬馬といい朝からどうした?」

『えっ、冬馬くんも電話してきたの?』

「ついさっきな。全く、似たものカップルが」

 

シャツを羽織りネクタイを締めながらそう言った迅に、時雨と呼ばれた少女は電話越しで笑った。

 

『ふふふ、だって私も冬馬くんも迅くんのこと心配なんだもん。特に今日はね』

「……ほんと世話焼きだな。とにかく、俺は大丈夫だ。何も変わったことはないから」

 

今日の事は、迅にとってはある意味でとても大きい出来事だ。それ故に、幼少の頃からの幼馴染である彼女達は迅のことが心配だった。

しかし、それに対して迅は心配無用だと伝えたが、時雨は更に切り返してきた。

 

『そうでもないよ?少なくとも、迅くんよりはね』

「よく言うよ」

『ふふ。それはどうかな。でも、心配なのは本当だから、何かあったら言ってね?』

 

本気で此方を心配しているのが分かる声音で時雨は優しく言った。だから、迅も優しく応える。

 

「わかった。その時はな」

『うん!じゃあ、後でね!』

「ああ」

 

そして、通話が切れる。その頃には拭き終わった迅は部屋を出て下へと降りる。

リビングに降りてリビングの扉を開けた彼は、()()()()()()()()()()リビングの電気をつけて台所に向かうと慣れた動作で朝食の準備をしていく。

 

あらかじめ塩をすり込んでおいた鮭の切り身を二つ焼き、同時にボウルに卵を二つ入れて少し出汁を入れてかき混ぜていき、それをフライパンで焼いて卵焼きを作る。

卵焼きを作り終えて、皿に盛り付ければ次は湯を沸かしお椀にインスタントの味噌汁の味噌と具を入れて、鮭の焼き加減を見ながら麦茶を一口。

鮭が焼き上がったのを見れば、グリルから取り出して皿に入れて炊飯器から米をお椀に盛り付ける。

若者らしい、山ができるほどのご飯を入れるとちょうどタイミング良く、湯沸かし器がカチッと音を鳴らす。

湯沸かし器を手に取り、お椀にお湯を注ぎ味噌汁を作る。

 

鮭の切り身二つ。卵焼き。山盛りのご飯。味噌汁。迅の朝食が十数分で完成した。

 

「……いただきます」

 

迅は朝食をテーブルに並べて、椅子に座るとテレビをつけてたった1人しかいないリビングで黙々と食べる。

つけられたテレビには連日報道されているニュースが流れていた。

 

『先月、織斑一夏君が世界で初めて男性でありながら、I()S()を動かしたことで世界を騒然とさせました。現在他にも男性操縦者がいないか、各地で試験を行なっておりますが依然として見つかっておりません。では、これについて専門家の垣田さんはどう思いますか?』

『そうですね。これは…………』

「…………」

 

と、アナウンサーからの専門家の見解を尋ねられ、専門家がそれに応えるというもはや見慣れてしまった番組を尻目に朝食を取る迅の顔色は決していいものではなかった。

 

正式名称『インフィニット・ストラトス』通称『IS』。

 

宇宙活動を想定したマルチフォーム・スーツのことだ。しかし、それは『制作者』の願いとは裏腹に、宇宙進出、開発は一向に進む事はなく、既存の兵器を上回る圧倒的なスペックを有した万能機械は『宇宙探査機』から『破壊兵器』へと変わり、しかし各国の思惑から『スポーツ』へと落ち着くことになった。いわゆる、パワードスーツだ。

 

ISが発表されてから、今年で十年が経とうとしているが、たったそれだけの期間で世界は激変してしまった。

既存の兵器では、ISの圧倒的スペックの前ではただの鉄屑に成り下がってしまい、世界の軍事バランスが崩壊。

しかも、開発したのが日本であり、日本はその技術を独占していた。これに当然危機感を募らせた諸外国はIS運用協定ー通称『アラスカ条約』によってISの情報開示と共有、研究の為の超国家機関設立、軍事利用の禁止などが決められた。

そうすれば、ISの操縦者がどれだけ揃っているかが次の課題になり、操縦者の質や数によって、国の軍事力、つまり有事の際の防衛力が決まる。

 

ここまでならば、まだ良かったかもしれない。

だが、悲しいことにこの『IS』には致命的な欠陥があった。

 

———それは、女性にしか扱えないということ。

 

ISは女性にしか反応を示さず、今まで男性が操縦したという前例は存在しない。

そしてその結果、世界の形は歪められた。

 

まず、ISの操縦者は当然女になる為、どの国も率先して女性優遇制度を施行した。

この結果、誰が言い出したのか『女=偉い』という馬鹿げた構図が瞬く間に世界中で浸透してしまい、ISを扱えない男性の立場が下がり、女性の立場が上がることで、女尊男卑の世界が出来上がってしまったのだ。

 

女性の権利団体が発足され、凄まじい勢いで成長し、政府の一部をも取り込み、もはやただの一組織ではなくなっていた。

そして、法律も女性が有利になるように改正させられ、男性の価値は一気に暴落。

ISに乗れる女性が優れており、乗れない男は劣等種だと蔑む者まで出る始末。その立場の優位を悪用し、男性に罪を押し付け冤罪にする事も多く、女性は何をしてもいいという身勝手極まりない横暴まで行われるようになった。

十年経った今でも、女尊男卑の思考の影響は根強く、今も女性の横暴は止まっていない。

 

 

そんな風潮が蔓延る世界に、一つのイレギュラーが生まれた。

 

 

それこそが、先程のニュースでの言葉。とある男子中学生がついにISを動かしたのだ。

 

今まで女性しか扱えなかったからこその女尊男卑。だからこそ、男性で扱える者が現れたという事実が、世界を震撼させたのだ。

その知らせに、世界中の国家がすぐに動き、他にも男性操縦者がいないから全国でISの適性検査が行われるようになり、幼稚園や、小中高の学生、大学生をはじめとし、20代や30代、果てには40代、50代まで幅広い年齢層で一斉検査が行われている。

 

しかし、一ヶ月がたった今、まだ他に男性操縦者が現れたという報告はなく、現時点ではISを動かした男子中学生———織斑一夏が唯一の男性操縦者となっている。

 

そして、今日迅が通っていた高校でも適性検査が行われるという事であり、男子生徒は全員休み期間にも関わらずに登校が決まった。

それは卒業式を来週に控えている迅達も例外ではなく、大学入学までのんびりと過ごしていたのにも関わらず、迅達は学校に登校して検査を受けろと言われたのだ。

迅はそれがたまらなく面倒で嫌だったのだ。

彼はこのISが中心にある世界で、ISに欠片も好意を抱いておらず、こんな世界を作った元凶に激しい憎悪を抱いている。本来の使い方をされているのならば、好感は持ててたのだが、今のISには好感なんて抱けるわけがなかった。

 

「……ごちそうさま」

 

専門家やアナウンサーの問答を聞き流していた迅は朝食を終え食器をまとめながら席を立ち、台所に持っていく。

そして軽く水で洗い流し食洗機に入れた彼は、スイッチを入れて洗浄を始める。

その後は、テキパキと準備を済ませていくと鞄も何も持たずに手ぶらで玄関へと向かう。今日は適性検査だけだ。持っていくものなど何もない。

靴を履き、トントンとつま先で床を蹴ると玄関の鍵を開けると、振り向かないまま呟く。

 

「……行ってきます」

 

もう誰もその言葉に応えるものはいない為、それは虚しく響いて静かに消え入る。

そして、開かれた扉がガチャンと閉められ、玄関は再び静寂に包まれた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「お、来たな。はよ迅」

「迅くん、おはよー」

 

門扉を開けて家から出た迅を出迎えたのは二人の男女だ。

男性の方は190cmはあろう高身長にがっしりな体格をし、短い金髪に快活な笑みがよく似合っている。

彼の隣に立ち、迅に手を振っている女性は身長は160cm後半ぐらいで、明るいブラウンの長い髪をストレートに下ろしており、ほんわかな雰囲気を纏っている。

 

「ああ、おはよう。冬馬、時雨」

 

彼らこそ迅に朝電話をかけてきた幼馴染の二人。小鳥遊冬馬と桐山時雨である。

部活の朝練とかない限りは、幼馴染である彼らと三人で登校をするのが常であり、家も近所であるため、誰かの家の前で待ち合わせして通っていた。どうやら、今日は迅の家の前に集まっていたようだ。

 

「お前ら早いな。少し待たせたか?」

「いや?むしろ、まだ余裕はあるぜ」

「うんうん、私達が少し早く起きちゃっただけだよ」

「そうか。じゃあ、行こうぜ」

 

そうして三人は時雨を真ん中にして横並びで道を歩き高校へと向かい足を進めた。

談笑を交えつつ高校へと向かう中、時雨が不意に心配そうに迅に尋ねる。

 

「迅くん……本当に、大丈夫?」

 

何がとは聞かなかった。

時雨も、冬馬も今日が迅にとってどんな日なのか、ISが迅にとってどんな存在なのかをよく分かっているからだ。だからこそ、大丈夫かと彼の心を案じたのだ。

そんな二人の思いやりのある気遣いに、迅は内心で感謝しつつ首を横に振った。

 

「……あぁ、大丈夫だ。どうせ何も起きやしないんだ。とっとと終わらせてどっか遊びに行こう」

「うん、それがいいね。あ、じゃあカラオケ行こうよ!」

「おっ、いいなぁ。んじゃ、とっとと学校行って終わらせようぜ」

 

時雨の提案に冬馬も乗り気になる。検査の時間は各学年で決まっており、3年生は終わり次第帰っていいことになっている。

その為、既に気分が優れていない迅を元気づけるために、一日中遊び尽くそうということなのだ。その提案に当然迅も賛成する。

 

「ああ、そうしよう。ボウリングも行きたいな」

「決まりだね。じゃあ、早く学校行かなくちゃ」

 

一刻も早く鬱屈した空気を晴らす為に検査を終わらせようと、迅達は少し歩くペースを早めた。

そして、電車に乗りしばらく歩き彼らは通っていた高校へと到着する。下駄箱で靴を履き替えた三人は、教室には向かわずに検査場である体育館へと直行した。

 

「……うぉ、もうこんなに集まってるのかよ」

「それに野次馬の子達も沢山いるね」

「うへぇ、こんな見られてる中で、やんのかよ」

 

体育館には既に大勢の人が集まっていた。

同じく3年生だったり、1、2年生や教員達だ。彼らは2階の観覧席や通路にまで人はいた。

そして、あまりの人の多さに迅達が驚く視線の先、体育館の舞台の前では検査待ちの男子が列を作って並んでおり、検査員らしき十数名の人の指示を待っている。そんな彼らの傍に一つの物体が鎮座していた。

日本の鎧武者を思わせるようなフォルムの人型に近いカタチをした何かだ。

 

あれこそが『IS』だ。

 

そして、迅達の前に鎮座しているISの名は『打鉄』。

純国産ISとして定評のある第二世代型の量産型てわあり、安定した性能を誇るガード型で、初心者にも扱いやすい機体だ。そのことから多くの企業ならびに国家、IS学園でも訓練機として一般的に使われているものだ。

 

「おーアレが検査に使うISか。実物を見るのは初めてだな」

「アレは打鉄、だね」

「……………」

 

遠目からISを見た二人が、そんなことを呑気に呟いていたが、迅はソレご視界に入った瞬間、胸の火傷痕がズキリと痛んだのを感じた。

 

「ヅゥ……」

 

突如感じた鋭い痛みに小さい呻き声をあげて、反射的に傷を服の上から押さえてしまう。

 

(な、なんで、今になって………)

 

もう触れてもなんともなかったはずなのに、なぜ今になって痛みが再び来たのか訳が分からなかった。

 

「おい、迅大丈夫か?」

「迅くん?」

「っ……あ、あぁ、何ともない」

「………傷、痛むのか?」

 

幼稚園からの幼馴染である二人は迅が火傷した経緯を知っているため、彼の内心を慮り身を案じた。

幼馴染であり気心が知れた仲である二人には、隠せないかと迅は小さく笑みを浮かべ肯定する。

 

「……少し痛みはしたが、偶然だ。どうせ、何も起きやしない」

「……やばかったら言えよ?」

「……ああ」

 

少し落ち着きを取り戻した迅がそう返す。

しかし、顔色は少し悪くなっており、二人は安心できなかった。だから、

 

「冬馬君は当然として、私も順番が来るまでそばにいとくよ」

「ああ。その方がいいな」

 

冬馬は列に並ぶため当然として、女性である為検査しない時雨も順番が回ってくるまで迅の側を離れないことを決めた。

二人の確かな思いやりのある気遣いに、迅は小さく感謝の言葉を呟いた。

 

「………悪いな。ありがとう」

 

迅の感謝に二人は揃って笑みを浮かべた。

そして、しばらく待っていれば遂に冬馬の順番に回ってきた。

 

「次の方、学年とクラスと氏名を教えてください」

「うす、三年二組の小鳥遊冬馬です」

「………確認しました。では、触れてください」

 

検査員であろう女性に学年、クラス、氏名を言って名簿で確認してもらった冬馬は促され打鉄の前に進み出ると、そっと触れる。

 

「「「……………」」」

 

しかし、触れても何も起こらない。打鉄は相変わらず沈黙したままだ。

 

「はい、終了です。ありがとうございました」

「うす」

 

反応なしと判断された冬馬はさっさと迅達の元へと戻ってきた。戻ってきた冬馬は後頭部に手を当てながらカラカラと笑う。

 

「いやー、やっぱ無理だったわ」

「むしろ、無理で安心したよ。大学一緒にいけなくなるもん」

「だな。俺も動かしてぇとは微塵も思わねぇよ」

 

三人は同じ大学に進学することになっている。それぞれ学科は違えど、大学生活も一緒に過ごせることは変わらないのだ。

だからこそ、時雨は冬馬がISを動かすようなことにならなくてよかったと安堵した。ISを動かしたら、大学に進学できるかもわからないからだ。そして、それは迅に対しても同じことだ。

だから、時雨は迅に振り向くと優しい笑みを浮かべる。

 

「迅くんもきっと何ともないよ。大丈夫だから、早く終わらせて帰ろう」

「……ああ」

 

そう返した迅の表情は明らかに先ほどよりも悪くなっていた。更には、呼吸が少し息苦しくなり、嫌な汗までかき始めている始末だ。

幼少の頃に刻まれたISへのトラウマが想起され、人の精神を不安定にさせていた。

だが、ソレに気づいていない検査員は無慈悲に迅を促す。

 

「次の方、どうぞ」

「……三年二組、紫藤迅です」

「確認しました。では、触れてください」

 

検査員に促され、迅は前に進み出て打鉄の前に出る。近づけば近づくほど息苦しくなり、しまいには頭まで痛くなってきたし、吐き気まで込み上げてきた。

そんな不安定すぎる自分を落ち着かせようと迅は何度も深呼吸を繰り返す。それで多少はマシになったのか、少し落ち着いた呼吸になる。

 

(大丈夫。大丈夫だ。少し触れたら……それで、終わりだから……)

 

そうして少しの逡巡のうち、彼は恐る恐るとソレに触れた。

 

「ッッ!?」

 

触れた瞬間、キンッと金属音が頭に響く。

直後に、夥しい情報の数々が意識に直接流れ込んできた。

 

『IS』の基本動作。操縦方法。性能。特性。現在の装備。可能な活動時間。行動範囲。センサー精度。レーダーレベル。アーマー残量。出力限界、etc……

 

数秒前まで知りもしなかった『IS』の情報が、長年熟知したもののように、修練した技術のように、全てが理解、把握できていた。

そして、視覚野に接続されたセンサーが直接意識にパラメータを浮かび上がらせて、周囲の状況が数値で近くできていた。

センサーには文字が浮かび上がり、奇妙な感覚が広がる。

 

肌の上に直接何かが広がる感触が伝わる。

———皮膜装甲展開(スキンバリアオープン)……完了。

 

突然体が軽くなる無重力感を感じる。

———推進機(スラスター)正常作動……確認。

 

右手に重みを感じると、装備が発光して形成されていく。

———近接ブレード……展開。

 

世界の知覚制度が急激に高まり、清涼感をふと感じる。

———ハイパーセンサー最適化……終了。

 

「な、なにが……—?」

 

それらの文字が現れては消えて、やがてセンサーから文字が消えた時、訳が分からず呟いた迅はふと気づいた。

 

「……視界が、高い……?」

 

いつの間にか、視界は冬馬達を見下ろせるほどに高くなっていたことに。更には前を向いているはずなのに後ろの舞台の光景も見えるし、どうしてか離れたところにいる人達の顔まではっきりと見えていた。

そして、彼らの顔は誰もが驚愕一色であり、こちらを見て目を大きく見開いたまま硬直していたのだ。

 

「じ、迅…嘘、だろ……」

「そんなっ……」

 

それは冬馬や時雨も例外ではなく驚愕に二人とも目を大きく見開いており、冬馬はポカンと大口を開け、時雨は口元に手を当てており、驚愕と悲しさが宿る表情を浮かべると、信じたくないと言うように呟いていた。

 

「……お前ら、どうし……」

 

二人ともどうしたのかと彼らに近づこうと動いた時、

 

 

 

ガシャン

 

 

 

そんな音が聞こえた。

 

 

 

 

「………え………………?」

 

 

 

 

迅は思わず耳を疑った。

今、自分は足を一歩前に踏み出した。聞こえてくるのはザッと床を擦る音のはず。だが、聞こえてきたのは明らかに違う音。何か大きなものが、例えばロボットが動いた時のような音だった。

 

「何の……音………?」

 

訳が分からず、音の発生源であろう自分の足元を見れば、足は巨大な鉄の塊に覆われていたのだ。

 

「え……は……?なんだ……これ……」

 

迅の口から困惑に満ちた声が溢れる。

分からない。何で、自分の足は鉄の足に包まれているのだ。しかも、自分が足を動かせば、鉄の足も同じように動き明らかに自分の意志で動いてるとわかった。

そうして今度は、視界に手が映りそれが更に彼を困惑させる。

 

「……腕…も…なん、なんだよ…これ……どう、なって……」

 

自分の腕もまた足と同様に鉄の塊に覆われていた。しかも、手の大きさは明らかに自分のソレよりも二回り以上大きく無骨な金属質の腕は、明らかに機械のソレだ。全身に視線を巡らせれば、金属のパーツが身体に張り付いており、両肩辺りには何か巨大な板のようなものが浮遊していた。

 

ソレらが何の意味を示しているのかを、彼が理解するよりも先に、周囲の人間が答えを言ってしまった。

 

「や、やった!!()()()だ!!()()()が見つかったぞ!!」

「反応したわ!!」

「世界で二人目の男性操縦者だ!!」

「紫藤先輩がISを動かしたぞ!?マジかよっ!!」

 

周囲の人間が勝手に湧き上がり、口々に騒ぎ始める。

迅がISを動かした。それはつまり、彼が世界で織斑一夏に次いで二人目の男性操縦者になったことを示していた。

だからこそ、この場にいた男性達は歓喜した。女性が優遇され男性が冷遇されたこの世界。その中で、女性優遇の象徴たるISを男が動かしたことは、一筋の光明が差したように感じたのだろう。

これからの未来を少しでも良くしてくれるだろうと、期待せずにはいられなかったのだ。

だが、それは一部だけ。全体で見れば3割程度だった。

残りの7割。彼と同じ三年生や、ニ年生。そして、一部の教師達は誰もが困惑を隠さなかったのだ。

だって、彼らは知っている。紫藤迅が、ISとIS社会そのものを嫌っていることを。そんな彼がISを動かしてしまった事実に困惑してしまった。ISを動かしてしまったことが、彼の心にどんな影響を与えるかが想像できてしまったから。

 

「あ、ああ……そん、な……」

 

そして、周囲が盛り上がっているせいで答えを知ってしまった迅の表情は瞬く間に絶望に染まる。やがて瞳は大きく揺れ、口唇が震え、遂には悲鳴じみた叫び声を上げた。

 

「う、嘘だ。……嘘だっ嘘だっ!!」

 

現実を否定するその叫びは思った以上に体育館に響き、歓喜に沸き立っていた者達は何事かと首を傾げた。喜ばないどころか、どこか怯えているようにすら見える。

 

「ど、どうしたんだい君?」

 

検査員の男性が心配そうにに近づく中、ソレに気づいてすらいない彼は、ガタガタと体を震わせると瞳から大粒の涙を流し始めて、

 

「あああああああああああああああああああああっっ!!!!!」

 

突如絶叫をあげた。

体育館中に響くほどの絶叫をあげた彼は、打鉄を纏ったまま腕を振りかぶり床に拳を叩き込つけた。

床を砕くほどの勢いで叩きつけた迅は、機械の腕をどうにか自分の体から引き剥がそうと暴れる。

何度も床に叩きつけたり、機械の指を装甲の隙間に入れたり、右手に持っている近接ブレード『葵』を装甲に突き立てて、どうにかしてISを外そうと暴れ回った。

 

「くそがっ!!クソガァァァ!!外れろっ!外れてくれっ!!なぁっ!!おいっ!!何で外れねぇんだよっっ!!」

「き、君、落ち着くんだっ!!」

「迅っ!落ち着けっ!!」

「迅くんっ、止まってっ!!」

 

暴れ回る彼を止めようと検査員や冬馬、時雨が必死に呼びかける。だが、その声は届かず彼はなおも暴れ続ける。

 

「あああぁぁぁっっ!!なんでだっ!!何で反応したんだよっ!!こんなっ……こんなことがっ……!!外れろっ!!外れやがれぇぇぇぇぇっっ!!」

 

周囲を殴り、床を砕き、舞台を壊しながら彼は外そうと暴れ回るものの一向にISが解除される様子はない。

 

「迅っ、止まれっ!止まってくれ!!」

「迅くんっ止まって!大丈夫だからっ!!」

 

冬馬と時雨が諦めずに何度も呼びかけているものの、それでも彼は止まらない。

 

「ま、まずいっ!機体の強制解除を急いでくれ!!生徒達の避難もっ!!」

「は、はいっ!!」

 

検査員の男性は部下の女性に指示すると、必死に呼びかけてる時雨と冬馬にも避難を促す。

 

「君達も早く避難するんだ!ここにいると危ない!」

「出来るわけねぇだろっ!?あいつがあんなに苦しんでんだぞっ!!」

「バカを言うなっ、君達も巻き込まれるぞっ!そうすればタダじゃ済まないんだっ!!」

「でも、迅くんを止めないとっ!!」

「危険すぎるっ!暴れるISを生身で止められるわけがないだろうっ!!」

 

男は時雨と冬馬を強く叱ると、部下達に更に指示を出す。

 

「この二人も避難させろっ!!警察とIS警備部隊にも連絡を急ぐんだ!!」

「は、はいっ!!」

「おい離せっ!!邪魔すんなよっ!俺ら以外で誰があいつを止めれんだっ!!」

「離してっ!!離してってば!!私達が迅くんをっ!!」

 

冬馬と時雨は検査員と教員達に引き摺られて強制的に距離を取らされてしまう。二人は必死に抵抗していたものの、流石に十数人に引きずられては抵抗のしようがなかった。

そして、二人が引き剥がされ周囲から検査員以外の人間が距離を取った時、迅は更なる凶行に出た。

 

「あああぁぁぁぁぁっっ!!くそっ!!くそっ!!こんなものに関わるならいっそのことっ!!」

「っ!や、やめるんだ君っ!!」

 

男性はギョッと青ざめる。

なぜなら、迅は右手に持っていた『葵』の刀身を両手で掴むと鋒を自分の喉に向けたのだ。

ソレが意味することはつまり、

 

「今ここで死んでやるっっ!!!」

 

自殺だ。

彼は自身の喉に向けて迷わずに『葵』を突き刺した。だが、直後に感じたのは自分の喉を貫く痛みではなく、固い何かに弾かれたような感触だった。

 

「………は……?」

 

迅は訳が分からずに目を見開く。

確かに自分は『葵』を喉に突き立てた。なのに、喉を貫くことはできず、不可視のバリアのようなものに防がれたのだ。

 

「な、何で……何で、死ねないんだよ……」

 

迅は動揺の声を上げる。

これまでISに触れてこなかった迅は知る由もないが、ISには操縦者が死なないように『絶対防御』という能力が必ず備わっている。

操縦者が死ぬような攻撃を全て防ぐことで、操縦者を何があっても死なせないようにする機能だ。つまり、ISを纏ってしまえば余程のことがない限りは自分で死ぬことはできないと言うことだ。

そのカラクリは理解できなかったものの、自殺ができないということだけは理解してしまった迅は更に錯乱する。

 

「あぁぁぁ、死なせてくれっ!!俺を死なせてくれよっっ!!こんな世界で生きたくねぇっっ!!誰かっ、誰か俺を殺してくれぇぇぇぇ!!!」

 

自殺すらできなくなった彼は、もう誰かに殺してもらう他死ぬ方法はなかった。

死なせてくれと懇願する彼の慟哭はあまりにも悲痛なものだった。

 

「ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」

 

結局、彼はIS警備隊が来るまで暴れ続け、機体を強制解除された後に警察に麻酔薬を打たれて沈黙した。

 

 

 

この日、二人目のIS男性操縦者が発見された。

 

 

 

彼の名は『紫藤迅』。

 

 

 

ISによって全てを奪われ、心身に深い傷を負わされ、たった今ISによって人生までも狂わされた悲しき青年である。

 

 

 

彼の未来は閉ざされた。

 

 

 

これより始まるは、絶望の物語。

 

 

 

彼の心身を更に傷つけ苦しめることになる地獄の舞台が、たった今幕を開けたのだ。

 

 





というわけで、スタートからいきなりハード展開ですが、これからよろしくお願いします!

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