IS:黒鉄の修羅   作:桐谷 アキト

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みなさんお久しぶりです!
最近リアルの方が忙しくてなかなか更新できませんでした。というのも、実は私来月から社会人になるのでその諸々の準備やらなんやらで忙しくて……。
……仕事が忙しくて大学の時みたく自由な時間があまりないなぁと嫌になりつつも、お給料もらえるから自分で使えるお金が増えるなぁとも思っていてなんとも複雑な気持ちです。

とまぁ、雑談はさておき今年も元気に書いていく所存でありますので何卒よろしくお願いします!

では、最新話どうぞ!!




10話 来訪者

 

 

 

『………ばあちゃん、体の調子はどうだ?』

 

橙色に染まる和室に片膝をついた少年は、不安の色が濃い気遣うような声音で目の前の布団に寝ている老婆にもはや日課となった問いをする。

寝転んでいた老婆は少年の言葉に穏やかに微笑む。

 

『えぇ、今日は少し体が軽いわ』

『そう、か。じゃあ、今日はいっぱい食べないとな。色々と買ってくるよ』

『ありがとうねぇ。こんないつ死ぬかもわからない婆の為に迷惑かけるよ』

 

自嘲気味にそう言う彼女に少年は少し悲しげな表情を浮かべながらもなんとか笑みを作り首を横に振る。

 

『そんな風に言わないでくれよ。俺は、ばあちゃんにはもっと長生きしてほしいんだ』

『………ふふ、そうだねぇ。あなたが立派になるまでは、この婆も死ねないねぇ』

 

軽口で返した老婆に少年はくすりと微笑むと、スッと立ち上がり襖へと歩く。

 

『そろそろ買い物行くよ。今日は沢山作るから楽しみにしといてくれ』

『ふふ、楽しみにしてるわ。あなたの料理は美味しいもの』

『まだまだだよ。ばあちゃんや母さんには敵わない』

 

顔だけを振り向いてそう答えた少年に、老婆は悲痛な表情を浮かべるとぽつりと彼の名を呼んだ。

 

『………ねぇ、迅』

『なに?ばあちゃん』

『—————————』

 

まっすぐに少年を見つめる祖母の瞳は、橙色の夕日よりもとても暖かい光に満ちていた。

そんな表情を見せながら告げた祖母の言葉に、少年は少しの沈黙の後に小さく笑みを浮かべた。

 

『…………うん、分かってるよ。それじゃあ、行ってくる』

『ええ、道には気をつけてね』

『ああ』

 

そう言って少年は今度こそ襖を開けて廊下へと出る。襖を閉めて祖母から自分を完全に見えなくすると少年は表情を一瞬悲痛に歪め、無言のままに部屋を後にした。

 

 

 

———それが祖母との最後の会話だった。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

「織斑くんおはよー。ねえ、転校生の噂聞いた?」

「転校生?今の時期に?」

 

朝。席に着くなりクラスメイトに話しかけられた内容に一夏は首を傾げる。今はまだ四月だ。一般の高校でも珍しいのに、一種の専門学校であるこのIS学園に入学ではなく数週間遅れての転入など不思議に思うのが普通だ。

しかも、ここの転入はかなり条件が厳しいらしい。試験はもちろんのこと、国の推薦がないとできない。ソレが意味するのはつまりー

 

「そう、何でも中国の代表候補生なんだってさ」

「ふーん」

 

その転入生もまた国から認められた学生。つまり代表候補生だということだ。

一夏は転入生について何気ない様子でそう返したが、セシリアが少しドヤ顔をしながら会話に割り込んできた。

 

「あら、わたくしの存在を今更ながらに危ぶんでの転入かしら」

 

腰に手を当てながらそういうセシリア。彼女はどうやら高飛車モードで一日をスタートしなければ気が済まないらしい。

 

「このクラスに転入してくるわけではないのだろう?騒ぐほどのことでもあるまい」

 

先に自分の席に行ったはずの箒も一夏達のそばに来ており、そう答える。彼女としてはよそのクラスの話なので大して気にもならないようだ。

 

「どんな奴なんだろうな」

「む……気になるのか?」

「ん?ああ、少しは……というか」

 

そう言いながらセシリアの方を見た一夏は何とも言えないような表情を浮かべる。

 

「……セシリアの時みたく、紫藤さんに変に絡むような奴だったら、まずいなぁって」

「あ、あー、ソレは確かに……」

「ぐぅっ、否定できませんわね」

 

一夏の懸念に箒もセシリアも苦い表情を浮かべる。特に、女尊男卑の思想で迅に絡んだ結果殺されかけたセシリアは若干顔が青ざめている。

セシリアは嫌な思い出というか自身の黒歴史を思い出してしまったが、態とらしく首を振りながら話題を逸らす。

 

「そ、そのときはわたくし達が死ぬ気で止めるとして……あの、紫藤さんはどちらに?まだお姿が見えないようですが……」

 

キョロキョロと周囲を見渡し迅の姿を探しながら尋ねるセシリアに、朝から彼の様子を見てきた一夏が答える。

 

「ああ、紫藤さんなら多分まだ寝てる。一応、朝食の時と寮出る時に扉ノックしたんだけど反応なくてさ。電話にも出ないし」

「そう、ですか……」

 

一夏と箒は朝食を食べに食堂に行く前と校舎に行くために寮を出る前に迅の部屋に様子を見に行くのが日課となっていたのだ。

迅がまだ来ていないことにセシリアは少し残念そうになる。

あの日、彼に謝罪しに行った日以来、セシリアなりに彼と距離を縮めようとしてはいるものの、結果は全て失敗。露骨に無視されるか睨まれるか、挙げ句の果てには『クソビッチ』なんていうあまりにも不名誉な蔑称で罵倒される始末。歩み寄ろうとすれば磁石の反発以上に距離が取られてしまうのが現状なのだ。

だとしても、セシリアの中に諦めるという選択肢はない。恋心ではないが彼のことを知りたいと思っているからこそ、これからも根気良く接し続けていくつもりだった。

 

「まぁ、紫藤さんのことはいつものことだとして、ともかく、来月にはクラス対抗戦があるのだぞ。呑気にしている場合か?」

「そうですわ、一夏さん。クラス対抗戦に向けてより実践的な訓練をしましょう。今のうちに実力をつけておきませんと!」

 

話題を変えた箒とセシリアはそう意気込む。

2人が意気込んでいるのは、近々、クラス対抗戦が行われるからだ。

ちなみに、クラス対抗戦とは読んでそのままの、クラス代表同士によるリーグマッチのことだ。本格的なIS学習が始まる前の、スタート時点での実力指標を作ることを目的としたクラス交流のためのイベントだ。

そして、このクラス対抗戦。一位クラスには優勝賞品として学食デザートの半年フリーパスが配られる。一夏や迅は別として、女子としては燃え上がらないわけがないのだ。

 

「まあ、やれるだけやってみるか」

「やれるだけでは困りますわ!一夏さんには勝っていただきませんと!」

「そうだぞ。男たるものそのような弱気でどうする」

「織斑くんが勝つとクラスみんなが幸せだよー」

 

クラスメイト達は口々に好き勝手なことを言ってくる。しかし、一夏としては練習量自体は専用機というアドバンテージがあり時間は確保できているが、肝心の基本操縦が未だおぼつかず、自信に満ちた返事はできそうになかったのだ。

 

「織斑くん、がんばってねー」

「フリーパスのためにもね!」

「今の所専用機持ってるクラス代表って一組と四組だけだから、余裕だよ」

 

やいのやいのと楽しそうな女子一同の会話に気になるワードがあった。

 

「え?四組のクラス代表もそうなのか?それって、だー」

 

他クラスの専用機持ちなど知らなかった一夏はソレを詳しく聞こうとその発言をした女子へと振り向き尋ねようとする。

しかし、

 

「———その情報、古いよ」

 

突如、教室の入り口から誰かの声が聞こえてきたのだ。その声に一夏は聞き覚えがあった。

振り向いて見れば、そこには腕を組み、片膝を立ててドアにもたれているドヤ顔の少女が一人いた。

 

「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝できないから」

 

その少女のことを、一夏は知っていた。

 

「鈴……?お前、鈴か?」

「そうよ。中国代表候補生、凰鈴音。今日は宣戦布告に来たってわけ」

 

ふっと小さく笑みを漏らしながらドヤ顔を浮かべる鈴音。トレードマークのツインテールが軽く左右に揺れた。

気取った話し方とポーズで鈴音は華々しい登場を飾ったつもりなのだろう。だが、

 

「なに格好つけてるんだ?すげえ似合わないぞ」

「んなっ……⁉︎なんて事言うのよ、アンタは!」

 

一夏にはただの格好付けにしか見えなかった。

まぁ知己の間柄だからこそ彼女の格好づけ様は変に映ったのだろう。

しかし、若干引きながらそう言った一夏の表情がピシッと固まる。次いで、セシリア、箒の表情も同様に固まり、さらに一組の生徒達が揃って凍りついたのだ。

ソレはなぜかというと……

 

 

 

「?何よ、急に固まって「おい」なによ!?今取り込み中なの、見て分か、ら…な……」

 

 

 

一夏達の様子を訝しむ鈴音の後ろからかけられた声に、彼女は苛立ちを剥き出しにして振り向く。

だが、直後にはその相手を見て言葉の勢いが失われていった。

 

振り向いた彼女の視線がスッと上を向く。

その先に佇んでいたのは悍ましい闇を宿した青黒い瞳を鋭く細める迅だったのだ。

余談だが、昨夜迅が剥き出しにしていた殺気を感じとってしまった彼女は、アレには喧嘩を売ってはならないと自らを戒めたのだ。近くに来たのなら野生的な直感で脱兎のごとく逃げようとも考えてたほどだ。

だというのに、あろうことか真後ろに来るまで気づかなかったとは。

一瞬にして顔面が青を通り越して真っ白になった鈴音に、迅は煩わしげに睨みながら告げる。

 

「邪魔だ、退け」

 

155cmの低身長の鈴音にとって194cmの迅はもはや壁にも等しい。しかも、今の迅は若干不機嫌であり殺気が滲み出ていた。

そうすれば彼の背後には昨日幻視した猛虎が出現し、牙を剥き出しにして吠えていたのだ。

それを見た瞬間、彼女は限界を迎えた。

 

「———ひぅ」

 

迅を見上げた鈴音が小さな悲鳴をあげたかと思えば、瞳がぐるりと裏返り白目を剥いて後ろ向きにバタンと倒れたのだ。

 

「……はぁ?」

「えっ、ちょ、鈴!?」

 

白目を剥いて倒れる鈴音の姿に迅は眉を顰め、慌てて駆け寄った一夏達は目を丸くする。

 

「え、は?何で気絶してんだよっ!?」

「……まさか、紫藤さんにもうちょっかいかけたのか?」

「……そんなまさか。いくら何でも早すぎませんこと?」

 

彼女の様子からしても転校してきたのは昨日の放課後以降だろう。だというのに、既に迅にちょっかいをかけたのかと三人は考えておりなんて命知らずで馬鹿なことをしたんだと呆れてしまう。

実際には、彼女の野生的な直感が迅の殺気を鋭敏に感じ取ってしまったからなのだが、ソレを彼らが知るはずもない。

迅は目の前でぶっ倒れた鈴音を一瞥すると、怪訝な様子で一夏達へと振り向く。

 

「………おい、このガキは何だ?人の顔見ていきなり気絶しやがったぞ」

「あ、えと、俺らもよくわからなくて。その、昨日こいつに絡まれたりとかしました?」

「見覚えがねぇな。完全に初見だ」

「で、ですよねぇ」

 

迅の様子からしても完全に初見なのは確かであり、彼からすれば鈴音は人の顔を見ていきなり気絶した失礼なクソガキという認識だ。

 

「というか、今日はちゃんと間に合ったんですね。朝、声かけても反応なかったのでてっきりまだ寝てるのかと……」

「何気に早く目を覚ましてなぁ。声をかけてきた時は多分ちょうどシャワー浴びてたんだろう。悪かったな」

「ああ、いえいえ、気にしないでください」

「それはそうと、そろそろ席に着いたらどうだ?ブリュンヒルデ達がそこまで来てたぞ」

「そうしたいのは山々なんですがねぇ」

 

そろそろSHRの時間が迫っており、本来ならば席に座るべきなのだが、鈴音を放置しておくわけにもいかず、一夏はどうしたものかと考えていた時だ。迅の傍から人影が出てきて今だに白目を剥いて倒れたままの鈴音の頭に容赦なく出席簿の打撃を入れたのだ。

 

「い゛ぃっ!?」

 

痛みにより意識が覚醒した鈴音は飛び上がる。そうして上体を起こした彼女の視線の先にいたのはー

 

「もうSHRの時間だ。教室に戻れ」

 

鬼教官こと織斑千冬だ。しかも、彼女の隣には未だ迅もいて彼女を冷たい瞳で見下ろしていた。

昔から苦手な存在と最近苦手になった存在。二人の天敵が自分を見下ろしている悪夢な光景に鈴音は眉をひくつかせる。

 

「ち、千冬さん……」

「織斑先生と呼べ。さっさと戻れ、邪魔だ」

「す、すみません……」

 

迅の存在だけでもやばいのに、そこに千冬が加わればもう反論などできるはずがない。鈴音は恐怖に顔を青ざめさせながらも何とか震える体を動かして千冬の隣を通って廊下に出た。

 

「また後で来るからね!逃げないでよ、一夏!」

「さっさと戻れ」

「は、はいぃっ!!」

 

千冬の一喝にまさしく脱兎のごとく逃げる鈴音。

2組へと向かって猛ダッシュしながら逃げ去る鈴音の姿を見て、一夏は昔のままだなと思った。高校デビューをしたかったのだろうか?それにしては、迅に遭遇して気絶して、千冬に叩かれ逃げるという盛大な失敗を連続でかましたが。

しかも、気絶させた張本人の迅は興味ないと言わんばかりに既に席に向かっている。正直言って哀れだった。

 

「っていうかアイツ、IS操縦者だったのか。初めて知った」

「……一夏、今のは誰だ?知り合いか?えらく親しそうだったな?」

「一夏さん、彼女とはどんな関係なのですか?」

 

鈴音が去った後一夏には箒とセシリアを筆頭にクラスメイト達が質問の集中砲火を一夏に浴びせる。

だが、既に今はSHRが始まろうとしているのだ。ということは、つまりー

 

「席に着け、馬鹿ども」

 

千冬の出席簿の餌食になるということだ。

箒やセシリア、含め殆どのクラスメイトが千冬の出席簿の打撃を受ける結果となった。

唯一、出席簿の一撃を免れたのは迅だけだった。もっとも、千冬は迅には出席簿アタックはしないので立っていようがいまいが殴られることは彼に限ってありえないのだが。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

(さっきの女子は何なのだ……一夏と随分親しそうに見えたが……)

 

箒は朝の一件が気になってしまい、なかなか授業に集中できないでいた。

何を隠そう、あの時の鈴音と呼ばれた少女に対する一夏の反応がまさしく旧知のソレだったからだ。

つまり幼なじみであり彼に恋慕をよせる箒は二人のやりとりに軽い嫉妬をしてしまっていた。

それに箒はどうしても怒りが込み上げてしまう。それをどうにか抑えながら、一夏の方をチラリと伺う。一夏は真面目にノートを取っていた。

それが更に彼女をますます腹立たせた。

 

「………………」

 

しかし、ふと冷静になり考えれば大した問題ではなかった。

なぜなら、自分は一夏と同室のルームメイトだからだ。これからも二人きりの時間はいつでも作れる。あんな組も部屋も違う少女なんかよりよっぽど彼と過ごす時間は長いのだから。

 

(ふふん、まあ私は同室の幼馴染だからな)

 

箒は上機嫌で腕を組む。

自分のアドバンテージは揺るがないのだ。以前こちらが有利なのは不変の事実である。それは他のクラスメイトにしてもそうだ。

唯一セシリアが他のクラスメイトよりも専用機持ちで繋がりがあるが、自分が見た限り彼女はまだ恋心には発展していないように見える。どちらかと言えば友情だろう。

だから問題はないと、自分の有利に一人頷く箒だったのだが、生憎とこの時間にすべき話題ではなかった。

なぜなら、

 

「篠ノ之、答えは?」

「は、はいっ!?」

 

突然名前を呼ばれた彼女は素っ頓狂な声をあげる。

そう、今は授業中の上、真耶ではなく千冬の時間なのだ。

 

「答えは?」

「………き、聞いていませんでした……」

 

小気味のいい打撃音が響いた。

彼女が出席簿に叩きのめされていた時、とある生徒もまた授業に集中できないでいた。

 

「…………………」

 

教室の後方の席ではセシリアがノートにシャーペンを走らせていたが、書かれているのはおよそ意味のない線の羅列。全く言葉になってない見事なミミズ文字だ。

 

(…………今後、どうすれば……)

 

彼女の頭の中にあるのは箒とは違い、さっきも露骨に無視された迅のことだ。

これまでも彼との距離を詰めようとしたものの結果は見ての通りであり、今朝も一夏と箒には挨拶を返していたが、自分は露骨に無視された。

 

(……一夏さんはともかく、どうして篠ノ之さんは大丈夫なのかしら……)

 

彼に殺気を向けられていないのは例外的に一夏と箒のみ。一夏は同じ男性操縦者として理解はできるが、なぜ箒が打ち解けているのかが気がかりだ。

しかも、彼女はIS開発者篠ノ之束博士の実の妹。誰よりも嫌われてもおかしくないはずなのにだ。

 

(一夏さんとは打ち解けてますのに……どうすれば彼と打ち解けられるようになるのかしら……)

 

一夏とは代表候補生として彼にISの指導をしたりしていたおかげで今や友人関係と言っても過言ではない関係を築けている。

 

(一夏さんに頼んで訓練にお誘いすればあるいは……)

 

彼がISを嫌うのは分かっているが、専用機を持つ以上はある程度操作訓練とかをするかもしれない。

仮にそれが叶ったとして確実に一夏は立ち会うことになるだろうから、もしかしたら一夏に頼み込めばワンチャン接触が可能なのではと思ったのだ。

成功確率がごく僅かなハイリスクな試みだが、何もしないというわけにはいかない。一夏と同じように彼のことをもっと知りたいという考えは今も変わっていないのだから。

 

(いきなりではなく遠巻きに、段階的に距離を縮めていけば……)

 

猛獣の縄張りに急に踏み入れるのはそれは敵対行為と同じだ。縄張りの外から遠巻きに自分は害がないことを示し続け、縄張りに入れるようにするしかない。

対応が完全に猛獣に対するソレなのだが、今のISと女性嫌いの彼は失礼だがまさしく猛獣だ。

 

(……その為にはどのようなのが好みなのか知らなければ、一夏さんに聞けばわかるかしら?)

「オルコット」

「……例えば皆さんと一緒に食事に誘うとか。いえ、もっと効果的な……」

「…………」

 

打撃音が響き彼女のふんわりとしたブロンドの髪が、出席簿によって圧縮された。

今日は普段よりも千冬の出席簿が唸る日のようだ。

箒とセシリアが千冬の出席簿の餌食になっている一方で、迅はというと。

 

「………………」

 

足を組み、腕を組み、船を漕いでいた。つまり、寝ている。

机の上には教科書すら置かれておらず無造作に鞄が置かれているだけ。枕にでもするつもりなのだろうか。

しかも、さらにタチが悪いのが彼は黒いアイマスクを装着しているのだ。この男、初めから授業を聞く気がなく寝るつもりだったらしい。全く改善していなかった。

 

「……おい、紫藤」

「………」

「…………はぁ」

 

流石に見かねた千冬が彼を呼ぶも反応なし。カクカクと一定の間隔で船を漕いでいる。かなり深い眠りに入っているようだ。

普通なら出席簿どころかゲンコツものなのだが、千冬は彼相手には関係が拗れることを危惧して制裁をしない為、授業態度が最悪な彼には制裁せずに深くため息をつくだけで授業を再開した。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「お前のせいだ!」

 

昼休みになった途端、開口一番に箒が一夏に文句を言ってきた。

 

「なんでだよ……」

 

文句を言われた一夏は露骨にげんなりする。

彼女は午前中だけで真耶に注意五回、千冬に三回叩かれている。セシリアは真耶に注意四回、千冬に二回叩かれた。自業自得だが二人ともなかなかに痛い目にあっていた。

セシリアは一夏のことではなく迅のことを考えていたのだが、箒と同じように彼に文句を言えるはずもなく苦笑いを浮かべるだけだった。

ちなみに、迅は全ての授業で注意を受けている。大嫌いなISの科目は勿論のこと、既に一度経験している一般科目の授業もだ。名指し注意などあらゆる事柄を全て寝てやり過ごすか無視するかでスルーしていたのだ。

 

「まあ、話なら飯食いながら聞くから。とりあえず学食行こうぜ」

「む……。ま、まあお前がそういうのなら、いいだろう」

「そ、そうですわね。行きましょう」

「じゃあ、紫藤さんも誘っ………って、もういねぇ」

 

箒とセシリアの了承を得た一夏は今度こそ迅を誘おうと彼の席に振り向くものの、その席は既に空席であり彼の姿は教室のどこにもなかった。

 

「紫藤さんでしたらチャイムが鳴った瞬間に鞄を持って出ていきましたわ」

「は、早すぎる……」

「それなんですが、仮に誘えたとしても紫藤さんのことですから一夏さんに誘われても食堂には行かないのでは?」

 

あまりの早さに嘆く一夏にセシリアは己の気づきを伝える。少し考えれば女子が密集する食堂に彼が行くはずはないと。どう考えても事故が起きると。

それに一夏は確かにと頷く。

 

「た、確かに言われてみればそうだな……」

「ですから、今度お誘いするときは外で食べられる場所にしてみてはどうでしょうか?」

「……確かにセシリアの言う通りだな。よし、今度こそ誘おう。それはそうとそろそろ行くか」

 

そうして今度こそと意気込んだ一夏は二人と共に食堂へと向かう。そんな彼らの後ろにはクラスメイトが数名ついてくる。

ソレはもはや見慣れたものであり、一夏自身も慣れたのか気にせずにゾロゾロと学食に移動した。

一夏は日替わりランチ。箒はきつねうどん。セシリアは洋食ランチを注文して、いざ食券を出して待とうとしたときだ。

 

「待ってたわよ、一夏!」

 

一夏の前に立ち塞がりそう言ったのは、今朝方1組にかちこみ、無様な気絶姿を晒した一夏の知り合いこと凰鈴音だった。

彼女の手にはラーメンが鎮座するお盆があった。その姿は堂々としているが、正直一夏達にとっては邪魔な場所にいた。

 

「まあ、とりあえずそこどいてくれ。食券出せないし、普通に通行の邪魔だぞ」

「う、うるさいわね。分かってるわよ!」

「のびるぞ」

「わ、分かってるわよ!だいたい、アンタを待ってたんでしょうが!なんで早く来ないのよ!」

 

開幕早々理不尽な物言いだった。

しかし、彼女がうるさいのはいつものことなので一夏は彼女をスルーして食券をおばちゃんに渡してから声をかけた。

 

「それにしても久しぶりだな。ちょうど丸一年ぶりになるのか。元気にしてたか?」

「げ、元気にしてたわよ。アンタこそ、たまには怪我病気しなさいよ」

「どう言う希望だよ、そりゃ……」

 

知り合いの健康ではなく不健康を望むとはなんて横暴なのだろうか。一夏は横暴さに思わず頬を引き攣らせてしまった。

 

「あー、ゴホンゴホン!」

「ご歓談のところ申し訳ありませんが、一夏さん、注文の品、出来てましてよ?」

「あー、悪い。向こうのテーブルが空いてるな。そこ行こうぜ」

 

箒とセシリアに会話を中断された一夏は日替わりの鯖の塩焼き定食を受け取り、近場にちょうどよく空いていたテーブルがあったのでそちらに全員で移動し席に着いた。

 

「鈴、いつ日本に帰ってきたんだ?おばさん元気か?いた代表候補生になったんだ?」

「質問ばっかしないでよ。アンタこそ、なにIS使ってるのよ。ニュースで見たときびっくりしたじゃない」

 

丸1年ぶりの再会ということもあってか、一夏は怒涛の質問を彼女にする。しかし、そこで外野から待ったがかかった。

 

「一夏、そろそろどう言う関係か説明してほしいのだが」

「そうですわ、一夏さん。随分仲がよろしいですけど、もしやお付き合いされてるとか?」

 

疎外感を感じた箒が多少棘のある声で、純粋な興味でセシリアがそう聞いてくる。周囲にいるクラスメイト達も興味津々とばかりに頷いていた。

 

「べ、べべ、別にあたしは付き合ってる訳じゃ……」

「そうだぞ。なんでそんな話になるんだ。ただの幼馴染だよ」

「…………」

「?何睨んでるんだ?」

「なんでもないわよっ!」

 

一夏的には唐突に鈴音が怒ったようにしか見えなかったが、セシリアには分かった。彼女も箒同様に彼に好意を寄せているのだと。そして、朴念仁の極みである彼はソレに気づいてすらいないことも。

そして、幼馴染というワードに箒が怪訝そうな声で聞き返してきた。

 

「幼馴染……?」

「あーえっとだな。箒が引っ越して行ったのが小4の終わりだっただろ?鈴が転校してきたのは小5の頭だよ。で、中2の終わりに国に帰ったから、会うのは一年ちょっとぶりだな」

 

つまり箒と鈴音は入れ違いで引っ越したのだ。面識がなくて当然である。

 

「で、こっちが箒。ほら、前に話したろ?小学校からの幼馴染で、俺の通ってた剣術道場の娘」

「ふうん、そうなんだ」

 

鈴音はじろじろと箒を見る。箒は箒で負けじと鈴音を見返していた。お互い女の直感が働いたのだろう。お互いが一夏のことを好いているのだと気づいたようだ。

 

「初めまして。これからよろしくね」

「ああ。こちらこそ」

 

そう言って二人の間では、なぜか火花が散ったように見えた。いや、実際お互いが恋敵であるからこそ、負けてたまるかと眼光を鋭くしているのだろう。

 

「ンンンッ!わたくしの存在を忘れてもらっては困りますわ。中国代表候補生、凰鈴音さん」

「……誰?」

「なっ!?わ、わたくしはイギリス代表候補生、セシリア・オルコットでしてよ!?まさかご存知ないの?」

「うん、あたし他の国とか興味無いし」

「な、な、なっ………!」

 

言葉に詰まりながらも怒りで顔を赤くしていくセシリア。一夏は懐かしいやりとりを見たなと他人事のよう眺めている。

 

「い、い、言っておきますけど、わたくし貴女のような方には負けませんわ!」

「そ。でも戦ったらあたしが勝つよ。悪いけど強いもん」

 

何食わぬ顔で平然とそう言い放つ鈴。妙に確信じみており、嫌味ではない言い方から彼女は素でそう言ったのだとわかる。

しかし、嫌味ではない分怒る人というのはいるものだが、セシリアと箒は彼女の言葉に逆に冷静になったのだ。

箒はなんて哀れなと言った感じで、セシリアは以前の愚かな自分を見ているようで少し嫌悪感の混ざる表情で彼女を見ていたのだが、鈴音は何食わぬ顔でラーメンを啜っている。知らぬが仏とはまさにこのことだろう。

 

「一夏、アンタ、クラス代表なんだって?」

「お、おう。成り行きでな」

「ふーん……」

 

妙に含みのある様子でそう答えた彼女はどんぶりを持ってごくごくとスープを飲んだ後で切り出した。

 

「あ、あのさぁ。ISの操縦、見てあげてもいいけど?」

 

顔を一夏から逸らして、視線だけをこっちに向けてくる。彼女にしては珍しく、歯切れの悪いものだった。誰が見てもソレは彼女が一夏と一緒にいたいという本心を隠すための建前だと分かりきっていた。

そして、一夏は異性関係にとてつもなく鈍い。平然と了承しそうだと箒が危機感を感じたのだが、

 

「いや、遠慮しとくよ」

 

予想外に一夏は彼女の提案を断ったのだ。

これには当然了承をもらえるものだと思っていた鈴音は面食らう。

 

「……え……?」

「だってさ、鈴は二組の代表だろ?クラス対抗戦の前に戦うかもしれない相手に手札は晒したくはないだろ」

「え、あ…そ……」

「それに、ISに関しては箒やセシリアに教わってるから間に合ってるんだ。悪いな」

「え、えと……」

 

予想外の返答に彼女は言葉に詰まってしまう。

確かに以前の彼ならば、彼女の記憶通りの一夏ならば二つ返事で了承したことだろう。だが、生憎と一夏はこのIS学園に入学してから迅と接することで着々と成長しているのだ。

 

「それよりさ、親父さん元気にしてるか?まあ、あの人こそ病気と無縁だよな」

「あ……うん、元気———だと思う」

 

話題を変えると鈴音の表情は戸惑いから一変して、陰りが差した悲しいものへと変わった。ソレを見て、一夏は妙な違和感を覚えた。

 

「そ、それよりさ、今日の放課後って時間ある?あるよね。久しぶりだし、どこか行こうよ。ほら、駅前のファミレスとかさ」

「あー、あそこ去年潰れたぞ」

「そ、そう……なんだ。じゃ、じゃあさ、学食でもいいから。積もる話もあるでしょ?」

「夕食なら……まあいいが、今日は紫藤さんを誘うつもりなんだけど、それでもいいなら」

 

正直なところ、一夏としては鈴音とはさほど積もる話はない。中3の時は受験勉強で忙しかったし、これと言って伝えとくこともないのだ。

それに、放課後はセシリアや箒とISの訓練をしたり、夕食後に至っては迅の機嫌が良ければの時に限るが勉強を教えてもらったりしているのだ。

そして、今日一夏は夕食を誘おうかと考えている。勿論、学食ではなく一夏達の部屋でだ。ソレを考慮すれば朝方迅を見て気絶した鈴音が来るはずがない。

 

「うっ……し、紫藤って……あのヤバい大男よね……」

 

予想は見ての通り的中し、紫藤に対して露骨に苦手意識をあらわにし顔を青ざめる鈴音。だが、一夏の前でその物言いは少しまずかった。

 

「やばい大男って……確かに背は高いけどさ、やばいは言い過ぎだ。朝の時といいまさか紫藤さんにちょっかいかけたりしたのか?それで返り討ちにされたから苦手意識持ってるんじゃないのか?」

 

迅は確かに周囲に殺意をむき出しにしているが、こちらが不用意にちょっかいをかけなければ問題はないはずなのだ。だからこそ、彼女の怯えようはセシリアの時のように返り討ちにされたとしか思えない。

若干不機嫌な様子でそう尋ねる一夏に鈴音は慌てて首を横に振る。

 

「し、してないわよっ!でも、あの雰囲気は怖いじゃないっ!」

 

彼女の雰囲気からして嘘は言ってないのはわかる。

彼の雰囲気を感じたり怖いというのも分かる。

だが、数週間の付き合いで今朝に関してはそこまで露骨にむき出しにしてはいないからこそ、実は自分達がいなかったところで何かしたんじゃないかと疑ってしまうのだ。

そして、ソレに着いてさらに聞こうとしたところで鈴音は立ち上がった。

 

「とっとにかく、放課後の訓練が終わったら行くから!空けといてね!じゃあね、一夏!」

「お、おいっ!」

 

一夏の答えもまたず鈴音はお盆を持って片付けに行ってしまい、そのまま学食を出てしまった。

 

「…………言いたいだけ言って行ってしまいましたわね」

「………だな。どうする気だ?一夏」

「………断ることもできなかったから、待つしかないじゃねぇかぁ……」

 

返答も出来なかったし、仮に無視したら翌日更に騒がしいことになるだろう。これは、待つしかないかと一夏は諦めた。

 

「そういえば一夏さん。放課後の訓練なのですが、紫藤さんをお誘いすることは可能でしょうか?」

「紫藤さんを?いやー、どうだろう。授業以外じゃ、ISに触れたくもないんじゃないか?」

「というか、セシリアはまだ嫌われてるだろう。誘っても無理だと思うが……」

 

一夏と箒は自分達だけなら可能性はあるが、セシリアがいる以上頷くはずがないと考えており、セシリアもソレには同意だと頷く。

 

「……それはそうなのですが、ダメ元でもお誘いしてもらえませんか?」

「……多分、いや、確実に断れるかもしれないけどソレでもいいなら」

「ええ、ありがとうございますわ」

 

とりあえず声をかけてみるということでひとまず方針が決まった彼らはとりあえず昼食を済ませることにした。

 

尚、話題に上がった迅はと言うと六時限目の後半になって教室に戻ってきた。丁度千冬が授業をしていた時限だったので、千冬がどうして遅れたと聞けば詫びれる様子もなく『寝てた』と平然と返し、千冬に再びため息をつかせたのは余談である。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「はぁ?放課後に訓練?」

「は、はい。一緒にしませんか?」

 

眉を顰めながらそう言った迅に一夏は顔色を窺うような様子でそう返した。

放課後、HRを終えた直後クラスメイト達が各々談笑なり部活なら向かう中、早々に自室へと帰ろうとした迅を一夏が呼び止めて『一緒に訓練しませんか?』と提案し、ソレに対する反応がこれだった。

 

「………なぜ俺を誘う?篠ノ之とか他にもいるだろう」

「そ、それはそうなんですけど、紫藤さんの『黒鉄』がどんなのか気になってて……武装とか色々見たいなーって。セシリアも参加するんですけど……ダメ、ですかね?」

 

こちらの顔色を窺うようにそう言う一夏。

彼らから少し離れたところではセシリアがハラハラした様子でその状況を見守っている。ちなみに、箒は既にいない。HRが終わった瞬間にさっさと教室を出て行ってしまった。

 

「………………」

 

一夏の様子を無言で観察していた迅だったが、チラリとセシリアへと一瞬視線を向けた彼はしばしの沈黙の後口を開く。

 

「……悪いな、今回は遠慮させてもらう。俺も俺でやりたいことがある」

 

訓練の場所を聞いた迅はやんわりと彼との訓練を断ると席から立ち上がる。

 

「そ、そうですか……」

 

誘いを断られシュンと肩を落とす一夏に迅は柔らかく微笑みながらポンと彼の肩に手を置く。

 

「一回断られたぐらいで、んな辛気臭ぇ顔すんな。また今度時間がある時にでも付き合ってやるよ」

「は、はいっ!」

「んじゃ、また明日な」

「はい。また明日」

 

そうして迅は一夏に手をヒラヒラと振りながら教室を出て行ってしまった。迅を見送った一夏にセシリアが近寄った。

 

「一夏さん」

「ごめん、セシリア。やっぱり無理だった」

「いえ、そんなこと。早速誘ってくださりありがとうございます。罵倒されなかっただけマシですわ」

 

一夏の謝罪にセシリアは首を振ると、早速行動に移してくれたことに感謝する。彼女としては一発で成功するなんて思っておらず、むしろ自分が参加すると聞いて罵倒しないだけマシだったと安堵すらしていた。

 

「とにかく、俺らもそろそろ行くか」

「そうですわね」

 

とりあえず時間を無駄にはしたくないため、一夏達も今回訓練場所として決めた第三アリーナへと向かった。

 

 

 

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