IS:黒鉄の修羅   作:桐谷 アキト

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2話 敵地

 

 

 

『紫藤迅』が二人目の男性操縦者と発覚してから二週間が過ぎた。

二人目の存在は瞬く間に世界中に知れ渡り、織斑一夏同様連日ニュースに取り上げられるほどだった。

顔写真どころか、住所まですぐさま特定されてしまい、迅の家の前には様々な人間が昼夜問わず集まっていた。

 

直接インタビューをして更なる情報を得ようと張り込んでいるマスコミやテレビ局、報道関係の人間達が。

 

彼の肉体の秘密を知るべく研究所への協力、もとい研究所に閉じ込め徹底的に彼を研究する為、待ち構える研究所の関係者達が。

 

至高のISを男が操縦したと言う事実が許せずに彼をどうにかして亡き者にするか自分たちの所有物として好きにする為に拉致しようと企む女性管理団体の者達が。

 

様々な思惑を持つ者達が昼夜問わず彼が家から出てくるのを待ち構えていたのだ。

 

ポストにはあらゆる研究機関、報道関係者からの手紙や女性管理団体による脅迫文などなど数多くの紙が突っ込まれており、既にポストに入り切らないほどになっていた。

 

そして、変わったことはそれ以外にも多くあり、家の電話番号まで特定された彼の家にはひっきりなしに電話がかかってきていた。

電話をかけてきたのは主にISを至高とし女尊男卑に染まり切った者達だ。彼女らは電話で『男がISを乗るなんてあってはならない』『潔く研究所で働いて社会に貢献しろ』、しまいには『すぐに自殺しないと殺す』と脅迫じみた罵詈雑言を浴びせようとしているのだが、迅は一向に電話に答えることはなく女性達は苛立ちと怒りを日に日に募らせていた。

 

しかし、これは電話を拒否しているとかそう言う話ではない。そもそも初めから家主が家にいないのだ。

 

ISを動かしてしまった日から彼は一度も家に帰っていないのである。

では、彼はどこにいるかと言うと………

 

 

 

「………………………」

 

 

 

とあるホテルの一室で拘束されていた。

ベッドの上に座る彼は、両手にそれぞれ手錠をかけられ首や顔に手が届かないようにされており口には口枷を嵌められ力無く項垂れていた。

瞳には光が無く、力無く項垂れる様はもう死人だと思っても仕方ないほどに不気味だった。

 

拘束としてはかなり簡易的なものだが、なぜ何の罪も犯していない彼が拘束、しかも留置所や刑務所ではなくホテルで拘束されているのか。

その原因は、彼自身にあった。

二週間前、彼がISを動かしてしまった日、彼はIS警備隊が来るまで暴れ続けた。一度は麻酔薬を打たれて沈黙したものの、目を覚ませば再び暴れ回ったのだ。

そして、事あるたびにその場からの逃走、あるいは自殺を図ろうとするため、自宅に帰すことすらできなかった。しかし、彼は犯罪を犯しているわけでもないため留置所や刑務所に連れて行くこともできない。更に付け加えるならば、今の彼に死んでしまっては困るのが政府側の意向だ。たった二人しかいないISを動かせる男の一人。何があっても死なせず丁重に保護しようと考えていた。

ISを動かしたことで肉体検査を受けることにもなっていたのだが、暴れて手がつけられない為、麻酔をかけて動けないうちに済ませた。そして、検査が終わった後は家には帰らさずにホテルで拘束をする事になっている。

 

それは、今もなお家の前に屯しているマスコミや、ISを動かす男の存在を許さない女性至上主義の人間、彼の肉体を研究しようとする研究所の者達などなど、さまざまな思惑を抱く者達からの接触を断ち、彼自身の心を守る為の措置でもあった。

 

現に彼が拘束されているホテルの部屋はかなり高級そうなものであり、彼が座るベッドもふかふかでとても寝心地が良さそうで少しでも精神的負担を減らそうとしていた。

だが、そんな事情など彼にとっては知ったことではない。

彼が思うこと。ソレはただ一つ。

 

 

 

(……………死に……たい………誰か、俺を……殺して、くれ…………)

 

 

 

ただ早く死にたい。それだけだった。

 

ISを動かしてしまったことで彼の未来は大きく狂わされた。

 

大学の入学を取り消し。

ISを動かした彼は、アラスカ条約に基づき日本本州から少し離れた小島に設立されたISの操縦者育成を目的とした教育機関であるIS学園に強制的に入学させられることが決まってしまった。

その為、元々入学予定だった大学の入学が取り消され、IS学園への入学を義務付けられたのだ。

ISを動かした翌日に、ソレの事実を保護監視している要人警護の隊長が持つ電話で高校での担任だった先生に告げられた迅は、あまりのショックに暴れることすらできずその場に膝から崩れ落ちた。

 

事故によって家族を失い世界に絶望していても、家族に語った夢を叶えることが唯一の親孝行だと、必死に勉強してきた時間、労力、その全てが無駄になってしまったのだから。

 

表情は絶望一色に染まり、瞳からは光が消えて何の希望も見出せなくなってしまっていた。

それからも彼は体力が続く限り暴れた。全てに絶望したことで自殺しようとしていた。だが、護衛の男達が暴れる彼を放置するわけもなく、十数人の護衛と乱闘にまで至った。

結局、物量に適う訳がなく再び麻酔薬を打たれ、その間に今の姿勢に拘束されていたのだ。

それでも彼が拘束を破り暴れないと言う保証がない為、24時間体制での監視をする事になった。

そんな軟禁生活が二週間続いた現在、迅が軟禁されている部屋に一人の若い男が入って来て、中で監視していた男達の一人を呼んだ。呼ばれた男は若者の呼びかけに応じて外に出る。外に出て扉を閉め切ったところでようやく若手が話を始めた。

 

「隊長、交代の時間です」

「おう、ご苦労さん」

「彼は……?」

 

どうやら監視の交代の時間だったようだ。そして、これから監視をする若手は扉の方に視線を向けつつ心配そうに尋ねた。隊長は沈痛な表情を浮かべると首を横に振る。

 

「朝となんも変わらん。ずっとあの状態だ。飯も食ってない」

「………そうですか」

 

部下の青年は暗い表情を浮かべる。

隊長の言う通り、迅は朝から何も食べていない。正確には、2日前から水以外口にしていないのだ。

2日前、散々暴れ回り体力が尽きれば気絶するように寝て、目覚めたら再び暴れるのを繰り返していた彼は唐突に暴れるのをやめたのだ。

まるでバッテリーが切れたロボットのように、エネルギーが完全に尽きたように無気力だった。

いや、まさしくその通りだ。

彼は生きる目的を失ってしまい、生きる意味を見出せなくなって、全てを諦めてしまったのだから。

 

「なぁ、お前さんはどう思う?」

「どう、とは?」

「……あの坊主をIS学園に行かせていいと思うか?」

「…………」

 

隊長の問いかけに、若手は黙り込んでしまう。

ISを動かしてしまった以上、彼がIS学園に行かなくてはいけないのはわかっている。だが、ソレでも若手は、

 

「………いえ、自分は行かせるべきではないと思います。たとえ国の命令であっても……彼のことを考えたら、行かせるべきではないかと」

 

若手は自身の考えを答えた。

迅の様子を見ており、なおかつ良心が残っているのならば誰だってそう思うだろう。

未来を閉ざされ、夢を奪われ、明日にすら希望を見出せず、生きる気力を失ってしまった青年。

逃げることもできず、死ぬことも出来ない。そんな彼を更なる地獄であろうIS学園に閉じ込めるなど拷問に他ならない。ISを動かせるといっても、彼を元通りの日常に戻してあげるべきだと若手は思ったのだ。

隊長も若手の考えには同意だと頷いた。

 

「ああ、俺もそう思う。坊主をIS学園に行かせたら、心が壊れるのは時間の問題だ。坊主にとっちゃ生き地獄だろうからな」

「…‥自分も、そう危惧しています」

「本当なら俺達大人は、ああいう子供が生きやすいように頑張るべきなんだろうがな。……逆に、苦しめることになってる」

「………はい」

「………本当、生きにくい世の中になっちまったよ。昔はもっと生きやすかったんだがなぁ」

 

隊長はやるせない気持ちになり呻くように呟く。

いくらこんなことを話したところで、彼の待遇が変わるわけではない。上層部にとってはそんなこと()()()()()()からだ。

彼がISを動かした。その事実だけしか見ておらず、彼自身を見ようとしない。それが、利権と私欲に塗れた愚かな人間達の考えなのだ。

 

 

ISとはそれだけ、人を魅了させ狂わせてしまったのだ。

 

 

そして、それから一週間後、遂に彼はIS学園へと入学する事になる。

 

 

 

地獄の日々が、始まろうとしていた。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

「………………」

 

 

 

IS学園入学式当日。

IS学園の正門前に一人の女性が立っていた。

ピッチリと黒のスーツとタイトスカートに身を包んだすらりとした長身で抜群のスタイルの黒髪の女性。鋭く吊り上がった目は狼を連想させ、腕を組んだ佇まいは凛とした雰囲気を漂わせていた。

彼女の名は『織斑千冬』。

ここIS学園の教師であり、またISの世界大会『モンドグロッソ』の初代優勝者で「ブリュンヒルデ』という世界最強を象徴する称号を持つIS界において知らぬ人はいないと言われているほどの超大物だ。

ちなみに、今年発見された一人目の男性IS操縦者織斑一夏の実姉でもある。

そんな彼女が入学式に教師として参加せずにここにいるかというと、まだ来ていない生徒ー注目の男性操縦者の一人である紫藤迅を出迎える為だ。

 

だが、なぜ入学式が始まっているのにも関わらず、彼がまだ来ていないかというと、再び暴れたからだ。

IS学園と本州はモノレールで繋がっており、基本的にIS学園からの外出にはモノレールを使う事になっている。その本州側の駅でモノレールに乗る直前、迅は再び錯乱し暴れ回ったらしい。しかし、10日ほど前からまともに食事を取らず、せいぜい食べてもゼリー飲料や携帯食ばかりであり、体力がかなり落ちていた彼は抵抗虚しく取り押さえられた。

しかし、押さえつけられてもなお暴れる為、鎮静するまでそちらに向かわせることはできないと隊長から電話口で千冬は告げられたのだ。

その為、入学式には間に合うことができず、つい先程ようやく落ち着かせることができ、モノレールに乗ったそうだ。

あと、10分もしないうちにここに着くことだろう。

 

「…………はぁ、参ったな」

 

しかし、彼の来訪を待つ千冬の表情は決して優れていなかった。沈痛さを宿し、険しい表情は何か緊張しているように見える。

ため息をついた彼女は、どうすればいいか分からないというふうに呟く。

織斑千冬は生徒に厳しく指導することで有名だ。規則を破った生徒には容赦なく鉄拳制裁、出席簿で叩くなども当たり前だ。まさしく鬼教官である。今日入学した弟も男性操縦者だからと身内だからと優遇することはなく、問題を起こせば容赦なく殴るつもりだ。

だが、紫藤迅にはどう接するべきか分からなくなっていた。

 

千冬は彼の経歴が記された資料の内容を思い出す。

 

紫藤迅。年齢は18。現在一人暮らし。

10年前に両親と三つ下の双子の弟妹を事故で亡くし、2年前に祖父を事故で亡くし、去年の夏に祖母までも失った。祖母の方は事故死ではなく、精神的ストレスによる衰弱死だったそうだ。祖父が亡くなった2ヶ月後に後を追うようにして亡くなった。

 

大学も日本屈指の名門大学を必死の勉強の末合格し、奨学金制度も申請して通っていたらしい。

きっと何か目標や夢があったはずだ。

その為に必死に勉強したことは、合格した大学のレベルからも伺えた。

だが、それらの努力は全てIS社会に握り潰された。ISを動かしてしまったことで、彼がこれまで培ってきた努力の全てが無駄だと切り捨てられてしまったのだ。

IS社会によって人生を否定され、未来を奪われた。しかもクラスメイト達と三つも歳が離れている青年がこれから女性率99%以上のIS学園に在籍する事になるのは、残酷としか言いようがないだろう。

そんな彼が、この学園で簡単に孤立してしまうことなど千冬には想像に容易かった。

 

しかも、先ほど護衛の隊長から報告を受けた時、電話越しでも聞こえるほどの怒号は、十中八九迅のものであり、彼がIS学園に行くことを強く拒絶していたことはすぐに分かった。

そんな彼に自分がどう接するべきか皆目見当もつかなかった。他の生徒達と同じように接することはまずできない。鉄拳制裁など加えようものなら、彼はもう決して心を開かず自分達を信用することはないだろう。

だが、ISを、この女尊男卑社会そのものを嫌う彼に、その世界で最も有名な人物の一人である自分がどう接すれば彼の信用を得られるか、それが全く分からなかったのだ。

そうした不安が千冬の内心で渦巻く中、漸く、彼が姿を現した。

 

「…………!」

 

見えて来たのは数人の人影。

スーツにサングラスをかけた屈強な男達に囲まれ、赤と白を基調としたIS学園の制服に身を包んだ青年がこちらに歩いてくる。

逃亡と自殺を阻止する為だろう。周囲を男達に囲まれた彼は手錠の他に口枷も嵌められており、両腕を左右の護衛に掴まれている。鞄は他の護衛が持っていた。

 

(………実際に見るとでかいな)

 

千冬は自分の前まで来た彼を見上げて素直にそう思った。

千冬の身長は166cmに対して、迅の身長は194cmだ。日本人どころかアメリカ人の平均身長すら超えている高身長は170後半や180前半ばかりの護衛の男達の中で頭ひとつ抜き出ていたのだ。

人の顔を見るのにここまで見上げたのは、初めての経験だった。

 

「……っ」

 

直後彼の表情を見て千冬は息を呑んだ。

しばらくまともに寝れていないのか彼の目の下には隈があり、少しやつれているように見える。

表情に感情の色はなく、虚無と例えるしかなくなんの感情も読み取れなかった。

そして瞳には一切の光が宿っていなかった。

輝きなど微塵もなく、宿るのは怒りや憎悪、敵意や警戒などの負の感情を煮詰めたような悍ましい闇だった。

そんな闇が宿る眼差しに千冬が怯みそうになるが、ソレをする前に、護衛隊長が口を開く。

 

「……紫藤迅君は確かにIS学園まで護衛した。ここにサインをお願いします」

「あ、ああ、確認した。護衛感謝する」

「はい。……おい、手錠と口枷を外してやれ」

「はっ」

 

隊長の指示に従い、部下が彼の手錠と口枷を外す。

手錠と口枷を外された彼は、手を開いたり閉じたりするだけで抵抗する気配は欠片も感じられない。

そうして鞄を彼に渡すと、護衛隊長は部下達に撤収の指示を出した。

 

「俺達の任務は終わった。撤収するぞ」

「……………」

「………‥坊主、何か困ったことがあれば俺に電話しな。相談相手になってやるから。これが名刺だ」

「……………」

 

部下達が撤収する中、隊長は彼の肩に手をおきながら、ひどく優しげな声音でそう言って名刺を胸ポケットに強引に差し込むと部下達の後を追った。

そうして去っていった護衛隊を見送った千冬は、その場で佇んだままの迅に近づき自己紹介をする。

 

「…………初めましてだな。紫藤迅君。私は織斑千冬。君が所属する一年一組の担任を務める者だ」

「…………まさか、かのブリュンヒルデ様が直々にお出迎えとはな。しかも、担任か。随分と好待遇じゃねぇか。世のアバズレどもが知ったらさぞかし羨むことだろうよ」

「すまないが、その名で呼ぶのはやめて欲しい。織斑先生と呼んでくれ」

「知るか。どう呼ぶかは俺が決める。あんたと馴れ合うつもりはねぇんだよ」

「……………」

 

千冬はこれまでにない手合いに困り言葉が出てこなかった。

これまで千冬に会う者達は大体が尊敬や畏怖の眼差しを向けるものばかりだった。だから、ここまで露骨に敵意を向けられ拒絶されたのは、千冬をしても初めての経験だったのだ。

彼の生い立ちを知っている以上、強く言うこともできず、どう言えばいいか分からなかった。

だが、そこで話さなければ何も進まない。そう思って咳払いののちに話題を変える。

 

「んんっ、とにかくお前はこれから職員室で待機だ。入学式は既に始まっているからな。SHRの時にクラスに合流してもらうつもりだ」

「……そうかよ」

「……とにかく、ここでずっと話すのもなんだ。早速職員室に向かおう。ついて来てくれ」

「………ああ」

 

そう言って千冬は彼を促して学園の中へと入っていく。

少し歩き漸く校舎内に入った時、迅が徐に尋ねた。

 

「おい、ブリュンヒルデ。一人目はあんたの身内なのか?苗字が同じだったが」

 

尋ねて来たのは一人目の男性操縦者のことだ。どんな話題にせよ、彼が自ら話しかけてくれた事に千冬は少し安堵しつつ、彼に振り向くとその問いに答える。

 

「……ああ、私の弟だ。もうあいつは学園に来ている。あとで顔合わせするだろうから、私の弟とか関係なく仲良くして欲しい」

「…‥あのガキがISを動かさなきゃ、こんな事にはならなかったんだがな。その元凶と仲良くできると思うか?」

「……それは……」

 

千冬は返答に詰まった。

迅の言ってることは見方によってはなんら間違ってはいないだろう。織斑一夏がISを動かしたからこそ、男でもISを動かせるのが他にもいるのではないかと勘ぐり全世界で一斉検査を始めた結果、迅がISを動かせると発覚した。

織斑一夏がISを動かさなければ、彼は無事大学に進学し冬馬や時雨と大学生活を過ごせたに違いない。

そう考えれば、織斑一夏が迅の平穏をぶち壊した元凶だと恨んでも仕方がない。

瞳に剣呑さを宿し敵意と殺気を滲ませた彼のその言葉に、千冬は彼の気持ちがわかるからこそ言葉が出なかったのだ。

そうして、千冬が必死に言葉を選ぶ中、彼女が答える前に迅が手を軽く振りながら千冬から視線を外しつつ呟く。

 

「………まぁ、そのガキ次第だな。目障りなら関わらねぇ。そんだけの話だ」

「………そう、か」

 

そうして再び二人が歩き出そうとした時、迅は何か閃いたのか足を止めると千冬に向き直る。

 

「……ああ、そうだ。ついでだ。この際はっきりと言わせてもらうぞ」

「……?何をだ」

「何を?決まってんだろ」

「?っぐっ!?」

 

そう言った直後、千冬の視界が揺れて背中に衝撃が伝わる。一瞬遅れて千冬は自分が胸ぐらを掴まれて壁に叩きつけられたのだと理解した。

普段の千冬ならばこの程度のこと急であっても掴まれる前に腕を止めることぐらい造作もなかっただろう。だが、迅との対話に思った以上に神経を使っていたこととこんなことをするとは思っていなかったが故に反応が遅れてしまったのだ。

 

「し、紫藤っ⁉︎お前、何をっ…‼︎」

 

胸ぐらを掴む力が思ったよりも強く、足が地面から離れるほどに持ち上げられてしまい、息苦しさを感じた千冬は、驚愕に目を見開き抗議の声をあげるが、その言葉は途中で止まった。

抗議する為に顔を上げた千冬の視線の先では彼が全身から殺気を放ち、表情を明確な怒りに歪ませていたのだ。

 

「俺は、お前ら女どもを信用しない。特にISに関わる奴らは全員殺したいほどに憎んでいる」

「っ!!」

 

その声はあまりにも低く、負の感情が混ざりに混ざった悍ましいものだった。千冬ですら背筋が凍り、怯んでしまうほどの闇がソレには宿っていたのだ。

 

「どうせあの手この手で俺の信用を得ようとしてんだろ?だがな、そんなの無駄なんだよ」

「し、紫藤……」

「俺はあんたらをはなから信用する気がねぇ。そうやって信用させて最後には嗤って男を弄び捨てて来たのを俺は何度も見てきた。お前もそこらのアバズレ共と変わんねぇだろ」

「ち、違うっ!私はそんなことをするつもりはないっ!私はお前を騙すつもりなんて「知るかよ」っ!!」

 

千冬は本心から彼に信用して欲しいのだと、騙すつもりはないのだと主張したが、彼はそれを容赦なく切り捨てる。

迅にとってはここIS学園にいる者全てが敵だ。敵の言葉はたとえそれが真実であっても信用しないと決めている。だから、彼女の本心が届くことはないのだ。

 

「どうせこの学園に入れたのも保護するためとか言うんだろ?………そんなこと、俺にはどうでもいいんだよ。あんたらが俺の人生をぶち壊したことには変わりはねぇだろ。俺にとっちゃこの状況を作り出した奴ら全員が敵だ。敵の言葉を信用する馬鹿がどこにいる?」

「………わ、私はっ…」

「あんたの意見なんざ知りたくもねぇ。俺には何の価値もない。ただ俺の意思を伝えただけだ。あんたらに俺は何かを期待することなんざありえねぇ。だから担任だろうと必要以上に俺と関わるな」

「……し、紫藤っ」

 

そこまで言われてようやく千冬は気づいた。

彼はもう誰にも心を開かないほどに心が傷ついてしまっているのだと言うことに。

そうして迅は言いたいことを言い終えたからか、千冬を離した。

解放された千冬は床に落ちるものの、尻餅をつくことはどうにか避けて壁にもたれつつ少し乱れた呼吸を整える。迅はそんな彼女に詫びれもせずに、冷ややかな視線を向けると移動を促した。

 

「俺からの話は終わりだ。さっさと案内しろよ、ブリュンヒルデ」

「……あ、ああ。すまない」

 

千冬はそんな彼を咎める気などなく、謝罪すると彼の前を歩き職員室への移動を再開した。

職員室にたどり着くまでの間、二人の間には一切の会話はなかった。

 

 

その間、迅は気づかなかったのだが、背を向けて前を歩く千冬の表情は罪悪感に満ちたひどく悲しげなものだった。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

時は過ぎ、場所は変わって一年一組の教室。

 

「全員揃ってますねー。それじゃあ皆さんSHRを始めますよー」

 

黒板の前でにっこりと微笑む小柄な女性は一年一組の副担任こと山田真耶だ。身長はやや低めで黒縁の眼鏡をかけている。微妙にサイズの合っていない服を着ており子供が無理して大人の服を着たような背伸び感がする。しかも、体の一部が大人顔負けであることから、尚更背伸び感がある。

 

「それでは皆さん、1年間よろしくお願いしますね」

「…………」

 

例年ならばここで反応はあるはずなのだ。しかし、今年は教室の中が緊張感に包まれているせいで、誰も反応を示してくれなかった。

それもそのはず。この教室にはそれだけ注目を集めている人物がいるからだ。教室の真ん中かつ最前線に座っているのは、世界初の男性IS操縦者織斑一夏なのだ。

そんな彼に全員注目しており、副担任の言葉に反応しなかったのだ。しかし、それは一方的な都合であり、向けられてる本人からすればたまったものではなかった。

 

(こ、これは……想像以上にきつい……)

 

織斑一夏は早くもこの場から逃げ出したい気持ちになる。どこを見ても女、女、女。しかもその全員から漏れなく視線を向けられており、常に見られていることから神経がすり減って仕方がない。

しかし、そんな彼の苦悩など知るはずもなく、真耶はちょっと狼狽えつつ全員に促した。

 

「じゃ、じゃあ自己紹介をお願いします。えっと、出席番号順で」

 

そうして主席番号順に自己紹介が始まる中、一夏は縋るように窓側の方に視線を向ける。

その先には、6年ぶりに再会した幼馴染である篠ノ之箒がいるのだが、彼女は一夏の救いを求める視線を無情にも無視して入った窓の外に顔を逸らしたのだ。

なんて薄情だろうか。いや、もしかして嫌われてる?

そんなことを考えていた時、不意に自分を呼ぶ声が聞こえた。

 

「………くん。織斑一夏くんっ」

「は、はいっ!?」

 

意識が箒に向いていたこともあって、予想外のところから声をかけられたことに一夏は思わず声が裏返ってしまった。案の定、周りからはくすくすと笑い声が聞こえて来て、一夏はますます落ち着かなくなる。

なんなら、早く逃げ出したいと言う気持ちが強まった。

 

「あっ、あの、お、大声出しちゃってごめんなさい。お、怒ってる?怒ってるかな?ごめんね、ごめんね!あのね、自己紹介、『あ』から始まって今『お』の織斑くんなんなよね。だからね、ご、ごめんね?自己紹介してくれるかな?だ、ダメかな?」

 

この人は本当に教師だろうか?というか、同い年なのではないか?そう思ってしまうほどに下手に出てペコペコと頭を下げる彼女に一夏はそう思ってしまう。しかも、何度も頭を下げるせいで微妙にサイズの合ってなさそうなメガネがずり落ちそうになっている。

だが、こう何度も頭を下げられては申し訳ない気持ちになってくる。

 

「いや、あの、そんなに謝らなくても……って言うか自己紹介しますから、先生落ち着いてください」

「ほ、ほんとう?本当ですか?本当ですね?や、約束ですよ。絶対ですよ!」

 

真耶はガバッと顔を上げると、一夏の手をとって熱心に詰め寄る。彼女としては本当に嬉しいからなのだが、その行動は余計に一夏に注目を集めることとなった。

しかし、男子たるものここで怯んではいけない。なにより、ここで失敗すれば二度とこの環境には馴染めないと一夏は見て、覚悟を決めて立ち上がり後ろを振り向いた。

 

(……うっ……)

 

今まで背中に感じていただけの視線が向けられているのを自覚し、女子に苦手意識のない彼であっても思わずたじろぎ覚悟が揺らいでしまった。

だが、そこは男だ。なんとか堪えた彼はついに口を開く。

 

「えー……えっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」

 

名前だけ名乗り、定型文の挨拶をしてから儀礼的に頭を下げて、上げる。一夏としてはそれ以上大して喋ることがなかったからな簡潔な自己紹介だったのだが、女子達はそれで許してはくれなかったらしく、『もっと色々喋ってよ』『これで終わりじゃないよね?』的な空気を醸し出しつつ向けていた視線をギラつかせた。

 

(……え、おいおい、どうしたらいい。何を言えばいいんだ?)

 

一夏としては予想外な光景にだらだらと背中に流れる汗を感じそう自問自答する。

自己紹介を終わるに終わらない彼は、再度幼馴染の箒に助けを求めるものの、またしても目線を逸らされた。

 

(い、いかん、マズイ。このままだと『暗いやつ』のレッテルを貼られてしまう。……ええい、こうなったら!)

 

いよいよ万策尽きた彼は内心でひどく焦るものの、遂には観念したのか、呼吸を一度止め、再度息を吸うと思い切って口にした。

 

「以上です」

 

がたたっ。一夏の締めの言葉に思わずずっこける女子が多数続出。真耶も困惑を隠せない。

 

「あ、あのー……」

 

自身の願いが虚しく空振りしたことに真耶は少し涙目になる。あれ?と一夏が周囲の反応に首を傾げた時、パァンッ!と頭を叩かれた。

 

「いっ———!?」

 

とてつもない激痛が頭部に走って、痛い、と脊髄反射で言いそうだったが、それよりも一夏の脳裏にはあることが過った。

この叩き方、威力、角度といい、速度といい、とある人物ー自分がよく知る人物と同じような感じがするのだ。

 

「…………」

 

恐る恐ると振り向けば、そこに鬼ーいや、自分の姉織斑千冬がそこにはいたのだ。

 

「げえっ、関羽!?」

「誰が三国志の英雄か、馬鹿者」

 

一夏の返しにすかさず叩いた千冬は、低めの声で愚弟を叱った。しかし、叱られた愚弟はというと、叩かれたことよりも、なぜ彼女がここにいるのかわからなかった。

職業不詳で月一、二回ほどしか帰ってこない姉がなぜここにいるんだ?と。

 

「あ、織斑先生。もう会議は終わられたんですか?」

「ああ、山田君。クラスへの挨拶を押し付けてすまなかったな」

「い、いえっ。副担任ですから、これくらいはしないと……」

 

さっきの涙声はどこへいったのやら。千冬が来た瞬間表情を一転させて、若干熱っぽいくらいの声と視線を千冬へと向けていたのだ。

だが、次の瞬間には若干表情を暗くさせて小声で千早に尋ねる。

 

「あ、あの、織斑先生がここにいると言うことは、彼も…?」

「ああ。廊下に待機させている」

 

最前列の一夏にすら聞こえない声量で会話した千冬は、クラス全員へと声を張り上げた。

 

「諸君、私が織斑千冬だ。君達新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことはよく聞き、よく理解しろ。出来ないものには出来るまで指導してやる。私の仕事は若干15歳を16歳までに鍛え抜くことだ。逆らってもいいが、私の言うことは聞け。いいな」

 

なんとまあ見事な暴君発言だ。

一夏はようやく彼女は自分の姉織斑千冬なのだと確信する。そして、生徒達がこの発言に戸惑うかと思いきや、逆に黄色い声援が響いた。

 

「キャ——————!千冬様、本物の千冬様よ!」

「ずつとファンでした!」

「私は、お姉さまに憧れてこの学園に来たんです!北九州から!」

「あの千冬様にご指導いただけるなんて嬉しいです!」

「私もお姉様のためなら死ねます!」

 

妄信的にきゃいきゃいと騒ぐ女子達を、千冬は露骨に鬱陶しそうな表情を浮かべてため息をつく。

 

「………毎年、よくもこれだけ馬鹿者が集まるものだ。感心させられる。それとも何か?私のクラスにだけ馬鹿者を集中させてるのか?」

 

彼女は演技でもなく本当に鬱陶しがっていた。こういったことは、有名人の辛いところでもあるのだろう。だが、それすらも女子達にとってはご褒美らしい。更に盛り上がった。

 

「きゃあああああっ!お姉様!もっと叱って!罵って!」

「でも時には優しくして!」

「そしてつけ上がらないように躾をして〜!」

 

どんな姿でも彼女達的にはいいらしいようだ。

クラスメイトたちがこぞって元気なのを見た一夏は、実姉が担任であったことに混乱と驚愕をしていたはずなのだが、女子達の盛り上がりが凄まじすぎてかえって落ち着いてしまった。

千冬はもまともに取り合う気は無いのか、早々に一夏に視線を向けて鋭い眼光を浮かべる。

 

「で?挨拶も満足にできんのか、お前は」

「いや、千冬姉、俺はー」

 

パァンッ!本日三度目の叩きつけが炸裂。

これが彼女の普通だ。迅への対応が違うだけである。

 

「織斑先生と呼べ」

「……はい、織斑先生」

 

———と、こんなやりとりをしてしまったせいで一夏と千冬が姉弟だというこおが教室中にバレてしまったのだ。生徒達が一斉にざわつく。

 

「え……?織斑くんって、あの千冬様の弟…?」

「それじゃあ、世界で唯一男で『IS』を使えるって言うのも、それが関係してるの?」

「ああっ、いいなぁっ。代わって欲しいなぁっ」

 

そう女子達が口々に呟く中、一人の女子が気になることを言った。

 

 

「待ってよ。じゃあ、二人目のあの人は?あの人も千冬様の身内なの?」

「二人目……?」

 

 

一夏は思わず耳を疑った。

二人目とは?自分以外にもISを動かした男がいると言うのだろうか。そして、自分には千冬以外血縁関係の身内はいない。だからこそ、全く関係のない赤の他人も動かしたのだと思うと驚きを隠さなかった。

どいうことだと一夏だけでなく生徒全員が千冬と真耶に振り向くと、彼女達は暗い表情を浮かべていた。真耶は言いにくそうに口をつぐんでおり、千冬が数秒の沈黙の後に答えた。

 

「…………知っている者が大半だろうが、改めて言おう。三週間前、3月中旬に織斑に続いて二人目の男性操縦者が発見された。彼もこのクラスに配属されている」

「ッッ!!」

 

二人目の男性操縦者ーつまり、自分と同じ存在がいると言うことに一夏は驚く。女子達は殆どが知っていたようで、あまり驚いた様子はなかった。

だが、彼女達でも知っているのは二人目の男性操縦者が現れたと言うことだけ。

だから、千冬は彼の詳細を少し話すことにした。

 

「まず、彼は君達よりも三つ年上の18歳だ。既に高校を卒業しており、大学入学目前のときに検査を受けて適性が発覚してしまった」

「えっ……」

 

千冬より告げられた事実に一夏は目を見開く。

自身より三つも年上は今この際重要ではない。肝心なのは、その後の大学入学目前だったと言うこと。

そして、彼はIS学園に自分達と同じ一年生に配属されたと言うことは、それはつまり———

 

「ッッ!!」

 

一夏がその事実を理解し悲痛な表情を浮かべる中、千冬は先程の暴君の口調とは打って変わってどこか懇願するような口調で続けた。

 

「…………彼を呼ぶ前に、君達には一つ頼みたいことがある」

『?』

 

突然のことに全員が首を傾げる中、千冬は真剣な表情を浮かべると話し始める。

 

「…………決して彼を刺激するな。彼は極度にIS社会そのものを嫌っている。今朝方までIS学園に行くこと自体を拒絶していたほどだ。そして、今の彼は精神的に不安定だからこそ、好奇心に駆られて不用意なことはしないで欲しい。何か異常があれば、私にすぐに報告するんだ。頼む」

 

そう言って深々と頭を下げた千冬に誰もが驚愕を隠さなかった。あの世界最強の女が、世の女性なら誰もが尊敬するであろう偉大な人物と称すべき千冬が、一人の男の為に頭を下げている。

その異常な姿に、崇拝している女子達だけでなく同僚の真耶や弟の一夏ですら驚愕した。

 

「私からは以上だ。そろそろ呼ぼう。………紫藤、入っていいぞ」

 

伝えたいことを伝えた千冬は顔を上げると、扉へと視線を向けて声をかける。

千冬の掛け声に応じて、教室前方の扉がガラッと乱雑に開き、外から迅が入ってきた。

 

 

「………………」

 

 

彼が入ってきた瞬間、生徒達の何人かが「ひっ」と悲鳴をあげた。

この場で1番背の高い一夏すら優に超える高身長。

輝きがなく、悍ましい闇が宿る青黒い瞳は鋭く細められておりどことなく虎を連想させる。

表情はあまりにも冷たく、見るものに怖気を感じさせるほどに恐ろしかった。

そして、1番特徴的なのが、獣のように殺気と敵意を剥き出しにしていることだ。

そんな彼が纏う底冷えするようなオーラに、生徒達は誰もが呑まれ息苦しさを感じるほどだった。

 

「ひぅ」

 

それは教師である真耶も例外ではなく、情けなく悲鳴をあげており、一夏の時とは別の意味で涙目になっていた。

千冬の隣に歩いてきた彼とは40cm近く身長差があり、自身を遙か高みから見下ろす冷酷な瞳に真耶は心底恐怖したようだ。

千冬は殺気を隠そうともしない迅に露骨にため息をつくと彼を宥めようとする。

 

「………紫藤、頼むから殺気を抑えてくれ。生徒達の身が持たない」

「知るか。何で俺がこんな奴らの為に一々気を使わなくちゃなんねぇんだよ」

「…‥あぁもう分かった。そのままでいいから、手早く済ませてくれ」

「言われるまでもねぇ」

 

千冬の見たこともない姿に生徒達が、いや真耶までも驚く中、迅は殺気を抑えないままクラスメイト達を睥睨し明らかな敵意が滲む声音で自己紹介を始めた。

 

「紫藤迅だ。ISを動かした結果、こんなブタ箱にぶちこまれた。俺に関わるな。俺はお前らと仲良くする気なんざ欠片もない。お互い不干渉でやっていこう」

 

生徒達は今度は別の意味で固まった。

敵意を微塵も隠そうとしない態度。IS学園をブタ箱と称したこと。この女尊男卑の時代にその風潮に真っ向から喧嘩を売った彼の物言いに生徒達、ついでに真耶も空いた口が塞がらなかった。

先程の千冬の頼みを真っ向から否定し、明らかに壁を作った彼に、頼み込んだ本人である千冬は暗い表情を浮かべる。

 

「おい、俺の席はどこだよ」

「……窓側の最後尾だ。お前はデカすぎるからな」

「あっそ」

 

迅は千冬にそっけなくそう返すとズカズカと教室の中を歩いていき、窓側の最後尾に置いてある他の生徒達よりも一回り大きい席ー彼用に作られた大型の席にドカッと音を立てて座った。

座ってもなお消えない迅の殺気に、教室はすっかり呑まれてしまい緊張が続く中、タイミングよくチャイムの音が鳴った。千冬はそのタイミングを見逃さずにすかさず口を開く。

 

「………とにかく、SHRは終わりだ。諸君らにはこれからISの基礎知識を覚えてもらう。皆、心してかかるように。これから早速授業を始める。教科書を出してくれ」

 

千冬の言葉である程度緊張がほぐれて、生徒達も金縛りから解放されたかのように各々授業の準備をしていよいよ授業が始まった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

IS学園では入学初日から普通にフルで授業がある。

普通教育の他にIS関連の教育もあるため授業時間を確保するために初日から授業があるのだ。

なので、一限目は早速IS基礎理論の授業がある。一夏や女生徒達は真面目に授業を受けているのだが、迅は全くやる気がなかった。

なにせ、一度高校を卒業し普通科教育を既に終えている。なのに、一年に逆戻りして普通科授業も受け直さなくてはいけないというだけでもふざけてるのに、心底嫌っているISの授業まで受けなくてはいけないなど、彼にとっては拷問に他ならない。

そして、自己紹介の時にIS学園をブタ箱と言ったぐらいにISを嫌っている彼がまともに受けるわけがなく、教科書はまず机の上にすら出さずに全く関係ない文庫本を読むか、頬杖をつき外を眺めるか、目を閉じて寝たふりをするか、その三つの行動を繰り返していた。

 

ここまで露骨に授業態度が悪ければ教師であるなら誰でも注意をするのが当然なのだが、授業を担当している真耶は愚か教室の端で控えている千冬も注意をしなかった。

SHRの時点で迅の殺気に当てられ心底恐怖したからなのもあるが、一度注意した時に彼に睨まれて涙目になってしまいその注意は失敗する。千冬も今はまだあえて静観し落ち着いてから話をしようと決めており、彼の好きにやらせることにしたのだ。

 

そうしてぎこちない空気が続き、長いようで短かった一限目が終わった瞬間、迅の周囲の女子達は逃げるように彼から離れて廊下に行くか、教室の端まで退避する。

最初に剥き出しの殺意に当てられてからも、周囲の生徒達は彼から放たれるピリついた空気を授業中もずっと感じており気が気ではなかったのだ。近づこうものなら殺される。人間というよりもはや猛獣だと思ってしまい、命の安全の為に女子達はすぐさま逃げたのだ。

何もしていないのに精神を削られた女子達が哀れではあるものの、そんなこと迅には関係なく絶えず不機嫌なままだった。

 

ちなみに、現在は休み時間である為廊下には噂の男子二人を見ようと他クラスの女子が学年問わず詰めかけてきており、遠巻きに男子二人の様子を見ていた。中々彼らに話さないのは、迅が放つ殺気を感じ取ってしまったこととと、もう一つこの場にいる女子達が殆ど男子に免疫がないからである。

その二つの理由で、話しかけようとして話さなかったり、近づいたら怖いという躊躇いと恐怖の二つの緊張感が混ざった微妙な空気になっているのだ。

しかも、これらに加えて女子の視線が絶えず自分に向けられていることで、迅はますます不機嫌になってきているのだ。動物園のパンダよりもタチが悪い状況に、迅は心底うんざりしていた。

 

躊躇い、恐怖、苛立ち。

 

様々な感情が混ざった最悪の空気が教室に広がる中、一人の勇者が殺気立つ猛獣の縄張りに踏み込んだ。

 

「あ、あの……今、いいですか?」

「………」

 

自分を呼ぶ声に本を読んでいた迅は顔を上げずに視線だけ横に向ける。視線を向ければそこには、一人目の男性操縦者である織斑一夏がいた。

 

「何の用だ?織斑一夏」

 

すぐに視線を戻した迅は本を読みながらそう尋ねる。殺気は剥き出しでまともに相手にされない事に一夏は挫けそうになったものの、それでも他の女子達のように逃げることはせずにその場に留まり、必死に何かを言おうとしていた。

 

「え、えと、その……」

「言いたいことがあるなら早く言え。ずっとそこにいられんのも不快だ」

 

中々話を切り出さない一夏に迅は少し苛立ち、急かす。急かされた一夏はその後も少し逡巡すると、ついに決心して真剣な眼差しで真っ直ぐに迅を見ると、いきなり深々と頭を下げて、

 

「その、紫藤さん……すみませんでした」

 

そう謝罪したのだ。

突然の行動に遠くから様子を見ていた女子達は揃って首を傾げる。だが、彼だけは違った。

 

「………!」

 

パタンと本を閉じた音が聞こえた瞬間、最も近くにいた一夏は体が竦む。

顔を上げて様子を見なくても分かった。今、明らかに空気が一層張り詰めたと。それが自身の発言が招いたのだと理解するのに時間はかからなかった。

 

(あぁやばいっ…やらかしたっ)

 

一夏は内心で言葉を間違えたと後悔する。

実を言うと、先程の一限目の授業。彼は集中しているように見えて全く集中していなかったのだ。

かれはずっとどうやって迅に謝罪をするかを考えていたのだ。千冬の説明を聞いた時、一夏は迅が大学の入学を取り消されたのだとすぐに察することができた。

自分がISを動かしてしまったからこそ、大学入学という人生の一大イベントの一つを彼から奪い、未来を踏み躙ったのだと彼は自分を責めた。きっと自分を憎んでいるはずだと思わずにはいられず罪悪感を感じた一夏は何としてでも彼に謝りたかった。

授業中どう謝罪を切り出すかずっと考えており、長考の末出た結論が、余計な言葉を並べずに玉砕覚悟でしっかりと謝ろうと言うことだったのだ。

だが、その結果がこれ。自分は間違いなく虎の尾を踏んでしまった。

 

「………おい、ガキ。それは何の意味での謝罪だ?」

 

本を閉じた迅は彼の頭を見下ろしながら静かな声音で尋ねる。その静かさは嵐の前の静けさのように不穏なものであった。

一夏はその静かさにビクビクしながらも、ここで黙っていたら尚更悪い空気になると悟り必死に言葉を紡ぐ。

 

「…‥お、俺がISを起動したから……紫藤さんが、大学に行けなくなって……その、俺が、紫藤さんの将来を、壊したから……俺を、憎んでるんじゃないかと、思って……」

「……てことは、お前は自分が俺の人生を壊した元凶だと考えているんだな?」

「……っ、は、はい」

 

低い声音でそう言われて一夏は恨まれて当然だと思い、申し訳なさに表情を罪悪感に歪めた。

自覚していると聞いた以上、少なからず彼が一夏をよく思っていないのは事実。だが、それも仕方のないことだ。自分の不注意な行動で彼の人生を歪めた事に変わりはないのだから。

謝罪された迅は怒気が滲む声音で更に詰問する。

 

「で?お前なりに色々と考えて俺に謝罪をしてきたわけなんだが、謝りに来たってことはこの後どうなるかは予想がついてんだろ?」

「……はい。罵倒するなり殴るなり好きにしてください。それが俺にできるせめてもの償いです」

「へぇ、覚悟の上ってわけか。じゃあ何されても文句は言わねぇつもりか。その様子だと、偉大な姉貴に泣きつくような無様を晒す気もねぇようだ」

「はい。全部俺が招いた不始末なので、責任は俺一人で背負います」

 

多少彼の殺気に怯えつつもそれでも、はっきりとそう言った一夏。彼自身覚悟は迅に話しかけた時点で既に決まっていた。そして、社会的権力を何も持たない自分ができることは、精々彼の怒りを受け止めることぐらいだ。

自分なりに誠意を尽くした一夏を横目で見ていた迅は徐に立ち上がると頭を下げている一夏を見下ろす。

その様子を遠巻きから見ていて何を思ったのか、女生徒達は息を呑んだり、やばいとざわつき始める。

未だ顔を上げず彼の顔が見えない一夏は、そんな空気を感じ取り殴られるんだろうなぁと静かに悟った。そんな中、迅は一夏を見下ろしながら声をかける。

 

「………なら、顔を上げて歯食いしばれ。織斑一夏」

「は、はい。……っで」

 

迅に言われ覚悟を決めて一夏が顔をあげた瞬間、突然額に何かが当たり、軽い鈍痛に思わず小さな呻き声が出てしまう。

先程の千冬の一撃に比べればあまりにも痛くない衝撃に、一夏は何事かと迅を見上げる。見れば、彼は無表情のまま右手を手刀の形にして自分の顔の横に構えていたのだ。そのことから、自分は軽くチョップされたのだとなんとなく理解する。

殴打ではなくチョップをされた理由がわからず混乱する一夏を他所に迅は右腕を下ろすと、あっけらかんと告げた。

 

「はい終了。これで話はついたな」

「えっ…?あ、あの……」

「なんだ?なんか文句がありそうだな?」

 

予想外すぎる結果に理解が追いつかない一夏は慌てて尋ねる。

 

「ど、どういうことですか?俺を、殴るつもりだったんじゃ……」

 

一夏の質問に迅は片眉を吊り上げると露骨に呆れた表情を浮かべてため息を吐く。

 

「はぁ?んなわけねぇだろ。何でお前を殴る必要がある」

「い、いや、だって、俺のせいで紫藤さんはIS学園に入れられて……だから、元凶の俺を憎んでると思って……」

「………はぁ。ったく」

 

迅は困惑しつつそう言った一夏を見下ろし再度ため息をつくとやれやれと呆れながら首を横に振ると、殴らなかった理由を話す。

 

「あのなぁ、先月まで中坊だったガキがいらん気を使うんじゃねぇよ。話を聞いた限りじゃ、お前は何も悪くねぇだろうが」

「えっ、で、でも、俺がISを動かしたから……」

「確かにお前がISを動かしたから、こうなったのは間違いねぇな。だが、それは発端に過ぎねぇだろ。そっから勝手に騒ぎ立てたのも、大学の入学を取り消しやがったのも、こんなブタ箱に押し込んだのも、全部政府と委員会のクソどもだ。お前が責任を負うことなんざ一つもねぇよ」

「で、でも……」

「くどいぞ。俺がお前は悪くねぇって言ってんだ。それで手打ちにしろ。つーか、ここでお前をぶん殴ったら情けねぇだろうが。俺はそこまで心が狭いわけじゃねぇぞ。ちったぁ俺の顔も立たせろよ」

 

迅が一夏の話を聞いて出した結論は、『こいつも被害者か』だった。彼は一夏の一言一句全てに注意して冷静に状況を鑑みた結果、彼とて望んでISを動かして世界をかき回したのではなく、偶然動かしてしまいここに無理矢理連れてこられたのだと理解したのだ。

自分も被害者のはずなのに、自分が招いてしまった結果に本気で罪悪感を感じており、こうして迅に謝罪をしに来た。

 

それが、彼の印象を良くした。

 

碌に謝罪もせず気軽に話しかけてこようものならば、真正面から殴り飛ばし関わるなと警告するぐらいは考えていたのだが、予想とは違いしっかりと反省し自分に謝罪してきて時点で迅は一夏を敵とみなさなくなった。

謝罪をしてきた後でのきつい物言いはわざとであり、彼自身が本当に罪悪感を感じているのか試していたのだ。その試した結果でも彼に非はないという結論を出した。

そして、一夏の敵認定を解除した迅はほんの少しだけ口の端を吊り上げて小さな笑みを浮かべると、一夏の頭に手を伸ばして上からガシガシと少し乱雑に撫でた。

 

「キツイ言い方になって悪かったな。改めて俺は紫藤迅だ。二人しかいない野郎同士仲良くやろうぜ」

「っっ!は、はいっ!よろしくお願いします!!」

 

困惑していた一夏は迅が友好的に接してくれた事にパァッと子供のように表情を輝かせると、勢いよく頭を下げて握手を求める。迅はさらに快く応じて2人は固い握手を交わした。

先程まで獰猛な獣のようにピリついた殺気を纏っていた姿は既になく、友好的で少し砕けた感じになっている迅の様子に周囲の女生徒達は先程との余りの違いに驚愕している。

 

 

「………すまない。ちょっといいだろうか」

 

 

そんな中、タイミングを見計らったかのように1人の女子生徒が声をかけてきた。

男子同士気兼ねなく話をしていた2人は、会話をやめて揃ってそちらに振り向く。

声をかけてきたのは一人の女子生徒だ。

身長は平均的だが、どこか長身を思わせる。肩下まである長い髪をポニーテールにしており、どことなく鋭い日本刀を思わせる印象だった。

彼女は篠ノ之箒。織斑一夏の幼馴染で先程一夏が針の筵状態で助けを求めた時に、あっけなく見捨てた人である。

 

「………箒……?」

「……………」

 

一夏は幼馴染の名を呼ぶも、箒はどこか不機嫌な様子で一夏をじっと見るだけで何も言わない。

2人の様子に、知り合いではあるのだが何か事情があるのだろうと読んだ迅が割り込む。

 

「…‥知り合いか?」

「は、はい。幼馴染の篠ノ之箒です」

「………どうも。篠ノ之箒です」

 

ここでようやく箒は迅に軽く会釈をして挨拶をする。自己紹介をした箒はすぐさま一夏へと視線を戻す。

 

「………話がある。廊下でいいか?」

「……え、えーと、でも……」

 

一夏は6年ぶりに再会した幼馴染との会話と打ち解けたばかりの迅との会話。どちらを取るか悩んでしまう。その迷いを感じ取ったのか、迅はすかさずフォローを入れた。

 

「俺との話は後でもできるから、そっちの幼馴染に応じてやれ」

「す、すみません」

「いいって。幼馴染なんだろ。積もる話もあるみたいだからな。ギリギリまで話してこい」

「あ、ありがとうございます。じゃあ、箒廊下行こうぜ」

「……ああ」

 

一夏は迅に一言礼を言うと箒と共に廊下へと向かった。迅はそんな2人を見送っており、廊下を出る瞬間に一夏がこちらに顔だけを向けて小さくお辞儀したのに軽く手を振ると読書を再開させた。

 

(………素直でいい奴だな)

 

迅の中では一夏は素直でいい奴だと言う認識になっていた。この女尊男卑の中であそこまで素直な奴はそうはいない。

世界最強である織斑千冬が姉だからと言うのも関係しているかもしれないが、何にせよ迅の一夏に対する評価は概ね好印象だった。

 

(………勝手だが、どうかお前は健やかに育ってくれよ。織斑一夏)

 

ああいう男子はこの世の中貴重な存在だ。しかもISを動かせるという意味でも希少な存在。きっと、彼こそ世の男性達の希望となることだろう。とはいえ、そんな思惑とは関係なく迅は彼にはそのまま誰かの悪意に歪まされることなく、健やかに育ってほしいと切に願った。

 

自分とは違い、彼はまだ()()()()のだから。

 

そう願った時、迅はふと彼の幼馴染の少女のことを思い出す。

聞き間違いでなければ、彼女は篠ノ之と名乗っていた。

 

「…篠ノ之……篠ノ之ねぇ……」

 

箒の苗字を思い出し彼は意味深に呟く。

その呟きは誰の耳にも届くことはなく、静かに空気に溶けて消えていった。

 

 





ISを動かしたことが発覚した以上、学生であるなら強制的な転校は確実にあるだろうし、大学入学目前であろうとIS優先のため、この世界のクソッタレな大人達ならば平然と合格を握りつぶしてIS学園に強制入学ぐらいさせるだろうなと思っています。

それはそうと、一夏くん、とりあえずファーストコンタクトは問題なく成功したようですね。
さて、次回は早速例のイギリス娘による一波乱が起こるわけですが、どうなるのやら。鬼が出るか蛇が出るか、ですね。
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