IS:黒鉄の修羅   作:桐谷 アキト

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リアルが大変すぎるっ!
就活がぁぁ………


4話 それぞれの想い

 

 

IS学園の外周部。そこはちょっとしたランニングコースになっており自主練に熱心な生徒や教員ならば朝にランニングするIS学園定番のランニングコースだ。そのコース上に多数設置されてるベンチ。その一つに迅は座り一人黄昏ていた。

 

「はぁ………」

 

ベンチに背中を預けて空を見上げながらため息をつく彼の手にはペットボトルの炭酸飲料がある。

幸い、財布は検査の時に持ち歩いていたため、迅が現在所持している数少ない自身の貴重品であるのだ。ここに来るまでの途中にあった自販機で彼は飲み物を買っていた。

スマホは持っていない。あの検査の時、電子機器であるため念の為と時雨に預けていたのだ。あの日以来会えていないので、未だ彼女の手にあることだろう。

 

三限目の時、迅はクラスメイトや教師達に殺意と怒気を放ち、セシリアを絞め殺そうとしたが、千冬に止められた。

その後、千冬に止められた彼は興醒めだと言わんばかりに教室を出て行った後、どうにか自分の心を落ち着かせる場所に行きたいと学園の敷地内をフラフラしここのベンチに辿り着いたのだ。

 

「ふぅ………」

 

迅は瞳を閉じて静かに息を吐く。

暖かな風や潮の匂い、潮騒の音が自身の五感を満たし、迅の張り詰めていた心は自然と緩んだ。

久々の一人。監視する者もおらず、好奇心でジロジロ見てくる者もいない。誰も自分を見る者はおらず世界に自分一人しか存在していないような感覚に迅は初めて安堵を覚えた。

これまで自分は一人になることが嫌いだった。

家に帰っても誰も待ってくれる人はいないから、彼は家の外では誰かと一緒にいることを求めていた。

幸いにも幼馴染の時雨や冬馬がいたからこそ、孤独感や寂寥感をあまり味わわずに済んだ。

だというのに、今は一人になることを望んでいる。その原因がISにあるのは何と皮肉なことだろうか。

 

「………手ぶらじゃなくて、鞄ごと持ってくるべきだったか」

 

迅は自分が手ぶらで出てきたことに、少し後悔する。暇つぶしにと警護部隊の隊長がいつのまにか鞄に突っ込んでいた文庫本。アレは中々に面白い内容だったため、読み始めた迅は続きが気になっていたのだ。

 

「………しっかし、アレは中々に傑作だったな」

 

何の娯楽も持ってきていない迅は、背もたれに背中を預けると空を見上げながら先ほどのことを思い出し酷薄な笑みを浮かべる。

自分が振り撒いた威圧に怯え、何人かは気絶すらしていた。自身を見る目には嘲笑ではなく恐怖の色が宿っており、誰もが無様に震え反論すらできていなかった。

何とも惨めで、滑稽で、痛快だったことだろう。

女は男より強いと息巻いていた女達が男に怯えて何もできない様は、IS社会そのものを憎悪する彼にとって中々に気分が良かったのだ。

所詮はIS頼りの女達だ。圧倒的暴力に依存し、偉そうにしている女達は、ISがなくては何もできない存在だ。

同時に忌々しくも思う。

あんな虎の威を借る狐のように威張ってるだけの存在が世界に蔓延り今の世界を作り上げ回していると思うと、迅は腹の底から怒りが込み上げて仕方がなかった。

そこで迅はふと思う。

 

「結局……織斑はどうする気なんだろうな」

 

クラス代表決定に際してのいざこざ。

迅が覚えている限り女子の無責任な推薦で織斑が候補に挙げられ、セシリアがそれに異論を唱えて自薦して揉め事になっていた。

今は迅のせいでそれどころではないはずだが、落ち着けば再び話題に上がるのは間違い無いだろう。

その時、一夏はどんな選択を取る気なのだろうかとふと思ったのだ。

受けるのか受けないのか。受けなければこれ以上は問題は起きないが推薦した女生徒達は不満を覚え、仮に受けたとしてもセシリアが再び文句をつけて何かしらの問題に発展するかもしれない。

どちらに転がっても禄でもない結果にしかならないだろうと推測した迅は、そこまで考えて思考をやめて。

 

「………別にどうでもいいか。俺には関係のない話だしな。勝手にやってろ」

 

迅としてはどっちに転がろうとどうでもいい話だ。

先程迅は一夏が無責任な期待をかけられても静観を貫いた。それは、自分から女子達と関わりたくなかったからもあるし、別に一夏にフォローを入れようという気もなかったからだ。

ただ少し仲良くなっただけに過ぎず、あの状況で助け舟を出すほど親しくもない。自分で何とかできるならば、自分で何とかしてくれと思うほどだった。

年上とか、数少ない男同士とか、そんなことはどうでもいい。自分だけ逃げ出したなど、好きなだけ言えばいい。彼女らが自分のことをどう思っていようが、敵認定している自分からすれば何もかもどうでもいいのだ。

 

「………………………」

 

そこまで考えたところで、迅はうとうととし始める。セシリアとの一件で完全に目が覚めていた迅だったが、再び眠くなってきたのだ。

 

(………少し、眠いな。また一眠りするか)

 

ここ数週間、迅はまともに睡眠を取れていない。

力尽きるまで暴れて、泥のように眠り、再び目覚めて暴れるを繰り返した。暴れるのをやめた後も自分の将来に絶望し塞ぎ込んでいたため安らかな睡眠を取れたためしがない。

いよいよ限界が来ていたのだ。まともに食事も取っていないため、動く活力すらもあんまりなかった。

だからこそ、こんなにも安らぐ空間にいたら自然と眠くなるのも仕方のないことだった。

 

どうせここには放課後まで誰も来ることはないだろう。故に、迅は睡魔に抗わずにゆっくりと瞳を閉じる。

 

 

「…………あんたは、何がしたくてあんなもんを作ったんだよ」

 

 

最後に小さく呟くと、そのまま睡魔に身を委ね微睡んだ。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「うぅ……」

 

 

時は過ぎ、放課後。場所は変わり、一年一組の教室では女子が他学年・他クラスから押しかけきゃいきゃいと小声で話し合ってる中、一夏は机の上でぐったりと項垂れていた。

 

「い、意味がわからん……。なんでこんなにややこしいんだ……?」

 

今日はもうとにかく散々だった。

授業の内容は専門用語の羅列で全くついていけなかった。昼休みは学食に移動すればぞろぞろと大名行列の如く全員ついてきて、学食ではモーゼの海割りのように勝手に道が開く始末。

とにかく居心地が悪くて仕方がなかった。

 

(迅さん………大丈夫かな?)

 

一夏は少し暗い表情を浮かべると、そう彼の身を案じた。

迅はあのクラス代表決めの騒ぎから一度も教室に戻ってきていなかった。だが、それを一夏は責めるつもりはない。彼の心境を少しでもわかってしまったからこそ、あんなことがあっては戻る気も失せて当然だったのだ。

そして、迅が去った後の方が大変だった。生徒の大半が恐怖に怯え切って青ざめており、数名が気絶した。首を絞められ殺されかけたセシリアも、頭を抱えて蹲ったままであり、教師である真耶ですらも恐怖に怯え切っていた。

なんとか動けた千冬と殺気を向けられていなかった一夏が色々と手を尽くすことで彼女らを復帰させたものの3時間目はその説得の時間で潰れた。

その後も空気は最悪で、生徒達や真耶は一様に青ざめており、千冬も暗い表情を浮かべたままだった。

その中でもセシリアが一番酷く、誰よりも顔は青ざめており、何を言われても反応はなく、放課後になれば一人ふらふらとしながら真っ先に帰って行ったぐらいだ。

 

(……………紫藤さん)

 

一夏は休み時間や昼休みにも迅を探しに行こうとしたが、彼の心情を慮って一人にさせておいた方がいいとこれまでは行かなかった。だが、それ以上に一夏も迅に恐怖してしまっていたのだ。

殺気や敵意は剥き出しにされていたものの他の女子ほど受けてはおらず耐えられはしたが、その後にセシリアの首を絞め躊躇なく殺そうとした事が一夏を思いとどまらせた。

いくらIS社会に憎悪を抱いてるとは言え、まさか人を殺すのを躊躇わないとは思ってもいなかったのだ。

一体どんな過去があれば、どんな仕打ちを受ければあそこまで憎むのか、それが一夏の理解の範疇を超えていた。

勿論、自分も街を歩けば理不尽に傷つけられる男性達や、偉そうに振る舞う女性達は何度も見てきた。だが、それでも微々たるものばかり。

迅が受けてきた仕打ちに比べれば、遥かに軽いものだ。あそこまで憎む理由は、自分では想像すらできなかった。

そんなこれまで出会ったことのない未知に恐怖し、探しに行こうにもいけなかった自分を、一夏は恥じた。

 

(何をビビってるんだ、織斑一夏。紫藤さんの事を考えたら、俺の悩みなんて大した事じゃないだろ)

 

自分なんかよりも当の本人が一番苦しいはずなのだ。なのに、我が身可愛さに彼を一人にしてしまったのは、男として情けない。

 

(……もう放課後になるし、今からでも、探しに行こう)

 

そして放課後になっても帰ってこない以上、荷物のこともあるしそろそろ探しに行こうと判断して立ちあがろうとするが、

 

「ああ、織斑くん。まだ教室にいたんですね。よかったです」

「はい?」

 

立ちあがろうとして誰かに呼び止められた。

顔を上げれば真耶が書類を片手に立っていたのだ。

一体何の用なのか。そう訝しむ一夏に真耶は早速話を始めた。

 

「えっとですね、寮の部屋が決まりました」

 

そう言って部屋番号の書かれた紙とキーを一夏に渡す。

ここIS学園は全寮制だ。生徒は全て寮で生活を送ることが義務付けられている。これは将来有望なIS操縦者達を保護することが目的にある。未来の国防が関わってくる以上、優秀な操縦者になるであろう学生の勧誘に各国は必死なのである。

 

「俺の部屋、決まってないんじゃなかったんですか?前に聞いた話だと、一週間は自宅から通学してもらうって話でしたけど」

「そうなんですけど、事情が事情なので一時的な処置として部屋割りを無理やり変更したらしいです。……織斑くん、その辺りのことって政府から聞いてます?」

 

最後だけ一夏にだけ聞こえるように小声で話す真耶。今まで前例のない男性操縦者だからこそ、国としては保護と監視の両方をつけたいらしい。

実際、一夏の家にも迅と同じようにマスコミだの各国大使だの果ては遺伝子工学研究所の人間までやってきた。

『是非とも生体を調べさせてほしい』と言われた時は、戦慄し断固拒否したぐらいだ。

 

「そういうわけで、政府特命もあって、とにかく寮に入れるのを最優先したみたいです。1ヶ月もすれば個室の方が用意できますから、しばらくは相部屋で我慢してください」

「分かりました。でも、その言い方だと、俺は紫藤さんと同室じゃないってことですか?」

 

今の真耶の言い分では自分は女子と相部屋という事になる。どうして同じ男性である迅と一緒ではないのか。

そう尋ねたのだが、真耶は迅の名が出た瞬間、あからさまに狼狽える。

 

「あっ、え、えっと、紫藤くんは、その……」

 

恐怖を思い出したからか、それとも別の理由か。何にせよ、答えてもらえそうにないと判断した一夏はすかさず話題を変える。

 

「あ、いえ、紫藤さんのことはともかく、部屋のことはわかりました。……でも、荷物は何も持ってきてないんで、一回家に帰ってもいいですか?」

「あ、いえ、荷物なら——」

「私が手配をしておいてやった。ありがたく思え」

 

真耶が何かを答える前に千冬がそれに答える。声のした方を見れば、千冬の手には自分のものである大型のバッグと見覚えのないスーツケースがあった。

 

「ど、どうもありがとうございます……」

「まあ、生活必需品だけだがな。着替えと、携帯電話の充電器があればいいだろう」

 

日々の潤いもなく、本当に必要最低限しかいれらてないことに一夏は心の中でほろりと涙を流す。

 

「じゃあ、時間を見て部屋に行ってくださいね。夕食は6時から7時、寮の一年生用食堂で取ってください。ちなみに、各部屋にはシャワーはありますけど、大浴場もあります。学年ごとに使える時間が違いますけど……えっと、その、織斑くんは今のところ使えません」

「………あー、はい。それは何となくわかってました……」

 

一夏は両部屋の件と同様でまだ調整ができていないのだろうとすぐに把握できた。その様子を見た千冬が安心したようにつぶやく。

 

「理解が早くて何よりだ。女子と入りたいなぞ言い出した日には、警察に突き出すところだった」

「えっ、お、織斑くんっ、女子とお風呂に入りたいんですか⁉︎だっ、駄目ですよ!」

「いえ、そういうわけじゃないです」

 

それは倫理的にアウトだ。そんなことをしようものなら、千冬が言った通り、警察に突き出され翌日の新聞にその名を記すことになるだろう。そうすれば、社会的に死ぬ。

 

「ええっ?女の子に興味がないんですか⁉︎そ、それはそれで問題のような……」

 

何故そうなる。と一夏は脳内でツッコミを入れる。

この人、これまでもそうだったがあまり人の話を聞いてくれなかった。

そして、きゃあきゃあと真耶が騒いだせいで廊下にもその話は伝わり、『婦女子談義』が花を咲かせ始める。

 

「織斑くん、男にしか興味がないのかしら……?」

「それはそれで……いいわね」

「中学時代の交友関係を洗って!すぐにね!明後日までには裏つけとって!」

 

勘弁してくれと一夏は思わざるを得なかった。

ベクトルは違うのだろうが、迅が女性を嫌う理由の一端が何となくわかった気がした。そのうんざりした気分を変える為に一夏は千冬が持つスーツケースに視線を向けた。

 

「そういえば、ちふ…いや、織斑先生が持ってるそのスーツケースって誰のなんだ?」

「…………紫藤のだ。お前と同じように彼も寮生活の準備はしてなかったからな。私が受け取りに行ったんだ」

「なるほど……」

「それはそうと、織斑。紫藤をどこかで見たか?」

 

きっと寮部屋の件や諸々の事を話すのだろう。すぐにその辺りの事情を理解できた一夏は首を横に振りつつ答えた。

 

「いや、これから探しに行こうかと……」

「……そうか。私もこれから探しに行くところだが、お前が先に見つけたなら私に連絡してくれ」

「うん、分かった」

「えっと、それじゃあ私達はそろそろ———」

 

真耶がそう言って話を終わらせようとした時、教室の扉が乱雑に開け放たれる。その音に三人は驚いたように、振り向けば、そこにいたのは迅だった。

 

「……………」

 

ここに来るまでに多数の女生徒と遭遇しだからだろう。露骨に殺気と敵意を振り撒いており、迅の機嫌が全く良くなっていない事を示していた。真耶は突然現れた彼の放つ殺気に怯え後ずさる。

一夏は真耶と千冬に冷ややかな視線を向けている迅に近づき恐る恐る声をかけた。

 

「し、紫藤さん、その、大丈夫ですか?今まで、どこに?」

「外で寝てたから鞄を取りに戻っただけだ。そんなに心配する必要はねぇよ」

「そ、そうですか」

 

そう答えた迅の様子に一夏は密かに安堵する。他の女性達にはまだだが、少なくとも自分と話す時だけは纏う殺気を薄めて、最初に握手を交わした時のような優しげな表情になってくれていた。

だが、だからこそだ、次の瞬間には一夏は罪悪感に表情を暗くさせて迅に謝罪した。

 

「その、さっきはすみませんでした。俺の不注意で迅さんにも迷惑を……」

「はぁ?んなもん、さっき俺がお前に注意してソレで解決したろうが。何度も謝る事じゃねぇよ」

「で、でも……」

「こっちとしてはサボる口実ができたからいいんだよ」

 

そう優しく言って肩をポンと叩く迅に一夏は優しい人だなと思った。誰よりも自分が一番辛く苦しいはずなのに、自分をフォローしてくれた。

女性には殺気と敵意を振り撒き威嚇しているが、自分に見せてくれたこの表情こそ、彼の素なのではないかと気づくことができたのだ。

 

「………まあいい。それはそうと」

 

そう言うと迅は千冬が持っているスーツケースに視線を向けると、視線を一気に鋭くし殺気を再び放ちながら千冬に詰め寄り鋭い眼光で睨む。

 

「おい、ブリュンヒルデ。何であんたが俺のスーツケースを持ってる?誰が俺の家に無断で立ち入った?あんたら学園のクズ共か?それとも政府のクソ共か?あるいは委員会のゴミ共か?誰だ?そいつを今すぐ俺の前に連れてこい。返答次第じゃそいつを殺してやる」

 

手をゴキリと鳴らしながら千冬に迫る迅。

適性発覚してから一度も家に帰れていない迅は当然寮生活の準備などしていない。だとすれば、誰かが勝手に押し入って荷物を勝手に詰めたのだろう。

そう考えた迅は、誇張でもなく本当に殺しかねないような凄まじい殺気を放っている。そんな彼の鬼気迫る様子に千冬は冷や汗を流しつつ、素直に応えた。

 

「………い、行ったのは私だ。だが、用意したのは私じゃない。家の中にも入ってはいない」

「じゃあ、誰だ?」

「………小鳥遊と桐山という若い男女だ。彼らが用意したのを渡された」

「……っっ‼︎そう、か。あいつらか……そういや、合鍵渡したままだったな」

 

二つの名字を聞いた瞬間、迅はわずかに目を見開くと纏っていた殺気を霧散させ面倒くさそうにそう呟いた。

小鳥遊と桐山。迅の幼馴染の冬馬と時雨のことだ。彼らに関しては、幼い頃家族と死別した迅が精神的に不安定だった頃に彼の精神安定の為に家に自由に出入りできるようにと祖母が合鍵を渡していたのだ。

昔から出入りしていた彼らならば自分の部屋の場所どころか、どこに何があるのかもある程度把握している。彼らほど荷物を纏めれるのに相応しい人材はいない。

 

「………はぁ、あいつらが用意したんなら問題ねぇな。早くそいつをよこせ」

「あ、ああ」

 

そう言って千冬はスーツケースを迅に差し出す。ひったくるように奪い取ると今度は真耶にギロリと視線を向ける。

 

「おい、そこのチビ眼鏡。俺の部屋の鍵をとっとと寄越せ」

「ひっ、あ、は、はいっ……どうぞ」

 

真耶は完全に怯え切っており、涙目になりふるふると小刻みに震えながら迅に鍵と部屋番号が書かれた紙を差し出す。

 

「ふん」

 

迅はそれを苛立ち混じりに鼻を鳴らして、真耶の手を叩くように乱雑に奪い取る。そして、自分の机にあった鞄を回収すると彼女らに背を向けてとっととこの教室から出て行こうとする。

だが、それを千冬が止めた。

 

「待て。紫藤」

「あぁ?んだよ、ブリュンヒルデ。あんたらと話すことなんざ何もねぇぞ」

「そうじゃない。彼らから伝言を預かっている」

「……ッ……言ってみろよ」

 

『彼ら』、つまり冬馬と時雨から伝言を預かっていると聞かされ、迅は足を止めて剣呑な眼差しを千冬に向け静かに促した。

 

「………『いつでもいいから電話して欲しい。自分達は何があっても味方でいる』だそうだ」

「———ッッッ‼︎‼︎」

 

千冬より告げられた伝言の内容に迅はあからさまに目を見開く。そして暫しの沈黙の後、迅はギリッと歯を噛み締め一瞬表情を歪ませると、

 

 

「チッ、そうかよ」

 

 

舌打ちをしそう返し、千冬から視線を逸らし完全に背を向けた。

 

「帰るぞ。織斑」

「あ、は、はいっ」

 

一夏にぶっきらぼうにそう言った迅は扉の方へと歩き、一夏が慌てて追いかける。

扉の近くに来た迅を前に聞き耳を立てていた女生徒達は蜘蛛の子を散らすかのように逃げ出す。

 

「………」

 

迅は遠巻きからこちらを見ている女生徒達に見向きもせずに、一夏を連れてさっさと廊下を歩き立ち去っていった。

 

教室から立ち去った二人。正確には迅の背中を遠巻きに見ていた女生徒達は一組の生徒達を除き誰もが困惑と驚愕を隠せなかった。

噂の二人目の男子生徒。どんな人かと見にくれば、獣のように殺気と敵意を剥き出しており、ソレに当てられ女生徒達は怯える小動物が如く遠巻きに見ていることしかできなかった。

ソレに加え、教師に対してあまりにも不遜で生意気な態度。どうして真耶や千冬はその態度を咎めはしないのだろうかと疑問に思っていた。

 

だが、こればかりは仕方ないとしか言えない。

千冬と真耶は今の彼に何かを言えば、また3時間目の時のようなことにはなるのではないかと危惧しており、不用意に刺激しない為に好きにやらせているのだ。真耶に関してはソレに加えて迅に恐怖意識があるからこそだ。

これは二人の教師がまだ若く未熟であることも関係しているのだが、IS社会を憎みに憎み、その果てに心が歪んでしまった今の彼には自分達の言葉が届くわけがないのだ。

 

 

 

敵の言葉を信用する人間などいるわけがないのだから。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

校舎から寮までは50mしかなく、迅と一夏はその道を横並びで歩いている。

 

「おい、結局クラス代表の件はどうなったんだ?」

 

迅は歩きながらふと一夏にそう尋ねた。

 

「あ、ソレなんですけど結局やることになりました」

「……やっぱりか。有耶無耶には出来ねぇもんな」

 

迅は一夏の返答を予想していたため特に驚くことはなく納得する。だが、一夏はそれに首を振った。

 

「……いえ、そういうわけじゃなくて、俺の方からオルコットさんに提案したんですよ」

「はぁ?何でそんな面倒な事をしたんだ」

「あっちが納得いってなかったってのもあるんですけど、俺も白黒つけないまま有耶無耶になるのは嫌でして……」

 

下らない私情から始まった決闘騒ぎ。迅が激怒したせいで、その場では決まらず先送りになったのだが、よりによって一夏自身が話題を切り出してセシリアに決闘を申し込んだ。

一夏がとった行動に迅は驚いたように瞠目するも、すぐにどうするのかと問うた。

 

「だが、どうする気だ?あったは代表候補生、要はプロだ。経験ゼロの素人が勝てる相手じゃないだろ。何か策でもあるのか?」

「それはまだ何とも。とにかく、訓練機を借れたら借りてやれるだけのことはやるつもりです。ただでは負けるつもりはありませんよ」

「………………」

 

一夏の言葉に迅は足を止めると静かな眼差しで一夏を見下ろす。

一夏の瞳は真っ直ぐであり、先ほどの言葉が傲慢でも、無鉄砲とかではなく現実を理解した上で抗ってやるという気概の表れだということに気づく。

強い『覚悟』を一夏の瞳から迅は感じ取ることができた。

 

(………どうしてお前は……そこまで、強くあれるんだ?)

 

迅には分からなかった。

何故ここまで折れずにいられる?何故そこまで真っ直ぐでいられる?一夏だって将来を奪われたはずだ。理不尽な世界を知っているはずだ。

なのに、どうして、そこまで、お前は……強くあれるのだ。

歪み狂ってしまった迅にとっては、今の彼はとても眩しくて羨ましくすら思った。

 

「……紫藤さん?なんか俺の顔についてます?」

「……いや、何でもない」

 

立ち止まり無言で見下ろす迅に一夏がそう尋ねた。迅はそれに首を横に振り誤魔化すと、再び前を向きながら肩を優しく叩く。

 

「………ISの知識がない俺は何もできねぇ。とにかくやれるだけやってこい。勝手ながら、応援している」

「っ、はいっ!」

 

迅のお咎めもなく、むしろ激励をされたことに一夏は表情を輝かせて元気よく頷いた。そして、再び歩き始めたとき、一夏は千冬との会話で気になっていた事を尋ねた。

 

「あの、紫藤さん。さっきの小鳥遊さんと桐山さんってご親戚ですか?」

「………‥ただの古い知り合いだ」

「……そうですか」

 

迅の呟きを聞いていた一夏は合鍵を渡せるほどの間柄にある彼らが古い知り合い程度なわけがないはずだ。あれだけの言葉を残すほどなのだから、もっと近く親しい間柄なのではないだろうか。

だが、それを尋ねることはできなかった。

なぜなら、二人の名前を出した瞬間、迅の表情は暗くなり、彼の言葉には明確な拒絶が宿っていたから。

『お前が知る必要はない』と言外に告げられた気がした。

 

(………紫藤さんの事を、もっと知りたい…)

 

自分はまだ出会って一日目だ。

信頼なんてあるはずもないし、過去なんて知るはずもない。だが、今日一日見てみて迅は本当は優しい人間なのではないかと思ったのだ。

だからこそ、これから共にこの学園を過ごす二人しかいない男子として、織斑一夏個人として、紫藤迅の事を知り、もっと親しくなりたいと思ったのだ。

それからは話題を切り替えて、雑談を交わしつつ歩いて行き、やがて一夏の部屋である『1025』室に着いた。

 

「あ、俺の部屋ここですね」

 

自分の部屋の前で立ち止まった一夏は迅へと振り向く。

 

「紫藤さんの部屋って1096でしたっけ?」

「ああ。お前とはだいぶ離れてるな」

「近かったら女子達の視線も気にせず気軽に行けるのに……残念です」

 

恐らく迅の部屋はこの階層の最端に位置しているのだろう。部屋が思ったよりも遠くて残念がる一夏に迅は小さく笑う。

 

「まぁ、気軽に遊びにくればいい。お前が来る分には問題はねぇからな」

「ありがとうございます。でも、それはそうと、何で俺達一緒の部屋じゃないんですかね?」

「大方、纏めて死なれちゃ困るから分散してんだろ。片方が死んでも片方が生き残ってりゃいいだろうからな」

「えぇ、そんなまさか……」

 

冷めた表情で言った迅の推測に一夏は信じられないようだが、迅はその推測は正解なのではないかと思っている。

世界にたった二つしかない希少価値が高すぎるモノを人はどう管理するか。損失させないように一箇所に纏めるか、損失しても片方が無事であるようにあえて分散するか、その二つの選択肢を取るだろう。

そして、今回の寮部屋に関しては後者だ。

政府、ひいてはIS委員会の人間どもは、たとえ片方が死んだところでもう片方が生き残っていればデータを採取できるため問題はないと考えているのだろう。

そう断じた迅は一夏の否定の言葉を淡々と否定する。

 

「充分にあり得るぞ。何せ、お偉いさんはどいつもこいつも欲望に飢えたクズだからな。腐り切った奴等なら俺はそう考えてもおかしくないと思ってる」

「………そ、そうですか」

 

政府やIS委員会の人間を誰の目も憚らずにそう酷評し吐き捨てた迅に、一夏はそう思っても仕方ないかと思いつつも、本当に嫌いなんだなと思った。

迅の言葉に少し引きつつも、一夏は話題を変えた。

 

「あの、紫藤さん、後で紫藤さんの部屋に遊びに行ってもいいですか?正直、いきなり女子と二人きりってのは、心が持ちそうになくて……」

 

1ヶ月間とはいえ、いきなり年頃の女子と同じ部屋で過ごすなど青少年ならば誰だって不安でしかない。だからこそ、同じ男性である迅の部屋に逃げ込みたいというのは仕方のない事だった。

それに彼の事を知りたかった一夏は、明日からではなくこの後もさらに親睦を深めたかったのだ。

だが、そんな彼の望みは迅に優しく却下された。

 

「……あぁ……悪い。今日は一人にしてくれ。明日からは部屋に来ていいから。それじゃあお疲れ」

「え、あ、は、はい、お疲れ様です」

 

そうして一夏に手を振って迅は彼に背を向け自分の部屋へと歩き出す。

遠ざかる背中を見ていた一夏は、その背中は———とても悲しげだったと漠然と思った。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

「…………1094……1095………1096………ここか」

 

 

迅は一夏と別れた後、自分の部屋『1096』を目指し廊下を歩く。やがてたどり着いた迅の部屋は一夏の部屋からずいぶん離れており、同階の一番端だった。

その道中、迅は女生徒の好奇の視線に晒されて機嫌は再び急降下する。そうして少し歩いてようやく自分の部屋に辿り着く。

 

「……まるで、俺だけ隔離されてるみてぇだな………」

 

自身の部屋についた迅は自分が通った廊下を振り返りながらそう呟く。迅の部屋と他の部屋は明らかに部屋三つ分ほどの距離があり、自分の部屋だけ隔離されてるように感じたのだ。

まぁ迅としては隣に女子部屋がないことで少し気が楽になったので問題はなかった。

そして、鍵を使い部屋の中に入る。

部屋は寮部屋とは思えないほどに豪華だった。

見ただけでわかるフカフカの大型ベッドが一つ。

デスクトップパソコンと中型テレビが取り付けられてる高級そうな机に椅子。

今は何も積まれてはいないが、それなりの本が入りそうな本棚。

台所の方を見れば自炊可能な高性能なキッチンと食洗機、冷蔵庫までが備え付けられていた。

唯一の個室の扉を開けてみれば、中にはシャワールームと洗面台、洗濯機、そしてトイレまであり、そこらの高級ホテルと遜色ないレベルの内装だったのだ。

ちなみに、これは余談だが、他の寮部屋は迅のとは違い二人部屋の為ベッドと机が二つずつあり、トイレは備え付けられていない。他の部屋の生徒達は各階の両端にあるトイレを使うことになっているのだ。

 

この部屋はまさしく迅の為の特別仕様であり、迅の入学が決まった後にブラック企業も真っ青な過酷なタイムスケジュールで工事を行い、この階の片端を改装し部屋を増設したものなのだ。

その為部屋は最端ではあるが、目の前に女子トイレはなく、迅に1番近い部屋の前にトイレがある。

辛い境遇である迅が少しでも過ごしやすいようにとIS学園側が用意したせめてもの誠意だった。

 

「………これが、俺の部屋か。………俺が、これから暮らす……部屋……」

 

迅は中に入り、ベッド脇にスーツケースを置くと部屋を見渡してそう呟いた。

そして、少しの沈黙の後ギリッと歯を噛み締めると。

 

「くそがぁぁぁぁぁぁぁっっっ‼︎‼︎‼︎」

 

激情のままに叫び、持ってた鞄を壁に叩きつけた。

鞄を叩きつけた迅の頬にはいつの間にか無数の水滴が伝っており、彼は涙を流しながら髪を乱雑にかきむしると壁を殴りながら叫ぶ。

 

「何でだっ。何でっこんなことになったんだよクソガァっ‼︎こんなはずじゃなかったっ‼︎‼︎こんなはずじゃ、なかったのにっ。何でだよっ‼︎」

 

何度も殴り続けたからか壁には亀裂が入りパラパラと破片を零し、迅の手が傷つき軽く血が滲み始めた。

今、ここで壁を殴ったところで迅の状況が好転するわけではない。それは彼とてわかってる。だが、それでも彼はこの込み上げる激情をこれ以上抑えることはできなかった。

 

「消えろっ‼︎死ねっ‼︎死ねっ‼︎全員死にやがれっ‼︎‼︎何もかも消えちまえっ‼︎‼︎こんな世界ぶっ壊れろぉっっ‼︎‼︎‼︎」

 

もう自分はこの環境から逃れることはできない。

それが分かってしまったからこそ、迅の溜まりに溜まったストレスが爆発した。

そして、部屋に響く彼の叫びはあまりにも悲痛であり、聞いているものがいたら胸が張り裂けるような想いを抱くことだろう。

一頻り叫んだ彼は膝から崩れ落ちると頭を抱えて蹲る。

 

「何でっ……何でっ、俺なんだよぉ……」

 

その声音はあまりにも弱々しくて、蹲る姿はその体格の大きさとは真逆でとても小さかった。

 

「くそっ、くそぉぉっ………」

 

そして、激情を吐き出した彼はそれからしばらく、泣き続けた。

 

 

しばらく泣き続けた彼はゆっくりと身を起こすと光のない虚な瞳をスーツケースに向けて小さく呟く。

 

「……荷物………開けねぇとな………」

 

そう呟くと、彼はゆっくりと動いてスーツケースを床に倒して中を開ける。鍵はかかっていたが、暗証番号は元々知っていたものであるためすぐに外して中身を開く。

中には下着や服、部屋着などが詰め込まれており、その他にもトレーニングシューズとスニーカー、ブーツが一足ずつ。日用品、筆記用具、電子機器、いくつかの本が入っていた。

 

「はっ……流石だな。必要なもんをちゃんと分かってくれてる」

 

迅は必要なものが揃っている事に流石は10年以上の兄妹のように思って共に過ごしてきた幼馴染だと感謝する。

そうして、荷物を取り出していきそれぞれの場所に仕舞ったり置いたりしていき、自身のスマホも取りだすとスーツケースの内ポケットに見慣れない紙が入っているのに気づく。

 

「……?これは……手紙か?」

 

取り出し見てみればそれは数回折り畳まれた手紙であり、表紙には『迅くんへ』と文字が書かれていた。確実に時雨が書いたものなのだ。筆跡もそうだし、呼び方からすぐにわかった。

迅は片付けを中断し、胡座をかいて座り込むとその手紙を開き読み始めた。

 

『迅くんへ。

この手紙を読んでいるということは、織斑千冬さんはちゃんと荷物を届けてくれたということなんだね。それと、勝手に家に入って荷物を纏めてしまったことはごめんなさい。私達以外にあなたの家に入らせたくなかったから、持っていた合鍵を使って私達が用意しました。必要な物は大体揃っているはずなので、確認してください。もしも足りないものがあったら、私達に連絡してください。すぐに用意して送ります』

 

時雨の書いた手紙は2枚あり、冒頭には自分たちで荷物をまとめた事への説明。その後は自分の家にたくさんの人が集まってきていたこと。などなど、迅が政府の人間に連れてかれ軟禁されてからの近況が記されていた。その後には、時雨だけでなく冬馬からの個人的なメッセージもあった。

 

『迅くん。私も冬馬くんもあなたがいなくて寂しいです。外出許可が降りたのなら、いつでも私達の家に来てください。また三人でいつものように遊びましょう』

『迅。辛いことも苦しいこともあると思う。もしも、折れそうになったら迷わず俺達に連絡しろ。どこにいようともお前の元に時雨と一緒にすぐに駆け付ける。だから、自殺だけはしないでくれ。俺達はお前には生きていて欲しいんだ』

 

ポタ、ポタタと手紙に水滴が落ちて滲む。

時雨だけでなく冬馬からも自分の身を案じるメッセージに、二人の優しさに迅は一度収まった涙を止めることはできなかった。

手紙を握る手は小刻みに震え、涙が次々と溢れる中、迅は最後の文に目を向けた。

 

『最後に一つだけ。

既に織斑さんの伝言でも聞いていると思いますが、私と冬馬くんはあなたの味方です。例え、この先どんなことがあっても、あなたが何をしても、私と冬馬くんはあなたの味方でいます。

どうかお身体にお気をつけてください。

桐山時雨、小鳥遊冬馬より』

「………っ………うぅっ…………」

 

遂に堪えきれずに嗚咽までもが溢れていく。

震える手で手紙をくしゃりと握ると額に押し当てて再び声を上げて泣き始める。

 

「うあぁぁっ………」

 

堪えることなどできるわけがない。

小さい頃から家族のように過ごしてきた幼馴染。連れてかれてから一度も会えなかったこの数週間は本当に辛かった。

故に、大好きで大切な幼馴染達が自分の身を案じ、味方でいてくれると言ってくれて嬉しかった。

自分は一人じゃない。そう言ってくれたのだから。

 

「時雨っ、冬馬……会いたい……会いてぇよ……」

 

だからこそ、どうしようもなく二人に会いたくなった。しかし、今すぐには二人に会いにいけないのがとてももどかしく、幼い子供のように二人の名を呼び縋ることしかできない。

だが、ここで一つだけ二人の顔を見れるし、声も聞ける方法があるのを思い出す。

 

「…………」

 

泣きながらも手紙から顔を上げた迅の視線は側に置いたスマホに向けられる。

唯一の方法。それは今すぐに電話することだ。

 

「電話…‥電話すれば、二人と……」

 

きっと彼らならばすぐに電話に出てくれるだろう。

そうして今日起きた事を話し、愚痴を言えば少しは心が軽くなるかもしれない。

そう思った迅だったが、スマホを手にしたところで一向に電話をはじめようとしなかった。

 

「…………駄目、だ。電話なんてしちゃ、駄目だろっ」

 

迅はスマホを手にしても電話をかける事をやめた。

電話をかけたい気持ちはある。二人の声を聞きたい気持ちもある。だが、それ以上に、

 

「………二人に、迷惑は、かけられないっ」

 

二人にこれ以上迷惑をかけられない、そう思ってしまったから。

 

「………二人の、邪魔はできないっ。…‥俺が、いたら迷惑になるっ……」

 

迅はもはや普通の生活を送ることはできない。

しかし、二人は違う。二人は無事に大学に進学し、大学生活が始まったばかりだ。

二人には二人の生活が、幸福がある。

未来を閉ざされ絶望しかない自分とはもう住む世界が違うのだ。そんな自分が彼らに甘え縋って仕舞えばそれは、どうしようもない悲劇を招く事になるかもしれない。

だからこそ、迅は二人に電話をするという選択肢を取らなかったのだ。

 

二人の声を聞きたい。二人と話したい。自分の孤独を、絶望を癒して欲しい。

そう願う反面、それをしたら二人に迷惑をかける事になる。二人を傷つけてしまうかもしれないという恐怖が迅を踏みとどまらせてしまった。

 

「ああぁぁぁ……ああぁぁぁぁぁぁぁ………」

 

再び迅は涙を流し泣き叫んだ。

それは、先ほどよりも遥かに悲痛であり、苦悩に満ちた慟哭であった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「………………」

 

 

泣き崩れ、慟哭をあげる迅の姿を別の場所から見ている者がいた。

 

「…………紫藤」

 

彼の姿を映像越しに見て名を呼んだのは彼の担任でもある織斑千冬だった。

彼女は中型のタブレット端末を手にしており、そこには部屋で泣き崩れてる迅の姿が映像として流れていたのだ。

これはリアルタイムで送られてくる彼の部屋の監視カメラの映像だ。

 

そう。彼の部屋には監視カメラと盗聴カメラが密かに設置されているのだ。

プライバシーもへったくれもない話だが、寮生活にした事で以前のように24時間体制での監視ができない以上、自分達が見ていないところで自殺、あるいは逃亡してしまう可能性が出てきてしまう為、この処置は必要な事であった。

それならば、同じ男性操縦者である織斑一夏を同室にすればいいという話も出てきたのだが、彼の精神状態がとても不安定である事とIS社会に憎悪を抱いていることから、ISを動かしてしまった織斑一夏は恨まれておりもしかしたら、部屋で傷害事件が発生するかもしれないと危惧した。更には彼の幼馴染の少女篠ノ之箒が有する特異性のこともあり同室案は却下された。

それならば、近接戦闘の心得もある代表候補生を同室にすればという案も出たが、これも同様にお互いただでは済まないであろう傷害事件に発展する可能性もあったため同じく却下。現に、今日入学したばかりなのにも関わらず、イギリスの代表候補生セシリア・オルコットの首を絞めて殺害をしようとしたことから同室にしなくて正解だと安堵する。

そうして諸々の事情を踏まえて迅は一人部屋となったわけであり、逐一彼の部屋の状況を確認する役目は主に担任の千冬、補佐として副担任の真耶が選ばれたわけだ。

そして、今千冬は迅が無事に部屋にいるのかを確認するため、教員室の自分の席に座り手元のタブレット端末で確認していた。

 

千冬が端末を開いた時はちょうど迅が部屋に入り始めた時だからこそ、それからの一部始終を全て見聞きしていた。

 

「……………」

 

それを見てしまった千冬の表情は決して優れてなどいなかった。顔は悲痛に歪み罪悪感に満ちた重々しいものだった。

 

「…………最低だな、私達は……」

 

千冬は自嘲気味にそう呟く。

それは自分に、いや彼をこの状況に追い込んだ全員を指しての呟きだった。

そんな彼女に真耶が近づき恐る恐ると声をかける。

 

「織斑先生……」

「……山田君か。どうした?」

「いえ、その、彼は?」

 

そう尋ねる彼女は本心から彼のことを心配していた。真耶も迅の境遇には胸を痛めており、教師として何かできないかをずっと考えていたのだ。

そんな彼女に千冬は簡潔に答える。

 

「部屋にいる。今の所は、自殺をする様子はない」

「そう、ですか。……その、明日は、来るんでしょうか?」

「……………」

 

真耶の問いかけに千冬は沈黙する。

千冬は一夏に現実を見ろという意味を込めた言葉を言った後、その発言を思い返して迅の前では言ってはいけなかったと後悔した。

それに加えて、セシリアとの一件。そして、寮部屋に辿り着いてからの一部始終。

それらを踏まえれば、千冬は明日からはもしかしたら部屋に篭るかもしれないと危惧してしまった。

 

「…………分からない。部屋に篭る可能性も十分にあり得るだろう」

「……私達は、これからどうすれば、いいんでしょうか?」

 

真耶の言葉に千冬はタブレット端末に映る未だ泣いている迅に一度視線を向けると、再び真耶に戻しつつ答えた。

 

「根気よく接するほかないだろう。我々が彼にとって敵ではないことを示すにはそれしかない」

「……はい。そうですね」

 

真耶も同意を示す。

あそこまで露骨に敵意と殺意を向けられているのだ。簡単にはいかないことはわかっている。

だが、それでも彼を受け持った先生として、また、彼の境遇に胸を痛めた者達として、どれだけ拒絶されてもいつの日か彼に信用してもらうように自分達が何度でも歩み寄っていく。そう二人は決めたのだ。

そうして真耶が別件で離れていき再び千冬は一人になった時映像に視線を落とす。

 

「………寝たのか」

 

見れば、既に泣き止んでいたのか荷解きを終えた彼は上着だけを脱いでベッドに横になっていたのだ。

カメラ越しにでも規則的に肩が動いていたから、完全に寝ているのだと気づけた。

寝る時間にしてはまだ早すぎるし、夕飯もとっていないはずだ。だが、これまでのことを考えれば、体力的にも精神的にも疲労が溜まっていたのだろう。

 

「…………………」

 

眠る迅を無言で見ながら思い起こすのは、昨日彼の寮生活用の荷物を受け取りに行った日のこと。

あの日、千冬は一人で彼の家に荷物の受け取りに赴いた。それは、一人で来るように言われたからだ。

一体誰にそう言われたのか。そう頼んだのは、彼の高校時代の担任の男からだ。彼にそう言われ、受け取りに赴いたのだが、家の前には担任の男の他に二人の男女がいた。

それが、彼の幼馴染の冬馬と時雨だ。

自分は彼の家に立ち入らせてはもらえず、二人が用意した荷物を家の前で受け取った。その時に、千冬は彼らが迅の幼馴染であることを知ったのだ。

だが、それだけだ。完全に信用されていなかった千冬はそれ以上のことを知ることはできなかった。

そして、荷物を受け取りいざIS学園に戻ろうとした時、千冬は二人にあの伝言を受け取ったのだが、それとは別に、千冬にも一言言葉を残していた。

 

それは、『どうか迅の事をお願いします』。

 

そんなシンプルな頼み事だった。

あの時は友人として迅の心身を案じて担任である千冬に頼んだのだと思い深くは考えていなかった。

しかし、それは間違いだった。

先程の迅の様子からして彼らはただの幼馴染なんて安っぽい関係ではなかったのだ。

彼らは互いを大事に思い友人以上に、ともすれば家族のように思っていた間柄かのだと千冬は気づいたのだ。

つまりあれは、これから彼を支えることができなくなる自分達の代わりに、担任である千冬に彼をどうか孤独にさせないで欲しいという意味が含まれていたのだ。

迅がIS学園に入った後どんな状況になるのかを分かっていたから。

千冬はそれを漸く理解したのだ。

 

(…………ああ、任された。君達の想いを私は決して無駄にはしない)

 

自分は彼らに託されたのだ。

ならばそれに応えよう。元より、迅の事をどうにかしたいと考えていたのは本当だ。

だから、どれだけ拒絶されようとも、迅のことは自分が守ろう。

彼を孤独になどさせないし、誰にも彼を傷つけさせはしない。

 

何があっても自分が最後まで彼を守り通そうと。そう強く、千冬は一人密かに誓ったのだ。

 

 

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