IS:黒鉄の修羅   作:桐谷 アキト

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皆さん、明けましておめでとうございます。
新年最初の投稿はこちらの作品にしました。
今年も拙作四つをよろしくお願いします。

というわけで、早速最新話をどうぞ。


6話 燻る瞋恚

 

 

「どういうことだ」

「いや、どう言うことって言われても……」

 

時刻は過ぎ放課後。場所は剣道場。そこには道着と防具をつけた一夏と箒の姿があり、壁際には迅の姿もある。他にも彼らだけでなくギャラリーが満載であり、迅の機嫌は露骨に悪い。

面具を外した箒の目尻は吊り上がっていた。

 

「どうしてここまで弱くなっている⁉︎」

「受験勉強してたから、かな?」

「……中学では何部に所属していた?」

「帰宅部。3年連続皆勤賞だ」

 

ちなみに一夏が帰宅部だったのは家計を助けるためにバイトしていたからであるのを箒は当然知らない。

 

「———なおす」

「はい?」

「鍛え直す!IS以前の問題だ!これから毎日、放課後3時間、私が稽古をつけてやる!」

「え、ソレはちょっと長いような———ていうかISのことをだな」

「だから。ソレ以前の問題だと言っている!」

 

ギャーギャーと騒ぐ二人(主に箒がうるさい)を見ていた迅は不機嫌ながらもこの状況に呆れていた。

 

(何だ?この茶番は……)

 

事の発端は少し前に遡る。

時間は放課後になった直後だ。昼休み千冬と別れた迅は寮の自室に買い占めた保存食などを置いた後、自室で不貞寝を決行した迅は五限をすっぽかして六限になって漸く教室に戻ってきたのだ。

その後、放課後になって一夏に箒にISに見てもらうために剣道場で手合わせするので付き添いって欲しいと頼まれたのだ。なぜ、ISを見るのに剣道の試合をするのか甚だ疑問だったが、ちょうど箒に用があった迅はその頼みを了承。

それから大量のギャラリーを引き連れて剣道場に来たわけだが、手合わせを始めてから十分。結果は一夏の一本負け。その後、今の口論に至るわけだ。

ISを教えると言うのに、剣道場で手合わせ。まさか肉体言語で教えて行くつもりなのだろうか。全く話が見えなかった。

そして、訳がわからず迅が呆れて二人を見ている間も、口論は続いていた。

 

「情けない。ISを使うならまだしも、剣道で男が女に負けるなど……悔しくはないのか、一夏!」

「そりゃ、まあ……格好悪いとは思うけど」

「格好?格好を気にすることができる立場か!それとも、なんだ。やはりこうして女子に囲まれるのが楽しいのか?」

 

あまりの物言いに一夏も怒りが限界に達したのだろう。いくら何でもそこまで言われる筋合いはないと反論する。

 

「楽しいわけあるか!珍獣扱いじゃねぇか!その上、女子と同居までさせられてるんだぞ!紫藤さんと話した方が遥かにマシだ!何が悲しくてこんな———」

「わ、私と暮らすのが不服というのかっ!」

 

そう言って箒が一夏に竹刀を振り下ろそうとしたが、

 

「———そこまでだ」

 

すんでで割り込んだ迅によって止められる。

彼は振り下ろそうとした竹刀を一夏の頭の上から手を伸ばして掴んで止めていたのだ。

 

「「っっ⁉︎」」

 

バシンと音を響かせて止まった竹刀に箒と一夏が揃って目を丸くする。

両手で振り下ろされた竹刀を片手で掴んで止めた迅はギロリと箒を見下ろす。

 

「おい、篠ノ之」

「……っ⁉︎」

 

呼ばれた箒がビクッと大きく震えゆっくりと顔を上げると、サッと顔を青ざめる。

青ざめる箒をギロリと見下ろす迅は竹刀がミシリと軋むほど強く握りながら話し始める。

 

「お前、面外した相手に竹刀を躊躇いなく振り下ろすのは経験者としてどうなんだ?」

「……えっ……あ……いえ……」

「大体、お前確か全国大会の優勝者だったよな?そんな相手に数年ぶりに剣道やった奴が勝つのもおかしい話だろうが」

「…………っ」

 

こればかりは迅の言い分は100%正論だ。

箒は全く反論ができずに悔しそうに歯噛みするだけだった。

 

箒はただただ6年ぶりに再会した一夏の体たらくに怒りを覚えていた。

彼女の知る6年前の織斑一夏は強かった。それこそ、自分なんて目じゃないぐらいに強くて、何より格好良かったのだ。

そして、6年前よりも当然だが大人びており、生意気なだけだった瞳は、大人の男を感じさせるものになっていた。ニュースで流れた時に彼の名前を確認して漸く写真の男が幼馴染の一夏だと気づくほどに彼は男らしい顔立ちになっていた。

そんな強くて格好良かった彼が今や自分に簡単に負けるような無様を晒していた。それが、心底腹が立ったのだ。

技術的に後退しているのではなく、感覚的に喪失しており、それは取り戻すのには時間がかかる。得るに難く失うに易いものなのである。

俗に、剣の道は三日欠かせば七日を失うという。今の一夏はまさにソレだったのだ。

だからこそ、悔しくて悔しくて仕方がなかった。

 

しかし、そんな彼女の想いなど迅には知るはずもないし、はたから見れば全国大会優勝の経験者が久々に握った初心者同然の人を叩きのめしている光景にしか見えなかった。

迅は竹刀から手を離すと悔しそうに俯く彼女に冷たく言い放つ。

 

「とにかく、今日は終わりにしておけ。お互いその様子だと稽古にならんし、初日から詰めてやるもんじゃねぇだろ。とっとと更衣室行って着替えてこい」

「………はい」

 

迅の言葉に悔しそうにしながらもしばしば頷いた箒は竹刀を下ろすと一夏を一瞥してからさっさと更衣室へと消えていった。

箒の背中を見送った迅は一夏に振り向くと彼を労う。

 

「お疲れ。随分とやられたな」

「あ、紫藤さん。いえ、まあ……て、それよりも、紫藤さん手大丈夫ですか?」

「ん?ああ、あんなもん何ともねぇよ」

 

竹刀を受け止めた手を一夏は案じていたが、結果は全くの無傷。ほらと何気なく見せられた手は傷どころか、腫れてすらいなかった。

 

「す、凄いですね。竹刀の振り下ろしを素手で止めるとか。あれ、結構痛そうでしたけど……」

「別に大したことじゃねぇよ。まあ俺の手は別にいいとしてだ。お前もよく動けた方だと思うぜ?ずっと帰宅部だった上に、受験勉強もあったんだ。鈍ってんのは仕方ねぇよ。とにかく、これでも飲んで落ち着きな」

「あ、ありがとうございます」

 

予め用意していたのだろう。迅は竹刀を受け止めた手とは反対の手で持っていたスポドリを一夏に投げ渡した。一夏は一言礼を言うとスポドリを受け取り早速喉を潤わせた。

 

「織斑くんてさあ」

「結構弱い?」

「ISを本当に動かせるのかなー」

 

そんな時、ギャラリーの方からそんなヒソヒソと落胆した声が聞こえてきた。

それが聞こえてしまった一夏は男が女に負けるなんて惨めなことこの上ないと、自分を許せない気持ちになっていた。

こんな有様じゃ、何かに勝つどころか、誰かを守ることなんてできるはずもない。久々に味わう、底辺の気持ちに彼は悔しそうな表情を浮かべた。

そして、自責の念に駆られた一夏の耳に再び迅の声が聞こえた。

 

「黙れ。アバズレ共」

 

剣道場に静かに響いたのは殺気が籠った声。

迅は箒に向けていた以上に瞳を冷酷なものに変えると、好き放題言っている女子達を睨む。

 

「外野が何様だ。勝手に期待して好き放題言って耳障りなんだよ。俺の気がかわらねぇうちにとっとと失せろ」

「「「ひっ……」」」

 

迅の殺気にギャラリーの女子達は揃いも揃って間抜けな悲鳴をあげると、蜘蛛の子を散らすようにどこかへと走り去っていった。

その様子をつまらなそうに見た迅は鼻を鳴らすと、一夏に振り返る。その顔からはすでに殺気が消えており、彼に普段向ける穏やかなものに変わっていた。

 

「話が逸れちまったな。とにかく、トレーニングすんなら付き合うぜ?ソレぐらいなら俺もアドバイスできるだろうしな」

「あ、ありがとうございます。是非お願いします」

「おう」

 

そう言うと迅は一夏の髪をわしゃわしゃと撫でる。

一夏は迅に頭を撫でられて、無性に嬉しくなった。

自分の方が辛いはずなのに、それを自分の前では見せずに、それどころか自分を気遣い優しくしてくれる。

彼がいなかったら自分は今頃どうなっていたかと、彼の優しさのおかげで自分は救われているのだと感謝すらした。

その時、更衣室の扉が開き中から制服に着替えた箒が出てきた。

 

「着替え終わったみてぇだな。ほら、お前もとっとと着替えてこい」

「は、はい」

 

迅に言われ一夏は立ち上がると箒と入れ違いに更衣室に入っていった。そして、迅が壁にもたれかかり一夏を待つ中、箒も迅から少し距離を置いて壁にもたれ一夏を待っていた。

箒は何とも複雑な表情を浮かべており、無言で佇んでいる。それを横目で見た迅はぶっきらぼうに尋ねる。

 

「少しは頭冷えたか?」

「……はい」

「ならいい。カッとなって暴力を振るえば、碌なことにはなんねぇからな」

「………」

 

自嘲気味に言った彼の言葉に何と返せばいいかわからない箒が返答に詰まる中、迅は箒に尋ねる。

 

「………おい、篠ノ之」

「……な、なんでしょうか?」

 

箒はビクビクしながら彼の問いかけを待つ。先程怒られたのもあって、表情は強張っていた。

 

「お前は姉を……篠ノ之束博士のことが好きか?嫌いか?どっちだ?」

「……え………?」

 

箒は迅の予想外な質問に目を丸くさせる。

彼の方から話しかけてくること自体でも驚きだったが、彼がそんな質問をしたこと自体予想外だったのだ。

そして、そんな予想外な質問をした彼の瞳は真剣そのものであり、彼女の答えを静かに待っていた。

だから、箒は正直に自分の想いを吐露する。

 

「………私は……姉のことが、嫌いです……」

 

箒は短く呟きながら、姉のことを振り返ってみる。

篠ノ之束が開発したISは世界を変えるほどであり、そのISひいては束本人を狙う様々な組織から『守る』と言う名目『重要人物保護プログラム』に基づき箒ら篠ノ之一家は政府主導で引越を繰り返すことになったのだ。幼馴染である一夏との繋がりも絶たれ離れ離れになり、さらには両親とも別々の暮らしを余儀なくされることになり、箒は執拗なまでの監視と聴取に晒されていた。

IS学園に入学したのも彼女個人の意思ではなく、篠ノ之束の妹だからと言う理由だけで政府によって入学させられたのだ。

これまでの自分が受けた仕打ちを考えれば元凶である姉のことが嫌いになるのも仕方がなかった。

箒の返答に迅は表情を変えずに前を向くと呟く。

 

「………そうか」

「あ、あの、私からも、いいですか?」

「……なんだ?」

「……一夏はともかく、どうして私には敵意を向けないんですか?私は、姉さんの妹です。貴方なら憎んで当然のはずなのに……」

 

ずっと箒は気になっていたことがあった。

それは、どうして迅は最初の自己紹介の時とセシリアへの一件以外で箒には他の女子に向けているような殺気や敵意を向けていないのだろうかということだ。

IS社会を憎悪している彼のことだ。ISの開発者の実の妹である自分には憎悪を抱いてもおかしくはないはずだ。だというのに、憎むどころか一夏との会話の中では自分を労るような発言までしていたのだ。

それに自分を呼ぶ時も蔑称ではなく普通に苗字で呼んだ。

なぜ自分にだけ彼は普通に接しているのか。彼女にはどうしても分からなかったのだ。

 

「……………」

 

迅は長い沈黙の後、ようやく口を開いてゆっくりと応えた。

 

「…………さぁな。何でだろうな」

 

答えは聞かずはぐらかされてしまったものの箒はそれ以上問い詰めることはしなかった。

それきり二人の間には会話はなく、一夏が戻ってくるまで沈黙が続いた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

生徒達が部活動を終えて各々寮に帰り、もう時期夕食の時間になろうという頃。千冬は未だ職員室に残っており、数枚の資料を机に並べたり手に取ったりしていた。

これらは日本政府から送られてきていた迅の経歴が記された書類だ。彼女は少しでも迅のことを知るべく、もう一度見直していたのである。

 

「…………」

 

経歴を見直しながら千冬はつい先程受けた報告を思い出す。報告。購買部の担当者が迅が来た際に起きた一部始終の内容だ。その報告をした後、彼女は己の推測も伝えていた。

 

『あの子は周りを憎んで敵意を剥き出しにして辛うじて自分の心が壊れないように守っている危ない状態だ。どうにかしないと遠くないうちにあの子は確実に壊れるよ』

 

迅のあの態度が自分の心を守る為というのは思いもしなかったが、その後のどうにかしなければ迅が壊れてしまうと言う可能性は千冬も憂慮していたことだ。

彼をこれ以上女尊男卑の悪意に晒すわけにはいかない。それは昨日、他教師にも伝え、他クラスには入学式当日のSHRで伝えてもらうように各担任に注意喚起した。

だが、それが上手くいくかは難しいところだ。何せ、誰しもが千冬のような人間ではない。生徒達だけでなく教師達の中にも女尊男卑の思想に浸かっている者達は少なからずおり、千冬に言われた時も教師の数名かは面白くない顔や不服そうな顔をしていたぐらいだ。生徒を含めればもっと多いだろう。

 

だからこそ、彼の過去を知ることが最も手っ取り早い方法ではあるのだが……

 

「……この資料だけでは分からんな」

 

今自分の手元にある資料では情報が少なすぎるのだ。これらの資料から得られる情報はもうないと言ってもいいだろう。

資料で分からない以上、地元住民や母校に聞き込みを行くしかないのだが、ソレは既に先手を打たれていた。

聞き込みを拒否されたのだ。一昨日、千冬が迅の荷物を受け取りに行った際、高校時代の担任の男が、『彼の過去について聞き込みをしに来ないで欲しい。私達は何一つとして話をする気はない』と断固として情報を明け渡す気はなかったのだ。その言葉が誇張ではないのは、彼の目を見ていれば一目瞭然だった。

 

「………あの二人にも話を聞くことは、難しいな」

 

二人とは冬馬と時雨のことだ。

恐らくは彼らこそが迅の過去を一番詳しく知ってるはずだ。だが、彼女達も応じてはくれないだろう。

それに迅がソレを許すはずもない。

唯一残された手段は、迅本人から話を聞く以外なかった。

 

「…………やはり、時間をかけて根気良く彼と接して聞いていく他ないか」

 

時間をかけて彼の過去を知り、それと並行して彼を守る方法を模索していかない。

そう結論づけた時だ。

 

「……ん?」

 

千冬は資料ー彼の経歴を見ていた時にふと気になったものがあった。それは、

 

「……紫藤の両親と弟妹が亡くなった日……この日付…」

 

迅の両親と弟妹が死んだ日だ。

10年前に事故によって他界していることは既に知っている。彼女が気になったのは、その日付だ。

なぜそれが気になったのかは千冬自身も分からなかった。ただ、何となく目を逸らしてはいけない何かがあるような気がしたのだ。

そして、10年前のその日付というのは千冬だけでなくこの世界にとって大きな意味を持っている日でもある。

 

「………偶然、か?………いや……待て………あの日に()()()()で事故があったか?」

 

千冬は記憶を巡らせるものの、10年前のその日にあった事件など一つしか知らない。だが、アレは死者どころか怪我人も一人もいなかったはずだ。

もしかしたら、あの大事件の裏で発生し、大して注目されずに処理された事故だったのか……。

 

「………これは、調べなくてはいけないな」

 

千冬は表情を険しくさせるとそう呟く。

何としてでも彼の家族の死の真相を調べる必要がある。いや、調べなくてはならない。そんな強迫観念にも似た思いを抱いた。

 

「……それに、問題は他にもある」

 

千冬は迅の資料とは別の書類を手に取り露骨にため息をついた。

そこには、『紫藤迅のデータ採取の為、専用機の配備を決定』と言う文字が記されていた。

そう、織斑一夏同様、迅にも既に専用機を渡すことが決定していたのだ。

世界中が欲してやまない男性操縦者のISの操縦データ。そのデータ採取を催促されることは、千冬とて予想はしていたことだ。だが、一夏はともかく迅には渡すべきではないと考えていた。

 

彼自身がISを深く憎悪していることや、訓練機ならともかく専用機を持つこと自体を拒絶しているからである。

他にも、彼自身が言った通り、専用機を持った瞬間に暴れ出すかもしれないと言う危険があった。仮に暴れたとしても千冬含めた教員部隊が鎮圧はするが、それまでに何人死ぬのか分かったものではない。

何より、彼自身の心がこれ以上磨耗しない為にも専用機を与えてはならないのだ。

それほどIS社会を憎悪している彼に専用機を与えるということは、死んだ方がマシだと言えるほどの地獄を与えるに等しい行為なのだ。

 

千冬も昨日の放課後に政府の人間に反対意見を言った。最初に乗った時に錯乱し暴れたことから、今度彼が再び暴れれば大勢が巻き込まれる可能性がある為、訓練機でのデータ採取を行うべきだと。

だが、政府はそんなこと知ったことではないと言うふうだった。彼らにとって既に一夏や迅は人間ではなく、データを採取するためのモルモットと認識しており、仮に暴れたとしても千冬が何とかしろと押し付け、今日書類を送ってきた始末だ。

しかも、迅の警告を所詮は子供の戯言だと切り捨てて本当にやるはずはないと軽く見ている。

 

「……下種共がっ…」

 

千冬は自分の弟含め彼らを人とも思わないような、政府の人間達の態度に怒りを堪えきれずに顔を歪めて吐き捨てる。

 

「………これからの行動で示すと言ったばかりではないかっ。更に彼を傷つけてどうするんだっ」

 

昼休みの時に迅に己の決意を伝えてばかりなのに、こんなことを伝えれば彼からは罵倒され、より距離を取られ溝が深まることになるだろう。

こちらの努力を踏み躙る政府の所業に千冬は勝手ながらも更に怒りを募らせた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

二日目が終わりIS学園生活三日目。

この日も悪夢に魘された迅はSHRには出ず一限の中程になって漸く登校し、相変わらず授業はまともに受けなかった。

とはいえ、千冬と真耶にとってら引き篭もらずに登校してきてくれた事は嬉しい出来事ではあるので遅刻も授業態度も咎めはしなかった。

そして、休み時間になれば早速一夏は迅の元へと向かった。今度は箒も一緒についてきている。

近づいてきた一夏に迅は微笑むと、彼の方から声をかける。

 

「おはよう、織斑、篠ノ之」

「おはようございます、紫藤さん」

「お、おはようございます」

 

二人と挨拶を交わす迅。一夏は普段通りではあるものの、箒はやはり緊張してるのか表情が硬い。

 

「そーいや、織斑、訓練機の貸し出しはどうなった?特訓はできそうなのか?」

 

昨日、一夏は迅達と寮に戻る際に迅と別れて職員室に向かって千冬と真耶に訓練機の貸し出しが可能なのかを早速聞きに行ったのだ。

迅はそれきり一夏とはあってなかったので、その結果を知らずに尋ねた。一夏は首を横に振る。

 

「いえ、もう予約が一杯らしくて貸し出しは無理だそうです……」

「初っ端からつまずいてんじゃねぇか。どうすんだよ」

「とにかく、座学で知識を詰めていくしかないですねぇ。千冬姉達にもそう言われましたし。あとは、専用機が早く来ることを願う他ないですね」

 

訓練機を借りることができない以上、ISに関する知識を詰め込むこと以外はやれることはない。また、専用機が来ればソレを使って訓練できるので、早く届くことを願うしかなかった。

ただ、それでも問題はある。

 

「でも、その授業の方もついていくのが精一杯で……」

「……あぁ、後ろから見てても頭抱えてるのが分かるほどだからなぁ」

「……そ、そんなにですか?」

「ああ。分かりやすかったな」

 

一夏がISの授業についていくのが精一杯であるということだ。他の女生徒達と違い事前に授業を受けて知識があるわけではなく、初めて学習することしかないので一から覚えるしかなくそれで苦労しているのだ。

偶に一夏の方を見れば、唸りながら必死に授業について行こうとする一夏の後ろ姿がよく見え、迅は呑気に苦労してるなぁと眺めていたりする。

そんな苦労している一夏に迅は頬杖をつきながら一つ提案した。

 

「………ISの知識を教えることは出来ねぇが、ノートのまとめ方ぐらいは教えようか?」

「いいんですか!?」

 

迅の提案に暗い表情を浮かべながら顔を俯かせていた一夏がガバッと勢いよく顔を上げる。

その勢いに少し驚きつつも迅は頷く。

 

「お、おう。よく分からんが、用語とかはまとめることはできるんじゃないか?少しは参考になると思うぞ?」

「それは是非お願いしたいです!!ありがとうございます!!」

 

一夏は願ってもない提案に喜色を浮かべる。

高校受験とは比較にならない大学受験を経験しその関門を潜り抜けた人が受験時に使っていたノートのまとめ方について教えてくれる。

正直、嬉しい提案だった為、一夏はすぐさま頭を下げて感謝する。迅はくすりと笑う。

 

「篠ノ之との特訓が終わったら俺の部屋に来い。ノートのまとめ方教えてやる」

「はい、お願いします」

「篠ノ之もどうだ?ノートのまとめ方と普通科目ぐらいは教えれるぞ」

『っ⁉︎』

 

迅と一夏の会話をあちこちで聞き耳を立てていた周囲の女生徒達は揃って驚愕する。あの迅が自ら女子に声をかけたのだ。

しかも、IS社会そのものを憎悪する彼が、他ならぬISの開発者である篠ノ之束博士の実妹である箒にだ。どういうことだと、女生徒達は動揺を隠せない中、箒は迅の提案に若干驚いた様子で頷いた。

 

「あ、はい。その、是非」

「ああ、さあ、そろそろ時間だ。席に戻りな」

「げ、やば!それじゃ紫藤さんまたあとで!」

「で、では」

「おう」

 

手をひらひらと振りながら席に戻る一夏と箒を見送ると、ちょうど教室前方の扉から千冬と真耶が入ってきて二限目が始まった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

授業が終わり放課後。

一夏の稽古に付き合うべく箒と共に早速剣道場に向かおうとした迅を千冬が呼び止めた。

 

「紫藤、話がある。今から少しいいか?」

「……なんだ。とっとと話せ」

「……ここでは話せない。ついてきて欲しい」

「…………」

 

迅は千冬をしばらくじっと見つめると、不意に一夏達に顔を向け言った。

 

「織斑、篠ノ之。先行ってろ。後で向かう」

「あ、はい。わかりました」

「は、はい」

 

2人が頷くのを見ると、迅は千冬に視線を戻すと冷たい声で促す。

 

「ほら、早く案内しろ」

「ああ、こっちだ」

 

そうして2人は教室を出て廊下を歩く。

生徒達が廊下の端により歩く2人をジロジロと見ており、迅の機嫌が急降下する。生徒達の姿がなくなる所まで歩いたところで千冬は迅に話しかける。

 

「一夏とは随分と打ち解けたんだな。それに篠ノ之とも。正直意外だった」

「篠ノ之束の妹だからか?」

「それもある。他にもこの学園の生徒達は皆敵だとお前自身も言っていたからな」

「………………」

 

千冬の的を得た言葉に迅は沈黙を返す。

昨日箒にも尋ねられたが、確かに彼女達の言う通りだ。ISを生み出した女の妹であり、IS学園の生徒。憎むには十分すぎる理由だ。だが、そうはならず逆に打ち解け始めている。

それが千冬には意外なものに映ったのだろう。だから、彼女は足を止めると彼に振り向き静かな表情で尋ねた。

 

「一夏はともかく、何故篠ノ之にも敵意を向けないのか理由を聞いてもいいか?」

「………別に、ただの気まぐれだ。ソレよりとっとと案内しろ。こっちは早く終わらせてぇんだ」

「……そうか、そうだな。早く行こう」

 

質問の問いかけをはぐらかされたが、千冬はそれ以上は尋ねずに迅の言葉に頷くと、再び歩みを進めた。そうして辿り着いたのは、小さな個室だ。

扉の上には個別指導室と書かれたプレートが飾られていた。迅は部屋の中に置かれてるテーブルと向かい合わせの椅子の一つに座ると足を組む。

 

「普段の授業態度がなってねぇから、個別指導でもする気か?いっとくが、あんたらに何を言われようとも変える気はねぇぞ」

「違う。そんなことはいいんだ。もっと重要な話だ」

「…………なんだよ、その重要な話ってのは」

 

迅は千冬の返答に訝しみ答えを急かす。人と向かい合わせで座る千冬は少しの沈黙の後、申し訳ない表情を浮かべると答えた。

 

「………昨日政府から通達が来た。データ採取の為お前にも専用機を渡すことが決まったと」

「………………」

 

千冬がそう言った瞬間、迅からゾッと濃密な殺気が放たれ指導室に広がった。

一気に空気は張り詰めピリついたものへと変わり、千冬には息苦しさすら感じる程だった。

 

「ッッツ‼︎」

 

千冬は突如放たれた殺気に身を強張らせて冷や汗を流す。彼女には目を細めこちらを見る迅の背後に、血塗れの黒い虎が牙を剥き出しにし唸っている幻影が映っていた。

千冬が迅の殺気に慄く中、呻くように迅が口を開く。

 

「…………あぁ、なるほど。確かに重要な話だなぁ。……なぁ、一応聞くが、あんたは、昨日俺が言ったことはちゃんと政府の奴らには伝えたんだよな?」

 

彼の瞳にはドス黒い闇が宿っており、ソレに見据えられ千冬は思うように体が動かなかったもののなんとか口を動かして答える。

 

「……あ、ああ、確かに伝えた。他の生徒達の安全の他にもお前に専用機を渡すよりも、訓練機で定期的にデータを取らせるべきだと。そう伝えたんだ。だが……」

「……別にあんたを疑っちゃいねぇよ。どうせ政府の人間にしちゃそんなことよりもデータの方が大事なんだろう。だから、クソ餓鬼の戯言だと嗤ってデータ採取の為に専用機を渡すことを決めた。違うか?」

「…………すまないと思っている。私の力が至らないばかりに、お前を更に苦しめてしまうことになる。……本当にすまない」

 

千冬はそう謝罪を返すことしかできなかった。どう言葉を並べようとも自分の力が至らずに迅をさらに苦しめる結果を招いたことには変わらないのだから。

 

「あんたの謝罪なんざいらねぇよ。あんたに謝られるなんざ気色悪りぃ」

 

暗い表情を浮かばせながら俯く千冬を見た迅はそう冷たく返すと、背もたれに深々と凭れ掛かって一つ舌打ちをする。

 

「………‥チッ、本当に、政府の人間ってのは……いつになっても…変わらねぇのな……あの時となんも変わりゃしねぇ……」

 

静かな声音で呟いた彼は、ギリッと歯を噛み締めると激情に顔を歪めると憎悪と憤怒を声に宿し怨嗟に吼えた。

 

「………そんなに死にてぇなら、ここの女共よりも先に、お前らから殺してやろうかっ⁉︎」

「………紫藤っ、お前っ…」

 

千冬は青ざめる。今の彼の様子やこれまで彼が受けた仕打ちを鑑みれば、彼は冗談ではなく本気で日本政府の人間を皆殺しにするだろう。

そう断言できるほどに彼は殺気立っていた。千冬は危機感を感じ、とにかく必死に言葉を紡いだ。

 

「………し、紫藤、お前が政府を憎む気持ちは仕方ないと分かっている。だが、そんなことをしたら、取り返しのつかないことになるっ。頼むから、自ら破滅に進もうとしないでくれ」

 

それは千冬の本心だ。

迅がIS社会だけでなく政府を憎んでいるのも分かっているつもりだ。そんな彼がここまで何度も自分の意志を蔑ろにされれば、相手を憎み殺したい気持ちが込み上げても仕方はない。

だが、彼がこれ以上壊れて狂い果てて破滅してしまう未来を千冬は見たくはなかった。しかし、そんな彼女の想いなど今の彼には通じるわけもなく。

 

「……はっ、何を今更。俺の人生なんざISのせいでとっくのとうに破滅してんだよ。だからなー」

 

嘲りの言葉とともに彼女の切実な想いは切り捨てられた。そして、迅は静かに立ち上がり千冬を見下ろすと、瞳をぎらつかせながらはっきりと告げた。

 

「……必ずだ。いつか必ずあんたらに復讐してやるっ‼︎俺は、あんたらを何があっても許さねぇっ‼︎俺から全てを奪ったことをっ‼︎ISを持たせたことをっ‼︎必ず後悔させてやるっ‼︎‼︎一人でも多く地獄に道連れにして死んでやるっ‼︎‼︎」

「……ッッツツ⁉︎」

 

怨嗟に満ちた叫びを放つと、迅はもう話すことはないと言わんばかりに扉の方へと歩き、そのまま一言も発することなく乱雑に扉を閉めて外へと出ていった。

部屋に残された千冬は、悲痛な表情を浮かべると机に肘をつき額の前で指を組んで悲壮に満ちた声音で呟いた。

 

「……お前は、そこまでこの世界を、憎んでいるのか…」

 

彼の憎悪の深さを見誤っていた。

自分が思う以上に、いや想像すらできないほどに彼はISを、この世界そのものを激しく憎悪していたのだ。

ドス黒い瞋恚の炎が彼の内側では燃え狂っている。きっとその黒い炎は彼がこの世界に復讐を果たすまで、いや死ぬまで燃え続け彼を焼き続けるのだろう。

どうにかしなければこのままでは本当に取り返しのつかないことが起きる。彼自身にも、そしてこの社会全体にも。

だが、それを止める方法が自分には思いつかなかった。

 

「……どうすれば……どうすれば、彼を守ることができるっ……」

 

分からない。

どうすれば彼の黒い炎を鎮めることができる?

どうすれば彼を世界の悪意から守ることができる?

どうすれば彼の絶望と孤独を癒すことができる?

わからない。何一つ分からない。

自分はどうすればいいのか、見当がつかなかった。

 

 

「くそっ……」

 

 

せっかく歩み寄ろうとしていたのに、それを外野の下衆共のせいで無駄にされ、逆に悪化させられた。

千冬は歯をギリッと噛み締めると忌々しげにそう短く呟いた。

 

 

 





千冬さん、着実に迅の10年前の事件の真相に近づきつつありますね。
彼女が家族の死の真相を知った時、どんな反応をするのか、楽しみですねぇ。
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