迅と箒が一夏の特訓を始めてから一週間が経過した月曜日。セシリアとの決闘当日の放課後。
「「「………………………」」」
迅達三人は第三アリーナAピットにいた。セシリアとの決闘当日になったため、準備のためAピットで待機していたのだ。箒、迅は付き添いである。
そして、どういうわけか三人の表情は一様に不満気で沈黙していた。そんな中、一夏が重苦しい沈黙を破る。
「………なあ、箒」
「………なんだ、一夏」
「………俺の、専用機、来ないな」
「………ああ、まだ来てないな」
「………今日決闘当日だぞ?オルコットさんだって、もう外で待機してるし……」
「………言ったところでどうにもならないだろう。待つしかない……」
一夏と箒との会話からも分かる通り、セシリアとの決闘当日になっても一夏の専用機はまだ届いていないのだ。
しかも、セシリアは既にISに乗っており既にピットからステージに出ており現在進行形で待っている。
少し会話を交わした一夏と箒は再び沈黙するが、やがてその沈黙に耐えきれずに一夏が頭を抱える。
「じゃねぇよ‼︎どうすんだこれっ⁉︎IS来なくて不戦敗とか笑えねぇぞっ⁉︎」
「私に言うなっ‼︎肝心の専用機が来ないのだ‼︎どうしようもないだろ‼︎」
「だからって‼︎これはあんまりだろぉぉっっ‼︎‼︎」
一夏の悲しい慟哭がピット内に響く。
折角迅と箒に扱かれながらISの知識を詰め込み、トレーニングをしてこの日に備えてきたというのに、肝心のISが来なければ全てが徒労に終わってしまうのだから嘆くのも仕方ない。
その時だ。二人から少し離れたところで腕を組んで壁にもたれかかっていた迅が嘆息し彼へと近づく。
ちなみに、彼がここにいるのは観客席で女子達に囲まれながら待つよりもここで一夏のそばにいた方がマシだからというシンプルな理由である。
「落ち着け、織斑。嘆いたところで状況は変わんねぇだろ。それに来なかったら来なかったでまた別の日に行えばいいんじゃねぇか?」
「う、そ、それはそうですけどぉ」
「とにかく、知識は詰め込んだ。身体は鍛えた。一週間しかなかったが、お前がやれることはやり尽くしたんだから、そこまで肩を落とすんじゃねぇよ」
「………紫藤さん」
一夏が迅の慰めの言葉にじーんと感動していた時、真耶が見てるこっちがハラハラする足取りでピットに駆け込んできた。
「お、織斑くん織斑くん織斑くんっ‼︎き、来ましたっ‼︎織斑くんの専用IS‼︎」
「あ、紫藤さん。俺の専用機来たみたいですよ」
「やっとか。ったく、どんだけ待たせれば気が済むんだ……」
帰る気満々だった迅は悪態をつきながらも一夏の後をついていき、真耶達の元へと向かった。
そして二人が近づいたのに合わせてピットの搬入口が開く。斜めに噛み合うタイプの防壁扉は、重い駆動案を響かせながらゆっくりとその向こう側を晒していきーーー
「——————ッツ⁉︎」
迅は現れたソレを見てヒュッと息を詰まらせた。
(……な、なんだ…?…)
突然の異変に訳がわからず迅は混乱する。
彼らの目の前に現れたのは白いIS。飾り気のない眩い純白のISが装甲を開放して鎮座している。
このISは今日初めて見たはずだ。
なのに、どうして
なぜ、自分の体は恐怖に震えている?
「…………ぐっ…………ぁっ…………」
呼吸が速くなり、頭が痛くなり、吐き気が込み上げ、冷や汗まで流れてくる。胸の火傷からは鋭い痛みが断続的に伝わってくる。適性検査の時よりも酷い状態になりつつあった。
怖気と不安が心の底から込み上げてくる。
そう、それは、まるで10年前のあの時のような………
「———ん‼︎——さん‼︎」
視界が暗くなっていき足元がおぼつかなくなったとき、迅の耳に誰かの声が聞こえる。声は次第にはっきりとしてきて、やがてはっきりと聞こえた。
「紫藤さん‼︎」
「ッツ⁉︎」
ビクンッと大きく体を震わせその声の方に視線を向ければ、一夏が必死な顔で自分を見上げていた。
「紫藤さん大丈夫ですか⁉︎」
「……織、斑…?」
いつの間にか自分は蹌踉めいたのかISから数歩距離を取っていたらしい。それに冷や汗を流し胸を抑えていたことから、体調を崩したのではないかと一夏に心配されていたようだ。
箒、千冬、真耶は心配そうな表情を向けていた。
迅は彼女らの表情を見渡した後数度の呼吸し落ち着かせて一夏に応える。
「……あ、あぁ、大丈夫だ」
「本当ですか?まだ顔色も悪いですし……少し休んだほうが……」
「……いや、もういい。それよりも、速く初期設定と最適化を済ませて帰るぞ」
落ち着いた迅は一夏にそう促す。
IS、専用機に乗る際、操縦者は『最適化』とその前段階である『初期化』を行う。
初期設定の状態であるISはそうすることで操縦者の情報を読み取り、肉体に合わせて装甲を変化・成形させるのだ。中身と外見の両方を書き換えることで、『一次移行』を完了させ初めてその操縦者だけの専用機となるのだ。しかし、膨大な情報量を処理する為、かなり時間がかかり、25〜30分程かかる。
なので、今日はその『一次移行』だけでアリーナの貸切時間は過ぎることだろう。迅はそう考え、一夏にそう言ったのだ。だが、ここで予想外の、耳を疑うようなことが起きる。
「織斑、すぐに準備をしろ。アリーナを使用出来る時間は限られているからな。ぶっつけ本番でものにしろ」
「はい?」
「は?」
なんと、千冬は一夏に試合に出るように言ったのだ。それに一夏は素っ頓狂な声をあげて迅は目を丸くする。
だが、千冬は二人の反応をよそにさらに続ける。
「体を動かせ。すぐに装着しろ。時間がないから初期化と最適化は実戦でやれ。できなければ負けるだけだ。分かったな」
「ちょっと待て。あんた、何を言ってる?」
「織斑には試合に出てもらう。一次移行は実戦でやらせる」
「……正気かっ⁉︎一次移行もできていない素人を、代表候補生と戦わせる気かっ⁉︎戦う以前の話だろっ⁉︎」
迅の驚愕の叫びがピット内に響く。
一次移行すら終わっていない初期設定の状態の機体で経験値に遥かに差がある代表候補生と戦わせようとしている彼女の発言に動揺を隠さなかった。
感情を露わに声を荒げる彼の様子に、一夏や箒、真耶が揃って驚愕する。
「……紫藤、お前の言いたいことはわかっている。だが、オルコットは既に待機し、観客席に生徒達がいるこの状況で織斑を試合に出させなかったら、どうなるかは分かるだろ」
「………っツ⁉︎そ、それはっ……」
迅は言葉を詰まらせる。
確かに彼女の言う通り、このまま彼を出さなければ、戦いから逃げ出した臆病者というレッテルを貼られ、クラスどころか学園中の笑い者になることはすぐに分かってしまった。だが、それでも迅は引き下がらない。
「だがっ、それならあんたから説明すれば良いだろうっ‼︎仮にもあの女も代表候補生だっ。一次移行も済ませていない状態で戦うことがどれだけ危険か分かるはずだろっ⁉︎」
ブリュンヒルデとして名を馳せ、学内での人気が凄まじい千冬がしっかりと事情を説明すれば、最悪の事態にはならないはずだ。
千冬の口から事情を説明して納得させるべきだと迅は必死に主張した。
だが、その主張すらも届かなかった。
「……確かにそれならクラスの女子達には伝わるだろう。だが、他の生徒達に不用意な噂を立てられたらその噂を払拭するのにどれだけ手間がかかる?今ここで戦う以外に方法はない」
「…………ッツ」
事情を知らないもの達が好き放題騒ぐ。ソレはどのコミュニティにでもあることだ。それだけでなく、今の社会は女尊男卑であり、ここはその巣窟だ。男を馬鹿にする女達がこの話題に食いつかないはずがない。必ず面白おかしく騒ぐことだろう。
そう言った者達の対処をするぐらいならば今ここで一夏がセシリアと戦い勝つこと。ソレ以外に道はないのだ。
そう言われた迅は、ギンッと眦を吊り上げると、
「ふざけるなぁっ‼︎‼︎」
怒号と共に千冬の胸ぐらを両手で掴み上げて背後の壁に叩きつけた。
「紫藤さんっ⁉︎」
「紫藤くんっ⁉︎」
「ぐっ」
一夏と真耶が揃って声を上げる。千冬は息苦しさと叩きつけられた衝撃に呻き声を上げる。
迅は激情に表情を歪めると、怒りに満ちた声音で叫ぶ。
「お前は自分の弟を見殺しにするつもりかっ⁉︎前に言ったよなっ⁉︎兵器を深く知らずに扱えば必ず事故が起こると‼︎今の状況がまさしくソレだろうがっ‼︎お前は今自分の弟を死地に送ろうとしてんだぞっ‼︎ソレを分かってんのかっ⁉︎なぁっ‼︎‼︎」
胸ぐらを掴む力は強くなり、千冬の足がつかなくなるほどに身体が持ち上げられなすがままになっている。
千冬が胸ぐらを掴まれている光景。迅が怒り狂い千冬を睨み声を荒げる光景。その二つの異常な光景に一夏達は誰もが口を出さないでいた。
「お前はブリュンヒルデだろうっ⁉︎政府相手には無理でもこの学園でなら融通をきかせられるはずだっ‼︎そもそも、あの決闘騒ぎの時に止めることだってできたはずだろっ‼︎」
迅の言い分は最もである。そもそも。十分な準備期間も無しに代表候補生と素人が戦うこと自体がおかしい話なのだ。ある程度訓練を積んでから戦わせるべきなはず。
そして、千冬ならばあの決闘騒ぎの場で決闘自体を止めることだってできたはずだ。なのに、ソレをしなかった。迅はそれを追求する。
「どうして止めなかったっ⁉︎どうして弟を守ろうとしねぇんだっ⁉︎家族なら守れよっ‼︎‼︎お前なら弟を守ることぐらいできるだろっ‼︎‼︎手を伸ばせば届く距離にいるだろうがっ‼︎⁉︎どんな理由があっても家族を見殺しにしようとするなよっ‼︎‼︎」
千冬が一夏を戦わせようとしている理由は理解はした。だが、理解はしても納得はできない。
試合を棄権することでどんな悪影響が起きようとも、千冬が自分の弟を危険な戦いに送ろうとしていることが我慢ならなかった。
なにより、弟を蔑ろにしようとしている彼女を迅は許せなかった。
「……あんたはっ、俺とは違ぇだろっ。家族を守れる力があるはずだろっ。まだ、間に合うっ。死んでからじゃ遅ぇんだよっ。手遅れになる前に、止めろっ。頼むからっ、俺の前で身内を傷つけるような真似はしないでくれよっ」
「……紫藤…?」
怒りに満ちた叫びから一転し、悲痛に満ちた静かな声音が彼の口から溢れる。
どこか縋るような声音に千冬は困惑を隠せなかった。明らかに先程とは違う。
彼の言葉には純粋な怒りではなく、後悔や絶望、そんな悲しい感情がごちゃ混ぜになっていた。
そして、彼の物言いはまるで
そこで千冬は気づいた。気づいてしまった。
(紫藤……お前は……弟達を守れなかったのか……)
10年前。彼の両親と弟妹が亡くなった何かしらの事故。
あの時、もしかしたら彼は事故の場にいて、自分だけが助かったことを、兄として弟妹を守れなかったことを、ずっと後悔し責め続けているのではないかと。
だったら、この状況はもはや彼にとっては地雷に等しいのだろう。
胸ぐらを掴まれている千冬は、彼がここまで激昂する理由に納得してしまった。だが、それでもここで一夏が戦う以外に道はない。その為、どうにか説得しようとした千冬よりも先に、迅を止めるものがいた。一夏だ。
「紫藤さん、俺は大丈夫ですよ。どうにかしますから。心配してくれてありがとうございます」
「……織斑…?お前、何を……」
一夏の言葉に彼に視線を向けた迅は呆然と呟く。
一夏は困惑する迅から背を向けると、歩き出した。
自身の専用機ー『白式』の元へと。
彼の思惑を理解した迅が目を見開くと、千冬の胸ぐらから手を離し、慌てて一夏を止めに行く。
「……待て。駄目だっ‼︎やめろ、やめろっ‼︎行くんじゃねぇっ‼︎」
一夏の腕を掴むと必死に彼を引き止める。
明らかに取り乱す迅に箒や真耶が何度目かわからない驚愕をする中、止められた一夏は決然とした表情を迅に向けて答える。
「……紫藤さん、ここで俺が戦うのが一番丸く収まるんです。だから行かせてください」
「……駄目だっ。死ぬかもしれねぇんだぞっ⁉︎仮に事故なく終わっても、負けたらお前奴隷にされるんだぞっ⁉︎ソレをわかってて行かせるわけねぇだろっ⁉︎」
何がなんでも一夏を戦いに出させるわけには行かない。そう強い意志が込められた迅の言葉に一夏は内心で嬉しかった。
まだ会ってから一週間ほどしか経っていないのにここまで自分の身を案じてくれている。そのほかにも迅は何度も自分をフォローしてくれた。
これまでの彼の優しい気遣いにどれだけ救われたことか。その優しさに日々感謝しているのを、迅は知らないだろう。
だから、今ここで戦いに出て勝つことこそ、彼の優しさに報いることにつながる。一次移行も終わっていないぶっつけ本番な状態だが、全てを丸く収めるにはここで勝つしかない。
そう決意を露わにした一夏は自分の腕を掴む迅の手に片手を添えながら答えた。
「……確かに迅さんの言う通り事故になる可能性もあるし、負ける可能性だってあります」
「だったら‼︎」
「でも、まだそう決まったわけじゃないです。やれるだけのことはやります。足掻いて勝ちをもぎ取ってきます。だから、俺を信じて行かせてください」
「……お前………」
迅は一夏のまっすぐな瞳に思わず怯んだ。
確固たる決意を秘めた力強く純粋な瞳。今の自分には眩し過ぎるその強さに、迅はそれ以上引き留めることができなかった。
「……………っっ」
迅は唇を噛み締めると、顔を俯かせ彼の肩に手を置きながら懇願する。
「…………危ないと思ったら迷わず逃げろ。勝ち負けなんてどうでもいい。とにかく怪我をしないでくれっ。それだけで、いいから……」
「………はい。ありがとうございます」
遂に観念し折れた迅がそう言う。
勝ち負けなんてどうでもいい。ただ、死なないでくれ。そんな言葉に一夏は感謝を告げると装甲を開いている白式に乗り込んだ。
乗り込んだ一夏は暗い表情を浮かべている千冬に声をかける。
「千冬姉、乗ったらどうすればいい?」
「……あっ、あぁ、そのまま背中を預けるようにすれば良い。あとはシステムが最適化してくれる」
千冬の言葉通り、一夏は白式に体を任せると、受け止められるような感覚がしてから、すぐに彼の体に合わせて装甲が閉じていく。
カシュカシュッと空気を抜く音が響き、融和するように、適合するように白式と繋がる。
そして、解像度を一気にあげたかのようなクリアーな感覚が視界を中心に広がって、全身に行き渡る。各センサーが告げてくる値は、どれも普段から見ているかのように理解できた。
そこで、白式からある情報が表示される。
———戦闘待機状態のISを感知。操縦者セシリア・オルコット。ISネーム『ブルー・ティアーズ』。戦闘タイプ中距離射撃型。特殊装備あり———
と、アリーナステージで待機しているセシリアの機体情報が表示されていた。
ソレを確認した時、一夏の耳に千冬の声が届く。
「ISのハイパーセンサーは問題なく動いてるな。一夏、気分は悪くないか?」
「大丈夫だよ。千冬姉、いける」
「そ、そうか」
千冬はほっとしたような声を上げる。ISのハイパーセンサーがなければわからないほどだったが、それでも自分のことを名前で呼んだし、彼女自身一夏の身を案じているのは確かだった。
そして、それとなく一夏は箒と迅にも意識を向ける。ハイパーセンサーのおかげで360度全方位が見えている為、振り返らずに見る。
「………………」
「………………」
箒は何か言いたそうな、けれど言葉を迷っているような表情をしていた。しかし、こちらも普段ならわからないレベルだ。
迅はというと、顔を俯かせているせいで表情こそ見えなかったが、噛み締められた唇や、血が滴るほどに強く握られ震える拳を見ればどんなことを考えているのかは少しだけ想像できた。
(………箒や紫藤さんの為にも、勝たなくちゃな……)
一夏は静かに意気込みピット・ゲートに進む。
かすかに体を傾けるだけで、白式はふわりと浮かびあがり前へと動いた。
そして、ゲートが開き、一夏は『敵』が待つアリーナ・ステージへと飛び出した。
▼△▼△▼△
「来ましたのね」
「……………」
漸く出てきた一夏を見てセシリアは静かな表情を向ける。
彼女が纏うのは鮮やかな青色の機体『ブルー・ティアーズ』。その外見は、特徴的なフィン・アーマーを4枚背に従え、どこか王国騎士のような気高さを感じさせた。
そして、彼女の手には2mを越す長大な銃器、六七口径特殊レーザーライフル《スターライトmkⅢ》が握られていた。元々ISは宇宙空間での活動を前提に作られているので、原則空中に浮いている。その為自分の背丈より大きな武器を扱うのは珍しくない。
既に試合開始の鐘はなっているので、いつ撃ってきてもおかしくないが彼女はまだ撃たずに砲口を下げたままだ。
「最後のチャンスを差し上げます」
一夏に静かな表情を向けるセシリアは、ひどく落ち着いた声音でそう言った。
「チャンスって?」
「私が一方的な勝利を得るのは自明の理。ですから、惨めな姿を晒したくなければ………どうか降参してくださいまし」
そう言ってセシリアは表情を引き締める。
———警戒、敵IS操縦者の左目が射撃モードに移行。セーフティのロック解除を確認。
ISが告げる情報を、一夏は一度飲み込んでから整理すると、スッとセシリアを見据えると静かに返す。
「断る。どれだけ差があっても、俺は勝たなくちゃいけないんだよ。それが、紫藤さんを安心させる唯一の方法だからな」
「…………そう。残念ですわ。それならーーー」
本当に残念そうにそう言ったセシリアはライフルを構え砲口を一夏に向けると、
———警告!敵IS射撃体勢に移行。トリガー確認、初弾エネルギー装填。
「お覚悟してくださいまし‼︎」
「ッッ‼︎」
キュインッ!と耳をつんざくような独特の音が響き、砲口から閃光が放たれた。
そして、その閃光を合図に決闘が始まった。
▼△▼△▼△
結果から言うと、試合はセシリアの勝利となった。あと一歩のところまで追い詰めたものの一夏が己の武器の特性を考えずにシールドエネルギーを使い果たしたことでエネルギー切れを招いたことが敗北の原因だったのだが、迅にとってはそんなことどうでもよかった。
「織斑‼︎」
ピットに戻ってきた一夏に迅が真っ先に駆け寄る。
機体を光の粒子へと変えて待機状態へと変え床に降りた一夏に駆け寄り尋ねた。
「どこも怪我はないか⁉︎頭痛とか眩暈とかはっ⁉︎どこか痛めたりとかはしてないかっ⁉︎」
「だ、大丈夫ですよ。俺はなんともありません。ソレよりも……」
矢継ぎ早に一夏の身を案じてそう言う迅に一夏は自分の無事を伝えると、申し訳ない表情を浮かべる。
「すみません、紫藤さん、俺負けちゃいました。折角あんなに勉強とか特訓見てもらったのに……」
あれだけ勉強や特訓を見てもらい扱かれたのに、その期待に応えられず試合に負けてしまった。しかも、武器の特性を考えずにエネルギー切れで負けると言う醜態まで晒してしまったのだ。
迅だけでなく箒にも申し訳なかった。
だが、それに迅は首を横に振る。
「いい。そんなことはもうどうでもいいんだ。怪我なく終わっただけでもう十分だ」
そう答えた迅は深く安堵の息を吐いた。
一夏の身を本気で案じていたからこそ、負けたとはいえ怪我なく戻ってきてくれたことが何より嬉しかったのだ。
そして、一夏の身体に何の異常もなく、彼自身も通常通りにしていることから本当に無事だと判断した迅は一夏の肩を叩き労う。
「……とにかく、よく頑張った。反省点はあるだろうが、今後に活かして訓練に励めば良い。俺も何かあれば協力するから」
「はい。ありがとうございます」
「ああ」
労った迅は温和だった視線を一気に鋭くさせ冷酷なものへと変えると、少し離れたところで自分たちの様子を見てた千冬へと視線を向けて、ゾッとするような冷たい声音で呼びかけた。
「ブリュンヒルデ」
「な、なんだ?」
呼ばれた彼女は少し冷や汗を流しつつ恐る恐ると迅の次の言葉を待つ。迅は全身から底冷えするような殺気を放ちつつ、怒りが滲む声音で静かに告げた。
「今回、負けはしたがこいつに怪我はなかったからこそこれ以上お前を責める気はない。だが、もう一度。もう一度同じことをし今度こそこいつの身に何かあったら、その時は俺はお前を絶対に許さない。何があっても。どんな事情があってもだ。お前自身の命で必ず償わせてやる。それを忘れるな」
専用機を渡すと話した時と同じであり、今自分は猶予を与えられたのだと千冬は理解した。
次同じことをすればもう2度と信用を得ることはできないだろう。今回は一夏自身が無事だったからこそ、なんとか首の皮一枚繋がったと言ったところだ。
今回のことで自分は彼の信頼を得るどころか、更に拒絶される結果を招いてしまったことに千冬は内心で深く反省し迅の忠告を素直に聞き入れる。
「…………ああ。肝に銘じよう。本当に、すまなかった」
「…………謝る相手は俺じゃねぇだろ」
そう無愛想に答えると、一夏に再び視線を向ける。
「織斑、俺は今日はもう部屋に戻る。……少し疲れた。また明日な」
「は、はい、また明日」
そして、迅はピットの出入り口に向かって歩き、そのまま外へと出ていった。
迅が去った後、しばらく重苦しい沈黙が続いたが暗い表情を浮かべていた千冬が一夏に近づくと深々と頭を下げて謝罪した。
「‥…一夏、すまなかった」
「……千冬姉」
「……紫藤の言う通りだ。本来ならばあの時止めるべきだった。にも関わらず、私はお前を代表候補生のオルコットと戦わせてしまった。戦うことになったとしても、しっかりと訓練期間を設けるべきだった。私の浅はかさでお前を危険に晒してしまった。本当にすまない」
千冬はどこかで一夏ならば大丈夫だと思っていた。私の弟ならば何とかしてくれると、どこか期待していたのだ。
だから、彼の成長を促すために多少無茶であってもやらせることにした。だが、その結果が迅の逆鱗に触れるということだった。
弟の為を思っての結果、守ると誓った青年から失望されてしまったのだ。
「……織斑先生」
千冬の謝罪に隣で聞いていた真耶は自分も同じだと深く反省した。あの時、教師として止めていれば、迅があそこまで激昂することはなかっただろう。
自分達の未熟さが彼との溝を更に深めることになってしまったのだ。
そして、千冬の謝罪を聞いた一夏はしばし沈黙すると、静かに口を開いた。
「………別に俺は千冬姉を責める気はないよ。元々、俺の方から決闘を申し込んだんだし。専用機が来なかったのも千冬姉が悪かったわけじゃない。結果よければとは言わないけど、怪我もなかったしこれからちゃんと訓練に励むよ」
「……そうか。必要があれば私達を頼れ。贔屓することは難しいが、できる限りのことはしよう」
「うん」
そうして千冬の謝罪を受け取り許した一夏は少し躊躇った様子を見せると意を決して別の話題へと切り替えた。
「それより、千冬姉、少し大事な話があるんだけど……」
「なんだ?」
「実はこの後………」
そして一夏が告げた内容に千冬とそばで話を聞いていた真耶と箒は目を丸くした。
▼△▼△▼△
「……………チッ」
ピットから出てアリーナからも出た迅は寮までの道を歩きながら、舌打ちをする。先程からずっと苛立ちが消えない。
それもそうだろう。一夏が無事だったとはいえ一歩間違えれば大怪我するようなことがあったのだ。彼自身が無事だったから良かったものの、彼を戦わせた千冬には責める気はなくとも今もまだ怒りは残っていた。
「………ふざけんな。弟を危険に晒す姉がいてたまるかよ」
迅にとって弟や妹とは何があっても守るべき存在だ。兄として下の子達が強くなり独り立ちする時まで、両親と共に守り育てていく。
慈しみ、愛し、健やかに育つように守る。それこそが家族の形であると今はもういない迅の両親からの教えられた。
だからこそ、先程の千冬の愚行には
何も権力がなくモルモット同然の扱いをされている迅と違って、彼女は世界最強としての名声がある。彼女は多くの女性から崇拝されており、融通だってきくはずだ。
自分よりも遥かに権力があり、弟一人を守ることぐらい造作もないはずなのに、あろうことか彼女は弟に危険な戦いをやらせた。
理解できない。許せない。
お前のような奴が何故敬われているのかが。
何よりも大切なはずの家族を蔑ろにしたことが。
「…………何が行動で示すだ。示した結果がこれかよ。やっぱりお前も世間のアバズレ共と同類だったんじゃねぇか」
迅は呆れたような、あるいは嘲笑うかのようにそう吐き捨てた。
先週、千冬は迅に自分は味方であることを証明するためにこれからの行動で見定めて欲しいと言っていた。だが、その結果がこれだ。
自分の目の前で身内を蔑ろにすると言う最低な行為をした。勿論、彼女とて一夏をわざと危険に晒したとか蔑ろにしていると言うわけではない。
迅は知らないことだが、二人には両親はおらず幼少の頃から千冬はたった一人の家族である一夏を守り続けてきた。確かな家族の愛情や姉弟の絆があるのだが、そんなことを迅が知るはずもない為、彼女の行為は表面上にしか捉えられなかった。
「…………信用できるわけがねぇだろ。お前みたいな人間のクズを」
故に、迅は千冬を信用しないと決めつけてしまった。家族を大切にしない奴は碌な人間じゃない。そう己の持論を元に結論づけたのだ。
その時、不意に脳裏にある声が聞こえた。
『にぃに!ばすけしよう!』
『だめー!にぃにはわたしとおままごとするのー!』
聞こえてきたのは二人の幼い子供の声。
自分のことをにぃにと呼ぶ声が聞こえてくると同時に、ズキリと突き刺すような痛みが頭に響く。
「うぅ……あぁ……」
ドクンッドクンッっと動悸も激しくなり呼吸がままならなくなってくる。
更には目眩までしてきており、遂には迅は立つことすらままなくなり蹌踉めく。幸運にも近くにあったベンチに辛うじて座り込むと頭を抱えて苦悶の声を上げた。
「ぐっ………あぁ………ぎっ、ぁ……」
苦悶の声を上げる迅の脳裏に声だけでなくとある光景までもが浮かび上がる。
バスケットボールを持ってバスケをしようとせがむ弟とそれに対抗するようにお人形を持って頬を膨らませる妹の姿。
「………
奏と結衣。
自身の三つ下の弟妹。そして、今はもうおらず10年前自分の目の前で両親と共に死んでしまった何よりも大事で、大切な愛しい家族。
今はもう2度と味わうことのできない幸福な過去が、幻覚としてフラッシュバックしているのだ。
それを見るたびに愛おしさが溢れ、それ以上に気が狂うような負の感情が胸を埋め尽くす。
その幻覚を見るたびに絶望に押し潰されそうになる。
もう会えないと言う悲しみが。
守れなかったと言う後悔が。
家族との幸福な記憶が次々と思い起こされるにつれ、迅の心には暗い闇が広がり彼を蝕んでいく。
かつては彼の心を温めていた幸福な思い出も今となっては彼の心を苦しめる激毒へと成り下がってしまったのだ。
そして、この幻覚が齎す結末はいつも変わらない。
幸せだった記憶が全て炎に焼かれ灰となって消えていき、新たな光景が浮かび上がる。
それは迅の心を最も苦しめるトラウマの記憶。
炎と黒煙。そして、白い騎士。
迅の全てを狂わせたトラウマの記憶へと変わってしまうのだ。
「……うあぁぁぁ……ああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
その悪夢に抗う術を迅は持っておらず、押し寄せる悲嘆に頭を抱えて泣くことしかできない。目は焦点が合わなくなり、大粒の涙がとめどなく流れている。
「……ごめん…ごめん…ごめん、なさい………」
自分だけがのうのうと生きていることを。
兄なのに弟妹を守れなかったことを。
彼はただひたすらに泣きながら謝り続けていた。
一夏とセシリアの戦闘内容は原作とほぼ変わらないのでカットしました。