遅ればせながら皆様新年明けましておめでとうございます。
2024年は黒鉄の修羅の投稿でスタートです!
今年は私にとっては環境が変わる年でもあるのでそちらも並行して頑張っていこうと思います。
皆様、今年もどうか私の拙作達をよろしくお願いします!!
遅咲きの桜の花びらがちょうど全部なくなった四月下旬頃。迅達一年生はISの実技授業を受けていた。
一年生としては初のISを用いた実技授業だ。
入学試験以降ISに慣れていないクラスメイト達は千冬を前に表情を引き締めてはいたものの、同時にほんの少し顔を赤らめていて、仕切りにある方向にチラチラと視線を向けている。
その視線の先にいるのはー二人の男子生徒。正確には、片方の高身長の青年ー紫藤迅だ。
「………チッ」
腕を組んでその場に仁王立ちしている迅は露骨に舌打ちする。チラチラと向けられる女子の視線に気づかないはずがなく、早々にして帰りたくなっていた。
その様子を隣で苦笑いしながら見ていた一夏が恐る恐ると声をかける。
「その、紫藤さん…こればかりは、仕方ないですよ。男の俺でもすげぇって思う体つきしてますもん」
一夏の指摘通り、女子達が視線を向けている原因ーそれは迅の肉体にあった。
ちなみにだが、迅含めて生徒達は制服でもジャージでもなくISスーツと呼ばれるIS展開時に主に着用される水着、あるいはウェットスーツに似たフィットスーツものを着用している。
女子達の着用しているISスーツは揃って旧スクール水着を模したものであり、肌表面の微弱な電位差を検知して操縦者の動きをサポートするため、肌に密着する必要があり、水着以上にボディラインがはっきりと出てしまう。だらしない身体ならば目も当てられないことになっていただろう。そして、現在普及しているISスーツは当然女性物しかない。
その為、二人の例外である迅達にはそれぞれ特注のISスーツが急遽作られることになった。一夏は上下で分かれており、上は半袖タイプで腹部が露出し、下は足首まであるタイプだ。迅が着ているISスーツは上下一体型で上が肩から先がないタイプで、下が足首まである長ズボンタイプのデザインのスーツだ。そして、彼がISスーツを着ていて肉体のシルエットが浮かび上がっているからこそ、女子達の視線が集中していたのだ。
シンプルに言えば、彼の肉体は———見事の一言に尽きる物だった。
がっしりとした筋肉に覆われた両腕両足は触らずとも鋼のような硬さを有しているのではと思わせるほどであり、胸板も鉄板が二つあるのではと錯覚するほど。そして最も目を引くのがバッキバキに割れた見事な腹筋だ。
IS学園に入学する前は冬馬と共にバスケ部で活躍して雑誌に取り上げられていたほどバスケに打ち込んでいた為肉体は引き締まっており、常に不機嫌そうに目つきが悪いからと言っても、194cmと言う高身長かつ整った顔立ちというそこらのモデルなど凌駕するどころか、ハリウッドのアクション映画に出てきてもおかしくないような、鍛え上げられた肉体美はその凶悪さをほぼ打ち消しており、男子耐性の低いクラスメイト達や真耶だけでなく、あの千冬ですら刺激が強くて顔を赤らめてしまうほどだ。
一夏もそれなりに鍛えてはおり顔立ちも整っている為、女性の目を引くには十分な肉体なのだが、それを凌駕する存在が真横にいる為、その存在感が霞んでしまっていた。
ちなみに、袖がないタイプの為迅の前腕部にある火傷痕があらわになっているのだが、それを一夏に尋ねられた際に迅は『昔火傷した痕』と一言答えるだけでそれ以上は話そうとしないので、一夏もそれ以上尋ねることはできなかった。
余談だが、この見事な肉体美を誇る体だが実のところこの肉体美は最盛ではない。まともな食事が取れなくなり、精神的負担がかかりやつれてこれなのだ。彼が本調子ならば、彼の肉体美はそれはもうさらにすごいことになるのはいうまでもないだろう。
見惚れていた千冬はこのままでは授業そっちのけになってしまうと早々に判断して正気に戻ると生徒達を正気に戻すべく声を張り上げる。
「あ—総員、注目!これより専用機持ちにISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。織斑、オルコット。試しに飛んで見せろ。紫藤も一応展開はしてくれ」
無理やり意識をこちらに向けさせた千冬はそう言って専用機持ち達へと視線を向ける。
セシリアと一夏は頷くとすぐさま展開を始める。セシリアは左耳にかけたイヤーカフスを輝かせてすぐさま『ブルー・ティアーズ』を展開した。
一夏は右腕を突き出すと左手で右腕の腕輪を掴んだ。この腕輪ー正確にはガントレットだが、これこそが一夏のIS『白式』の待機形態であり、色々試した結果このポーズが一番IS展開のイメージができるらしいそうだ。
(こい、白式)
心の中でそう呟き、一夏はセシリアより数秒遅れて純白のISー第三世代近接格闘型IS『白式』を展開した。
千冬がセシリアと一夏がそれぞれISを装備して地面から十数cm上を浮遊しているのを確認すると、まだ展開できていない迅に視線を向ける。
迅は展開しようとしているようだが未だ展開されていない。しかし、それも無理はない。彼はこれまで一度もISを自分の意思で展開してことがないのだ。手間がかかるのも仕方ない。
「紫藤、大丈夫そうか?無理はするなよ」
「うるせぇ。今からやる」
気遣う千冬にそう返すと迅は目を閉じて深く呼吸をすると、左手を胸の高さまで掲げながらグローブに右手を添える。ISを展開すること。その一つだけに集中することを意識しつつ、彼はその名を呼んだ。
「———『黒鉄』」
その言葉に応えて左手のグローブから漆黒に光る粒子が溢れ、漆黒色の巨体が姿を現す。
第二世代防御特化型IS『黒鉄』だ。
「「「「「…………ッッ‼︎⁉︎」」」」」
ズンと重い音を響かせながら地面に降り立つ漆黒の機体。重厚かつ物々しい外見のそれは一夏やセシリアが纏うISよりも二回り大きく、千冬と真耶を除く全員が初見である為目を見開き見上げた。
「……それが、紫藤さんのISなんですね」
「……ああ。『黒鉄』つってな、待機形態はさっき見た通りグローブだ」
「見た目もですけど、黒色ってのもいいですよね。めちゃくちゃかっこいいじゃないですかー」
一夏的には黒鉄の外見やカラーリングはだいぶ好みらしく、目を輝かせて黒鉄を見上げていた。
「そうか?俺的にはお前にはこんな色より白が似合うと思うがな。見た目も、騎士みたいでいいと思うぞ」
「そ、そうですか?そう言われるとなんか嬉しいですね」
迅の本心からの褒め言葉に一夏は若干照れ臭そうに笑う。
「男子二人。おしゃべりはそこら辺にしておけ」
男子二人が和気藹々と話す光景は千冬的には微笑ましいのだが、今は授業中だ。支障が出るので早々に止めに入り次の指示を出す。
「では、織斑とオルコットは飛んでくれ。紫藤はその場で待機だ」
迅はISを使っての飛行訓練など当然していない。その為、歩行をやらせるのならともかく、飛行は強制的にはさせないと判断した。
そして、彼女の指示にセシリアはすぐさま急上昇して、はるか頭上で静止した。一夏も少々遅れて後に続くが、その上昇速度はセシリアよりかなり遅いものだった。
「何をやっている。スペック上の出力では白式の方が上だぞ」
千冬がそう厳しいことを言うが、正直一夏は良くできているほうだ。なにせ、展開や歩行訓練はこれまで何度もしてきたが、急上昇、急下降は昨日習ったばかりなのだ。『自分の前方に角錐を展開させるイメージ』らしいが、いまいちそれがよく分かっていない。それを加味してこれはなかなか筋がいいというものだ。それを千冬も分かっているのか補足を加えた。
「とはいえ、覚えはじめにしては上々だ。いずれはオルコットよりも早く急上昇できるように励め」
『はいっ!分かりました』
千冬の激励に一夏は元気よく返した。
既に一夏達は空高く飛んでいる為、通信回線でやり取りをしており、回線を繋げている迅にもその会話は聞こえてきている。
『一夏さん、イメージは所詮イメージ。自分がやりやすい方法を模索する方が建設的でしてよ』
『無理言うなよセシリア。大体、空を飛ぶ感覚自体がまだあやふやなんだよ。なんで浮いてるんだ、これ』
白式には翼状の突起が背中に二枚あるのだが、どう考えても飛行機と同じ理屈では飛んではいない。そもそも、翼の向きと関係なく好きに飛べるので、翼などあってないようなものにしか思えない。
『説明して構いませんが、長いですわよ?反重力力翼と流動波干渉の話になりますもの』
『分かった。説明はしてくれなくていい』
『そう、残念ですわ。ふふっ』
楽しそうに微笑むセシリア。彼女の表情は嫌味でも皮肉でもなく、本当に単純に楽しいという笑顔だった。あの試合以降、一夏のコーチを引き受けたセシリアとの仲は良くなり、今ではお互いに名前で呼ぶ程になっていた。
その様子を迅がハイパーセンサーによる視力補正で見ていた。望遠鏡並みの視力によって200m上空にいる彼らの表情どころかまつ毛までくっきりと見えているのだ。
しかし、これでも機能制限がかかっているらしく、宇宙空間での稼働を想定したものであるISは、何万キロと離れた星の光で自分の位置を把握するためのものなので、この程度の距離は見えて当然なのだ。
(……すっかり、仲良くなってるな)
とまあ、それは置いといて、二人の仲のいい様子に迅は純粋に打ち解けていることに感心していた。
迅としては一夏がどんな人間関係を築いても気にしないし、どうなろうと気にしていない。ただ、一夏が害を被らないようになればいい。
一夏が危険な目に遭わなければ、ただそれだけでいいのだ。
「紫藤、飛行をやってみるか?無理なようなら別にやらなくてもいいぞ」
そう考え込んでいた時、千冬が迅にそう提案した。流石に急上昇と急下降は出来ないと判断し、軽く飛ぶだけでもやらせてみようと思ったのだ。
その提案に少し考え込んだ迅はやがて、応じた。
「……やるだけやってみる」
「よし、じゃあゆっくりでいい。二人のところまで飛んでみろ」
千冬にそう言われ、迅は空へと飛び上がる。
セシリアや一夏達と比べて速度はかなり遅いが、それでもゆっくりと上昇を行い、やがて一夏とセシリアと合流した。
『あ、紫藤さんも来たんですね』
『ああ、ただ飛ぶだけだがな。しっかし、こんな鉄の塊がよく飛べるもんだな。見合うエンジンなんざ積んでねぇのに』
迅の纏う黒鉄はかなり大きい。これだけの巨体を飛ばすには戦闘機などで使うような巨大なエンジンが必要だが、それらしいものは見当たらず脚部と背部のスラスターで飛ばせるのだから、本当にISというのは謎だと迅は疑問をこぼした。
『織斑、オルコット。急下降と完全停止をやってみろ。目標は地表から10cmだ。紫藤はその場で待機だ』
『了解です。では一夏さん、紫藤さんお先に』
そう言ってセシリアは地上に降下をし、完全停止も難なくクリアした。
『じゃあ紫藤さん、お先に行きます』
『おう』
そして一夏も地上へと降りていき、多少のズレはあったものの無事に地上に辿り着いた。
『最後に紫藤、ゆっくりと降下してみろ。無理に速度を上げなくていいからな』
千冬の指示に従い迅は『黒鉄』を操作して地上へと降下を始める。最初こそゆっくりだったのだが、速度はぐんぐんと上昇していった。
そこで迅は一つ疑問を覚える。
(………どうやって、速度落としゃいいんだ?)
速度の落とし方が分からなかった。
無理もない。ISに乗った回数はこれで三回目。しかも、まともに動かしたのは今回が初めてだ。
そして、そう困惑する間も速度は上昇していき、地上が凄まじい勢いで近づいていく。
『紫藤ぉっ‼︎速度落とせぇっ‼︎』
『……あー、無理』
千冬がそう声を張り上げるが、操作方法がわからない迅は諦めたように呟いた。その直後、ズガァァアアンンッッ‼︎‼︎‼︎と轟音を立てて地面に墜落した。
「紫藤っ‼︎」
「「「紫藤さんっ‼︎⁉︎」」」
千冬、一夏、箒、セシリアの呼ぶ声が響く。
迅の墜落地点は濛々と砂煙が立ち込めており、小さなクレーターの中心で迅が纏う『黒鉄』が半ば地面に突き刺さっていた。
「………っでぇ。あー、やらかした」
「紫藤さん、大丈夫ですかっ⁉︎」
「お怪我はありませんかっ⁉︎」
地面から体を引っこ抜いた迅は黒鉄を纏ったままクレーターの底で座り込みながらそう呟き息をつく。
すると、一夏と箒がクレーターの斜面を滑り降り慌てた様子で近づいてきて気遣う。セシリアも本当は行きたいところだったが、敵視されている為近寄れずクレーターの縁でおろおろとしていた。
「あー、大丈夫だ。ちょっとびっくりしただけだから」
気遣う二人にそう返した迅はクレーターをよじ登って上がる。一夏と箒も彼に続いて登ってきた。這い上がってきた迅に千冬が近づく。
「し、紫藤、体は大丈夫か?どこか痛めたりとかはしてないか?」
「IS装備しているのにこんなことで怪我するわけねぇだろ」
「そ、そうか。怪我がないならいいんだ。とにかく、後で穴は埋めておけよ」
「……わぁってる」
流石にこればかりは自分がやらかしたことなので、千冬の指示に素直に従う。
「よし、では、次は武装を展開してもらう。まず、織斑」
「はい」
千冬にそう言われて一夏は横を向き正面に人がいないことを確認すると、再度突き出した右腕を左手で握る。そして、物体を斬る、刃のイメージ。鋭く、堅固な物体、強い、武器を脳内で強く意識し呼び出す。
(来い……!)
力強く右手を握り締め、そう念じると手のひらから光が放出され、それが像を結び形として成立した。
光が完全に収まった頃には、彼の手には片刃のブレード、所謂刀型の武装が握られていた。
近接特化型ブレード・《雪片弐型》と言うらしい。また、一夏が言うには武器のイメージが難しいらしい。それもそうだ。日常生活でどう剣を呼び出すイメージが必要な場面があるだろうか。
「遅い。0.5秒で出せるようになれ」
しかし、特訓の成果も千冬にあっけなく一蹴されてしまう。一夏は内心で涙目になっていた。
「オルコット、武装を展開しろ」
「はい」
セシリアは左手を肩の高さまで上げ、真横に腕を突き出す。しかし、一夏の時と違い光の奔流を放出することはなく一瞬爆発的に光り、その手には狙撃銃《スターライトmkⅢ》が握られていた。
一夏の時よりも圧倒的に早く、銃器にはすでにマガジンが接続されていて、セシリアが視線を送るだけでセーフティーが外れた。1秒と経たずに展開、射撃可能まで完了するのは流石は代表候補生と言えよう。
「流石は代表候補生だな。———ただし、そのポーズはやめろ。横に向かって銃身を展開させて誰を撃つ気だ」
「で、ですがこれはわたくしのイメージを纏めるために必要な——」
「直せ。いいな」
「……、……はい」
反論の余地は大いにあるような顔をしていたセシリアだったが千冬の一睨みであえなく撃沈。
「オルコット、次は近接用の武装を展開しろ」
「えっ。あ、はっ、はいっ」
何か考えていたのか、いきなり振られた会話にびっくりして少し反応が遅れたセシリアは近接用の武装を展開させる。
だが、手の中の光はなかなか像を結ばず、クルクルと空中を彷徨っていた。
「くっ………」
「まだか?」
「す、すぐです。———ああ、もうっ!《インターセプター》‼︎」
なかなか展開出来ないセシリアは半ばやけくそ気味に叫び武器の展開を行なった。そうすることで、光は武器として構成され彼女の手にはナイフのような武装が握られていた。
しかし、この方法は所謂『初心者用』の手段であるらしく、それを使うと言うことはセシリアにとってはなかなかに屈辱的なことらしかった。
「…‥何秒掛かっている。お前は、実戦でも相手に待ってもらうのか?」
「じ、実戦では近接の間合に入らせません!ですから、問題ありませんわ!」
「ほう。織斑との対戦で初心者に簡単に懐を許していたように見えたが?」
「あ、あれは、その……」
ゴニョゴニョと歯切れが悪いセシリアだったが、明らかに彼女の不利であり言い訳のしようがなかった。
「次に紫藤、まずは近接武装を展開してくれ。……そうだな。《葵》と《
「……《葵》、《砕城》」
迅は二つの武装の名前を呼び展開させる。
もちろん、彼は初心者中の初心者なので名前を呼んで展開しても何ら問題はない。そうして彼の両手に光が集まり現れたのは、二つの武装だ。
「「「……………」」」
彼の両手に現れた武装にそれを見ていた生徒たちが揃って息を呑む。彼の右手に握られている武装の一つは、刀の形状をした近接ブレード『葵』だ。しかし、それは『打鉄』の基本装備でもあるため驚かない。生徒達が揃って息を呑んだのはもう一つの武装だ。
その形状は一言で言うならば、巨大な金棒だ。
先端まで全てが黒鉄と同じく漆黒のカラーリング。柄部分は細いが、柄から上は極太の八角形の角錐の形状であり、各面には鋭いスパイクが無数に備わっている。
その見た目は、まさに敵を圧殺する鬼の金棒と言うべき物々しい外見であった。
近接特化型大型メイス《砕城》
『黒鉄』専用に作られた近接武装の一つである。
「もういいぞ、それは仕舞ってくれ。では、次に遠距離武装を出してくれ。《焔備》だけでいいぞ」
「…………《焔備》」
《葵》と《砕城》を光の粒子に変えて収納した迅は次に遠距離武装の一つである《焔備》を名前を呼んで展開する。そして、現れたのはアサルトライフル型の武装だ。
アサルトライフル《焔備》である。
「上出来だ。仕舞ってくれ」
「………」
展開を確認できると千冬は一つ頷きそう言うと迅に促す。迅は無言のまま《焔備》を光の粒子へと変えて収納する。
「さて、専用機持ち達には一通りやってもらったところで、諸君にもISに乗ってもらう。とはいっても、今日は武装の展開と収納だけだ。専用機持ち達は私が説明をしている間に山田先生と共に訓練機を取りに行ってくれ」
「はい。では、オルコットさん、織斑君、紫藤君。ついてきてください」
千冬にそう言われ真耶は専用機持ち三人にそう呼びかけた。オルコットは一つ頷き彼女の後をついていき、一夏も迅に声をかける。
「紫藤さん行きましょう。……って、首さすってますけどやっぱ痛むんですか?」
「いんや、むしろ痛まねぇから違和感がすげぇ」
「ああ、なるほど」
首をさすりながら答えた迅に一夏は納得する。
先程の墜落は普通ならまず間違いなく首がへし折れていてもおかしくない。ISを纏っていても筋を痛めたかもしれないと危惧していたが、実際はなんてことなく全く痛まないのだ。ISを纏ってる限り、余程のことがなければ怪我はしないと分かっていても違和感しかなくて、迅には逆に困惑してしまったのだ。
「まぁ怪我がなくて何よりです。早く行きましょう」
「ああ」
一夏に促され彼の後をついていき真耶の案内のもと、迅達専用機持ち組は格納庫に移動し実習で使う用の訓練機を運び出した。
尚、訓練機は専用のカートで運ぶのだが、ソレに動力はついておらず人力で運ばないといけないのだ。
これには迅は露骨に不機嫌になり不満を口にした。
『何でこれだけ人力なんだよ。文明の利器使えよ』
迅とは別で割と重い訓練機が乗ったカートを押していた一夏とセシリアは全くもってその通りだと内心で激しく同意した。
▼△▼△▼△
「ふぅん。ここがそうなんだ……」
時はすぎ夜。IS学園の正面ゲート前には、小柄な体に不釣り合いなボストンバッグを持った少女が立っていた。
まだ暖かな4月の夜風に靡く髪は、左右それぞれを高い位置で結んであり、肩にかかるぐらいで、金色の留め金がよく似合う艶やかな黒色だった。
「えーと、受付ってどこにあるんだっけ」
上着のポケットを漁り一切れの紙を取り出す。くしゃくしゃになったそれは、少女の大雑把な性格と活発さを非常によく表していた。
「本校舎一階総合事務受付……って、だからそれどこにあんのよ」
文句を言ったところで、紙は当然返事などしない。
少女は多少のイライラと一緒に紙をポケットに捩じ込んだ。
「自分で探せばいいんでしょ。探せばさぁ」
ぶつくさ言いながらも、その足はとにかく動いている。思考するよりも先に行動。そういう気質の少女なのだ。
よく言えば、『実践主義』、悪く言えば『よく考えない』。さらに悪くいうなら『脳筋思考停止馬鹿』。迅風に言うなら『イノシシ女』だ。どう言う意味でイノシシかは想像に容易い。
(………ったく、出迎えがないとは聞いてたけど、ちょっと不親切すぎるんじゃない?政府の連中にしたって、異国に15歳を放り込むとか、なんか思うところないわけ?)
少女の容姿は、一見すれば日本系だが、鋭角的でありながらどこか艶やかな瞳は、中国系だった。
とはいえ、この少女にとって日本は第二の故郷であり、思い出の地であり、因縁の場所でもあるのだ。
(誰かいないかな。案内出来そうな人)
学園内を分からないなりに歩きながら人影を探すが、時刻は八時を過ぎている為、どの校舎も灯りは落ちており、当然生徒は寮にいる時間だ。
(あーもー、面倒くさいなー。空飛んで探そうかなー)
余談だが、彼女はセシリアと同じく代表候補生であり、ISを持っている為空を飛んで探そうかと言うアイデアを閃いたのだ。
一瞬、それは「名案!」だと思ったが、あの電話帳3冊分に匹敵する学園内重要規約書を思い出して、思いとどまったが、それを思いつく時点で、やはり馬鹿の発想には変わりない。
まだ転入の手続きが終わってもいないのに学園内でISを起動させたら、問題なのは当然として、最悪外交問題にも発展してしまう。
それだけは本当にやめてくれ、と何回も懇願していた政府高官の情けない顔を思い出して、少女の気分はちょっと晴れた。
(ふっふーん。まあねー、あたしは重要人物だもんねー。自重しないとねー)
彼女的に自分の倍以上もある大人がへこへこと頭を下げるのは、気分が良かった。
というよりも、ISを独断で使えば罰則が降ることになる。逸脱した扱いをすればそれこそ、IS剥奪は当然として諸々の刑罰も課せられることだろう。
自重とかの話ではない。決してやってはいけないことなのだ。それなのに、自分は重要人物だからと得意気にしている考えは、やはり馬鹿としか言いようがない。
彼女は『歳をとっているだけで偉そうにしている大人』や『男っていうだけで偉そうにしている子供』が大嫌いだった。
男の腕力は児戯であり、女のISこそ正義。
そう考えている彼女にとって、今の世界は非常に居心地が良かったのだ。
(……でも、あいつは違ったなぁ)
その時、ふととある男子のことを思い出す。その男子は、少女にとって日本に帰ってくる最大の理由になっている思い出でもある。
(………元気かな、アイツ)
一年半ぶりにあう男子のことを思い出すも、元気な姿しか見たことがないから、どうせ元気なのだろうと判断する。
そして、男子のことを思い浮かべたことで、少女は今もなお話題になっている二人目の存在が脳裏に浮上してくる。
(一人目は知ってるとして、二人目は確か……18歳の奴だっけ?)
一人目のことはよく知ってるとは言え、二人目のことは何も知らない。強いて言えば、三つ年上の18歳ということと、写真でみた顔ぐらいだ。
(どんな奴なのかなぁ。まぁ、年上だからってどうせ偉そうにしてんでしょうね)
男の価値が大暴落した世界で、男でありながら女の正義たるISを扱えることでさぞかし調子に乗っていることなのだろう。それに加え、年上ということもそれに拍車をかけてるかもしれない。
(……調子乗ってたら、このアタシが直々に叩きのめしてやる)
そんな態度でくるのなら、こちらもそれ相応の態度で接してやろうじゃないか。選ばれた人間気取りの男の鼻っ柱をへし折ってやる、と彼女は一人意気込んだ。
もしも、彼女の意気込みを二人目のことを知る人物が見ていたならば、全力で引き留めたことだろう。だが、お生憎様ここにはそんな自殺行為を止めてくれる人はいない。
そうして彼女が一人無謀な意気込みをした時だ。
「だから……そういう……ですよ」
「……なん……れ」
ふと、遠くから声が聞こえてきた。どうやら、誰かが話をしているようだ。声が聞こえる場所はIS訓練施設だ。
(ちょうどいいや。場所きこっと)
ちょうどいいから場所を教えてもらうか案内してもらおうとして少女は小走りにアリーナ・ゲートへと向かう。
「それで、紫藤さんはこの後はどうしますか?」
「………とりあえず、顔出しぐらいはするさ」
「俺としてはありがたいんですけど、無理に顔出さなくてもいいんですよ?」
「別に馬鹿共が話しかけてこなきゃ何もしねぇよ」
男二人の会話。その片方の男の声に、少女は不意をつかれてぴくんと反応した。片方の声はよく知っている声だ。
予想しなかった再会に、少女の鼓動が早鐘を打ち始める。
(あたしってわかるかな。わかるよね。一年ちょっと会わなかっただけだし)
そう自分に言い聞かせつつも、分からなかったらどうしようという不安に思考が乱れていたが、そこでもしわからなかったら自分が美人になったからだと超ポジティブ思考に切り替えて彼女は歩みを再開する。
「いち───」
声が裏返りつつも件の男子ー一夏に声を掛けようとしたが、それは直後に聞こえた女子の声で中断された。
「とにかく、私達も気をつけます。ところで、話は変わるが、一夏。いつになったらイメージが掴めるのだ。先週からずっと同じところで詰まっているぞ」
「あのなあ、お前の説明が独特すぎるんだよ。なんだよ『くいって感じ』って。紫藤さんどう思います?」
「………まぁ教え方としては意味わかんねぇわな。ちゃんと教える気あんのか?」
「そんなっ!?」
ぶっきらぼうな男の言葉に驚く女子の声。
男の声はまだいい。だが、女子の方はいただけない。
お前は誰だ?なぜそんなに親しそうなんだ?というか、なぜ名前で呼んでる?
胸の高鳴りが嘘のように消え、ひどく冷たい感情と苛立ちが少女の心に雪崩れ込んでくる。それは、いわゆる嫉妬というものだ。
嫉妬に心を満たした彼女は、少女だけでなく二人の男子の存在も視界に収める。そこでようやく、迅を見た。
(……えっ、でっか……何あれ、巨人?)
男子高校生とは平均以上はある一夏の身長を頭一つ分以上差をつけるほどの高身長。およそ日本では滅多に見ないような身長に、少女は思わずそんなことを思ってしまう。
(あの人が2人目?……デカすぎるでしょっ)
少女が平均よりも小柄だからこそ尚のことそう思ってしまうのだろう。
だが、そんな呑気なことを考えていた彼女は途端にビクッとその体を震わせて動きを止めてしまう。
「…………っ」
彼女はカタカタと小刻みに体を震わせており、頬からは冷や汗がツゥと滴り落ちていたのだ。
恐怖に震える反応はまるで恐ろしいものを感じ取ってしまったかのようだ。事実、それは正しい。
彼女が感じた恐怖。その発信源は、彼女の視線の先にいる大男ー迅だ。
忌むべき女尊男卑の女どもが蔓延り、憎みに憎んでいるISを学ぶための学舎など、彼にとっては地獄も同然の敵地であり、自室以外では彼は差異はあれど常に殺意と敵意を撒き散らしている。
一夏と箒に関しては敵認定されていないため、対象外であり殺意と敵意を向けられていないが、二人以外は教員生徒例外なく殺気にあてられているのだ。
そして、彼女は感覚派の人間であり感が鋭いタイプだ。僅か一年足らずでISを乗り熟し引っ越した先の国で代表候補生の座をもぎ取れるぐらいには才能があり、それに伴う野生的な直感も優れていた。
優秀だったからこそ、彼の……紫藤迅が全身から放つ殺気と敵意を鋭敏に感じ取ってしまったのだ。
そして、その野生的な直感はある幻影まで幻視させてしまう。
背を向ける彼の全身から溢れる底冷えするようなオーラが集まりとある猛獣を形作る。
現れたソレは———牙を剥き出しにする黒い虎だ。
しかも、見上げるような巨体を有しており、自分はそんな化け物を遙か下から見上げている。
巨大な猛虎を前にした自分は、まさに子猫程度の存在にしか見えなくなってしまったのだ。
そして、背を向け悠然と歩く猛虎は、その首を動かし背中越しにこちらへと振り向こうとする。やがて、殺意に満ちた青黒い瞳を見た瞬間、
「……ひっ」
か細い悲鳴が彼女の口から漏れ出て、気づけば回り右して駆け出していた。
「…………………」
「あれ?紫藤さん、どうしたんですか?何かありましたか?」
「………いや別に」
ツインテールを靡かせながら脱兎の如く逃げ去った少女の背中を迅は背中越しに見ていたが、すぐにつまらなそうに鼻を鳴らすと一夏にそう返しながら前に視線を向けた。
こちらを見ていた少女の存在に迅は気づいており、とりあえず強めの殺気を放って威嚇するとあっさりと逃げたので特に何かする気もなく、そのまま一夏と箒の会話に何食わぬ顔で参加した。
その後、迅から逃げた少女は気付けば総合事務受付の前にいた。全力で走ったからか両膝に手をつき荒い呼吸を繰り返す彼女を、受付の女性は不思議そうに見ている。
(な、何よあの人…あんなの、ヤバすぎるにも程があるじゃないっ⁉︎)
本能的に分かった。
アレは、あの男はヤバいと。根拠はない。だが、自分の勘が告げていた。アレに喧嘩を売るなと。
喧嘩を売った瞬間、為すすべなく自分は彼に、あの猛虎に食い殺されると悟ってしまったのだ。
とにかく、あの男には不用意には近づかないと誓いつつ、どうにか呼吸を落ち着かせた彼女はその後、手続きを済ませた。
「ええと、それじゃあ手続きは以上で終わりです。IS学園へようこそ、鳳鈴音さん」
愛想のいい…というか、若干怪しんでいるように見える事務員の言葉は彼女の意識には届かない。
少女ー鈴音はすでに1人目の……一夏のことを考えており、見るからに不機嫌ですとばかりに唇を尖らせている。
「織斑一夏って、何組ですか?」
「ああ、噂の子?一組よ。鳳さんは二組だから、お隣ね。そうそう、あの子一組のクラス代表になったんですって。やっぱり織斑先生の弟さんなだけはあるわね」
女性の噂の伝達速度はコミュニティ内ではそれこそSNSに匹敵するほどでもある。つい、先日決まったクラス代表の話も、すで学園中が知っている話だ。
噂好きは女性の性。ソレを体現する事務員の姿を冷ややかに見ながら、鈴音は質問を続けた。
「二組のクラス代表って、もう決まってますか?」
「ええ、決まってるわよ」
「名前は?」
「え?ええと……聞いてどうするの?」
彼女の態度に違和感を感じたのか、事務員は少し戸惑った様子で聞き返すと、鈴音はにっこりと笑顔を浮かべ答える。
「お願いをしようかと思って。代表、あたしに譲ってって———」
にっこりとした笑顔には、ばっちりと血管が浮かび上がっていた。
▼△▼△▼△
「というわけでっ!織斑くんクラス代表決定おめでとう!」
「「「「「おめでと〜!」」」」」
パン、パンパーンとクラッカーが乱射される音が響き、一夏の頭に紙テープが乱雑に乗っかる。一夏を囲む生徒達は各々がジュースを手に持ちやいのやいのと盛り上がっていた。
時間は夕食後の自由時間。場所は寮の食堂。そこに一年一組の生徒達が全員揃っていたのだ。
一夏がチラリと壁を見れば、そこにはデカデカと『織斑一夏クラス代表就任パーティー』と書かれた紙がかけてある。
そう。この集まりは、一夏のクラス代表を祝っての就任パーティーなのだ。
「いやー、これでクラス対抗戦も盛り上がるねぇ」
「ほんとほんと」
「ラッキーだったよねー。同じクラスになれて」
「ほんとほんと」
一組の生徒の言葉に相槌を打っているのは二組の生徒なのだが、誰もそんなの気にはしない。だって、既に集まっている人数は三十名を超えており、部外者が混じっているのは明白だったからだ。
「嬉しそうだな、一夏」
「……本当にそう思うか?」
「そう見えるが?」
「そんなわけあるか」
若干皮肉っぽく言った箒に一夏がそう返した。
男子が女子にチヤホヤされてるのは今の時代ではそうそう見れない。かといって、嬉しいわけではなく一夏としては未だパンダ気分も抜けないのだ。
「…………」
そんなふうに軽口を叩き合う2人を集団の輪から外れ少し遠い、というか食堂の端の端で眺めているのは迅だ。
彼もこの集まりに不本意ながらも参加しており、かなり離れたところから二人を見守っていたのだ。
尚、一組の生徒はともかく、完全に初見である他クラスの生徒達は遠巻きに彼をチラチラと見ている。
その様はまさに恐ろしい猛獣を見ているようだった。何人かの勇気ある者達は彼に話しかけようとしたものの、彼に睨まれるか一組の生徒に必死で止められて誰一人として成功してはいない。
「はいはーい、新聞部でーす。話題の新入生、織斑一夏君に特別インタビューをしに来ました〜!」
そんな時、食堂に新たな珍客が乱入してきた。
人垣を抜け一夏達の前に出てきたのはボイスレコーダーを片手に持った眼鏡の女子だ。
いかにもジャーナリストみたいな見た目の少女はいきなり名乗る。
「あ、私は2年の黛薫子。よろしくね。新聞部副部長やってまーす。はいこれ名刺」
名刺を受け取った一夏は若干表情をひくつかせる。
彼女からかつて家に殺到してきたマスコミ達と似た何かを感じ取ったのだ。
そしてその予感は正しかった。
「ではではずばり織斑君!クラス代表になった感想を、どうぞ!」
本職のマスコミにも劣らない勢いでずずいっとボイスレコーダーを一夏に向け、無邪気な子供、悪く言えば餌に群がるハイエナのように瞳を輝かせていた。
一夏は彼女の気迫に若干引きながらも答える。
「まあ、なんというか、頑張りますとしか言えないですね」
「えー。もっといいコメントちょうだいよ〜。俺に触るとヤケドするぜ、とか!」
「自分、不器用ですから」
「うわ、前時代的!」
酷い言われように一夏はイラッとしたものの、ここでムキになると有る事無い事かかれそうなのでグッと堪える。だが、ジャーナリストのタチの悪さは彼の予想を超える。
「じゃあまあ、適当に捏造しておくからいいとして」
マスゴミここに極まれり。
ジャーナリストの闇を垣間見た気がする。こうして情報発信者の独断と偏見によって叫んでのイメージが操作されるのかと一夏は内心でため息をついた。
「ああ、セシリアちゃんもコメントちょうだい」
「わたくし、こう言ったコメントはあまり好きではありませんが、仕方がないですね」
とごちゃごちゃ言いながらも満更ではない様子のセシリア。代表候補生だからこそこう言った経験もあるのだろう。手慣れた様子で対応して、用意していたであろうコメントを並べる。
「コホン。ではまず、どうしてわたくしがクラス代表を辞退したかというと———」
「ああ、長そうだからいいや。写真だけちょうだい」
「さ、最後まで聞きなさい!」
「いいよ、適当に捏造しておくから。よし、織斑君に惚れたからってことにしよう」
「なっ、そ、それは……」
顔を赤くしながら困惑するセシリア。その様子をちょっと疑問に思った一夏だったが、次の瞬間にはギョッとした驚愕の表情へと変わる。
ソレはなぜか、
「ではでは最後に〜〜、あ、いたいた」
彼女が迅の元へと向かったからだ。
キョロキョロと食堂を見渡して隅にいる迅の存在を確認するや否や、人混みをササッと抜けて彼の元へと向かっていったのだ。
「それじゃあ紫藤さん!二人目の男性操縦者として色々と聞きたいことはありますけど、まずは織斑君がクラス代表になったことに対してコメントを!」
隅の席に頬杖をついて一夏達を見ていた迅に近づいた彼女は、ずずいっとボイスレコーダーを向けながらインタビューをする黛。
彼女の表情は他の女生徒達のような恐怖やためらいなどは無く純粋な好奇心に満ちていた。
側から見ればなんで命知らずなことをしてるんだと思うだろう。現に一年一組の生徒達は揃って目を見開いてこれでもかと驚愕している。
無論、彼女とて彼が他の女生徒達に対してどのような対応をとっているのかを知っている。だが、それでも特ダネを前にして食いつかないマスコミなどいない。
ジャーナリスト志望の彼女にとって世界で二人目の男性IS操縦者である彼もまた特大スクープの一つなのだから。危険性と情報の価値を天秤に計り、情報の価値を取ったのだ。
だが、今彼女が食いつこうとしているのは決して大人しい小動物などではない。殺意を振り撒く凶暴な猛獣だ。
ソレをすぐに彼女は思い知ることになる。
「………………」
「あ、あれ?えーと、あの、紫藤さん?」
マイクを突き出しても迅は無言のまま。目を合わせてはいるが、その瞳は絶対零度の如く冷たく、鋭く細められている。
黛は何も答えてくれない彼に困惑している。対し、迅は困惑する彼女を数秒見た後、唐突に目線を逸らすと露骨に舌打ちをすると食堂に来てようやく口を開いた。
「……チッ、目障りだ。失せろ、マスゴミ」
その口から発せられた言葉は容赦のない罵倒。
今の世界で初対面の女子に対して使わないような言葉に2組の生徒達は凍りついたように硬直し、1組の生徒達が冷や汗をかき始める。
嫌な静寂が食堂に広がる中、罵倒された黛はというと、
「あ、あはは、そんなこと言わずにどうか一言だけでもくださいよ〜〜」
あろうことか、苦笑いを浮かべインタビューを再度促したのだ。これには固唾を飲んで見守っていた生徒達が揃って勇者を見るような眼差しを彼女に向ける。
一度の罵倒で怯まないあたり、彼女にはマスコミとしての素質があるのかもしれない。
だが、そんなこと迅にはどうでもいい話だ。
「………お前に話すことなんざ一つもねぇ。とっとと失せろ」
「そ、そこをなんとか…」
「いい加減にしろ。それ以上言うならお前……本気で潰すぞ」
苛立ちのままにそう宣告し、『黒鉄』の待機形態である金属質のグローブを嵌めた左手をゴキリと鳴らしながら立ちあがろうとする。
「「「「「「すみませんでしたぁぁぁぁぁっっ!!!!」」」」」」
ソレを見た瞬間の一年一組の生徒達の連携は素晴らしかった。
謝罪をしながら瞬く間に黛を取り囲み、両サイドから腕を抱えて強引に引き剥がしたのだ。ついでにボイスレコーダーも取り上げる。
更には迅の元に再び行かないように椅子に座らせ、周囲を人垣のように取り囲み瞬く間に包囲網を構築したのだ。
息もつかせない連携技に二組の生徒達はポカンとしている。
「えっ、ちょっ、何っ!?彼へのインタビューがまだっー」
「あなたバカなんですのっ!?あそこまで言われてどうして引き下がらないんですかっ!?」
「紫藤さんっ!この人にはよーく言っておくんでどうか抑えてくださいっ!!」
「ごめんなさいっ!ほんっとうにごめんなさいっ!!」
インタビューを遮られ抗議の声を上げる黛にセシリアが必死の形相で叱る。彼女は彼を煽って殺されかけたことがあるので、第二の被害者を出さないようにとにかく必死だった。
そして、一夏と箒は迅の前に立ってワタワタとしながら必死に彼を落ち着かせようとしている。他の一組の生徒達も口々に謝罪をしたり、黛を叱ったりしている。
てんやわんやの大騒ぎな様子に、二組の生徒達は未だにポカンとしており、迅は毒気が抜かれたかのように露骨なため息をつくと一夏と箒に呆れた表情を浮かべる。
「………はぁ、大袈裟すぎるだろお前ら」
「ほ、ほんとですか?IS出して暴れたりしません?」
「少し脅かそうとしただけだ。そこまでことを荒立てる気はねぇよ」
「そ、それならいいんですけど……」
とりあえず迅を鎮静化することができ胸を撫で下ろす一夏と箒。その様子に露骨すぎるだろと再び呆れつつゆっくりと立ち上がった。
「………まぁいい。とにかく顔出しは済んだ。俺はそろそろ帰らせてもらうぞ」
「あ、お、お疲れ様です」
「別に何もしてねぇよ。それはそうと、おいそこのマスゴミ」
「え、あ、はい。何ですか?」
突然声をかけられた黛に迅は鋭い眼差しを向け睨みながら告げた。
「俺をお前らの娯楽に巻き込むんじゃねぇ。次、巻き込もうとしたらその時は潰す。分かったな?」
「は、はいぃぃっ!!」
スッと左手を彼女に見えるようにあげながら目を細め告げた迅に、黛は背筋をピッと伸ばし、冷や汗を流しながら何度も頷く。
迅の様子からして本気で苛立っているのだと分かったからだ。ソレを確認した迅は、彼女から視線を離すと足早に食堂から立ち去った。
▼△▼△▼△
食堂から出た迅は寮をも出て暗い夜道をザッザッと踏み鳴らしながら歩いていた。
すでに夜も八時は過ぎているため、出歩いている者はおらず迅の足音だけが静かに響いていた。
「………………」
歩く彼の表情はどういうわけか酷く真剣なものだった。何か気になる事について深く考えているようなそんな雰囲気を漂わせていたのだ。
そんな時だ。後ろから声をかける者がいた。
「……紫藤?」
「……あんたか」
「こんな時間にどうしたんだ。散歩か?」
「そんなところだ。織斑の就任パーティーを途中で抜けてきた」
「……ああ、そういえば、そんなことをやると言っていたな」
声をかけたのは千冬だ。
千冬は生徒達が今日食堂で一夏のクラス代表就任パーティーを開くことを知っていた。というより、許可を出したのが千冬本人なので当然知ってるに決まっている。
なので、迅が途中で抜けてきたのも顔出しをするだけでだったのだろうと簡単に推測できた。
その時千冬は気づいた。
(………?落ち着いている?)
迅が心なしか落ち着いているのに。
普段の猛獣の如き殺気は鳴りを顰め、どことなく静謐な森の如き落ち着きを感じたのだ。
彼の変化に訝しむ千冬に、迅は振り向くと静かな声音で彼女に尋ねた。
「………なぁ、あんたに聞きたいことがある」
「なんだ?」
千冬は彼の方から尋ねてくるのを珍しいなと思いつつも素直に耳を傾け待った。
「…………アイツは、お前の弟は、どうしてあそこまで純粋でいられるんだ?」
「………」
質問の内容は千冬の弟ー一夏のことについてだった。迅はそう問うとチラリと視線を向ける。千冬もつられてそちらを振り向けば、その先にあるのは寮だ。その一階部分、灯りが付いているフロアを彼は見ていた。
千冬は寮の構造からすぐにそこが今も一夏の就任パーティーが行われているであろう食堂だと気づいた。
「………理不尽を知ったはずだ。未来を踏み躙られたはずだ。なのに、どうしてアイツはあそこまで真っ直ぐであれる?どうしてアイツは………あそこまで、心を強く保てる?」
「………紫藤」
どこか羨むような、あるいは心底理解できないというふうに続けた迅に千冬は思わず瞠目してしまう。
迅は千冬へと視線を戻すと悲痛な表情を浮かべる。
「………いくら考えてもわからねぇ。なんでだ。なんで、アイツは歪まないんだよ。どうしてアイツは……あそこまで……なぁ、姉のあんたなら何か知ってるんじゃねぇのか?」
「……………それは」
どこか縋るような問いかけに千冬は言い淀んでしまう。迅がそんなことを考えていたとは全く思ってなかったからこその動揺があり、それだけでなく迅の言う一夏の強さの源泉。その一つが……
(……一夏が、成長しているのは……お前のおかげなんだぞ)
迅の存在だということを。
千冬から見てもIS学園に入学し今日までの一夏の精神的な成長は感じていた。それは、クラス代表の時もそうだし、その後のセシリアとの話し合いでも垣間見た。
そして、その場にいたからこそ一夏が迅の力になりたいが為に強くなろうとしているのを知っている。
その大元を辿ればその『覚悟』の源泉には迅の優しさがあることも千冬は理解していた。
彼がいたから。彼が一夏と親しくしてくれていたから、一夏は成長しているのだ。
(とはいえ、私が、ソレを言っても今はまだ信じてくれないだろう)
一夏が強いのはお前のおかげだと言いたかった。
だが、期待を裏切ってばかりの今の自分の言葉では彼の心には届かないだろう。ありえないと一蹴されてしまうのは明らかだ。
だからこそ、今は言い出したい気持ちを堪えて千冬は彼が納得するであろう答えを示す。
「私としては、アイツはまだまだ未熟な子供だ。だが、お前がアイツから何かを感じたのなら、きっと何かあるのは確かなのだろう。でも、そうだな、私から言えることがあるとすれば……」
「それは?」
「目標を持つことかもしれないな。一夏に限らず人は何かしらの目的を持つことが多い。いいや、目的があるから人は成長するのだと私は思っている」
今の一夏には『迅の力になりたい』という目標がある。何かしらの目標を持つことでその目標の為に成すべきことを自分で考え、行動することでその人は成長するのだ。
そう自分の考えを千冬は伝えた。
「…‥目標……そうか、目標か。ああ、確かにそうかもな。ということは、今のアイツには何かしらの目標があるってわけか」
「そうなるな。納得のいく答えになっていればいいのだが……」
「完全に解消したわけではないが、ある程度は解消した。俺はもう行く」
「ああ。夜道には気をつけろよ」
「
千冬の気遣いにぶっきらぼうに返した迅は彼女に背を向けて寮へ戻ろうとした。そんな彼の背を千冬が呼び止める。
「し、紫藤!」
「あ?なんだよ、なんか話でもあんのか?」
若干訝しみながら顔だけむけてくる迅に千冬は、少しの躊躇いの後意を決したような面持ちで言葉を投げかける。
「何かあれば私に相談してくれ。必ずお前の力になる」
「……いきなりなんだ?」
「何があってもお前の味方でいるつもりだ。ソレを覚えておいて欲しい」
「………………」
世の女性が聞けばハンカチを噛んで悔しがるだろう言葉だったが、迅は眉を顰めただけですぐに視線を戻すと何も言わずにそのままその場を後にした。
残された千冬は、立ち去る迅の背中をしばし見つめると、祈るように小さく呟いた。
「………いつか、お前が心の底から笑える日がきて欲しいものだな」
そんな彼の平穏を願う千冬の呟きは、夜闇の中に誰の耳にも届かずに消えていった。