廃人の義姉を名乗る戦闘狂 作:6Vワナイダー
閑話。四天王たちがわちゃわちゃする話。
「……以上が彼のセルクルジムでのバトルの様子です」
チリが珍しく硬い口調でそう締め括ると、プロジェクターの映像は遮断され、薄暗さが支配していた会議室に照度が取り戻される。されど、室内の重苦しい空気だけはこびりついたように残り続けている。
「チリちゃん、このおにーちゃん いったいどーするんですの?」
「正直、小生でも勝てるかどうか……と言うかなぜカエデさんは手持ち6匹揃えて、道具まできっちり持たせてるんです!?」
「皆さんは良いじゃないですか。自分はジムリーダーも兼任なので、二度も相手しなきゃいけないんですよ?」
「……アオキ、兼任している事に何か不満が?」
「……………いえ、特には」
「チリちゃん、いったいどーするんですの?」
「せやから違うて………違う言うてるやろ!」
どうしてこうなった。
チリの心中にはそれしかなかった。全ての事の発端はあの面接に遡る。
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あの日、かの少年がポケモンリーグに訪れる前から、その名はトップのオモダカから小耳に挟んでいた。
チャンピオンランクのネモの義弟を騙り、意識の無いネモをどこかへ連れ去る姿が頻繁に目撃され、女性教諭を片っ端から口説いているだとか、スター団の構成員たちを土下座させていたり、かと思えばスター団の構成員であるという噂もあり、ネモに近づく生徒を威圧して泣かせているだの何だの……彼に纏わる悪評は枚挙にいとまがない。しかも、編入して1ヶ月やそこらでこの有様である。
おもろそうな奴やん……チリの中ではその程度の認識だった。
そもそも、根も葉も無い噂を彼の人物像として語るのは褒められた事ではないし、実際に会って話したわけでもない相手をとやかく言う趣味を、チリは持ち合わせていなかった。
とはいえ、気になると言えば気になるのも事実。仮にネモの義弟であるのが事実であれば、ことポケモンバトルにおいてはズブの素人などという事はあり得ない。
一端のアカデミー生であるなら、そのうちジムにも挑むだろうから、その時にでもお手並みや人となりを拝見させてもらおう……と、考えていた。
ところがどうした、この少年……ジムにもよらず、いきなりチャンピオンテストを受けに来たではないか。
(一体何を考えとるんやコイツは……?)
これには流石のチリも面食らう。血が繋がっていない事だけは確かなのか、お世辞にもネモと似ているとは言いがたい少年の顔を、チリは怪訝そうな表情で窺う。
チリはチャンピオンテスト一次試験の面接官を任されている。堅苦しい役回りなど彼女の得意とする所ではないのだが、ポピーでは受験生にナメられる、アオキでは彼の負担がとんでもない事になる、ハッサクでは情に訴えかけてきた受験生を全員合格にしてしまう……という消去法により、面接官が務まる四天王はチリしかいないという結論に至ったのだ。
標準語で淡々と質問を繰り返すのは彼女の性に合わないが、チャンピオンを志す十人十色の挑戦者たちと言葉を交わすのは嫌いではなかった。
そういう事情もあり、チリはそれなりの数の受験者たちを見ているのだが、9割方の受験生は顔を
だと言うのに、この少年は澄ました顔でチリの事をまっすぐに見てくる。余りにも堂々としているので、既にバッジを全部集めているのか……?という仮説が浮かび上がり、彼のパーソナルデータが入力されたモニターを確認する。
(……どう見てもバッジ0個って書いとるよな?これ……)
彼女の中で否定しかけていた少年の悪評が、少しではあるが信憑性を帯びてしまった。
(こいつ、チャンピオンランクの身内やからって、裏口合格狙っとるんか……?)
まともな頭をしていたら、バッジを一つも集めなくともチャンピオンになれるなどと言う、おめでたい発想には至らないはずだ。
「ジムバッジを集めずにチャンピオンテストを受けに来た人はあなたが初めてですね……いやはや、常識にとらわれないと言えば良いのでしょうか」
猜疑心をなるべく表に出さないよう、努めて笑顔でそう告げるチリだったが、少年は悪びれる様子もなく軽薄な笑みを浮かべた。
「あー……やはりジムバッジを集めてから来るべきだったでしょうか?」
彼の口ぶりからして、チャンピオンになる為にジムバッジを集めるのは至極当然の事であるという認識はあるようだ。その自覚を持ちながら手ぶらでノコノコとやって来たこの少年は、一体何だと言うのだ。
どうしても勝てないジムリーダーが居たと言い、バッジ7個で面接を受けに来る者もいる。ポケモンリーグに挑んで良い域に達していない者らを
(それをなんや……0個やと?自分、ポケモンリーグをなめとるんか?)
普段は温厚な彼女に、苛立ちが募る。
「……ジムバッジの取得数は受験生の実力を測る上で、これ以上になく分かりやすい指標になります。8つ全て集めていただけると何も言う事は無いのですが……」
チャンピオンランクの義弟だかなんだか知らないが、実力の伴わない人間にチャンピオンランクの資格をくれてやれるほど、ポケモンリーグは落ちぶれていない……それなりのプライドを持って四天王を努めているチリからして、ポケモンリーグが縁故主義に侵食されるのは、到底許容できるものではなかった。
「そうですよね……では近日中にバッジは集めておきますね」
少年は澄ました顔で、にべにもなくそんな事を宣う。冷静沈着としているように見えて、意外と熱血的な側面のあるチリは、すっかり頭に血が上ってしまっていた。
(なんや自分……ジムリーダーまで舐め腐っとるんか?チャンピオンランクの弟やで〜言うとけばバッジ貰える思うとるやろ)
怒り心頭に発した彼女は、適当な質問をして面接テストを打ち切った。ジムリーダーを侮るなとだけ忠告をして彼を退室させる。
アカデミー生であるならば、最も近くにあるセルクルジムにまず赴くはずだ……そう思ったチリはセルクルジムのジムリーダー・カエデに連絡を取る。
彼女の人間性を疑うわけでは無いが、カエデはどこか抜けた部分がある。
『あらあら〜ネモさんの義弟さんなんですね!』
と、ホイホイとバッジを渡してしまいそうな雰囲気が全くないわけではない。釘を刺すつもりで「彼が来てもジムテストは手を抜くな」と伝えた所、
『あらあら〜、わたしが出せる限りの全力を出せば良いのかしら〜?たまには甘くないのもやっておかないと、良くないものね!』
と返ってきた。
(なんや、カエデさん……普段のジムテストはゆるーい感じでやっとるんか?視察に行ったトップはよく『カエデさんは子ども達に優しくしすぎる』って言うとるけども……)
カエデさんの言う所の真意がよく分からないチリだったが、手抜きテストにはしないでくれと念を押す。
(まあ……なんや、真面目にテスト受けへん事にはバッジを手にする事はできひんで?苦労もせんと自分の思い通りになると思っとったんなら、これも社会勉強やで少年)
雰囲気作りの黒縁眼鏡を外し、チリはシニカルな笑みを浮かべる。
世の中をわかっとらんクソガキを、正しい道に導いてやったで!……と、この時の彼女はご満悦だったのだ。
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「こんなエグいパーティでテストしろなんて言うてませんて!ただ手を抜かんでくださいねって言うただけですって!ほんまに!」
「どうせチリちゃん またよけいなことを いったんですの。おもろいやつくるから あそんだってや!って。きっと」
「言うかアホ!しばき回されたいんか自分!?」
「落ち着いてください。ポピーもそれ以上煽らない。……ですがチリ、実際のところ語弊や齟齬があったのではないですか?バッジを一つも持っていない者に対して、カエデさんがあんなテストを実施しただなんて、私は未だに信じられないのですが……」
「ううっ……」
いつも飄々としているチリがオモダカの詰問に言葉を詰まらせると、またしても会議室は静まり返り、起きている事の異常さがより浮き彫りになる。
「い、いけすかん少年やなー……って思うてたんは事実ですけど、カエデさんにここまでかましたれなんて言うたつもりはイッコもないですって!」
「……はあ。であるならば、手遅れになる前にこちら側の手違いとして処理してしまった方が良いのでは?幸か不幸か、少年はカエデさんの本気に勝ってしまったので、セルクルのバッジは獲得できています。彼は既にボウルタウンへ向かっているようなので、コルサさんには普通のジムテストをしていただき、少年にはリーグ側の不備でセルクルのジムテストが異常な難易度となってしまった事を説明し、謝罪をすれば事態の収拾はつくかと」
さっさと会議を終わらせたいという感情を一切隠さないアオキが気怠そうに提言するが、なかなかどうして正鵠を射ていた。
「あ、アオキさんえらいマトモな事言うやないですか!そうと決まればここで油売っとる場合とちゃうんで、今すぐボウルタウンに向かいますわ!」
柄にもなく慌てふためくチリが会議室を飛び出ると、残された面々は安堵の胸を撫で下ろす。
「私が不確かな情報をチリに渡してしまった事にも一端の責任はあります。皆さんも受験生への対応に際しては、本件を留意すると共に再発防止に努めましょう。以上で会議を終わります。各自職務にお戻りください」
オモダカが会議を総括し、誰からともなく会議室を後にしていく中、いつもなら真っ先に出ていくアオキだけが会議室に残っていた。
「……出て行かないのですか?」
「まあ……そうですね。少しやりたい事が」
「はぁ……先に失礼するので、帰る際には鍵を掛けておいてください」
プロジェクターに繋がったパソコンを睨めつつ生返事を返すアオキに辟易しつつ、オモダカは会議室を後にした。
(さて……根も葉もない噂たちが可愛く見えてしまう程、とんでもない生徒だったようですね。私ですら本気を引き出せなかったチャンピオン・ネモ……彼女は一体、彼の何を知っているのでしょうか?また、彼は一体、彼女の何だと言うのでしょうか?)
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「あ……あぁ………」
まるで喉を締め付けられているかのような錯覚だった。その証拠に、絞り出したような声がチリの意思に反して出てくるのだ。
チリがボウルタウンに駆けつけた時には、少年のジムテストは既に行われていた。通達通りにコルサの手持ちはLv16相当のポケモン3匹で構成されていた。
だが、少年の方は違った。
まるで前回のセルクルジムで受けた仕打ちの意趣返しとでも言わんばかりに、Lv65を超えたファイアローを繰り出す。そして、コルサが繰り出したチュリネを見るや否や、その顔に隠しきれぬ不快感を浮かべた。
そこからは一方的な蹂躙劇だった。彼はただフレアドライブを指示するだけで、機械的にコルサのポケモンを戦闘不能に追い込んで行く。
バトルが終わるのに5分もかからなかった。
バッジを受け取る少年はコルサと何やら言葉を交わしているようだが、遠くから見ているだけのチリには内容まで聞きとれない。
チリは戦慄に身を固め、少年の感情を読み取ろうと食い入るように見つめているのが災いして、彼と目が合ってしまった。
「っ!?」
まさに蛇に睨まれた蛙。冷笑を浮かべつつ、一歩、また一歩と少年が近づいて来るのに、チリは微動だにせず背筋に汗を浮かべる事しか出来なかった。
「チリ面接官じゃないですか。
セルクルジムでの始終は、お前の差金だろう?……既に少年にそう看破されている事を悟ってしまったチリの胸中を、絶望と言う名の感情が支配し始める。
「な、なはは……こないな場所で面接官は恥ずかしいねんな。気安くチリちゃんとでも呼んでや」
チリはあくまで友好的に振る舞いたいという意志を見せる。そんな彼女の態度に、少年はスッと目を細める。
「……そうですか。ではお言葉に甘えますね」
いけしゃあしゃあと態度を軟化させる彼女が滑稽に映っていたのだろうか。少年も嘲るように口角を上げる。
「丁度、チリちゃんに聞きたい事がありまして……なぜ、急にジムの難易度を下げたんですか?」
落ち着け。言葉を間違えてはいけない。声が震えそうになるのを必死に抑えつつ、チリは真っ白になった頭の中から言葉を紡ぎ出す。
「そ、それについて説明しに来た所や……実はな?先日、自分がカエデさんの本気と戦う事になってしもうたんはチリちゃんの手違いやった事を伝えにきたんや。ほんまに堪忍な」
「謝る必要はないです。カエデさんとのバトルは大変有意義でしたので。貴重な経験をさせていただいた事に感謝したいくらいです」
見え透いた皮肉だった。他の受験生には絶対に投げないだろう高レベルのポケモンを何の予告もなく投げられ、それらより低いレベルのポケモンでこの少年は戦わされているのだ。今後の人生を左右するチャンピオンテストが掛かっているのに、そう簡単に水に流せる話ではないはずだ。
彼の肩の上で羽を休めているファイアローが全てを物語っている。いじっぱりな性格が滲み出る鋭い眼光が、トレーナーの意向を代弁しているかのようだった。
先にやったのはそっちだぞ?と……
「いや……もう今後はこんな事起きんよう気をつけるさかい、今回みたいな普通のジムテストを受けて……」
「チリちゃん、それは困りますね」
「っ!?」
チリの脈拍が大きく乱れる。ついに彼の本性が鎌首をもたげたのだ。
「前回のセルクルジムでは心からバトルを楽しむ事ができたんですよ?それを今更取り上げようだなんて……酷いじゃないですか」
今更ムシの良い事言ってんじゃねぇぞ……少年の無邪気な懇願が、チリには悪魔の最後通牒にしか聞こえなかった。
「い、いや……な?他の受験者も不審に思うやろし、何よりチリちゃんにそんな勝手な事やれる権限ないんよ……だから……」
「チリちゃん、これは……」
少年は絡みつく毒蛇のようにチリへと身を寄せると、耳元で小さくも明瞭な声で囁きかける。
「——貴女が始めた物語でしょう」
徐々に彼女を侵食していた絶望が、堰を切ったように一気に彼女を染め上げた。
底冷えするような恐怖が足の先から頭の先
へと、全身を舐め回すように伝っていく。
体の震えが止まらない。
大人になってからは無縁だった涙が滲んでくる。
それなのに。
絶対的上位者に支配される絶望感の中に、相反する感情が生まれていた。
(何やこれ……体の芯が……熱くなって……)
相変わらず体の震えは止まらない。涙も頬を伝っている。情け無くガチガチと歯を鳴らしている。
それなのに。
吐き出される吐息だけは熱を帯びているのだ。
(どうなってしもうたんや……私……おかしいやろ、こんなん……)
チリの元を去り行く少年の背中を……畏怖の対象であるはずの背中を追いかけるその瞳には、なぜか慕情の色が浮かんでいた。
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アオキは再三に渡って見直していた動画を一時停止すると、気になった箇所へとシークバーをドラッグする。
「まず最初に、当たり前のようにステルスロックを指示していますが……改めて考えてみると、この初動は地味ながらも試合全体に大きく作用していますね」
ステルスロックはそこまでメジャーな技ではない。使ったそのターンには相手に一切ダメージを与えられず、相手がポケモンを交代させた時のみ効果を発揮する。その性質故に、かなり地味な技だという認識を、アオキはそれまで持っていた。
「しかし、それは自分たちのポケモンバトルは頻繁にポケモンを入れ替えるようなものではなかったからに他ならない。彼のようにコロコロとポケモンを変えるようなトレーナーが相手なら、その効果は絶大です」
アオキは宝食堂のおにぎりを貪りつつ、バトルの考察を続ける。
「また、ステルスロックがタイプ相性の影響を受けるとは……まさに目から鱗。むし/ほのおのウルガモスは場に出ただけでHPを半分も持っていかれると言う事です。これを見越してカエデさんはあつぞこブーツを……?ぽわぽわとした方だと思ってましたが、なかなかどうして底が見えませんね」
カエデは「なんかこれウルガモスちゃんに履かせたら可愛い!」程度の気まぐれで履かせたのであって、大して深い考えがあったわけではないのだが、アオキには知る由もない。
「それにしても、この交代の多さは一体何なのでしょう……?それに付き合うように、カエデさんも交代をさせるようになっていますし」
アオキのみならず、一般的にトレーナーたちの間では途中交代は1ターンを無駄にするという認識が強い。それを何度も繰り返す少年は余りに異質だった。
「特にこのフォレトス対面……ボルトチェンジでロトムを引っ込め、ドオーを出す。その後ドオーには何もさせず、すぐにロトムに交代……単純に考えて、彼は2ターンをドブに捨てている……いや……これは……!ロトムの苦手ないわ技を嫌ってボルトチェンジで攻撃しつつドオーにバック。そして、ドオーにいわ技は飛んでこないからまたロトムを出す……そういう事ですね?ですが、なぜロトムのほのお技でフォレトスを倒さないのでしょう……っ!そうか!フォレトスは『がんじょう』のとくせいを持つ!『がんじょう』で耐えられ、いわ技でロトムを倒されるのを彼は回避しようとしているのか!そうだとすると、ボルトチェンジで『がんじょう』を潰しつつ、いわ技をドオーで受けると言う動きはこれ以上になく合理的だ。だが、どうしても分からないのが、ここでマスカーニャを……」
気づけば、おにぎりを貪る彼の手は止まっていた。
サービス残業を蛇蝎の如く嫌うアオキだが、彼は時を忘れてブルーライトに照らされ続けていたのだった。
オモダカさんから漂う無能上司感すき
アンケートありがとう、みんなの性癖はよく分かった
もっと丸裸にしてやりたいのでもっと「ここすき」して♡
細かいバトル描写需要ある?
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いる
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いらない
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そんな事よりおねを供給しろ
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もっとネモネモしろ