衝撃の事実に気づいてしまった私、スペシャルウィーク(12歳。来月誕生日)はSAN値チェック。
1d100でどうぞ。……カラコロカラコロ……いや脳内ダイスを振るにはまだ早い。
思い違いの可能性もある。奇跡的な確率でそう誤認しただけかもしれない。
このトレセン学園に通う――職員を含めれば軽く2500人を超える人々が全員転生者だなんて。
「……そっちの方が、ありえない」
はず、だよね。たぶん。
たづなさんやルドルフ会長は――ダメだ、すれ違っただけに等しい接点ではわからない。
私自身が転生者ということでリーチがかかる……のか? いやそれもどうなんだ。
なにかを判断するにしても情報が不足し過ぎている。焦っても無意味か……
今は予定の消化につとめよう。
入学案内にはこの後寮で新入生の歓迎会が開かれると書いてある。
18時に食堂集合……あまり時間が無いな、早く自室となる部屋に行って着替えなきゃ。
トレセン学園本校舎とは道路を挟んで向かい側にある学園寮に足を踏み入れる。
歓迎会の時間が差し迫ってるせいかまばらな人影にぎこちなく挨拶をしながら書類に書かれた自室へ向かった。ええと、この部屋だな。うん、番号に間違いはない。
さて、緊張の一瞬だ。私の相部屋になるのは誰だろう。
ノックをするとすぐに「どうぞ」と返事が来る。
ん? この声って……
「あれ、キングちゃん?」
よろしくお願いします、と用意していた言葉は予想外の顔を見て吹っ飛んでしまった。
「ずいぶん遅かったわねスペシャルウィークさん」
「あ、うん。ちょっと考えることができちゃってね……キングちゃんが相部屋なんだ」
今日できたばかりの友達。
ほぼ確定で転生者の馬としてもウマ娘としても同期のキングヘイロー。
何故転生者確定かと言えば。
「よかった……! 荷物の名前でスペシャルウィークさんだとわかってほっとしていたけど実際に姿を見るまで同姓同名の別人の可能性も捨てきれなかった……! この期に及んで知らない人が相部屋だったら耐えきれなかったわ……いえ、仮にそうだったとしても潰れる理由にはならない。私はキング……! 一流になるウマ娘なんですもの……! ああでも友達でよかった……!」
……とまあ気づかれないと思ってるらしく小声でメンタル弱いとこ出ちゃうあたり原作のキングヘイローとはまるで違うよね。って。
うんあのねキングちゃん。流石に室内で向かい合ってる時にそれで気づかないってのは無理があると思うんだ。気の毒だから言わないけどさ。
「よかったです友達が相部屋で。初めて尽くしだから緊張しちゃって」
「ッ! そ、そうね、多少でも気心が知れてる分やりやすいのはあるわ」
聞こえなかった体で話を進めながら生じた疑問を考える。
――どういうことだ? 予定外の私はさておき、キングヘイローの相部屋はハルウララだったと記憶している。原作ルートを外れてスペシャルウィークが入学したことでズレが生じた? いや待て、たしかハルウララは……そうだ、ハルウララは原作ルートの私と同じ中途編入。私がルートを外れたからと言って向こうも同じとは限らない。丁度空いた隙間に私が入り込んだ形になるのか。
「贅沢なことを言っちゃうけど、先輩と相部屋になれなかったのは惜しくもありますね」
「あらどうして?」
「先に進んでる人から学べることって多いですし、身近になればなおさらかなって」
「なるほど、そういう考え方もあるのね……特にデビュー済みの上級生なら……」
適当な会話にも感銘を受けたらしくキングちゃんは真面目に考え込む。
妙に弱気なとこあるけど強さに貪欲なとこはキングヘイローっぽいなぁ。
「あ、それよりスペシャルウィークさん、急がないともう歓迎会よ?」
「え? あ、あと10分!? あわわ服入れたのどの箱だっけ……!」
「仕方ないわね私の服を――サイズが合わないか。慌てないでとりあえず全部開けて!」
などとドタバタする一幕もあったがギリギリ歓迎会には間に合った。
なお、夕食は特別メニューということでバイキングスタイルであり、ちょっと前にやった晩御飯のメニュートトカルチョはグラスちゃんの総取りとなった。何も賭けてないけどね。
消灯時間にツルちゃんが風邪拗らせて緊急搬送されたこと以外平和な夜だった。
……大丈夫だよね? ギャグオチで済む程度だよね……?
知らない天井だ。
一度はやっておきたいネタではあったがお泊り経験ゼロの私だとガチモンになるなこれ。
んー。5時かぁ。牛の世話しなくてもいいとわかっていても体に染みついちゃってる。
今頃お母ちゃん一人で牛の世話してるのかなぁ。さんざん話し合ってからこっち来たけどやっぱ心配だな……お母ちゃんまだ若いけど風邪とか腰ヤるとかどうしようもないことあるし。
何年前だったか、お母ちゃんが初めて腰ヤった時はマジで動けない!? って流石にパニック起こしてたもんな……泣きながら数十キロ先のお隣さんとこまで助け呼びに走ったのが懐かしい。お隣さんが幸いにも元ばんえいレースの選手で腰ヤった時の対処とか詳しくて軽トラでスムーズに病院まで連れてってくれた上しばらく面倒見てくれたから助かったけど。
うん。たまに帰った時はしっかり手伝おう。
まだキングちゃんが寝ているので起こさないようこっそり上着を羽織って部屋を出る。
洗面所に向かうと流石エリートアスリート養成校、もう起きてる人がちらほらいて幾人かと挨拶をした。たぶん先輩かな?
顔を洗い歯を磨きながらすれ違った人たちの顔を思い出す。
知ってる顔はいなかった。昨夜の食堂みたいに集合してるわけじゃないからかな。
昨晩の新入生歓迎会はクラスの人数など比にならないほどウマ娘が集っていた。当然中には原作で見知った顔も多く上級生ではバンブーメモリーやオグリキャップ、ビワハヤヒデなどそうそうたる名バもいて――オグリさんの抱えてた大人のお子様ランチチョモランマ盛りが一番印象に残ってるのだが――いやほんとなんだあれ。一人でお盆じゃなくテーブル一つ持ってたよな? 私含め二度見三度見しなかった新入生はいなかったぞ。笠松トレセン学園の食堂を営業停止に追い込んだという伝説に偽りはなかったのか。
まあ突っ込み切れないのは置いといて、新入生もクラスメイト以外で知ってる顔がいっぱいいたんだよね。例えば鉄の女として有名なイクノディクタス見かけたけどハンバーガーが食べる端からこぼれてた。キャラを守るためにそこまですんのかと一瞬思ったがウマ娘の優れた聴覚は本気で呟かれた「何故……」という悲哀の声を聞き逃さなかった。マジでハンバーガー食べるの下手なんだイクノさん。転生者かどうかわからんけど難儀だなとこっそり合掌。最終的にイクノさんはナイフとフォークでハンバーガーを分解して食べてた。
ほかにもオペラオーやドトウ、マンハッタンカフェ――この辺までくると新入生か上級生かちょっとわからないけど、まあ大勢いた。メイショウドトウとかあの体で去年まで小学生はなかろう。
視界から人影が消えたのを確認し考えを整理するために声に出す。
「寮長がフジキセキじゃないのがびっくりしたな」
初顔合わせということで栗東寮・美浦寮の新入生が集められ両寮長の挨拶があった。
私が入る栗東寮長はメジロデュレン*1。
エルちゃんたちが入る美浦寮長はアキツテイオー*2。
二人とも原作じゃ知らないウマ娘だった。
この世界での実績ならそりゃ寮長に抜擢されるわな、ってレベルなので知ってたけど。
デュレン寮長はボリュームのある鹿毛が特徴的なG1二勝ウマ娘。
アキツ寮長は和風のポニテに簪を挿したすごい長身のG1三勝ウマ娘。
二人とも天皇賞とか有マ記念とか勝ってるレースがえげつない。
アキツ寮長なんてクラシック後半以降は1着か2着しかとってないなんて化物だ。
実馬の方はとんと詳しくないからわかんないけど有名な馬なんだろうか、アキツテイオー。
名前からしてトウカイテイオーの親戚かな?
何故か「テイオーと呼ぶなアキツと呼べ」と変な拘り見せてたから転生者だろうけど。
もうすぐトウカイテイオーが入学してくるから被りは避けたい気持ちはわかるんだが。
対してデュレン寮長は……確証が得られないんだよなぁ。言動に不自然なところがないし。
虎穴に入らずんばとは言うけど無理に接触するのも考え物だ。
なんせメジロ家のご令嬢だもんなぁ。シンボリ家と並ぶ超名家。
転生者かどうかを調べる必要なんてないんだけどさ……一度気になっちゃうと、ねえ。
まあともあれ、二年早い入学で大分違ってることは確認できた。
ハルウララの不在。それに伴いキングちゃんの相部屋が私に。
フジキセキ・ヒシアマゾンがまだクラシック期で寮長ではない。
未確認だがこの分だと生徒会の面子も異なっているだろう。
あと気になるのはこの世界線がアニメ時空なのかアプリ時空なのかってところだけど……
この世界は現実だ。何もかもが原作通りに進むわけじゃない。私という存在がそれを証明している。だがアニメかアプリかというのは指針の一つになる。知っておいて損はない。
転生者がどうのと違ってこっちは私の将来に直結するからな。ちゃんと調べよう。
入学二日目。
学業への準備期間として休みになっている日の使い方は決まった。
鏡の中の私はキメ顔で笑っていた。
ノートなんかの消耗品は初めからこちらで買う予定だったので学園内の購買に向かう。
ちなみに7時頃放送があって昨夜緊急搬送された生徒の容体は安定したとのことだった。
よかったねツルちゃん。まだ会えてないけど。
制服に着替えキングちゃんに挨拶をし朝食を済ませていざ到着、なのだが。
どの世界線かってどうやって調べればいいのだろう。
入学式の面子――ルドルフ会長にたづなさんに秋川理事長……秋川理事長って最初はアニメに出なかったけど後から出てるんだよね。この辺じゃ判断できない。
桐生院トレーナーが居れば一発なんだけどたしかあの人開始時点で新人だったっけ。
ということは現時点ではまだ学生? 判断するにしてもあと二年か……
で、チーム方面から調べようにも――
掲示板に張られた各チームのポスターを順繰りに眺める。
アルタイル、ベテルギウス、カノープス、シリウス、ミモザ、デネブ……スピカが無い?
あのクソダサポスターが見当たらない。二年前だから制作されてないだけ、なのかな?
スピカが無いからアプリ時空! とは決めにくいな……リギルがあるし。最強チームだけあってかメンバー募集ポスターはないけどルドルフ会長のチームとして有名なのだ、リギルは。
そもそも言及されてないだけでどっちにもあったりするんだろうか?
もしそうだったら調査いきなり終わるんだけど。未解決で。
キメ顔で出てきたけど世界に関することなんて田舎の小娘に調べられる範疇にないよ。
「こういうのは科学者キャラがやることだよね……」
科学者? 『ウマ娘』で?
アウトなのしかいねーじゃん。「ドーピングしない」以外の倫理全部捨ててるじゃん。
よし、わかった! 科学的アプローチは間違ってる!
つまり現状打つ手なし! 買い物して帰るか!
「……虚しい。味方がいないの再確認しただけで終わった……」
なんでキメ顔なんかしちゃったのかな私。
気合の無駄遣いでしかなかったじゃん。
溜息を吐きながら掲示板の前を通り過ぎようとして、ソレが目に入った。
「スゥー……」
なにこれ。
なにこのドンッって擬音が出てきそうなセピア色の手配書。
いつのまに令和から大海賊時代に改元したの日本。
四億て。四億てガチモンの賞金じゃんツチノコの四倍じゃん。
「なしてカツラギさんが賞金首になってるべさ……」
罪状何かと思えば優勝したレースのことしか書いてないしほんとなんなのこの手配書。
あ……下に配布用の箱がある。持ち帰れるんだコレ…………さ、三枚ほど……あ、カラー版もある。じゃあこっちも三枚……
だってしょうがないじゃん。写真
発行元がシンボリ家ってなってるのは見なかったことにした。
なんか歪んだ愛情感じ取れて怖かったから。
うん深く考えるのはやめよう。
カツラギさんのポスターが手に入ってラッキー!
よっし今度こそ買い物続行! もう無駄なことはしないし見ない! 疲れる!
「えーと、受講科目数がこれで、ノートの数は……うん
いやー流石エリート校。文房具の品揃えが専門店並だ。
購買で揃わなかったら外行こうと思ってたのに全部買えちゃった。
色んな使い方するのを想定してるのか普通のからルーズリーフまでノートも豊富で困らない。
中央ともなるとこういう細かいとこまで気が回るんだなぁ。
「あれエルちゃんどうしたの」
「Oh.スペチャン!」
今カレンチャンと同じイントネーションになってなかった?
時々発音おかしくなるなエルちゃん。
見れば手ぶらで私のように買い物ではないみたいだけど何しに来たんだろう。
「そっちの寮に辛いの好きな人いまセーン?」
「辛いの? タバスコとか?」
「実はコレ……」
ポケットから取り出されたのは細長い箱。
やたら凶悪なドクロが笑ってるパッケージ。
いわゆるデスソースだった。
「アタシ辛いの苦手なんデース。使い道が無くて」
「なんで買っちゃったの」
「イキオイで……」
勢いか。じゃあ仕方ないね。
ていうか転生者だけあって嗜好が違うんだなエルちゃん。
簡単に手放すあたりエミュのためじゃなく本当に勢いで買っちゃったんだろう。
にしても辛いの……オグリさんならいけそうな気もするけど好んでるって話あったかな。
んー。あ、そういえばドトウが激辛ラーメン食べてた気がする。アプリでだけど。
「多分だけど、メイショウドトウって人が好きかも。昨日も赤いの食べてましたし」
席が遠くて確証はないんだけどね。隣に座ってたオペラオーが咽てたから多分そう。
隣に座ってるだけで咽るってどういう刺激物だったのだろう。
ドトウですか今度訪ねマース! とエルちゃんは喜ぶ。
「サンキューグラシアース! これで無駄にしなくて済みマース!」
付き合いまだ短いけどエルちゃんのメキシコっぽいとこグラシアスだけなんだよね。
大丈夫なんかな色んな意味で。
「
「ッ! ナイスホーゲン!」
……えっ!? 今の方言だったの!?
「ところで何持ってるんデース?」
「ああこれ、向こうで配布してた手配書で」
「手配書を配布……? え? どういうことデスか……?」
ほんとどういうことなんだろうね。
その後はこの人がスぺちゃんの憧れの人デスかー! なんて平和な会話をして別れた。
「あっと――」
あれ? 道間違えたかな。
帰ろうと思ってたのに門が無い。というか噴水――三女神像がある。
えーと、中庭かここ。逆方向に来ちゃったか。さてどう戻ったものか。
なんとなく三女神像を見上げる。
三女神像か……アプリだと因子継承ってシステムに組み込まれてたけど流石に現実じゃ起こんないよねえ。よくよく考えると他馬の因子を継げるって理屈がよくわからんし。
そもそもどういう神様なのかがわからん。
原作では正体っぽい説は示唆されてたけどそれがどういうもんかはっきりしない。
ついでに言えば転生するにあたって三女神に会った記憶がない。
ウマ娘の神様って話だから元ヒトじゃあ会えないとかそういうものなんだろうか。
「どうしたの?」
「いやこの三人結局誰なんだろ、と」
「ああ……神話自体が曖昧だものね」
「そうなんですよ、教義も禁忌も無ければ英雄譚も無い。三女神自体の名前も徹底して省かれてて遥か昔から信仰されてる、なんて言う割に物語性が皆無の一言に尽きる。はっきり言って宗教としての体を成してないんですよね……」
「く、詳しいわね?」
「前に気になって調べたんです。資料が少なすぎて逆に調べやすくて」
「なるほど……」
「ところでどちらさまでしょう?」
自然に会話繋げちゃったけど知らん声だ。
振り返るとそこには綺麗な鹿毛の髪を長く伸ばした人が立っていた。
制服からしてトレセン生――年上だろうか。新入生のような浮いた感じはしない。
左耳に飾りがある。前は牝馬だった人か。
うんやっぱり知らん人だ。
「あ、えっと」
? なんで動揺してるんだろう。
顔に視線を感じるあたりどうも私が怪訝な顔してるのが気になるみたいだけど。
「あ、あの、どこかで会ったこと、ないかな?」
「はい?」
何言ってんだこの人。
私が会ったウマ娘なんてカツラギさんと数十キロ先の隣家で農業やってる重種*3の人だけだべ。
この人は重種じゃない、というか重種の人は中央に来ないし。
新手の不審者か? と一瞬思ったけどなんとなく気配が違う。気がしないでもない。
「いえ、お会いするのは初めてだと思いますけど……私田舎の出なのでウマ娘の知り合いがほとんどいなくて」
「あ、そうなんだ……へえ……出会いがなかった、のか……」
何か呟いているがますますわからん。
私が知り合いにでも似てたのだろうか?
がっかりしてるような、ほっとしてるような……どうにも気持ちが察せない。
ていうか結局誰?
「あなたは――スペシャルウィーク、だよね。入試次席の」
「え、そ、そうですけど……」
どこまで広まってんの!? キングちゃんは伝手があればわかるって言ってたけどさ……
誰かもわからない相手に個人情報知られてるってのはいい気がしない。
それが顔に出たのか、見知らぬ人は慌てた様子で名乗り出した。
「えっと、ゴメンね、自己紹介が遅れちゃって。私はメジロドーベル。多分、君の一つ上かな」
「あ、はいメジロ、えっ、メジロ家の!?」
あー! この人メジロドーベルか!
キャラもサポカも引けなかったから印象薄いんだよね。
キングちゃんみたいに他キャラのストーリーにバンバン出てくるってこともなかったしどういうキャラか把握できてないなぁ。……あれ? これ転生者か判定できないやつ?
まあそれは一旦置いといて、メジロ家か。そりゃ伝手あるよね。
デュレン寮長と同じ出身。国内有数の名家メジロ家。
転生知識抜きにしてもメジロ家を知らない日本人なんていなかろう。
トゥインクルシリーズで活躍する血族たちを除いても日本中に影響力がある規模の資産家一族。不動産海運一次・二次産業……手を伸ばしてない業種が無いのではないかと言われるほどだ。
私の使ってるウマホのメーカーもメジロ傘下だった気がする。
うん。
普通にビビる。私庶民の農家だもん。
「えっと、メジロデュレン寮長にはお世話に、なるかもしれません。よろしくお願いします?」
とちった。
そらそうよ入学二日目だもの。遠目に挨拶しただけだもの。
直接言葉を交わしたこともないから定番挨拶お世話になってますが使えんのよ。
「あ、アタシは美浦だから気にしなくても……えっと、親戚ではあるけど、ご、ご丁寧に?」
会話が止まる。
……え、これ私が話さないといけないやつ?
難易度Sなんですけど。
「メジロドーベル、さん。その、何か御用でしょうか?」
「あの、メジロって言ってもアタシなんて全然大したことないし、デビューしてないし実績もまだ無いからその、気軽にってのは難しいかな……あんまり硬くならないで、ほしいんだけど」
「そう言われましてもメジロ家って大きすぎてスケール感わかんないですし、それ以前に先輩なのでそうくだけるのも失礼かなって思っちゃうんですが」
私間違ってます?
って顔した段階で気づいた。この言い分の方が失礼じゃんね。
わ~ぉ大失敗!
なんて胸中で叫ぶくらい顔を青くしてたら、メジロドーベル先輩は小さく笑っていた。
ほわい?
「正直だね」
透き通るような笑みだった。
……これ土下座した方がいいやつかな?
ちょっとこのタイミングで笑う意味がわかんない。
怖い。
土下座キメようと正座したら何故か慌てて止められた。
完全に打ち首コースの流れだと思ったんだけど違ったらしい。
すごい早口で本当に気にしてないむしろ好ましいと捲し立てられた。
ヤバいこの人が何考えてんのかほんと理解できない。
こっちはバッドコミュ連打してる気分なのになんで好感度上がってんの。
「えっとスペシャルウィーク……」
「あの、長いのでスぺでいいですよ。メジロドーベル先輩」
「そう? じゃあアタシもドーベルでいいよ」
ぐいぐいくるぅ。
距離感の詰め方がエグいっていうかアクセル微調整できてない感じがする……
既に失敗しまくってる気がするけどここで間違えたらなんか一気に崩れそうでまじこわい。
「えっと……ドーベル、さん」
嬉しそう。
かわいいね! 私地雷原歩いてる気分だけど!
そうか先輩呼びがアウトか――こっちとしては親しくないし先輩呼びで通したいんだが。
あれかな? 超名家だから遠巻きにされちゃって……的な。
んで空気読めない新入りの無礼が心地よかったみたいな?
……それだけでここまでアクセルベタ踏みになるかな?
などと考えていたら、向こうが地雷踏み抜いてくれた。
「それにしても――小さい、んだね」
「うぐっ」
ついに言われてしまった。
そうだよ私背が低いんだよ……!
原作スぺちゃんは158㎝あったはずなのに私140ちょっとしかないんだよ……!
同級生みんな私より20㎝は背が高いなんてひっでえことになってんだよねぇ!!
原作開始まであと2年あるからこれから伸びるんだと皆も思ってくれたのかクラスメイトは誰も突っ込んでこなかったし私もいけるんじゃないかと思い込もうとしてたのにさ。
何が悪かったのかな……鍛え過ぎて骨が伸びなかったのかな……
女子で13歳になろうかって時にこれじゃあもう望み薄じゃん……
身長140ってタマモクロス一直線じゃん……
「え、その、小さいのにすごいなって! 君走るの速いんでしょ!?」
歯を食いしばってるのが見えたのかフォローしてくれるけど無理です悔しいです。
だってこの人目算原作スぺちゃんと同じくらい背が高いもん。160あんじゃないの。けっ。
「それに、ほら、か、可愛いじゃない!」
「可愛さよりもかっこよさと長いストライド稼げる脚が欲しかったです」
血涙出そう。
お母ちゃんのトレーニングも歩幅狭いからピッチ走法極めた方がいいわで固定されちゃってるしさもうせめてあと10㎝背が高ければストライド走法で華麗にスパート! とか出来たのにさ。
「――え?」
慌てた様子の無い、消え入りそうな声。
潮目が変わったにしてもどうして急に? と顔を上げれば彼女は驚いた顔をしていた。
「ドーベルさん?」
「あ、いえ……もう、自分の走りが見えてるんだ、って」
「見えてるって、漠然としたものですけど……」
アニメで見たスぺちゃんの走り方だし。
今の私の脚はあんな長くないし現実に即して改良する余地はありまくりだと思うし。
どっちかっていうと映像で見たカツラギさんの真似に近いから言うほどでも……
「それでも、十分すごいと思う。アタシなんて……全然見つからない」
……ああ、上級生だもんな。
本格化が来てるかはわかんないけどデビューの時は刻一刻と迫ってる。
基礎となる走り方に明確なヴィジョンがないと不安になるというのはわからないでもない。
メジロ家なら子供の頃から教育されてるだろうし、その焦りは一入だろう。
その重責は背負うものの無い私には理解の及ばぬものだ。
だけど、走ることだけなら私にだってわかる。
「私は――小さい頃から明確な目標がいただけです」
「私は出会いに恵まれました。あの人たちの背を追ってがむしゃらに走って真似をした。それがたまたま使い物になった。それだけだと思うんです」
追うだけではダメかもしれない。これから変えていかなきゃいけないのかも。
それでも前世と今世。あの日私の眼に焼き付いた走る姿を忘れることはない。
あなたにもそんな尊敬できる人がいるのでは? と水を向ける。
「それ、は……マックイーンとか、まだ小さいのにすごいなって……それに、ラモーヌさんは、憧れるけど……そんなので、いいのかな」
「あなたが褒めてくれた私はそれです」
「ッ!」
「私は憧れた人たちに胸を張れる走りがしたい。私にとってはそれが全部です」
ドーベルさんは俯いて、私の言葉を噛み締めているようだった。
多分そのすごい人たちが彼女の自信の無さに繋がってるんだろう。
だけど見方を変えればそれは目標になる。一歩を踏み出す理由になる。
彼女もそう思ってくれれば、と伝えたかったんだけど……どうだろう。
私、弁が立つ方じゃないからなぁ……
「やっぱりすごいね、君は」
ふわりと、頭を撫でられた。
「アタシの悩みなんて一蹴しちゃうんだね」
見上げたドーベルさんは微笑んでいて――――
「え、いや!? そんな軽く見てないですよ!?」
「あはは、わかってる。ありがとうね――スペちゃん」
迷いが晴れたかどうか、付き合いもなければ原作キャラも知らない私にはわからない。
袖すり合うもなんとやらと言うし一助になれればって気持ちだったんだけど、察せるのは少なくとも重荷を重ねることにはならなかったくらい。
彼女はただ優しい笑みを浮かべてまたねと言い残し去って行った。
「ドーベルさん、か」
メジロドーベルさん。
綺麗な人だった。多分悪い人じゃない。
原作の方を知らないから転生者かどうかって判別はつかないけど。
その上で、私が言うのもなんだけど、という自覚はさて置いて。
……完全に友達いない人の喋り方だったな……大丈夫かなあの人……
「ここどこぉ……」
買い物だけだしと横着せず生徒手帳持ってくるべきだった。
生徒手帳には簡易見取り図が載ってたからいくらか目安になっただろうに。
ドーベルさんと別れてからあれでよかったのかなぁなんて考え事しながら歩きだしたのが拙かった。もう現在地さえわからない。ほんとどこなのここ。北大並みに広大だよトレセン学園……適当な建物に入っても建物内の地図はあっても学園全体の地図が無いから打つ手がない。目安箱みたいのあったら投書しようかな……全体地図もっと掲示すべきですって。
ああここさっきも通ったな。総合体育館……どうせならカフェテリアにでも行きつけばいいのになぁ。ていうかうろ覚えの地図だとここらへんってカレッジエリア? 研究施設とかが集まってる区画だったよーな……中等部新入生が来るようなとこじゃないなあ。
なんて彷徨っていたら、調子っぱずれの歌が聞こえてきた。
なんぞこれ。ウィニングライブでこんなの歌ったっけ――ん? なんか聞き覚えあるな。
こんな変なの……うまぴょい伝説はさて置いて、変なの歌ったっけ?
しかしリズムめちゃくちゃだな。
本来のメロディ無視して適当に歌ってる感が、
「っかちゅううッッッ!! オィエッ!!」
●かちゅーぶじゃねーか。
なんでロック調なんだよ。歌詞含め原型留めてないよ。
この時点で嫌な予感がひしひしと漂い始めていたが見てしまった。
歌ってるやつの姿を。
うっわ。
ウマ娘会っちゃいけない人ランキング4年連続1位のゴールドシップじゃん……
あの長身にストレートロングの芦毛、無駄に整った顔つき。間違いない。
何故か掃除をしながら歌ってる。
特徴的なヘッドギア? は緩められたんこぶの上で器用に揺れていた。
昨日の件で怒られたんかな。三段たんこぶなんてマンガ以外で初めて見た。
気づかれないうちに逃げよう。
踵を返すとぼよんと柔らかいなんかに顔がぶつかった。
なんで道端にヨギボーが……リボン? トレセンの制服だよね。あれ誰かにぶつか
「おぉ? なんか小せーな?」
ひゅっ。
嘘だろ10mは離れてたじゃん!? 気軽に物理法則無視しないでくんない!?
原作どころか原点からしてワープかますけどさ!?
「あ、あわわわわわわ」
ゴールドシップにロックオンされたぁ……!
ロックアラート鳴らしてよマイブレイン! 必死に回避運動に入ったのにさぁ!
「おー! オメー噂のアレだろ!」
「ひえっ! う、噂!?」
またぁ!? なんなのもしかして次席ってなんかヤバいの!?
「そう噂の――スペード3世、だな?」
「スぺしか合ってねえわっ!!」
逆によくここまで外せたな!?
あと誰から数えて三代目よ!? マルゼンスキー!?
「おーおー打てば響くなオマエ。ドラマーの才能あんじゃねーの?」
実に楽しそうなゴールドシップとは正反対に私は頭に上った血が引いていく。
逃げなければ。いやしかしこの体格のゴルシ相手に逃げ切れるか?
本格化が来てるかはわからないけど見た目の筋力だけで負けそうな気がする。
ここが山の中ならバーリトゥードレースで振り切れるのに……!
「怯えんなよ悲しくなっちまうだろ?」
無茶言うな。
ゴールドシップであることを差っ引いてもバカでかい吊り目美人に絡まれるなんて恐怖だ。
頼むから自分がヒグマくらいでかいって自覚を持ってほしい。
「ったく埒があかねーな。ちょっくら月面旅行に付き合えよ」
どこから取り出したのかサングラスとマスクを身に着ける。
ええ、いまさらぁ……?
って何を持ち上げて……金属のボールペン?
「ぬぐぁっ!?」
光っ、MIBじゃねーか!!
しかも光るだけ!!
「――っ!?」
いつの間に、私の両手が後ろ手に拘束されて……!?
しまっ、これじゃ両袖に仕込んだ防犯ブザーが取り出せない!
「オメーの友達でもいいんだけど、まあグラスのじーさんはダメだしな」
バ鹿なぁ! 私が防犯ブザーを鳴らすこともできないなんて――!?
ぎゃあああアニメで見たことあるズタ袋おおおおッ!!
拝啓お母ちゃん。
たすけてください。
ついにスぺは不審者に捕まってしまいました。
不審者ってレベルじゃねーとは自分でもわかってますがたすけてください。
ふふ、『スペシャルウィーク』はズタ袋に捕らわれる運命なのかな。なんて。
くっそぉ……感触からして両手の親指を結束バンドで繋いでるなこれ……無理矢理千切ろうとすると指が折れる拘束技だ。お母ちゃんが不審者ども捕縛する時にやってたから覚えてる。繋がれたのが手首なら骨も頑丈だし指の自由度が段違いだから袖に仕込んだ防犯ブザー使えるのに。
……ガチの拘束じゃんか。
あれ、ゴールドシップだからとちょっと軽く見てたけどこれ本気でヤバいやつなんじゃ。
いやちょ、こ、子供に見せらんないドラマみたいなことされないよね……?
トイレに起きたらお母ちゃんが煎餅齧りながら見てたドラマみたいになんないよね!?
即チャンネル変えられたけど保健で習ったから意味わかるんだよぉ!
なんも見えないから不安がとめどなく溢れてくるー!
などと声に出さず喚いていたらばさりとズタ袋が取り払われた。
「……っぐ」
急に明るくなったから光が目に痛い。
光量は大したことない室内灯……か?
目を細めて視力の回復を図る。
室内、ゴールドシップが下手人ということを考えるとスピカかシリウスの部室か……?
ぼんやりと見えてきたのは――人影?
「だ、誰です、か」
見えた。見えてしまった。
――アグネスタキオンがそこにいた。
当然のようにゴールドシップも横に立っている。
アグネスタキオン ト ゴールドシップ ニ カコマレテイル
そっか。
私ここで死ぬんだ。
人間恐怖の閾値を超えると悲鳴も出ないのだと身を以て知った。
はい深呼吸ー。すー、はー。
「ころさないでください」
摩擦係数ゼロで命乞いが口から出た。
「アッハッハ、すこぶる失礼だな君は」
「武器も定規も構えてねえ相手にそりゃねえだろスぺ3世」
「そんざいがきょうきなんですおねがいですからいのちだけはたすけてくださいできればはしれるままかいほうしてくださいあとのどがかわきました」
「ずぶっといね君」
自己紹介が要らなそうなのは助かるよと笑って、予想外にも律儀にタキオンは紅茶でいいかいと訊ねてきた。
「あ、すいません紅茶は飲めないんです」
「本気で図太いね君。ちょっと神経MRIで撮っていいかい」
その後なんで紅茶がダメかと言えばお母ちゃんが冷蔵庫で冷やしてた紅茶を麦茶と思い込み一気飲みして盛大に咽かえったのがトラウマになってて口をつけるだけで拒絶反応が出ることを吐かされた。二人揃ってアホかと言われた。
「さて本題に入ろうか。背格好からして新入生だろう名も知らぬ君」
本題。やっぱり何かあるのか。
ゴールドシップが絡んでるから無意味な可能性もあると踏んでいたのだが。
アグネスタキオンという頭脳派がいたんじゃ破綻する推測に過ぎない。
ある意味、ゴールドシップよりも狂ってるのだから。
「な、名も知らぬって誰かもわからずに拉致ってるんですか?」
「氏素性は関係ないからねぇ――なぁ? 転生者君」
頭が真っ白になる。
耳鳴りの幻聴、目がチカチカする幻視。
足元が崩れ去った浮遊感という幻覚に支配される。
「――はっ、な、にを」
なん、で。
どうして、どこでバレた。
セイちゃんのように探ってる人がいることはわかっていたが、セイちゃんにだってバレてない。たった一日。それだけの間にどんなミスを犯せばこんなことになるというんだ。
頭の奥がチリチリと焼かれ悲鳴を上げている。
呼吸が乱れて体勢を維持できない。
逃げたい。
今すぐ、脇目もふらず逃げ出したい。
親指を拘束する結束バンドが食い込むが構ってられない。
そんな私の様子を、アグネスタキオンはふぅんと観察している。
――実験動物になった気分だ。
これならセイちゃんが罠に嵌めて向ける冷たい目の方がマシだ。
アグネスタキオンの視線には、プラスもマイナスも、温度という概念が無い。
どれだけの策士だろうと私の友達は人間の範疇だったと思い知らされる。
「その反応だけで充分だが……あまりいじめても可哀そうだ。種明かしといこう」
全然そんなことは思っていない口調で彼女は告げる。
「なに、ご同輩というだけのことさ」
ひっくり返った天地がまたひっくり返るような事実を。
「ご、同輩って、じゃあ、あなたたちも」
昨日思い至った可能性。
なくはない、レベルの発想でしかなかったが……
「……なんで、私が転生者だってわかったんですか」
「それを聞かれても困るね。そこのゴールドシップ君が当たり引いたと連れてきただけだから」
言われたままに視線を向ける。
「あん? なんでって最初に目についたからだぜ。あとツッコミのキレが良かった」
「ツッコミて」
「ゴルシちゃんに必然性を求めるな。何考えてんだおまえは」
……いやそうかもしれんけど。
本人に言われるとクッソ腹立つな。
いや待て。転生者ということは『本人』ではないのでは――
違う。
この人は私を捕らえる時なんて言っていた?
確かに言ったぞ、『あのグラスのじーさんはダメだ』と。
グラスちゃんは女の子で爺さんなんて呼ばれる要素は皆無だ。仮にこの人が転生前を見通せる何かを持ってる、なんて荒唐無稽なことでもない限り彼女に『爺さん』と呼ぶ要素は見出せまい。いや、そうだったら私のことだってスぺでなく別の呼び方をしただろう。ならば考えるべきは『グラスの爺さん』という存在を認識するだろう世界線。そこから転生してきたのだと仮定するのなら筋は通る。ではその世界線はどういうものか。少なくとも少女になってない、元の性別のまま。名前も変わってないのなら馬のままだろう。そこでグラスワンダーを爺さんと呼び『ウマ娘』よりも優先、あるいは重視するだろう存在、は。
知っている。
「あ、あなた、は」
私は、それを、知っている。
「んー? どうしたぁスぺ」
「あなた、は――」
それは当たり前すぎて考慮外になる世界。
この世界を俯瞰的に語る際必須の前提知識を創り上げた世界。
SFなどでは単純化しこう呼ばれるだろう――正史世界。
「――ステイゴールド産駒、ゴールドシップなんですか」
隠居した競走馬グラスワンダーに挨拶をしていたという競走馬ゴールドシップが存在した世界!
「へぇ」
「ほぉ」
初めてアグネスタキオンの視線に色が宿る。
彼女はついに私に興味を抱いた。
皮肉気にゴールドシップが笑う。
気づかなければよかったと言うかのように。
「よーく自力で気づいたなぁ――賢いじゃねぇかスぺ」
つまり、本物中の本物ってこと……?
たった4戦でその名を刻み付けた超光速の貴公子アグネスタキオン。
破天荒極まる走りで記録も記憶も塗り潰した黄金の不沈艦ゴールドシップ。
彼らそのもの。何の混じり気もない純粋なる生まれ変わり。
え――じゃあ中身転生者だから安心なんてことは――
「嫌だあああああああッッ!! 死にたくないよおおおおッッ!!」
オリジナル通り越してオリジンじゃねーか!!
原作どころか原案が現れるなんてそんなんある!?
アニメやアプリと同じくらいヤバいじゃねーか!!!
誰かー! 誰か助けてー! 光る薬漬けにされて変な世界に連れてかれるーッ!!
「たしゅげでおがあぢゃああああああッッッ!!!」
「すぺっ」
急に、眠く、意識が、
落下感。どこに、なぜ。
逃げようと、あれ、なんで?
「コイツ自身が防犯ブザーみてーなヤツだな。ジャンプ主人公かよ」
その言葉を最後に、私は意識を失った。
「んがっ!?」
失ったじゃねーわ! 失ってる場合じゃないんだよ!
って、あれ?
「……?」
拘束が解かれてる。
「おー起きるのはえーな」
気の抜けた声に顔を向ければパイプ椅子の背もたれを前にして座ってるゴールドシップがいた。
「あの、今私気絶して、後遺症とか残りませんよねこれ大丈夫ですよね」
「やべーやり方はしてねえよ。コンプラ的にも問題ない手段しか使ってねぇ」
人為的に人を気絶させるのって大概後遺症の恐れがある危険な行為だから……やめようね!
それを踏まえるとなにやられたんだ私。訊きたいけど怖くて訊けない。
全身痛くも怠くもないんだ。寝て起きただけって感じしかしない。
ホントになにされたらこれで意識だけ刈られるの??
「そこの知能指数サル並みの会話してる二人。いい加減人類レベルの話をしていいかい?」
すげえ罵倒された。
座り直してアグネスタキオンと向き合う。
逃げれはする――だろうが正直逃げ切れる気がしない。
それに、この話を中途半端に終わらせるのは拙い気がする。
「あの反応、ということは君は元ヒト――『ウマ娘プリティーダービー』のある世界から来た、ということで間違いないかな?」
「……はい。ころさないでください」
「だーかーらーそんなことしないって言ってるだろう。いい加減聞き分けたまえよ」
そんなこと言われても。
話が進まないなぁなんて文句じゃ誤魔化せない。
私とこの人たちは決定的に違うのだから。
「スぺ、オメーあれだろ。中身がヒトだから馬のアタシらとは敵対関係になるみたいな心配してんだろ? んなこたねーから安心しとけ。中身がヒトなんてオメーだけじゃねーし、なんならウマ娘って存在自体オメーの方が近ーよ」
「んえ? ……???」
「ゴールドシップ君、ただでさえ混乱してるんだから情報の洪水を浴びせるのは勘弁してやれよ」
は? ウマ娘は私の方が近い……??
転生者ぞ? とてもじゃないが普通とは呼べんぞ?
「ウマ娘の成り立ちは知ってるかな?」
「ええ……メタ的には競走馬の魂を宿して生まれた子で……」
「はいバッテン。再試験」
「んぇ?」
「それじゃあ全員私と同じ馬の生まれ変わりだろう? 君らのいう原作とやらは転生だと明言してたのかい?」
……ん? 確かに転生という表現が使われてるとこは見たことない。
そうだ、原作がそんな転生者祭りならそもそも私は転生者だらけという現状に怯えたりしない。なにより私の言った通りだったら私は『ウマ娘』ではないことになる。だが現実として私は役所にウマ娘として出生届が受理され国民保険も予防接種もちゃんとウマ娘向けを受けている。
馬ではなくヒトの魂を宿してる私がだ。
ならば何を以ってウマ娘たらしめているのか? 思い出せ、詳しい設定は語られていないがアグネスタキオンが不正解だと言い切れるだけの情報が原作にはあったはずだ。ウマ娘の成り立ち、ウマ娘の始まりに関する何か――あ。
そうだ。転生じゃない。未来は決まってない。やり直しじゃない。
「
受け継ぐのであって宿すのではない。
馬そのものでは、ない。
ダービー馬、日本総大将、スペシャルウィーク。
私は、私自身の夢を追って――彼と同じ、中央のレースに身を投じた。
だけど、それは私が選んだ道だ。彼に選ばされたものじゃない。
「――正解」
出来の悪い教え子を受け持つ教師の顔でアグネスタキオンは朗々と語る。
「ウマ娘は人類の一種とされているからこの説の中では便宜上『ヒト』と称する。そうだ、ウマ娘はヒトとして生まれる。ならばその魂は別物であるはずがない。ヒトの魂を宿して生まれ、馬の魂――この場合『想い』や『希望』と言い換えられるかな? それを受け継ぎ生きていく種族だ。つまり、転生者だとかなんだとかでややこしくなっているが、君のようなヒトプラス馬の状態は至極真っ当なものなのさ。スタンダードと言ってもいい。私たちの方が異端なのさ。こうして仲間探しをするくらいにね?」
だから転生者を拉致ってたのか。
どちらの中身かなんてわからないから。
正体を明かしたのだって転生者だというところまで。馬だったというのは私の推理。
……いまさらながらやってしまったと気づく。ゴールドシップがあんな顔をする筈だ。
逃げたがっていたくせに私は自分から深みに嵌った。
――アグネスタキオンに興味を抱かせた。
「それは――期待はずれで、すみません?」
「あっはっは、本当に神経太いな君は。普通それ煽りだよ」
もう私への興味を隠そうともしない。
「ま! 今後とも仲良くしようじゃないか。君の頭の回転の速さは興味深い」
一を聞いて十を知るには足りないがね、と皮肉気に笑う。
アグネスタキオンの頭脳からすれば、なんて皮肉は返せない。
目的はなんだ。何を狙っている。
未だ、この人のことを量りかねている。
「ずいぶん、あっさりしてますね? 仲間を探していたんじゃ」
「サンプルが欲しかっただけだからねぇ。元馬はもう二人いるし、元ヒトのサンプルを増やすのも悪くない。ああ怯えられる前に言っておくが、サンプルと言っても切り刻んでどうこうする方じゃなくて走りを計測する方だぜ?」
「走りを……?」
ゲームのアグネスタキオン、と考えるなら別段おかしなところはない。
だがこの世界のタキオンは転生のことを知っている。それはウマ娘の神秘へと至る懸け橋になるのでは? と考えても不自然ではないと思う。
「あなたは転生のことを研究しないんですか?」
「転生。転生か。興味がないと言えば嘘になるが――最優先にはならないねぇ」
「なぜ?」
「取っ掛かりが見えない。もちろんそこから探す研究も素晴らしいとは思うがね、はっきり言ってそれより楽しいウマ娘の限界を超える速さという身近で心躍る研究テーマが目の前にある以上私はそちらを選ばない。それだけの話だ」
金で短縮も出来ないしね、と部屋中の実験器具を見回す。
「……そういえば突っ込み忘れてましたけど、よく学生でこれだけの機材買えましたね……?」
マンガで読んだけどあそこの電子顕微鏡ってなまら高いらしいのに。
「ああ、私の薬って飲むと光るだろ。被験者が」
「はあ光るそうですね。私は現実ではまだ見てませんが」
「今飲ませてあげようか? ちなみにイチゴ味で効果は快眠だ」
「全力でお断りします。それで光る薬がどういう……?」
「人体が光る、つまり生体発光なわけだが、生体発光ってあんまり研究が進んでない分野だったんだよね。そこに私が再現可能なレベルで光らせちゃって、ついでにその化学式を特許とって論文にして発表したらまあバカ売れしてね。今じゃ毎年ほっといても数億円入ってくる」
「レースより稼いでません!?」
「未デビューだから確実に稼いでるねぇ。前世で稼いだ分はそろそろ超えるかな?」
グレードレース三戦優勝より稼ぐウマ娘ってなんだよ。なんだよ……?
「えっと……未デビュー……? え? 何歳です……?」
「今かい? 中等部三年だから15歳かな? アッハッハ、前世より長生きできたねぇ!」
笑えねえよそのジョーク! 未成年!? 中学生!?
そりゃG1勝てば中学生でも億稼げるけどなにやってんのこの人!?
……頭が痛いが、理解は出来た。
金は潤沢、基礎研究も揃ってる、その上本人が一番やりたいこと。
確かにこのアグネスタキオンが走ること以外を目的になんてする筈がない。
「つまり……私をキープしておくのは」
「元馬と元ヒトの違いの観測だねぇ。君はそこそこ頭が回るようだし、頭脳を誇るヒトとしてはちょうどいいモデルケースだ。都合のいいモルモットを見つけたら手元に置きたくなるだろう?」
言い回しは不穏だが走ることへの影響の差を調べたい、ただそれだけだ。
まぁ……最後の一線は越えないと思う……たぶん、そう思いたい、し。
「ターキオーン。なんか面白い薬作ってねぇ? 飽きたわ」
「きーみーがー勝手に連れてきてどういう料簡だいゴールドシップ君。昨日持っていった植物が爆発的に成長する薬ででも遊んでなよ」
「没収済みなんだよぉ。エアグルの花壇に撒いたろかと思ったけど泣きそーだし花がかわいそーだからやめちまったしよー。おめーもうちょい自然と生物に優しい薬作れよ」
「私がどう思って作ろうと使うのは人の勝手さ。製造責任だなんてそれこそ無責任なこと言わんでほしいね。使った奴が100%悪いに決まってる」
ゴールドシップのダル絡みを心底うざったそうに躱している。
記憶が確かなら『うまよん』だったか『うまゆる』あたりで「ゴルシ君」と呼んでたはずだが。
「……あんまり親密ではないんですね?」
「君はコレと仲良くしたいのかい?」
「テメーらアタシなら何言ってもいいと思ってんだろ」
「群れのボスに好んでケンカ売りに行くのとはちょっとねぇ」
「泣いちゃうぞ」
妙に子供っぽい……甲高いとかじゃなく絶妙に舌っ足らずな口調で――んぁ?
「ん? 今のもしかしてなんかのモノマネです?」
「そう言われると聞き覚えがあるような……?」
「はいシンキンターイムチッチッチッチッ」
「カウント早いちょっと待ってえっとなんだ絶対聞いたぞコレ」
「急かすな考えさせろ不意討ちやめたまえどっかで聞いた、ちょっと黙りたまえよ!」
「ボーン。ターイムアウトー」
「クッソ妙に悔しい!!」
「喉まで出てるんだよ! ジ●リだろ!?」
「ん、ジブ、『千と●尋の●隠し』かぁ!」
「そうだそれだ! 神●隆●介のでっかい赤ん坊だろ!」
「合ってるけど制限時間オーバーでおまえらの負けでーす」
「「本ッ気でムカつくなぁ!!」」
思わずタキオンさんとハモっちゃったよ。
うっわぁー答え出たのにモヤモヤするぅ……
「ていうかタキオンさんジ●リ見るんですね」
「君は私が論文以外目もくれないアレだと思ってるのかい。普通の親に普通に育てられたんだから子供向けアニメくらい見て当然だろう」
いえあなたの家庭環境知りませんけども。
普通に育てられてるタキオンさんって想像できないんですけども。
絶対物心つく頃にはケミカルカラーの液体入った試験管両手に持ってたでしょあなた。
「まー話まとまったんならよーアタシと遊ぼーぜスぺぇ」
「うぃ、ご、ゴールドシップさん……」
急に抱き着かれると反応に困る。
今までのあれこれを思い返せば悪い人じゃないのはわかるんだけど。
いや悪いわ。拉致拘束は言い訳出来んわ。刑事事件だよ。
「ウィ、ってことはオッケーな?」
「フランス語喋れませんからノーですね!」
「あとよ、一々フルネームで呼ぶなよ他人行儀じゃねーか。ゴルシちゃんでいいぜ?」
「え、と……ゴルシちゃんさん?」
「お、おもしれーなその呼び方。それで固定な」
「あれ強制!?」
だああ! やっぱこっちはこっちで距離感わかんねえ!!
危険度と理解しにくさが噛み合ってないよこの二人!
「大福小僧にエサを与えるとキリがないぞ君ぃ」
「与えてるつもりないんですけどね!?」
「どーも日本人ってヤツは危機意識に欠けるな……生存本能足りてるかい?」
私の暗闘の歴史も知らんで勝手を言うなぁ……!
なんか一発意趣返ししたい。
「そんな悪者ぶって……ダイワスカーレットに文句言われても知りませんよ」
「ダイワスカーレット! 私の最高傑作と呼ばれた娘か! いいねぇ会ってみたいものだよ」
お?食いつきいいな。
「私が果たせなかったダービーの夢を叶えたディープスカイにも会いたいが聞いた話可能性が高いのはダイワスカーレットらしいからねぇ。アッハッハこの世界はまだまだ楽しめるなぁ」
ほーん。
なるほど?
前世の娘さんと仲良くしたいと。
隙を見せたなアグネスタキオン。
「……元ヒトとして言わせてもらいますけど、父親は娘に嫌われるって決まってます」
ピシリ、とタキオンさんの動きが止まった。
こうかはばつぐんだ、ってところかなー?
ふははは。父親いないから知らんけど!
「アッハッハ」
何の感情も込められてないのっぺりした笑い声が響いた。
毛が逆立つどころか尻尾がアンテナみたいに跳ね上がる。
ひえ。
え、ゴルシが呆れた顔してるけどなに。
抱き着いてたのになんで距離とるの。
え? 殺気?
「リーディングサイアーナメてっと手籠めにするぞ小娘」
「すんませっしたぁっ!!」
尻尾が! 尻尾がひゅってなった! コワイッ!
タキオンが直接的な脅しに出るって怒気がハンパないんですけど!?
「オメー地雷踏む相手は選べよ」
うわあああん! ゴルシに正論言われたぁ!!
解放された。
生きて帰れる。
だけどそれを喜ぶ気力がない。
台風ってああいうのいうんだべか……
未だかつてないほどに
なして買い物に出た、しかも学園内の購買行っただけでこんなことに。
精神と体力を代償に大事なこと学べた。あの二人同時に相手しちゃダメだ……
癒しが欲しい。
具体的には故郷の味。
まあ無理だよね……しゃあない馴染みのコンビニ弁当で誤魔化そう。
美味しいんだよねあそこのかつ丼。コンビニで一番好き。
といっても土地勘ないからウマホで検索。
セコマ*4の最寄店舗は、と。
検索したら、随分でかい地図が出た。
「は?」
都内に、無い。
最寄り店は埼玉県草加市? はい?
距離は……片道フルマラソン?
ウマ娘の脚ならその気になれば往復二時間切るけどさ?
冷めるじゃん。出来立てのかつ丼が。
ぐっちゃぐちゃになるじゃん。かつ丼が。
このご時世にイートインなんて無理だし詰んでるじゃん。
「なして埼玉にしかないのセコマあああああああぁぁぁぁッ!!」
踏んだり蹴ったりだよもうやだあああああぁぁぁぁ!!
~登場人物紹介~
・スペシャルウィーク
道民の転生者。転生先も道民。
この度生まれて初めて防犯ブザーを無力化された。
嘘だ、人類の英知が負けるなんてありえない。
アイデンティティクライシスを迎える。
ちなみに身長140㎝ちょいと自称してるが入学時の正式な計測は139.2㎝だった。1~2㎝は誤差の範囲なのをいいことにさばを読んでいる。139超えてるし実質140だし。原因はお母ちゃんに加え牛さんやヒグマさん相手にぶつかり稽古しまくって筋肉鍛えまくったからである。小学6年生時点でその気になれば鋼鉄の扉に蹴り跡残せるほど。
実は前世の故郷に引っ張られているため道南(北海道の握りやすそうな部分)出身を自称しているが今世の実家があるのは道央(その他の部分の下半分)である。わかりやすく言うと函館空港でなく新千歳空港を使う位置。完全に無自覚なので周囲を混乱させることもしばしば。
・メジロドーベル
前世はそれなりのウマ娘オタク。対人能力の低さは前世由来。
転生者として生まれたバタフライエフェクトで幼少期のトラウマが無いのだが押しが弱く周囲に流されてる内に出不精になり人前に出ることが苦手になってしまった。
前世でスペシャルウィークが繁殖期に牝馬嫌いになったがドーベルだけは例外だった、という説を見て『これ運命の恋じゃん』と魂に刻まれており、ドーベルに生まれ変わった際に「もしかしてアタシの運命の相手ってスペシャルウィーク?」と思い込んでいる。そのため男性への興味が一切無くなり嫌いこそしないものの塩対応オンリーとなった。
積極的にではないが実家の力を使ってスぺのことを探しており、北海道在住ということまでは突き止めていた。だがそれ以上は生来の引っ込み思案な部分が足を引っ張り顔を見に行くことさえできなかった。
そしてようやく出会えたスぺは何故か非常に小柄で自分のことを憶えていないという想定外の事態に見舞われる。だがしかし、がつがつ来られるのが苦手なため憶えてなかったのは逆に好印象に繋がった。威圧感の無い小柄な姿は安心感をくすぐった。トドメに飾らない純朴さが思い込みを恋へと導いた。乙女脳フル回転である。
目下の悩みはロリコンに目覚めそうなこと。
なお、スぺに下心ありで近づいているが純粋な恋心からであるためかスぺの不審者センサーには引っかからない。
恋敵は思い出補正で美化されまくったジャパンカップ初代覇者。
・ゴールドシップ
自称前世は競走馬『ゴールドシップ』。転生が一度きりだと誰が言った?
艦これ世界に正規空母翔鶴として転生したアタシは不幸艦の伝説もなんのその、群がる敵をなぎ倒し不沈艦伝説で塗り替えてやったのよ。あん? コラボしてない? かてえこと言うなよD●●繋がりでイケんだろ。ていうか銀髪ロング多いから転生先に困んねーんだよアタシは。多過ぎだろ銀髪ロング。アタシは芦毛だけどよ。次はカサマツでオグリの代わりにデビューでもしてみっかぁ?タマパイセンとガチるのも楽しそーだよなぁ、明石焼き勝負でよ!
以上解説文責はゴルシちゃんだぜ。
・アグネスタキオン
前世は競走馬『アグネスタキオン』。現在中学生。あと数日で15歳。
あっさり人間の生活に順応し頭脳と環境に恵まれたことを自覚して好きな研究を繰り返す人生エンジョイ勢筆頭。人格のベースが前世なためか少々口調が男性寄り。性自認はちゃんと女性。
本人は普通の家庭と言っているが原作通り実家は良家で研究の初期投資も両親が賄ってくれた。誕生日プレゼントに4000万円の電子顕微鏡(現在も愛用中)をぽんと渡すなど親バカ極まってる家族である。数十倍じゃきかないほどの利益で返ってきて両親は白目を剝いた。
目下の楽しみは自身の最高傑作と謳われた愛娘『ダイワスカーレット』に出会うこと。今世でヒトの生活様式を学んだのでヒトのように寄り添って愛でたいと思っている。
スカーレット君は賢いねえ末は博士か大臣だねえ。
・ツルマルツヨシ
1日入院。
・カツラギエースに懸賞金かけた人
日本ウマ娘トレーニングセンター学園生徒会長シンボリルドルフ。
ポケットマネーから出しているのでシンボリ家の会計に不正はありません。
沢山の感想が嬉しくて続編書けました。
私褒められて伸びるタイプなんです!
基本遅筆なので続くかどうかはうんまあ。
1話完結で楽しめるように書いてるつもりなのでそんな感じでお願いします。
猫井でした。
12/19 Othuyegsさん誤字報告ありがとうございました。常用外の漢字ですがタキオンなら使うだろうな、とうことでそのままにさせていただきます。