記念すべき日の門出に、全ての鳳翔さん、提督の皆様にこの物語を贈ります。
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鳳翔が改二になる日 | 暁の瑞雲 #pixiv https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=18854016
師走の早朝、まだ薄寒い店内に立つ鳳翔の身体からはうっすらと湯気が立ち昇り、いつもの修練をこなした後だということが見て取れる。
「――シュンシュンシュンシュン」
ストーブの上においた「やかん」から、ふつふつと蒸気が吹き出し始め、それを合図にするかのように、居酒屋鳳翔を任せられている軽空母鳳翔は、当日の仕込み作業に取りかかる。
手順は様々だが、いつものように根野菜、とりわけ量の多いじゃがいもの皮を剥き、水にさらす事から始める。
傍目から見て大変なように見えるが、何百回、何千回と繰り返し行ってきた動作は苦にならない。
手を動かしながら、居酒屋を訪れる艦娘達から聞いた様々な出来事を想像することが楽しみな事は、実は誰にも言っていない。
「さーて。次はっと」
自分が作った料理を食べて喜んでくれる提督、艦娘達の笑顔を思い浮かべながら今日の献立をどうしようかと思案し始めていると、
「ガラガラガラガラガラ!」
立て付けが悪くなってきている引き戸を荒々しく開けて提督が訪ねてきた。
「はぁっ、はぁっ…。あ、ほ、ほうしょ、さ、ん、はぁっ、はぁっ、はぁっ」
提督は何か喋ろうとしているが、余程急いできたのだろう、息を整えられず言葉を繋げることが出来ないでいる。
何か用事があるときにでも、丁寧に挨拶をしてから入店してくる提督が、こんなに慌ててお見えになるなんて。何か大変なことが起きているのではないかと鳳翔は心配になってくる。
「提督、まずは落ち着いて座って下さい。それから、ほら。お水を飲んで。」
冷たい水をコップに注ぎ手渡すと、提督はそれを一気に飲み干し、息を整えるのに集中する。
「はぁっ、はぁ、はぁ、ふぅ、ふぅ」
背中をさすっていると、提督の息が整ってきたのが分かる。良かった。
提督の肩は、まだ激しく上下していたが、唐突に言葉を発する。
「鳳翔さん、改二だ」
「はい?」
「改二」
「蟹?」
蟹? 蟹ですか? 寒くなってきましたし、今日はお鍋がいいのかしら? でも困りましたね。蟹はまだ仕入れていないのですが。
「鱈ならありますが」
「そうじゃない、改二だ! 改二改装だ!」
「改二改装ですか? ああ! なるほど。だからお祝いの料理のご相談に来たのですね。でも、そんなに慌てているということは、先般の大和さんに次いで、余程の改装計画なのですね」
鳳翔は、大和に改二が実装された時に、提督が早朝から改装記念パーティーの相談に来たことを思い出した。
そのときは、こんなに慌てていなかったのに、今回はどなたの改装なのでしょうか。
「もしかして、海外の大型艦の方ですか? 当てて見せましょうか。うーんと、アイオワさんでしょう?」
「違う! 君だ」
「キミ? キミーさんなんていたかしら??」
「ちがーう! 鳳翔さん、君だよ! 軽空母鳳翔の改二改装だ!」
「え……? ええっ? ええええええっーーーー!?」
早朝の鎮守府に鳳翔の叫び声が響き渡る。
その声は、起床ラッパが鳴る前に、多くの艦娘達の目を覚ますほどに大きかったという。
- 空母寮
「ついに、鳳翔さんが改二……」
「ええ、そうね」
涙目で抱き合う一航戦赤城と加賀。
「やっと、やっとなのね」
「多聞丸にも報告しなきゃ!」
二航戦蒼龍、飛龍は和やかに語らう。
「翔鶴ねえ、何かお祝い贈りましょうよ」
「ええそうね、みんなにも相談して決めていきましょう」
五航戦の鶴姉妹は、改装後の記念パーティーで贈る品の相談を始めている。
そんな空母勢とは裏腹に、軽空母達は、鳳翔が改二になれば当然出撃機会が増えるだろう、ということを想定し、鳳翔が出撃していた頃から変わったこと、実装されていなかった装備の扱い方などを、あーでもない、こーでもないと資料にまとめており、鳳翔が出撃する時に少しでも役に立つようにと一致団結して作業に没頭していた。
また、甘味処間宮では、
「伊良湖ちゃん、鳳翔さんが改二になるということは、鳳翔さんが留守をする機会が増えるということですよ。分かりますね」
「はい」
間宮と伊良湖は、鳳翔が出撃した日には、自らが居酒屋鳳翔の炊事場に立つことを想定して動きはじめていた。
当然、他の艦娘達の間でも鳳翔改二の話はあっという間に広まり、食堂や休憩室ではその噂で持ち切りとなる。
鎮守内を歩けば、鳳翔さん改二という単語が飛び交い、嫌が負うにも鳳翔改二に係る期待は大きくなっていった。
- 改装当日の朝
「いよいよですね」
鳳翔が真新しい袴に身を包み、改装ポットに入ろうと入口の扉に手をかける。その細い手は、遠目に見ても明らかなほどに震えていた。
それはそうだろう。鳳翔が改になったのはおよそ10年前なのだから。
そのため、改装を見守る艦娘達も、姉妹艦の改装や、同郷艦の改装の時とは異なり、どう声をかけたら良いか分からず、無言のまま静まりかえっていた。
- 軽空母鳳翔
居酒屋にいけば、戦闘指南をしてくれる。失敗した時には話を聞いてくれる。つらいときには涙を拭いてくれる。そんな鎮守府のお母さん的存在。
全艦娘が待ち望んでいた鳳翔改二、その改二改装とあれば、それぞれに深い想いがあろう。
鎮守府の全艦娘は万感の想いでその場にいた。
と、その時、
「ホウショー、どーんといくデース!」
固唾を飲んで見守っていた艦娘達の中から、金剛が大きな声で叫ぶ。
「ホウショー、あなたは改二改装に相応しい実力があるカラ、今日、そこにいるのですヨ! 自信を持つデース!」
大きなVサインを両手に掲げて、ニカッと笑う金剛に、鳳翔は手を大きく振り返す。
金剛の大きな激励は、他の艦娘達の溢れそうな想いの堰を断ち切ったのであろう、それを皮切りに全員が次々と激励の声を上げていく。
「鳳翔さん、頑張って!」
「しっかりね!」
「無事に帰って来て!」
その声はおおきなうねりとなって鳳翔の心を揺さぶった。
「ありがとう、皆さん。鳳翔、行きます!」
しっかりと応える鳳翔のその手は、もう震えてはいない。
「鳳翔、しっかりな」
「はい、提督、待っていて下さいね」
こうして鳳翔は、改装ポットへとその身を滑り込ませた。
2022年12月6日火曜日 夜
午前中から開始された軽空母鳳翔の改二改装は成った。
その姿は言葉に出来ないほど美しく凜としており、その自信に満ちた表情からは、凄まじいポテンシャルが伝わってくる。
鳳翔が改装ポットに入ってから誰一人とその場を離れることなく、立ち会っていた艦娘達は、その姿に感涙。祝福の拍手はまるで嵐のように鳴り響き、近隣の住民から問い合わせがあったほどだったという。
「鳳翔さん、今日は何がお勧めかな?」
雪の降る夜、肩の雪を払い落としながら来店した提督が問う。
「そうですね。今日のお勧めは肉じゃがです」
「お! いいね。じゃあ、肉じゃがひとつ、それから熱燗を1本」
「かしこまりました」
居酒屋鳳翔を営む軽空母鳳翔はにっこりと微笑む。
その笑顔の下に、秘めた力があることを提督は知っている。
鳳翔が改二になってからも早朝の修練を欠かさず、料理スキルの向上に今まで以上に取り組んでいること、そして、新たに習得した能力があることも知っている。
それは、改装後に執務室で改装結果報告書を整理している時だった。
「提督、ご相談があるのですが」
「何だい、鳳翔さん」
「―実は」
「ふうむ。では君には一部の戦艦と同じように特殊な艦載機発艦能力があると?」
「はい。自分でも分かります。その能力の名は『二の矢、三の矢』、私が艦載機を射出した後に、随伴する空母の子達が続いて艦載機を発艦するというものです。つまり、初手の航空攻撃の後、さらに3連続の航空攻撃が行えます」
「そ、それは凄いじゃないか!」
「ええ、でも……」
2人で話し合った結果、その能力は封印することとなる。
何故なら、今でも修練を欠かさない空母達に配慮する必要があると判断したからだ。
修練によって身に着いた能力ではなく、改装で発現した能力ならば、先に改装した子らはどう思うだろう。そして改二改装すらまだ来ない子達は何を感じるだろうか。
「私はこんな能力よりも、修練を欠かさず、心技体を維持、向上させ続ける事こそが本当の強さを身に付けるために大切なことだと思うんです」
「ああ、分かるよ。だが、鎮守府の危機、そして出撃中に艦隊が危険に晒された時は迷わず使ってくれよ」
「はい、分かりました」
だが、恐らくその日は来ない。何故ならこの鎮守府には、百戦錬磨の空母達がいるからだ。
「私はね、提督、彼女たちを今までもこれからも支えてあげたいんです。もう生きがいみたいなものですね」
温まった熱燗を、コトリと提督の前に置いたその時、
「おー! 提督、何を一人で寂しくやってるんだ? まあこっちにこいよ」
隼鷹に声をかけられた提督は、仕方がないなという表情で鳳翔を見やると、すでに出来上がっている彼女らの輪に加わるために席を立つ。
「鳳翔、今度二人でゆっくり飲もうな」
「はい」
強く、そして美しく。
軽空母鳳翔は、その秘めた力とともに、今まで以上に提督と艦娘達を支えていくことだろう。
完