浮雲流れて   作:麒麟です

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 伐刀者が台頭し、世界は常に火種を抱えて燻っている。

 その一つ“解放軍(リベリオン)”。

 この組織は、伐刀者を選ばれた人類として賛美し、割とありふれた選民思想の下で新秩序を築かんとする要はテロ組織だ。

 この組織の厄介な点が世界規模で展開されており、尚且つ国境を問わずに活動している点だろう。

 要するに、日常を過ごしていてもその傍らには常にテロに巻き込まれるかもしれないという可能性が付きまとっていた。

 

 ステラ・ヴァーミリオンが日本へとやって来て、深いかかわりがある者といえば、やはり同室の黒鉄一輝が一番に挙げられるだろう。

 では、二番目はどうか。こちらで上がるのは、三舟鹿史郎だろう。

 前者に対しては、淡い羨望と甘酸っぱい気持ちを。後者に対しては、友情を。それぞれに抱いていると言って良い。

 だが同時に、彼女は知らない事も多々あった。特に後者(三舟鹿史郎)に関しては。

 知っているとすれば、やる気の無さ、面倒くさがり、そして圧倒的な剣術の腕だろうか。眠るのが好きで、怠惰で、退廃的。相手を揶揄うのも好きで、しかし同時に相談を持ち掛ければ嫌そうな顔を隠さないが面と向かって断る事も無い。

 スタンスが変わらないのだ。平坦で、そして一歩引いたような立ち位置を崩さない。

 

 だからこそ、その光景には目を剥いた。心の底から、驚愕した。

 事の発端は、訪れていたショッピングモールでのテロ。

 紆余曲折から選んだアクション映画。一階から四階へと移動するところで、一輝とそれから有栖院凪がお手洗いで離脱して待つ事になった、のだがここでテロが発生。

 人質たちは一階に集められ、その周りを銃火器で武装した十人程の男たちが取り囲む。

 その中に混じる様にステラ、珠雫、鹿史郎の三人はいた。

 彼らだけならば、たかだか数十人程度のテロリスト物の数ではない。“使徒”と呼ばれる解放軍の伐刀者も数で圧倒出来る事だろう。

 しかし、この場には五十人程の人質が居る。迂闊に動けば流れ弾が後方へと抜けて、誰かしら傷つくかもしれない。

 そして、事態は混沌へと転がり落ちていく。

 

「お母さんをいじめるなぁーーーーー!」

 

 幼い声と共に、小学生ぐらいの子供が解放軍の一人へと襲い掛かったのだ。

 その手に持っていたアイスクリームを投げつける。が、そんなもの相手のダメージになる筈もなく。寧ろ、火に油を注ぐだけ。

 元より血の気の多い男なのだろう。アイスで汚されたズボンを見た瞬間に容易く激昂した。

 

「この、ガキがぁあああああ!」

「あぐっ!?」

 

 腰ほども無い子供を容赦なく蹴る。

 ここで割って入ったのが、子供の母親であろう若い女性。よくよく見れば、その腹部は膨らんでおりどうやら妊娠している事が分かった。

 それでも、選民思想に憑りつかれた男の怒りは収まらない。

 仲間の制止も聞かずにライフルの銃口が向けられ、その引き金が――――

 

「ぶひゃあ!?!?!」

「…………」

 

 引き金が引かれる瞬間に、男の顔面に拳が突き刺さりその体は勢いよく後方へと吹っ飛ぶと強かに柱の一本へとめり込む勢いで叩き付けられていた。

 あまりの光景に、解放軍のメンバーも目を剥いて動けない。彼らの大部分は武装したチンピラ同然。訓練を受けた兵士には劣る。

 ただ茫然と、男を殴った気怠そうな少年を見るばかり。

 そして彼、三舟鹿史郎は解放軍を一瞥する事も無く、振り返って膝を付くとポケットに突っ込んでいたハンカチを取り出して子供の滲んだ血を拭う。

 

「良い勇気だぜ、ボウズ。でもな、蛮勇は自分だけじゃなく周りを傷つける。忘れるな?」

「う、うん…………」

「今は、分からなくてもいい。最初に助けてやれなくて悪かったな」

 

 子供の頭を一撫でして、呆然とする母親に一礼して鹿史郎は立ち上がる。

 当然ながら、呆然自失から戻ってきた解放軍たちは銃を人質へと構えた。

 何であれ、この身の程知らずのガキに思い知らせる。だが、生憎とだが彼らは余りにも()()()()

 

――――鳴雲雀

 

 甲高い鳥の鳴き声の様な音共に、血飛沫が舞う。

 いつの間にか固有霊装を取り出していた鹿史郎の目も止まらぬ抜刀からの、その切っ先から発生する()()()衝撃波。

 それは、凪いだ湖面に水滴を落とすが如し。人質たちの頭上を駆け抜けた鋭い衝撃波は容易に防弾チョッキを切り裂き戦意を削ぐには十分すぎる重傷を負わせて見張り一同を沈黙させてしまった。

 左手に逆手の鞘。右手に順手の刀を握って、鹿史郎は前を見る。

 

「おいおいおいおい、コイツはどういうこった。なぁんで、伐刀者が混じってやがる?」

 

 顔に刺青のある黒地に金刺繍のある外套を着た若い男と、それからその男に付き従うようについてくる十人程の武装した男たちがそこには居た。

 

「俺のカワイイカワイイ部下たちが、世話になったみたいだなぁ?」

「猿山の猿より煩くてムサイ奴らが可愛いとは、目玉腐ってるんじゃないか?」

「ヒヒヒヒ……まあ、確かに。でもまあ、落とし前ってのはつけなくちゃならねぇんでなァ」

 

 言うなり、男が横目に確認するのは柱に凭れかかって沈黙している部下の一人。妙にズボンが汚れており、ついでにこの部下の気性から何かが起きたのだろうと逆算していく。

 

「ヒーロー気取りか?まあ、ガキにはよくあるこったな。世界の広さを知らねぇ」

「…………」

「今もそうさ。御大層な得物を持っちゃいるが、状況は何も好転しちゃいない。寧ろ、悪化させちまってるんじゃあねぇかあ?」

「…………」

 

 ペラペラと語る男に、しかし鹿史郎は何も言わない。

 ただぼーっと虚空を眺めて、見るからに男の話を聞いていなかった。

 当然と言うべきか、男の蟀谷に青筋が浮かんだ。元より、精神面の発達が低く悪ガキがそのまま凶悪に救いようのない成長を遂げた様な彼にとって許せるものではない。

 懐から取り出すのは、黒光りする拳銃(ガバメント)

 伐刀者を殺す、ないしは傷つけるには無力な代物だが、しかしその一方で人一人の命を奪うには余りにも簡単に追行できる物。

 

「テメーのその舐め腐った態度で死人が出るんだよォッ!」

 

 引かれる引き金。空中を突き進む弾丸。

 ()()()が響いて、

 

「ぎゃ!?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 硝煙を上げる拳銃を片手に、男は目を見開く。

 

「テメー……!」

「どうしたよ、猿山の大将。幽霊でも見た様な面をしているぞ?」

 

 鹿史郎は、鼻で嗤う。

 彼が何をしたのか。それをハッキリと見たのは、同じ伐刀者である者達位だろう。

 

「……やっぱり、化物染みた技量よね。あそこ迄繊細な技、イッキなら出来るかしら」

「お兄様なら可能でしょう…………ですが、実用性には欠けますね」

 

 ステラと珠雫が見たのは、ある意味で人類の極致の様な技だった。

 拳銃から放たれた弾丸を前に、鹿史郎はその射線へと刀を添えたのだ。

 伐刀者の中には、弾丸を見切って切り払う事が出来る者も居るだろう。現に、鹿史郎もやろうと思えば出来る。

 だが、彼は敢えてそれをしなかった。

 迫りくる弾丸。射線に添えた刀に当然ぶつかるがここから、絶技。

 なんと、その刀身に刻まれた溝、“樋”や“血流し”と呼ばれるここに弾丸を添え、その場で回転。

 弾丸の勢いを殺すことなく再び前を向くと同時に刀を振れば、溝に沿っていた弾丸がUターン。そのまま武装した男たちの一人に当たっていた。

 弾返し。息をするように、彼はアッサリと事を成した。

 

「…………そろそろか?」

 

 注目を集めるようにボケっとしているのも、ちゃんと理由があっての事。

 欠伸ついでに後ろを確認すれば、強い瞳が返ってきた。

 それを確認し、鹿史郎は一歩前へと踏み出していく。

 

「ヒヒヒ……良いのかぁ?壁役のテメーが離れてもよォ?」

「お前らこそ、そこから集中砲火すれば、仲間に弾丸が当たるぞ?」

「新たな世界の礎になれるんだ、“名誉市民”も本望だろうよ!」

「…………だから、お前らみたいなのは嫌いなんだよ」

 

 選民思想は、一種の宗教だと鹿史郎は思っている。無論、そんな事言った暁には色々とぶっ叩かれるために、聞かれるへまはしない。

 そもそも、一番注目を集めている彼だが、既に作戦は進行中なのだ。それも、もう終わった。後は発動するだけ。

 

「――――んじゃ、始めようか」

「“障波水蓮”!!」

 

 鹿史郎が刀を右へと振り、その合図とともに人質の周りに逆巻く水の壁が現れる。

 こんな事を行えるのは伐刀者だけ。

 

「テメェの仕業か!?」

「さあてなぁ?」

「チッ!そんなに死にたきゃ、くたばりやがれ!お前らァ!人質に向かって、ぶっ放せェ!!!!」

 

 マズルフラッシュと共に吐き出される弾丸たち。

 元々制度の宜しくないアサルトライフルである点と、練度不足かブレる銃口のせいで弾が大きくブレて宛ら制圧射撃だ。

 自身に当たりそうな物だけを斬り飛ばす鹿史郎。残りが水の壁へと迫り、

 

「なっ!?」

 

 紅蓮の業火が瞬く間に弾丸を焼き払ってしまった。

 男は悟る。目の前の厄介な子供だけではない。この場にはまだ伐刀者がいる。それも、迫ってくるライフル弾を一瞬で焼き払ってしまうような強者が。

 そして、戦いの場において動揺は大きな隙となる。

 

「ッ!?なんだ、体が!?」

「か、影が変に……!」

 

 動揺した武装した男たちの体が、その場に縫い止められる。その直後には頭上からの急襲によって叩きのめされていた。

 一対一。

 

「クソが……!テメーら、どれだけ仕込んでやがった!?」

「勝手にそっちが襲撃してきただけだろ」

 

 軽い口調のままに前に出る鹿史郎。

 右手の刀が振るわれ、最低限の抵抗のように男の左手が前に出る。

 

(馬鹿が!)

 

 内心で男は、嘲う。

 彼の固有霊装は、二つで一つ揃えの指輪型。名を、“大法官の指輪(ジャッジメントリング)”。

 その特性は、左手であらゆる危害を“罪”として吸収し、右手のリングより“罰”として放出するというもの。

 単純故に、強力。何より、相手が強ければ強いほどにその反撃は強力となる。

 

(ヒヒヒ、死ねッ!)

「――――考えが浅い」

 

 しかし、想定通りに事は運ばない。

 左手のリングと触れあう寸前で、鹿史郎の右手がピタリと止まる。

 嫌な予感がした、というものとそれから目の前の男の余裕な態度を見たからだ。

 そこから、相手が反応するよりも早く、左手を動かしていた。

 

「ぶげっ!?」

 

 逆手の鞘。その先端が男の右頬に叩き込まれる。

 最初に殴り飛ばされた男以上の速度と威力で吹っ飛び、その体は近くの壁へと叩きつけられていた。

 大法官の指輪は強力だが、攻撃の吸収はあくまでもその右手の範囲だけに限られている。防げるかどうかも、当人次第。

 つまり、認識外の攻撃に関しては無力でしかないのだ。そして、吸収が出来なければ攻撃力も当人の実力異存。

 壁に叩き付けられる男。肺の空気と共に血が口から溢れる。

 

「カハッ…………おげっ!?」

 

 その無防備な胴体へと追撃が突き刺さる。

 殴り飛ばした鹿史郎が駆ける勢いのままに跳び蹴りを敢行していたのだ。

 蜘蛛の巣上に亀裂の走る壁。硬い石材や鉄板などが用いられているだろう壁が、まるで飴細工も同然だ。

 男が気絶した事を確認し、鹿史郎の右手がブレる。

 

「念入りだね」

「この手の輩を止めるなら、これが一番早い。出血も少ないしな」

 

 近付いてきた一輝が見るのは、壁にめり込んで気絶する男だ。その両手足の一部から僅かに出血が見られる。

 鹿史郎が切ったのだ。男の腱を。

 容赦ないが、四肢の一部を斬り飛ばすよりはよっぽどマシ。

 ジッと気絶した男を見る鹿史郎の背に、一輝が声を掛ける。

 

「それにしても、珍しいね鹿史郎」

「……うーん?何がだ?」

「怒ってる所さ。少なくとも、僕は初めて見たよ」

「…………怒ってたか?」

「僕が見た範囲じゃ、ね。勿論、見間違いかもしれないけど」

 

 そう、黒鉄一輝は彼が激情にも似た感情を抱いている姿を初めて見た。少なくとも、一輝には、鹿史郎が怒りを湛えているように見えたのだ。

 実際、らしくは無いだろう。いつもの彼なら、人質に混じったままうたた寝してしまいそうなものだ。

 だが現実問題、一番最初に飛び出したのは彼だった。

 事を終結させようとする、というよりも感情のままに飛び出してしまった様な、そんな感じ。

 言われて自覚したのか、鹿史郎は己の頭を掻いた。

 

「んー……まあ、そんな時もあるだろ。敢えて理由を付けるなら、俺はこの手の輩が嫌いってだけだな」

 

 未だに固有霊装を消そうとしない鹿史郎はそう言って、気絶する男を見る。

 前髪で隠れた目元のせいか、その瞳に宿る感情は一輝からはうかがえない。ただ、言葉の通りならば決して良い色ではないのだろう。

 兎にも角にも、一件落着。そんな空気に充てられてか雰囲気も弛緩していく。

 気の緩みは、隙でしかない。

 

「う、ううう動くんじゃねぇ!!!」

 

 響いた声にこの場の全員の目が集まる。

 見れば、人質の中に目を血走らせた男が居た。その足元には、少しふくよかな中年の女性が居り。その女性へと向けて拳銃を突きつけている。

 

「人質の中に……!」

「知恵の回る馬鹿ってのは、相手するの面倒だな」

 

 今の所“一刀修羅”の状態である一輝にしてみれば、距離を詰めて制圧するなど容易だ。

 だが、銃口が余りにも近すぎた。妙な動きをすれば、その時点で引き金が引かれ鉛玉が命を刈り取る。

 比較的人質に近いステラと珠雫も動けない。状況終了と見て、気を抜いてしまっていたからだ。

 

「妙な動きするんじゃねぇぞ!?このババアの頭ぶち抜いてやるからな!?」

「た、助けて………」

「分かったか!?分かったら、ビショウさんを――――」

「――――お前が、少しでも指を動かしたら、この男を殺す」

 

 叫ぶ男の声に対して、静かなしかし芯のある声が響く。

 見れば、鹿史郎が気絶した男、ビショウの額に切っ先を突きつけていた。

 隙間は毛筋一本ほど。少しでもその手を動かせば、容易くその切っ先は額を貫き脳梁をぶち撒く事になるだろう。

 

「お前の一挙手一投足が、お前たちの崇める伐刀者の命に直結する。言ってる意味、分かるか?」

 

 淡々と、それこそ聞いている側が寒気がするほどにその言葉には人としての温かみとも言うべき温度が感じ取れなかった。

 人質を取って優勢に立ったかと思われたが、その人質としての有用性という面でそこには天地の差があった。

 殺る気だ。一切の手心も無く、あの男は自分たちの信奉者を惨殺する。銃を突きつける男は理解してしまい、頭に上っていた高揚の血も一気に引き抜かれる思いだ。

 その後は、語るべくもない。戦意を喪失した男を、ステラが叩きのめして事態終結。鹿史郎もビショウにこれ以上傷をつける事無く固有霊装を収めた。

 

「はぁー…………」

 

 その溜息は重さを孕む。


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