※pixiv様にも同じ話を投稿しています
「ふぅ~……」
なんとかディクタとチヨノオーから逃げた私は
誰も居ない屋上で腰を下ろした。
いきなり、全力で走ったせいか息苦しい。
とりあえず、つけヒゲを取ると
気分も落ち着いてきた。
落ち着いてしまったから
あの時の事をまた思い出してしまう。
「負けた……」
毎日王冠の時とは違う。
イナリの最後に見せた走りは凄まじくて
私も一度は負けたと思い込むほどだった。
でも、あの時は、今年の秋の天皇賞では
遠回りになってしまったけれど
最後は絶対に届く勢いで走ってたつもりだったのに。
あと一歩と思った瞬間
クリークはゴールを駆け抜けていた。
私には負けた原因が分からない。
ベルノやろっぺいもたくさん説明してくれた。
クリークの高速ロングスパートについても
詳しく説明してくれて、次は勝とうと応援してくれいる。
なのに、私はまだ分からない。
私に何が足りなかったのかが分からない。
今の私ではクリークとオベイに勝てる気がしない。
「私はどうしたらいいんだ……タマ……」
弱音を口にするべきじゃない。
タマはいつだって強くあってくれたから
私もそうありたい。
そうありたいのに、立ち上がる気力すら湧かない。
ただ、吞み込まれる。
あの時と同じで、何の抵抗もできないまま……
※
「キミ」
誰かの声がした。
なんだか、よく聞く声に似ているけれど
誰の声か分からない。
「こんな所で寝ていたら
風邪をひいてしまうぞ」
私が目を開けると
そこに長い髪の芦毛のウマ娘がいた。
西部劇に出てくる人のような恰好をしている。
「私はずいぶん寝てしまっていたのか……」
不意にぐーとお腹が鳴ってしまう。
知らない相手に聞かれてしまって少し恥ずかしい。
「お腹が空いて動けなかったのか。
なら、これを食べてくれ……!」
彼女は懐からクリームパンを出してくれたが
その手は震えている。
「貰ってもいいのだろうか……?」
「空腹が辛いのは私も分かる……
だから……」
「キミはとても優しい人だな……
なら、半分、貰ってもいいだろうか?」
「ああ……」
私と芦毛のウマ娘はパンを半分にして食べる。
「これは……かぼちゃか……」
「ああ、カボチャクリームのパンなんだ。
今日はハロウィンのお祭りだから
いろんな料理やお菓子が屋台で売られているんだ」
「そうだったのか……」
貰ったパンのおかげで力が少し戻った気がする。
「ありがとう……
とても、美味しかった……」
ただ、それでもお腹がまた鳴ってしまう。
芦毛のウマ娘も輪唱するようにぐーという音を出す。
そんな彼女が私にありがたい提案をしてくれた。
「よかったら一緒に屋台をまわらないか?」
「いいのか?」
「ああ、ちょうど休憩時間なんだ。
ところで、キミの名前は――」
「私の名前はオグリキャップだ」
私が名乗ると彼女はハッと驚いた。
珍しい名前だったのだろうか。
「すごい偶然だな。
私の名前もオグリキャップなんだ」
※
私はオグリキャップと一緒に屋台を巡っている。
どの料理も、お菓子もとても美味しい。
「このカボチャのどて煮も美味しいな。
カサマツでは食べた事が無い味だ」
「キミは笠松に行ったことがあるのか!」
「カサマツは私の故郷だ」
「本当にすごい偶然だ……!
私も笠松からこっちに来たんだ!」
「そうだったのか!
通りで味の好みも似ているわけだ!」
今まで出会えなかったのが勿体無い。
そう思うくらい私はオグリキャップと気が合った。
次は何処の屋台に行こうか。
そんな相談をしながら楽しく歩いていると
白いフードを被るウマ娘と彼女に連れ添う
コウモリの羽を付けたウマ娘と出会った。
「オグリさん。こんにちは。
お隣の人は――
オグリさん!?」
「ライスはオグリを知っていたのか」
「よく分からないが
私は少し有名らしいんだ」
それでも、ライスと呼ばれた娘は
未だに驚き続けているみたいだった。
何かまずいことをしてしまったのだろうか……
「同じ名前で、同じ声で、姿も同じ……
ただのそっくりさん……なの……?」
「この場所には同じ名前のファイルが存在します」
「ブルボンさん?」
「以下の処理を選択してください。
コピーして置き換える。
コピーしない。
コピーするが――」
「ブルボンさん!?」
ブルボンと呼ばれた白いフードのウマ娘の
目がぐるぐると回り、頭から湯気が出ている。
おそらく、よくない状態だと思う。
「キ、キミ……大丈夫か……?」
「問題が発生したため、PCを再起動する必要があります。
エラー情報を収集しています。再起動できます。」
「ブルボンさん!!」
突然、ブルボンが倒れると、彼女をすぐさまライスが支えた。
私たちも急いで加勢に入る。
「オグリさんとオグリさん!
ブルボンさんを急いで保健室に!」
「「わかった!」」
※
ブルボンは軽い知恵熱を出しただけで
少し休めばすぐ回復できるらしい。
「すまない……私のせいで……」
「ビックリさせてしまって……」
「い、いえ!オグリさん達はなにも悪くないから……」
私が来たからオグリとライスとブルボンに
沢山の迷惑をかけてしまい申し訳ない……
「あの、ブルボンさんはライスが付き添うから
オグリさん達は屋台巡りの続きを……」
「二人を放ってはおけない」
「私も付き添わせてくれ」
ライスは私たちをじっと見つめる。
ここにいるのは迷惑になってしまっているのだろうか……
「……やっぱり、どっちのオグリさんも
同じオグリさんなのかも……?」
「「どういうことだ?」」
「お二人とも全く同じオグリさんに見えて……
同じオグリさんが同じ場所にいるみたいで……」
「「同じ……」」
ライスの言葉で私は本当の事に聞こえている。
もう一人のオグリもおそらく同じ考えだろう。
彼女は私なのかもしれない。
「ご、ごめんなさい……
ライス、ヘンなこと言っちゃって……」
「いや、そんな事は無い……」
「私たちは同じなのかもしれない……」
「やっぱり、キミは私なのか……」
「そうかもしれない……」
何かに気づきかけたその時だった。
扉を開いて、聞き覚えのある声が響いた。
「あの!ブルボンちゃんは大丈夫でしょうか!?」
包帯で身を包んだクリークが
私が負けたスーパークリークが姿を現した。
「クリークさん!
ブルボンさんは軽い知恵熱だから
少しお休みしたら治るって……」
「よかった……!」
「私たちがブルボンを脅かせてしまったんだ……」
「え……?
オグリちゃんが二人……?」
覗き込んで来るクリークに対して
私は思わず顔を逸らせてしまう。
クリークをまた睨んでしまうかもしれないから。
まだ、私は敗北を受け止める事ができていないから。
「どうしたんだ……?」
「大丈夫ですか……?」
みんなが私を心配する声に混じって
ここに向かって走る音が廊下の方から聞こえる。
私はその音は決して忘れない。
私が追いかけ、私を追ってきた
彼女の走りを私は忘れない。
「大丈夫か!?ブルボン!!」
タマだ。
タマがいる。
私の体が勝手に動いて
気が付くと私はタマに抱きついていた。
「おわ!?オグリ!?
いきなりどないしたんや!?」
「タマ……!
ずっと、会いたかった……!」
タマの体の感触はあの時と
去年の有マ記念の時と――
違う。
タマなのに。
タマじゃない。
私は彼女から体を離して
その顔を見る。
やっぱり、タマだけど、タマじゃない。
「キミは、タマなのにタマじゃないのか……」
「なにを言うてんねん……?
というか、オグリが一人多いのは
ウチの気のせいよな……?」
「いや、気のせいじゃない……
私は今、二人いる……」
私の後ろでもう一人の私の声が聴こえる。
そうか……
キミは私だけど、私じゃなくて
ここのタマは、キミのタマなんだな……
私のタマじゃない……
※
「子供の頃は何になりたかった?」
「「どて煮だ」」
「今年もサンタへの手紙は書くんか?」
「「もちろんだ」」
「レースで一番脚に力が入るのはどこや?」
「「2番の棒を通った時だ」」
「やっぱり、どっちもオグリやな……」
「「やっぱり、そうなのか……」」
ブルボンの事をライスとクリークに任せた後
私と違う私。
そして、私が知らないタマとあと一人を加えて
使われてない教室で今の状況を整理してもらっている。
「あの、私からもよろしいでしょうか?
えーと……海賊の衣装を着ているオグリさん」
手を上げたのはロブロイという頭の良さそうなウマ娘だった。
移動する最中に私たちを見かけて手助けしに来てくれたのだ。
「ああ、なんでも聞いてくれ」
「ありがとうございます。
その、オグリさんの笠松にいるお友達を
教えていただけませんか?」
「わかった。まずはマーチ。それから――」
「まってくれ。私はマーチという人を知らないぞ」
「……知らない?
ノルンにルディ、ミニーは?
もしかして、ベルノとキタハラもか?」
「すまない……」
もう一人の私はカサマツのみんなを知らない。
もう一人の私が知っている人たちを私は知らない。
知っている人たちも私が知っている人と同じではない。
その事に私はとても寂しい気持ちになってしまう。
「違うところもあるんやな。
ウチもオグリからその人らの名前は聞いたことあらへん」
「つまり、海賊の格好をされたオグリさんは
何かがあって、こちらとは少し違う世界から
こちらの世界に来たんだと思います。
原因は分かりませんが……」
私は世界でひとりぼっちになった気がして
みんなと、私のタマとまた会えないかもしれない
不安で頭がいっぱいになってしまう。
「すみません……お役に立てなくて……」
「いや、今の自分がどうなっているか知れてよかった……
ありがとう……ロブロイ……」
ただ、こちらの世界のウマ娘たちも
もう一人の私も、私の知らないタマも
みんな優しくて、少しだけ安心する事ができた。
「私からもいいだろうか?もう一人の私」
「ああ……」
「キミはクリークと何かをあったのか?」
不意にきた聞かれたくない質問に対して
私は咄嗟に言葉が出ない。
あんな態度を取ってしまったのに。
今は口を閉じている時じゃないのに。
「言いたくないのなら……」
「私はクリークに負けてしまったんだ……
絶対に勝ちたかったレースで……」
私は”秋の天皇賞”である事を打ち明けられなかった。
私のタマじゃないけど、タマがいたから。
一番知られたくなかったから。
「そうだったのか……
私も夏合宿の時にクリークの強さを
思い知らされたから、気持ちはわかる……」
「そっちの彼女も強かったんだな……」
私は、いつも自分の事だけで精一杯だった。
全力で走る事だけしか考えられなくて。
だから、レースの全てを把握した彼女に負けた。
タマやオベイの様に全てを見ていた彼女に負けた。
タマのノートを読んで私は始めて知った。
タマ達が一つのレースに勝つ為にどれだけ考えているか。
力任せの私と違って――
「すまん。ロブロイとこっちのオグリ。
こっちに来たオグリと二人きりで話をさせてくれんか」
私の沈黙にタマが応えてくれた。
そんなタマの考えをもう一人の私は理解していた。
違う私はレース以外のタマの姿を知っている。
ターフでしかタマを知らない私と違って。
「わかった。
行こう。ロブロイ」
「は、はい」
二人が部屋から出て私はタマと二人きりになる。
一緒に有マ記念でゴールした時以来はじめて。
「えーと、改めてー
始めまして。違う世界のオグリ」
「……はじめまして。タマ」
やっぱり、違う。
私の知っているタマじゃない。
でも、それでも……
「いきなり、本題になってまうけど、堪忍してな」
「……ああ」
「アンタがクリークに負けたレースは
よっぽど大事なレースやったんやろ」
「……私が初めてタマと一緒に走ったレースだったんだ」
「向こうのウチとか……」
「絶対に私が勝ちたかった。
なのに、私は届かないて……
あと少しだったのにクリークには届かなくて……」
涙が止められない。
こんな姿をタマには絶対に見せたくなかったのに。
「全てを出し切ったのに届かなかった……
私はタマからも力を貰ったのに……」
情けない姿を見せている私を
タマは静かに側に寄り添ってくれる。
キミはこんなにも優しかったんだな。
だからこそ。甘えたくない。
キミのライバルでいたいから……
「なぁ。オグリ。
そっちのウチはどうか知らんけど
こっちのウチはダービーには出られんかったや」
「タマも登録していなかったのか……?」
「いや、そういうのやなくて
そん時のウチがな……」
タマは一度、口を閉じたけど
ひと呼吸おいて打ち明けてくれた。
「ウチは弱かった。
ダービーに相応しくないくらい」
「タマが……?」
「情けない話やけど
そん頃のウチは口だけはデカいのに
全然、勝てへん弱いヤツやった」
「そんな……」
タマの告白を信じる事ができない。
タマが強い事は私が一番知っているつもりだから。
「むこうのウチもアンタの前ではカッコつけとんやろ。
ウチも知らんアンタやから正直に話せるしな」
そう言いながら寂しそうに笑うタマの姿は
あまりにも、あの時のタマにそっくりだった。
私だけに、先に引退を告白した
あの時のタマに。
そうか。
私は知らなかったんじゃない。
知ろうとしなかったんだ。
タマの弱さと、本当の強さを。
タマのノートに刻まれていた
悔しさと勝ちたいという願いから
私は目を逸らしていたんだ。
タマがずっと最強であってほしかったから。
「タマも苦しんでいたんだな……」
「せやで……
めっちゃ悔しくて、がむしゃらにあがいたから
今はこっちのアンタとなんとか肩を並べられている。
せやから、後悔はそんなにしてないで。
今がダメでも、次、勝てばええからな」
それでも、私は納得できていない。
だって、あの時は、いや、今だって――
「もし、次が無かったら、どうしたらいいんだ……」
「次が無かったら。か……」
タマとの最後のレースと春の怪我。
そこで、私は改めて気づいたんだ。
今、私が走れている事が奇跡なんだと。
どうしようもない私の問いに
タマは答えてくれる。
「わからへん」
「わからない……」
「ああ、どないしても、終わりは絶対にあるし
それがいつになるんかは誰にも分からへんし
もしかしたら、明日かもしれへん」
「……ああ」
「だからこそ、後ろばっか向いとるよりも
前に向かって走る方がええやん。
ウチらは寄り道できる様な器用な性格やないからな」
目の前にいるタマは私が知っているタマじゃない。
でも、彼女もタマモクロスなんだ。
私がはじめて自分で見つけた私の目標。
それがキミなんだ。
「まぁ、エラそうに言うたけど
ウチもウジウジしてまう性格やけどな」
「でも、キミも最後には前を向いているんだろう」
「せやな。よそ見して走るんは危ないからな」
「やっぱり、キミはすごいな……」
「なんやろな
違うアンタから褒めらても嬉しいもんやな……」
タマと話をしていると突然、意識が朦朧としてきた。
ああ、そういうことなんだな……
「オグリ……体が透けて……」
「どうやら、帰る時が来たみたいだ……」
なんとなくだけど分かった。
私の気持ちが満たされたんだ。
「タマとまた会いたかったけど
会いたくなかったから
私はここに導かれたと思うんだ……」
「その気持ちはウチにも分かるわ。
ウチもオグリに話したいけど
話せん事をアンタには打ち明けれたからな……
ありがとうな。オグリ」
「こちらこそ……
ありがとう……タマ……」
私が最期に伸ばした手を
タマは受け取ってくれた。
去年とは違うけど同じ
力強くてあったかいタマの手だ……
「お互い、気張っていこーな!」
「ああ……!」
私の手からタマの感触が消えても
その温もりはずっと残り続けていたんだ……
※
誰かの声が聴こえてくる。
あまり聞き覚えが無い声だ。
目を開けてみると
そこにはウマ娘のおまわりさんがいた。
「気分よく眠っているところすみません!
でも、今日は屋上立ち入り禁止ッスよ!」
「すまない。すぐここから出る」
その時、私のお腹が鳴った。
さっき一緒に屋台巡りをしたはずなのに――
あれ?誰とだ?
「ん?お腹空いたんスか?」
「みたいだ……」
おそらく、私は夢で何かを食べていたのだろう。
よくあることだ。
よくあることだが、いつもは夢で何を食べたものを
覚えているのに、今回は何故だか全く思い出せない。
「それなら!私が屋台を案内するッス!」
「いいのか?」
「これも何かの縁ですから!
よかったら、この券もどうぞ!
無料でかぼちゃパイを貰えるっスよ!」
「キミはなんて良い人なんだ……」
「いえいえ!では、付いて来てください!」
私はおまわりさんに連れられて屋台へ向かう。
なんだか、やけに晴れやかな気分で脚も前に進んでいる。
次こそクリークとオベイに勝ってみせる。
そんな前向きな気持ちが浮かんでくるくらいに。
「ところで何か良い夢を見てたんですか?
すごく良い寝顔していましたけど」
どんな夢を見ていたか何も思い出せないのに
私ははっきり答える事ができた。
「ああ。とても幸せな夢を見たんだ」
なぜか私の右手はポカポカとしていた。