11月30日にあった発表を受けて、衝動的に書き記したものです。
——夢とは、儚く一瞬だ。誰の言葉であっただろうか。今となっては思い出せないが、幼き頃に聞いたその言葉は、今も自身の奥深いところに刻み込まれている。そしてその言葉は今、現実というモノを伴って俺へ『実感』を与えている。
「どうしたの?」
言い表せない感情を渦巻かせていると、不意に自身の感情の要因を運んできた少女——丸山彩がこちらへと呼びかけて来た。
「……なんか、実感湧かないなと思ってさ」
自身の前にあるテーブルへと突っ伏せながら、内心を吐露していく。今目の前にいる彼女は自身が強く願っていたアイドルになり、更にはリーダーとして属していたユニットの仲間達に助けられ、時に助けながら上へと引っ張り、輝きを手にした。しかしながら、人は常に輝いていられるわけではない。いつか終わりは来るものだ。それは、彼女にも言えたこと。
「私が辞めること?」
「そ。なんだか、夢でもみてるんじゃないかなってさ」
今彼女が言った通り、彼女は今日を持ってアイドルという舞台から降りる。そのことが、自分にとってはどこか受け入れ難いものであり、延々と自身の中で問答する原因となっていた。できることなら、降りてほしくない。それが自身の中にある想い。恐らく、他の彼女のファンも同じ気持ちなのだろう。
ここまで多くの人々を魅了してきたアイドル、丸山彩が引退する。間近に迫っているライブを最後に。そのことが、どうしても受け入れられなくて……舞台に立つ彼女が見れなくなってしまうのが嫌だ、という感情が湧き上がる。
「——夢なんかじゃないよ」
悲壮を携えた俺に対して、彼女は現在置かれている状況が現実であるということを突きつけてくる。
「嫌だよ……ステージに立つ彩が見られなくなるなんて……」
無情とも取れるその一言は、自身の中で堰き止めていた想いをあふれさせてしまった。彼女へと伝えるつもりのなかった本音を。
「ステージに立つ彩はいつも眩くて、いろんな人に夢を与えてくれて……それにいつも励まされてた。そんな彩の姿がもう見れないのが……」
そこまで言ったところで、俺の言葉は嗚咽へと変貌する。そうして2人だけの空間内には暫く俺の嗚咽のみが木霊していたが、それに被さるように啜り泣くような声が響き始めたかと思えば、唐突に彼女が口を開く。
「……私も、みんなの前から居なくなるのは辛いよ。できることなら、ずっと居たいぐらい。でも……降りなきゃいけなくなっちゃった」
悲痛な彼女の内心聞いた俺は徐に顔をあげる。するとそこには、大粒の涙を溢す彼女の姿があった。
「彩……」
涙を拭った俺は椅子から立ち上がる。すると彩が俺の一歩前のあたりまで出てきて正対したかと思えば、そっと両手を地面に平行になる形で自身の前へと突き出す。
対する俺はそんな彼女の両手を握るように、下から両手で彼女の手を取る。触れ合った彼女の暖かな手は、微かに震えを帯びていた。そのことに不安を覚えていると不意に彩が口を開く。
「私はステージから降りる。もしかしたら、もう2度と立つことはないかもしれない」
震える手で俺の手を強く握った彩は、涙ぐんだ声で彼女自身の内心を吐露していく。
「けれど、私が……私たちが積み上げてきたものは、消えないで残るよね。そう信じたい」
そこまで言い切った彩は不意に顔をあげたかと思えば、眩いばかりの笑顔をこちらへと向けてくる。
「だからこそ私を……アイドルとしての私を最後まで見届けてくれる?」
熱の籠った彼女の言葉は、俺の心の奥底へと届き強く響いていく。そんな風に頼まれたら、丸山彩を知る者として、なによりよ1人のファンとして答えは一つに絞られるよ。
「……ああ、分かった。約束するよ。最後のその瞬間まで見届けて、このステージに立つ彩の姿をこの目に焼き付ける。そして……」
そこまで言ったところで言葉に詰まってしまう俺であったが、大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、自身の中に新たに浮かんだ想いを口にする。
「ステージに立っていた、貴方の事を語っていく。丸山彩という、とても素敵なアイドルがいた事を、その証が『俺』という形として残っていることを」
全ての言葉を言い切ったところで己の発言を思い返し、気恥ずかしさと自己嫌悪に駆られる。なんでこんな変なこと言ってるんだ俺は。これじゃ、彼女の負担になってしまうのではないか。
際限なく自身の言動を悔いていると、不意に彼女と目が合う。その透き通った鮮やかな瞳から視線が離せないでいると、彼女は先程とは打って変わり柔らかく優しげな笑みを浮かべた。
「——ありがとう」
瞳の端に小さな光を浮かべながら、こちらへと謝意を述べた彼女は手を離したかと思えば一歩下がる。
「私、行ってくるね!」
瞳の端に浮かべていた光を拭った彼女はそう言って踵を返しこちらへと背を見せる。その背中は、強い覚悟が滲み出しているように感じられた。
「いってらっしゃい」
歩み始めた彼女へ、背を押すように言葉を返す。すると彼女は、こちらへ軽く視線を向けたかと思えば、ウィンクを送ってくる。そして彼女は控え室の扉を潜り部屋を去っていった。
「さてと……行くか」
彼女が部屋を去ってから数分程してから、俺も部屋を後にし客席へと向かっていった。最後にステージで光り輝く彼女の姿を、約束通り自身の中に焼き付けるために——
これまでに彼女が作り、我々に届けてくれた楽しさや感動は決して色褪せることはない。我々自身が忘れない限り。
また、彼女がいてくれたからこそ、『今』があるというのも確かな事実だと思っています。だからこそ、最大限の感謝を贈らせていただきたい。
ステージに立つ彼女に命を吹き込んでいてくれたこと、たくさんの感動をくれたこと、そして今あるコンテンツを長い間支え、引っ張って来てくれたこと。その全てに対して、ありがとうございました。
叶わない事かもしれませんが、またどこかであなたの声が聞ける日が来ることを願っています。だから今はどうか、ゆっくりと休んでください。ありがとうございました。お疲れ様です。(とあるファンの日記より引用)
前島さん、約6年という長きに渡って丸山彩というキャラに命を吹き込み、多くの感動を与えてくれたこと、改めまして本当にありがとうございました。1ファンとして、また表舞台に立つあなたの姿が見たいとも思いますが、どうか無理はなさらずお大事にしてください。あなたに幸あらんことを。