ぼっち・ざ・へゔぃめたる   作:怜哉

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サボっててすみませんでした。全部社会が悪いことにします。


まだ慌てるような時間じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は『一番』が好きだ。

 

 何事においても『一番』がいい。そうすれば、皆が私を見てくれるから。

 どんなことでも『一番』になりたい。そうすれば、世界が私を認めてくれるから。

 

 

 だけど、人生っていうものはそこまで甘くはないことを知っている。

 私が全てにおいて優れた人間でないということも、認めたくないけど知っている。

 

 私が『一番』になれるものは限られている。

 全部で『一番』になれないのなら、自分が好きな事で『一番』になろう。

 そう思って私はギターを手に取った。

 

 けど、好きだからって才能があるわけじゃない。周りを見れば、優れた人間は履いて捨てるほどいる。

 だから、他人(ヒト)の何倍も努力をした。

 ただ一つ。音楽(ギター)にだけ狙いを定めて、ただそれだけに打ち込んだ。

 

 そうすると、だんだんと周りに追いついてきて、そのうち大抵の人より上手くなった。

 努力は報われるだなんて甘っちょろいことを言うつもりは毛頭ない。けれど、私は確実に『一番』に近付いている。このまま努力を続ければ、他人の何十倍も頑張れば、いずれ『一番』になれる。

 

 

 

 ────そう信じていたけれど。

 

 

 

 気まぐれでとあるバンドのライブを観に行ったあの日。ステージ上で一際眩しくキラキラと輝く彼の演奏を聴いてしまったあの瞬間。

 私の心は、たった一人のギタリストに打ち砕かれた。

 私では絶対に追い付けない。そう思わせる程の圧倒的で暴力的な《音》を、心に深く刻まされた。

 

 

 

 

 負けるもんか。

 最初は自分が劣っていることを認めたくなくて、自分の弱さを受け入れたくなくて、現実から目を背けるように反発した。

 他のことがどうでも良くなるくらい、それこそ最初に『一番』の快感を知った勉強すら放り出して、ギターに、音楽に打ち込んだ。

 

 頑張って、頑張って。頑張って頑張って頑張って。

 まるで何かに取り憑かれたようにガムシャラに走り続けた。

 それでもなお、大きな差は埋まらず、高い壁は越えられない。

 そのうち、私の自尊心はすっかり摩耗してしまった。彼に勝つという“目標”が、叶えたい“夢”へと変わってしまうくらいに疲弊した。

 

 私はあの人を越えられない。『一番』になれない。

 そんな諦念を受け入れることさえも出来ず、今も私は、彼に追いつくことを夢見ている。

 

 

 

 

 ✿ ❀ ✿ ❀ ✿

 

 

 

 

 最近は頻度が減ったが、俺はバンドのサポート要員としても活動している。

 特段決まったバンドばかりにサポートとして入っているわけではなく、様々なバンドから時折お声かけを頂いてギターを弾く。そんな根無し草の様なサポート生活を送っていた。

 

 最近は忙しかったり都合が合わなかったりでサポート依頼を断っていたのだが、久々に都合が合うスケジュールでのお誘いを頂き、ライブ出演が決まった。

 

 場所は新宿FOLT。

 声をかけてくれたのは結成わずか八ヶ月だという新人バンド。まだ高校二年生の男の子三人のバンドだ。

 バンド名は《Tambor Estrella》。オリオン座の和名『鼓星』を分解し、『Tambor()』『Estrella()』とスペイン語で訳したらしい。

 オリオン座は地球上のどこからでも見ることのできる星座で、自分達も世界中から見て(聴いて)もらいたいという願いを込めて名付けたのだと聞いた。中々にイカしたネーミングだ。

 

 なんでもその《Tambor Estrella》、元々は四人でバンドを組んでいたらしいのだが、ライブ出演が決まった後にギターの子が突然脱退してしまったらしい。急遽ギターを募集するも中々見つからず、ダメ元で俺に依頼してみたのだとか。

 ノリと勢いで俺にDMを送ったものの、返信がくれば儲けもの。まして引き受けてくれるなんて思ってもいなかったという。

 俺がOKの返事をした時は詐欺かドッキリだと思われていたらしい。なんでだよ。

 

 

 リードギターとしてサポートに入ったそのバンドは、まぁこう言うのも何だが、お世辞にも上手いとは言えないレベルだった。

 けれど、熱量はある。

 演奏は下手かもしれないが、それでも必死に努力した跡はあった。練習をしているかしていないか。そういうのは演奏を聴けば大体分かるものだ。

 

 だから、俺は出来る限り彼らに協力することにした。

 ライブまでの間、バンド練習だけではなく個人レッスンにも付き合った。彼らのパートはギタボとベースとドラム。ギタボは俺の得意分野だし、ベースの知識もある。ドラムも、最近色々あってパン屋の娘に教えて貰っていたこともあり、それなりに彼らを鍛えることが出来た。

 

 

 そして迎えたライブ当日。

 

 

 

 

「せっ、関口さん...! なんか《SIDEROS》のギタボの人にめちゃくちゃ睨まれてるんですけど......!」

「睨まれてるねぇ」

 

 控え室に来た俺と《Tambor Estrella》の面々は、眉間に皺を寄せたヨヨコちゃんにギンギンに睨まれていた。

 

 

 

 

 ✿ ❀ ✿ ❀ ✿

 

 

 

 

 Kaiがライブに出る。

 

 ドラムの長谷川あくびからそう聞いたのは、つい数分前のことだった。

 聞けば、その話はわりと前から出回っていたらしく、知らなかったと言ったら「あー...まぁヨヨコ先輩、友達いないっすもんねぇ」と謎にディスられた。納得いかない。私には一万人以上の友達(フォロワー)がいるのに。

 改めてSNSを開けば、確かにそういった内容のトゥイートがあった。ここ最近、ライブに向けて(アンチを見つけたら精神がもたないから)全然SNSを見ていなかったことが仇となったか。

 

 まぁそれはともかくとして。

 あのKaiが私たちと一緒のライブに出る?

 そう認識した途端、今までの比じゃないくらいの緊張が襲ってきた。

 私の目標を打ち破った人。私の前に立ち塞がる越えられない人。

 これまで、kaiがこの新宿FOLTでライブをしたことはあった。姐さんと一緒のステージに立ち、グロッキー状態でライブに臨んだ姐さんが一曲目の途中で「もぅマヂ無理。。。オウトしょ。。。」とか言って吐き散らかしてるのを見て本気で怒鳴り散らしていたのも見たことがある。

 

 けど、同じライブに出るのは初めてだった。毎回、私が避けていたから。Kaiが参加すると聞けば、色々と理由をつけてライブ出演を辞退していたのだ。

 ここ一年、新宿FOLTでのライブに参加していることが無かったから完全に油断していた。

 

 Kaiに自分のライブを見られる事には慣れたし、なんなら招待したことも少なくない。けど、一緒に出演するのはダメだ。まだ、全くと言って良いほどKaiに勝てる気がしないから。

 同じステージに立ってしまえば、自分がどれほど劣っているかを見せつけられる。それに耐えられる自信がない。

 

「いやぁ〜。楽しみっすねぇ、Kaiの演奏。自分、生で観たことないんすよ」

 

「うっさい」

 

「えぇ......」

 

 さすがにうるさいは言い過ぎどころじゃないかもと思ったが、今は余裕がなかった。不意打ちで背中から撃たれた気分だ。

 動悸がする。他の音が聴こえなくなるくらい心臓の音がうるさい。

 

「お おはようございます!」

 

 喉から心臓が飛び出てきそうな感覚に陥り吐き気がしてきたところ、少し(ども)った、しかし元気な声が聞こえてきた。

 チラっと見れば、見覚えのある男の子達の顔。話したことはないけど、確か《Tambor Estrella》ってバンドの人達だっけ。

 そういえば、今日は彼らも出るんだったっけ。確かトップバッターだったかな。

 ガチガチに緊張している彼らを見て、多少なりとも動悸が静まった。未だに吐き気がするが、さっきより少しはマシ。

 挨拶くらい返してやるかと、再び《Tambor Estrella》へ目を向ける。

 

「おはよっす〜。今日よろしくっす〜」

 

 Kai!!?!?、?!!、?!?

 

 

 

 

 ✿ ❀ ✿ ❀ ✿

 

 

 

 

 控え室で挨拶をしたらなぜかヨヨコちゃんに睨まれるという謎の出来事に遭遇し、俺も《Tambor Estrella》の面々も多少困惑する。

 いや、《Tambor Estrella》の子らは多少じゃないか。ヨヨコちゃん率いる《SIDEROS》は新宿FOLTどころか、世代で見ても上位の実力派バンドだ。そんなバンドのリーダーに睨まれるなんてシンプルに怖い。

 

「関口さん、お疲れ様っす」

 

 このままじゃ演奏にも影響が出るかもしれない。どうにかしなきゃなと考えていたところ、同じく《SIDEROS》のドラマー、長谷川ちゃんがトテテと駆け寄ってくる。

 

「お疲れ様〜。今日はよろしくね」

 

「こちらこそっす。関口さんの生演奏聴くの初めてなんで、めちゃ楽しみっす」

 

 そんなにキラキラした目を向けられては悪い気はしない。「お互い頑張ろうね」と返し、ほかにも寄ってきた《SIDEROS》のギター・本城ちゃんやベースの内田ちゃんとも挨拶を交わす。

 この子たちとはそこまで交流があったわけじゃないが、まぁ同じメタル畑の住人だ。自然と仲良くもなる。

 

「す、すげぇ......見る見るうちに女の子が集まってくる......海さんの周りに!」

「これが噂に聞く関口海の特殊能力『ガールズエンカウンター』かぁ」

「何それ。微妙にダサいな」

「歩くだけで女の子とエンカするスキル。相手は惚れる」

「無敵か!?」

「必殺の人誑し能力もある。やることなすこと全てが相手の好感度を引き上げる結果に繋がるこの能力にかかれば、相手がアイドルでもお姫様でも関係なしさ」

「無敵か!」

 

 何言ってんだキミら。

 妙なことを言い出した《Tambor Estrella》の面々に「そんなイカした名前の能力は持ってないよ」と言おうとしたところで、何やら強い視線を感じた。

 ヨヨコちゃんだ。さっきよりも眼力が増している気がする。

 最初は《Tambor Estrella》が睨まれてるのかと思ったが、どうやら標的は俺らしい。

 

「......ねぇ長谷川ちゃん。俺、なんでヨヨコちゃんに睨まれてんの?」

 

「え? うわ、ホントっすね。いやぁ、なんか今日機嫌悪いんですよ。まぁライブ前はいつもっすけど」

 

 ふーん。まぁそういう日もあるか。

 相手の機嫌が悪いといって挨拶もしないってのは失礼だ。とりあえず喋りに行くか。確認の意味も込めて。

 そう思い、ヨヨコちゃんに近寄る。

 

「おはよ、ヨヨコちゃん。今日よろしくね」

 

「...............はい」

 

 うーん、機嫌悪そー。

 ヨヨコちゃんってライブ前寝れないことも多いらしいし、寝不足かな。

 

「............海さんが出るって聞いてませんでした」

 

 機嫌が悪い時に人が近くにいたら嫌かなと思い離れようとしたが、ヨヨコちゃんの方から話しかけてきた。

 

「あれ、そうだっけ?」

 

「そうです」

 

 機嫌が悪い理由ってそれか? 俺が一緒のライブに出るのが嫌だったとか? もしそうだったら泣くぞ俺。怖いから理由とか聞けねぇな。

 

「あ。そういや長谷川ちゃんに聞いたんだけど、ヨヨコちゃんたち『未確認ライオット』に出るんだって?」

 

 話題を変える。無闇に薮をつつくこともない。知らなければダメージにはならないんだ。

 

「はい、出ます」

 

「頑張ってね。ヨヨコちゃん達なら全然上位狙えるでしょ」

 

「上位? 同年代なら負けません。優勝します」

 

「お、言うねぇ」

 

 それでこそヨヨコちゃん。

 自信過剰のようにも見えるが、その裏には努力という確固たる理由がある。誰よりも練習してきたという自負が、今のヨヨコちゃんの自信に繋がっているんだろう。

 実際、ヨヨコちゃんは随分と上手くなった。今の高校生では上位に食い込む実力だ。俺調べでは暫定二位。一位は完全体後藤ちゃん(ギターヒーロー)なわけだが、人前での演奏ならヨヨコちゃんが一番上手いと思うし、そもそも演奏技術の上手い下手なんてのは二の次でもある。

 

 ヨヨコちゃんには溢れんばかりの情熱がある。それこそバンドメンバーから敬遠されてしまうくらいには。

 上を目指す心意気は立派なものだ。何事も向上心は大事だと俺も思う。だが、そればかりでは自分はおろか、周りまで疲れさせてしまうのも事実。

 

「上を見るのは大事だけど、たまにはしっかり周りを見るのも大事だよ。まだ高校生だし色々と焦る気持ちも分かるけど、今の《SIDEROS》はまだ結成一年。今はまだしっかり地に足つけて、一歩ずつ進む。先輩からのアドバイスだ」

 

 ヨヨコちゃんはこれまで、数回のバンド解散を経験している。そのどれもが、バンドメンバーがヨヨコちゃんについていけなくなって起こってしまった惨劇だ。

 今の《SIDEROS》のメンバーからも、「ちょっと当たりが激しいっていうか...いや、本気で上を目指してる姿勢は尊敬してるっすけど。未確認ライオットだって、ヨヨコ先輩が勝手に参加決めちゃったんすよ? 出るのは賛成だけど、決める前に相談とか欲しかったっす」という、不満ともとれるボヤキを聞いた。

 

 これは危険信号だ。ただの愚痴だと聞き流すことが出来ないレベルだと俺は判断した。

 ヨヨコちゃんや今の《SIDEROS》には期待している。ガールズメタルバンドとかいう俺好みのバンドであるという色眼鏡を抜きにして考えても、《SIDEROS》は今の高校生バンドを牽引する存在になりうる力がある。

 それに、ヨヨコちゃんほど音楽に対して真摯なバンドマンを、このまま埋まらせ腐らせるのはいただけない。

 

 周りが見えていない、或いはコミュニケーションが上手く取れていないというある程度の自覚はあったのか、俺の言葉を受けたヨヨコちゃんは少しばかり俯いていた。

 

 この子も別に悪い子じゃないんだ。ただ少し、コミュニケーションが苦手で、妥協を許さない性格なだけ。今もバンドの最前線を往く青薔薇のボーカリストや、御簾を上げちゃうちびっ子革命児なんかと重なる部分がある。

 だからだろう。余計に放っておけないと感じるのは。

 

 ...これは言わない方が良いのかもしれないが、ヨヨコちゃんの成長を願うのなら伝えた方が良いかもしれない。

 

「─────俺を越えるんだろ? なら、もっと音楽を、バンドを楽しめよ。持論だけど、まずは楽しまなきゃ成長はない。今のままじゃ俺どころか、足元掬われて終わりだよ」

 

 例えば《結束バンド》とかに。

 さすがにその名前までは出しはしないが、そういう問題でもない。

 ヨヨコちゃんにとっては厳しい一言だっただろう。だが必要なことだ。

 

 音楽に勝ち負けを出すのは好きではないが、それを目標にしているやつも少なくない。例えばヨヨコちゃんだったり、ちびっ子革命児だったり、《結束バンド》だってそうだ。

 勝つことが目標である、というのは決して悪いことじゃない。問題なのは、勝つことに固執して音楽を楽しむ心を忘れてしまうこと。

 初心忘るべからず。楽しむ心を忘れてしまわないよう、今一度自分の心とも向き合ってほしい。

 

 

 

 

 ✿ ❀ ✿ ❀ ✿

 

 

 

 

 ライブが終わった。

 場所は変わって打ち上げ会場の居酒屋。私はまだお酒は飲めないけど、新宿FOLTで演奏する演者は成人している人が多い。姐さんや関口さんを始め、お酒好きな人も多いし、毎回打ち上げは居酒屋で行われていた。

 

 楽しそうな喧騒を遠目に、居酒屋の端っこで私たち《SIDEROS》は集まっていた。

 

「今日の演奏、ダメなところが多すぎるわ」

 

 集まった、というよりも私が集めたという方が正しいかもしれない。

 理由は今言ったこと。今日のライブの反省会だ。

 こんなことは後でやれと言われてしまうだろうが、今日ばかりはそうもいかない。

 今日の演奏は、いつもと比べて酷かったから。

 

「リズム隊、走りすぎ。楓子は遅すぎ。私も今日はミスが多かった」

 

 細かいことはさておき、まずは大枠で今日ダメだった点を上げていく。

 隣のわいわいとした明るい雰囲気から、何か見えない壁でもあるかのようにどんよりと沈んだ空気。

 

「今日の演奏はぐちゃぐちゃ。あんなのを人前でやるなんて」

 

 私も人のことは言えないけど。

 関口さんに言われたこと。『今のままじゃ俺どころか、足元を掬われて終わり』という、関口さんから言われた初めての厳しい言葉。

 それに動揺して、本来の半分も力が出せなかった。不甲斐なさで死んでしまいそう。

 

「こんなんじゃ未確認ライオットで優勝なんて夢のまた夢よ。もっと練習しなきゃ」

 

「言いたいことは分かるし、今日の演奏がダメだった自覚もあるっすけど、今打ち上げ中っすよ? この話、今しなきゃダメっすか?」

 

 あくびがそう言ってくる。

 何を戯けたことを、と睨み返した。

 

「打ち上げだって付き合いで来たのよ。本当ならすぐにスタジオに入って練習しなきゃいけないの」

 

「いや、明日でもいいっすよね? ダメだった自覚はあるって言ったっすけど、そこまでダメダメだった気は無いっす。というか、今日一番ミスってたのヨヨコ先輩じゃないっすか」

 

「ぐぅっ...!」

 

 あくびの反論に辛うじてぐぅのねくらいは出たが、彼女の言う通りだ。

 今日一番ダメだったのは私。いつもは失敗なんてしないコードのミスや、余計な力が入っていたが故の雑音のようなギターの音。あろうことかギターソロではピックを落とす始末。まるでギターを始めたばかりの初心者の頃に戻ったかのようなミスの連発。

 だからこそ、すぐに帰って練習するべきだと強く思う。

 

「......このままじゃダメなのよ。このままじゃ......!」

 

 あの人に勝てない。

 あの人との距離がもっと離れる。

 あの人に、見限られる。

 

 焦燥が走る。動悸が激しくなる。

 未確認ライオットで優勝して、まずは世代最強の座を頂く。そしてその看板を引っさげて、あの人に......《Capliberte》に立ち向かう。

 その前提が覆ってしまうかもしれない。それどころか、あの人の目に入らなくなってしまうかもしれない。そんな焦り。

 

 もっともっと練習しなきゃ。

 もっともっと貪欲にならなきゃ。

 どうしてそれを分かってくれないんだろう? 私が今日ダメだったのは認める。認めるしかない。けど、あなたたちは?

 私ほどじゃないにしろ、今日はなぜだかみんなミスが多かった。

 直前にKaiの演奏を観せられたからだろうか。バンドはそこまで上手だとは思わなかったけど、Kai一人の存在が、あの場にいた全員を惹き付けた。彼の輝きに呑まれてしまった。

 無事だったのは既にお酒に呑まれていた姐さんと、絶対的な技術と確固たる自信がある《SICK HACK》の面々だけ。むしろあの人たちは、Kaiさんにつられるようにいつも以上に輝いていた。姐さんはいつも通り吐いてたけど。

 

 呑まれるようじゃダメだ。

 せめて同じステージに立てるくらいにはならなくちゃいけない。

 私も、ほかのメンバーも、もっと上手くならなくちゃいけない。

 

「いいから打ち上げなんて早いとこ切り上げて練習を──────」

 

 

「ウェーイ! みんな飲んでるぅ〜〜〜?」

 

 怒りや焦りが籠った声を上げようとしたところで、私とメンバーの間に男の人が割って入ってきた。

 瓶ビールを片手に、陽気な声で現れたのは(くだん)の彼。関口海その人だった。

 

「幽々たち〜未成年なので〜」

 

「そうだっけ? なら酒はダメか〜。じゃあたくさん食べな〜! 今日は銀さんの奢りだから!」

 

「アタシと海くんの奢りね〜」

 

「げ、マジか」

 

 お酒が入っているからか、関口さんはいつもより間延びした声で、なんだかぽわぽわしているように感じる。

 今日が奢りだとは知らなかった。てっきり割り勘なものだと。

 自分もお金を出すとは思っていなかったのか、ちょっとびっくりした後に「まぁいっか」と持っていた瓶ビールを直で呷る関口さん。

 

「今日の《SIDEROS》も良かったよ〜!」

 

「...お世辞はやめてください。今日は良くなかったって、自分たちでも分かってるので」

 

 瓶が空になったのか、近くにあった新しい瓶を取って口をつけた関口さんが「そう?」と小首を傾げた。

 

「まー確かにちょっとミスもあったし走り気味だったけどさー。ライブなんてアレでいいんだよ。お客さんも文句言うどころか喜んでたっしょ?」

 

 そう...だろうか?

 喜んでいた気はしない。ピックを落としてアタフタしている姿を笑われた記憶はあるけど。

 

「ライブで完璧な演奏をするのも正解だし、ミスをしたって楽しければ正解だよ。長谷川ちゃんとかノリノリだったじゃん。スティック投げとかやっちゃってさー」

 

「あはは......いや、ミスったッスけどね」

 

 そういえばそんなことをしてスティックを落としてたっけ。パフォーマンスなんてきちんと演奏ができて初めて価値が──────

 

「いーのいーの! 本番でのミスって成長の元だからさ。次ちゃんとやればおっけーおっけー。バンド歴だけで言えば《SIDEROS》ってまだ一年くらいの新人っしょ? ミスってナンボよ! どんどん挑戦してどんどんミスって行こ! こんな無茶な挑戦ができるのも今だけだしさー」

 

 ─────...............え?

 ミスしても良い? 一体何を言って......?

 

「ライブはさ、レコーディングじゃないんだ。その日その瞬間の情熱を表現する場なんだよ。そりゃあミスしないに越したこたァないけどもよ。ミスを恐れてちゃ成長なんてナイナイ」

 

 ケラケラと笑い、またも瓶を空にする関口さん。......というかペース早くない? いや、お酒のペースなんて私は知らないけど。ジュースだってあのペースで飲んだらお腹タプタプになっちゃうんだけど。

 

「関口さんたちの演奏も良き良きでした〜」

 

「そう? ありがとー」

 

 楓子が言うと、関口さんはニヘラと破顔して見せる。さっきまでの重い空気が嘘のように、朗らかな雰囲気がこの場を包み始めていた。

 

 関口さんの演奏。それは確かに良かったけれど、そのバンドはちょっとレベル不足に感じる。

 

「関口さんの演奏は良かったです」

 

「やったぜ!」

 

 なんでこんなに元気なんだろう? やっぱりお酒の効果? お酒ってそんなに気分が良くなる飲み物なのかしら...。姐さんを見てるとそうも思えないんだけど。

 

「でも、ほかのメンバーは微妙でした。お世辞にも上手いとは言えない」

 

「にゃはは! まぁあの子たちもこれからってことよ。それにやる気は十分だしね」

 

「やる気だけじゃ意味がないと思います。人前で演奏する以上、最低限の技術は必要なんじゃないですか? 正直、私たちと同じライブに出るには実力不足だと思いますけど」

 

「んなこたあるめぇ。上手い下手以上に、やる気ってのは大事だよ」

 

 ...そうだ。この人はそういう人だ。

 関口さんは普段から「音楽に貴賎は無い。どの音楽も素晴らしいものだし、勝ち負けなんて存在しない」と言っている。

 そんな綺麗事、敗北者の戯言か、もしくは頂点に立った人の驕りで下位者へ向けた慰めでしかない。

 関口さんの場合は後者になるんだろうけど、実際、関口さんはどんな音楽でも分け隔てなく愛している風だった。本当に全ての音楽が平等に輝いているのだと思っているんだろう。

 そんなわけがないのに。『一番』にならなきゃ、周りは認めてなんてくれないんだと私は知っている。

 

「技術は必要です。今日の関口さんがいたバンド。ドラムは全然リズムキープできてないし、ギタボはギターでいっぱいいっぱいになってて歌が全然ダメ。もう少し練習してから出てきた方が─────」

 

 と、そこまで言ってしまってから口を塞ぐ。

 こういうのはダメだ。関口さんが一番嫌う物言いだ。

 そう気付いて途中で辞めたが、遅い。もうほとんど最後まで言ってしまった。

 

 怒っているだろうか? 怒ってるだろうな。

 叱責は覚悟できる。けど、もし離れていってしまったら。それはちょっと耐えられないかもしれない。ただでさえ最近は姐さんと一緒に《結束バンド》とかいうバンドにかまけて私に構ってくれないのに、完全に見放されたら暫く立ち直れる自信がない。

 恐る恐る関口さんを見る。

 

「..................」

 

 黙ってる。怒ってる......?

 自然と背筋が伸びた。いっそ怒ってほしい。それで今後もちゃんと構ってほしい。

 そう思いビクビクしていると、関口さんが立ち上がる。

 

「あ、ち ちがっ...待っ」

 

 

 

「原くーん! 酒井くーん! 宮野くーん! ちょっとこっち来てー!」

 

 突然、関口さんが大きな声を出した。

 その声に反応したのは、今日のほかの出演者たちに囲まれていた男の子三人。関口さんとバンドを組んでいた《Tambor Estrella》の人達だ。

 周りに軽く頭を下げた三人が、トテトテとこちらに来る。

 

「何ですか?」

 

 一人が不思議そうに聞いた。

 あとの二人も、《SIDEROS》のメンバーも、もちろん私も、理由が分からず関口さんの回答を待つ。

 も、もしかして「今こいつが悪口言ってたぞ」っていう告げ口...!? こんな目の前で!?

 

「知ってると思うけど、こちら《SIDEROS》の人」

 

 そう言い、関口さんが私たちの紹介をする。

 

「知ってます!」

 

 覚えられてた...!

 ...ふんっ! まぁ当たり前だけどね。

 これでも新宿FOLTではそこそこ知名度があると自負している。一緒にライブもしたし、覚えてない方が無理があるってもんよ。

 

「あ、こっちの子達は《Tambor Estrella》ってバンドの子達ね。こっちも知ってると思うけど」

 

「ライブ前に挨拶したっす。改めてよろしくっす」

「私も〜。よろしくねぇ」

 

 二人に続き、幽々もお辞儀をした。

 ......一応、私もやっておくか。

 ちょびっとだけ頭を下げて挨拶する。

 

「んでね? ヨヨコちゃんが君らにアドバイスあるって」

 

「えっ!? ホントですか!?」

 

「............え?」

 

 え?

 

「嬉しいです! 自分ら、《SIDEROS》に憧れて新宿FOLTでライブしようってなったんですよ! な、原、酒井?」

 

「うん。《SIDEROS》かっこいい。とっても」

「メタルの良さを知ったバンドです」

 

「......へ へぇ...?」

 

 な、なによ。いい人じゃない。

 まあ当然よね! 私達は憧れられる側のバンドだもの!

 

「ヨヨコちゃんのアドバイス、的確だから。しっかり聞いて次に繋げな〜」

 

「はいっ! ありがとうございます!」

 

「んじゃ俺は失礼して、あとは若いもん同士でね。あ、銀さん、タバコ吸いに行きません?」

 

「いいわよ〜」

 

 近くを通りかかった銀さんに声をかけ、関口さんが靴を履いて離れていく。言った通り、タバコを吸いに喫煙所まで行くんだろう。...あ、さっきあけた三本目の瓶ビールがもう空になってる......。

 

 ...え、てか......え?

 このキラキラした目の人達を置いて行っちゃうの!? 丸投げすぎない!? ほぼ、っていうか完璧初めましての相手なんだけど!?

 

「自分たち足りないとこばっかだと思うんですけど、大槻さんにアドバイス頂けるの嬉しいです! よろしくお願いします!」(キラキラした目)

 

「「します」」(期待に満ちた目)

 

 

 うっ、うっ......うぅ〜〜〜!!!(コミュ障)

 

 

 

 

 

 ✿ ❀ ✿ ❀ ✿

 

 

 

 

「んじゃ俺は失礼して、あとは若いもん同士でね」

 

 そう言って銀次郎店長の方に向かおうとする関口さんが、去り際にちょっとだけ自分たちに顔を近付けてきた。ちょっとお酒臭い。

 

「十分分かってるとは思うけど、ヨヨコちゃんってああいう子だからさ。悪い子じゃないし、あれでも他人のこと考えてると思うよ。まぁちょっと嫌になる時もあるかもだけど、許してあげてね」

 

 自分たちにだけ聞こえるような小声でそれだけ言い残し、店長と共に喫煙所へと向かう関口さん。

 ヨヨコ先輩を見れば、キラキラした目を向けられてしどろもどろつっかえながらアドバイスらしきことをしていた。

 

「だっ だから、その。えっと、エフェクター踏む時とか、集中しすぎっていうか...無理して音変える必要ないのよ......その、慣れないうちは一つか二つの音だけでやって、曲中バタバタしないように.........」

 

「なるほど...! エフェクター楽しくてたくさん音作ってました。気を付けます!」

 

「あ、いや、音を作ること自体は悪いことじゃなくて...えっと......」

 

 相変わらずコミュ障だ。

 普段は攻撃的だけど、グイグイこられると途端に守りに入るな、この人。いや、この《Tambor Estrella》のギタボの人がやけにコミュ強なところもあるけど。

 

「...すごいね〜、海さんって。こっちに来るまでは孤立しかけてたほかの人をグループに巻き込んでたし、廣井さんのお世話もしてたよ〜」

 

 ふーちゃんの言う通り、関口さんはずっと周りを見ていた。

 周りの会話に入れていない人に話しかけてほかの人と繋げたり、酔いつぶれた廣井さんをシバいたり、さっきあのタイミングで自分たちの所に来たのも、きっと狙って来たんだろう。

 その上で、関口さん自身もしっかりこの打ち上げを楽しんでいるように見えた。お酒もたくさん飲んでいる。どうしてあれで潰れないんだろう、あの人。

 

 ここだけの話じゃない。

 そりゃいつも傍にいるってわけじゃないけど、自分たちがしんどい時に近くにいたら、的確なメンタルケアをしてくる。《SIDEROS》が今日まで無事に活動できているのも、関口さんの存在があってこそな部分が少なからずあると思う。

 あれでギターもプロ級、それも相当な上澄みにいる人なのだから果てしない。

 本当に、すごい人だ。

 

「...先輩が目指してるところ、めちゃくちゃ高いっすね」

 

 ヨヨコ先輩は《Capliberte》というバンドと並ぶバンドになることが夢だと言っていた。あれだけの上昇志向を持っているヨヨコ先輩が「越える」ではなく「並ぶ」と、しかも“目標”ではなく“夢”だと言っていたこと。その理由も分かるというものだ。

 

 

「......もう少し、頑張ってみるっすか」

 

 別に《SIDEROS》を辞めたいと思っていたわけでは............ない。うん、ない。まだ。

 確かにしんどい時は多いけど、ヨヨコ先輩のあの向上心は尊敬できるし、目指している場所が関口海(あれ)なのだから厳しくなるのも理解できる。

 

 それに自分も、あの関口さんと並び立てるステージに行けるというのなら、行ってみたい。

 ヨヨコ先輩について行けば、キツいことも多いと思うけど、嫌になることも少なくないと思うけど、きっと今より高みに行ける。そんな気がする。

 

 

 ふーちゃんと、幽々と。目を合わせ、頷き合う。

 まだ頑張ってみよう。辞めるとしても、今じゃない。

 それに。

 

 

「大槻さんは普段どんな練習をしてるんですか!? やっぱり八時間練習でしょうか!?」

 

「時間だけ使っても意味無いでしょ。中身のある練習をしなきゃ......」

 

「なるほど! 具体的にはどんな!」

 

「ぐ 具体的? ...えっと、コードとかスケールを理解して思い通りの音が出せるように、とか」

 

「ほかには!」

 

「ほ、ほか? いやあんたたちまずは基礎でしょ。なんでもかんでもやりゃいいってもんじゃないわよ」

 

「なるほど! じゃあ大槻さんがやってた基礎練ってどんなのがありますか?」

 

「え? そうね...ペンタとか? あとは右手のストロークとか...」

 

「なるほど! .........ペンタ?」

 

「嘘でしょあんた、ペンタ知らないの? よくギタリストやってるわね」

 

「す すいません、申し訳ないです...」

 

「あっ、いや、別に攻めてるわけじゃ......」

 

「大槻さん。ドラムについては何かあるっすか」

 

「ド ドラム...? リズムキープとか......ってか私ギタリストだし! ドラムとか詳しくないわよ!」

 

「そこをなんとか」

 

「そこをなんとか!? あっ、あくびぃ〜〜!!」

 

 

 

 それに、なんか放っておけないんすよねぇ、この人。

 

 

「はいっす〜。ドラムのアドバイスっすかね? とりあえずリズムじゃないっすか? それから音の強弱を付けるとか」

 

 

 

 関口さんの言う通り、ヨヨコ先輩はなんだかんだと悪い人じゃない。面倒見も......良くはないっすけど、まぁ面倒をみてあげようって気持ちは伝わってくる感じ。

 この人の下で上を目指してみるのも、そう悪い話じゃないと思うっす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お恥ずかしながら...ヨヨコはじめSIDEROSメンバーのエミュがド下手すぎて......その.........フフ(笑い事では無い)
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