転生メジロと新人沖野Tによる楽しいトレセン協奏曲☆(なお第3者視点)   作:はめるん用

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よんわめ。

 娘がまるでメジロ本家のウマ娘のようにメディアで扱われることに対して異常な狂気を見せる母親に「楽しそうにしてるけどメジロ家への復讐心はちゃんと忘れていないんだな……」と斜め方向に感心しつつ、当人である貴方は日本ダービーを走るために控え室でのんびりタブレット端末で自分に関する記事を読んでいます。

 

 ほかのウマ娘たちの交流をほぼほぼ無視してまで常に全力かつ本気でトレーニングを続けていた効果は抜群だったらしく、皐月賞ではチート能力に一切頼ること無く勝利を掴むことができました。

 当然ながらスマートやエレガントといった言葉とはかけ離れた“力こそパワー”のお手本のような走りしかできませんでしたが、その荒々しさと剥き出しの闘争本能は新規のファンを開拓することに成功したようです。

 

 

 無敗の皐月賞ウマ娘が日本ダービーを走る。その事実が日本中を盛り上げていることは理解できているのですが、どこまでいっても貴方の目的はあくまで賞金でしかありません。

 

 

 自分の走りを見て他人がなにを感じるかなど自由ですし口出しするつもりはありませんが、偶像崇拝の類いは本気で迷惑ですし鬱陶しいと感じているようです。特に、後輩たちのキラキラした眼差しは勘弁して欲しいと本気で思っています。

 なので貴方は安らぎを求めてひとりで過ごせる場所へ避難しているのですが、それが孤高に生きるウマ娘として憧れの的になっていることを知る日が来るかはわかりません。何故ならこの物語は短編として書かれた物なので続きが存在しないからです。

 

 

「出走前のウマ娘は、それが大きなレースであればあるほど緊張と不安が~、なーんて教えられたモンだが……お前さんは清々しいほど普段通りだな。むしろこう、俺のほうが()()()()が悪いぐらいだ。──いや、なんだよその“アンタ緊張なんてするのか”みたいな顔は! いや、お前、ダービーなんだぞ!? 俺だって緊張ぐらいするっての! 新人トレーナーが! 初の担当ウマ娘が! ダービー出るんだぞ! しかも無敗で二冠目とか……あ、冷静に考えたらまたハラ痛くなってきた……」

 

 将来的に大勢のGⅠウマ娘を抱えることになるのに、二冠ぐらいで胃痛になるとは情けない。日本ダービーの話題で世間が熱狂していることは理解できても、無敗の皐月賞ウマ娘が日本ダービーに出走する意味をあまり理解していない貴方は沖野トレーナーを慈しみの目で見ています。

 貴方にしてみれば、日本ダービーに向けてしっかり準備してきた以上どのような結末になろうとも“そういうもの”と受け止めるだけです。勝てれば賞金タップリで嬉しいだけで、じゃあ負けたらどうなるかと言えば特にペナルティはありません。GⅠレースに対して切実な想いが無い貴方のコンディションが乱れる理由は無いのです。

 

「いや、ここは前向きに考えよう。精神的に安定してるってのはお前の強みだからな。興奮状態のほうが限界を超えた走りができるウマ娘もいるが、お前はそういうタイプじゃないし、過不足無く実力を発揮できるってのはアスリートとしては理想的だ。……ルイ、お前なら必ず勝てる。クラシックの二冠目、遠慮なく勝ち取ってこい!」

 

 ふむ。勝ってこいとな。やはり日本ダービーはトレーナーにとっても特別なのでしょう。となれば、念のため確認しておくべきだと貴方は沖野トレーナーに質問をしました。

 

「ん? お前がダービー勝てたら嬉しいかって? そりゃあお前、担当ウマ娘がレースに勝って嬉しくないトレーナーなんているワケないだろ」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 これから始まる日本ダービー、現在ゲートの中で貴方はチート能力を発動するために精神を研ぎ澄ませています。

 

 皐月賞と同じように走りたいように走るつもりの貴方でしたが、お世話になっている沖野トレーナーへのささやかな恩返しとして『ダービートレーナー』の称号をプレゼントするのも悪くないと考えている様子。

 なるほど、後々にスペシャルウィークを担当するであろうことを考えると、このタイミングで彼にダービーウマ娘を育てたという実績が得られるのは大きな追い風となるかもしれません。

 

 この世界がアニメと同じようなストーリー展開になるとは限りません。むしろ、自分というイレギュラーが存在する影響は必ず何処かに表れるだろうと貴方は確信めいたものを感じているぐらいです。

 ですが、それはそれ。賞金が魅力的なことはもちろんですが、担当トレーナーから“勝ってこい”と指示をされたからには期待に応えるのがウマ娘としての役目でしょう。ここは遊び心は封印し、出し惜しみ無しで完璧な走りをもって勝利する場面だと珍しく張り切っています。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 大歓声で始まったスタート、貴方はあえてゆっくりと上体を倒すことで意図的にタイミングを遅らせます。張り切ったところで自身の近くを自動車並みの速度で走る少女が大勢いるという状況への恐怖は簡単には消えませんので、今回も得意な作戦……ということになっている追い込みで勝負をすることに決めました。

 チキンハートの奥底にあらゆる感情を押し込めて、冷静に周囲を観察し、ウマ娘たちの動きをデータ化して頭の中で整理しつつ、今日まで沖野トレーナーに鍛えてもらった走りを機械の如く正確無比に再現する。周囲のウマ娘たちはタダの障害物と無理やり思い込むという無礼でありながらも本人にとっては切実な手段でじっくり脚をためています。

 

 貴方が狙う勝ち筋に奇抜な作戦など必要ありません。由来不明のチート能力があることもそうですが、そもそも皐月賞で勝てるだけの身体能力がしっかりと身に付いているからです。

 貴方がトレーニングに励む姿は母親にとって数少ない楽しみであったこと、そして担当である沖野トレーナーがこれからゴールドシップに振り回される可能性を考慮し自分ぐらいは真面目に彼の指導を受けようと研鑽を重ねたことが功を奏しているのでしょう。

 

 

 新人とはいえ一流の素質を持つ沖野トレーナーが貴方のために考えた追い込みの走り。臆病であるが故に全くブレのない重心。まるで絵画か彫刻か、メジロの名を掲げる貴方のあまりにも完成された走りは大勢のファンに熱狂と興奮を届けているようです。

 

 

 もちろん貴方にそのような周囲の様子を楽しむ余裕などありません。チート能力がどれだけ万能でも、それを扱う貴方は何処までいっても凡人。油断をした()()がどれほどの損害をもたらすかなど想像もできません。

 ただただ集中力を切らさぬようにとゴール板を駆け抜けた貴方にほかのウマ娘たちを労う余裕などあるはずもなく、とにかく電光掲示板の1着が自分のナンバーであることに安堵するばかり。すでに塩対応が知られている貴方は振り返ることもなければ観客席に手を振ることもなく、ターフの上から静かに堂々と去りました。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ルイ……お前……なん、で……」

 

 はて? 自分はなにかしただろうか? 

 

 指示通り無事レースに勝利してダービートレーナーの称号をプレゼント出来たはずですが、沖野トレーナーは顔色が悪くなるほど動揺しています。

 やはりあらゆるレース関係者にとって特別である東京優駿でサービス無しは不味かったか。冷静に考えてみれば自分の不手際は大人であり担当である沖野トレーナーの責任になるワケですから、さすがの貴方も反省することにしたようです。

 

 

 悪いことをした自覚があるならまずは謝罪を。貴方は沖野トレーナーに「すまない、勝てという指示通りダービーに勝利したが、オレはなにかを間違ったらしい。ミスがあったなら遠慮無く指摘してくれ、今度こそ完璧にアンタの指示を遂行してみせる」と頭を下げました。

 

 

「指示……俺の……俺が勝てと言ったから……お前は……ッ! ──あぁ、いや。なんでもない。いやぁ~ッ! まさかのダービーウマ娘だぜお前! しかも無敗の二冠ときたもんだ! コイツぁ秋の菊花賞に向けて気合い入れてトレーニング考える必要があるな! はっはっはッ!」

 

 なにやら呟いていたような気がしますが、とにかく沖野トレーナーが喜んでくれたことで貴方はようやく安心することができました。

 

 あとは母親への報告ですが、メディアがネームバリューを利用するためにメジロのウマ娘と騒ぎ立てることは簡単に予測できます。

 もちろん母親がそうとう不機嫌になることは間違いありませんが、そこは自分はメジロだが貴女の娘だとハッキリ宣言して落ち着きを取り戻してもらいましょう。自分で自分のことを女性扱いするのは相変わらず背筋がゾワゾワしますが、これも親孝行だと思い耐えるだけです。

 

 

 残る仕事はウイニングライブのみ。今日はいつも以上に疲弊していますが、ここで失敗してしまえばダービーに夢を見ている者たちをガッカリさせてしまうでしょう。最後の気力を振り絞り、貴方は鏡の前で最高の笑顔作りを始めることにしました。

 

 

「なぁ、ルイ。皐月賞、楽しかったって言ってたよな? なら、今日は……今日のレースはお前にとって、楽しかった……のか?」

 

 

 笑顔の構築作業中に不意打ちのように問われたということもありますが、沖野トレーナーの質問に対して貴方は咄嗟に答えることができません。

 

 

 そりゃ皐月賞は楽しんでこいと言われたから好き勝手走ったし、それで勝てたのだから楽しかったに決まっている。

 だが今回の日本ダービーはそうではない。やはり無敗の皐月賞ウマ娘としての注目度は別格だ。それに沖野トレーナーにしては珍しく勝ってこいと力強い言葉で送り出してくれたのだから、自分はちゃんと真剣かつ全力で……それこそチート能力すらも出し惜しみすることは侮辱であると考え勝利してきたのだが。

 

 楽しかった……まぁ、楽しかったか? 勝てたし、賞金も貰えるし、母親も沖野トレーナーも喜んでくれるのだから楽しいのは確かだが。

 

 

 そこまで考えた貴方ですが、すでに何かしらやらかしていることは確実ですのであまり不真面目な回答はするべきではないと判断しました。

 しかしどうしても質問の意図がいまひとつ理解できていません。ここは無駄なすれ違いや勘違いが起きないよう、おバカ扱いされるのを承知の上で沖野トレーナーに確認することにしました。

 

 

 すまない、なにを聞きたいのかわからない。レースが楽しかったかどうかという確認に、いったいなんの意味がある? 

 

 

 素直に頭を下げると決めたことは悪くない判断なのでしょうが、どうやらよほど間抜けな質問をしてしまったようです。沖野トレーナーはすっかり呆れて言葉を失っている様子。

 あぁ、またやってしまったらしい。沈黙が気まずくなってしまった貴方は鏡に向き直り、せめてウイニングライブぐらいは沖野トレーナーに満足してもらおうと一生懸命指先で顔の筋肉を動かして笑顔の練習を再開しました。




次回は沖野トレーナー側の視点になります。
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