転生メジロと新人沖野Tによる楽しいトレセン協奏曲☆(なお第3者視点)   作:はめるん用

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新年初投稿がコレってどうなのよ。


『沖T視点と言ったな? スマンありゃ嘘だ』

 無敗の皐月賞ウマ娘が日本ダービーに出走する。その事実は日本中のレースファンたちを興奮させるには充分すぎるほどの効果があった。

 ホープフルステークスで見せた美術品のように美しい走りをするのか、それとも皐月賞で見せた野生の獣のように荒々しい走りをするのか。あるいは、日本ダービーという特別な舞台に相応しい新しい走りを見せてくれるのか。期待を胸に誰もがメジロルイヴュールというウマ娘に夢を見ているのだ。

 

 

 だが、彼女の抱える事情を知る数少ない関係者にとってはそうではない。東京レース場の喧騒の中を歩く中央トレセン学園に所属するトレーナー・六平銀次郎は、純粋に日本ダービーを楽しみにしている人々の流れを少しだけ羨ましく思いながら眺めていた。

 

 

(あれだけ無愛想だってのにこれだけのファンがいるってのは……本来なら喜ばしいことなんだろうがなぁ。それだけあのルームメイトのお嬢ちゃんのお節介が効果的だったってことだが)

 

 メイクデビューからずっと塩対応を続けているにも関わらずメジロルイヴュールがこれほどまで人気を獲得した理由はふたつある。

 

 ひとつはもちろんレースでの圧倒的な強さ。常に先頭を、後続に一度たりとも影を踏むことを許さない唯一無二のスピードで逃げきる姿は子どもたちにも分かりやすく憧れを抱かせた。

 そして、デビューからの彼女のファンたちは追い込みこそがメジロルイヴュールの真価であると盛り上がっている。バ群に近付くことを嫌う彼女はコースの中央側を走るのだが、それがあらゆる作戦も駆け引きも踏み砕く威風堂々たる走り──実際にはトレーナーである沖野がライバルとなるウマ娘たちの情報を集め仕掛けるタイミングなどを見極め、それをルイヴュールが丁寧過ぎるほど反復練習をしているのだが──に、見えているのだろう。

 

 

 強いウマ娘はそれだけで人々を魅了する。それは2つ目の理由、ルームメイトである後輩ウマ娘がSNSに投稿したルイヴュールの日常生活のギャップが知られることでさらに加速した。

 

 彼女のトレードマークである蹄鉄を模した棒つきキャンディーを机に並べてどれを食べるか真剣な表情で選んでいる写真や、カフェテリアでなにを食べるかアミダくじで決めている場面でハンバーグやナポリタンなど料理名の中に紛れ込んでいる『ターフに反省を促すダンス』という謎のワードが見える動画など、本気なのかネタなのか分かりにくい行動は彼女の冷たい印象を“独自の世界観で生きている面倒くさがりの不思議系”と好意的なモノへと変化させたのだ。

 メジロ本家がそれをどう受け止めているのかは知る由もないが、少なくとも中央トレセンの理事長である秋川やよいはもちろん、六平もひとまず良い兆しであると判断している。完全に他者との関わりを拒絶しているワケではなく、とりあえずルームメイトである後輩のウマ娘とはそれなりに上手に生活できているというだけでも安心できる。

 

 あるいは、担当トレーナーである沖野との出会いが彼女の心が閉ざされることを防いだ可能性もあるかもしれない。

 情報を絞ったのが仇となり気がついたときには契約は完了してしまっていたが、新人故にメジロ家のような名門のウマ娘を担当することに気後れを感じていなかったのは幸いだった。これでもしも沖野が“メジロ家のウマ娘を担当する”という名誉に眼が眩む青年であったなら……あまり想像したくないようなことになっていた可能性もある。

 

(アイツに任せても大丈夫だと言い切ったやよいちゃんの判断は大当たりだったか。ウマ娘のために、ってときの直感と行動力だけはもう母親と比べても見劣りしねぇな。……親の想い、ねぇ)

 

 幸いにしてお家騒動にて()()()()()()()()()()()()()()()()()()とは違ったのだろう、メジロルイヴュールというウマ娘に分かりにくいが茶目っ気のある部分が見えるあたり母親は比較的まともなのかもしれない。

 それはそれで面倒な話でもあるのだが。親の妄執を受け止めながら我が子をどうにか陽の当たる場所で走れるように、そこにどれだけの苦労があったのか。あるいは、その心の強さ故にメジロを名乗ることを黙認されているのかもしれない。

 

 

「っと、いけねぇ。せっかく無敗の二冠がどうなるかって面白ェレースがこれから始まるってときに……年ィ取ると余計なこと考えすぎちまうな」

 

 実力はあるが厄介な運命に巻き込まれたウマ娘と、実力はあるが厄介な癖を持つトレーナー。心配ごとは尽きないが、それでもいまのところ上手いこと機能している。

 

 皐月賞のあとにルイヴュールの希望ですき焼きを食べに行ったが嬉しさのあまり食べさせ過ぎて金欠になったと大真面目に助けを求めてきたときはつい拳骨を落としてしまったが、金勘定ができない代わりにウマ娘と絆を育む能力に秀でているならそれはそれでトレーナーとしては充分“アリ”だろう。

 偶然でも構わない、期待したくなるときぐらいある。レース関係者から『フェアリー・ゴッドファーザー』と呼ばれている(本人はその呼び名を嫌っているが)六平であっても、メジロルイヴュールというウマ娘の特殊な環境を思えばそうもなるというもの。

 

 だからこそ、スタートの直前で。ルイヴュールの表情がやけにハッキリと視認()()()()()()()瞬間、六平は背筋が凍り付くような感覚に襲われたのかもしれない。

 いつでもマイペースな彼女らしくもない、静かに目を閉じて集中力を高めている姿。さすがに日本ダービーともなれば多少は緊張もするか……などという安心は、ルイヴュールの瞳が“ナニも映していない”ことに気がついた瞬間に消し飛んでしまった。

 

 

 

 

 馬鹿野郎。なんて眼ェしてやがる。

 

 

 皐月賞のときはあんなに楽しそうにギラついてたじゃねぇか。

 

 

 それじゃあ、まるで──。

 

 

 

 

 異変に気づきはしたものの、冷静な部分で六平は己が出来ることなどなにも無いことを理解していた。トレーナーとして積み上げてきた実績が崩れることなど一向に構わないが、中央トレセン学園に所属するトレーナーが日本ダービーを中断させたという事実は自分ひとりの責任で終わるほど軽い問題では済まされない。

 それに、ルイヴュールひとりの都合のためにほかのウマ娘たちの努力を台無しにするワケにはいかない。彼女たちも皆、担当トレーナーと共に一生に一度の大舞台での勝負のために厳しいトレーニングを続けてきたのだ。真剣勝負に横槍を入れるなどあり得ないし、あってはならない。

 

 

 そんな葛藤とは無関係に、大歓声の中ゲートは開きレースが始まった。追い込みの位置取りのため、意図的にスタートのタイミングを遅らせるためにゆっくりと上体を倒すルイヴュールの姿が、いまの六平には朽ちて崩れる彫刻のように見えた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……あぁ、誰かと思えばろっぺいさんか」

 

「ムサカだ。んなことより沖野、オマエ」

 

 大丈夫か。そのひと言が出てこない。

 

 若手のトレーナーたちが親しみを込めて呼ぶ『ろっぺいさん』に対して『ムサカだ』と訂正するいつものやり取り。それができるだけの正気は保てているようだが、その表情は誰がどう見ても担当ウマ娘がGⅠレースで、日本ダービーで1着となったトレーナーのモノではない。

 せめてもの救いは、あの走りは沖野が望んだものではないと確信を得られたことだろうか。疑っていたワケではないが、それでもレースが終わってから控え室へたどり着くまでの焦燥感はベテラントレーナーである六平であっても出来れば2度と経験したくはないだろう。

 

「それで、わざわざ控え室までお祝いに来てくれたんですか? ろっぺいさんにしては珍しいですね。まぁ……ダービーだからな。日本中のファンが注目しているダービーを勝ったんだ。アイツはこれで無敗の二冠ウマ娘、そして俺はめでたくダービートレーナーですよ、ハハッ……。クソォッ!!」

 

「沖野ッ! 落ち着けッ!」

 

「落ち着けッ!? これが落ち着いていられますかッ!! ろっぺいさん、アンタも見てたんでしょうッ!? ルイの走りをッ!! 強かった……そして、完璧な追い込みの走りでしたよ……俺が教えた、俺がルイに頼まれて、アイツが速く走れるようにって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って言われて考えた走りだったんですよ……」

 

「知ってるよ。中央に来たばかりのルイヴュールの走り方はお世辞にも褒められたモンじゃなかったからな。それが真っ当な競技者としての走りを出来るようになったのは沖野、オマエの支えがあったからだろうが」

 

 忘れたくても忘れることなどできない。初めて見たルイヴュールの、高い身体能力だけが頼りの暴力的な走り方。多少は()()()部分もあったのだが、そんな些細なことは全て塗り潰すほどに強すぎた。

 しかもそれを本人が自覚しており、その上で勝てるのだから問題ないだろうという態度を崩さないのだ。大半のトレーナーたちがスカウトを躊躇っていたのも無理はない。ここまで気性難のウマ娘では、こちらの指示を素直に聞き入れてくれるかどうかでまず頭を抱えることになる。

 

 メジロの事情などなにも知らないところからのスタート、少し変わったウマ娘という認識だけしか持っていなかったからこそ築くことができた信頼関係。もしかしたら、沖野の砕けた態度がなんだかんだで気に入ったのかもしれない。

 

 だからこそ。

 

「沖野、いったいルイヴュールになにがあった? アイツが二冠にそれほど興味が無いのはわかるが、最近はレースそのものに無関心ってほど退屈そうにはしてなかっただろうが」

 

「……勝ってこい、って」

 

「なに?」

 

「レースが始まる前、ルイに勝ってこいって言ったんですよ。俺が。アイツならダービーだってきっと勝てると思ったから、遠慮なくダービーウマ娘の称号を勝ち取ってこいって、言っちまったんです」

 

「そりゃオマエ、担当の背中押してやるなんてトレーナーなら誰だって」

 

「違う、違うんですよろっぺいさん。少なくともルイにとっては違うんです。アイツ、ターフに向かう前に俺に聞いてきたんです。自分がダービー勝てたら嬉しいかって。もちろん答えましたよ、嬉しいって。自分が担当するウマ娘がレース勝って嬉しくないトレーナーなんているワケないじゃないですか。だけど、違うんです。俺は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、あのとき、アイツの問いかけを否定しなきゃいけなかったんだ……ッ! 『そんなことよりせっかくのダービーを思いっきり楽しんでこい』ってッ!!」

 

「それは」

 

「皐月賞までは上手くいってたんですよッ!! 前評判でも、騒いでいるメディアを相手に上等だって少しだけ笑ってみせて……せっかくトゥインクル・シリーズを走るなら()()()()()()()()()()()()()()()()()、なんて話をしたりもしてッ! ファンへの対応が雑なのは変わらないけれど、それでもアイツなりに……少しずつレースを楽しんでくれるようになっていたのに……俺のせいで、俺の余計なひと言が、アイツの中に眠っていたメジロヴェンデッタの存在を起こしちまったんだ……ッ!! 俺はアイツのトレーナーなのに、一緒に夢を追いかけようって、アイツと、約束、したのにッ! チクショウッ!! ……ちぐしょぉ」

 

 

(まいったな、俺もそれなりにトレーナーやって勝負の世界の厳しさってヤツを知ってるつもりだったンだがなぁ。お天道様は乗り越えられる試練しか与えない、なんて話は聞くがな三女神さまよ。さすがに新人のトレーナーを試すにしちゃあ……ちと大げさ過ぎるだろコイツぁよ)

 

 

 きっと。いや、間違いなく。メジロルイヴュールは沖野トレーナーに感謝をしている。

 

 だから確認した、自分が日本ダービーを勝てたら嬉しいのかどうか。

 

 故に、彼女は勝利した。それが自分を育ててくれたトレーナーへの恩返しになると想いを込めて、教えてくれた走りを完璧な形で。

 

 だが、それは沖野がルイヴュールに求めている走りではなかった。彼はただレースを楽しんで欲しかった。当たり前のように勝利を喜んでくれる姿を見たかっただけなのに。

 

 

 ウマ娘はトレーナーの幸せを想った。

 

 トレーナーはウマ娘の幸せを願った。

 

 

 ただそれだけのことなのに、トレーナーの決意に背を向けるようにウマ娘は全ての感情を邪魔なモノとして切り捨て、ほかのウマ娘たちをただの障害物として扱い、日本中のファンが、そしてウマ娘たちが夢を見る日本ダービーをただの作業として勝利した。

 

 

 ふと、気がつけば。どうやら日本ダービーのウイニングライブが始まったらしく、無敗の二冠ウマ娘が誕生したことを祝福する大歓声が控え室まで届いていた。

 中央トレセン学園に所属する現役トレーナーの中でも屈指のベテラントレーナーである六平だが、ライブで盛り上がるファンの歓声を耳にして苦虫を噛み潰したような気分になるのは初めての体験であった。




くぅ疲。

とりあえず六平トレーナーは理事長のことをやよいちゃんと呼びそうだし、アニトレ組では沖野Tだけろっぺいさんと呼びそうだなと想像。
あと、作中のウイニングライブの表現に関して細かい設定について「全てのレースが終わって夕方に開催されるのに控え室に……?」とか気にしてはいけない。いいね?


そんなことより、誰かこんな感じでウマ娘の曇らせ二次創作書いてくださいオナシャス!

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