もしも夢じゃないのなら、もう一度。

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※ヤンデレ要素は薄いかも


忘れられないあの子

えっ、あっ、はい。こ、こんにちは。

 

ああ、いえ、大丈夫です。まさかこんな場所で他人(ひと)から話しかけられるとは思っていなかったので、少し驚いただけです。お姉さんのせいじゃありません。

 

ええ、そうです。高校生で、〇〇高校に通っています……はい、あそこの男子校です。と言っても、まだ入学して半年も経っていませんけどね。一応、はい。

 

部活ですか? あー……部活じゃないんですけど、『歴史研究会』っていうのに入ってます。好きなんですよ、歴史。ちょっと不純な動機ですけど。

 

いえ。ここにいるのは、別にその活動の一環ってわけじゃないです。単純に、僕の趣味……というか習慣ですね。こんな、地元の人にもあまり知られていないような小さな資料館ですから、まさか友達を付き合わせるわけにもいかないんで。いつも一人で来てます。

 

はい、今日は研究会がお休みだったので、学校終わってからすぐ自転車飛ばしてここに来たんですよ。ここって夕方五時には閉まっちゃうくせに、土日はやってないんで。毎週水曜日、活動の無い日はいつもここにくるんです。中学校の頃は平日毎日来てたんですけど、高校生にもなると毎日は流石に無理で。

 

え? 受付の田中さんも同じことを? あはは、そうですね。こんな、建てたことに意義があると言わんばかりのつまらない資料館ですから、ほとんど人も来ませんし、僕みたいに頻繁に何年も通う人は珍しい……というか、僕以外にいないでしょうね。あとは、暇を持て余した地域のお爺さんやお婆さんが来るくらいですし。企画展とか宣伝とかすればいいのに、とは思うんですけどね。

 

え、そんなに通ってる理由、ですか? それは、その……。たいしたことじゃないので……。お姉さんを楽しませられるような話じゃないですよ。

 

そ、そんなことより! お姉さんはどうしてここへ? 僕が言うのもなんですけど、お姉さんが面白いと感じるようなものは無いと思いますけど……すごい歴史好きとかですか?

 

なるほど、大学で考古学を……えっ、初めて来たのに、ここの年間パスまで買ったんですか? あれって、ほぼ募金みたいなものですよ……? いや、まあ、僕も持ってますけど。まさか僕以外に買う人がいるとは……。

 

本当だ……「No. 002」って書いてある。あっ、これ僕のです。こっちは、「No. 001」って書いてあるでしょう? 僕とお姉さんしか買ってないんですね、やっぱり。

 

 

……。

 

 

あっ、あの! さっきははぐらかしちゃいましたけど、僕がここに通ってる理由、聞いてもらっても良いですか? 本当は誰にも言うつもりなかったんですけど、なんだかお姉さんには聞いて欲しいような気がして……。

 

あ、ありがとうございます。折角ですから、展示を見ながら聞いてください。よろしければ案内しますよ。ここの物品については、職員さんより詳しいと自負してますから。……本当ですよ?

 

——これは、僕が中学校に上がってすぐの頃。原因不明の高熱で、生死の狭間をさまよった時にみた「夢」の話です。

 

 

 

 

 

●▼●

 

 

 

 

 

あの時、僕は古代の日本にいました。といっても、自分が生死の境目にいることを含めて、現代に生きた「僕」のことは全く覚えていませんでしたけどね。完全な古代人——縄文人として、確かに生きていたんです。

 

僕はあの縄目文様の土器をつくる人たちの中で、普通に生きていました。気のいいの両親と、集落の皆に囲まれて。狩りをしたり漁をしたりしてとった食材を、竪穴住居の中で食べる暮らしをしていたんです。

 

こんな風に言うと、野蛮だと思われてしまうかもしれませんが、今振り返ってみても僕はあの生活を野蛮だとは思いません。確かに、現代ならグロいとか汚いとか言われるような部分もありましたし、今よりずっと死が間近にあったことは間違いありません。でも、ただ生きるために生きる日々は、とても豊かで充実していました。それに、上下関係もありませんでしたしね。縄文時代が一万年以上にわたって続いた理由も、なんとなく分かる気がするんです。言葉にするのは難しいんですが、あの居心地の良さは失ってはいけなかったものの一つだと思っています。

 

多分ですけど、僕が今の僕なのは、()()()()現代に生まれたからなんですよ。縄文時代に生まれたら、あの僕になっていたんだと思います。そういう意味で、あの時の僕と今の僕とは同一人物であり別人です。少なくとも僕は、そう思っています。

 

……あっ、すみません。話が逸れましたね。

 

それで、僕がそこそこ成長して狩りを任せられるようになった頃、僕の集落によその集落から移ってきた人たちがいたんです。後から調べたことですが、当時はよくあったことのようですね。二、三十人の集落一つで子孫を残し続けるわけにもいかない、ってことみたいです。

 

そんな人たちの中にいたのが、彼女でした。

 

「お前のとこで面倒見てやれ」

「わかった」

「……」

 

初めて僕の前に連れられてきた彼女は、きゅっと口を結んで無言のままに僕を見つめていました。僕より少しだけ年下のようで、まだ警戒を解いていない様子です。まあ、新しい環境にすぐには慣れないのは人間ならば皆そうでしょう。

 

「……」

「やる。これ、食え」

「……ありがと」

 

だから僕は、手っ取り早く仲良くなるために餌付けをすることにしました。もちろん食料は貴重でしたが、少女一人が食べる分くらいの余裕はありましたから。

 

だけど、そんなことよりあの時の僕は、他のことで頭がいっぱいでした。遠慮がちに咀嚼する彼女を見て思うことは一つです。

 

——妻にしたい。

 

これに尽きました。早い話が一目ぼれです。僕はどうしようもないほどに、彼女に惚れてしまっていました。どこが、ということはありません。確かに顔立ちは整っていましたし、少しおどおどした様子も可愛らしかったですし、その……色々と大きいのも魅力的でしたが、それらは後付けの理由でしかありません。僕は、言ってみれば彼女という存在に惚れていました。

 

そして、幸運なことに彼女もすぐに僕のことを気に入ってくれました。まあ、そもそも僕以外に彼女の相手として適当なのが集落にいなかった、というのもありますが。そこも含めて、彼女との出会いは運命だったと思っています。陳腐ですかね?

 

ともかく、こうして僕たちは好き合う関係になりました。まだ子供をつくるには早い歳でしたので、強いて言うなら恋人のような関係ですね。現代の恋人とはかなりニュアンスが違いますが。

 

……恋人になるまでの経緯が、短すぎると思いますか? でも、これが僕たちの関係です。僕たちの間に、ドラマみたいな恋は不要でした。恋のライバルも、障害となる社会関係もありません。ただ僕は彼女のことが好きで、彼女も僕のことが好きでした。ひどく単純で、だけど強い想い。それが、当時の恋愛でした。

 

そんな彼女は二人きりになると、決まって同じことを言いました。

 

「好き。好きだよ」

「うん」

「好きー」

 

当時、言葉自体はありましたが、とても単純なものでした。それこそ、今の僕が話す英語の方が多くの情報を伝えられるのではないかと思うくらい。

 

だから、詩的な表現とか、こねくり回した愛の言葉とか、そういうものはありません。だけど、その分愛情表現の言葉は直接的で、分かりやすいものでした。

 

だって、ほら。現代だと「好き」ってたった二文字でも、綺麗な洋服で着飾って、豪華な化粧を施して、それでやっと相手に贈るじゃないですか。だから贈られた側も、慎重に化粧を落として、洋服を()いで、それでやっとその「好き」が本物か偽物か分かる、と。

 

「好きなの、好き」

「……そっか」

「うん」

 

だけど、彼女の「好き」は裸の、あんまりにもむき出しの好意の塊でした。彼女が「好き」って言ったのなら、それは「好き」以外の何物でもないんです。本当に純粋な感情が、そこにはあるわけです。

 

だからその度に、僕は胸の奥がムズムズするような気持ちになって、「もう分かったから止めて」と言っていました。けど、彼女自身でも止められないんだ、と言われてしまいました。次から次へと溢れて止まらないんだそうです。……恋は精神病の一種だ、とはよく言ったものですよね。

 

そうして、三年ほどが経ちました。僕たちは、当時としては子供を持ってもおかしくないくらいの年齢になっていました。となれば、お互い子供が欲しくなってきますし、集落もそれを望んでいます。特に彼女の様子は鬼気迫るといった感じで、一刻も早くとでも言いたげでした。

 

ですが、当時の出産はあまりにもハイリスクでした。僕自身、出産が原因で命を落としていく人を何度か見たことがありました。とはいえ、当時に子どもをつくらないという選択肢があるはずもないわけで。

 

そこで僕は、彼女に提案をしました。子どもをつくる前に、二人で一晩中星を見ないか、と。それは僕と彼女が以前見つけた洞窟で、ちょうど野生動物が入ってきにくい形になっている上、星が綺麗によく見える場所でした。そんな洞窟で、本当はあまり良くないのですが、集落を一夜だけ抜け出して星を見ようと言いました。彼女が身重になる前に、そして万が一があっても耐えられるように、思い出を作っておきたかったんです。

 

彼女は僕の提案に、一も二もなく嬉しそうに頷いてくれました。その頃の彼女は大人びてきて、元から大きかった胸がさらに……すいません。いえっ、弁解させてください! 当時はあの大きさは生命力の象徴で、ある意味で神聖なものだったんですよ。ほら、土偶とか明らかにその部分を強調してるのあるじゃないですか。同じ理屈です。その意味で、すごく印象に残っているだけです。ええ、それだけです。

 

とにかく! 彼女との約束を取り付けた僕は、上機嫌のまま狩りに出かけました。思えば、それが良くなかったんでしょうね。狩りに慣れたつもりになっていたのも、悪かった。

 

狩りに慣れなどありません。あれは命の奪い合いであって、どんなに経験があってもいつか奪われる側になる時が来ます。

 

「うう……」

「大丈夫か!?」

「おい、しっかりしろ!!」

 

僕はイノシシを狩る最中、一瞬気を抜いたところを突撃されてしまいました。イノシシのあの鋭利なキバは、あまりにも簡単に人を殺せます。僕の場合、ちょうど太い血管に刺さったのか、血が止まりませんでした。

 

起き上がれない僕の周りで、仲間たちが心配そうに顔を覗き込んできます。でも、彼らだってその時点でもう分かっているんです。死が身近な、時代でしたから。

 

薄れていく意識の中で、僕は最後に彼女の名前を呼んだ気がします。

 

 

 

 

 

●▼●

 

 

 

 

 

——そうして目が覚めたら、僕は病院のベッドの上だった、というわけです。最初は慌てて彼女の元へ帰ろうとして、ひと騒ぎ起こしてしまいました。意識が回復したことによる一時的な混乱として片付けられましたけどね。

 

僕はすぐに両親、それから病院の先生に自分の見たこと聞いたことを話しました。だけど、それも混乱しているのだろうと、そんなのはただの夢だと言われてしまいました。まあ、当然ですよね。僕だって、逆の立場なら同じことを言うでしょう。結局僕自身も、あれがどういう現象だったのか未だに分かっていませんから。

 

でも、彼女のことを「夢」と言われてしまったことがとても悲しくて、悔しくて。両親も先生も悪くないのに、やり切れない気持ちでいっぱいでした。今すぐ彼女に会って慰めてもらいたい、そう思った直後にもう彼女が何処にもいないことに気づくんです……だから、僕はこの話をもう誰にもしないことに決めました。

 

……すいません、拙い話を長々と。誰かに話すことなんて二度とないと思っていたので、つい喋りすぎてしまいました。あっ、ちょうど展示も最後の一つですね。喋りすぎついでに、もう少しだけ後日談を聞いていただけませんか?

 

ありがとうございます。……僕は目覚めてから、彼女のことを探し回りました。いや、見つかるはずが無いんですけどね。とにかく動いていないとおかしくなってしまいそうだったんですよ。

 

そんな時、僕はあることに気がつきました。僕の集落があった場所と、このあたりの地形がよく似ていることに。

 

もちろん大きく変わってはいますが、変わらないものだってあります。例えば、山ですね。現代ではそんなに山をまじまじ見ることはありませんが、当時のコンパスもない状況だと山の高さや形が重要な情報でしたから、狩りに出ていた僕はしっかり頭に入れていたわけです。

 

それに気づいてからは早かったです。集落だったと思われる場所を特定して、それから僕は……。

 

 

……。

 

 

僕は、彼女のことが知りたい一心でした。僕のあれが「夢」じゃないとしたら、彼女はどうなったのか。いてもたってもいられませんでした。とはいえ、何処をどう調べたら良いのかもわかりません。だから、とりあえず二人の思い出の場所に行こうと思ったんです。そう、あの日に星を見ようと約束した洞窟です。

 

あっ、ここが最後の展示ですね。言ってみれば目玉展示ですよ。で、これが。

 

『縄文時代の少女の人骨

発見者:如月渉(きさらぎわたる)

 

ああ、はい。ぼくがその如月渉です。ええ、その通りです。見つけたんです……洞窟の中で。

 

一目で分かりましたよ。これは彼女だって。僕があの娘を見間違えるはずがありません。たとえ肉も皮も全部がなくなっていても、決して。

 

……彼女には悪いことをしたと思います。僕はあの子を裏切ってしまったようなものですから。でも、彼女を見つけた時にまず感じたのは嬉しさ、でした。彼女が最後まで僕を想っていてくれたことが、どうしようもなく嬉しかった。おかしいですかね、僕って。

 

そうです。この骨は『少女』のものなんですよ。つまり、あの頃のまま彼女は骨になって残っていたんです。……僕は確信しています。僕が帰らなかったあの日に、彼女は一人で洞窟に行って、そのままずっと僕を待っていたんだ、と。彼女はちょっと愛が重すぎるところがありましたから間違いないでしょう……僕も大概ですけどね。

 

それで、ここに通っている理由、ですけど。もうお分かりですかね。ええ、そうです。彼女に——妻に会いに来ているんですよ。たとえ何年経ったって、彼女は僕の大切な人ですから。来れる日はずっと、ずっと彼女を見つめています。本当に……愛おしい。

 

保存状態がほとんど完璧だったそうで、全身が綺麗に残っていたんです。学者の先生も、ちょっと驚いていましたよ。本当は僕だけのものにしておきたかったんですが、やっぱりこういうところで管理してもらわないと傷つく可能性もあったので……仕方なく。

 

あっ、気づきました? そうです。彼女の右手小指はここに無いんですよ。散々問い詰められましたけど、知らぬ存ぜぬを通しました。やっぱり、見るだけじゃなくて直接触れ合いたいじゃないですか。あれは僕のものです。これだけは譲るつもりはありません。

 

将来は、考古学者になりたいんです。彼女と過ごした時間を、あの時代を、もっとよく知りたくて。とっても不純な動機ですよね……でも、本気です。

 

えっ、当時の僕と彼女の名前ですか? いえ、名前はありましたけど……驚きました。正直、気持ち悪いとドン引きされると思っていたので。彼女を想う気持ちを恥じはしませんけど、客観的に見て異常だとは分かっているので。ほら、受付の田中さんとか、僕のことをあまり話したがらなかったんじゃないですか? 来る日も来る日も彼女と見つめ合っている僕を、ここの人たちは気味悪がっていますから。

 

……でも、ごめんなさい。こんな僕の話に付き合っていただいたことには感謝していますけど、名前だけは教えられません。僕の名前は彼女だけが知っていればいいし、彼女の名前は僕だけが知っていればいい、そう思っているので。代わりと言っては何ですが、そこの売店でグッズでもいかがですか? まあ、ポストカードくらいしか無いですけど。心ばかりのお礼をさせて下さい。

 

あれっ? どうしました? どこか具合でも——

 

 

「ユカのことずっと覚えくれてたんだね! 好きだよ、イカラ♡ 縄文の頃から!」









やべーやつ×やべーやつ

純愛だな! ヨシ!!

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