陰の右腕になりまして。 作:スイートズッキー
──『異世界』に転生した。
赤ん坊の頃から前世の記憶があったので多分そういう事なのだろう。高校生で死んだ時の記憶はハッキリ残っているため、取り敢えず第二の人生が始まったことは間違いない。
事の発端は友人達に連れて来られた肝試しだった。
高校の中でも噂になっていた妖怪の噂に動かされ、深夜に男だけという悲しい肝試しが決行された。
目的である妖怪の呼び名は──『妖怪・魔力男』。
白装束で岩に頭をぶつけながら「魔力……魔力……」と叫んでいる、そんな目撃情報から噂は広がった。正直俺は信じていなかったが、その妖怪のせいで死ぬことになるとは夢にも思わなかった。
一人はぐれた先で見つけた妖怪・魔力男。俺が持っていた懐中電灯の光に反応したのか、血まみれの顔を向けて悪魔のような笑みを浮かべた。俺は当然叫びながら逃げた。
山道で転びそうになりながらも死に物狂いで逃げたのだが、妖怪・魔力男はめっちゃ足が速かった。普通に逃げきれず背中から悪質タックルを決められた瞬間、山から一緒に飛び出した。
──そこにトラック襲来。
俺は轢かれて死んだ。
妖怪・魔力男が死んだかは分からないが、妖怪だし生きているかもしれない。もし生きているなら殺してやりたいぐらい憎んでいるけどな。
「……はぁ、疲れた」
死んだ時の事を思い出すと、どうにも気分が萎える。剣を振りながら考えることじゃないなと、俺は握っていた二本の剣を地面に刺して澄んだ青空を見上げた。良い天気だわ。
「ライ! 今日もやってるな!」
「父さん。はい、励んでます」
一休みしていたところに話しかけてきた若々しい男。今世での父親であり、とても優しい。
生まれた家は下級貴族らしく、俺はそこの長男として生を受けた。ライ・トーアム、それが俺のフルネームだ。
「もう岩を斬っているのか?」
「割と簡単でした」
俺がサイコロステーキのように斬った岩を見て、父さんに頭を撫でられた。高校生で死んで今は九歳、精神年齢的には恥ずかしいが嬉しくないことはない。
ちなみに俺に二刀流を教えてくれた師匠が父さんだ。ウチの当主は代々二刀流を扱うと決められているらしい。別になんでも良いんだけどな。
「そうかそうか! 自慢の息子を持てて私も嬉しいよ。我がトーアム家は安泰だな! ライ、夕食までには戻れよ?」
「はい。父さん」
そんな言葉を残して父さんは家に戻って行った。俺と同じ異世界特有の元々白い髪を揺らして。毛髪量も多いので、遺伝でハゲることを心配する必要はなさそうだ。
「安泰、か」
正直……面倒臭い。
ただの高校生だった俺が跡継ぎの事とか真面目に考えられる訳ないじゃん。働かずに楽して生きたいっていう舐めたことを今でも本気で考えている男だぞ。あまり期待されても困る。
……けど、才能あるみたいなんだよなぁ。
地面から抜いた剣を振ると、風圧が巻き起こる。明らかに九歳の子供の力ではない。理由は簡単──『魔力』だ。
この世界では魔力というファンタジーな力が普通に存在する。魔力を扱って戦う剣士……通称『魔剣士』と呼ばれる者達も居る。他人事のように言っているが、多分俺も魔剣士になると思う。トーアム家は昔から魔剣士を輩出している家であり、俺はそこの跡取りなのだから。
魔力量を調べた際に歴代でも最高だとか騒がれた。ビビりながらだったので
まあやりたいこととかもないし、別にそんな人生も良いとは思う。適度に才能で楽して、裕福に暮らす。可愛い嫁さんとかもらえたら最高だ。
(……とは思ってるけど)
人間という生き物は単純で、力があると使いたくなる。辛い鍛錬をして身に付けた力だからこそ、余計に奮いたくなってしまうのかもしれない。
九歳にしてそんな危険思考はどうかと自分でも思うが、漫画やアニメでしかあり得なかった世界に居るという実感が俺を加速させた。
まずは実戦経験を増やすため、盗賊と戦った。
家族にバレると面倒なので、夜にこっそり襲撃を繰り返した。前世で妖怪に殺された経験からか、俺は何の罪もない人を殺すような奴らに対しての遠慮がなくなっていた。それこそ──命を奪っても後悔がない程に。
白い髪は夜だと目立つので、フードを被って隠しながら盗賊を狩った。酒を飲みながら楽しそうに殺した人を語る奴ら、奪った金品を眺めて高笑いを上げるやつら、攫ってきた怯える女性達に手を出そうとする奴ら。目についたムカつく奴らは全員殺した。
この世界は前世よりも技術が発達していない。監視カメラもないので、やりたい放題だ。人を殺すんだから当然、盗賊達も自分が殺される覚悟はあるよな。
思えば、俺は少し楽しんでいた。
もちろん、殺人を楽しんでいた訳ではない。自分の力で思い通りのことが出来ることに快感を覚えていた。
助けた商人からは感謝され、金貨を貰ったこともある。攫われた女性達を無事に家に帰してやれば惚れられ、良い気分になった。
自分が少しずつおかしくなっていることには気付いてた。いつの間にか殺人をしても手が震えなくなっていたのには流石に引いたけど。
肝試しなんて行かなければ、平和な世界で平和に生きていけた。妖怪になんて出会わなければ、俺が死ぬこともなかった。
……なんなんだよ。理不尽だろ。
家では期待に応える理想の長男を演じ、夜は正体を隠して悪人を殺す。そんな毎日を繰り返しても、胸に込み上げる気持ち悪さは変わらない。
もう疲れた、旅にでも出ようか。
本気でそう考え出した頃──
俺の悩みなんて微塵も分からないであろうバカ。
俺の孤独なんて意味が分からないであろうアホ。
俺の気持ちなんて欠片も理解出来ないであろうボケ。
俺の新しい人生を狂わせる、最悪の出会い。もしこの男に出会わなかったなら、俺はもっと落ち着いた人生を過ごせていただろうと確信出来る。
人のことを考えず、後先を考えず、自分のやりたいことだけを貫く自分勝手が服着て歩いているようなやつ。
俺は、そんな男に出会ったんだ。
盗賊の血で染まる地面を無機質に見ていた俺へ、そいつはそう言った。同い年ぐらいの男、つまりはガキだ。普通のガキが大量殺人現場を見れば叫びながら逃げ出すか、気絶するかのどちらかだろう。
でも、そいつは笑ってた。
俺と同じように正体を隠すためか、顔はフードに覆われていたが間違いない。木の上から俺を見下ろし、心底楽しそうな笑顔を浮かべていた。
「……右腕? 意味が分からないな」
俺が剣を構えても戦闘体勢に入る様子はない。余裕の表れかと思ったがそういう感じでもない。
(なんだコイツ。厨二病か?)
目は赤く光っており、着ている黒コートは風も吹いていないのにヒラヒラと靡いている。見るやつが見ればカッコいいと思うのかもしれない。
「最近盗賊の減りが早くてさ、何事かと思って調べに来たんだよね。僕の分が居なくなったら困るから。で、そしたら君が居たって訳」
「……それで? 何か用か?」
「まあまあ、そう警戒しないで。よっと」
いや無理だろ。警戒するだろ。
木の上から飛び降りてきたソイツに、俺は変わらず剣を向けた。
「君ってさ、前世の記憶とかあるのかな?」
……は? コイツ今なんて言った?
「ははっ、良い顔するね。図星ってことかな」
「お前……何なんだ?」
いや、なんとなく分かってはいる。自分と変わらない歳で同じようなことをやっている上に『前世の記憶』などという言葉。
「君と同じ──『転生者』さ」
まあ……だろうな。予想した通りだ。
「で? その転生者が何の用だ? 喧嘩でもするか?」
「だから言ってるじゃん。僕の右腕にならないかってさ」
「なんで俺がお前の右腕にならなきゃいけないんだ? なる訳ないだろ」
「ふっふっふ、実力者には自分を支える右腕の存在が必要不可欠! ていうか居た方がカッコいい!」
ビシッとポーズを決めながら言われても分からなかった。けど、なんとなく分かったこともある。
「お前……バカか?」
「ふっ、何を言われても構わないさ。僕はなりたい。主人公でもラスボスでもない、物語に陰ながら介入し実力を見せつける……そんな『陰の実力者』に」
両手を広げながらキラキラした目で言われた。ダメだ、関わったらダメなタイプの人間だ。言ってること意味分からんし、人の話聞かなそうだし。
(……逃げるか)
前世の頃から逃げ足の速さには自信があった、鬼ごっこでは負けたことがなかったぐらいだ。俺に唯一追い付けたのは妖怪・魔力男ぐらいのもの、こんなガキを振り切るぐらい朝飯前だ。
「逃げようとしてるね? 足に魔力を流してる」
「ッ!? ……お前」
「魔力コントロールに関しては僕の方が君より上だと思うよ? 前世で修行してたから」
「前世で魔力コントロールの修行って、どんな生き方したらそうなるんだよ」
「言ったろ? 陰の実力者になりたいって。そのために修行を怠った日はないからね」
怖いよ、コイツ怖い。
よく見たらなんか身体を巡ってる魔力が滑らか過ぎる。……えっ、キモ。
「見たところ、君も相当な実力者なんだろ? 右腕に欲しいなぁ」
「……断ったら?」
「どうもしないさ。受けてくれるまで付き纏うだけ」
「いやそれどうもしてるだろ。めちゃくちゃ迷惑掛けてるだろ」
やべぇよ、コイツやっぱり人の話聞かないタイプだ。一番面倒なのは普通に強いってことだな、確実に今の俺よりは強い。戦っても勝てる気がしないぐらいだ。
「まさか自分以外にも転生者が居るなんてなぁ。これは運命の出会いってやつだよ!」
「……これが運命なら、俺は運命を呪う」
「おおっ、いいねその感じ。参考にするよ」
「やめろ! 俺は厨二病じゃない!」
ケラケラと軽く笑っているコイツ……まだ名前聞いてなかったな。
「……俺はライ。ライ・トーアム。お前の名前は?」
「僕? 僕はシド。シド・カゲノー。田舎の下級貴族さ」
カゲノーって聞いたことあるな。ウチと同じ魔剣士の家系だった気がする。色々なところで似た者同士って訳ね。
「ねぇ、ライ。僕の右腕になってよ」
「……」
素直に頷きたくはないが、魔法少女になってよと言われるよりは良い。同じような毎日に飽きていたところだし、厨二バカに付き合うのも悪くはないかもしれない。
「……はぁ。……いいよ。分かったよ」
やりたいことが見つかるまでの暇つぶし。そんな軽い感じでOKしたが、それが間違いだったと気付くのにそう時間は掛からなかった。
「やったね。じゃあこれからよろしく。右腕」
「せめて相棒とかにしてくんない?」
こうして、俺はシド・カゲノーに出会った。
俺がこの男から学んだことはただ一つ、これだけだ。
──厨二は死んでも治らない。
陰実のアニメが面白いので妄想が膨らみました!
アプリも出て来て熱いですね!七陰の幼少期とか可愛過ぎます(笑)。
マイペースに書いていくので、よろしくお願いします!