陰の右腕になりまして。   作:スイートズッキー

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10話 モブ式奥義ってなに?

 

 

 

 

 

 ──『ブシン祭』

 

 それは二年に一度、国を挙げて行われる剣術大会の名前だ。国内外関係なく腕利きの魔剣士達が集まるらしい。

 

 魔剣士が戦う剣術大会ということで、『ミドガル魔剣士学園』からも数名の生徒が参加することになっている。今日はその参加枠を決めるため、学園で選抜大会が開かれていた。

 

 学年ごとに分かれていないトーナメント制の大会なので、下級生と上級生での対戦も珍しくないシビアな大会となっている。

 見事に『ブシン祭』への参加枠を獲得することが出来れば学園から高い評価を与えられ、卒業後の進路にも大きな影響を与えるらしい。

 

 面倒事が嫌いな俺にとっては参加するつもりのない大会だった。『ブシン祭』に参加したいとも思っていないし、無駄に目立つメリットも無いからだ。

 しかし、俺はそんな意思とは真逆に選抜大会の会場へと立ち、対戦相手へ向けてトドメとなる剣を振るっていた。

 

「──勝負あり!! 勝者! ライ・トーアム!」

 

 審判の高らかな声に合わせて、会場を震わせる程の歓声が上がる。俺はそれに耳を襲われながら、腰を地面に落としている対戦相手に嫌々手を伸ばした。

 

「……おい、泣くなって。ほら、立てるか?」

「……うるさい。泣いてないわよ。一人で立てるし」

 

 明らかに泣いている顔で強がったのは、前評判で優勝候補とも言われていたクレア。まさか一回戦で当たるとは思わなかった。くじ運ないな、俺。

 

「そうかい。そりゃ失礼しましたよ」

 

 真紅の瞳から涙が流れ、白い肌が赤く染まる。俺は空気を読んで茶化すこともせず、死ぬほど負けず嫌いである昔馴染みの手を取って無理矢理立ち上がらせた。

 

 現在クレアが着用している道着はチャイナ服のようなデザインであり、スリットから白い足が見えている。そのため、座らせたままだと男達からの視線が集まってしまうのだ。

 そんな俺の気遣いなど知る筈もなく、クレアは涙目で俺を睨んだ。別に良いんだけどさ、終わりの挨拶だけしてとっとと退場しよう。

 

「ありがとござぁしたっ〜」

「何その適当さ! この私に勝ったくせにっ!!」

「なんだよ、敗者が勝者に文句言うな」

「こ、今回は負けたけど! そこまで力の差は無いんだからねっ!!」

「俺は二刀流じゃなかったけどな」

「〜〜〜ッ!!! うるっさい! 次は絶対私が勝つんだから!! ……覚えてなさいよっ!!!」

 

 ビシッと俺に指を差した後、クレアは腕で目を擦りながら退場して行った。なんか懐かしい、昔から俺に負けるとすぐに泣いたっけ。それでシドに八つ当たりしてたわ。

 

(……参加するだけで良かったのになぁ)

 

 一応俺はこれでも貴族の長男であり特待生。更に言えば学生の身分で第一王女が騎士団長を務める『紅の騎士団』の団員でもある。複雑な立場と周りに優等生で通していることから、面倒を理由に大会へ参加しないというワガママを言い出す訳にもいかなかったのだ。

 

(……俺もガキだな)

 

 参加だけしてなんか良い感じに負けようかと思っていたのだが、まさかの初戦がクレア。学年以外の立場が完全に一致する者同士の対戦だ。勝った方が間違いなく格上だと認知される。俺は絶対に負けたくなくなった。

 

(クレアは負かしたけど、『ブシン祭』には出るだろうな。俺にも出ろって言ってきた時の言い訳考えとこ)

 

 選抜大会が行われてはいるが、『ブシン祭』は基本的に誰でも参加することが出来る。学園からの推薦枠という名誉がないだけで、選抜大会で敗北した生徒も参加すること自体は可能だ。

 そもそもクレア程の実力者であれば、『ブシン祭』に出場するように学園から勧められる可能性も高い。

 

(次は気合を入れて負けよう)

 

 思わぬ悪運で二回戦に勝ち上がってしまったが、次の試合で負ければいい。クレアとの試合で消耗したことにすれば違和感もない。残るのは俺がクレアより格上だという結果だけだ。

 

(さて、観客席行くか。シドの試合そろそろだろうし)

 

 モブの道を進むシドだが、今回の選抜大会には参加している。もちろん、シドが俺のように自分で応募した訳ではない。またも女子生徒とお近付きになりたいヒョロによる勝手なエントリーが原因だった。ジャガも便乗して女子女子言ってたので、流石のシドも腹にグーパンしていた。俺でなきゃ見逃しちゃう速度で。

 

 悪い奴等ではないと思うのだが、間違いなくクズではある。この間もシドとの約束を簡単に破り、シドがウ○コ垂れ流したとの噂が広がった。取り敢えずヒョロとジャガは俺が体育館裏で割と真面目にボコボコにしたが、その程度で矯正出来るレベルではなかったようだ。

 

 俺が悪友達の評価を改めようか悩みながら会場から出ると、観客席までの道で丁度考えていた男達の声を聞くことになった。

 

 

「ああァァァッ! ライが勝っちまったぁぁぁ!! クレア先輩に賭けてたのにぃぃぃぃッ!!」

「僕もですぅぅぅぅッ!! ライ君やる気ないって言ってたのにぃぃぃッ!!」

 

 

 自分でも冷たい目をしていると分かる。俺の視線の先に居たヒョロとジャガは膝から崩れ落ち、賭け事に敗北した事実に涙していた。クレアの涙と比べるのも失礼な程に濁っている。

 

(……類は友を呼ぶってやつか)

 

 最初にアイツらと友達になったのはシドだ。ベクトルは違うが、なんとなく性質は似ている気がした。

 

 俺は先人達の残した言葉の意味に頷かされながら、二人を無視して観客席へ登るための階段に足をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 シドの試合が始まってから、もう何度目かも分からないため息をつく。

 

「……あっ、また飛んだ」

 

 何が飛んだかは言うまでもない、ため息の原因であるシドだ。一人の人間とは思えない程あっさりと吹き飛ばされた。これでもう()()()()()

 対戦相手が実力者とは言え、よくあんなに高く飛ばされるもんだ。

 

 シドの対戦相手、ローズ・オリアナ先輩。

 芸術の国『オリアナ』の王女であり、魔剣士学園の生徒会長も務めている才女だ。剣の腕は学園最上位、更にはアレクシア王女にも劣らない美貌を持っているため、生徒全体からの人気は高い。

 

(モブっぽくか……。そりゃ絶好のチャンスだわな)

 

 何度も衝突し、呆気なく負ける。シドは試合開始からずっとそれを繰り返していた。まあそれに関しては納得出来ないこともない、モブとして優勝候補相手に一回戦で無様に敗北したいという感じだろう。知らんけど。

 

(……()()()()()()()()?)

 

 シドはただ手を抜いてぶっ飛ばされている訳じゃない。その事実が俺の頭を遠慮なく混乱させてきた。

 

 瞬間的に超加速し、目にも止まらぬ速さで血糊を口に仕込む。木剣が当たる瞬間に顔の角度をズラして相手により深い手応えを与える。空中を飛んでいる際に無駄な回転を加える。俺が確認出来た分だけでも、最低限これだけの要素を自分から加えてぶっ飛ばされていた。

 

「……そういえば」

 

 思い出すのは数日前、選抜大会への参加を決めたとシドに報告された時のことだった。俺が珍しいなと声を掛けると、シドはニヤリと笑ってこう返したのだ。

 

 

 ライにも見せてあげるよ。──()()()()()をね。

 

 

 半分ぐらい聞き流していたのでうろ覚えだが、今あるのは二十四だの、せめて倍は欲しいだの、よく分からんことを言っていた記憶が僅かにある。それら全てがあの無駄にハイクオリティな負け方に関することだったなら……今見せられているのがモブ式奥義ってやつなのではないか? 

 

(モブ式奥義ってなに?)

 

 ……今物凄くアホなこと考えた気がする。

 混乱した頭でシドのことを考えるとめっちゃ疲れるな。もう良いよ、思考放棄だ。アイツの奇行で悩まされるの飽きてんだよ。

 

「頑張れー!」

「根性あるなっ!!」

「生徒会長相手に粘ってるぞっ!!!」

 

 俺の周りからシドを応援する声が上がり出す。この人達の目にはシドが圧倒的な実力差に真正面から挑むようにでも見えているのだろうか。俺もそう思えたなら楽なんだよな。絶対無理なんだけど。

 

(はぁぁぁぁあ。……よし、ため息終わり)

 

 別に良いじゃないか、一回戦で負けるモブ。出来てると思うよ。モブはそんなに優勝候補からの攻撃を耐えられないだろってツッコミもしない。百点満点だ、ボケナス。

 

「まだだっ!! 僕はまだやれる! ──ぐべぇッ!!」

 

 十三回目。

 俺は死んだ目を向けた。

 

「まだだァッ! まだまだァッ! ──がばぁッ!!」

 

 十四回目。

 俺はこっそり手にスライム弾を構えた。

 

「まだだぁぁぁァァッ!!! ──ぶはぁ……ぎゃふっ」

 

 十五回目。

 俺は吹っ飛んだシドにスライム弾を撃った。弾は無防備な頬へと命中し、シドの身体を直角に舞台へと叩き付けた。普通ならあり得ない軌道だが、ここまで見せられ続けてきたモブ式奥義の方があり得ないので不審には思われない。ふぅ〜、スカッとした〜。

 

「勝者! ローズ・オリアナ!!」

 

 どうやら審判がこれ以上の試合続行は不可能と判断したらしい。有能審判さんだな。アホが迷惑をかけてすみませんでした。

 

「担架を持って来い! 重症だぞ!」

「待ってくれ! 僕のモブ式奥義はまだ後三十三も残ってッ!!」

「錯乱しているっ! 無理矢理で良い! 運べっ!!」

「ああァァァッ!! 僕の晴れ舞台がァァ!!」

 

 ……ウチのバカが本当にすみません。重症なのは頭だけなんです。

 

 知り合いの試合を観戦してこんなに後悔したのは、前世を含めても初めての経験だ。物凄く嫌な新鮮さだな。

 

 俺はどうにかシドの叫び声から意識を外し、次の試合でギリギリ良い勝負をした後に敗北するため、座席に立てかけていた剣を手に取った。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 手軽に食べられ、味も美味しく、値段も控えめ。そんな庶民に受ける三拍子が揃った最近人気の店──『マグロナルド』。

 

 名前から察することが出来るように、これも【シャドウガーデン】が運営する企業の一つだ。正直俺が一番通っている自信がある。美味しいからね、仕方ない。

 

「ライト。誘ってくれてありがとう。約束覚えててくれたのね」

「当然だろ。アルファとのデートを忘れる訳ない」

「ふふっ。乾杯しましょ」

 

 上からの照明で白い肌が更に白く見えるアルファ。そんな美少女がコーラを片手に乾杯を促してくるなど、中々体験することの出来ない貴重なものだろう。

 

 狙い通り惜しくも二回戦で敗北した俺は以前した約束を果たすため、アルファと共に『マグロナルド』へとディナーに来ていた。

 案内された席はVIP用である特別個室。見ただけで分かる程に高級感が溢れており、少し落ち着かない。

 

 目の前の皿には届いたばかりのテリヤキマグロ。アルファはオーソドックスなマグロバーガーだ。

 

「貴方はテリヤキばかりね。よっぽど好みなのかしら」

「まあな。アルファもそればっかりだろ」

「これが一番美味しいもの」

「テリヤキだって美味いぞ。ほら、少しやるよ」

「……え、ええ。……ありがとう」

 

 アルファは俺の差し出したバーガーへ少し恥ずかしそうにかぶり付いた。小さな口へそれなりに詰め込んだようで、もぐもぐとリスのようになっている。可愛い。

 

「……お返しよ。はい、どうぞ」

「サンキュー。……ん、美味い」

「ふふっ。そうでしょう?」

 

 金髪碧眼エルフ美少女とファストフードデート。異世界と前世が混ざった感じがして、なんとも言えない幸福を感じる。二次元が三次元になるってこういうことなんだろうな。

 あっという間にバーガーを食べ終わり、適度な満足感に一息。アルファも食べ終わったようで、口周りを綺麗にしている。一つ一つの動作が上品で、貴族のお嬢様にしか見えない。

 

「試合見たわ。貴方もシドも、上手く力を隠していたわね」

「えっ? ……あー、そうだな」

 

 俺が少しボーッとしていると、アルファから今日行った試合についての感想を語られた。ていうか見に来てたのかよ、優勝しとけば良かったか。

 

「シドは初戦で敗退していたけど、貴方は特待生という立場から一回戦だけは勝ったのでしょう?」

「……お、おう」

 

 言えない。本当は一回戦で負ける予定だったけど、相手がクレアだったから負けたくなくなったなんて。

 

「そ、そういえば偽物の件はどうなった? 何か情報は取れたか?」

 

 このまま話を続けるとボロが出そうなので、俺は現在【シャドウガーデン】が解決に動いている一件についてアルファに訊ねた。

 

 シドから聞いた話ではこの間の最悪な言い訳で単独行動をした際、奇跡的にターゲットであった偽物を捕らえたらしい。なにやらアレクシア王女が襲われている場面だったらしく、シドの彼女に対する辻斬り疑惑は無事に晴れることとなったようだ。

 

「いえ、残念だけど情報はないわ。捕らえた男は『教団』の使い捨て、『チルドレン・3rd』。精神は完全に破壊されていたわ、薬物と洗脳によるいつもの手口ね」

 

 ……相変わらずクソな奴等だな。ヒョロとジャガの方がずっとマシだ。

 

「ただ、先日王都で『教団』内でも戦力として数えられる『チルドレン・1st』が発見されたの」

「誰だ?」

「『叛逆遊戯(はんぎゃくゆうぎ)』レックス。1stの中でも実力は上位とのことよ」

 

 いや、ダッセェ。シドが考えた技名ぐらいダセェ。

 

「貴方の方はどう? 『紅の騎士団』から何か情報はあった?」

「それがこの後、アイリス王女に呼び出されてるんだ。多分そこで何か分かると思う」

「わざわざ入団した甲斐があったわね」

 

 なんかめっちゃ優しい顔で褒めてくれる。良かったぁ、給料と特別手当に釣られといて。今回は珍しくちゃんとアルファ達の役に立てそうだ。

 

「でも良かったの? 今回試合で負けたから、入学してからの連勝記録は終わってしまったようだけど」

「ん? あ〜、良いの良いの。もう十分だ」

 

 俺がこれまで黒星を付けてこなかったのは、シドからそうするように頼まれていたからだ。俺に引っ付いているモブを演じるためには、俺が目立ってなければならないと偉そうに言われた。

 

 別にアホの頼みを聞いてやることもなかったが、なんとなく俺は勝ち続けた。入学してから半年以上も付き合ってやったんだ、シドも文句は言わないだろ。

 

「そう……()()、ね」

 

 変に見栄を張ることなく素直に答えたつもりだったのだが、アルファは何故か口角を上げて、感心するような顔を見せた。

 

「さっきガンマが言っていたわよ。ライトは『紅の騎士団』のような組織が設立されることを予想して、そこへ勧誘されるように連勝を続けることで自分の価値を高めていたんだろうって。あの子の読みは当たっていたみたいね。後で教えてあげないと」

(……深読みの鬼か)

 

 速攻で首を横に振りたいのだが、とても良い笑顔で「きっと喜ぶわ」などと言われたら否定も出来ん。そんなこと俺に予想出来る訳ないだろ、明日の日替わりメニューすら当てられんわ。

 

「……それから、その時ガンマから聞いたんだけど」

 

 シドに頼まれたことで俺まで過大評価をされたと肩を落としていると、アルファが少し言い辛そうに言葉を続ける。どこかそわそわしているような感じだ。

 

「ガンマの頭を撫でたって……本当?」

「──ゴホッ」

 

 予想外の問いかけに息が詰まった。やばいな。セクハラだと訴えられることはないと思うけど、褒めてくれるような雰囲気でもない。

 

「あ、ああ。『ミツゴシ商会』も繁盛してるみたいだし、この『マグロナルド』だって特にガンマが頑張ってたしさ。……だからその、撫でました」

「……そう」

「嫌がってたとか? だとしたら本当にごめんなさい」

「……はぁ、そんな訳ないでしょ。とても喜んでいたわ」

「そ、そうか。なら良かった」

 

 なんか少しだけ呆れられたっぽいけど、嫌がられてなかったなら良いや。娘に嫌われたくない父親ってこういう気持ちなのかね。

 

「……嬉しそうね」

「まあ、そりゃあな。……なんか怒ってる?」

「別に、拗ねてるだけよ」

「なんだそれ。アルファも撫でて欲しいのか? ……なんて、そんな訳な──い?」

 

 冗談のつもりで言った言葉に耳を赤く染めたアルファ。手で口を隠しており、見るからに動揺している。マジか、嫉妬だったのか。

 

「あー、いや、その……アルファの頭も撫でたいなぁ、とか言ってみたりして」

「……ふふっ。なによそれ」

「……確かに変だな」

 

 クスクスと可愛らしくアルファに笑われ、俺まで頬が緩む。ここ最近胃が痛い場面が多かったからか、とても癒される。目の保養とストレス解消を同時に出来るとかアルファ最強じゃん。

 

「また今度、お願いするわね」

「ああ、分かった」

 

 至福の時間はすぐに過ぎていき、俺とアルファは互いに軽く手を振ってから解散。

 次のデートは何をしようかと考えながら、俺はアイリス王女が待つ部屋へと向かった。

 

 

 ──最悪な子守りを任されるなんて、考えもせずに。

 

 

 

 




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 たくさんの感想も頂けて嬉しいです。笑える感想もあって、最近の楽しみの一つになってます(笑)。

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