「あ、あの……ライ君?」
「はい、なんですか?」
火が広がり出した廊下を歩いていると、俺の後ろをついてきているシェリーが少し怯えるように声をかけてきた。
俺は無機質な声で反応するが、シェリーに対しては全くの逆効果。それが分かっていながらも、俺はそう返すことしか出来なかった。
「あぅ……いえ、その、どうしたんですか?」
炎で支配された大講堂を脱出し、俺の案内で歩き始めて数十分。俺の様子がさっきまでとは変わっていることに気付いたんだろう。ダメだな、こんな状況でこんな風に感情を出すなんて。そうするべきなのは、俺ではないのに。
「……ルスラン副学園長の居場所が分かったと、俺は言いましたね」
「は、はい! 今はそこへ向かっているんですよね?」
「そうです、もうすぐ着きます。──
「えっ? でもそこはさっき私達が……」
シェリーが首を傾げた瞬間、耳を襲う激しい爆音が鳴り響いた。俺は反射的にシェリーの身体を包み込み、巻き起こった爆風から彼女を庇った。
魔力阻害が無くなったので、身体強化は普段通り。無数に飛んで来る瓦礫の破片が当たっても傷一つ付かない。
「──怪我は?」
「だ、大丈夫です。ありがとう、ライ君。……今のはなんだったんでしょう? 爆発音とは違った感じだと思いますけど」
(……意外と勘が良いな)
シェリーの言う通り、今の爆音は何かが爆発したことによって発生したものではない。剣と剣がぶつかり合った際に生まれた剣戟の音だ。部屋に入るのは──
「……少し、休みましょう」
「わ、わわっ、ライ君今ので怪我をしたんですか!?」
「そう、ですね。少し身体が痛い」
「分かりました! さぁ、座ってください!」
早く父親に会いたいだろうに、優しい子だ。俺はシェリーに肩を貸してもらいながら、廊下の壁に背を預け、ゆっくりと腰を落とした。別に痛みなんて微塵も感じてはいないが、シェリーは俺のことを全く疑ってはいない。
「ごめんなさい。私のせいで……」
「それは違います。俺は貴女の護衛ですから。当然のことをしたまでです」
「で、でも、顔色が悪いですよ? やっぱり痛むんじゃ……」
心配そうに俺の顔を覗き込むシェリー。泣きそうなのか、その瞳は僅かに潤んでいる。
──ダメだ、考えがまとまらない。
これから先をどうするか。大講堂を出た瞬間から、俺の頭はその考えで埋め尽くされていた。考えても考えても、納得のいく答えは出ない。臨機応変さはアホのお陰で磨いてきたつもりだったが、こんな事態に遭遇したことはない。
(……どうすりゃいいんだよ)
今ここでこうしている間にも、最悪の結末に向かっている。副学園長室はもう目と鼻の先。そこで行われている戦闘はもうすぐ終わる──終わってしまう。
(……ったく。この世界は本当にクソだな。転生先を間違えた。こんなクソな世界に来ることになったのも、全部あの妖怪・魔力男のせいだ)
ふと思い返しても腹が立つ理不尽。たった一度の悪質タックルが俺の全てを狂わせた。俺にやりたいことがあるとするならば、いつか妖怪・魔力男をぶん殴ることだ。
命の軽さが前世と今世で違い過ぎる。何の罪もない人間は理不尽に殺され、幸せを奪われ、尊厳を踏み躙られる。シドと出会う前の俺が……いや、シドと出会ってからも見続けてきた光景だ。
「痛いところはどこですか!? ……あっ、絆創膏持ってない。……役立たずでごめんなさい」
(……ふっ)
本当に腐ってるよ。こんなに優しくて良い子が……どうして不幸な目に遭わなければいけないんだ。
「シェリーさん。俺の背中に」
「ふぇっ? ──きゃあっ!!」
またも巻き起こった爆音により、瓦礫の破片が勢いよく飛んでくる。俺はすぐに立ち上がり、シェリーを背中へ移動させると対処を開始。腰からぶら下げていた二本の剣の内一本を引き抜き、五十ほどの数で向かってきた破片を粒になるまで斬り刻んだ。
「す、凄い……!」
「……はぁ。もうどうにでもなれだ」
「ライ君! 凄いです!」
子供のようにはしゃぐシェリーを見て、俺も覚悟を決める。他のやり方を考える時間も無ければ、俺にそんな精神的余裕も無い。
「シェリーさん」
「はい?」
「貴女はこれから辛い思いをすることになる。それでも、前に進みますか?」
「……えっ。それはどういう意味──」
「進みますか?」
シェリーの言葉を遮り、俺は彼女の目を見て再度訊ねる。雰囲気の変化を察したのか、シェリーは少しだけ後退りをした。何度も怯えさせてしまって申し訳ないが、俺にはこうすることしか出来ない。
「シドは貴女の友達で、俺も貴女の友達だ。──断言する。俺達は何があってもシェリーの味方だ」
「……ラ、ライ君?」
「どれだけ辛い現実に襲われても、シェリーは一人じゃない。シドが、俺が、必ず支える。約束する」
月並みな言葉しか言ってやれない自分の語彙力が憎い。それでも、出来る限りの覚悟を込めて、俺はシェリーにそう告げた。
「……辛い思いを、することになるんですか?」
「ああ」
「……それは、お父様に関係することですか?」
「ああ」
「……私は、また一人になるんですか?」
「違う」
俺なんかよりもずっと頭が良い子だ。俺の言葉の意味なんて、とっくに理解しているだろう。もう涙も堪えられなくなっており、ボロボロと溢れ出している。小さな手は固く握りしめられ、震えていた。それが怒りによるものなのか、悲しみによるものなのか、俺には分からなかった。
(……名前を使わせてもらうぞ)
ダメ押し、そして覚悟を形とするために──俺は姿を変えた。
スライムスーツを起動させ、流れるように形状を変化。学園指定の制服は瞬く間に銀色のラインが入った漆黒のコートへと変わり、俺の頭はフードによって完全に覆われた。
「ラ、ライ君……なの?」
「それも違うな。
なんだろうな。この世界に来て初めて堂々と名乗る気がする。悪い気分じゃない。こんなことシドには話せないな。
「──『ライト』。
フードを片手で外し、シェリーに変化していない白い髪を見せる。それだけで少しは安心感があったのか、シェリーの震えが止まった。
「ライ……ト?」
「驚かせてごめん。俺はライ・トーアムであると同時に、【シャドウガーデン】のライトでもあるんだ」
「シャドウ、ガーデン……」
これまで関係者以外には隠し通してきたことを暴露、中々に怖いものだ。だが、だからこそ良い。そうでなきゃ意味が無い。俺がこの姿になり、この名前を名乗った。これ以上の覚悟を見せる方法など、俺は持ち合わせていないのだから。
「これから君は、見たくないものを見ることになる。受け入れたくない現実を受け入れなくてはいけなくなる。悲しさを全て抱えて、生きていかなければならなくなる」
「…………」
シェリーは、ただ黙って俺の言葉に耳を傾けている。俺はそんな彼女の手を引き、副学園長室へと入った。
そこにあった光景は、予想通りの『最悪』だった。
「──……ッ!!!」
俺が引いていたシェリーの手に力が宿る。細い腕からは考えられないほどの力で握りしめられており、俺は思わず目を閉じた。
「……昔、お母様が亡くなったと言いましたよね」
「……ああ」
「お母様は、殺されたんです。小さかった私は……その日の夜を忘れませんでした」
俺の手を離し、シェリーが血で汚れたカーペットを歩く。
右へ左へとフラフラ身体を揺らしながらも、シェリーはしっかりと視線の先に横たわっている
「……同じ傷です。お母様と」
「……そうか」
「ライ君は……いえ、ライト君は……
具体性のない曖昧な問いだが、十分過ぎるほどの言葉だ。隣に立って顔を見れば、シェリーが本当に強い子だと分かる。大粒の涙を流しながら、血が出そうなほどに口を力強く噛み締めていた。
俺は下手に誤魔化すこともせず、ただ真実を伝えた。
「俺は何も知らない。けど、俺達となら知ることが出来る。それだけは確かだ」
「……俺達?」
「【シャドウガーデン】のことさ。シドも俺と同じくそこに居る。……シェリーが知りたいことは、そこで必ず分かるよ」
「シド君も……」
「言っただろ。何があっても、俺とシドはシェリーの味方だってな」
シェリーへ身体を向け、俺は手を伸ばした。
「──
テロリスト襲撃により、学園が半壊してから一夜明けた。多くの生徒が負傷し、魔剣士学園が大打撃を受けた事件も無事に終了。俺もニューと入れ替わるという最後の仕事を成功させたので、ドッペルゲンガー説が流れることはなかった。
瀕死の重症だったグレンさんとマルコさんを助けたとのことで俺の評価は爆上がり、それに伴って給料の方も爆上がり。最高だね。
この事件発生でそれ以外に俺に影響することと言えば、授業を行える状況じゃなくなったので夏休みが前倒しになったことぐらいだ。夏休みは好きだが、こんな前倒しを求めてた訳じゃないんだけどな。
「いやぁ、派手に校舎が壊れたね」
「……そうだな。お前がやるよりはマシだけど」
遠い目をしながら力の抜ける会話をする俺とシド。壊された校舎を見回せる屋上にて、快晴による太陽と吹き抜ける風に身を委ねていた。
「シェリーを仲間にしたんだってね」
「騒ぎを起こしたくないから、生徒としての生活も送ってもらうけどな。文句ないだろ? あっても無視するけどな」
「うん。別にないよ。君が決めたことならね」
これはシェリーに興味が無いから言っている訳じゃない。本当に文句がないのだろう。コイツはコイツなりに、シェリーのことを気に入っていたのかもしれない。
「そういえば、ローズ会長にもフラグ立てたらしいな。お前が起きるまでずっと側で看病してたって聞いたぞ。アレクシア王女といい、お前は王女キラーか」
「何言ってるのか分からないね」
心底どうでも良さそうな様子で息を吐いたシド。モブっぽい生活から離れつつあるようでなにより。お前の不幸で食う飯は美味いぞ。
「──にしても、今回の事件は及第点だったよ。陰の実力者的に」
「……そうか。……お前も珍しく、怒ってたからな」
「怒る? 僕が?」
「ああ、お前がだ」
きょとんとした顔を見せるシド。どうやら怒りに任せて剣を振るっていたことに気付いていなかったらしい。自分のことになると鈍感なのは、お互い様ってことなのかもな。
「シェリーの母親は立派な人だった。お前は努力している人間が好きだからな」
「……そうかもね」
ああ、空が青い。こんなに良い天気なのも久しぶりだ。なのに何故だろう、こんなにも気持ちが良い空の下なのに──無性に腹が立つ。
「アルファに聞いた。国際指名手配されたぞ、
「ふーん」
「ルスランの小細工だろうな。お前も、なんとなく予想はしてたんだろ?」
「どーかな。お前達に罪を被せるとかなんとか、そんな感じのことを言ってた記憶はあるけど」
「無差別殺人・監禁・放火・強盗。よかったな。犯罪者コース豪華盛り合わせだ」
「ははっ、そだねー」
手配書のビラも国中にばら撒かれているというのに、当の本人がこの調子。手配書を作った役人も、犯人がこれじゃあ仕事した甲斐がないだろう。
まあ別にその件に関してはどうでもいい。周りを敵に回すだの、国を敵に回すだの、世界を敵に回すだの──今更だ。
そんなことより、俺はコイツに対して言わなければならないことがある。場合によってはぶん殴ることも視野に入れるレベルのことだ。
「シド。だから……
「なんのことだい?」
「とぼけんな。シェリーの母親と同じ殺し方をしただろ。ルスランにでも聞かされたのか?」
「うん。そうだよ」
あっさりと認めるシド。そこに躊躇いなど一瞬もなく、後悔すら微塵も感じ取れない。そうさ、コイツはこういう奴だ。分かってたよ、伊達に長い付き合いじゃない。
──ああ、やっぱり腹が立つ。
「俺がシェリーを勧誘しなかったら、どうした?」
「別に。シェリーに僕の姿を見せてから逃げたよ」
「その場合、シェリーはお前を両親の仇だと思うだろうな。わざわざ同じ殺し方をしたんだ。人生を懸けて殺しにくるかもしれない」
「だろうね。そうしようと思ってたんだ」
「…………はぁ」
深くため息を溢す。それと同時に新鮮な空気が肺に取り込まれ、身体が喜んでいた。俺はそのまま隣でボーッとしているシドの方を向き、言葉を投げる。
「シド」
「なーに?」
「お前はお前のやりたいようにすれば良い。元から俺達の関係はそういうもんだ」
「急にどうしたのさ」
「黙って聞け」
ヘラヘラとした笑顔を向けてきたので、シドの胸ぐらを右手で掴み上げる。それでもシドの表情に変化はない。それでいい、だからこそ俺がこうして怒る必要性がある。
「俺がお前の右腕でいてやる限り、お前に協力してやる」
「……」
「でもな、俺も俺のやりたいようにやらせてもらう。それがたとえお前の考えに合わないことでも、お構いなしに貫く」
「……」
「つまりだ」
バッと手を離し、シドの目を見た。
「──ムカつくことは邪魔するぞ」
右腕として、俺の行動は相応しくないんだろう。でもそうでなければならない。俺はコイツの右腕だが、それ以前にただの知り合い。同級生。転生者同士。腐れ縁。それだけの関係だ。
全てを肯定してやる気はないし、される気もない。腹が立つものは立つ、ムカつくものはムカつく。ならどうするか、邪魔をする。俺はこのクソ厨二病野郎に、そう言い続けてやるだけだ。
「ふ、ふふっ……」
「なに笑ってんだ?」
「いや、ライを右腕にして良かったと思ってね」
「……ハッ、いい迷惑だ」
シドが押し殺すように笑い終えると、一息ついた後にゆっくりと口を開いた。
「それでいいよ。その方が楽しい」
「本気でムカついたら容赦なく斬るぞ」
「それは困るなぁ。ライが相手だと、僕も命懸けだ」
「お前には負け越してるからな」
「魔力有りなら……でしょ?」
「関係ねぇよ。お前に負けてるってだけで嫌なんだよ」
またも笑うシド。一体何が面白いのやら。
「……もう夏休みだねぇ。ライはどうするの?」
「仕事だ。『紅の騎士団』でな。お前は?」
「姉さんから一緒に実家へ帰ろうって言われなかったからね。どうしよっかなって」
「アイツも俺と同じ仕事を任されてたからな。悔し涙で騒いでたのはそういう理由か」
「ははっ、姉さんらしいや」
感情をあまり感じない笑顔で笑うシドを見て、俺は何度目かも分からないため息を溢す。俺が一方的にイラつき、ムカつき、そして疲れる。本当に、よくも付き合い続けてるな。自分の付き合いの良さには驚かされてばかりだ。
「……まあ、お前と別行動ってのも珍しいからな。アホの子守りを休む良い機会だ」
「んー、言い返せないなぁ。ゆっくり休んでよ」
「言われなくてもそうさせてもらうさ」
そこで会話を切り上げ、俺は柵に立て掛けていた二本の剣を手に取って出口へと歩き出す。キッチリとした制服はこの日差しの中で着るのは厳しく、腕に抱えている状態だ。
「またね。ライ」
「……ああ」
夏休み、俺達は別々の予定を過ごす。
ひょっとしたら新学期まで顔を合わせることはないかもしれない。それならそれで良い。子守りを休めるならそれに越したことはない。年中無休を約七年だ、少しばかり休日を貰っても文句は無いだろ。まあ仕事をしに行く訳だから、完全に休みって訳でもないんだけど。
「シド」
俺はふと立ち止まり、振り返らずに口を開いた。
人生がそんなに上手くいく筈はない。きっとこの夏休みも、俺はアイツに振り回されることになる。確信とも言える予感が、俺にはあった。
だからこそ、こう言うべきなのだろう。
「──またな」
夏休みの幕が、上がった。
この話を書いてて思ったことは、最終回かな?です(笑)。
アニメももう終わりますし、寂しいですね。二期に期待したいところです。