陰の右腕になりまして。 作:スイートズッキー
「……本当に居るのかよ」
無事に『女神の試練』が開催されてから約三時間が経過した頃、俺はアレクシア王女の護衛を交代し、観客席へと足を運んでいた。
空はすっかり暗いというのに、会場の熱気はまだまだ冷めていない。流石は年に一度の大イベントだ。
そんな中、どうして俺が観客席に来たかと言えば──目の前に座っている黒髪のアホに会うためだった。
「あっ、ライ。遅かったね。待ってたよ」
「……はぁ。やっぱりこうなるのか」
ヘラヘラした顔で俺に手を振ったのはシド。会いたくなかった見間違える筈もない男の登場に、俺のテンションは急降下。大きなため息を溢しながら、シドの隣の席へと腰を落とした。
「久しぶりだね」
「一週間も経ってねぇよ」
「それはそうだけど、ライとこんなに離れたの久しぶりだからさ」
「……短い休日だった」
肩を落とす勢いの俺を見て、シドが残念だったね〜などと軽口を叩く。なんだろう、もう顔面に一発入れてやりたい。簡単に躱されると予想出来るのが余計に腹立つ。
「……お前、どうしてリンドブルムに?」
「アルファに呼ばれたんだ。聞かされてなかった?」
「お前のことで時間を取るなんてもったいないことする訳ないだろ」
デートでそれどころじゃなかったわ、とは流石に言えないが。
「じゃあなんで僕が居るって分かったのさ」
「アレクシア王女から聞いたんだ。朝方、露天風呂でシドに会ったってな。近くで聞いてたクレアも荒ぶり出して、朝からダブルで絶望した」
「あはは」
「笑ってんじゃねぇよ」
アレクシア王女からシドが居ると聞いた時はめちゃくちゃに萎えた。異性の王族と混浴したとか、『紅の騎士団』への勧誘を断られたとか、そんなもんどうだっていい。
一番の問題は──
(……絶対なんか起こるじゃん)
アルファ達が来ているのに加えて、シドが呼び出されている。もう嫌だ、考えるまでもなく面倒事に襲われる未来が見える。
早い、早いって。確かに夏休みだろうと関係なく振り回されるんだろうなって予感はしてたよ? でもまだ夏休み始まって一週間も経ってねぇぞ。もう少し休ませてくれたって良いだろうが。
「まあまあ、そんな顔しないで。はい、飲み物買っといたから」
シドはポンポンと俺の肩を軽く叩き、売店で購入したであろうドリンクを差し出してきた。俺がこんな風になっている元凶とは思えない態度だ。コイツの場合、分かっててそういう態度なのだからタチが悪い。
「……ん、サンキュー。いくらだった?」
「いいよ別に。それより次が姉さんの番みたいだよ。古代の戦士は出てくるかな」
「さあな。出て来なかったら後で笑ってやるさ」
ストローに口を付けながらコロシアムへと視線を向ける。そこには俺と同じように護衛を交代してもらっていたクレアの姿があり、戦闘準備万端といった感じだ。シドが見ていると分かったからか気合も半端なく入っているようだし、コンディションも悪くないと見える。
「やめてよ。八つ当たりされるのは僕なんだから」
「それはなにより。出て来ないことを祈るわ」
この『女神の試練』で登場する古代の戦士達は挑戦者達の呼びかけによってその姿を現す。しかし絶対に出てくるという訳ではなく、挑戦者自体に実力がなければ呼びかけには応えてくれない。
毎年多くの挑戦者達が試練に挑むが、古代の戦士を呼び出せるのは多くて三人といったところらしい。噂通りの厳しい試練だ。
クレアの呼びかけで誰も出て来なかったら笑えるなと思っていたが、そんな俺の期待はアッサリと打ち砕かれることとなった。
「おっ、ちゃんと出て来たね」
「……つまんね」
クレアの声へ反応するように飛び出して来た一人の男。鎧に身を包んだ豪快な風貌をしている反面、頭皮は寂しいことになっており、どこかの父親を思い出してしまった。
「今、我が家の大黒柱に対して失礼なこと考えなかった?」
「そう思うってことはお前も考えたんだろ」
「まあね〜。多分姉さんもだと思うよ」
「相変わらず容赦ないな。オトンさんが可哀想だ」
シドとクレアの父、オトン・カゲノー。
カゲノー家の当主であり、魔剣士としての実力もそれなりにある人物だ。温厚な性格の持ち主だが、何故か家族全員からの当たりは強い。後ハゲている。
「……始まるな」
「良いよね。この演出」
クレアの前へ古代の戦士が登場したことにより、二人を中心として光のドームが発生した。この中が戦士達の闘いの舞台となり、同時に観客達を攻撃の余波から守る盾となるのだ。
「あっ、姉さんが斬りかかった」
「顔怖くねぇか?」
「意気込んできた試練で父さんみたいな頭が出て来たからね〜。剣に強い怒りを感じるよ」
「……本当、オトンさんに優しくしてやれよ」
俺が悲しき父親へ同情していると、クレアの猛攻により呆気なく試練は終了。古代の戦士の実力も低いとは思わなかったが、クレアの攻撃に反応出来ず瞬殺されてしまった。そんなにイラついたのか、思春期の娘って怖いな。
『──勝者! クレア・カゲノー!!』
司会のアナウンスで会場のテンションは更に引き上げられる。何百人と挑戦者が居た中で、古代の戦士を呼び出せたのはクレアを合わせて二人だけ。そりゃテンションも上がるよな。
「勝ったね」
「そうだな。まあこうなるだろ」
相手の戦士もそこそこ強かったが、クレアの方が上なのはすぐに分かった。昔から剣に対しては真面目な奴だ、また腕を上げたな。
「……それにしても、ここまでやって合格出来たのは姉さんとアンネローゼって人だけか。意外と厳しいんだね」
「割と正確に挑戦者の実力に合わせた相手が出て来てる。……クレアは圧勝だったけどな」
「姉さんがキレてなかったら、もう少し良い勝負になったかもね」
「まあ、何はともあれ合格だ。おめでとさん」
これでクレアは将来安泰か。前に聞いた話じゃ将来は当主になるって言ってたから、カゲノー家も成長するかもな。下級貴族から上級貴族になるのも夢じゃないかもしれない。
「弟はボンクラだし」
「あれ? 突然の罵倒?」
当然の評価だろ。家のために働かないどころか、『陰の実力者』なんてふわふわした存在を目指してるんだから。その点で言えばクレアの方がずっとまともでしっかりしている。どうにかシドを押し付けられねぇかな。カゲノー家発展のために死ぬ程こき使って欲しい。
「そろそろ終わりみたいだね」
「だな」
「そういえばライは参加しなかったんだね」
「する訳ないだろ、面倒くさい。……それに、さっきも言ったけど挑戦者の実力に合った相手が出て来てる。英雄クラスに出て来られたら目立つどころの話じゃないからな」
「あー、それもそうだね」
自画自賛にしか聞こえないだろうが、多分俺がやったらそれぐらいの戦士が出てくると思う。戦いだけなら負ければ良いが、そんな戦士を出したっていう事実だけで目立つのは避けられないだろう。
「お前が調子乗って参加してなくて安心したよ」
「そりゃね。陰に潜まないと」
「国際指名手配犯がなんか言ってる」
陰に潜むだの、裏で暗躍するだの、言ってることとやってることが真逆なんだよな。ただの実力者じゃん、頭にすげぇアホって付く。
「さて、これからどうしよっかな。アルファ達も動いてないみたいだし」
「取り敢えず腹減った。飯でも──」
食いに行こうぜ、という俺の言葉は次なる挑戦者を叫んだ司会の声によって掻き消されることになった。
『次ッ! ミドガル魔剣士学園生徒から! ──シド・カゲノーッ!!』
コロシアムに響く声に、観客達も騒ぎ出す。それも当然だろう、たった今『女神の試練』をクリアしたばかりであるクレアと同じ苗字である者の名前が呼ばれたのだから。
当然、観客達はこう思った筈だ。次も面白い試合が見られるぞと。
「ははっ、シド・カゲノーだって。モブっぽい名前だね」
「この世界にも居るもんだな。同じ名前の奴って」
「「──……はぁ?」」
いやいやいや、そういう話じゃないよな。ミドガル魔剣士学園に在籍してるシド・カゲノーなんて、俺の隣に座ってる男以外に存在しねぇぞ。コイツじゃん、陰に潜むとか抜かしたばかりのコイツじゃん。
「……シド。……お前」
「ち、違うって! 僕がエントリーする訳ないだろ?」
ここまで頭が残念だったのかと少し引きながら視線を向けると、シドは慌てて否定に入った。
「……」
「んー、その目は全く信じてないね」
「お前ならやりかねん」
「ははっ、わかる」
わかってんじゃねぇよ、このバカ。
「……にしてもどういうことだ? 『女神の試練』は事前に申し込みをしておかなきゃ参加出来ない決まりだ。たった今決まった出場じゃないぞ」
「だよね。僕がしてないってことは誰かが勝手に……あっ」
「なんだよ? 心当たりでもあるのか?」
シドは珍しく渋い表情を見せると、犯人である可能性が高いと思われる人物の名前を静かに告げた。
「……ローズ先輩、かな」
「は? なんであの人が?」
「いやぁ、実はリンドブルムに来る時の列車で捕まっちゃってさ。同じ部屋になっただけじゃなくて、粘り強い宗教の勧誘を受けたんだよね。話半分で聞いてたけど、確か『女神の試練』がどうたらって言ってた気がしなくもないっていうか……」
「話が全く見えん。……で? どうする? 名前呼ばれまくってるぞ。シド・カゲノーくん」
シドがローズ会長にフラグを立てていたことは覚えているが、まさかこんな事態を引き起こすとは。アレクシア王女の殺人未遂だったり、恋する王女様ってのは予想外の行動をするもんだな。
ひとまず犯人のことは保留し、状況の解決に知恵を絞った方が良いだろう。観客達もシドの登場を今か今かと待ち侘びているようだ。こんなにデカい会場なのにクレアの叫び声が聞こえるのは、気のせいだと思いたい。
「……選択肢その1、大人しく試合に出る」
「却下だな。実力バレるぞ」
もう二度とモブ道などというふざけた道は歩けないだろう。俺にとってはどうでもいいが、コイツにとっては死活問題な筈だ。一応親切心で止めておこう。
「……その2、こっそり逃げる」
「却下だな。クレアに殺されるぞ」
これは説明の必要もない。シドも素直に頷いている。
「……その3、体調不良を訴える」
「良いんじゃないか? クレアに殺されそうだけどな」
「詰んでない?」
「そうかもな」
人の不幸は蜜の味と言うが、中々その通りだ。シドの不幸を見ていると心が安らぐ。飲み物が美味いこと美味いこと。
「ライ、他人事だからって酷くない?」
「はぁ、面倒くせぇな。いつものやつで良いだろ」
「いつものやつ?」
「お前お得意の誤魔化す方法だよ」
その言葉で納得したのか、シドは笑顔を浮かべた。ある意味では目立つことになるのだが、この場合他に良い対処法も思いつかない。全ての状況をひっくり返すため、歩く核兵器にご登場頂こう。
「ライ、よろしく」
「……ん、分かった」
掌に魔力光弾を作り出し、超高速で空へ向かって撃ち出す。一瞬にして夜空は明るく銀色に光り、俺とシド以外の視線を釘付けにした。
そして光が消えた瞬間、コロシアムに一人の男が降り立った。
漆黒のコートに身を包み、フードを被った真紅の瞳をした男だ。腕を組みながら仁王立ちしている様子は、その姿を捉えた者に根源的な恐怖を与えた。
「……行ってら」
流石に少し同情した。
(……へぇ、強いな)
シドがシャドウとして『女神の試練』に参加してから数分。俺はシャドウの対戦相手として出て来た女性を見て、素直にその実力を賞賛していた。
足元にまで伸びる黒色の長髪を揺らしながらステップする様子は、まるでダンスでも踊っているかのような可憐さだ。シャドウに対して行っている攻撃は普通にえげつないのだが。
他に見守っている観客達もその壮絶な戦いから目が離せないようで、呼吸するのも忘れているかのような硬直を見せている。シドのことなんてもう頭には残っていないだろう。『よりインパクトのある登場で全てを誤魔化そう作戦』は無事に成功したようだ。
(魔力……いや、血液か?)
光のドーム内を縦横無尽に飛び回るシャドウへ襲いかかるのは──自由自在に操られる赤い物体だった。
当たれば串刺しは免れないであろう鋭利なトゲが次々とシャドウに迫る。魔力を変化させているのかと思ったが、見た感じ血液に魔力を流しているというのが正解だろう。血液は水のような液体よりも魔力を通しやすく、あのような芸当が出来ると話には聞いたことがある。吸血鬼が得意とする技だった筈なので、人間が容易に操れる技ではない。
(まあ、ただの人間じゃないよな)
シャドウの呼びかけに応えて出て来た以上、あの女性も歴史に名を残した超人なのだろう。魔力の量も質も、他に出て来た二人の古代の戦士とは比べ物にならない。大抵の魔剣士が彼女の相手をしていれば、間違いなく勝負は一瞬でついていた。
(……けど、残念だったな。シャドウ)
僅かに口角を上げて楽しそうな表情をするシャドウを視界から外し、俺は席を立ち上がって歩き出す。
──
(まるで、鎖に縛られてるみたいだな)
これは単なる予想だが、あの魔女は本来の力の一割も出せてはいないだろう。感じられる魔力と繰り出している攻撃に差が有り過ぎる。あそこまで弱体化させられてしまえば、シャドウの相手にはなれない。
俺がそんなことを考えていると、会場から悲鳴にも似た声が上がった。どうやらシャドウの一撃によって勝負が決したらしい。意外と楽しんだみたいだが、それだけにアイツは残念がっている筈だ。不完全燃焼だろうし、後で少し付き合ってやるか。
名前も知らない魔女に勝利したシャドウは光のドームから解放されると、コートを風に靡かせてコロシアムからあっという間に飛び去った。
(はぁ、追うか)
人目につかないようコロシアムの上へと登り、シャドウが飛んで行った方向を確認する。面倒だが追わない訳にもいかんと、俺も続いて飛び出そうとした時──すぐ隣に人影が現れた。
「ライト。来てくれたのね」
「……アルファじゃないか」
夜でも輝きを放つ金髪を揺らしながら、アルファが柔らかい笑みを浮かべていた。漆黒のスライムスーツに身を包んでおり、【シャドウガーデン】として動いているのは確定だ。
そしてもう一人、アルファ以外に現れた人影。その子はブンブンと尻尾を振りながら、俺に思いっきり飛びついてきた。
「ライトー! 久しぶりなのですー!!」
「ちょっ! デルタ! 飛びついてくんなって!」
脳筋戦闘娘・デルタ。【七陰】第四席であり、接近戦での戦闘力は組織でもトップクラスの実力者だ。知能が低いことだけが唯一にして最大の弱点と言える。
「お前達がここにいるってことは……」
「ええ、これから動くわ。──シャドウが『扉』を開いてくれた。やはり貴方達は全てを知っているようね」
「ボスとライトは凄いのです!!」
……へっ? 何が?
「今からイプシロン達と合流するの。手伝ってもらえる?」
「ええっと、その」
「頼らせてくれるんでしょう?」
昨日のデートで言った言葉のことだろう。アルファが期待と信頼を込めた目で、俺に視線を向けてくる。可愛い。どこか子供っぽい表情なのも可愛い。
(──じゃねぇよ。『扉』って何? アルファは何を言ってるんだ……?)
全く状況が掴めないと頭を悩ませた瞬間、会場の方から原因不明の赤い光が発生。反射的に横目で確認してみると、そこには赤い光で構成された大きな扉のようなモノが出現していた。間違いない、アルファが言っている扉とはアレのことだ。
「ふふっ、貴方が居れば心強いわ」
「わーい! ライトと一緒なのです!!」
一応右腕としてシャドウを追いかけておきたい所ではあるのだが、アルファ達を無視する訳にもいかない。なによりアルファからの『貴方達は全てを理解しているわよね』攻撃が辛い。ごめんなさい、何一つ分かりません。
(シド……すまん)
飛び去って行ったシドへ心で謝罪した後、俺は静かにアルファへと身体を向けた。
「さあ、行きましょう」
妖艶な顔で手を差し出してくるアルファ。
俺が彼女に返す言葉など決まっている。たとえ事情を知らずとも、状況が掴めずとも、何をすればいいのか分からずとも。
俺は出来る限りの良い笑顔で、こう返すだけだ。
「──ああ、行こうか」
俺は考えるのをやめた。
オリ主の休息終了のお知らせ(無慈悲)。
『オリ主に対する好感度の数値』
・アルファ 【100】
・ベータ 【77】
・ガンマ 【89】
・デルタ 【83】
・イプシロン【86】
・ゼータ 【97】
・イータ 【84】
・シド 【???】