陰の右腕になりまして。 作:スイートズッキー
シドと出会ってから一年。俺達は揃って十歳になっていた。やはりと言うべきか同い年だったらしい。
下級貴族同士なので話すことにも困らず、俺はシドとまあまあ順調に友好的な関係を築いていた。この世界に於いて唯一自分と同じ転生者であることも大きい。家族には見せられない本当の自分で居られるのは気楽だ。
問題があるとすれば──。
……これぐらいのものだ。
「景気が良いねぇっ! 盗賊さん? じゃあ……金出そうか?」
物語を陰からどうのこうの言ってたやつが、盗賊相手に派手な強盗してる。アイツの隣に居ると俺まで同類に思われるから嫌なんだよなぁ。シドの台詞だけ聞いたら完全にこっちが悪党だし。
「なんだてめぇらっ!?」
「ガキ二人で来るとは良い度胸じゃねぇか!」
「コイツらみてぇに死にたいらしいな!」
いや、やっぱコイツらの方が悪党だわ。商人の馬車を襲ったな、全員死んでる。なら……お前らも容赦なく殺してやるよ。
「ライ。コイツらは僕がやるよ。新兵器の性能を試したいんだ」
俺が二本の剣を掴んだ瞬間、シドからそんなことを言われた。まあ、あのゴミ共が死ぬなら誰がやっても変わらないか。
「……分かった。俺はあの人達の墓掘ってくる」
「ん、任せたよ」
シドが作った新兵器『スライムソード』と『スライムスーツ』。この世界に於けるスライムは某RPGの雑魚とは違い、とても優秀な魔物だ。魔力によって形を変化させるという特性を活かし、好きな形に出来る武器と装備を作り出したらしい。
俺の分も作ってきてくれたけど、確かに軽いし使いやすい。武器を抜くんじゃなく作り出すって感じだから、俺の二刀流とも相性が良い。シドのこういう発想に関しては全く勝てる気がしないな。勝ちたいとも思わんけど。
(おーおー、やってるやってる)
盗賊達の悲鳴をBGMに、スライムスーツをシャベルへと変化させて穴を掘る。殺された人数は四人か、見た感じ親子っぽいな。……せめて安らかに眠ってくれ。
「いやー、我ながら中々良い物作ったなぁ! そっちも終わったみたいだね」
「まあな。……はぁ、また持ってくつもりか?」
「商人達の仇は取った。彼らの形見は僕達が有効活用してあげようじゃないか」
「陰の実力者になるための資金って言うんだろ。別に止めはしないけどさ。面倒だし」
本当なら持ち主に返した方がいいのだろうが、商人達に生き残りはいない。他に返すべき人達が居たところで、それが誰なのかも分からない。わざわざ調べる義理もないし、シドの好きにさせよう。俺は決して根っからの『善人』という訳ではないのだから。
「さっ、今日は解散かな。また明日ね、ライ」
「おう。……いや待て」
「ぐえっ、何するのさ」
身体の五倍ぐらいありそうな袋を担いで帰ろうとするシド。俺はその首根っこを掴み、帰宅を阻止した。気になる反応を感知したからだ。シドは手に入った金品に夢中で気付いていなかったようだけど。
「ほら、あれだ。いくぞ」
「んー? なんだろうね」
シドが袋を落とすと、ドシンッという音と共に地面が揺れた。どんだけ詰め込んだんだよ。四次元ポケットじゃねぇんだぞ。
「……死体、か?」
俺が気になったのは魔力だった。今までに感じたことのないような反応だったので分からなかったが、近付いてみるとよく分かる。檻に入れられた肉塊からは確かに魔力反応が感じ取れる。てか夜に見るとホラー過ぎる。
「いや、生きてるね。これは……『悪魔憑き』かな」
「それって突然肉体が腐り出して死ぬっていうやつか?」
「うん。教会が引き取っては裏で虐殺してるなんて噂も聞くね」
「……不運だな」
病気に関して俺に出来ることはない。この状態で生きているとは思えないが、想像も出来ないような苦痛に襲われているだろう。ならせめて、楽に死なせてやりたい。
「ライ。殺さなくていいよ」
「は? なんで?」
「この波長は覚えがある。魔力暴走だ」
「……魔力暴走?」
「まあ僕に任せてよ。隠れ家に持っていこう」
なにやら自信満々な様子だ。しかし俺はこの一年で学んだ。シドがこういう顔をしている時は絶対にろくでもないことを考えているのだと。
「お前……なに企んでる?」
「ええっ!? そ、そんなことないけど……?」
もう一つ学んだ。コイツは嘘が下手だ。
「……嘘だろ」
肉塊を隠れ家に持ち帰り、シドがあれやこれやと手を加え出してから一ヶ月。今日、俺は本当の意味で異世界ファンタジーを目にすることになった。
(金髪美少女エルフだ……!!)
「あんなに腐ってたのに元に戻るんだ」
なんでコイツはこんな平常心なんだ? 性欲とか少年の心とか前世に置いてきたの? それとも初期設定でこうなの? だとしたらコイツは男として完全に終わってる。
「……ていうか、どうする?」
「そうだねぇ。肉塊じゃなくなったから実験も出来ないし、故郷にでも帰ってもらうかな」
「やっぱ実験とかしてたのな」
「……いやー、自分の身体じゃないから好き勝手出来るかなって」
少し引いたような視線を向けると、シドは汗を流しながら正直に白状した。まあその実験のお陰でこの子は元の姿に戻れたみたいだし、結果オーライだな。
「……! やばいぞ、目を覚ます!」
「ええっ!? ど、どうしよっかな。……そうだ!」
「お、おい。何する気だ?」
「ここが陰の実力者の初舞台ってね」
いきなり距離を取って木箱の上に片膝を立てて座ったシド。あれはなんかカッコいいとかいう理由で俺にも同じ座り方を強要してきた厨二座り。またアホなことやらかしそうだと考えていると、受け止めていたエルフの子が意識を取り戻した。
「……えっ」
「……あっ、どうも」
バッチリ目が合った。金色の髪に調和する綺麗な青い瞳。一言で言うとめっちゃ可愛い。俺の心が前世のままだったなら、一瞬で惚れていた。いや、今も惚れかけたんだけど。
「大丈夫か?」
「……私の身体が……元に戻ってる」
貴方が助けてくれたの? と訊いてきたので、俺は後ろで不敵に笑っている厨二バカを指差した。
「君の身体を元に戻したのはアイツだよ」
「彼が……」
エルフの子に視線を向けられると、シドはわざわざいつもより低い声を作って語り出した。
「君を蝕んでいた呪いは解けた。最早君は自由だ」
おっ、珍しくなんの見返りも求めてない。……いや、実験に使えなくなったからもう帰っていいよ〜って感じだな。穏便に話を終わらせようとしているだけ成長はしてるか。
俺がシドのことを少しだけ見直していると、エルフの子からとんでもないキラーパスが飛び出した。
「……『呪い』って?」
設定を語るチャンス。シド・カゲノーは嘘をつくことが下手だ。しかし、命を懸けてまで目指す陰の実力者ごっこに関しては無駄に頭が回る。バカでもアホでもあるくせに、こういう所が本当に面倒だ。
俺は一年もの付き合いから瞬時にシドの口を塞ごうと試みたが、それよりも先にボケナスは口を開いてしまった。
「ああ、呪いというのは……君達『英雄の子孫』にかけられた呪いのことだ」
……ん?
「驚くのも無理はない。だが君も知ってるだろ? ……教典に記された三人の英雄が『魔神ディアボロス』を倒し、世界を救ったお
……んん??
「魔神は死の間際に呪いをかけた……それが君を腐った肉塊へと変えたものの正体さ。だが何者かによって歴史は捻じ曲げられ、君達『英雄の子孫』は『悪魔憑き』などと呼ばれ蔑まれることになった」
……コイツは何を言ってるんだ? そんな訳──。
「はっ……!!」
あれ? なんかこの子信じてない? 世界の真実に辿り着いちゃったみたいな顔したけど。
「その黒幕の正体は……そうだな。黒幕は……まだ教えることは出来ない。知れば君にも危険が及ぶ」
ほら、設定の限界が来た。思いつかないんだろ、目があっちこっちに泳ぎまくってるぞ。
(はぁ、助け舟出してやるか。一応右腕な訳だし──)
「構わないわっ!!」
(あれぇ〜???)
めっちゃ食いつくじゃん。シドも驚いてるよ、初めて見たよあんな顔。
「一体何者なのっ!?」
「そ、そうか……ならば教えよう」
やめろ。こっち見んな。もう俺にはどうにも出来ねぇぞ。これはお前が始めた物語だろ。
シドは俺からの手助けがないと理解したようで、時間を稼ぐためか前髪を弄りだした。そして数秒の静寂が流れた後、何かを思いついたように口を開いた。
「──……『ディアボロス教団』」
また意味分からんこと言い出した。
どうせ悪の組織とか適当にでっち上げたんだろうけど、そんな組織見たことも聞いたこともない。
「『魔神ディアボロス』の復活を目論む組織だ。奴らは決して表舞台には出て来ない」
完全にシドが作った架空の組織だ。子供騙し過ぎるぞ、こんな話を信じるやつなんて──。
「くっ……!!」
あれ? やっぱり信じてるぞ? 今この子めっちゃ歯を食いしばったもん。くっ殺って言う女騎士ばりの顔してるもん。
「お、おい、シド……」
なんだか嫌な予感がしたので小声で話しかけるが、何故かシドに止められた。この野郎、俺が優しさでブレーキかけてやろうとしてんのに。
「我等の使命はその野望を陰ながら阻止すること……かな」
おい待て、我等って言ったよな? それ俺のことも含めてるよな? しかも最後にかなって付けてるし、適当過ぎるだろ。
「我が名は──『シャドウ』。……陰に潜み陰を狩る者」
行くところまで行ったな、もう知らね。てかなんだよシャドウって、名乗るのにビビったなコイツ。
まあいいや、シドには後で事情を聞くとして俺はこっそり帰ろう。なんかシドはスライムスーツを起動させて黒コート姿になってるし、魔力を無駄に使って演出してるし、今ならバレねぇだろ。帰ろ帰ろ。
「……シャドウ。……そこの人は?」
「ああ、我の右腕だ」
バレたわ。エルフの子目敏いな。足音消しながら動いたのに。
「右腕……?」
「そう、我を支える男──名は『ライト』だ」
なんか勝手に名前付けられた。ライ・トーアムだからライトってか? それとも右腕だから
……いやコイツの場合もっと厨二心溢れる名付けをしそうだな。……恥ずかしいから考えるのやめよ。
「『英雄の子』よ。我等と共に歩む覚悟はあるか?」
「病……いえ、呪いに侵されたあの日……私は全てを失いました。醜く腐り落ちるしかなかった私を、救ってくれたのは貴方です」
「君を見つけたのはライトさ。彼が居なかったら僕は君に気付くこともなかったよ」
「……ありがとう。ライト」
めっちゃ可愛い。顔だけじゃなくて声まで可愛い。俺はただ見つけただけなのに良いことした気分だ。全裸だからあまり視線を向けられないけど。
「貴方達がそれを望むと言うなら、私はこの命を懸けましょう。──そして、罪人には死の制裁を」
めちゃくちゃやる気なんですけど。いや、命の恩人が言ったことを信じちゃうのは分からんでもないけど。……どうすんだこれ。
「ライト。彼女に服を」
「えっ? あ、ああ」
シドの言葉で彼女が全裸だったことを思い出し、慌ててスライムスーツを起動。彼女の肌を隠すために分け与えた。この一年間シドから魔力操作について教えられたので、俺の技術も格段に上がっている。
「立ち塞がる者に……容赦は出来ないわ」
「そうそう! そんな感じ!」
(完全に楽しんでるな、コイツ)
俺以外にごっこ遊びの仲間が出来たとでも思ってるんだろうけど、間違いなく彼女はシドの設定を本気で信じてる。このすれ違いはマジで面倒なことになる気しかしない。
俺がシドに注意を呼びかけようとする前に、立ち上がった彼女が俺達に言葉を浴びせかけた。
「他の『英雄の子孫』達を探し出して、保護する必要もあるわね?」
「「……えっ?」」
「組織の拡張と並行して、拠点を整備しないと」
「「……は、はあ」」
「そのための資金集めも」
「ほ、ほどほどにね」
(やべぇ。この子めっちゃ優秀だ)
あまりの勢いにシドも押されている。そりゃそうだ、適当に言った設定にここまで熱意を持って返された経験などないだろう。
「どうする? シド」
「中々ノリが良いじゃない。良い拾い物したね」
ダメだ。事の重大さが分かってない。お前はたった今、俺達より頭が良くて人並外れた膨大な魔力を持ったエルフを焚きつけたんだぞ。どうなるのかなんて想像も出来ん。
「じゃあ……僕らの組織は──【シャドウガーデン】」
前に聞いた話だが、シドの前世での苗字は影野だったらしい。組織名はそこから着想を得たんだろう。前から思ってたけど、ネーミングセンスがあるのかないのか分からんやつだ。
「それから君は『アルファ』と名乗れ」
前言撤回、コイツにネーミングセンスなんてものはない。
「おい、適当過ぎだろ」
「本当は部下Aとかでも良かったんだけど。こっちの方が良いかなって」
「どっちにしろ適当だろ! 彼女だって……」
嫌な筈だ、という俺の言葉は続かなかった。
物凄く嬉しそうな顔をしている彼女──いや、アルファの顔を見てしまったから。
「アルファ……ふふっ、アルファ」
(良いんだ。気に入ったんだ)
「ねぇ……ライト?」
小さく首を傾げながら呼ばれる。そこに計算されたあざとさは存在せず、天然物の可愛さ。破壊力は核兵器並みだ。
「な、なんだ?」
「アルファって……呼んでほしい」
「分かった。よろしくな、アルファ」
「ええ。よろしくね」
アルファ、悪くない名前じゃないか。シドもたまには良い仕事をする。初めてコイツの右腕になって良かったと思った。陰の実力者万歳。
「ライトって……単純だね」
「お前にだけは言われたくない」
いや、本当に。
数日後、俺はアルファに呼び出されて一人で隠れ家にやって来た。
これまでに見たことがないレベルの美少女に呼び出された。……テンションが上がるイベントの筈なのに、俺は何故か嫌な予感しかしなかった。
そしてその嫌な予感は──見事的中した。
「シャドウの言っていた通りだった。……『ディアボロス教団』は実在していたわ」
「……へっ?」
「古文書の中に奴らのものと思われる記述があった。貴方達の使命を疑うような行動をして……ごめんなさい」
形の良い眉毛を歪ませて謝ってくるアルファだが、俺はそんなこと気にしている場合じゃない。なんて言った? 『ディアボロス教団』が実在している?
そんな訳ないだろ。あれはシドが適当な設定を……待てよ。
アルファの頭は良い。まず間違いなく俺やシドよりも。そんな彼女が本を漁り、『ディアボロス教団』は実在すると確定した。ならばそれは事実なのではないか?
(シドは絶対に即興で語ってた)
あり得ない話だが──
(……そんな偶然ありかよ)
どうやら俺はとんでもない面倒事に巻き込まれたらしい。この事実をシドに話すべきか? いや、多分余程のことがないとアイツは信じない。アイツはバカだが、自分のやろうとしていることが馬鹿げていると理解はしている。
俺がこんな事を言い出せば鼻で笑うか、俺を同類だと認識して仲間意識を持つかの二択になる。それだけは死んでも嫌だ。
「改めて、私は貴方達に命を預ける」
「えっ、あっ、そうだな」
もう何を言っても怖い。取り敢えず……俺は考えるのをやめた。小難しいことは未来の俺がなんとかしてくれる筈だ。今は前世からの憧れだった金髪美少女エルフとの会話を楽しもうではないか。
これは決して──現実逃避などではない。
タグにも付いていますが、作者は七陰の中でアルファが一番好きです(笑)。漫画でも可愛いですし、アニメでも可愛い。シャドウを様付けしない所とかも好きです!