陰の右腕になりまして。   作:スイートズッキー

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21話 本気で一発殴らせろ

 

 

 

 

 

 その光景はまさに──無双。

 

 某戦国ゲームのように吹き飛ぶオリヴィエ(コピー)達を見ながら、俺は容赦ねぇなと少しばかり引いていた。

 いや、手加減出来るような奴ならこれまで苦労はさせられていないんだけどさ。

 

「うん。問題ないね」

「やっぱり魔力操作は勝てねぇか。相変わらず変態だな、お前」

「ちょっとー、酷くない?」

「いやいや、アウロラさんだってそう思うだろ。ねぇ?」

「知らない……こんなの知らない」

 

 どこか放心状態のようなアウロラさん。分かるよ、こんな変態を目の前にしたら言葉とか出てこなくなるよね。慣れって怖いわぁ。

 

「な、なんだそれはッ!?」

 

 またも大声を上げるネルソン。そんなに叫んでばかりだと血圧上がるぞ。

 

「魔力の塊!? アーティファクト!? ……まさかそれは──『スライム』かッ!?」

 

 おっ、伊達に『教団』所属って訳じゃないか。初見で見抜いた奴は初めてだ。大体は適当なアーティファクトって思い込むからな。

 

「な、何故……何故魔力が使えるッ!?」

「練った魔力が吸い取られるなら、吸い取られないほど強固に練れば良い。簡単な話さ」

「……簡単、なの?」

「俺に振らないで。後、俺には出来ないからね」

 

 貴方にもあんなこと出来るの? みたいな視線をアウロラさんに向けられたので、きっちりと誤解を解いておいた。

 流石は『核』で消滅しないために『核』になった男。やってることは超絶技術なのに、思考そのものが脳筋過ぎる。

 

「そ、そんなこと人間には不可能……ッ! オリヴィエッ!! 早くガキ共を殺せぇッ!!」

 

 目の前で意味の分からないものを見せられたからか、ネルソンが大粒の汗と共に激しい焦りを見せた。

 荒い呼吸を繰り返しながら大量に出現させたオリヴィエ(コピー)達に命令するが、動揺は少しも軽くなっていない。なんか可哀想になってきた、相手が悪いとかそういう次元の話じゃないんだよなぁ。

 

「シド、任せるぞ。俺は疲れた」

「うん、もちろん。……ところでさ、ライ」

「んー? どしたー?」

 

 俺が隙だらけで伸びをしていると、シドが無数の攻撃をスライムソードで捌きながら話しかけてきた。気を抜いても良い状況になったので油断していたとは言え、俺はここでの会話ミスを一生忘れないだろう。

 

「こんな状況だし、聖剣を抜いて鎖を斬って……とか面倒じゃない?」

「……まあ、そうだな」

 

 早く終わるならそれに越したことはない。受けた傷が深くないとは言え、早く魔力阻害のない場所に出て治療はしたい。傷跡でも残ろうもんならアルファ達が真っ青になって心配するだろうし。

 

「一応の確認なんだけどさ、ライってこの場所でも()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……吸収はされるけど、ゴリ押しは出来る」

 

 治療のような作業は魔力が練れなければ行えないが、放出だけなら何の問題もない。魔力量に物を言わせてゴリ押しすれば良いだけだ。体感的にはまだ95%ぐらい魔力残ってるしな。

 

「そっかそっか、良かった」

「何の話だ?」

「いや、身を守るって言うか……そんな感じ?」

 

 軽い笑みを浮かべながら、シドが放出している魔力を跳ね上げた。スライムソードは螺旋状に斬撃を繰り出し、オリヴィエ達をまとめて吹き飛ばした。

 

「ヴァイオレットさん。ここから出るには聖剣を抜いて、鎖を斬って、扉の中にある魔力の核を壊せば良いんだよね?」

「え、ええ……そうだけど」

「おいシド、さっきから何が言いたいんだ? もう面倒だから──」

 

 

 ──〝早く片付けようぜ〟。

 

 

 後から考えてみれば、ここで背中を押してしまったんだと思う。俺のこの言葉を聞いたシドは、とても良い笑顔をしていたから。

 

「じゃあ……()()()()()()()()()()()()()

 

 その瞬間、圧縮された魔力が弾けた。

 爆発的に増えた青紫色の魔力が広場を覆い、その場に居た全ての人間の思考を止めた。

 

 ネルソンも、アウロラさんも、神の所業でも見るかのように口を開け、ただ呆然と立ち尽くした。感情が無い筈のオリヴィエ達でさえ、異常な状況変化にその動きを止めていた。

 

 そして俺はと言えば──汗が吹き出していた。

 

「シシシシシシシドッ!!?? お、お、おま!! えぇっ!? ちょっ、ハァッ!!??」

 

 ヤバい、口が上手く回らない。も、餅つけ(落ち着け)。まだ焦る時間──も残ってねぇぇぇええッ!!! 

 

「シドッ!! 待てッ!! 確かに早く片付けようとは言ったけどッ!! そういうことじゃなくてッ!!!」

「やっぱりこういう時は『この手』に限るよね。じゃあライ、また後で」

 

 俺の叫びも虚しく、シドは言いたいことだけ言った後、魔力を最高潮にまで引き上げた。この魔力密度、もう俺の声も聞こえていないかもしれない。

 

 だが諦める訳にはいかない。諦めたら死ぬ、マジで死ぬ。

 

「おいネルソン!!」

「こ、こんなことが……あ、ありえない」

「ハゲッ!! 絶望してる場合か!! ここからの逃げ道を作れッ!! あるだろ! あるよな!? あるって言えッ!!!」

 

 両肩を掴んでブンブンと揺らした結果、ネルソンが正気を取り戻した。

 

「ハッ! ──ワシは好きでハゲたんじゃないッ!!」

「言ってる場合かァッ!! 早く逃げ道作れって!! 全員死ぬぞ!?」

 

 俺の剣幕に押されたのか、ネルソンが慌てて動き出す。タッチパネルでも操作するかのように空間を触るが、警告音のような音と共に真っ赤な文字が浮かび上がっただけだった。

 

「……ダメだ。外への道が開けん」

「おいッ!? なんでだよ!?」

「魔力密度が高過ぎる……。『聖域』のシステムを止めてしまう程に……ウッ」

「あっ……」

 

 絶望しきった顔を見せた後、ネルソンはゆっくりと倒れた。口からは泡が出ており、完全に気絶している。高密度の魔力に当たり過ぎたことが原因となる『過剰魔力反応』の症状だ。シドの魔力に耐えられるだけの魔力回路を持っていなかったらしい。

 

「ハゲッ! ネルソンッ! お前が倒れたら誰が抜け道作るんだよ! 役立たず! 劇場版の青狸ッ!! ──ああもう!!」

 

 起きる気配のないネルソンを諦め、次の行動に移る。許せよ、時間がないんだ。俺だってまだ死にたくない。

 オリヴィエ達が暴れ出すかとも思ったが、随分と大人しい。ネルソンの言葉通りなら、『聖域』のシステムが停止したことによる影響なのだろう。ピタリと止まって動きやしない。

 

「アウロラさん!! 手伝ってくれ!!」

「……こんなの……人間に許された力じゃ……」

「頼むから戻って来い!! 時間ないって!!」

 

 こちらにも肩を掴んで声を掛けるが、アウロラさんも同じく放心状態だった。魔力の扱いが凄い人程そうなってしまうのは分かる。けど今はそんなことしてる暇ない。

 

「ああ!! クソッ!!」

 

 幸いアウロラさんは魂だけの存在。俺とは違って()()に巻き込まれても死にはしない。

 誰も頼ることが出来ないと判断し、俺は一人で動くことにした。マジでもう時間がない。魔力は更に濃度を増し、渦を巻き始めた。

 

「抜けろッ! 良い加減に抜けろって!!」

 

 転がっていた聖剣の所まで走り、持ち上げてから抜きにかかる。台座を足で押さえて両手で引っ張るが手応えなし。こんな状況だと言うのに聖剣は自分の役割を果たそうとしていた。無理だ、これ抜いて鎖斬って扉開けるの。

 

 俺が諦めかけていると、()()()()()()()()()()

 

 

「──〝アイ〟」

 

 

 ヤベェェェェッ!! 

 ぶわっと吹き出した汗を気にする暇もなく、俺は無意味だと理解しながらも叫んだ。

 

「シドッ!! お前全部吹き飛ばすつもりかッ!? 『聖域』が敵の拠点とは言え、『リンドブルム』の所有地であることは変わんねぇんだぞ!!」

 

 関係ない。そんなこと『核』には関係ない。

 

 

「──〝アム〟

 

 

 シドが剣を振り上げた。さながら、何かを落とす準備をするかのように。

 

「クソッ! もうこれしかねぇ!!」

 

 聖剣を捨て、オリヴィエ達から剣を奪う。

 先程までより上等な二刀流を完成させ、俺は扉を封じる鎖へと挑んだ。

 

「斬れろ斬れろ斬れろ斬れろ斬れろッ!!!」

 

 ガキンガキンという音と手に残る反動。一秒に何十という斬撃を浴びせても、鎖はビクともしない。ただ無情に金属音を響かせるだけだった。

 

 

「──〝ジ・オールレンジ〟

 

 

 もうがむしゃらに剣を振る。少し泣いていたかもしれない。トーアム流二刀剣術なんて使う余裕がない。子供の喧嘩のように剣を振っていた。もう無理じゃん、全然斬れねぇし。

 

「…………シドォッ!!」

 

 どうせ無理なら、言いたいことだけ言わせてもらおう。

 

「大体お前なァッ!! 『この手』に限るとか言ってたけどなァッ!!」

 

 クソボケバカに向かって、俺は喉が千切れそうになりながら叫んだ。

 

 

「──()()()しか知らねぇだろぉぉぉォォオオオッ!!!」

 

 

 そして、『核』は落とされた。

 

 

 

 

「──〝アトォミィック〟

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 穏やかな陽気。木漏れ日が照らす森の中で、二人の男女が静かに別れた。BGMが小鳥のさえずりにしては、不穏な会話をした後に。

 

 その場に残った男、シド・カゲノーはゆっくりと立ち上がる。表情に大きな変化はないが、どことなく寂しそうな目をしていた。

 

「私を──……か」

「お別れは済んだか?」

「ッ!? ラ、ライ!? 居たの!?」

 

 接近されていたことに気付いていなかったようで、シドが突然の登場に驚きの声を溢した。そんな珍しい反応を見たというのに、ライ・トーアムの表情は『無』そのものだった。

 

「アウロラさんは消えたみたいだな」

「ど、どこから見てたのさ」

「お前がアウロラさんに膝枕してもらってたところからだ」

「ほとんど全部じゃん……」

 

 捨て去った筈の羞恥心が僅かに顔を出すが、シドにはそれよりも言っておかなければならないことがあった。主に、自分の命を守るため。

 

「け、けど! 流石はライだね。無事で良かった〜」

「……無事?」

「うん! 見たところ怪我もないみたいだし、良かった良かった。でも服が濡れてるね、どうしたの?」

「……ああ、放り出された先が湖でな」

「そっかそっか、災難だったね」

 

 ご機嫌を取ろうとしているのか、軽やかに言葉を続けるシド。しかし、それが逆効果であることを、彼は知らなかった。

 

「災難? ……ははっ、おいシド」

「な、なに? ラ、ライ? 顔が怖いよ?」

 

 ブチッと何かが切れる音と共に、ライが稲妻のような速さでシドの胸ぐらを思いっきり掴み上げた。

 

「てめぇぇぇえええッ!!! クソシドォォォッ!!」

「うわぁっ!! な、なにすんのさ!!」

「それはこっちのセリフだァ!! 死ぬところだったんだぞッ!!」

「ああ……やっぱり怒ってる?」

「当たり前だろうがァァァァッ!!!」

 

 されるがままにぐわんぐわんと首を揺らされるシド。ライに対して抵抗しようものなら、首を落とされかねない迫力すら感じていた。

 

 間違いなく、ガチギレである。

 

「俺ごとぶっ放しやがって!! 殺す気かッ!?」

「だ、だから魔力の放出が出来るかって聞いたじゃ〜ん」

「核爆発に巻き込んで良いかって質問だとは思わねぇだろ!!!」

 

 哀れ、ただただ可哀想であった。

 濡れた髪を暴れさせながら、ライはシドに冷めない怒りをぶつけていく。

 

「魔力が半分吹き飛んだぞ!!」

「おー、半分で済んだんだ。流石だね」

 

 再びブチッという音が響く。

 ライは血管を浮かび上がらせながら、胸ぐらを掴んでいる力を強めた。

 

「シィィィドォォォォッ!!!」

「ご、ごめんてっ! 本当にごめん!! ライならどうせ大丈夫だって思ったから!!」

「ごめんで済んだら騎士団はいらねぇんだよ!!」

「それはそうなんだけど! ……あれ、ねぇライ、それって」

「…………」

 

 右に左に振り回されながらも、とある発見をしたシド。ライの足下に落ちていた物を指差し、驚いたように目を丸めた。

 シドの言葉にライは口を閉ざし、パッと手を離すことでシドを解放。無言のままシドが指摘した物へ手を伸ばし、どこか労うように優しく持ち上げた。

 

「──『聖剣』じゃん! 持ち帰れたんだね! 凄い!」

 

 相変わらず台座に刺さったままではあるが、紛れもなく聖剣であった。刀身に小さな傷はあるものの、折れてはいない。あの状況からなら持ち帰れただけでも奇跡と言って良いだろう。

 

「アルファ達に手土産が出来たね! さ、さっさと抜こうよ! ねっ?」

 

 話を逸らすチャンスが来たと、シドがテンション高めに声を上げる。これ以上怒られたくないというのが全てであり、聖剣の登場に心から感謝した。

 

 ライはシドの言葉に絶対零度の視線を向けつつも、脱力した動きで聖剣の先端をシドの方へと差し出した。台座の方を向けられたシドは喜んでそれに手を付け、力を込めようと──した。

 

「……あ、あれ?」

 

 シドが触れた瞬間、聖剣がバラバラに崩れ落ちた。これまで耐えていたダメージが一気に解放されたかのように、それはもう見事なまでに。

 ライが握っていた柄の部分だけを残して、聖剣が全て地に落ちた。その後落ちた部分はサーッと砂のように変化し、綺麗さっぱりとこの世を去った。最後まで己の役割を果たそうとした聖剣の最後である。

 

「…………」

「…………どうした? なんか言えよ」

 

 冷え切った声音で語りかけるライに、シドは冷や汗を流す。数秒を要した後に出した答えは、とても最善なものとは言えなかった。

 

「え、えーっと……抜けたね」

 

 三度目となるブチッ。怒りを通り越し、ライの目は黄色に染まった。

 

「お前には言ってなかったな。俺には二つ目標があるんだ」

「へ、へぇ〜」

 

 魔力を解放したライに合わせて、シドも自身の目を赤く染める。身体中に圧縮した魔力を流し、強化を施す。特に足、逃げ足のために。

 

「その内の一つに、お前の頭に隕石落とすってやつがあってだな」

「ぶ、物騒だねぇ……」

「良かった、今日叶えられそうだ。──()()()()()()()()()

 

 右拳を強く握り、殺意の瞳と尋常ではない魔力の塊。シドがその場に留まっていられたのは、その瞬間までだった。

 

「ごめぇぇぇぇええんッッ!!!」

「待てぇぇぇぇええッッ!!!」

 

 追う者と追われる者、狩られる者と狩る者、殴られる者と殴る者。二人の鬼ごっこは肉眼では容易に捉えられない速度にまで達し、『リンドブルム』の空にまで届いた。

 朝だというのに空を飛び回る青紫と白銀の光。それを見た街の者達は流れ星が不規則に飛んでいるのだと、不思議過ぎる光景に目を奪われた。

 

 ──お母さん。お星様が飛んでる〜。

 

 ──なんだあの飛び方? 変な流れ星だな。

 

 ──綺麗な色ねぇ〜。凄いスピードだわ。

 

 人々は知る由もない。その美しい光景が、ただの拳骨(隕石)回避行動であることを。

 

 そしてそれを見ていた【シャドウガーデン】メンバーは気付く筈もない。その神々しい光景が、副リーダーによるただの制裁行動であることに。

 

 真実を知るのは、加害者(シド)被害者(ライ)の二人のみ。

 

 ──あっ、お星様が落ちたよ〜。

 

 ──紫の星が湖に落ちたかな? 

 

 ──綺麗だったわねぇ〜。

 

 その現象は後に、『リンドブルムの流星』として長く語り継がれることとなった。

 

 

 

 




 聖剣「もう、ゴールしていいよね……?」

 聖地編終了となります!次からはブシン祭編ですね。
 いつもたくさんの感想ありがとうございます!

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