陰の右腕になりまして。 作:スイートズッキー
聖地『リンドブルム』での一件が(一部を除いて)無事に終わり、俺はミドガル王国へと帰って来ていた。やはり見慣れた景色というのは落ち着くもので、変わりのない街並みに少し癒された。
人を巻き込んで爆発しやがったシドは殴りまくったし、そのことはもう水に流した。「ライ凄いな〜、凄い凄い!」と無邪気そうに笑うアイツをそれ以上憎めなかったのもある。甘いんだろうな、俺。
「はぁ〜、緊張した〜」
「だから大丈夫だって言っただろ。変な所で気が小さいよな、お前」
「アンタが図太過ぎるのよ!!」
現在、俺は騎士団の制服に身を包みながら帰宅中だ。
肩を並べて歩いているのは同じ組織に所属しているクレア。俺と同様に『リンドブルム』での任務から帰ったところであり、アイリス王女への結果報告を一緒に済ませてきたばかりだ。
「アレクシア王女とローズ会長が【シャドウガーデン】と行動したのよ!? ……私達、護衛として役に立ってないじゃない」
「アイリス王女は気にするなって言ってただろ。あれはアレクシア王女の独断行動だったって。ローズ会長に関しても同じだな」
「……けど」
「それにお前、足止めされてたんだろ? なんだっけ……その【シャドウガーデン】に」
あの時の俺は『ライト』として行動していたので、クレアの行動には気を配る必要があった。何気に付き合いの長さはシドに近い、俺の正体に気付く可能性が一番高いと言ってもいい女だ。メンバーの子達三人がかりで完封させてもらった。
「……強かったわ。相手が三人だったとは言え、全く隙がなかった。VIP席まで行くのは無理だったでしょうね」
(まあ、俺が頼んだんだけどな)
僅かばかりの罪悪感を受け止めつつ、何食わぬ顔で相槌を繰り返す。クソみたいなブラコンばかりが目立つクレアだが、仕事に対しての責任感は強い。今度なんか奢ってやるかな。
「ていうか、アンタも足止めされてたんでしょ?」
「んー、あー、そうだな。俺は五人がかりだった」
「なにそれ!? 私よりアンタの方が警戒されてるみたいじゃない!」
「おお、よく分かったな。その通りだと思うぞ」
「ムカつくっ!!」
言葉よりも先に飛んできた拳を肩に受けながら、少しばかり苦笑い。テンションの浮き沈みが激しいやつだ。コイツは本当に子供っぽい、割と良い意味で。弟がアレだから、人間らしい部分は姉が全部持っていったのかもしれない。
「まあ良いじゃねぇか。『女神の試練』もクリア出来たことだしさ」
「ふん、相手は気に入らなかったけど。……そうだ。アンタってシドが『リンドブルム』に来てること知ってたの? あの子ったら私にお祝いの言葉も言わないで帰ったのよ。今度お仕置きが必要ね」
「知ってる訳ないだろ。後、お仕置きの方は思いっきりやってくれ」
シドが来るなんて知ってたら、任務断ってでも『リンドブルム』に近寄らなかったわ。案の定巻き込まれたし。
「それにしても……アンタ達ずっと仲良いわよね。もちろん、私の方がシドと仲良いんだけど」
「仲良くねぇわ。タコ殴りにしたばっかだっての。グーでな」
「えっ? 喧嘩? 嘘でしょ?」
ブラコンが発動しないぐらい信じられないのかよ。そんなに仲良く見えんのか? 俺とアイツ。
「……どうせ、シドがなんかしたんでしょ?」
「へぇ、俺に原因があるとは思わないのか? ブラコン」
「それぐらいは分かるわよ。あとブラコンじゃないから」
クレアは不機嫌そうに鼻を鳴らし、静かに目を細めた。
「で? 何されたのよ」
「アトミック」
「あ、あと……はぁ?」
「分かんなくて良いんだよ。どうでも良いってことだ」
「……あっそ。男の友情って分かんないわ」
「だから友情はねぇって」
否定されているというのに、どこか面白そうな顔をするクレア。珍しくクスクスと笑いながら、答えにくい質問をしてきた。
「あら、じゃあもうシドとの友情は終わり?」
「……この後一緒に飯食いに行くけど。久しぶりにマグロナルド行きたいってうるせぇから」
「はぁ゛? 私は誘われてないんだけど?」
「良かった。お前はちゃんとクレアだ」
面倒見の良い姉感を出していたが、結局のところ本質は変わらない。クレアの残念っぷりには安心感すらある。
「それにしても、次は『ブシン祭』か。イベントに事欠かないな」
「露骨に話逸らしたわね。……二年に一度開かれる大規模な大会だもの。国中が注目してるわよ」
「お前も出るんだろ? 頑張れよ」
「当然、『女神の試練』に続けて優勝してやるんだから」
やはりと言うかなんと言うか、クレアは『ブシン祭』への出場を決めたらしい。忙しい奴だ、少しは俺を見習ってだらければ良いものを。
「……アンタは出ないの?」
「当たり前だ。面倒くせぇ。……そんなことより、これどこに向かってんだよ? 俺は早く帰りたいんだが?」
アイリス王女への報告を済ませた後、今日と明日は休みを取って良いと言われた。『教団』による学園襲撃事件で俺が使用していた寮も破壊されてしまったため、今の宿は別のものだ。流石に特待生用の部屋に比べると質は落ちるが、十分高級な部類に入る。これも特別手当と給料のお陰だ、入団して良かった。
早く帰ってシャワーを浴びて、ベッドに飛び込み昼寝をしたい。そんな俺のささやかな平穏を壊すように、クレアからついて来いの一言。目的地も分からないまま、俺は歩かされていたのだ。
「ちょうど今話してた『ブシン祭』絡みよ。私の新しい剣を取りに行くの。実は『リンドブルム』へ出る前に鍛冶屋にお願いしててね。それで、出来上がったらしいから取りに行くって訳。分かった?」
「はいそうですか……ってなる訳ねぇだろ。なんで俺がそれに付き合わなきゃいけないんだよ。一人で行け一人で。初めてのおつかいか」
本当に意味分からん目的で歩かされてたわ。なんだよ、剣を取りに行くのに付き合えって。早く帰らせろや、お前の弟のせいで疲れてんだぞ。
「そんな顔しないの。ついて来たら私の新しい剣を見せてあげるわ。ふふん、今回の剣は凄いのよ? 魔力伝導率の高い金属をふんだんに使った一本でね、貰ってたお給料のほとんどを注ぎ込んだんだから」
「……お前って、案外そういうところあるよな」
好きなもののためなら金は惜しまない。その辺は兄弟そっくりだ。真っ当に働いて稼いでる分、クレアの方が何百倍もマシだけど。
剣に対しては真っ直ぐ、後先すら考えない純粋さ。たまにバカなのかなと思うこともあるが、クレアという剣士自体はそこまで嫌いではない。嬉しそうな顔で新しい剣のことを話すコイツは、玩具を買ってもらえる子供のような顔をしている。心の底から剣が好きなんだと伝わる顔だ。
(……二刀流使わなきゃいけなくなるのも、そう遠くないかもな)
俺が何故クレアとの勝負で二刀流を使わないか。これは他の相手との説明にも当て嵌まるのだが、ストレートに言えば──
相手が成長する暇すらない瞬殺。それではダメだと、余程の相手以外には封印することにした。シドが相手ならいつでも使えるしな。
「ライ。着いたわよ」
クレアの成長に内心で期待していると、鍛冶屋に着いたようでクレアが立ち止まった。結構歩かされたんだ、後で飲み物でも奢らせよう。
「ほら、入るわよ」
「はいはい、分かっ……いや、俺はそこのベンチに座って待ってる。取ってこいよ」
「えっ? 一緒に入らないの?」
「ああ、疲れた。ゆっくりで良いからな〜」
俺が背を向けてベンチに歩き出したからか、クレアも大人しく店へと入って行った。別に本当に疲れた訳じゃない。ベンチに座っている人物が俺を呼んでいたからだ。
「……ニューか。どうした?」
「お久しぶりです。ライト様」
俺が座っているベンチと背中合わせで置いてあるベンチ。そこに座っていたのは商会の制服に身を包み、日傘を差しているニューだった。
街の風景と合わせて貴族令嬢にも見える。まあ、実際そうだったんだけど。
「元気だったか?」
「はい。シャドウ様とライト様のお陰です」
「何もしてねぇよ。……それで? 何か用だったか?」
クレアが帰ってくるまでに話を終わらせたいので、手短に用件を纏めてもらう。ニューは頭が良いので、それぐらい簡単だろ。
「シャドウ様からの伝言を預かっております」
「で、伝言?」
いや、この後飯行くって約束したよな? どうしてわざわざ伝言なんて……アイツに限って深い意味は無いか。ただカッコいいとかそんなんだろ。
「そ、そうか。内容は?」
「はい、伝えさせて頂きます。──〝ライ。僕、『ブシン祭』に出ることにしたけど良いよね? ああ、楽しみだ〟。……以上となります」
……へぇ、アイツが『ブシン祭』にね。どういう風の吹き回しだ?
「『ブシン祭』か。またどうして」
「分かりませんが、シャドウ様には深いお考えがあるのでしょう。ライト様であれば、既に理解されているのでは?」
上品に笑いながら、ニューがそんなことを言ってくる。やめてくれよ、そういうニコイチ的な扱い嫌なんだよ。右腕ってポジションだから仕方ないんだけどさ。
「ただ祭りを楽しみたいだけじゃ……う゛ん゛??」
「ど、どうされました? ライト様」
喉から飛び出した野太い音にニューが驚きの声を上げる。俺はそれに対して謝罪する余裕もなく、迅速に事実確認へと入った。
「……なぁ、ニュー。シャドウが『ブシン祭』に出るって言ったか?」
「は、はい。もちろんシャドウ様として出場される訳ではなく、変装をした上での出場とのことですが」
「けど、出場するのは確定なんだな?」
「そ、そうだと思われます。先程『ミツゴシ商会』の方に足を運ばれ、変装の準備をされていましたから……」
肺が酸素を激しく求め始め、顔からは汗が吹き出した。胃からはキュルルルッと嫌な音が立ち、眉間に皺が寄った。
「ラ、ライト様? どうなさいましたか?」
「……い、いや? べ、別に?」
焦るな俺、まだ大丈夫だ。確定したのはシドが『ブシン祭』に出るってことだけだ。それならまだなんとかなる。というかなんとかしなきゃヤバい。どうしてアイツはいつも俺が油断している時に面倒事をおっ始めるんだ。嫌がらせ? 嫌がらせなのか?
「はぁぁぁ……。取り敢えず早く動かねぇと、手遅れになる」
「……これが『光の叡智』」
ニューが何か言ってる気がするが、耳には入ってこなかった。フル回転させている頭に、そんな容量は残されていなかったらしい。
「ありがとう、ニュー。伝言は確かに聞いた。持ち場に戻ってくれ」
「りょ、了解しました。失礼致します」
そこら辺を歩いている一般人では気付かない速度でその場を去ったニュー。
アホに顎で使われたであろう彼女に同情していると、クレアが鍛冶屋の中から出て来た。話していた物であろう剣を大事そうに抱き締めており、顔はニコニコと満面の笑みだ。
「お待たせ〜! どうどう? これが私の新しい剣よ。アンタがどうしてもって言うなら触らせてあげても──」
「クレア」
「えっ? ちょ、な、なに?」
ウキウキが隠しきれない様子のクレア。悪いが付き合っている時間もない。肩を両手で掴み、興奮を強制的に終了させた。
「お前のおつかいに付き合ったんだ。今度は俺に付き合ってもらうぞ」
「は、はぁ? アンタ急にどうしたの?」
「良いから行くぞ。拒否権はねぇ」
「だっ、だからなんなのよ!! ちょっ、担ぐなっ!!」
バタバタと騒ぐクレアを無視し、肩に担ぎ上げてから走り出す。万が一にも逃げられる訳にはいかない。これからする交渉のために、クレアの存在は必要不可欠だ。
「大人しくしてろ、舌噛むぞ」
「ええっ!? だ、だからなんなのよぉっ!!」
目指すのは先程まで居た『紅の騎士団』本部。
最短ルートを進むため、俺は建物の屋根を駆け抜けた。
道中、クレアにめっちゃ殴られた。
少し短いですが、キリが良いので今回はここまでです。一話にまとめるつもりだったんですけど、一万文字超えそうだったので(笑)。
『シドに対する好感度の数値』
・アルファ 【95】
・ベータ 【100】
・ガンマ 【98】
・デルタ 【100】
・イプシロン【100】
・ゼータ 【95】
・イータ 【98】
・ライ 【?】