陰の右腕になりまして。   作:スイートズッキー

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23話 退団したい

 

 

 

 

 

「……えーっと、ライ君? 申し訳ありませんが、もう一度言って頂けますか?」

 

 ポカンとした顔をしながら、俺に言葉を促してくるアイリス王女。俺からの提案を聞き間違いか何かと思っているのか、困惑した様子を隠せていない。こうなるとは分かっていた。だからこそ、もう一度ハッキリ言っておかなければならない。

 

「では失礼ながら……アイリス王女。──『ブシン祭』への出場を見送って頂きたい

「だから何を言ってんのよアンタはァッ!!!」

 

 深いため息をつくアイリス王女と、俺の頭を思いっきりぶっ叩くクレア。それを見ていた副団長のグレンさんは理解が追いつかないように固まったりと、『紅の騎士団』の団長室は一瞬にして騒がしくなった。

 

「いきなり連れて来たと思ったら! お、お、王女に向かって! 失礼にも程があるわよ!!」

「まあ、それはそうだな。すまん」

「顔が謝ってないっ!!」

 

 キレながら胸ぐらを掴んでくるクレア。仕方ねぇだろ、こっちだって慌ててんだから。元はと言えば、原因はお前の弟だぞ。

 

「ま、まあまあ、クレアさん。落ち着いてください。ライ君がそう言うからには何か理由があるのでしょう」

「はい、あります。だからお猿さん……じゃなくてクレア、少し黙ってろ」

「ムキィィィィッ!!!」

 

 顔を真っ赤にして怒るクレアだが、アイリス王女に宥められたことで静かになった。これで話しやすくはなったけど、ここからが勝負だ。

 

「さて、ライ君。聞かせてもらえますか? 私に『ブシン祭』を見送れと言う……その理由を」

 

 流石は王女にしてミドガル王国最強と謳われる魔剣士。冗談では済まさないというプレッシャーを感じる。隣に立っているグレンさんだけでなく、俺を横目で睨んでいたクレアも気圧されていた。

 

「前回の『ブシン祭』では私が優勝しました。今回の大会で優勝することが出来れば、二大会連続の優勝となります。国民達が私の実力に安心し、『紅の騎士団』への信頼が深まることは確実と言って良いでしょう。……にも関わらず、貴方は私に『ブシン祭』へ出場するなと言いたいのですね?」

 

 決して怒りに任せて話している訳ではなく、適切な理由を添えて言葉を発している。やはりこの人は話しやすい。ある意味この世界で一番話が通じる相手と言っても良い。世話にもなっているし、俺はこの人のことをそれなりに気に入っている。だからこそ、この話し合いは絶対に意見を通させてもらわなければならない。

 

「はい。それ以上の理由が、俺にはあります」

「……分かりました。聞かせてもらえますか?」

 

 よし、俺のターンだ。言葉選びは間違えず、失礼の無いように話す。難易度が高い交渉だが、やってやる。今まで培ってきた言い訳作りと無駄に回る口を使って。

 

 攻略の糸口はもう見えてる。アイリス王女自身が口にしてくれたのだから。

 

「俺がこの提案をした理由は他でもありません。アイリス王女も言ったように──国民達の『紅の騎士団』に対する信頼を()()()()()()()()()

 

 その言葉を聞き、アイリス王女、クレア、グレンさんの三人は似たような反応を見せた。俺の示した理由が、アイリス王女のものとほぼ同じものだったからだろう。

 

「そ、それは……私が優勝すれば済むことなのでは?」

「確かに、アイリス王女が優勝されれば、国民からの信頼は深まることでしょう。──()()()()()()()()()()()()()

「……えっ?」

 

 今が勝機。相手に手番を与えず、一気に畳み掛ける。

 

「先程、俺はクレアと街を歩いておりました。そこで偶然耳に入ってきたのです。……『紅の騎士団』に対する声が」

 

 もちろん嘘である。そんなもん聞こえてない。

 

「『アイリス王女は今年も優勝されるだろうな』。『国一番の魔剣士だぞ。当然さ』。そのような会話から始まり、好意的な声がほとんどでした」

「ふふっ、それは有り難いですね。ですが、それも私だけの力ではありません。『紅の騎士団』全員の功績です。その中でもライ君、学園が襲撃された時にグレンとマルコを救った貴方の功績はとても大きいものですよ」

 

 アイリス王女が上手く話に入ってくれた。好意的な話は耳に入りやすいため、交渉の入口にするには適している。狙い通りの展開だ。

 

「ありがとうございます。……しかし、こういった声も聞こえてきたのです。『紅の騎士団』で頼りになる剣士は──『()()()()()()()()()()()()()()()()()』、と」

 

 言葉に溜めを作り、聞き取りやすくしつつ迫力を出す。予想通り、アイリス王女はぶら下げた餌に勢いよく食いついた。

 

「まさかっ! そんな筈がありませんっ! 皆、力を尽くしてくれています!」

「アイリス王女のお気持ちは嬉しいです。ですが、『紅の騎士団』はアイリス王女しか頼りにならないという考えが多いのも事実。受け止めなくてはなりません」

 

 少しわざとらしく演技を入れたが、アイリス王女は気付いていない。俺の言葉がショックだったようだ。本当に良い人だな。そこを隙と見ている自分が嫌になる。

 

「──我々は騎士。受け止めるだけで終わる訳にはいきません。改善しなければならないのです。自らの力で」

「か、改善……と言いますと?」

 

 来たぁぁァァァっと叫びたい衝動を堪え、俺はわざわざ担いで連れて来た女の肩を掴む。コイツこそが切り札、この交渉を成功させるための目に見える材料だ。

 

 

「アイリス王女の代わりに──この〝クレア・カゲノー〟が『ブシン祭』にて優勝することですッ!!!」

 

 

 拳を握り、俺は高らかに宣言した。

 大袈裟で良い、やり過ぎで良い、これ以上ない程に声を張る。心から信じ切っているのだと、そう伝われば良いのだから。

 

「!?!?!?」

 

 当のクレアは凄い顔を晒しているが、そんなこと関係ない。まだまだ俺のターンだ。

 

「た、確かにクレアさんも『ブシン祭』に参加するとのことですが……。また、どうして?」

「分かりませんか? アイリス王女」

「は、はい……」

「簡単ですよ。クレアが優勝することによって得られる恩恵、それは……『紅の騎士団』()()()()()()国民の信頼です!!」

「──はっ!!」

 

 事件の犯人でも名指しするかのようにアイリス王女を指差す。めちゃくちゃ不敬な行為だが、場の雰囲気がそれを軽くしてくれる。ノリと勢い、大事なことはそれだけだ。

 

「つ、つまりライ君が言いたいこととは……」

 

 顎に手を当てながら、真剣な表情を見せるアイリス王女。流石に頭が良い、俺の言いたいことを瞬時に理解してくれたようだ。まだパニックから戻って来ないクレアとは大違いだな。

 

「そうです! クレアが優勝することによって、国民達はこう思うでしょう。『優勝した少女は『紅の騎士団』に所属している騎士らしいぞ』。『『紅の騎士団』にはアイリス王女以外にも頼れる騎士が居るんだな』。『『紅の騎士団』が居れば、ミドガル王国は安全だ』……とね」

「──ッ!! 確かに!!」

「ええっ!? ええっ!? あぶっ!!」

 

 パニックから戻り、慌て始めたクレアの口を手で塞ぐ。ここでコイツに弱気なことでも言われれば、交渉は破綻だ。都合良く黙っててくれ。

 

「クレアは俺が認めた魔剣士。強豪揃いの『ブシン祭』でも、きっと優勝してくれる筈です。そしてその瞬間こそ! 我々『紅の騎士団』は国民達からの完全な信頼を得るのです!!」

「完全な……信頼」

 

 魅力しかない言葉に、アイリス王女の表情が崩れる。甘美な理想、それも実現する可能性が高いとくれば、心が揺れない人間など存在しないだろう。

 

「更に言えば、団長としてのアイリス王女の手腕も認められることでしょう。クレアを始め、『紅の騎士団』のメンバーは全てアイリス王女が直々にスカウトした騎士ばかり。王女として、騎士団長として──国民からの支持は高まること間違いなしだと思われます!」

「そ、そんなところまで考えて……!!」

 

 両手を口に当て、驚愕するアイリス王女。側に立っているグレンさんも口がポカンと開いている。アホの右腕になって磨かれた話術、我ながら恐ろしい。こんな成長、絶対に喜べないけど。

 

「ま、待ってくれ! 今回アイリス様が優勝すれば久しぶりの連覇だ! 国民達の期待を裏切ることになるのでないか!?」

 

 口を挟んできたのはグレンさん。これはまあ真っ当な意見だ。出すのが遅過ぎたけどな。

 

「グレンさん……確かに貴方の言う通りです。しかし、アイリス王女頼りのままで良いのでしょうか?」

「ぐぬっ」

「王女としての責務、団長としての責務。我々は騎士としてアイリス王女をお護りする立場でありながら、いつも護られる側の立場でした」

「……うむ、そうだな」

「変えましょう、そんな現状を。きっと、出来ます」

「……お前には敵わんな。国民達への説明は俺がしよう。アイリス王女、手伝って頂けますかな?」

「もちろんです。ありがとう、グレン」

 

 反対意見も完封し、国民達への説明も押し付けられた。

 それじゃあ仕上げといこう。俺は口と動きを封じていたお猿さんを解放した。

 

「ぶはっ、何すんのよ! バカ! 勝手に人のこと持ち上げ──」

「クレアッ! お前さっき俺と歩いてる時に優勝するって言ったよなァッ!?」

 

 俺の大声にビクッと肩を震わせたクレア。コイツの制御は意外と簡単、コイツ以上のテンションでゴリ押せば良いだけだ。

 

「ッ!? い……言った」

「新しい剣も用意したよなァ!?」

「……う、うん」

「それってつまり! 優勝する気しかないってことだよなァッ!?」

「それは……もちろんそうだけど」

「聞きましたか? アイリス王女。彼女自身もやる気は十分です。俺はコイツに懸けたい」

「ライ……アンタ。……アイリス王女。ライの言う通り、私は『ブシン祭』で優勝するつもりです。たとえ、アイリス王女が出場するとしても」

 

 出場されたら困るが、覚悟を示すには悪くない台詞だ。どうやらクレアもその気になってくれたみたいだし、後は最後のダメ押しだけだ。

 

「クレアさん……。本気なのですね」

 

 もう交渉は終盤、それも勝ったな風呂入ってくる状態。面倒事をクレアに押し付けつつ、厨二バカ(シド)からアイリス王女を遠ざける。急な案件だったが、無事になんとかなりそうだ。自分を褒めてあげたい。

 

 ──さあ、決着だ。

 

「アイリス王女、改めて提案致します。今回の『ブシン祭』出場を見送り、クレアを信じてはもらえませんか? 『紅の騎士団』……その未来のために」

「ライ君……」

 

 アイリス王女と真剣な瞳を合わせ、俺はゆっくりと頷いた。

 

「……分かりました。今回の『ブシン祭』、私は出場しません」

(よぉぉぉし!! 俺の勝ちィィィッ!!!)

 

 周りに気付かれないよう、ガシッと拳を握る。全部の要求を通したという事実が快感となって身体を走る。色々ギリギリだった所もあるが、なんとかなった。最高、俺の人生経験も捨てたもんじゃない。

 

「ふふっ、ライ君は本当に先を見据えているのですね。私は常に目先のことだけに囚われてばかり。見習わなければ」

「いえ、自分のような半人前の意見に耳を傾けてくれるアイリス王女の寛大さがあってこそです。本当に……ありがとうございます」

 

 マジで心から感謝します。破滅が約束された『ブシン祭』を諦めてくれて。

 

 シドが参加することを決めた時点で、今回の大会は絶対に碌でもないことになる。強さ的にアイリス王女は上に行くだろうし、シドと対戦する可能性は普通に高い。アイツは王女相手でも手加減せず、完膚なきまでにボコるような男だ。それが原因でアイリス王女の心が折れ、『紅の騎士団』の存続が危なくなっては困る。主に、俺の給料と特別手当が。

 

「やはりあの時、無理にでも貴方に入団してもらって良かった」

「いやいや、そんなそんな」

「今回の『ブシン祭』は見応えのあるものになるでしょうね。将来有望な魔剣士が()()()()()()()()()()()()

「いやいや、そんなそんな……二人?」

 

 思わず素のテンションで聞き返してしまった俺に、アイリス王女は笑顔で言葉を返してきた。

 

「ライ君とクレアさんのことですよ。もちろん、ライ君も参加する気になったのでしょう? 『ブシン祭』に」

「……えっ」

 

 あまりにも予想外の展開に空気が抜けたような間抜けな声を溢していると、追撃するようにクレアが余計なことを話し出した。

 

「当然ですよ! 私だけじゃなくライも参加すれば、『紅の騎士団』への注目度は高くなる。私をここまで持ち上げておいて自分は参加しないなんて、流石のコイツもする訳ありません」

「ふふっ、そうですね。ライ君は優しいですから」

「ライが出てきたって、優勝するのは私です!」

「頼もしいです、クレアさん。観客席から全力で応援させてもらいますね」

「あ、ありがとうございます! アイリス王女!」

 

 やばいやばいやばい! なんか良くない方向にアクセル全開で進み始めた。これハンドル戻るか? 針金でガッチガチに固定されてそうなんだけど。

 

「そ、その〜、俺は『ブシン祭』に参加する気──」

「ライ君、頑張ってくださいね。願わくば、貴方達二人による決勝戦が観たいものです。……ふふっ、少々欲張りでしょうか」

 

 可愛らしくグッと両拳を握り、微笑むアイリス王女。ダメだ、言えねぇ。この雰囲気で出場する気ありませんなんて、口が裂けても言えねぇ。

 

「アイリス王女! しっかり観ていてくださいね!」

「はい、もちろんです。ねっ? グレン」

「そうですな! ライの本気も見られそうだ! ガハハッ!」

 

 完全に運動会前日の家族だよ。もう引き返せないよ。てかグレンさん何笑ってんだ? 何も面白くねぇよ。地獄だよ。さっきまで全部上手くいってたのに。

 

「ライ! 私に負けるまで、誰にも負けるんじゃないわよ!」

 

 俺の肩をバンッと叩きながら、クレアが良い笑顔で挑発してくる。俺はどうにか作れた苦笑いと共に、乾いた声で言葉を返した。

 

 

「………………はい」

 

 

 ──退団したい。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「……ライトが『ブシン祭』に?」

 

 美しい金色の髪をエルフ特有の長い耳に掛けながら、アルファが報告されたことに対して疑問の声を溢した。

 

「はい。先程入ったばかりの情報ですが、確かです」

 

 丁寧な言葉でそれに応えたのはガンマ。真剣な表情の中には、僅かばかりの悔しさが滲み出ていた。

 

「シャドウが参加すると決めてから、まだそんなに時間は経っていない」

「ニューからの報告を受けたとは言え、流石はライト様。その決断力、感服致します」

「やはり次に備えるべきは『ブシン祭』。彼らにはもう、何か視えているのでしょうね」

 

 腕を組みながら目を閉じたアルファ。口元は笑っているが、どこか呆れたような様子にも見える。いつも置いていかれることに、どうにかして慣れないよう足掻いているようだ。

 

「……主様にお聞きしました。何故『ブシン祭』に参加されるのですか、と」

「シャドウはなんて?」

「……〝ライト以外には話せないことなんだ〟。そう、おっしゃられていました」

「ガンマ……」

 

 無理矢理作ったような笑顔を見せるガンマに、アルファが近寄った。そのまま優しく頭を撫で、両手を包み込むようにして握り締めた。

 

「そんな顔をしないで? 確かに、私達はまだライトに全然追いつけていない。でも、シャドウが変装の協力を頼んだのは貴女でしょう?」

「それは……はい」

「貴女はシャドウに頼られているの。もちろん、他の【七陰】やメンバーの子達もね」

「……アルファ様」

「私達は私達に出来ることをしましょう。手を伸ばし続けなければ、決して追いつくことなんて出来ないのだから」

 

 宝石のような青い瞳に、溢れんばかりの熱量。アルファの覚悟が伝わったのか、ガンマは明るい笑顔を見せた。

 

「は、はい! ありがとうございます! アルファ様!」

「これから忙しくなるわ。頼りにしているわよ? ガンマ」

 

 恩人達への恩返し。

 とてつもなく離れた二つの背中を支えるため、彼女達は揺るがない覚悟を決めている。

 

 そんな感動的なやり取りが行われているとは知る筈もなく、憧れの二つの背中(厨二病と管理職)は片方の背中がもう片方の背中に対して一方的な制裁を済ませた後、マグロナルドへ足を運んだのだった。

 

 

 

 




 今回のことを一文で表すのならこうでしょうね。

 自 業 自 得。

 半袖勇気のソックス「ざまぁww」
 ダイソン「いい気味じゃわいww」
 聖剣「wwwwwwwwwww」

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