陰の右腕になりまして。 作:スイートズッキー
「……はぁ。……暑い」
本格的に始まってしまった『ブシン祭』。
面倒な事は周りに全部押し付けて、俺は涼しい部屋でアイスでも食べている筈だったのに。どうして俺まで参加することになってんだ。
ただでさえ季節は夏。太陽さんが元気に働いている炎天下で、日傘もなしで放り出されている。こんなもんただの拷問だろ。てかこんな晴れた日に『ブシン祭』なんてやるなよ、曇りにしろ曇りに。ただでさえ人が多くて熱が凄いのに。ここに居る奴ら全員倒したら大会中止になんねぇかな。
そんな危ない思考が浮かび上がっていると、一緒に大会へやってきたツレが憎たらしい顔で話しかけてきた。
「これ以上ないぐらいやる気無いね。ライ」
「……お前の首を飛ばすことになら、やる気を出せそうだ」
「ははっ、ナイスジョーク」
「現実にしてやろうか?」
相変わらずムカつく顔とムカつく台詞。シドは今日もムカつく奴だった。何が楽しいのか笑顔だし、お前のせいで俺まで巻き込まれたんだぞ。
「……ていうかお前、変装はどうした? 顔を隠して出場するんだろ?」
「ああ、うん。見た目だけじゃなくて名前も弱そうなんだよ、結構気に入ってるんだぁ。『ジミナ・セーネン』ってね、弱そうでしょ?」
「地味な青年? ……は? 名前?」
笑えるよね、などと言っていることから、俺の予想は正解らしい。この世界の名前は変なものが多い。転生者の感性だからだろうけど。
「うおぃ! なにやってんだよ! シド! ライ! 今日行われてる予選でバトルデータを取っておかねぇと、本戦での賭けでボロ儲け出来ねぇだろうが!!」
クソ暑いというのに肩に手を回してきたのはヒョロ。どうやら『ブシン祭』で一儲けしようとしているようで、珍しくやる気を出していた。金が絡むと凄い行動力だな。
ヒョロと同じように騒いでいそうなジャガは実家に帰省中。ジャガイモを掘るのに精を出していることだろう。
「鬱陶しい、放せ。試合観てなくて良いのか?」
「この試合は外れだ! そりゃダークホースとかはそうそういねぇわな」
お前が今肩組んでる奴とかダークホースだと思うぞ、ダークマターかもしれないけどな。生きたバグ、いやバカだし。
「やっぱ賭けるならライか? それともクレア先輩に……」
「クレアにしとけ。多分、勝ち馬だ」
俺に賭けても儲けは出るだろうが、コイツの稼ぎになるのは面白くない。クレア辺りにでも賭けさせておこう。
「ねぇライ、ウンコ行ってくる」
「はいはい。行ってら。てか報告要らねぇわ」
どうやらシドの番が回ってきたらしく、アイツは姿を消した。ジミナ・セーネンってやつに変装するためだろう。
「……図体だけだな」
チラッと
青空を見上げながらそんなことを考えていると、実況と思われる男が元気良く声を張り上げた。
「三回戦第二試合! ゴンザレス・マッチョブ対ジミナ・セーネン!」
……名前の個性が強いな。本当に。
「しゃあっ! 今回の試合は当たりであってくれよ! 俺のバトルデータ収集のために!」
「──興味深いことを話しているね」
「うおっ! あ、貴方はッ!?」
勝ち負けの決まった試合なんてつまらない。俺が欠伸を噛み殺していると、ヒョロが後ろから声をかけられた。振り返った先に居たのは、お世辞にも趣味が良いとは言えない金ピカな鎧を身に纏ったホスト顔の優男。鎧に太陽光が反射してめっちゃ眩しい。
ヒョロの反応からして、金ピカのことを知っている様子。別に興味は無いけど、暇潰しに質問をしてみた。
「……知り合いか?」
「バッカ! ライ! 知らねぇのかよ!? 俺の憧れの魔剣士さ! 『不敗神話』のゴルドー・キンメッキさんだ!!」
うん、もう名前にはツッコまないけどさ。不敗神話ねぇ、胡散臭いな。
「フッ、その二つ名は恥ずかしいな。──『常勝金龍』と呼んでくれたまえ」
「うおおお!! カッケェ!!」
(……ダッサ)
その後『ジョイフル珍獣』だったり、『十年もののボルドー』だったり、ヒョロは鶏並みの知能を披露した。いちいち訂正するゴルドーさんの根性だけは評価したい。
「んん? ハハッ! この試合は参考にならないだろうね」
「ど、どうしてすか? 『常人成金』さん!!」
「『常勝金龍』ね。これは俺の理論だが、その人物を見ただけである程度の実力は分かるものなんだ。まずはゴンザレス、鍛え上げられたフィジカルだけでも歴戦の戦士だと分かる。バトルパワーはそう……1364」
急に戦闘力みたいなこと言い出したぞ。戦闘力5のおっちゃん二百人以上か。
「1364は悪くない数字だな。対するジミナは……ん?」
「どうしました!? 『チキン金太郎』さん!?」
「いや、これは……弱過ぎる。後、『常勝金龍』ね」
(弱過ぎるか。シドの狙い通りだな)
アイツが今回変装した理由、それもめちゃくちゃ弱そうな奴に変装した理由は簡単。地味で目立たない実力者ごっこをしたかったからだ。誰も注目していなかった選手が本当は実力者、的なものらしい。説明されても理解は出来んかったけど。
「ジ、ジミナのバトルパワーはいくつなんですか!?」
「──33だ。これでは勝負にすらならないだろう、瞬殺だ。どうやって三回戦まで勝ち上がってきたのか分からないな」
「おおっ! 流石だっ! なっ! すげぇだろ!? ライ!」
「……ん? ああ、そうだな」
姿勢、歩き方、覇気、その全てに於いて全力で弱さを体現している。あそこまで見事に偽装されてしまえば、大抵の奴らは騙せるだろう。俺もアイツがシドだと知らなかったのなら、騙されていたかもな。
「もうこの試合に見るべきところはないね。だがこれで分かっただろう? 情報は武器なのさ」
「はい! ありがとうございます! 『情緒不安定』さん!」
「どういたしまして……後、『常勝金龍』ね」
キザったらしく前髪を手で払っているが、全く見当違いなことを言ってるんだよな。まあ、見抜けっていう方が無理な話ではあるけど。
「そうそう、君のことも調べているよ。ライ・トーアム君。ちなみに君のバトルパワーは3500。まだ本気ではないだろう? 要注意人物といったところだね」
「どうも。その内当たるかもしれないですね。次の貴方の相手は……バトルパワー33らしいですから」
「……えっ?」
ほら、
「しょ、勝者……ジミナ・セーネンッ!!」
司会者も結果が信じられないのか、上擦った声で判定を叫んだ。観戦していた観客全員が似たような反応を見せており、ヒョロなんて顎が外れそうなぐらいだ。
「ま、まあ? これで分かっただろう? バトルパワーだけでは勝負は分からない、とね」
「まさかゴルドー先生! この展開も予想して……!」
「良いことを教えてあげよう。賭けに勝つ方法は二つある。一つはバトルパワーの高い方に賭けること、もう一つは弱者を探してその相手に賭けることだ」
(ほとんど同じこと言ってるじゃねぇか)
口に出してツッコミたかったが、どこか性質的に関わりたくない雰囲気だったのでやめた。話すだけ体力の無駄、得るものは何も無いだろうし。
「ライ君。君とは本戦で当たることだろう。対戦を楽しみにしているよ」
「うおおっ! ゴルドーさんとライ! 俺はどっちに賭ければ良いんだ!!」
「まず賭ける金あんのかよ?」
「軍資金を貸してくれ!」
「バイトしろ」
何故だろう、コイツに金を貸して増えて返ってくる未来が見えない。多分コイツはギャンブルをしちゃダメな人種だ。いつの日かやらかして、強制労働にぶち込まれてそう。
ヒョロの未来を少しばかり心配していると、試合を終えたジミナ……いや、シドがまったりと帰って来た。表情はどことなく得意気であり、ごっこ遊びは満足のいくものになったらしい。
「ウンコしてきたー」
「だから報告要らねぇって。終わったなら日陰行くぞ。暑過ぎる」
「そうだねー、飲み物も買おうよ」
「おいシド! ライ! 俺は完全に勝てる方法を身に付けた! だから軍資金貸してくれ!!」
最初から最後までずっとうるさいヒョロを無視して、俺とシドは昼飯に何を食うか話しながら歩き出した。
「──勝者! ツギーデ・マッケンジー!!」
まだ予選とは言え、本戦出場者が絞られてくると盛り上がり方が違ってくる。巨大な会場は多くの観客に埋め尽くされ、魔剣士達の振るう剣に視線を奪われていた。
「……凄ぇな、マッケンジー」
大して強くないのに、本戦出場に王手を掛けやがった。相手が格上だったにも関わらず、粘り強くしぶとい剣で勝利を掴み取っていた。ああいう戦い方は嫌いじゃない。本戦に上がれることを祈るよ。
(俺はもう試合終わったし、シドとゴルドーさんの試合は……まだ少し時間があるか。暇だな)
ドリンク片手に、暇を持て余す。ストローに口を付けたまま周りを見てみるが、特に気になる魔剣士も居ない。さっさと帰りたい。
(まあ、手抜きも程々にしないとだけどな)
特別VIP席にてアイリス王女が観戦しているため、不甲斐ない試合を見せる訳にもいかない。俺は彼女の連覇を消した張本人でもあるし、その辺は流石にしっかりやらないとな。
(にしても、本当に居ないもんだな。マシな奴……ん?)
ふと、気になる魔力反応を感知した。俺のように膨大な魔力量がある訳じゃなく、シドのように繊細で滑らか過ぎる訳でもない。
例えるならそう──
刃のような鋭利な魔力、俺との距離を測るまでもなかった。その魔力の持ち主は、何故か俺の目の前まで歩いて来ていたのだから。
「……ねぇ。貴方、エルフの知り合いは居る?」
漆黒のローブに包まれた、声から察するに女性。見ているだけで暑い格好だが、声音に疲労などは感じられなかった。
いきなりよく分からん質問を飛ばしてきたが、別に嘘をつく必要もない。俺は人数などの細かい要素は言わず、素直に肯定した。
「……居ますよ。それなりに」
「そうか。エルフの匂いがしたんだ」
どんな匂いだよ。エルフって鼻も良かったっけ?
「そ、そうですか」
「私はエルフを探している。妹の忘れ形見だ。私とよく似たエルフに見覚えはないか?」
あっ、多分この人説明とか苦手なタイプだな。
「その、フードで顔が見えないです」
「……! そうだった。ありがとう」
前言撤回、ただの天然だった。
「どうだ? 見覚えはあるか?」
「……うーん」
見せられた顔の感想を一言で言えば、まあ可愛い。エルフは美形が多いが、特に顔立ちが整っていると言っていいだろう。肌は白く、銀色の髪はキラキラと輝きを放っていた。
しかし、似たような顔に心当たりがあるかと聞かれれば、答えはNOだ。
「すみません。心当たりないですね」
「本当……?」
「ええ、俺の知っているエルフは貴女よりずっと可愛いんで」
どことなく雰囲気はアルファっぽいが、顔は全然似ていない。自分で似ていると言うからにはそっくりな筈だ。うん、アルファじゃないな。
「……そう。ありがとう」
「いえ、力になれなくてすみません」
俺が軽く頭を下げると女性は再びフードを被り、手を振りながらその場から去った。
「……居るところには居る、か。強い剣士」
ドリンクを飲みながら、少しだけ口元を緩める。あのエルフさんが『ブシン祭』参加者かどうかは分からないが、もしそうなら面白くなりそうだと素直に考えるぐらいには強者だった。魔力を使わなければ、二刀流を使っても余裕で相手になってくれそうだ。
「──マッケンジーの試合なんて偵察する意味あんのか? 『紅の騎士団』の若き騎士様よぉ」
少しだけ『ブシン祭』に対してのモチベーションを上げていると、またも誰かに話しかけられた。ガシャガシャと黒い装備を付け、褐色の肌に強面な顔の男。完全に知らない人だが、向こうは俺を知っている様子。塩対応するのもなんか失礼か。
「いや、良い試合してたんで。普通に観てました」
「へぇ。アンタが言うなら、マッケンジーも侮れねぇか?」
なんか玄人っぽい雰囲気出してるけど、何がしたいんだ? マッケンジーの話が終わったら会話終了するんだけど。
「おおっと、悪い悪い。俺はクイントンってんだ。それなりに名が知られてるって思ったが、自惚れてたよ」
「……ああ〜、いや、田舎出身なもんで。すみません。ライ・トーアムです」
思ったより知的だな。見た目は短気な暴力ヤクザみたいなのに。人を見た目で判断しちゃいけないってことか。
「知ってるよ。アンタとクレア・カゲノーは有名だからな。学生でありながら、アイリス王女が団長を務める『紅の騎士団』に在籍。大天才だって騒がれてるぜ」
うわ、最悪だ。めっちゃ注目されてんじゃん。道理で実家の両親から手紙が飛んでくる訳だ。
「……過大評価です。クレアの方に注目した方が良いですよー」
「謙虚だな。やっぱアンタは要注意か」
なんでそうなるんだよ。
「だが、次の試合に出る奴は観ておいても良いかもな。予選を勝ち上がって来るとは誰も予想してなかっただろうぜ。──ジミナ・セーネン」
「……ああ、あの弱そうな人」
一応援護はしておいてやろう。シドのやりたいことを手伝うのも、俺の仕事みたいなもんだしな。
「どんな手品かは知らねぇが、奴は勝ち上がってきた。アンタの目なら、それも見破れるんじゃねぇか? このままジミナが勝てば、奴は俺の対戦相手になる、是非とも助言を賜りたいもんだねぇ」
えっ、ここで一緒に試合観る流れになってないか? どっか行けよ、人見知りだから嫌なんですけど。適当な言い訳して逃げよ。
「いやいや、見破れませんよ。俺の目──」
節穴なんで、と続ける前に、俺の声は遮られた。女性らしい、透明感のある声によって。
「──
よく声を掛けられる日だなと、少しうんざりしながら視線を向ける。そこに立っていたのは、薄い青色の髪に白い肌をした女性。青と白の鎧に身を包み、可愛らしい顔に似合わないゴツい剣を携えていた。鎧の質からして金持ち、それか名のある騎士と見た。
「ここで会ったが百年目……ようやくあの時の決着をつける時がきた」
喜んでいるのか怒っているのか。そのどちらかは分からないが、彼女は肩を震わせながらそう言った。まるで長年探し続けた復讐相手でも見つけたような反応だ。
「ハッ、流石は天才騎士。まさか『ベガルタ帝国』の『七武剣』、アンネローゼ・フシアナスとの因縁があったとはな」
クイントンさんが便利な解説キャラのように説明してくれた。するとアンネローゼと呼ばれた女性は不機嫌そうな顔に変わり、咎めるように目を細めた。
「その名は捨てた。今はただのアンネローゼだ。……まあ、そんなことは良いわ。ライ・トーアム、貴方もこの『ブシン祭』に参加しているのよね?」
「えっ? ……まあ、そうですけど」
「ふっ、ふふっ、そうこなきゃ」
なんかめっちゃ笑ってる。良いことあったのか。
「──貴方に屈辱的な敗北をしてから……五年。あの日のことを、私は一度たりとも忘れたことはなかったわ」
笑っていたかと思えば、今度は拳を強く握り締め、俺を睨み出した。それも眉間に凄いシワを寄せるレベルで。
「貴方に味わわされた敗北の味、今度は私が味わわせてあげる。全力を出すことね。あの日のように、一本の剣で私に勝てるとは思わないで」
「…………」
彼女から物凄い覚悟を感じる。剣が好きで、剣に全てを捧げる者の目だ。言っていることと合わせて、どこかクレアに似ている。
「ほお、こりゃ面白い。楽しみにしてるぜ、アンタらの因縁対決」
クイントンさんが笑いながら腕を組む。本当に面白いものを見たような反応だ。
そうか。これって──
「ライ・トーアム。必ず本戦に勝ち上がりなさい。私に負けるまで、負けることは許さないわ」
因縁、宿敵、好敵手。シドが今の俺の状況を見たら、手を叩いて猿のように喜ぶことだろう。アイツこういうシチュエーション大好きだからなぁ。
だからこそ、俺は正直に生きよう。なにより、アンネローゼさんの真剣な瞳に対して嘘をつきたくなかった。それぐらいの良心は俺にだってある。
俺はアンネローゼさんの顔を数秒間しっかり見た後、軽く笑った。
「──……どちら様ですか?」
オリ主は身内以外には基本的にドライです(笑)。
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