陰の右腕になりまして。 作:スイートズッキー
本日、ついに『ブシン祭』本戦が開幕となった。
俺も無事に予選を突破したので、ここからトーナメント形式で本戦に参加することとなる。見知った顔で言えば
クレアも俺と同じように危なげなく勝っていたので、『紅の騎士団』への信頼を高めよう作戦は順調と言える。
トーナメント表を見る限り、今日行われる一回戦の相手はあのアンネローゼ。一方的な因縁の関係なので、あちらのやる気は凄まじい筈だ。
「──勝者! ツギーデ・マッケンジー!!」
「うおおおおっ!!!」
今歩いている廊下は会場から離れているにも関わらず、やかましく暑苦しい雄叫びが響いてくる。それが耳に届くと同時に、俺は自然と賞賛の拍手をしていた。すげぇよ、マッケンジー。お前本戦に上がっただけじゃなくて一回戦勝っちまったな。俺もうお前のファンだよ。
結果だけを知るのではなく試合内容もチェックしておきたかったのだが、俺とアンネローゼの試合がその次ということもあり、自分自身の調整に時間を割いておきたかったのだ。
(……アンネローゼ、か)
正直に言えば、強い。
必要以上に目立つことを避けるため、使用出来る魔力は『ライ・トーアム』としての限界まで。『ライト』としての魔力は当然使う訳にはいかない。その制限がある状態で相手をするならば、間違いなく彼女は強敵だ。
(……まあ、勝ちに行く必要もないんだが)
俺とクレアが揃って本戦出場を決めたことにより、『紅の騎士団』という名前は広く知られることとなった。アイリス王女が大会に参加せず、俺達二人に任せたという形も上手い具合に機能しているようだ。
後は優勝でも出来ればこれ以上ないが、それはクレアに任せて良いだろう。俺はこの辺りで適当にリタイアすれば良い。
そう、思っていた。
(どうにも……ね。……悪くない気分だ)
こういった大規模な公式大会に参加したことがないからだろうか。柄にもなく、俺は少しばかり高揚していた。経験したことのない空気がそうさせるのか、心地良い緊張感は続いている。
結局、俺も負けず嫌いということなんだろう。
自分の単純さに呆れながらも、心の揺れは止まらない。廊下を歩いているだけなのに、聞こえてくる歓声に口角が上がってしまう。
「……浮かれてるな」
こんな気持ちを持てるようになるなど、この世界に転生したばかりの頃では考えられなかった。思えば、あの時期が最も荒れていたんだろう。理不尽に殺され、普通の人生を奪われた、あの時期が。
良くも悪くも、あのバカとの出会いは俺の人生に大きな影響を与えている。そんなこと、口が裂けても言わないけど。
「──ん?」
噂をすればというやつか、視線の先に見覚えのある顔が見えた。マグロナルドの袋を抱えながらアホ面で歩いているシドだ。モブモードだからか、普段よりも覇気がない。こうして遠目から見ると、本当に弱そうだな。
「……はぁ。おーい! シ……ド?」
少し声を張って呼びかけようとしたのだが、シドの他にもう一人の人影が視界に入る。こちらもまた見覚えのある顔であったため、言葉が途切れてしまった。
「エルフ探しの……エルフさん?」
漆黒のローブを纏っているが、フードは被っていなかったので顔が見えた。見覚えがあるなと思い記憶を探ってみたところ、エルフを探していたエルフさんであることが分かった。妹の忘れ形見とか言ってたかな。
(あの二人、知り合いだったのか)
視線の先で行われているやり取りから察するに、シドとエルフさんは面識があったらしい。エルフさんの無表情な問いかけに、シドはモブを演じながらオドオドと対応している。
エルフさんもシドと同じようにマグロナルドの袋を抱えており、袋から溢れ出しそうな量のバーガーが入れられていた。
(……魔力を耳に集中っと)
流石に距離があるため、聴覚を強化して会話を拾えるようにする。狙い通りに聞こえてきた会話は、これから試合だというのに力が抜ける中身の無いものだった。
『それ、どうしたの?』
『買った』
『買ったんだ』
『買い過ぎた』
『買い過ぎだね』
エルフさんが抱えている袋を指差し、シドが淡々と言葉を放つ。エルフさんも負けず劣らずのローテンションであり、疲れない会話というものを体現している気がした。てか本当にバーガー多いな、二十個ぐらい買ったんじゃないか?
意外に大食いなんだなと思っていると、エルフさんがバーガーを一つ手に取ってシドへ手渡した。
『一個あげる』
『あ、ありがとう』
どうやらあの二人はそれなりに仲が良いらしい。エルフは気難しい性格が多いと言うが、あのエルフさんは無表情ながらも友好的だ。実力的にも長生きしてるみたいだし、その辺は年の功ってやつなのか。
エルフさんからのお裾分けを素直に受け取ったシド。すると何かを思いついたのか、抱えていた袋から貰ったバーガーとは違う種類のバーガーを取り出してエルフさんへと差し出した……えっ? なんで?
『お礼に、これあげる』
やっぱアイツはバカだ。買い過ぎたからあげるって話だろうが。エルフさんも受ける訳──。
『ありがとう。シド』
受け取るんかーい。
あれ? 俺がおかしいの? あのやり取りに違和感しか感じてない俺が変人なの?
『じゃあもう行くね』
『うん、バイバイ』
そして軽く手を振り合ってから、二人は背を向けて歩き出した。顔を合わせた結果、起こったことはバーガーの交換のみ。シドを追いかける気にすらならなかった。
「……アホが二人か」
試合に意識を切り替えるため、俺は大きく深呼吸した。
忘れよう、今見たこと全て。覚えている意味もないし、なにより力が抜ける。天然と天然を組み合わせたらああなるんだな。
しかし、誠に遺憾ながら影響を受けたこともある。
「……試合終わったら、マグロナルド行こ」
やけに、バーガーが食べたくなった。
『──さあ! いよいよ本戦の開幕だぁッ!! 次の試合は要注目の好カード! 絶対に目が離せませんッ!!』
ハイテンションで叫ぶ司会者兼実況者の声に、観客達の興奮は増していく。事実、次の試合への注目度は突き抜けて高く、それに比例して賭け金も跳ね上がっていた。
『まずはこの選手! 剣の国《ベガルタ》からやって来た天才剣士! アンネローゼ・フシアナスゥゥゥゥッ!! その力強くも美しい剣技は全ての者を魅了するぅッ!!』
派手に紹介されたと言うのに、試合会場の地に立つアンネローゼの顔に変化は無い。ただ目の前に居る男へ意識を集中していた。僅かに癪に障ったのは自分を〝天才剣士〟と称されたことのみ。
アンネローゼは呆れて笑みが溢れそうになった。目の前に
『対するはこちらもまた説明不要の天才! ライ・トーアムゥゥゥゥッ!! 若くして『紅の騎士団』の一員であり、その実力はアイリス王女も認められているぞぉッ! 未だに今大会で見せたことのない〝二刀流〟にも期待だァァッ!!』
当然、ライがこの紹介を喜ぶ訳もなく、怠そうにため息を溢した。極力目立たないように立ち回るという願いは完全に破壊され、クレア程ではないがすっかり有名人だ。
これから試合に臨むライの格好だが、アンネローゼのようにしっかりとした鎧を纏っている訳ではなかった。機動性重視の軽い装備を付け、『紅の騎士団』の団員服と合わせて赤色の多い格好となっていた。
(……やっと、貴方と戦える)
歓喜に震える拳を握り締めながら、アンネローゼが口角を上げた。長年待ち望んでいたリベンジの機会、それも大舞台での一戦だ。これ以上ない幸運と言って良い。
チラリと視線を向けた掲示板。そこに書かれていたこの試合に対する
(……まあ、そうなるわよね)
多くの者に自分が勝つと予想されていることを、アンネローゼは当然と考えていた。自惚れているからではなく、『情報』がそうさせると冷静に判断したからだ。
いくらライが天才と騒がれていようと、アンネローゼと比べれば経歴は大したものではない。騎士団に入っただけで天才と言われるライと、国を背負って剣を振るってきたアンネローゼでは差があって当たり前なのだ。
(……勝つ。私は今日……貴方に勝つ)
だが、アンネローゼは油断をしない。出来る筈もない。
経歴も実績も、勝負の場では関係ない。ただ強い者が勝つ。それだけの話だ。
ゆっくりと鞘から愛剣を引き抜いたアンネローゼ。彼女の激情にも似た闘志が会場に広がったのか、観客達が次々と黙り出す。溢れ出そうになる興奮へ、そっと蓋をしたように。
「──忠告したはずよ。
斬撃のように鋭い視線と言葉を受けて、同じく剣を右手に持ったライが軽く口元を緩めた。アンネローゼを馬鹿にしている様子はなく、少しばかりの申し訳なさを感じさせる。
「これでも我が家の秘伝なんでね。──
馬鹿にしている訳ではなく、挑発だった。人によっては同じことのように捉えるだろう。しかし、その発言はアンネローゼの闘志を更に引き上げた。
要するに、この生意気な年下
〝二刀流〟を使って欲しいなら、
「上等じゃない……!」
身体に巡らせた魔力が荒ぶり、剣を握る手には痛みを感じる程に力が込められた。
過去への挑戦、その〝スタートライン〟に立てるかどうかが決まる。それすら叶わないのであれば、自分はそれまでの剣士だったというだけのこと。
「見せてあげるわ。……私の剣を」
華奢な身体に似合わない大剣を低く構え、アンネローゼは魔力を解放。戦闘体勢は完全に整った。
それに向かい合うライも同じく魔力を解放するが、魔力を可視化する出力までは使わずに自然体での構えを取った。
二人の間に立っている審判はそれを確認すると、両選手の準備が完了したと判断。高まる興奮を抑えながら手を振り上げ、試合開始の宣言をした。
『本戦一回戦! 第三試合! アンネローゼ・フシアナス対ライ・トーアム! ──試合開始ッ!!!』
勝負は、閃光の如き速度で開始された。
「──はあぁぁぁァァッ!!!」
青色の残像を残し、アンネローゼが突撃。踏み込んだであろう地面は深く抉れており、強靭な脚力を物語っている。
勢いを殺すことなく繰り出された一撃は、ライ目掛けて真っ直ぐに振り下ろされた。
「いきなりだな。……少し驚いた」
だが、ライはこの一撃を軽々と回避。オリヴィエとの戦いで見せた剣の軌道をズラす技術を使用して、アンネローゼの剣を自身から外させた。
観客達は一瞬の間に何が起こったのか分からず動揺したが、アンネローゼは予想通りだと言わんばかりにすぐに体勢を立て直した。
(分かってるわよ。この程度の攻撃が捌かれるってことぐらい)
アンネローゼからすれば、今のは様子見の一撃。わざと大振りの一撃を繰り出すことで反撃を誘発し、それを逆に隙として突く考えだった。
しかし、そう上手くいく筈もない。絶妙な角度でぶつけられた剣からは力を逃がされ、仕切り直しの攻撃となってしまった。
「相変わらず! 器用ね!」
「どうも」
大剣とは思えない速度の連撃を繰り出すアンネローゼだが、ライの身体には一太刀も届きはしない。普通の選手ならば焦りを見せる展開にも関わらず、アンネローゼは笑みを深めた。
自身の憧れた剣は──変わらず高い壁であると。
(だからこそ! 貴方に勝つ意味がある!)
下からの切り上げで距離を保ち、ライの攻撃を阻止。
剣の長さの違いによる攻撃範囲の差はアドバンテージとなっているようで、攻撃の主導権を握っているのはアンネローゼだった。
このまま連撃を続けていれば隙が生まれるかもしれない。観戦している者達はそう感じ始めていたが、当の本人であるアンネローゼは全く別の考えだった。
(動きを……
押しているのは間違いなく自身の方。しかし、自分の打ち込みたい場所へ剣を振るえない。ライの剣によって動きを制限され、淡白な攻撃しか出来ずにいたのだ。
(間合いの管理だけじゃない。私の剣を……『学習』してる。それも、圧倒的な早さで)
このまま打ち込んでもこちらが不利になるだけだと、アンネローゼは本能で感じ取った。必要なのは相手の予想を上回る〝奇抜な一手〟。博打としか思えない攻撃に、アンネローゼは運命を委ねた。
『ああっと! アンネローゼ選手が豪快な突きを繰り出した! しかしライ選手はこれを冷静に受けるッ! 鮮やか過ぎて気持ち悪いですッ!』
ライが言葉ぐらい選べと実況に少しイラついた瞬間、アンネローゼが動いた。
「──ここよッ!!」
「ッ!?」
突きを回避されたところから全力の速度で剣を操り、『柄の部分』をライの剣へと激しくぶつけた。彼女が発揮した異常なまでの集中力によって成功した技だ。
アンネローゼの思惑通り、意表を突かれたライ。体勢を僅かに崩され、表情は驚きに満ちていた。
予想しきれなかった奇抜な攻撃ということもあるが、ここまで上手く決まった理由は単純。
──
(決めるッ!!)
千載一遇のチャンス。若くして多くの戦いを勝ち抜いてきたアンネローゼがこれを逃す筈もなく、ありったけの魔力で身体を強化。爆発的な超加速で追撃を繰り出した。
「……ッ!!」
もちろん、ライも大人しくやられるつもりはない。天才的な超感覚と学習能力でアンネローゼの剣を予測し、不完全な体勢ながらも迎撃を試みた。
対峙する二つの剣。
先に届いたのは、顔も名前も忘れられていた少女が振るう──『執念の剣』だった。
「せぇやあぁぁぁぁァァァッ!!!」
アンネローゼ渾身の一撃が、ライを軽々と吹き飛ばす。剣での防御が間に合ったので身体に直撃こそしなかったものの、攻撃を受け流すことは出来なかった。ライは受け身も取れずに背中から叩きつけられ、地面を抉りながら転がされたのだった。
『決まったぁぁぁァァッ!! ライ選手が攻撃を受けたのは今大会初! アンネローゼ選手の一撃がライ選手の守りを破ったァァァァッ!!』
興奮気味に叫ぶ実況だが、興奮度で言えばアンネローゼの方が遥かに上だ。焦がれ続けた相手に自身の剣が届いた瞬間、湧き上がる感動を抑えられる筈もない。
(……少し、無理したわね)
鼻に違和感を感じ確認すると、ポタポタと地面へ鼻血が落ちていた。どうやら過剰な魔力を使って身体強化をした反動がきたらしい。腕や足の関節も痛むが、吹き出したアドレナリンのお陰で動きに支障は無い。
アンネローゼは地に腰を落としたまま呆然とするライに剣を向け、五年間で溜め込んできた想いを解き放った。
「私はもう! 何も出来ずに泣かされた私じゃないっ!! 貴方を倒す私の名前はアンネローゼッ!! その何も覚えていない空っぽの頭に──刻み込んでおきなさいっ!!! 」
たった一度攻撃を当てただけ、誰が見ても『小さな一歩』だ。しかし、アンネローゼにとってこれは間違いなく『大きな一歩』であった。
ライは数秒程の時間硬直した後、剣を杖代わりにゆっくりと立ち上がった。受け身が取れていないため土で汚れており、お世辞にも華麗な騎士の姿とは言えない。
アンネローゼは手で強引に鼻血を拭き取ると、再び剣を力強く握り締めた。溢れ出てくる感情は『喜び』と『恐怖』の相反する二つ。
彼女は確信した。
自分はやっと──〝スタートライン〟に立てたのだと。
「悪かったな。色々と」
ライが静かに口を開く。どんな表情をしているのかはよく分からないが、その声には反省の感情が込められていた。
アンネローゼはそれに対して茶化すような返答をすることも出来ず、ただ魔力を練り上げながら構えを継続。
それが闘志を途切れさせないためなのか、はたまた逃げ出しそうになる足を止めておくためなのか。それはアンネローゼ自身にも分からなかった。
「ここから先は……本気でいく」
右腰に携えた鞘から引き抜かれる一本の剣。まるでそこにあるのが当然と言わんばかりの安定感。さっきまでとはまるで違う雰囲気に、会場全体がライへ視線を向けていた。
歴史上でも数少ない、二本の剣を同時に操る剣士。
その連撃は嵐のように激しく、流水のように穏やかであり、花のように美しく──鬼神の如き強さを兼ね備えている。
「来なさい……!
そんなアンネローゼの言葉に、ライは口角を吊り上げる。その邪悪な笑みが厨二病患者から伝染したものであるなど、知ることもなく。
右手に一本、左手に一本。合計二本の剣を構え、男は不敵に笑った。
〝二刀流〟が──
天然コンビのやり取り好きなんですよね。アニメで見た時は思わずツッコミました(笑)。