「驚きましたね……。まさかライ君に攻撃を当てるなんて」
特別VIP席にてライとアンネローゼの試合を観戦していたアイリス。アンネローゼが強いことは分かっていたが、それでもライへ攻撃を当てたことには驚きを隠せていなかった。ライの実力に対するアイリスの信頼の大きさが見受けられる。
「そして〝二刀流〟まで。初めてかもしれませんね、彼の本気が見られるのは。ねぇ? クレアさん。……クレアさん?」
アイリスは少し興奮した様子で隣の席に座るクレアへ声をかけたが、すぐに返事はされなかった。不思議そうに顔を覗き込んだアイリスの視界には、目を見開いて自分以上に驚いているクレアの表情が入ってきた。
「ど、どうしました?」
「あっ、い、いえ! なんでもありません!」
「そ、そうですか。クレアさんも驚きましたよね。まさかライ君が本気になるなんて」
「……はい、驚きました。……アイツのあんな顔」
ライの本気が見られるのだと興奮するアイリス。幼い少女のようにウキウキしているが、隣に座るクレアは全く別の表情をしていた。驚きの中にあった他の感情は──『嫉妬』。
(……なによアイツ。……ムカつく)
自分相手には使いたがらない〝二刀流〟。それを他の相手に使われたことがクレアは気に入らなかった。
そしてそれ以上に腹が立ったのは、挑む立場にすらなれていない自分自身の『弱さ』。負けず嫌いの心の炎に、十分過ぎる程の燃料が与えられたのだった。
「……私だって。いつかその剣に挑むんだから」
呼吸を整え、無意識に身体に入れていた力を緩めたクレア。ここで何かを吠えたところで何の意味も無い。吠えるならば二本目の剣を抜かせた彼女と同じく、生意気この上ない年下
(…………アイツの剣。見られるんだ)
強張った表情から一変、クレアの顔は僅かに緩んだ。そのことに気付いたアイリスは微笑ましく思い、これから始まる試合に意識を集中させるのだった。
「やっと……本気になったって訳ね」
顔付きと雰囲気が変わったライを見て、アンネローゼが少し震えながら笑った。先程までのヘラヘラした様子は欠片も残っておらず、口角を上げながらも瞳は真剣そのものであった。視線に貫かれただけで後退りしてしまいそうだ。
(……集中よ。一瞬たりとも気は抜けない)
本番はここからだと、アンネローゼは自身を奮い立たせる。相手は追いかけ続けてきた強大な剣、油断すれば勝負は一瞬で終わりを迎えるだろう。
アンネローゼは意識を切り替えるため、ゆっくりと息を吐く。そして瞬きにも近い僅かな時間──
(まずは動きを…………えっ?)
覚悟を決めて目を開けた瞬間、アンネローゼの視界に飛び込んできたのは──
「ッッッ!!!!」
反応出来たのは幸運だったとしか言いようがない。これまでの鍛錬で染み付いた感覚を以て剣を操り、アンネローゼはライからの一撃を辛うじて防いだ。
(私の馬鹿ッ! 何してるのッ!!)
気は抜けないと覚悟したばかりだというのに、安易に目を閉じる。アンネローゼは自分自身の認識の甘さを責め、剣を握り直した。そんな彼女の動揺を突くように、ライからの連撃は速度を増していく。
(まずは体勢を……ッ!!)
どうにか食らいついていたアンネローゼだったが、不意に足元のバランスが崩れる。全く警戒していなかった足払いによるものだった。二本の剣を操りながらも確実に隙を作る。これを観客席で見ていた
「こ、このっ!!」
倒れ込みながらも、咄嗟の判断で大振りの一撃を放ったアンネローゼ。ライも中途半端に受け止めることはせず、受け流しながら後方へと下がった。
呼吸も満足に出来ない時間が一旦終わり、アンネローゼの肺に新鮮な空気が入り込む。それと同時に汗が流れ出し、時間差で大きな疲労感に襲われた。
「はぁ……はぁ……」
ついていけずに置いてかれていた観客達が激しい攻防に対して騒ぎ出すが、アンネローゼの耳には届かない。全ての意識を常にライへ向けていなければ勝負にすらならない。その事を今、彼女は身を以て教えられたからだ。
「どうした? ……そんなもんか?」
「ッ!! そんな訳ないでしょ!!」
足の疲労を無視し、アンネローゼが動く。疾風の如き速度でライへ突進すると、振りかぶった大剣を叩きつけた。並の魔剣士であればまず防御など出来ない重量級の一撃。しかし、ライはこれを真正面から受け止めた。
「ぐっ! やる、じゃない!」
「基礎は磨いたみたいだな。……けど、素直過ぎだ」
二本の剣によるクロスブロックで防がれた後、そのまま弾き返されたアンネローゼ。一撃の重さには揺るがない自信を持っていたため、力負けしたという事実は大きなショックを与えてきた。体力の消費を考えても、ゴリ押しの戦法は得策ではない。
「今度はこっちの番だ」
思考を巡らせようとするアンネローゼだったが、ライがそれを許さない。未だに体勢が不安定な所へ、超高速の二刀流を振るった。
(……ッ!! 防ぎ……にくい!!)
身体をクルッと一回転させ、無理矢理体勢を整えたアンネローゼ。受けに回りつつも何とかライからの攻撃を凌ぐが、先程よりも剣戟に対応出来なくなっていた。
(学習能力だけじゃない! これは……
アンネローゼは長年の経験から、ライの剣術の変化要因をすぐに見抜いた。それはライが振るう二本の剣に纏わされた魔力量と殺気の変化によるものだった。
(魔力量と殺気を強くした片方の剣を防げば、逆に魔力量と殺気を軽くしたもう片方の剣が意識から外れる……! それを交互にあり得ない速度で繰り返してるんだっ!!)
長く戦いに身を置いている者であればある程、余計に惑わされるこの剣術。ライが得意とするものであり、一定以上の実力があると認めた者にしか使ってこなかった技術である。
次第に防げなくなってきたのか、アンネローゼの身体にライの剣が届き始める。どうにか深い傷こそ回避してるが、肩や足に浅い傷が残り出した。
「舐めるなッ!! はあぁぁぁァァッ!!!」
瞬間的に魔力を跳ね上げ、アンネローゼが大剣を横一閃に振るった。気合の入った一撃にライは連撃を止め、剣で受けて後退。両者の間に、再び距離が生まれた。
「やるな。今ので仕留められるかと思った」
「……馬鹿に、しないで。……この程度で、やられる訳ないでしょ」
強気に返すアンネローゼだが、流れ出る冷や汗は止まらない。攻撃していた側のライが息切れをしていないにも関わらず、受けていた側のアンネローゼは満身創痍。どちらに余裕があるのかは明白だった。
「馬鹿にはしてない、本当に褒めてるんだ。ここまで受けられるとは正直思ってなかったからな。……もしかして、〝二刀流〟の対策でもしてたのか?」
「……『トーアム家』については調べたわよ」
ライの推測通り、アンネローゼは対策を立てていた。忘れないように何度も何度も復唱した『ライ・トーアム』という名前。二刀流という言葉と合わせれば、身元を割り出すのはそこまで難しくはなかった。
「二刀流の剣士なら『ベガルタ』にも居る。別に……貴方だけの剣って訳じゃないんだから」
「ははっ、そりゃそうだ」
軽く笑うライに対して、アンネローゼは苛立ちを覚える。
確かに、二刀流は少数派というだけで全く居ない訳ではない。しかし、目の前に立つ男と
「けど、本当に強くなったな。素直に凄いと思うよ」
「……よく言う。……まだ本気を出してないくせに」
この言葉に、ライは少しばかり驚いたような反応を見せる。当然、『ライト』としての実力を出していないことがバレたとは思っていない。アンネローゼが言いたいことを、ライはなんとなく感じ取っていた。
「──〝トーアム流・二刀剣術〟。トーアム家に伝わる
剣を構えながら、鋭い視線と共に訊ねるアンネローゼ。確信しているような目を向けられ、ライは大人しく観念した。
「そこまで知ってるのか。めちゃくちゃ調べてるな」
「べ、別に! 貴方を倒すためだから! 妥協なんてする筈ないでしょ!!」
なんとなく気恥ずかしいのか、大声で返答したアンネローゼ。すぐに冷静さを取り戻すと、魔力を練り上げながら言葉を放った。
「──使いなさい。私は貴方に手を抜かれるほど……弱くない」
強い覚悟と、強い意志。
アンネローゼも分かっている。これがただの強がりであることを。自分とライの間には、まだまだ大きな差が開いていることを。
それでも言わずにはいられなかった。やっと出会えた宿敵、憧れにも近い感情を抱いた唯一の剣士。そんな相手の全力を受けられないなど、到底認められるものではなかった。
(死ぬ……かもしれないわね)
それでも良い、それだけの覚悟はあると心を決める。ここで退けば、一生後悔する。アンネローゼにとって、命を懸けても譲れない瞬間が訪れたのだ。
「勝負よ。──ライ」
身体に残った全魔力を練り終わり、アンネローゼの青色の魔力が可視化する。それは会場全体を震えさせる程であり、これから放つ一撃の威力を容易に想像させた。
「……受けてやる。──アンネローゼ」
対するライも魔力を解放するが、可視化するレベルには届いておらず、アンネローゼと比べれば差は歴然だ。その上、魔力を纏わせているのは身体ではなく剣のみ。このままぶつかれば、ライが押し切られるのは目に見えていた。
「……ありがとう」
それでも、小さく感謝を溢したアンネローゼ。自身の覚悟が認めてもらえたのだと、確かな喜びが湧き上がってきた。
その辺に落ちている石ころではなく、一人の魔剣士として見られている。そのことが、アンネローゼにとっては何よりも嬉しいことだった。
「…………」
「…………」
緊張が空気を支配する。互いに準備は完了し、取った構えは微動だにしない。アンネローゼもライも、直感で理解していた。
次が、最後の攻撃になると。
数分にも感じられる数秒の後、一つの風が吹く。
それを合図としたように、アンネローゼが全身全霊を懸けて駆け出した。
「──ハアァァァァァァッッ!!!」
身体を置き去りにするような速度でライへ迫るアンネローゼ。生半可な剣で受けようものなら、間違いなく真っ二つにされてしまうだろう。
気迫、覚悟、実力を認め、ライは本気の〝二刀流〟で応えた。
〝トーアム流・二刀剣術〟。『
「──〝
それはまるで、穏やかな清流の如き剣。
〝柔〟の極意とされる剣技はアンネローゼ会心の一撃を完璧に受け流し、込められていた全ての力を一瞬で溶かし尽くした。
そのままアンネローゼの大剣を跳ね上げ体勢を崩すと、ライは追撃に入った。
〝トーアム流・二刀剣術〟。『
「──〝
それはまるで、激しい閃光の如き剣。
〝剛〟の極意とされる剣技は目にも止まらぬ速さでアンネローゼの鎧を一瞬で切り刻み、防御力など微塵も残っていないであろう鉄クズへと姿を変えさせた。
(……ああ。……やっぱり貴方は)
どこか冷静になりながら、他人事のようにアンネローゼが思考する。勝負は決まったと、自身の心が認めてしまったのを感じた。
それでも腕に力を込め、不十分にでも剣を握ったのは、アンネローゼの意地によるものだろう。
このまま倒れれば楽になる。しかし、それだけは嫌だと、彼女は最後の力を振り絞って大剣を片手で振り下ろした。
悪あがきにも見えるアンネローゼの攻撃に、ライが軽く笑った。負けず嫌いめとでも言いたげだ。
閃光の連撃を終えたばかりだというのに、ライの動きに硬直はない。迫り来る大剣の側面を『柄の部分』で弾き、アンネローゼの攻撃を終了させた。
(……本当に……嫌なやつ)
既に自身の技術が吸収されていることに、アンネローゼは苦笑いを溢す。残されているのは向かってくるトドメを受け入れることのみ。せめて恐怖に屈しないよう、アンネローゼはとびきりの笑顔を作った。
〝トーアム流・二刀剣術〟。『
「──〝
これ以上ないほど美しい二刀流を間近にして、アンネローゼはただ見惚れていた。向けている目はまるで幼い子供のようであり、キラキラと輝きを秘めている。
(……綺麗だなぁ)
身体が宙に舞う感覚と共に、アンネローゼの意識は一瞬で途切れた。
「…………ここは」
目が覚めると、どこかの天井が視界に入った。
身体全体に感じる柔らかさから、ベッドに寝かされているのだとアンネローゼは理解した。
「……ぐっ、痛った」
どうにか上半身だけ起き上がると、激しい痛みが走る。見れば身体には包帯が巻かれており、この傷が原因だと分かった。間違いなく最後の一撃によって付けられた傷だろう。手で触れれば熱を感じた。
「あっ、起きた? まだ無理しちゃダメよ」
「ッ!! え、えっと!」
「あはは、ごめんなさい。驚かせちゃったわね。ここは医務室よ。試合が終わって、貴女は運び込まれたって訳」
急に声をかけられたこともそうだが、アンネローゼとしては付けられた傷を意識していたことが恥ずかしかった。落ち着いた声で状況を説明してくれた女性は医者らしく、自身の治療を担当してくれたようだ。アンネローゼは気品を感じさせる所作で頭を下げた。
「ありがとうございました」
「良いのよ。傷は深くないし、すぐに治るわ。綺麗に斬られてたから身体に跡も残らないだろうし……って、ごめんなさいね! そんなこと言ったら悪いわね!」
「……いえ」
明るい女医の言葉に、アンネローゼは思わず苦笑いする。否定出来ないことを言われている自覚がある分、嫌味などには全く聞こえない。
「そういえば対戦相手の彼、貴女によろしくだってさ」
「──ッ!! 彼がここに居たんですか!?」
突然の知らせに食いつくアンネローゼ。激しく動いたために再び身体が痛んだが、それも気にならない程であった。
「え、ええ。さっきまで居た……ちょっと!? まだ動いちゃダメだって!!」
呼び止める女医を振り切り、アンネローゼが医務室から飛び出す。上着を羽織りながら魔力を探知すると、まだそう遠くない距離に反応を感じ取った。
「はぁ、はぁ……」
体力がほとんど残っていないようで、足は重い。それでも何とか早足で移動し、目当ての人物の背中を発見することが出来た。
「──ライッ!!」
廊下に響く大声に驚いたのか、振り向いたライの顔には戸惑いの感情が見えた。声をかけてきたのがアンネローゼであることを確認すると、ライは僅かに表情を緩めた。
「おいおい、無理すんなよ。まだ動いて良い状態じゃないだろ」
「……そうね。お陰様でね」
「おお、嫌味言われてる」
廊下の壁に背中を預け、アンネローゼが軽く息を吐いた。やはり無理な移動は辛かったらしく、少しばかり汗を流している。
「……完敗よ。私の負け」
「そうだな。俺の勝ちだ」
腕を組みながら肯定するライに、アンネローゼは目を細めた。
「今回は負けたけど、次は勝つわ。もっともっと強くなって。今度こそ貴方に勝つ」
「そりゃ良いことだ。頑張れ」
「……貴方って、そんな性格だった? もっとキツい性格だったと思うんだけど」
「人は変わるんだよ」
自分でも引く程にキツい性格だったと、ライは昔の自分を反省。乾いた笑いと共に、天井を見上げた。
「……ねぇ。貴方って……倒したい相手とか居る?」
不意に、アンネローゼが訊ねた。どうしてこんなことを言い出したのか、彼女自身にも分からずに。
慌てて取り消そうとしたアンネローゼだが、それよりも先にライが口を開いた。
「──居るよ」
簡潔に、そして力強く。ライはハッキリと言い切った。無意識だろうか、どこか楽しそうな笑みを浮かべて。
「……貴方にも、そんな相手が居るのね」
信じられないといった表情のアンネローゼ。先程経験したばかりの強さは、生半可なものではない。それこそ、『孤高』と同時に『孤独』を強いられるような人並外れた強さだ。
そんな男が言い切ったのだから、倒したい相手というのがどれ程の強さなのか想像すら出来なかった。
「そいつにだけは負けたくない。そいつに勝てるなら、他の誰に負けたって良い」
腕組みを解き、両腰に携えている二本の剣に手を置いたライ。
アンネローゼにはそれだけの仕草で分かってしまった。その相手には、最初から〝二刀流〟で挑むのだろうと。
「…………」
羨ましいとは思わない、そう言えば嘘になる。しかし、自分にはまだその資格すらない。アンネローゼはゆっくりと深呼吸をした後、ライに背を向けた。
「行くのか?」
「……ええ、傷を癒すことに専念するわ。そしてまた、基礎から鍛え直すつもり。……
周りからは『天才の剣』と称されているライの剣だが、才能だけで到達出来る次元など遥か昔に過ぎている。努力する天才に勝とうと言うのだから、せめて努力だけは負ける訳にはいかない。
「じゃあね。ライ」
本当なら『ベガルタ』に騎士として誘いたい思いもある。これだけの実力があれば自身と同じ立場になるのは容易い。それ以上の立場にだって、僅かな時間で上がれることだろう。首を横に振られる未来しか見えないので、口にはしなかったが。
「アンネローゼ」
歩き出したアンネローゼに、ライが後ろから声をかける。振り向きもしなかった彼女へ、ライはしっかりとした口調で告げた。
「
すぐに首を動かしたアンネローゼだが、ライも歩き出していたので顔を見ることは出来なかった。確かなのは、耳に残った言葉のみ。
ヒラヒラと手を振りながら離れていく背中を、アンネローゼは立ち尽くしたまま見送った。
「……ありがとう、か。……ふふっ、ありがとうですって」
先程まで重かった足が、何故か軽くなっていた。長年追い続けてきた宿敵に敗北したばかりだというのに、可笑しな話だ。
アンネローゼは改めて強まった覚悟を胸に、歩き出した。喜びを隠しきれない口元と、自信に満ちた表情をして。
本戦一回戦、第三試合。
アンネローゼ・フシアナス対ライ・トーアム。
──勝者。『ライ・トーアム』
ノリで入れた節穴ちゃんとの因縁がこんなに長くなるとは思ってもいませんでした……。
ちなみにこの試合でライに賭けたシドは二重の意味で満足してます(笑)。