「んん……どうして主とライトには簡単にバレちゃうのかなぁ。アルファ様にだってこんなに早くバレないよ?」
変装を解いたからか、伸びをしながら声を溢すゼータ。獣人特有の耳をピョコピョコと動かしており、表情はどこか不満気だ。
「なんとなく、としか言えないな」
「……相変わらずふわっとしてるね」
「それで成長出来るのがお前だろ?」
同じ感覚派だからか、俺とゼータの相性は良い。俺が何か手本を見せてやり方を教えてやると、すぐに問題なく覚えてしまう才能の持ち主だ。二つ名が『天賦』なだけある。
「まあ強いて言うなら、背筋が伸び過ぎだった。教えただろ? 自然にしようとし過ぎるのは、逆に違和感を生むってな」
「……猫背なりに頑張ったんだけどね。……相変わらず、
拗ねたように腕を組むゼータを見て、俺はなんだか懐かしい気分になった。師匠なんて思ってもないくせに、捻くれた奴だ。
「にしても帰って来てたんだな。報告ぐらいしろよ」
隠密行動や情報収集を主な活動としているゼータ。その活動範囲は世界中にまで広がっており、【七陰】の中で最も組織に帰って来ない。顔を見ることが出来れば幸運のレアキャラとも言える。
「ビックリさせようと思ったんだ。すぐにバレちゃったけどね」
「いや、驚いたよ。昔より上手くなったな。流石だ」
「……お世辞とか、要らないし」
口元を手で押さえるゼータ。褒められた時によくやっていた癖のようなものだ。瞬間的に耳を魔力で強化すると、僅かにゴロゴロという音を捉えた。喉を鳴らさないようにする技術はまだ未熟らしい。
「任務は順調か? 何してるか知らないけど」
「『教団』の調査だよ。順調かと訊かれれば、順調かな」
「機嫌良いな。何か良いことでもあったのか?」
鼻歌でも始めそうなゼータのテンションに、俺は少し違和感を覚える。暗い奴ではなかったが、ここまで明るい奴でもなかった筈だ。
「まあ、ね。この国に来る前に……
なるほど。それはご機嫌なのも納得だわ。
「元気にしてたか?」
「うん。お母様とお父様、弟も元気そうだったよ。……久しぶりに顔が見られて嬉しかった」
「そうかい。そりゃ何よりだ」
照れ臭そうに話すゼータを見て、微笑ましい気持ちになってしまう。シェリーやイータと言い、これから真剣勝負する男をほのぼのさせてどうすんだよ。迷惑とは言わないけどさ。
「あの日、ライトが私と私の家族を助けてくれたお陰だよ。……ありがと」
「だから何度も言ってるだろ。そうなったのはただの偶然だって。お前の運が良かっただけだ」
ゼータは大袈裟に言っているが、単純な話だ。『悪魔憑き』を発症した者は家族からであろうと迫害される。でも、ゼータの家族は例外だった。腐り落ちていくゼータをどうにかして助けようと行動を始めたのだ。
しかしこのクソッタレな世界がそんな優しい家族を見逃す訳もなく、ゼータの家族は『ディアボロス教団』に目を付けられた。そして家族全員を殺されそうになっていたところへ、たまたま俺が居合わせただけのことだ。
(あの時は俺の機嫌が悪かったからなぁ……『教団』相手とは言え皆殺しはやり過ぎたな)
アンネローゼの影響で『ベガルタ』武者修行のことを思い出した今だからこそ言える。ゼータの家族を助けたのは俺が武者修行から帰る途中の話だったということを。
馬車に乗りたくないから走って帰ってたり、遠くまで来て得るものが何も無かったり、帰ったらアホ厨二の相手をしなきゃいけなかったりで、その時の俺の機嫌はめちゃくちゃ悪かった。そんな状態で下衆どもを発見したら、まあムカつくよな。
(どんな奴が居たっけ……忘れたな)
リーダーっぽい奴の首を跳ね飛ばしたことまでは覚えているが、それ以外の記憶が全く無い。まあ、その程度なら大した奴らじゃなかったんだろ。むしろその後に家族全員で泣きながら感謝されたことの方が対応するの大変だった。正直、ストレス発散出来てラッキーぐらいにも思ってたからな。土下座までされたのは良心が痛んだ。
「『悪魔憑き』を治したのだってシャドウだしな。俺はただ案内しただけだよ」
「……素直に感謝されれば良いのに。捻くれてるね」
「お前に言われたくない」
てか全部事実なんだけどな。今も昔も、俺に『悪魔憑き』は治せない。だからゼータを救ったのはシャドウだし、家族の安全を保証したのは【シャドウガーデン】の手柄だ。俺は本当に偶然通りかかってイライラをぶつけただけ、誇れるようなことだとは到底思えない。
「まあ……良いけどね。ライトらしいよ」
「褒められてはないな」
「あっ、試合始まりそうだよ」
誤魔化しやがった、にゃんこ娘め。
しかし嘘を言っている訳ではなく、本当に試合開始が迫っていた。そろそろ試合会場に出ておかなければいけない時間だ。
「アルファ達がどこに座ってるか分かるか?」
「……子供扱いしてる? バカにしないでよね」
目を細めながら睨んでくるゼータ。そういうところが子供っぽいんだよな。怒られるだろうから言わないけど。
「悪い悪い。早く席に着いて、しっかり観てろよ」
「分かってる。……じゃっ、楽しみにしてるよ。主とライトの戦い」
「ああ、面白いもんを見せてやる」
ふわふわとした毛並みの尻尾を揺らしながら、ゼータも出口である階段へと歩き出す。クリーム色の柔らかそうな尻尾は昔と変わらずモフりたくなるぐらい魅力的だ。セクハラって言われたら勝てないから自重するが。
「ゼータ」
「なーに?」
振り向くこともせずに返事をしたゼータ。俺はそんな弟子に、悪戯心を込めて言葉を放った。
「俺とシド……
それに対するゼータの返答はたった一言だった。
「──『ライト』だよ」
さて……気合い入れていこうか。
『盛り上がってきた本戦・二回戦ッ! 本日一発目から目が離せない試合となっているぞぉぉぉォォッ!!!』
連日司会をしているというのに声の張りが落ちない司会者。そんなハイテンションの声に観客達は興奮を更に高め、これから始まる試合へ期待に胸を膨らませた。
『まずはこの選手を紹介せねばなるまいッ! 二日前に行われた一回戦では圧倒的な力であのアンネローゼ選手を打ち倒した実力者ッ! その才能に限界は無いッ! 二刀流の〝
アンネローゼとの試合にて評価が爆上がりしてしまったライ。当然の如く優勝候補にまでなってしまい、注目度は一目で分かる程に跳ね上がった。
二刀流というあまり目にすることのない剣技が魅力なのもあるが、黄色い歓声が多いことからライ自身に人気が出ていることも分かる。それを聞いていた金髪碧眼美少女エルフが良い顔をしなかったことで、周りの知人達は怯えながら背筋を正した。
『そして対峙するのは今大会の〝
会場の熱気はこれ以上ない
選手も両者出揃い、後は試合開始の宣言を行うのみとなった。
『さあッ!! 両選手! 剣を引き抜いたァァァァッ!!』
ジミナの一本に対し、ライが引き抜いた剣は──二本。
天才が最初から全力の力を振るうと分かり、観客達は興奮から身体を震わせた。一瞬も見逃せない戦いが始まると、全員が本能で直感する。支払ったチケット代以上のものが見られるのだと、誰も疑いはしなかった。
ある者は穏やかな笑みを浮かべ、ある者は涙ながらにメモを取る。ある者は幸福な顔で手を握り、ある者は嬉しそうに尻尾を振る。ある者は憧れへ目を輝かせ、ある者は緩やかに喉を鳴らした。ある者は映像記録のアーティファクトを起動し、ある者は楽しそうにアホ毛を揺らした。
「…………」
「…………」
──しかし、会場のボルテージが最高潮に達している中で、全く逆のテンションを維持している者達が居た。無言で向かい合う、ライと
ライの装備はアンネローゼの時と変わらず軽量、スピードを重視した鎧となっている。二振りの剣の素材となった金属は魔力伝導率が脅威の85%。この大会のためにライが貯金を使って手に入れた至高の一品となっている。
対するジミナは装備こそライよりしっかりしているが、全体的に年季が入っておりとても古めかしい。手に持っている剣は刃こぼれすらしており、ライの剣とは比べるのも失礼な程にお粗末だ。
前評判ではライが圧倒的に有利。何をしているか理解不能な実力者よりも、見ているだけで強いと分かる実力者が信じられるのは当然のことだ。
だが、
長年『行動』を共にし、長年『言葉』を交わし、長年『実力』を競い合った。今更、彼らは口で語り合う関係性ではない。意志で、拳で、剣で。何年もかけて積み上げてきた戦いの歴史だけが、彼らにとって唯一の会話に──。
「おい、目の下に隈が出来てるぞ。負けるのが怖くて寝られなかったのか?」
「寝不足に見えるか? そちらの目は節穴のようだ」
「声だけはカッコいいじゃねぇか。声だけはな」
「フッ、褒め言葉と受け取っておこう」
「それ以外が全部ダッセェって言ってんだよ」
「そんなことはない」
「いやダサいし」
「……そんなことはない」
──なるという事もなく、しっかりと口でも言い合っていた。内容は子供でも言わなそうな程に幼稚。観客達に彼らの声が聞こえていないことだけが、まだ救いと言えるだろう。
「両者! 準備は……」
「なんだその剣、ゴミ捨て場から拾ってきたのか?」
「鎖に繋がれた獣を斬るには、これで十分だ」
「ほおー、言ってくれるな。死んだ魚の目してるくせに」
「〝デスフィッシュ・アイ〟と言え」
「ああ分かった。〝バカめっちゃ・バカ〟」
審判の声掛けを気にすることなく、まだ続く言い合い。緊張や焦りからされている訳でなく、普段からこの二人はこうだった。
「大体、鎖に繋がれてるのはお互い様だろ」
「貴様程ではない」
「二刀流だぞ?」
「我が魔力は惜しまんぞ」
「それだけで俺に勝てると?」
「負けるとも思えないな」
「剣だけの勝負でほぼ負けてることを忘れたか?」
「魔力有りの勝負で負け越していることを忘れたようだな」
「……あ、あの、準備は……」
次第にムカつき始めたのか、ライとジミナの表情がピクピクと動く。間に立っている審判は無視されていることに傷付きつつ、どんどん増大していくプレッシャーに震え出した。第三者から見れば、ドラゴン同士の睨み合いに、ネズミが挟まっているような光景だ。
「いつでも構わん」
「同じく」
どうやら一応耳には届いていたようで、二人は互いに構えを取った。ライは両方の剣の先端を地面へと向けて自然体に、ジミナはだらんと脱力したままの無防備な体勢に。
涙を流しそうになっていた審判はチャンスを逃すまいと、手を高く上げる。そして間を置くことなく、試合開始の宣言と共に勢い良く振り下ろした。
「本戦二回戦! 第一試合! ライ・トーアム対ジミナ・セーネンッ! 試合開始ィィィィッ!!!」
審判の手が振り下ろされた瞬間、ライが動く。
──否、
「マジか」
ジミナとしての口調も忘れ、シドが一秒遅れで脱力していた腕を動かした。振り上げた剣はどうにか間に合い、
(これって『全力』の投擲じゃない?)
後コンマ数秒遅れていれば、間違いなく顔面は串刺しになっていた。魔力こそ纏わされていなかったが、投げられた速度は間違いなく全力によるもの。開始直後に殺されかけたことではなく、シドはライの『手加減の無さ』に対して驚きを隠せなかった。
ライがシドの性格を理解しているように、シドもまたライの性格を誰よりも理解している。短気で面倒臭がり屋、冷たい部分があるかと思えば情に厚く涙脆い面もある。そして何より──〝目立つことを嫌う〟男だった。
だと言うのに、開始から全力の殺意マシマシ剣ぶっぱ。シドの思考は停止寸前にまで追い込まれた。
そしてそのチャンスを逃すライではない。伊達に何年も右腕をやっていないのだ。むしろシドが混乱していることは狙い通り、追撃までに硬直がないのは当然のことだった。
ライは魔力で強化した脚力を発揮し、十メートル程あった互いの距離を一瞬で0にした。
「ハァァッッ!!!」
左手に持つ剣による下からの斬り上げ。飛んできた剣は右手で投げられたようだ。そんな確認を一瞬で済ませると、シドは体勢を崩しながらも剣を下げてライからの一撃を辛うじて防いだ。
ガキィィィィインッという金属音と共に激しい火花が散る。出鼻を挫かれそうになったがどうにか凌いだ。シドを含め、一連の流れが見えていた【七陰】もそう思った。
ただ一人、『ライ・トーアム』を除いて。
シドの目に映ったのは、三日月のように上がったライの口角。その瞬間、シドは確信した。
──ああ……
目立ちたくないからこそ、『ライト』としての実力は使わない。戦闘全てを『ライ・トーアム』としての実力で行う。シドはそう、信じて疑わなかった。その思考が、ライによって読まれているとも知らずに。
剣を投げた時、距離を詰めた時。この二つの行動速度は『ライ・トーアム』では
先入観、そして長年付き合ってきた経験による信頼。全ての要素が、シドに大きな隙を作ってしまった。次にライから放たれる攻撃に対して、何も対抗出来ない程の──致命的な隙を。
(確かに、全く使わないとは……誰も言ってないよね)
自身の顔面に再び危険が迫る。それは銀色の魔力を浴びた右拳によるグーパンチ。残酷なことに、シドにこれを避ける術は残されていなかった。
まるで隕石が落ちたような爆音が会場に響く。
左頬へ見事に決まった拳はシドを地面へと叩き付け、クレーターを作った。そのまま勢い余ってバウンドしたところで、シドの身体は転がるのをやめた。
正しく〝電光石火〟。騎士としてはどうなのか、そんなことはどうでも良い。命懸けの真剣勝負。彼らの戦いは、常にそうあってきたのだから。
今回の結果は単純な話。
ライの負けず嫌いが、シドを上回っただけのこと。
「……やってくれる」
殴り飛ばされたというのに、どこか楽しそうな顔を見せるジミナ。
ライはそんな彼を見下ろしながら、まるで落ちてくる場所が分かっていたかのように先ほど真上へ弾き飛ばされた剣を右手でキャッチ。そのまま肩へと担いだ。
そして
「どうした? ──綺麗な石でも落ちてたか?」
ブシン祭・会場 『HP』72/100
ジミナ(シド) 『HP』98/100