陰の右腕になりまして。   作:スイートズッキー

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30話 ただの負けず嫌いよ

 

 

 

 

 

 これは──とある『約束』の記憶。

 

 

 雲一つない青空が広がる早朝。

 シド・カゲノーとライ・トーアムの二人は、人里離れた土地で仲良く揃って大の字に倒れていた。周りの大地はどこを見ても荒れており、まるで地震でも起きたかのような光景だ。

 

「……んー。引き分け、かな」

「はぁ……はぁ……そういうことに……しておいてやるよ」

 

 やはりと言うべきか、この光景を作り出したのはこの二人であった。日課である真剣勝負を終えたばかりであり、シドもライも身体はボロボロに汚れ切っていた。

 今回の勝負は引き分けに落ち着いたようで、シドはともかくライはとても悔しそうな顔をしている。

 

「これで〝魔力有り〟の勝負は……1248戦中、僕の945勝275敗28分だね」

「……本当、無駄に良い記憶力だよな。お前」

「ライは275勝945敗28分だよ」

「分かってるわッ! わざわざ言うなッ!!」

「あははっ」

 

 ヘラヘラと笑うシドに怒鳴るライだが、無駄な労力だとすぐに口を閉じる。イライラしたところで、終わってしまった勝負の結果が変わることなどない。だからこそ、終わってしまった勝負の結果を誇ることも出来るのだ。

 

「〝魔力無し〟の『剣』勝負なら……436戦中、俺の431勝5敗だ」

「ライも僕のこと言えないじゃん。しっかり記憶してるじゃん」

「当然だろ。覚えてないとお前は黒星を誤魔化すからな」

「そんな小さいことしないって……ちなみに〝魔力無し〟の『体術』勝負は174戦中、僕の──」

「あー、うるせぇうるせぇ〜」

「負けず嫌いだね。ライは」

「お前もだろが」

 

 性格や考えは違えど、本質は結局のところほぼ変わらない。所謂、どっちもどっちというやつだ。

 苦い記憶を呼び起こしたからか、ライは表情を歪めながらゆっくりと身体を起こす。そのまま近くにある()()()()大岩へと腰掛け、身体の力を抜くようにため息を溢した。

 

「……にしても、俺達のやってることって変わんねぇな。今更だけど」

「本当に今更だね」

「ふと思ったんだよ。明日から故郷を出て……()()()()()()()()()()()()()()()

 

 言われてみればその通りだなと素直に同意するシド。互いに今年の年齢は十五歳。貴族のしきたりに従い、二人は『ミドガル王国』へ出ることになっていた。

 

 明日からそれなりに長く故郷を離れるというのに、やっていることはいつもと同じ。アルファ達【七陰】が世界中で働いていることを知っているため、ライはなんだか自分のことが情けなくなっていた。

 

「楽しみだよね〜、魔剣士学園」

「俺達は特待生としての入学だから、気を張ってなきゃいけないのが面倒だけどな」

 

 ライの言葉にきょとんとした顔を見せるシド。すると勝手に納得したのか、ポンッと軽く手を叩いた。

 

「そっか。ライには言ってなかったっけ」

「ん? 何がだ?」

「あー、いいや。明日話すよ、行きの列車の中とかね」

「そうかよ。まっ、大して興味はねぇけどな」

 

 モブとして生きるための隠れ蓑とされることを、ライはまだ知るはずもなかった。

 

「強い人とか居ると良いね〜」

「そりゃ居るだろ。王都だぞ?」

「僕達が敵わないぐらい強いと嬉しいよね」

「そうでなきゃ面白くないしな。だからこそ、勝負の黒星・白星に価値が出てくるってもんだ」

 

 どこかわくわくしているような年相応の顔で語り合う二人。シドは『強さ』に、ライは『勝負』に対して純粋な想いを持っており、王都に居るであろう強者達との出会いに期待していた。残念ながら、そんな存在は世界中探しても見つからないのだが。

 

「まあ所詮、俺達がやってきた戦いなんて〝記録〟には残らないもんだしな」

「僕達の〝記憶〟には残るよ」

「上手いこと言ったみたいな顔すんな。石投げるぞ」

「投げてから言うのやめて……」

 

 空気を切り裂く速度で投げられた小石を、首を傾げることでひょいっと避けたシド。最初から当たるとは思っていなかったのか、ライはどうでも良さそうな顔をしている。

 

「でも記録かぁ。確かにそれはあるよね」

「学園じゃ公式戦扱いだからな。戦績によって与えられる評価も変わってくる」

「そっかー、実力主義ってやつだね」

「俺は気に入ってるぞ。分かりやすくて良い」

 

 それに……と続けて、ライは不適な笑みを浮かべた。

 

「──()()()()()()()()()()()()()()()()()……面白そうだしな」

 

 記憶ではなく、記録に残る敗北。それを与えられたのなら、これまで積み上げてきた敗北全てが吹き飛ぶような爽快感を味わえることだろう。

 挑発以外の何者でもないライからの言葉を受け、シドも緩やかに口角を上げた。

 

「いつかやれると良いね。そういう勝負」

「いくらでもチャンスはあるだろ。三年は居るんだ。問題起こして退学させられない限りはな」

「変装とかしないとなぁ」

「は? なんで?」

「ううん。こっちの話だよ」

「……また碌でもないこと考えてんだろ」

 

 単なる口約束。保証人も居なければ、法的な効力もない約束。しかし、当人達だけは分かっている。この些細な約束が、いずれ必ず果たされる日が来ることを。

 

 公式戦での〝真剣勝負〟。

 

 そんな二人の約束は──『ブシン祭』という大舞台で実現することとなったのだ。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 本戦二回戦・第一試合。

 ライ・トーアム対ジミナ・セーネンの戦いは、試合開始直後に放たれたライの隕石の如き拳によって開幕。観客全員の意識も同時にぶん殴ったような始まりに、会場内には人々の僅かな息遣いしか残りはしなかった。

 

 驚愕、などという言葉では足りない。呆然、というにも不十分。観客達の状態を表すならばそう──〝停止〟である。

 

 一つの瞬きをする間に何度剣と剣がぶつかったのかすら分からない。耳に届く金属音と目で捉えている光景に違和感を覚えてしまうほどだ。

 奇抜な動きを見せられている訳ではないにも関わらず、観客達にはライとジミナの打ち合いが正しく認識出来ない。自らが持つ常識と、見せられている戦いの常識が同じではないのだ。

 

 ──故に、観客達は〝停止〟していた。

 

 しかし、そんな異次元の戦いを正確に『認識』している者達も居る。現在進行形で剣を交える二人と浅くない関わりを持つ者達であり、世界的に見ても上位に来るであろう実力者達でもあった。

 

「いけいけーっ! なのですーっ!! デルタが応援するのですーっ!!」

 

 黒いワイシャツとグレーのズボンというシンプルな服装のデルタが全力ではしゃぐ。VIP席ということもあり他の観客の迷惑にはなっていないが、同じVIP席で観戦する者にとっては話が変わってくる。特に、デルタと相性の悪い者ならば尚更だ。

 

「うるさいなぁ! バカ犬! 静かにしてくれない!?」

「デルタはバカじゃない! メス猫の方がうるさいのですっ!!」

「そんな訳ないじゃんっ! ワンちゃんが隣でキャーキャーうるさいから私の応援がライト……ーアムに聞こえないでしょっ!!」

 

 怒りながらも冷静に叫び返したのはゼータ。服装はデルタと対照的であり、白のワイシャツにベージュのズボンとなっている。お互いにシンプルなファッションだが元の素材が良いためとても似合っていた。

 だが、そんな美人コンビも大声で喧嘩していれば子供にしか見えない。昔から犬猿の仲である二人にとって、同じ席で()()()()()()()()()というのは地雷でしかなかった。

 

「この戦いはボスが勝つのですっ! 後でデルタの応援で勝てたよって褒めてもらうのですっ!」

「ボスって言うな! バカ犬! ちゃんとシド……じゃなくて、ジミナって言えっ!!」

「またバカって言ったなメス猫っ!! ライが負けそうだからってビビってるのですっ!!」

「誰がビビってるって!? そもそもライは負けそうになんかなってない! 今だってジミナの剣を捌いてるじゃん!」

「うっ……。でもでも! 攻めているのはジミナの方なのですっ!」

「ライはカウンター狙いなんだよ! そんなことも分からないの?」

「ジミナがそのまま勝つに決まってる!!」

「勝つのはライだからっ!!」

 

 最早試合から視線を外し、至近距離で睨み合うデルタとゼータ。一触即発の空気を切り裂いたのは──やはりというかまとめ役(アルファ)だった。

 

「──そこまでよ。デルタ、ゼータ」

 

 僅かに魔力の乗った一言。それを聞いただけで、デルタとゼータは動きを止める。そしてゆっくり席に座り直すと、揃って耳をだらんと畳んだ。

 

「二人の応援に夢中になるのは良いけど、喧嘩はしないこと。……良いわね?」

「「は、はい……アルファ様」」

「よろしい。良い子ね」

 

 日傘の下で柔らかく微笑むアルファに、デルタとゼータの耳が再び立ち上がった。こちらもこちらで、似た者同士なのかもしれない。

 

「でも勝つのはジミナなのですっ!」

「だから勝つのはライだってっ!」

「あーっ! 今ライが目の前の壁を走ったのですっ! すごいっ!!」

「ええっ!? ……ちょっと!! 私見てなかったんだけど!!」

「よそ見をしたゼータが悪いのですっ! デルタは悪くないのですぅ!」

「ぐ、ぐぬぬ……」

 

 選手が放つ攻撃の余波から観客達を守るため、観客席の前には魔力障壁が展開されている。VIP席前の魔力障壁をライが壁走りしながら飛翔するジミナと打ち合っていたところだったようで、ゼータは良い所を見逃したと肩を落とした。

 

「困った子達ね。貴女もそう思わない? ……ベータ?」

 

 返事が来ないことを不思議に思いアルファが隣へと視線を向けるが、そこにはさっきまで座っていた筈の第二席の姿はなかった。

 代わりと言わんばかりにアルファの耳に聞こえてきたのは、憧れのアイドルに向かってするような歓喜の叫びを上げる二人の少女の声だった。

 

「「きゃああああっ!! ジミナ様ぁぁぁぁぁっ!!!」」

「……はぁ。本当に困った子達ね」

 

 いつの間にかイプシロンの席にまで移動していたベータ。シャドウに対する想いが人一倍強い二人が集まってしまったことで、その周辺は黄色い歓声で定員オーバーしていた。

 

「イータ! ちゃんとジミナ様の姿を撮ってるわよね!? あっ、もちろんライ様のもよっ!?」

「……う、うん。……撮ってる」

 

 イプシロンに肩を掴まれ、ガックンガックンと揺さぶられるイータ。映像記録のアーティファクトを起動しているため、厄介ファンからの圧力に潰されそうになっていた。

 

「ああぁぁぁっ!! 今何か喋ってたわよっ!! シェリー!? ちゃんと録音しましたかっ!? しましたよねっ!?」

「は、はい〜! だ、大丈夫ですぅ〜!!」

 

 そしてピンク髪のアホ毛少女・シェリーも同じ状況に置かれていた。最近【シャドウガーデン】に加入したばかりとは思えない馴染み具合でベータからガックンガックンと揺さぶられ、音声記録のアーティファクトを落とさないよう必死になって録音していた。

 

「ちょっとベータ! あんまり騒ぐと貴女の声が録音されるでしょっ!? 試合の音声が入らなくなるじゃないっ!」

「イプシロンこそっ! イータを揺らすのやめてくれるかしらっ!? 肝心の映像がブレまくりなんてあってはならないことよっ!?」

 

 演奏家シロン、小説家ナツメ。一般人にも広く知られている有名人だと言うのに、醜い争いを全力展開。周りの観客達が試合に意識を持っていかれていなければ、僅かなイメージダウンもあり得たかもしれない。

 

「二人とも……邪魔」

「あ、あの、揺らさないでもらえると……」

「「何か言ったっ!?!?」」

 

 ダメだこれはと、アルファが再びため息を溢す。そしてそれと同時に、抑えきれないといった様子で優しい笑みを浮かべる。日傘をクルクルと穏やかに回しながら、青色の瞳を光らせた。

 チラッと唯一静かにしているガンマを見てみるが、やはり普通の状態ではない。一筋の涙を流し、手を組んで試合に意識を向けている。神を崇める信者にしか見えない。

 

(普段はしっかりしているのに、貴方達が絡むとこうなるんだから。……ふふっ、仕方ないわね)

 

 邪悪な顔で二刀流を振るうライと、無表情ながらも覇気を感じさせるジミナ。ほぼ無音となった会場に響く剣戟は、何故か耳心地が良い。

 

「アルファ様!! メス猫に言ってやってほしいのですっ!」

「アルファ様!! バカ犬に言ってやってよっ!!」

「……えっ? どうしたの?」

 

 アルファがただ一人優雅に観戦していると、デルタとゼータが近くに寄って来た。睨み合いは続いていたようで、バチバチと火花が散っている。

 問題児二人に困ったような反応を見せながらも、アルファは優しい声音で返した。

 

「勝つのはジミナなのです!? アルファ様はどう思うのですっ!?」

「ライだよねっ!? アルファ様!」

 

 日傘を回していた手を止め、アルファが顎に手を当てる。何やらベータとイプシロン、イータとシェリーにも視線を向けられており、自身の発言が全員から注目されていると感じたからだ。

 

「ライ様は言うまでもなく強いですが……流石にジミナ様でしょう。ねぇ? イプシロン」

「……そうね。ライ様を応援したい気持ちもあるけれど、ジミナ様が負けるところは想像出来ないわ。ライ様は魔力を制限されているようですし」

「私も……そう……思う」

「わっ、私は……分かりませんっ!!」

 

 他四人からの意見もほとんどがジミナ(シド)の勝利を予想。全力全開の勝負なら予想など出来る筈もないが、ライが所々しか本気を出していないことを考えれば当然の結果であった。

 

「でも、どうしてライは魔力を抑えているのです? 本気で戦って欲しいのですっ!」

「そんなこと出来る訳ないでしょ。万が一にもライの正体がバレるようなこと、する筈がないじゃん」

 

 デルタの疑問に呆れながら答えるゼータ。すぐに納得させられたのか、デルタも特に言い返しはしなかった。

 

「そうですね。あの二人が勝負をしているということは……何か深い意味がある筈ですが」

「当然よ。……まあ、私達じゃ想像もつかないんだけどね」

 

 冷静に思考を巡らせるベータと、同意しながらも答えを放棄するイプシロン。互いに主への深い信頼が、そのまま深読みの方向へと舵を取らせてしまっていた。

 

 頭を悩ませる面々を見て、吹き出しそうになるアルファ。見当違いな言葉に、思わず笑ってしまったようだ。

 

「ア、アルファ様……?」

「どうされましたか?」

 

 冷静沈着なリーダーの予想外過ぎる反応に、ベータとイプシロンが動揺。デルタは首を傾げ、ゼータは腕を組んだ。イータとシェリーは試合の記録を取りながらも、意識だけはアルファへと向けている。

 

「……そうね。そもそもこの戦いに──()()()()()()()()()()()

 

 綺麗な声で告げられたのは、衝撃の一言。その場に居た者達の中で誰も予想していなかった言葉であった。

 

「……えっ? 意味が……ない?」

「ど、どういうことですか……?」

 

 こればかりは付き合いの長さとしか説明が出来ないものだ。アルファは知っている。【シャドウガーデン】のメンバーが三人だけだった最初期の頃を。リーダーと副リーダーが絶えず力を競い合っていたことを。彼女は誰よりも側で、それを見てきたのだから。

 

「言葉通りよ。……ふふっ。あれはそう、そうね。()()()()()()()──」

 

 思い返せば懐かしく、美しい思い出だ。あの頃の記憶を持つのが自分だけであること、それはアルファにとって密かな自慢であった。力の差を嫌という程に見せつけられた苦い記憶でもあるのが残念だが。

 

『アルファ! 今のどっちが勝った!? 俺か!? 俺だよなっ!?』

『ちょっ、ちょっと! 今のは僕でしょっ! アルファ〜! 僕だよねっ!?』

 

 あの瞬間だけは、頼れるリーダーでも副リーダーでもない。世界の闇を狩る『実力者』でもなければ、それを支える『右腕』ですらないのだ。

 純粋に、どこまでも純粋に。自分の方が相手よりも上だと信じて疑わない。ただ、それだけの関係性。

 

 アルファは堪えきれなくなったように口元を緩めると、珍しく年相応の笑顔を見せた。

 

 

「──ただの負けず嫌いよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルファ達が試合に熱中している時、王族用に設置された観戦席である特別VIP席にも二人の戦いを目で追えている者が──()()()()

 

「……速い、訳ではないですが。なんとも……」

 

 驚きを隠せない様子で声を溢したのは『紅の騎士団』団長でもある第一王女のアイリス・ミドガル。部下であるライの試合ということもあって注目していた一戦だったが、予想を遥かに超える激戦。言葉に詰まるほど集中していなければ、周りの観客達と同じように硬直するしかなくなるだろう。

 

「ね、姉様……。何が起きているのですか? その……あれは、一体」

 

 隣の席から遠慮気味に質問したのはアイリスの妹であるアレクシア・ミドガル。姉妹仲は良好なようで、共に試合を観戦していたらしい。彼女も並の魔剣士と比べれば実力は高いと言える。しかし、ライとジミナの打ち合いを理解するまでには及ばなかった。

 

「アレクシア。貴女も見えているんですね」

「は、はい。見えてます。……いえ、見えているだけです」

 

 目で捉えているのは動きだけ、それ以外の情報は全て理解不能。プライドの高いアレクシアも素直に認めざるを得ないほど、目の前で繰り広げられている攻防はレベルの違うものだった。

 

「悲観する必要はありません。私も……はっきり言って似たようなものだと思います」

「姉様でも!? ……あの二人、何なんですか? 特にライ君。一回戦でアンネローゼさんと戦った時とは……全然動きが違う」

 

 同じ二刀流で戦っているのは見れば分かることだ。問題はその動き。アンネローゼの時とは違い、一切の余裕が感じられなかった。まるで、相手を()()()()()()()()()()()かのような剣に見えた。

 

「少し、怖いです……」

「……確かに、今までの彼からは考えられない剣です。それだけ相手が強いということかもしれませんが」

 

 騎士団の信頼を得るためにライが『ブシン祭』に出場してくれたと考えているアイリス。勝つために全力を尽くすことを責めるつもりは到底無いが、初めて見るようなライの剣に動揺せずにはいられなかった。

 

「クレアさんがこの場に居たなら……何か聞けたかもしれませんね。幼馴染らしいですから」

「試合の調整で居ない、か。……ああもう! 意味分かんない! どういうことなのよっ!?」

 

 ガシガシと頭を掻くというお世辞にも上品ではない行動。仮にも王女なのだが、そんなことお構い無しである。しかし、アレクシアがイラついているのには理由がある。それは先程から幾度となく繰り返されている幻覚にも似た『見間違い』によるものだった。

 

「今の一撃で()()()()()()()()()()()()()っ!?」

 

 理解不能といった表情と声音でアイリスに詰め寄るアレクシア。物凄い剣幕に押されながら、アイリスは頷くことしか出来なかった。

 アレクシアが見えているように、アイリスもまた同じ光景を見ていた。ライの剣、そしてジミナの剣が──互いを切り裂く瞬間を。

 

「……また。今度は()()()()()()()()。ハッキリと出血だって見えるのに……何で」

 

 混乱状態の一歩手前といった具合に、アレクシアが頭を抱える。見間違いだと気付いた瞬間に『停止』、そして無理矢理『逆再生』をされ続けたような感覚に脳が酔ってきたようだ。顔も段々と青ざめてきている。

 

「アレクシア。無理はしないで」

「……姉様は平気なのですか?」

「当然です。見間違える原因を分かっていますから」

「っ!? な、何故ですかっ!? 教えてください!」

 

 素直に答えを求めるアレクシアへ、アイリスは一呼吸置いてから口を開いた。

 

「私も貴女も、これまでの人生で数えきれないほど剣を振り、対人戦を繰り返してきました。──それが原因です」

「えっ……? ど、どういうことですか?」

「身に染みているのです。この剣は『当たる』、この剣は『当たらない』という感覚が」

 

 膝に置いた手を僅かに震わせながら、アイリスは言葉を続けた。

 

「間合いの管理、動きの滑らかさ、殺意の変動。見て分かるだけで、これだけの要素が原因の一部となっています。私達が『当たる』と思った剣が実際には『当たっていない』。だからこそ脳が麻痺して、幻覚にも近い見間違いを起こしているんだと思います」

「そ、そんな……ことって」

 

 完全に青くなった顔で、アレクシアが口に手を当てる。才能云々の話ではない。立っている領域が全く違う。

 

「……『天才の剣』、ですか。私はライ君をまだ過小評価していたのかもしれませんね」

「それを言うならジミナは……『凡人の剣』。才能を感じさせはしませんが、圧倒的な練度。あんなに美しい剣は見たことがありません」

 

 対峙するのは相反する二つの剣。

 

 ──『天才の剣』『凡人の剣』

 

 アイリスとアレクシアがそれぞれそう呼ばれていた剣というのも、皮肉な話である。目の前で見せられている剣と同じ呼ばれ方など、されるだけで虚しくなるのだから。

 

「……けど、やはり実力はジミナが上でしょうか」

「そのようですね。ライ君は先程から何度も吐血を繰り返している。最初の一撃を放った時の加速と言い、身体に相当な負担がかかっているのは間違いありません。本来の実力以上の力を……無理に引き出しているのでしょう」

 

 自信満々に断言するアイリスと、異を唱えることもなく頷いたアレクシア。

 しかし、言うまでもなくライは本当に吐血している訳ではない。彼お得意の隠蔽工作であり、要所要所で本気を出した際の言い訳作りであった。手首に仕込んだ血糊を超高速で口へと投げ込み噛み砕く。悲しいことに、シドの『モブ式奥義』が役に立っていた。

 

「何故そこまでして……ライ君はその、あまりこういう舞台でやる気を出す人とは思わなかったのですが」

 

 アレクシアの失礼とも取れる発言だが、アイリスは否定することもなく苦笑いを浮かべた。入団した経緯のこともあり、ライという人間の性格は把握しているからだ。

 

「そ、それはそうですね。……あのジミナという魔剣士の正体を、ライ君は知っているのかもしれません。それこそ、命を懸けて戦わなければならないような相手なのだと」

 

 アイリスのこの言葉は見事なまでに正解しているのだが、推測でしかない考えということもあってすぐに流れてしまった。試合はまだまだ序盤、他のことに意識を割くことは出来ない。

 

 国王が座る席の近くで()()()()()()()()()()()()にも気付かず、アイリスとアレクシアは再び試合へと視線を集中させた。

 

 

 『ブシン祭』会場。

 運命の分岐まで残り──『七分』

 

 

 

 




 祝・30話!(特別編抜き)。
 日頃よりお気に入り登録・高評価・感想をありがとうございます!
 30話のタイトルはアルファの言葉にしようと思っていたので、ここまで書けたのは満足感があります(笑)。

 バトル描写は次の話になります。
 ……会場、耐えろよ?
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