陰の右腕になりまして。   作:スイートズッキー

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32話 俺はそこまで口悪くないぞ

 

 

 

 

 

 その瞬間、ドエム・ケツハットは人生の中で最も巨大な恐怖に襲われていた。

 

 芸術の国『オリアナ』で宰相を務め、王の側近として名誉な地位を我が物にしている彼にとって、それは初めての経験。

 慎重な性格と優秀な頭脳。そして何より小動物のような臆病さによって、今日まで『失敗』という二文字とは無縁の人生を送ってきたからだ。

 

 その実力は教団──すなわち『ディアボロス教団』でも変わらず発揮されてきた。今日まで『オリアナ』王国の乗っ取りを成功させるための先兵として暗躍してきたのだ、それだけで教団からの信頼が見て取れる。

 事実、彼は優秀である。国王を秘密裏に薬漬けにし、自身の言いなりへと壊し変えた。現在の『オリアナ』王国は実質ドエム・ケツハットの手の中にあると言っても過言ではない。

 

 しかし、ドエム・ケツハットは断言する。

 自分は今日──確実に『失敗』したのだと。

 

「……お、お前は……ッ!!」

 

 突然弾丸のような速度で特別VIP席へと突っ込んで来た男を見ながら、ドエム・ケツハットは情けなく腰を抜かして震え声を上げた。指を差す方向に立っているのは漆黒のローブを纏った黒ずくめの男。赤い瞳を光らせながら、手には同じく漆黒の剣を握っていた。

 

 先程まで首を締め上げて拘束していたローズ・オリアナを後方に座らせており、まるで彼女を助けに来た英雄のようにも見える。ローズの首から手を離すのが一瞬でも遅れていれば、ドエム・ケツハットの腕は身体とお別れしていたことだろう。

 

 小物感漂うドエム・ケツハットの様子に気を良くしたのか、男は口角を上げて静かに自身の名を告げた。

 

 

「……我が名は『シャドウ』。──陰に潜み陰を狩る者」

 

 

 緊張など微塵も感じさせない立ち振る舞い。ローズに一言与えると自身のぶち破った窓から逃走させ、強者の雰囲気そのままに不敵な笑みを見せた。

 

(シャ、シャドウだと……ッ!? あの国際指名手配犯が何故ここに居るッ!?)

 

 そして告げられた名前に反応したのはドエム・ケツハットだけではなかった。特別VIP席で試合を観戦していた者の中に、もう二人ほどシャドウの名を知る者達が居たからだ。

 

「──シャドウッ! どうして貴様がここにッ!!」

 

 まず飛び出してきたのはアイリス・ミドガル。美しい赤色の髪を激しく揺らしながら、剣に手をかけ戦闘体勢に入っている。国を守護する『紅の騎士団』団長でもある彼女にとって、国際的な大犯罪者であるシャドウはとても見逃せる相手ではなかった。

 

「……本当に、どうして……?」

 

 戸惑いを隠せないながらもアイリスに続いたのは妹であるアレクシア・ミドガル。こちらも輝くような銀色の髪を靡かせ、剣には一応と言わんばかりに手がかけられている。姉と違って敵意を剥き出しにしていないのは、シャドウに対する考えの違いからか。

 

 二人の美女から熱い視線を向けられても、シャドウの表情に変化は無い。そもそも顔が仮面で覆われているため、周りから表情の変化は確認出来ないのだが。

 

「答えろッ! シャドウッ!」

 

 今にも抜刀しそうな勢いのアイリスへ、ゆっくりと身体を向けるシャドウ。ついに口を開くかと思えば、第一王女へと言葉を返したのは──別の人物だった。

 

 

「──()()()()()()()()、舞台を眺めてるだけで満足していなさい」

 

 

 シャドウがぶち破った窓から新たに侵入してきたのは、顔が分からずとも美しいと感じてしまう存在。輝く金色の髪を揺らしながら、女性らしいスタイルを惜しげもなく見せつける大胆な格好のアルファだった。

 一触即発の空間に突撃してきたというのに、彼女に慌てた様子など欠片も無い。自身の実力を分かっているからこその、圧倒的な余裕であった。しかしそんな感情の中には僅かな怒りも混ざり合っており、声音からもそれが感じ取れた。

 

「お、お前は……!!」

 

 即座に反応出来たのはやはりと言うべきかアイリス。鞘から剣を引き抜き、怒りの感情を押し出して声を荒らげた。

 

 アイリスの脳に思い出されるのは、とある夜。現在判明している明確な敵、『ディアボロス教団』と【シャドウガーデン】。その二つの組織の存在を知った日の夜だ。そしてその内の一つ、【シャドウガーデン】の名前は他でも無い、目の前に居る人物から教えられたものだったからだ。

 

「……あの時のッ!」

「あら、覚えていてくれたのね。どうもありがとう。第一王女様」

「何故お前までッ!?」

 

 馬鹿にするようなアルファの発言に、しっかりと顔を歪めるアイリス。激昂する第一王女にも【七陰】の第一席は冷静さを失わない。

 いきなりの異常事態に我先にと逃げ出す観客達を眺めながら、アルファは美しい姿勢のまま言葉を返した。

 

「貴女には関係の無いことよ。聞こえなかったかしら? 観客は観客らしくしていなさい、とね」

 

 歯を食いしばりながら堪えていたアイリスだったが、二度目の挑発には耐えられなかった。強い踏み込みによって加速し、アルファ目掛けて剣を振るった。

 

「──くっ!」

「……姉妹揃って狂犬かよ」

 

 アイリスの一撃を軽やかに受けたのは、スッとアルファの前へ出たシャドウ。誰にも聞かれない小声を溢しながら、アイリスを身体ごと弾き返した。

 

「……軽いな。あの者とは比べ物にすらならん」

「なんだとっ!?」

「ライ・トーアムと言ったか? お前はあの者に劣ると言ったんだ」

「なっ……!!」

 

 冷静に考えて、ジミナ・セーネンがシャドウであったことは明白。つまり、ライはこれまでシャドウと剣を交えていたということになるのだ。国が総力を上げて追っている──危険人物と。

 

「奴の剣は良い。我にも届きうるだろう」

「ライ君は……そこまで」

 

 睨みつけるアイリスの代わりに声を溢したのはアレクシア。憧れとは違うが、自身が目指す一つの到達点であるシャドウの言葉に驚きを隠せないでいた。

 

「そうね。確かに彼の剣は素晴らしかった。【シャドウガーデン】にスカウトしたいぐらいよ」

「……ッ! させるものか!!」

 

 部下の危機ということもあり、アイリスが魔力を解放。剣を上段に構えた。

 

「『紅の騎士団』と言ったかしら? 彼の力を置いておくには、宝の持ち腐れにも程がある」

「言わせておけばッ! お前にライ君の何が分かるッ!? 彼は優秀な騎士だ! 実力も! 志も! 『紅の騎士団』に必要不可欠な人材だッ!!」

「少なくとも貴女よりは分かっているでしょうね。……彼はシャドウを倒すために──()()()()()()()()()()()()

 

 アイリスからの怒声を浴びても、アルファに動揺はない。むしろ表情は冷たいものへと変わっており、軽蔑するような意識さえ感じられた。

 

「ど、どういう……意味だ」

「貴女も気付いていたのでしょう? 彼の魔力が……()()()()()()()()

 

 思わず剣を握る力を緩めてしまうほど、告げられた言葉はすんなりとアイリスの中へ入ってきた。何も反論はない、試合を観戦していた時から感じていた決定的な違和感だったのだから。

 

「あれ程の魔力をただの人間が出せる訳もない。私達のリーダーを除いてね」

 

 シャドウの方へ微笑みかけながら、アルファは小さなガラス小瓶を取り出す。アイリスに投げ渡せば警戒して壊されると考えたのか、アルファはガラス小瓶を目の前の床にゆっくりと放り投げた。

 

「ライ・トーアムの控え室に置いてあったものよ。……それを見れば、私の言葉の意味も分かるでしょう」

「──ッ!! こ、これは!?」

「ね、姉様? どうされたのですか?」

 

 剣を構えたまま驚愕するアイリスに、アレクシアが声をかける。転がったガラス小瓶の中から飛び出したのは木の実ようなものが数個。色は禍々しく、お世辞にも美味しそうとは思えなかった。

 

「……『グンピードの実』。……どうしてそんな物を」

 

 信じられない物でも見るようなアイリスにアレクシアの疑問は深まる。こんな状況で聞いたことのない名前の木の実が出てきても当然理解は追いつかない。

 

「流石は第一王女。話が早くて助かるわ」

(悪かったわね。第二王女()はそんなもん知らないわよ)

 

 遠回しにバカにされたとイラつくアレクシア。しかし、緩い空気を作り出す訳にもいかず口を閉ざした。

 

「アイリス姉様。あの木の実は……?」

 

 シャドウとアルファから視線を外さずに、アレクシアはアイリスへ言葉を投げる。なんとなくヤバい物であることは察したが、具体的な説明ぐらいは欲しかった。

 

「……あれは国が厳重に管理している木の実。簡単に手に入るような物ではないのです」

「き、聞いたこともありません」

「無理もないでしょう。『グンピードの実』は存在自体が重要機密。知っているのはお父様と私の他に、数人も居ません」

「……それ程までに厳しく取り締まらなければならない物なのですね」

 

 アレクシアの言葉に苦い顔で頷くアイリス。アルファが披露した木の実はそれだけ国にとって危険視されている物であった。

 

「……ええ。ミドガル王国が定める『特別指定薬物』です。『グンピードの実』を魔剣士が身体に取り込むと、実の成分と魔力が()()()()して魔力量を爆発的に増やしてしまうんです」

「そ、それは……悪いことなんですか?」

 

 魔力が増えるという言葉に、アレクシアが首を傾げる。魔力が増えて駄目なことなど、想像も出来なかったのだ。

 

「常識の範囲内で魔力が増えるだけなら、良かったかもしれません。……しかし、『グンピードの実』は違う。あれは魔剣士の魔力回路を破壊し、最悪の場合には死に至らしめる程の魔力を生み出してしまったんです」

 

 アイリスの言葉を聞き、一気に青ざめたアレクシア。足下に転がっている何の変哲も無い木の実の恐ろしさに身を震わせた。

 

「──はい。説明ありがとう」

 

 パンッと手を叩き、乾いた音を響かせたのはアルファ。観客達も居なくなり、アイリスとアレクシア、そしてシャドウと自分しか居なくなった特別VIP席の空気を完全に支配していた。

 

「どうしてライ・トーアムが異常な魔力を得ていたのか、これで理解出来たかしら? ……彼は独自の情報網からジミナ・セーネンがシャドウであると確信していた。国を恐怖させる犯罪者を確実に仕留めるため、彼は『グンピードの実』を使ったのよ。普段から彼を見ている貴女達なら、彼の様子が可笑しかったと思ったんじゃない?」

「……ッ! ……確かに、彼の剣は相手を殺そうとするものだった」

「ライ君の剣とは思えませんでしたね……」

 

 アルファの言葉を、アイリスとアレクシアは否定出来なかった。試合を観ていた時に感じていた違和感が、ここにきてハッキリしてしまったからだ。

 

 普段は見せない『闘志』。普段は見せない『やる気』。そして普段は見せない──『殺意』。

 

 アルファの言葉が真実ならば、全て納得出来てしまう状況だった。

 

「で、でも! だったら何で私達に相談しなかったのよ!?」

「愚かね。もしも彼以外の人間が関わっていれば、私達は間違いなく思惑に気付いていた。一人で全て背負うことで、彼は刺し違えてでもシャドウを倒そうとしたのよ」

「そ、そんな……」

 

 断言するようなアルファの言葉に、アレクシアだけでなくアイリスも言葉を失う。ライの命懸けの覚悟、それは王女二人を動揺させるのに十分なものだった。

 

「国が指定する禁止薬物の使用。貴女の部下は重罪ね。騎士団を解雇した後、牢屋に幽閉かしら? もしそうなるなら、さっきも言ったように彼を【シャドウガーデン】に勧誘したいのだけれど。構わないかしら?」

「ッ! 黙れッ! ライ君は犯罪者ではない! 国のために命を懸けて剣を振るった騎士だ!! 彼の代わりに──お前達は私が斬るッ!!」

 

 再度燃え上がった激情。爆発寸前のアイリスに、シャドウとアルファは揃って冷えた声を返した。

 

「無理だ」

「無理ね」

 

 瞬間、弾かれたように動き出したアイリス。赤い髪を激しく揺らしながら、自慢の剣に魔力と力を込める。

 

「──ハアァァァァァッ!!!」

 

 アイリスによる受けを許さない必殺の一撃。

 しかし、それは少しばかり機嫌の悪い『影の実力者』によって──容易く防がれた。

 

「粗末な剣だ」

「なにッ!? ……ぐっ!!」

 

 シャドウは退屈そうな声音でアイリスの剣を侮辱すると滑らかな動きで背後を取り、振り抜いた蹴りでアイリスを特別VIP席の外へ吹き飛ばした。

 

「行くのね。シャドウ」

「退屈凌ぎぐらいにはなるかもしれん。後は任せるぞ、アルファ」

「ええ。分かったわ」

 

 任されたことに微笑みながら、アルファは飛び立ったシャドウの背中を見送った。退屈凌ぎなどと言っているが、シャドウに何か別の狙いがあることなど分かりきっていることだった。

 

「さて、と。貴女も私と戦う気? 第二王女様?」

「ッ!!」

 

 騒がしい第一王女が居なくなった特別VIP席にて、残されたのはアルファとアレクシアの二人のみ。観客だけではなく、()()()()()()()()()()()()()()いつの間にか姿を消していた。

 

「……そうね。そうしたい気持ちはあるけど、勝てない勝負を挑むほど暇じゃないのよ」

「賢明な判断ね。臆病とは言わないわ」

 

 ちゃんと言ってるじゃない、と噛みつきたい気持ちを抑え込み、アレクシアはアルファへ剣を構えながらゆっくりと部屋を出た。

 

「……幼稚ね。……私も」

 

 一人きりとなった部屋で、アルファが曇天を見上げる。厚い雨雲はそう簡単に晴れそうになく、豪雨になることは確定だろう。

 

(……ライト、シャドウ。……次の機会を楽しみにしているわ)

 

 年齢詐欺とも思えるアルファだが、誰も見ていないこの瞬間だけは──拗ねた子供のような表情をしていた。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「……ハァ!! ……ハァ!!」

 

 身体から滝のように汗を流し、死に物狂いで走っている男が一人。特別VIP席からなんとか逃げ出してきたドエム・ケツハットである。

 場所は王族用に用意された秘密の抜け道。万が一の事態を想定し、抜かりなく逃走経路を確保していたという訳だ。

 

 護衛に連れて来ていた部下も数人居るため、逃げ切るのは難しくない。『教団』でもそれなりの立場なので、護衛の部下の強さも並大抵ではないからだ。

 

 追っ手がそれ以上の──〝強者〟でなければの話だが。

 

「なっ! なんなんだっ!! ああァァァァッ!!」

 

 薄暗い抜け道を走るドエム・ケツハットの耳に、ヒュンヒュンといった風切音のようなものが絶え間なく届く。そしてそれと連動するように上がるのは──部下の断末魔だった。

 

「終わったよ。ライト」

「ん、お疲れさん」

 

 部下全員の断末魔を聞き終えたドエム・ケツハットの前に、二人の人間が現れた。黒ずくめの服装に加えて仮面で顔を隠しており、暗さと合わさって怪しさは最上級。状況から考えて、ドエム・ケツハットが悲鳴を我慢出来るはずもなかった。

 

「ヒィッ!!」

 

 情けなく尻餅をついた彼を責めることも出来ないだろう。部下を斬った際に得物に付着したであろう血液を払う姿は、ホラーとしか表現出来なかった。

 頭に付いている耳から察するに、部下を殺したのは獣人。足音もなく一撃で仕留めていたことから、かなりの実力者なのは確実だ。

 

「お、お前達!! 【シャドウガーデン】かッ!!?」

 

 震える声で叫んだドエム・ケツハットに、獣人が言葉を返した。

 

「へぇ、私達のこと知ってるんだ。有名になったもんだね、ライト」

「有名になったら駄目だと思うんだけどな。……まあ、トップがアホだからなぁ」

 

 最近『教団』に敵対している組織として名を知った【シャドウガーデン】。調べは進めているが、有益な情報は手に入っていない。精々、構成員が全て『女』であることぐらいのものだ。

 

(なら、コイツは何者だ……!?)

 

 数少ない確かな情報がドエム・ケツハットの頭を混乱させる。目の前に立っている二人の内の一人。獣人がライトと呼ぶフードを被っている人物は──明らかに『男』だったからだ。

 

「わ、私に危害を加えてみろ!! 『教団』が必ずお前達を闇に葬るぞッ!!」

「そんなことはどうでも良いんだよ。ボケナス」

「うぐっ! な、何をする!! ──ゴハッ!!」

 

 小物染みた脅しにも全く怯まず、ライトがドエム・ケツハットの首を掴み筋力だけで持ち上げる。そしてそのまま石造りの壁に背中をめり込ませると、仮面から僅かに見える美しい黄色の瞳をドエム・ケツハットへ向けた。

 

「ひっ、こ……ヒュ」

 

 特濃の殺意に貫かれ、呼吸が乱れるドエム・ケツハット。肉食動物を前にした草食動物のように怯え、気を抜けば涙すら流れかねなかった。

 

「わ、わ、私は……『教団』の……!!」

「その『教団』に噛みついてる奴等が〝俺達〟なんだよ。……勝手に中止しやがって、良いところで邪魔してんじゃねぇ」

「な、何を言って……ッ!!? お、お前ッ!! まさかッ!?」

 

 こんな状況だというのに、持ち前の頭脳は優秀である。ライトの言葉の意味をすぐに理解し、ドエム・ケツハットは()()()()()()()()()()()に気付いた。もう二度と、闇から抜け出ることが出来ない最悪の真実に。

 

「これはただの()()()()()()。じゃあな。──ドM・ケツバット」

「ケ、ケツバットじゃなくてケツハッ……グベェッ」

 

 告げられた名前に対して訂正する暇もなく、ドエム・ケツハットは顔面に怒りの鉄拳をぶち込まれて気絶。順風満帆だったエリート人生に呆気なく幕を下ろした。

 

「……あんまスカッとしないな」

「まあ、邪魔された試合は返ってこないからね」

「それもそうだな。どこまでも『教団』ってのは鬱陶しい奴等だ」

 

 気絶したドエム・ケツハットを地面へ投げ捨て、ライトが深いため息を溢す。そんな彼を見て、部下であろう獣人は苦笑いした。

 

「そういう感じに憎んでるの、多分ライトだけじゃない?」

「どうかな……。それにしても、随分と腕を上げたじゃないか。ゼータ」

「そ、そう?」

「ああ。前より動きがずっと良い。成長したな」

「そ、そっか……。ふふっ、そっか」

 

 どこか照れ臭そうな様子を見せるゼータと呼ばれた獣人。両手に持っている『円月輪(チャクラム)』をドロドロとした黒い液体に変化させて消滅させると、一つ咳払いをした後にライトへと向き直った。

 

「ライトはこれからどうするの?」

「そうだな……。俺は……」

 

 その瞬間、ライトの言葉が続く前に、二人の耳にドガァァァンッという爆音が響いた。反射的に顔を動かす二人だが、現在地が隠し通路なため状況確認は出来ない。にも関わらず、ライトは仮面に覆われていない口元を僅かに歪めた。

 

「……シャドウの野郎。……派手にやり過ぎだ」

「聞くまでもなかったね。ライトの行き先」

「おい、なんでそうなる」

「行かないの?」

「……いや、まあ、行くけど。ほっといたら何するか分からんし」

「ほら、やっぱりそうじゃん」

 

 ケラケラと笑うゼータに、またも口元を歪めるライト。揶揄われたのがムカついたのか、不機嫌オーラ全開だ。

 

「ライトは主の『右腕』だもんね」

「うるせぇ。いいからお前は自分の仕事をしろ」

「はいはい。分かりました。『陰の右腕』様」

「お、お前なぁ……」

「あははっ。じゃあこれ以上怒られないように、私はもう行くね」

 

 倒れ伏しているドエム・ケツハットを肩に担ぎ上げ、ゼータがニヤニヤした表情で歩き出す。苦労人の師匠を見て、心底楽しそうな笑みを浮かべながら。

 

「取れるだけ情報を取れ。後は任せる」

「了解。ライトも頑張ってね。主をよろしく」

「……はぁ。……わーったよ」

 

 音もなく姿を消したゼータを見送り、その場には静寂が訪れる。ライトは今から始まる面倒事を考え、大きく肩を落としたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何が『右腕』だ。『保護者』の間違いだろ。ゼータの奴、面白がりやがって」

 

 ドMでケツバットとかいう救いようのない男を一発殴り、ゼータに身柄の拘束を任せた。そこまでは良い、何も問題なく順調と言える。

 そう、いつだって問題を引き起こす奴は決まっているのだから。あのクソ馬鹿(シド)だ。

 

(……にしても、本当に強くなってたな。ゼータ。〝二刀流〟使わなきゃ俺も危ないかもしれん)

 

 そんなことを考えながら、俺は秘密の地下通路から外に飛び出し、王都を見回せる建物の屋上へと移動した。天候は変わらずの雨、なんなら強さが少し増していた。

 

(おーおー、やってるやってる)

 

 視界の悪い天候だと言うのに、ドンパチやっている場所がハッキリ分かるとは何事か。激しく崩れる建物に、舞い上がる砂埃。誰と戦っているのかは知らんが、派手な立ち回りだ。

 

「……てか、相手ってアイリス王女じゃねぇか?」

 

 シャドウとぶつかっていた相手を視認してみれば、まさかまさかのアイリス王女。可能性として考えなかった訳じゃないが、王都への被害を考えない攻撃を連発するとは思わなかった。どんだけ殺意剥き出しだよ。

 

(それに……もう一人居るな)

 

 少しの間繰り広げられている戦いを眺めていると、アイリス王女以外にもシャドウに対して剣を振るう人物を発見。あの刃のように鋭い魔力反応は──覚えがある。

 

(エルフ探しの天然エルフさん、か)

 

 エルフを探していたり、バーガーを減らそうとしたのに意味なく交換したりしていたエルフさんだった。強いだろうとは思っていたが、シャドウの相手になれるレベルだったとは。俺が知らないだけで、案外有名人なのかもしれない。

 

「……はぁ。めんどくさ」

 

 アイリス王女に加えてエルフさん。正直言って面倒くさい。シャドウの様子から察するに、遊びモード入ってるし。下手に割って入るのも後で文句言われそうなんだよなぁ。

 

(そもそも、俺にだってやることあるし)

 

 テンション上がってしまったとは言え、俺が『ブシン祭』でやり過ぎてしまったことは事実。その辺のフォローをこれからしなければならないのだ。【シャドウガーデン】でもトップクラスの変装名人・ニューさんの力をお借りして。

 

(えーっと、ニューの魔力は……あっちか)

 

 俺の姿に変装してもらい、『ライ・トーアム』となったニューの位置を確認。すぐ近くに居るようなので、俺の方から出向くとしよう。そこで俺がライ・トーアム(ニュー)をボコボコにし、力の差を関係者達に見せつけられれば誤魔化し完了だ。

 ジミナ戦では命を削って全力以上の力を出していたのだと言い訳すれば良い。それでもキツそうなら魔力回路が損傷したとかなんとか言って『紅の騎士団』を退団する。二段構えで隙の無い完璧な作戦だ。

 

 

 ……と、思っていた。

 

 

 俺は知っていた筈だ。この世界での第二の人生が、そうそう思い通りにはならないことを。最悪の不運によって厨二病転生者に出会ってしまった──あの夜から。

 

「その格好! アンタも【シャドウガーデン】ね! 『紅の騎士団』所属、クレア・カゲノー! ここでアンタを拘束するわッ!!」

 

 見慣れた真紅の瞳を光らせながら、感情を昂らせる黒髪のバカ。

 

「私が居合わせたのが運の尽きね。『ブシン祭』参加者として、騎士として、貴方のような犯罪者を見逃す訳にはいかない! 私はアンネローゼ・フシアナス! 勝負よッ!」

 

 まだ聞き覚えのある声を響かせながら、威勢良く大剣を向けてくる青髪の節穴。

 

「貴方まで……! 何が目的なの!? ──『ライト』ッ!!」

 

 雨に濡れても美しい白髪の王女、アレクシア・ミドガル。前の二人に比べれば敵意は感じないが、一応剣は構えられている。なんでこんなとこに居るんだよ。王女を前線に出すなよ。アイリス王女は例外だとしてもさ。

 

(……なに? この状況)

 

 バカ、節穴、王女。

 やり辛さが服着て歩いているような三剣士を前に、俺はフリーズしかけていた。最早笑えるよ、神様性格クソだな。だからこの世界はクソなのか、納得だわ。

 

(ニュー。……すまん)

 

 そしてそんなやり辛いトリオに混ざっている紅一点……ではなく黒一点。見るからに体調が悪そうな顔色とボロボロの身体、激闘を終えたばかりのライ・トーアム()が二刀の剣を杖代わりに立っていた。

 

 俺と同じぐらい、ニューは混乱しているだろう。関係者に目撃させてライ・トーアムの評価を下げようとは計画していたが、なんで関係者が三人同時に来るんだよ。渋滞してるって、色々と。

 

「ライッ! その傷で戦えるのッ!? 足手纏いなら引っ込んでなさい!!」

「そうね。流石にその状態じゃまともに剣は振るえない。見たところ、立っているだけでもやっとでしょ」

 

 おおっ、なんか良い感じのことをクレアとアンネローゼが言い出した。そうだよ、ニューには一回引っ込んでもらった方が都合良いじゃん。

 

「そ、そうね。ライ君。貴方の身体は本当にボロボロよ。……ま、魔力回路に異常はないかしら?」

 

 アレクシア王女も同意見らしい。どこかクレアとアンネローゼよりも深刻そうなのが気になるけど。そんな慈愛に満ちた性格だったっけ? 

 

(まあ、良いか。ニュー、上手く返してくれよ)

 

 前回、ニューの変装に頼った際、ニューは声を出すことが出来なかった。スライムで姿を変えることは出来ても、声を変えることは出来なかったからだ。

 しかし、今は違う。シェリーという頭脳が加わったことにより、変声機能を備えたスライムを作成することに成功した。これにより変装のレベルは格段に上昇、戦闘能力以外をほぼ完璧に偽装することが可能となったのだ。魔術の力ってすげー。

 

 仮面を付けているため、アイコンタクトすることは出来ない。だが、ニューなら俺の雰囲気から俺の考えを察してくれる筈。お前は優秀な子だ。頼む、マグロナルド奢るから。

 

 俺の切実な願いが届いたのか、ニューがライ・トーアムとして口を開く。弱々しく剣を構えてはいるが、魔力は練っていない。やっぱりな、お前は出来る子だって信じてたよ。

 

 感動に胸を振るわせる俺の耳に届いたニューの言葉。それは俺の予想を遥かに飛び越えたとんでもないものだった。

 

「──俺は全く問題無い。クレア、アンネローゼ、人の心配をしている暇がお前達にあるのか? ()()()()()()()()()()()()()()()。お前達でも、アレクシア王女の()()()()()()()()()()()()()。この相手は強い、俺でも簡単には勝てない程の実力者だ。……けど、()()()()()()()()()()()()。だから、彼の相手は俺がする」

 

 

 ……アホだったァ〜〜!!! 

 

 

 仕事出来る女だったのに、この場面だけニューはアホの子だった。口から出るわ出るわ煽りの言葉。案の定クレアとアンネローゼはキレ散らかしてやる気満々になってるし、アレクシア王女も覚悟を決めた顔をしている。全部ダメじゃん、全部俺の狙いと逆じゃん。やっぱ報・連・相って言葉を使ってするもんだよな。ごめん、俺が悪かったわ。

 

(……けど、一つだけ言わせてくれ。ニューよ)

 

 雨に打たれながら、俺は胸の中でひっそりと呟いた。

 

 

 ──俺はそこまで口悪くないぞ。

 

 

 

 




 『よく分かる解説』

 ライト「ニュー、上手いこと人数を分けよう」
 ニュー「お前ら弱いから引っ込んでろ(ライト様基準)」
 ライト「!?!?」
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