どーすっかなと、銀色の仮面の内側で渋い表情を作るライト。割と強めの雨に打たれているだけでもストレスだというのに、それ以上のストレスが襲ってきたのだ。そんな顔になるのも仕方ない。
本来の予定ならば『
しかしそこに付いてきたオマケ三人娘。知り合いであるため危害を加えるのも躊躇われるという状況。脅して逃げる可愛気があれば良いのだが、自身を見上げている三人にそんなものがないことはよく知っていた。
ライトは止まらないため息と共に、ゆっくりと口を開いた。
「戦う気はない。ライ・トーアムだけを残して、帰れ」
声を変えて告げた言葉。内容を間違えたと気付くのに、時間はかからなかった。
「帰る訳ないでしょッ! バカにしてんのッ!?」
「四対一の状況を変えたいんでしょうけど、魂胆が見え見えね。私の目は誤魔化せないわよッ!!」
「……言葉間違えたか」
火に油を注いだと、自身の発言を後悔するライト。バカと節穴は思った以上にやる気らしく、引き下がる気配は微塵も感じられない。アレクシア王女も撤退する様子はないが、何故か先程からライに変装したニューの方をチラチラと心配そうに見ている。
「ライッ! 大口叩いたんだから足引っ張るんじゃないわよ!」
「連携は期待出来ない。お互いを邪魔しないようにだけしましょう」
「ラ、ライくん。本当に大丈夫……? 身体に異常とかない?」
荒れるクレア。冷静に見えて特に何も考えていないアンネローゼ。あわあわしながらライを気遣うアレクシア。そして尊敬する上司に置いていかれないようライトの一挙手一投足に全神経を集中させている
テンションぶち上がりの試合を邪魔されただけでなく、アホ主人のフォローもしなければならないとあって、ライトは既に疲れていた。故に、思考する気力もない。対処方法は時間をかけず、手っ取り早く終わらせることとした。
──……気絶でもさせるか。
シンプルイズベスト。
これ以上ない程の単純解答で思考を済ませると、ライトは僅かに魔力を解放。白銀の魔力を身体に纏わせた。
「「「──ッ!!!」」」
ニューを除いた三人が警戒度を引き上げる。これまで怠そうに立っていただけの男が魔力を使った。すなわち、戦闘する気になったということに他ならない。
「俺は……【シャドウガーデン】の『ライト』。向かってくるなら容赦はしないぞ」
開戦の一言が終わり、剣士達が動く。
真っ先に剣を振り上げて強く踏み込んだのは、短気で沸点の低いクレア・カゲノーだった。
「ハァァァッ!!」
「セヤァァァァッ!!」
一瞬の間を空けて、アンネローゼ・フシアナスも飛び上がる。赤と青の軌跡を描き、二人は漆黒を纏いし者へ突撃した。
クレアによる鋭い一撃と、アンネローゼによる重い一撃。天才と呼ぶに相応しい二人の魔剣士から繰り出された剣戟を前に、ライトは
「……いきなりだな。そういう攻撃は相手の動きを見てからにしろ」
「「──ッ!!!」」
二人の攻撃はライトにかすりもせず、虚空を斬った。しかし、驚くべきはその『結果』ではなく『過程』。
剣の側面部を優しく掌で押し、自身から剣を外させた。圧倒的な動体視力が無ければ不可能な神技だ。
「ここよッ!!」
絶句するクレアとアンネローゼの陰から、アレクシアが現れる。凡人と呼ばれながらも研鑽を重ねてきた剣は、天才達にも劣らない確かな威力を秘めている。
「脳筋二人を囮に奇襲か。良い動きだ」
素直に感心しながら、ライトは振り下ろされる剣を右腕で受け止めた。ただ魔力で強化されただけの腕は、魔力で強化されている剣を簡単に防いでしまった。
「な、なんで……!?」
「実力差だ」
「アンネローゼ!!」
「分かってる!!」
攻撃は防がれたが、相手に腕一本使わせたことに変わりはない。無防備な瞬間を狙うため、クレアとアンネローゼが同調。ガラ空きの胴体へ横一閃の斬撃を繰り出した。
「きゃっ!」
「……王女居るだろ。脳筋コンビ」
ライトは瞬時にアレクシアの剣を掴み彼女の身体を抱き寄せると、頭を守るように手を置いて密着したままその場へとしゃがみ込んだ。目標を失った二人の剣は互いに衝突することになり、雨の中でも激しい火花を散らした。
「なっ!!」
「くっ!!」
「足元がお留守だぞ」
反撃に出たライト。アレクシアの肩と足に両手を入れてしゃがんだまま完全に抱き抱える体勢を取ると、クルッと一回転しながらクレアとアンネローゼに足払い。情けない声を上げ、二人の女騎士は転倒した。
「こ、このっ!!」
されるがままにされていたアレクシアだったが、ようやく行動を起こす。ライトの顔面に拳を振るったが、丁寧に座らされた上で軽く躱された。
全員が地面に腰を落としている状況で、一人背を向けて立つライト。
天才二人は手玉に取られ、王女は敵に守ってもらいながら戦われるという屈辱。力の差を見せつけるのには十分過ぎる時間だった。
「足が、痺れて……!」
「なんて速さ……。私の目でも追いきれない……!」
まるで大人と子供。そんな実力差を肌で感じ取り、クレアとアンネローゼは僅かに身を震わせた。太陽の全く見えない薄暗い天気だというのに、漆黒の背中が放つ存在感は異質としか表現出来なかった。
「ッ! そ、そうよ! アイツはシャドウの『右腕』とか呼ばれてた男だわっ! つまり【シャドウガーデン】という組織ではNo.2の実力者! 二人とも気をつけて!」
「「──もっと早く言いなさいよッ!!」」
「ご、ごめんなさい……」
遅過ぎるアレクシアの助言に、クレアとアンネローゼがキレる。重要な情報を後出しされたのだ、無理もない。申し訳なさそうに肩を落とすアレクシアだったが、意識を切り替えて口を開いた。
「ライト! 貴方の目的は何ッ!? シャドウと二人で、何をしようと言うのッ!?」
「……目的か。……そうだな」
正直に答えられるとは思っていなかったのか、アレクシアが驚きながらも口を閉ざす。数秒の静寂が過ぎた後、雨音に掻き消されない声でライトが言葉を放った。
「──
(((とある魔剣士……?)))
ハッキリとした答えとは言えない返答に、未だ立ち上がれない三人は首を傾げる。
「当然、この場に居る魔剣士だ」
(((……ッ!!!)))
ライトが少し振り返りながら付け加えた補足により、三人の表情が強張る。恐怖によるものではない、緊張による硬直だった。
意味あり気な視線にクレアが思考する。
意味あり気な態度にアレクシアが思考する。
意味あり気な言葉にアンネローゼが思考する。
三人の思考は、シンクロした。
(((まさか、『私』を……!?)))
「そう、お前だ。──『ライ・トーアム』」
(((ち、違った……!!!)))
一瞬で否定された自意識過剰により、一人残らず羞恥に襲われる。雨に打たれているというのに顔が赤い。肌の白い美少女ばかりなので、余計に目立っていた。
後ろでそんなことになっているとは知らず、ライトは目的の人物へと視線を向ける。先程から全く動かず、置物と化してしまっている
「どうしてかかってこない? ライ・トーアム。その手に持っている二本の剣は飾りか?」
「…………」
挑発のような言葉を放つライトだが、内心では焦りまくっていた。余計な奴等が三人付いてきたと思えば、人数を分けることにも失敗。どうにか余計な奴等をあしらってみれば、目的の相手は棒立ち。ライトはここからどう動けば良いか分からなくなっていた。現在の状況を改善出来るのはただ一人、ライに変装したニューだけなのだ。
そんなライトの切実な願いを感じ取ったのか、ニューは剣を握る力を強めながらライトにしか聞こえないような小さな声を発した。
「あ、
ダメだこりゃと、ライトが天を仰ぐ。
最後の方などぎこちないミュージカルのようになってしまっていたニュー。まさか呼び方すらスムーズにいかないとは、流石にライトも予想すらしてなかった。
「ど、どうした? 言いたいことがあるなら、ハ、ハッキリと言ったらどうだ?」
ライトとしての威厳を保ちつつ、最低限の柔らかさを備えた一言。今のライトが打てる最善の一手であった。
仕事の出来る女、ニュー。尊敬する上司からのパスを無駄にする訳にもいかず、覚悟を決めて言葉を返した。
「
「…………」
首でも絞められているかのように苦しそうな声を出すニュー。ライトはようやく口を開いてくれたと安堵したが、同時に信じたくなかった事実が確定し酷く落ち込んだ。
──部下に口が悪いと思われている。
取って付けたような〝ばか〟という部分がライトの心を強く抉る。必死にライ・トーアムを再現しようとした結果そうなった感じなので、受けたダメージは増大していた。
「ライ! 待ってなさい! 私が加勢するから!! ……って、あれ?」
ライトが少しだけ泣きそうになっていると、クレアが大声を上げた。どうやら足の痺れは取れてきたようだ。何かを探すようにキョロキョロしているが、隣に居るアンネローゼも同じような動きをしていた。
雰囲気を変える一声に感謝しつつ、ライトは二人に邪魔されないよう手に持ったとある物を見せつけた。
「探し物はこれか?」
「わ、私の剣! 返しなさいよっ!!」
「いつの間に……!!」
右手にはクレアの片手用直剣、左手にはアンネローゼの大剣。ライトが二人に掲げて見せた剣は、こっそり奪っておいた彼女達の愛剣であった。
「魔剣士なのに剣を奪われてどうする? 注意力が散漫過ぎる」
「「な、なんですってっ!!?」」
自然と口から出た言葉だったが、ライトはハッとなり反省。こういう言葉を周りが聞いており、口が悪いイメージへと繋がる。そう考えたのだ。実際、その通りである。
何かを誤魔化すように咳払いをすると、ライトはニューへ向き直りクレアとアンネローゼの剣を構えた。形と重さの揃っていない不完全な〝二刀流〟だ。
「さあ、かかってこい。ジミナとの……いや、シャドウとの戦いで見せた力を発揮してみせろ」
お膳立てが終わり、打ち合う準備も整った。
ニューは剣を強く握り締めながらライトヘ向かって飛び上がり、二刀の剣を上司目掛けて振り下ろしたのだった。
「軽いな。そんなもんか?」
しかし、ニューによる渾身の一撃(精神的)を軽く受け止めるライト。つまらなそうな態度を隠そうともせずに、攻撃してきたニューを身体ごとアレクシア達の方へ弾き飛ばした。
「……くっ」
「シャドウと戦った時の魔力はもっと大きいはずだ。……それとも、『火事場の馬鹿力』ってやつか? お前の本当の力は
ここぞとばかりに、自身の評価を下げにかかるライト。なんだか可笑しなことになってしまっているが、本人は至って大真面目。事実、アレクシア達からすれば傲慢な挑発にしか見えていなかった。
チャンスを逃すまいと言葉を続けようとしたライトを遮ったのは、急に大声を上げたアレクシアだった。
「もうやめてっ!! ライ君の身体はボロボロなのっ!!」
「「……えっ?」」
第二王女による行動で僅かに声が溢れたライトとニュー。尋常ではないテンションで割り込まれ、思わず素に戻ってしまったようだ。
「ライ君はシャドウと戦うために『グンピードの実』を食べたの!! 膨大な魔力を得る代わりに、魔力回路が崩壊する危険性のある『グンピードの実』を!! 見なさい! 立っていることも出来ていないじゃない! ライ君がこれ以上戦うのなんて無理よっ!!」
怒涛の勢いで言いたいことを言い切ったアレクシア。クレアも、アンネローゼも、ニューも、ライトでさえも、呑み込むまでに数秒の時間を必要とした。そして一番最初に理解したのはやはりというか──ニューだった。
「……ぐっ、アレクシア王女。な、何故そのことを……?」
「アルファって奴が現れて教えてきたの! ごめんなさい、ライ君。貴方にばかり無理をさせてしまって……!」
なるほど、とニューに続いてライトも納得。仕事の出来る女ばかりで助かると、ライトは再び訪れたチャンスに全力で乗っかった。
「──ふ、ふふふ、ふはははははっ!!!!」
雨を落とす曇天に向かって高らかな笑い声を上げるライト。まるで狂人のような行動だが、
効果は絶大なようで、ニューを含む全員の視線を独り占めすることに成功した。
「そうか。そういうことか。──期待外れだな」
深いため息と共に告げられた失望の一言。少しばかり解放していた白銀の魔力は身体から消え、完全に戦意が感じられなくなってしまった。
「あの力はドーピング頼りのもの。……ライ・トーアム。お前は【
そんな言葉を放つと同時に、ライトは手に持っていた二本の剣をクレアとアンネローゼへ投げ渡した。回転させないように投げる様子は親切心を感じさせる。
「もう用はない。返す」
「ちょっ! 待ちなさい!」
「逃がす訳ないでしょっ!」
「ああ、そう言うと思ったよ」
「「──ッ!!?」」
受け取った剣を杖代わりに立ち上がったクレアとアンネローゼ。交戦的な言葉が返ってくると予想していたのか、二人を黙らせるために動く。
捉えられない速さで目の前まで行くと、ガラ空きの腹部へ軽く掌底打ち。魔力を流し込み、身体の自由を奪い取った。
「ぐふっ……」
「あっ……」
「神経を麻痺させた、一時間は満足に動けないだろ。手加減はしたから、悪く思うなよ」
痙攣する身体をどうにか起こそうと足掻くクレアとアンネローゼだが、全くと言って良いほどに力が入らない。立ち去ろうとする敵を前にしてこの醜態、騎士としてはこれ以上ない屈辱だった。
「王女。ソイツらは任せる」
「……ッ!」
四対一だった状況も気付けば一対一。ここまでの戦闘で相手との実力差が分からないほどアレクシアは愚かではない。ライトに対して剣を振るう気力は完全に消えていた。
「……雨が鬱陶しいか」
四人の騎士達に背を向け、ライトが小さく声を溢した。どこから取り出したのか分からない黒い液体を操り剣を作成すると、自身の真上に向かって美しい一閃を繰り出した。
そして──
厚い雨雲はライトの斬撃によって切り裂かれ、目を細めてしまう青空が顔を出した。ライト以外の四人は太陽の光に照らされ、雨で冷えた身体に熱が戻り始めた。
「──……完璧に悪党だな」
誰にも聞こえない小声で自身の状況を笑い、ライトが一つ息を吐く。
「……じゃあな」
短く別れを告げ、振り返ることもなくライトはその場を去った。
残された者はそれを阻止することも出来ず、ただただ己の無力感に怒りを覚えた。
その後、
国中を巻き込んだ『ブシン祭』本戦は【シャドウガーデン】ツートップによって、完全にその存在感を失ったのだった。
『MVP』ブシン祭・会場。
これにて『ブシン祭』編終了です!
アニメ二期も始まりますし、楽しみですね!
日頃からお気に入り登録・感想・高評価して頂き、ありがとうございます!