陰の右腕になりまして。   作:スイートズッキー

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35話 ブラコンって怖いわぁ

 

 

 

 

 

 ──『無法都市』

 

 その名の通り、ありとあらゆる法が適応されないこの世界で最も治安の悪い場所だ。窃盗・強盗・殺人、そんな非日常な光景を歩いているだけでいくらでも見ることが出来る。

 奴隷の売買も盛んであり、何の準備も無しに訪れれば魔剣士でさえも奴隷に堕とされることが珍しくない。

 

 成績優秀の優等生である俺にとって来る価値もないこの都市。一生関わることも訪れることもないと思っていたのだが、何故か俺は今その『無法都市』の土地を歩かされていた。

 

 

 ──黒髪赤目のバカ(クレア・カゲノー)と、それに引きずられるもっとバカ(シド・カゲノー)の二人と共に。

 

 

「…………はぁぁぁぁあああ」

 

 今日だけで何度したかも分からないため息。せっかく『紅の騎士団』を休職扱いにしてもらって思う存分休めると言うのに、どうして狙い澄ますかのようにストレスが押し寄せてくるのだろうか。どうせならストレスじゃなくてハチャメチャが押し寄せて来いよ。いや、コイツらと居る時点でそれは押し寄せて来てるのか。うわぁ、最悪。

 

「ため息ばっかついてんじゃないわよ。わざわざ連れて来てあげたのに」

 

 俺がどうにか厳しい現実を受け入れようと努力していると、隣を歩く女──クレアが少しだけ睨みながら文句を言ってきた。

 

「〝無理矢理〟の間違いだろ。どうせ連れて行かれるなら、甲子園に連れてって欲しかったわ」

「はぁ? 何意味が分かんないこと言ってんの?」

「うるせぇよ。現実逃避させろ」

 

 そう、この会話から分かる通り、俺が『無法都市』に来ることになった元凶はこのクレアだ。元々シドだけを連れて行くという話だったらしいが、シドの野郎が俺の同行を求めて巻き込んできやがったのだ。死なば諸共、道連れはコイツの得意分野だ。

 

「いつまでも不貞腐れんじゃないわよ。アンタにとっても、ちょうど良いリハビリになるでしょ?」

「必要ねぇ。身体が弱ってたとしても、俺はお前より強い」

「はぁっ!? アンタは『ブシン祭』を二回戦で棄権、私は〝優勝〟よっ!? 敬意を持って接することね!」

「はいはい。おめでとさん」

「ほんとムカつくっ!!」

 

 クレアが胸を張って堂々と宣言したように、コイツは『ブシン祭』で優勝してしまった。トーナメントに残った魔剣士達の力を考えた時、正直この可能性があるとは思っていたのだが。俺もシドも居ないし、アイリス王女は参加すらしていないしな。

 

「シドから聞いてるんだからね! アンタ、決勝戦は私の応援じゃなくて対戦相手の応援をしてたんでしょ!!」

 

 余計なこと言いやがって。無抵抗に引きずられている荷物に軽く蹴りを入れておいた。

 

「仕方ねぇだろ。お前の対戦相手のファンだったんだから。凄いんだぜ? ツギーデ・マッケンジー。予選の時からギリギリの勝利で本戦に勝ち上がって、粘りの剣と根性で決勝進出だからな。いやぁ、良いもん見た」

 

 しぶといなぁとは思っていたが、まさか決勝まで行くとは。アイツは良い魔剣士だ。『紅の騎士団』にスカウトした方がいいと思う。今度アイリス王女に提案してみるかな。

 

「……決勝ぐらい、私の応援しなさいよ」

「なんだよ、応援して欲しかったのか? そりゃ悪かったな。どうせお前が勝つと思ってたから、あんま応援する気になれなかったんだよ」

「えっ……? アンタ、私が勝つと思ってたの?」

 

 心底驚いたような顔をするクレア。そんなに驚くことか? 

 

「そうだけど? いくらマッケンジーが粘り勝ちしてきたっつっても、お前とじゃ実力差があり過ぎるからな。決勝の組み合わせが決まった時点で、お前が優勝すると思ってたよ」

「ふ、ふーん。そうなんだ……。わ、私の実力を認めてるならそう言いなさいよねっ! 面倒な男なんだからっ!」

「面倒なのは姉さんの方だよ」

「シドうるさい」

「ぐぇっ」

 

 いつも通りの漫才をするバカ姉弟(きょうだい)。このままそっとフェードアウトしたらバレねぇかな。いや、引きずられてる荷物が目を光らせてるから無理か。

 

「そもそもアンタ達、ここへ来た目的忘れてないでしょうね?」

「ライ、剣の鞘変えた?」

「最新版〜♪」

「話を聞けっ!!」

「ぐぇっ、なんで僕だけぇ」

 

 シドがシバかれているのを見るのは気分が良いが、クレアを蔑ろにし続けるのも後々面倒くさい。ご機嫌取りも兼ねて、話を聞いておこう。

 

「──()()()退()()、だろ? 『ブシン祭』が終わったばっかだってのにご苦労なこった」

 

 近頃、国家レベルでの問題と話題になってきているのが──〝吸血鬼の手下(グール)による殺人事件〟だ。

 周辺国は早急な事件解決のため、優秀な魔剣士を集めて討伐隊を編成した。そのメンバーにクレアも選ばれ、シドと俺も巻き込まれたという訳だ。

 

「気の早い魔剣士はもう討伐に向かってるはずよ。チームと言っても、まとまりなんてないでしょうから」

 

 だろうな。手柄を独り占めしたい馬鹿とかはさっさと突っ込んでると思う。さっき奴隷商人に勧められた奴隷、『ブシン祭』で見た覚えがあるけど……多分気のせいだろう。名前呼ばれた気がするけど、聞き間違えなはずだ。

 

「ねぇねぇ、吸血鬼って大昔に絶滅したんじゃないの?」

「この『無法都市』以外の話よ。……あそこに見える〝紅の塔〟。そこを住処とする吸血鬼の始祖──『血の女王』が生きている限りね」

 

 文字通り、吸血鬼にとっては最後の砦。だからこそ、今回の事件の犯人もすぐに特定された。吸血鬼絡みの事件で『血の女王』が関わっていないはずがないのだから。

 

「ここに来た理由は分かったけど、なんで僕も連れて来たの?」

「アンタの実績作りに決まってるでしょ? このままじゃ大した職に就けないんだから」

「そのためだけに弟連れて吸血鬼退治って……。ブラコンって怖いわぁ」

「なんか言った?」

「イエベツニー」

 

 家族愛が重過ぎるのも考えもんだな。俺はこのブラコン女の将来こそ心配されるべきだと思う。マジで嫁の貰い手いねぇぞ。

 

「で、今はどこに向かってんだよ?」

「魔剣士協会よ。アンタにも顔を出してもらうからね」

「いや、俺は行かねぇ」

「はぁ? なんでよ?」

「俺は今休職中だ。それがバレて後で話がややこしくなっても嫌だろ?」

 

 俺ってそれっぽいことを言わせれば右に出る者が居ないんじゃないか? まったく自慢は出来んけどさ。

 

「……まあ、そうね。分かったわ、協会には私一人で行く。アンタはシドを見張ってて。目を離したらすぐ迷子になるんだから」

「はいはい。そこの荷物は見張っとくよ」

「自然な感じで荷物扱いするのやめてくれないかな?」

 

 そうだな。散歩を拒むペットの方が合ってるぞ。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「……迷ったね」

「……迷ったな」

 

 クレアが魔剣士協会に行っている間、俺達は宿で待ってろと言われていた。しかし、シドが大人しく待っている訳もなく、散歩に行こうと言い出した。俺も特に引き留めたりはしなかった。結果、迷った。以上。

 

「今、姉さんが叫んだ気がする」

「奇遇だな。俺もだ」

 

 すっかり暗くなった空を見上げながら、俺達はそろってため息を吐いた。流石は世界屈指のスラム街。そこらじゅうが迷路のようになっている。少し舐めてた。

 

 面倒だなぁ。──()()()

 

 

(……『赤き月』、ねぇ)

 

 

 見上げた空に浮かぶ月。

 見知った色とは全く違い、まるで血のように赤い。

 

「やっぱり不気味なぐらい赤いよねぇ。前世と違って面白い現象があるもんだ」

 

 異常事態に対しても、シドは変わらずマイペース。ただちょっと赤いなぁ、ぐらいにしか思っていない。月が赤いということが、何を意味するのかも知らずに。

 

「まあ、知らなくて良いんだけどな」

「ん? 何が?」

「別に。……それより、随分集まったな。それ」

 

 シドが嬉しそうな顔をして手に持つ物。それは散歩中に集めた……いや、集まってきた財布の山だった。

 

「歩いてるだけで金が貰えるなんて、ここは僕にとって楽園だね」

「確かにな。お前は無法が人の形になったような男だから」

「酷い言われようだなぁ。因果応報ってやつだよ。財布をスッていいのはスラれる覚悟のある奴だけさ」

「それはまあ、同感」

 

 シドに対してスリを働こうとした奴が、この短い時間で20人。つまり、シドが相手の財布をスリ返した結果がこの財布の山だ。歩いているだけで小金持ちになってしまった。

 

「知らないから仕方ないとは言え、狙った相手が悪かったな」

「フフフ、これでまた陰の実力者コレクションが潤うぞぉ〜。あー、心が満たされるぅ〜!」

「お前もうここに住めよ」

 

 何度も感じたように、ここ『無法都市』は呆れるほど治安が悪い。俺達のような若い連中はこの街に住んでいる奴等からすれば格好の餌食。カモがネギ背負ってやって来た状態なのだ。

 

「てかお前ばっかり狙われてズルいぞ。俺には喧嘩の売り込みしかこねぇのに」

 

 少し離れたところを見れば、これまた山積み。シドと違って財布ではなく、俺に因縁をつけてきたチンピラの山なのだが。

 

「ライは見た目で良いとこの貴族って分かるからね。僕みたいにモブオーラを出さなきゃスリの標的にはされないさ」

「そうかよ。……取り敢えず宿に戻るぞ。クレアの魔力を辿る」

「そだねー。姉さんの怒りをこれ以上引き上げたくないし」

 

 とっくに魔剣士協会から帰って来ているであろうクレアの魔力を探知し、ひとまず合流を目指す。

 シドがスッた財布から金を抜き取るのを手伝いながら歩き出すと、思わず足を止めてしまうほどの甲高い女性の叫び声が辺りに響き渡った。

 

 

「──きゃあぁぁぁあああッ!!!」

 

 

 反射的に顔を向けてみれば、そこに居たのはこの街に来た目的の一つ。吸血鬼の手下──。

 

「グールよッ! グールが出たわッ!!」

「うわぁ! に、逃げろッ!!」

 

 血だらけのグール。夜中に見ると完全なホラーだ。いつからバ◯オが始まったんだ? 

 

(はぁ、一応助けるか。……ん?)

 

 逃げる人達を背にして、剣を抜く。速攻で片付けようと思ったのだが、俺よりも先にグールへと向かっていった奴等が居た。

 

「オラッ! 今日もサンドバッグにしてやらぁッ!」

「テメェのせいで賭けに負けたんだぞッ! 責任取れやッ!」

「やっぱコイツは殴り甲斐があるぜぇッ!!」

「見ろよッ! 首が変な方に曲がってるぜッ!!」

 

 ……んー、流石は『無法都市』。この程度のハプニングで怯む奴は少ないということか。怖がるどころか憂さ晴らしに使うとは筋金入りだ。

 

「ライ、ライ」

「んぁ? なんだよ?」

「ちょっとこっち、早く」

 

 俺がチンピラ共に呆れていると、シドに呼びかけられ近くの壁に立たされた。

 訳が分からないので意図を訊ねようとしたが、シドは壁に背をつけて腕を組み、ムカつく笑みを浮かべて静かに微笑みだした。

 

「……何やってんの?」

「それはこっちの台詞だよ。ライも早く僕の隣で僕の真似してよ」

「だから、お前は何をやってんだ?」

「殺伐とした状況を前に不敵に笑う謎めいた少年ごっこ」

「ブッ飛ばすぞ」

 

 何度目だろう、コイツに殺意が湧くの。

 

「──うわッ! コイツまだ動くぞッ!!」

「ちょっ、待て! 殺さないでくれぇッ!!」

 

 なんかサンドバッグにされてたグールの反撃が始まってるが、そんなもん無視だ無視。『赤き月』は吸血鬼の能力を飛躍的に引き上げる力を持っている。それに同調して手下であるグールも活性化し、耐久力が高まるんだ。そもそもあのチンピラ達は自業自得だし、助ける義理もないしな。

 

「おい、先にクレアのとこ行くぞ」

 

 お前のせいで巻き込まれた今回の件、お前の厨二に付き合ってやるつもりはねぇぞ。

 

「うん、分かった。──クフフ、クフフ」

「……このボケナス」

 

 チンピラ達を噛み殺し、そのままの勢いでグールが俺に襲いかかってくる。ひょいっと躱してスルーしたのだが、その直後に誰かの剣がグールを切り裂いた。

 

(これは……〝血〟か?)

 

 振るわれた剣の匂いから、なんとなく血を連想した。グールから漂ってくる()()()()ではなく、()()()()()()()()()だった。

 

 グールを斬った人物を見てみると、それなりの手練れであることが分かった。性別は女性、腰まで届く赤い長髪に高貴な旅人のような服装はどこか吟遊詩人のように見える。

 

「少年! 何をしている! 死ぬところだったぞ!」

 

 どうやらシドを助けてくれたらしい。余計なお世話などと言いたくないが、ソイツに関しては本当に余計なお世話だ。グールに噛まれたところで、ソイツの頭はもう手遅れなのだから。

 

 

「──死にたくなければ、逃げろ」

 

 

 ……おっと? 

 赤髪のお姉さんがシドに向かって忠告しだしたんだけど、その言葉選びって──。

 

 

「──〝暴走〟が始まる」

 

 

 ちょっと待って。

 

 

「──月が赤い。……もう、()()()()()

 

 

 やめろ、と言いたかった。

 でも、口は動いてくれなかった。

 だから、現実は限界などなく──厳しかった。

 

「忠告はしたぞ。……死なないでくれ」

 

 突然現れ、最後までやりたい放題してから赤髪の女剣士さんは颯爽とどこかへ去った。『赤き月』をバックに飛び去るという、置き土産まで残して。

 

(まだ間に合うッ!! 逃げ──ッ!!!)

 

 絶望に時間を取られている暇などないと、身体を動かそうとした。そう、()()()()()()()()()

 

「ライ、今夜は良い夜だね」

 

 いつの間にやら俺の肩に手を置き、シドが不敵に笑う。先ほどの〝謎めいた少年ごっこ〟のものとは比べ物にならないぐらい邪悪な笑みだ。

 

「夜は我らの時間。──いくぞ、我が『右腕』」

 

 ああ、やはり俺は逃げられないのだ。

 

 グールが撒き散らす血飛沫よりも、女剣士さんが振るった赤い剣よりも、夜空に浮かぶ『赤き月』よりも──ずっと純粋な赤い光を宿した眼を向けてくる、この男からは。

 

(休職中でも、たまの休みでも……結局こうなるのか)

 

 ライ・トーアムとしての時間は強制終了。

 俺はまた銀色のラインが走る漆黒のローブに身を包み、銀色の仮面を付けることとなったのだった。

 

 

 

 




 紅の塔「……えっ? 次は自分すか?」
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