「違う! ここも違う! ──クソッ! 全然見つからねぇッ!!」
俺とシャドウが『紅の塔』に侵入してから約十分。俺は塔の右側、シャドウは左側を探し回っていた。しかし、俺の方は全く宝物庫らしきものを見つけられていない。考えたくはないが、シャドウのルートが正解だったのか?
「……まさか、隠し扉とか言わないよな?」
血眼になって探していたので、短時間とは言えめちゃくちゃ疲れた。休憩がてら塔の外側が見える開放的な廊下で一息ついていると、上の方から何やら激しい音が衝撃と共に響き渡った。
(なんだ? 花火でもやってんのか?)
俺がボケーッとその場に突っ立っていると、聞こえてきた爆音の正体が自動的に判明。上の方から降ってきて、そのまま外側から俺に向かって突撃してきた──筋肉ゴリラの大男によるものだった。
「オラァァァァァァァッッ!!!」
俺の身長を超えそうな剣──というより、
ボサボサで手入れもされていない髭に、洗ってなさそうな汚れた髪。間違いない、『無法都市』特有の関わっちゃいけない人だ。取り敢えず臭いが気になりそうだから、攻撃は避けて距離を取ろう。
「──ほお、今のを避けるとはやるじゃねえか。俺のことを蹴り飛ばした奴の仲間なだけあるな」
蹴り飛ばした? 仲間? 何言ってんだこの人。
「何のことだ。心当たりはないな」
「とぼけんなよ。そんな似たような格好しといて、無関係ってことはねぇだろ? 黒いローブにその仮面、ついさっき俺を蹴り飛ばした奴にそっくりだぜ」
うん。心当たりあったわ。ものすっごいあったわ。
(シャドウもう上に行ってんのか。……まさかもう宝物庫を!?)
「おうおう、今更焦ったって遅せぇよ。あの野郎の代わりに……まずはてめぇが死ねやァァァッ!!」
「──うるせぇ」
「グハァッ!」
大人しくさせるため、顎に数発打ち込んで脳を揺らす。不衛生そうだから触りたくなかったが、スライムで拳をコーティングすればなんとかいけた。
「今は立て込んでるんだ。恨むならお前を蹴り飛ばした奴を恨め」
「て、てめぇッ! クソがァァァァッ!!」
最後に顔面へ回し蹴りして戦闘終了。関わらない方が良い人種の大男は塔から落下していった。中々頑丈そうだし、死にはしないだろ。アンタに時間を取られる訳にはいかねぇんだ、許せよ。
「やっぱこの階層にはないか……。なら上だッ!!」
少々邪魔は入ったが、まだ取り返せる。シャドウに宝を独り占めされるのだけは阻止しなければ。そんな結果を想像するだけでこの塔を消滅したくなる。
そんな焦りの気持ちと共に、いざ上の階層へ行こうとした俺の足を止めたのは──『ブシン祭』以来の再会となる
「──忙しそうだね。ライト」
「……ゼータ。なんでここに? 暇なのか?」
「いきなりご挨拶だね。任務だよ。任務」
廊下に何本も並んでいる柱の陰から、ふわふわした毛並みと共に姿を見せたゼータ。俺の軽口に不満そうな顔をしているが、こっちにも余裕ないから許して欲しい。
「私だけじゃなくて、ベータも来てるよ。あっちは私と別件だけどね」
「……へ、へぇ〜、そうなんだ〜」
なんだよ。めっちゃ集まってきてるじゃん。そんな報告されたっけ?
「にしても、相変わらずレベルの高い体術だね。主に鍛えられただけのことはある」
「おいやめろ。アイツを俺の師匠みたいに言うの」
「でも間違ってないでしょ? ライトが得意としてる足技なんかは、主との鍛錬で身に付けたものじゃん」
「いや、まあ……そうと言えなくもないこともない」
それを言うなら剣術は俺の方が師匠なはずだ。……やめよう。全体的な戦績で負け越してる以上、なんか虚しくなってくる。
「『黒の塔』の支配者、ジャガノートを瞬殺だもん。流石はライト」
「……ん? なにそれ? ジャガバター? 美味そうじゃん」
「ジャガノート。今さっき塔の外に蹴り飛ばしてたじゃん。アイツのこと」
「見てたのかよ」
「バッチリ」
『黒の塔』っていうと、他に建ってる二本の塔のどっちかか。ゼータの言い方からして中々の実力者だったんだろうけど、技術が全くない暴力のみって印象だった。あれじゃ魔力を制限されたとしても相手にはならない。
「アイツこの上の階層でクレア様と戦闘しててさ。クレア様が危なかったから、主が助けに入ったんだと思うよ。私だって助けに入ろうとしてたのに、出るタイミングなかったよ」
「……えっ? クレアもこの塔に来てんの?」
「うん。メアリーって呼ばれてた吸血鬼の女性と一緒にね」
メアリーって誰だ。知らない人が多過ぎる。
「クレア様は主がこの塔に攫われたって勘違いして助けに来たらしいよ。どこからそんな勘違いが生まれたのかは分からないけどね」
「あー、納得。アイツならたとえ地獄にだって助けに行くだろうな」
騎士団に殴り込もうとして肩を外された女だ、面構えが違う。てか何度思い出しても面白いなこれ。
(……じゃなくて、時間潰してる余裕ないんだって)
俺は早く宝物庫に行かなければならないんだ。この塔を消滅させなくても良いように。
「なあ、ゼータ。お前この塔ってもう調べ終わってるか?」
「当然。至る所まで調べ尽くしたよ」
「……宝物庫の場所って分かるか?」
任務中の弟子にこんな個人的なことを訊ねるのは申し訳ないが、この際そんなことも言ってられない状況だ。無駄に鼻がきくアイツなら、もう宝物庫に辿り着いていてもおかしくはない。
「知ってるよ。……えーっと、ここの石壁を押し込むと。──ほら、宝物庫までの隠し扉がご登場ってね。ここを上に登っていけば、すぐに行けるよ」
(本当に隠されてたんだ。てかやっぱり上かぁ……)
もう手遅れだ。アイツのが絶対先に到着してる。
……やっぱり、この塔──。
「それにしても、流石は主。クレア様の危機に颯爽と駆けつけて、恩を着せることもなく去っていった。華麗と言う他なかったよ」
ドス黒い感情がゼータの声によって和らぐ。そうだよ、宝が取られたのは仕方ない。認めたくはないが、今回は俺の負けだ。潔く受け入れよう。
「……クレアが殺されそうになったところをシャドウが?」
「うん。まさに運命だよね」
(たまたま通りかかっただけだと思う)
死んだら自己責任とか言いそうな男だぞ。運命なんて言葉を使うのは運命に失礼だ。
「それにしても、あの程度の相手に殺されかけるのか。クレアの奴」
「主のことで気が動転してたってのもあると思うよ」
「あっそ。…………まだ分かってねぇんだな」
「えっ? 何が?」
「──別に。集中さえ途切れさせなきゃ、普通に勝てた相手ってことだ。アイツもまだまだだな」
技術で言えば、あのオッサンよりクレアの方が遥かに上。集中さえしていれば、まず負けることはないはずだ。
「ふーん。ライトって意外とクレア様のこと認めてるよね」
「んな訳ねぇだろ。……てか、何でアイツに様付けなんだよ? 過大評価だからやめて良いぞ」
「いやほら、主のお姉さんな訳だし」
「俺は呼び捨てなんだが?」
「いやほら、ライトはライトだし」
てへっ、とでも言いたげな顔で誤魔化すゼータ。なんというか、昔からのらりくらりが上手い奴だ。そんな技術を教えた覚えはないんだけどな。
「様を付けるのなんて神様だけで良いんだよ」
「私にとっての神様はライトだから、ライトに様を付けることになるね」
だから重いって。軽口のような感じを出しながらも、目はそれなりに真剣なのがタチ悪い。
「……お前に様付けされるぐらいなら、クレアが様付けされてる方がマシだ」
「納得頂けたようでなによりだよ。ライト」
クスクスと口に手を当てながら笑うゼータ。俺を揶揄っている時は本当に良い表情を見せる。俺は
不満を視線に乗せてゼータに向けてみるも、特に気にした様子はない。むしろすぐに意識を切り替えたらしく、疑問を問うように口を開いた。
「……ねぇ、ライト。そういえば急いでたみたいだけど、宝物庫に何か用だったの?」
「ん? ……ああ。まあな」
もう行っても意味無いと思うけど。
「……私、何か見落としたかな? 『教団』に繋がる情報なんて、宝物庫にはなかったと思うけど。あったのは精々、金貨とか宝石の金銀財宝ぐらいで」
どうしよう。金目当てなんて言えない。
「ほ、宝物庫にはってことは、他の場所には情報があったのか?」
取り敢えず話を逸らしたい一心で、適当に話題を振ってみる。すると俺の予想とは裏腹に、ゼータは得意気な表情でペラペラと語り出した。
「うん、見つけたよ。流石は吸血鬼の始祖の住処、千年以上昔の資料も置いてあったぐらいだよ。調べ甲斐のある書庫だった」
「へぇ、それは良い発見だな」
金銀財宝に比べたら全く興味はそそられないが、今回に関しては例外だ。『教団』に関係する情報なんて、いくらあっても困らないんだから。
「期待して良いと思うよ。多分──
……そうか。……そういう感じか。上手くいけばなによりだ。
「量が多いから、一度本拠地に戻って部隊を編成するつもり。本格的に調べるには、人手が足りな過ぎるからね」
「おう、期待してる」
本当に仕事の出来る奴だ。【シャドウガーデン】への貢献度なら、アルファやガンマに続いてトップクラスだと思う。いや、弟子を
「……上の方から衝撃波。この魔力は……シャドウか」
「『血の女王』と主がぶつかったみたいだね。ようやくこの件も終わりか」
「別の意味で終わらないように祈っててくれ」
「あははっ。そうならないように、ライトが行くんでしょ?」
「この塔を消し飛ばされたら困るからな」
今回ばかりは戦場を瓦礫に変える訳にも、塵一つ残らず消し飛ばす訳にもいかない。重要な情報は金よりも重い。
「じゃあそろそろ行くよ。またね、ライト」
「ああ、気を付けてな」
さて、これからアホのフォローか。
嫌だなぁ、気が乗らねぇなぁ。俺もゼータと一緒に行こうかな。はぁ、アルファに会いたい。
「……あっ、そうだ。ライト。──
ふと思い出したかのように告げるゼータ。力の抜けた声ではあるが、その中には確かな闘志が秘められている。どいつもこいつも負けず嫌いだねぇ。
「ああ、覚えてるよ。約束の日になったら『アレクサンドリア』に行く。アルファにも伝えておいてくれ」
「了解。覚悟してよね、ライトに〝ぎゃふんっ〟て言わせてあげるよ」
「そいつは楽しみだ。やれるもんならやってみな」
この軽口を最後に、ゼータはこの場を去って行った。戻って部隊を編成してまたこの塔に来て調査、か。全部終わるのは早くても……五日後ってとこかな。
「──俺も自分の仕事をしますかね」
なんか上から伝わってくる衝撃波がどんどん強くなってるし、戦いの激しさが増してるっぽいな。吸血鬼の始祖である『血の女王』、どうやら名前負けの実力ではないらしい。シャドウもきっとウキウキで楽しんでいることだろう。早く行かないとテンション上がって爆発しかねん。
……と、思ってはいるのだが。
「少しだけ寄り道しても……良いよな?」
視線の先にあるのは先程ゼータが開いた隠し扉。宝物庫に繋がっているというお墨付き。俺はまだ──可能性を捨て切れないでいた。
金銀財宝、残ってないかなって。
「ふ、ふふ……ふふふふっ」
我ながら気持ち悪いと思う声が宝物庫に響く。自分以外の誰にも聞かれていない状況なのが幸いだ。自分の意思で止めようにも、きっとこの笑いは止まってくれないだろうから。
一度は諦めたお宝が──目の前にある。
薄暗い宝物庫を照らすように輝く宝の数々。その種類は様々であり、王冠に宝石、ネックレスに指輪、有名な絵画に銅像、全てが金で出来ている巨大な盾なんかも置いてあった。売却金額の合計は低く見積もってもデカい城が建つはずだ。
「やっぱりか……! 思った通りだ!」
ゼータの言葉を聞いた瞬間、俺はまだ宝物庫に宝が残されてる可能性を考えた。
──〝金貨とか宝石の金銀財宝〟。
こういう言い方をするってことは、宝の種類は偏っていない。
つまり、
「アイツは絵画や銅像なんてコレクションでもう持ってるし、持っているだけじゃ金にならない宝は残すと思ったよ。……くそっ、やっぱ金貨は全部ねぇ」
まあそれは我慢だ。むしろこんなにも多くの宝が残っていたことに感謝しなければ。悪いなシャドウ、俺はお前と違って宝を売り飛ばすコネも人脈も確保してあるんだよ。伊達に【シャドウガーデン】のNo.2やってねぇぞ。……普通はNo.1にあるはずなんだけどな。
「それもこれも、日頃の行いってな。……うしっ、持てるだけ持っていこう。ちょっと本気出すか」
上での戦いが更に激しくなっているが知ったこっちゃない。もうすぐ行くからまだ遊んでろよ?
スライム風呂敷の限界を考えて、ギリギリまで宝を詰め込む。野菜の詰め込みよりも詰め込んでやる。風呂敷から出てたって持ち運べれば俺の勝ちだ。
「よ、よっ……し! 半分ぐらいは詰め込めたな」
スライム風呂敷に大きめの宝を入れ、スライムスーツの中に小さめの宝を収納した。結果的に見れば全体の半分ほどではあるが、十分頑張った方だろう。つーかこれが限界。
「さて、上か。……よっ!!」
普段より300kg以上重い身体を動かして剣を振るう。天井を斬撃で斬り飛ばし、俺が風呂敷担いだままで通れるサイズの穴を開けた。
「踏ん張れ……ッ! 俺ッ! ──オラッ!!」
魔力を足に集中させ、脚力を上げてからジャンプ。どうにか上の階層へ行くことに成功した。やれば出来るんだな、お金の力ってすげーっ。
「ハァ、ハァ……。さて、バトってんのはこの隣か。風呂敷置いてから突入だな」
戦闘音が聞こえてくるのは、俺の向いている方向から見て左側の壁。ここをぶち破ればすぐに参戦出来るはずだ。さっさと片付けてガンマにお宝を相談だ。
そんな俺の浮かれ気分を、やはりと言うかアイツは──粉々に潰してくる。
「は?」
担いでいたスライム風呂敷を床に置こうとした瞬間、左側の壁が突然に崩壊。何かが壁を突き破ったようで、俺目掛けて真っ直ぐに飛んで来た。一秒にも満たない時間で確認したシルエットは人間。脳をフル回転させ、衝突を回避するための動きをイメージした。
(躱せるッッッ!!!)
纏っていた魔力を跳ね上げ、身体能力全てを強化。弾丸のような速度で突っ込んで来る黒い物体に対して、的確な回避行動を取ろうとした。俺が普段の状態であれば、ここまでギリギリの状況だったとしても回避出来ていただろう。
背中に
「──ぎゃふっ」
風呂敷を手放した瞬間に決められた魚雷アタック。
俺は身体をくの字に曲げられながら、勢いそのままに硬い壁へと激突したのだった。
『よく分かる解説』
【シャ】→【ラ】
グサッ
【シャ】【ラ】|壁
ゴォォン☆