「……ふわぁ。……よく寝た」
数多の国々を震撼させた吸血鬼事件が終わり、『無法都市』から『ミドガル王国』に帰国して三日が経過していた。
気ままに剣を振ったり、シドの相手をしたり、シドに付き合わされたりと、そこそこ平和な三日間だったと言える。これを平和と言えてしまう事実に、涙したいところではあるが。
「……さて、今日か」
時刻は朝の六時。俺にしては中々に早起きだが、これには理由がある。シド関連ではないことに僅かな幸せを覚えながら、近くの机に置いておいた昨日届いたばかりの手紙に視線を向けた。
「昼過ぎぐらい、だったよな」
手紙の送り主はアルファ。
内容は俺にとっても分かりきっていたものであり、約束していた『力試し』の件であった。開始時刻は正午過ぎ、それぐらいに『アレクサンドリア』へ来て欲しいというものだった。
(これをやるのも何年振りだっけか。……アイツら、どれぐらい強くなってるかな)
サッと用意したトーストとコーヒーで空腹を満たし、アルファからの手紙に対して返事を書く。返事と言っても書いたのは『了解』の一言のみ。どうせこれから会うんだ。長々と文章を書く必要はないだろう。
「よろしく頼むよ。気を付けてな」
毛布で作った即席の寝床に寝かせていたアルファの伝書鳩へ手紙を付け、窓を開けて飛び立たせる。訓練された鳥なので、三時間もあれば『アレクサンドリア』に居るアルファのところまで辿り着けるだろう。
窓から入って来る朝の新鮮な空気に当てられながら、椅子へ腰を落とす。半分にまで減ったコーヒーを片手に、昨日読み逃した新聞を広げた。
「『ミツゴシ商会』の新製品、売れ行き絶好調……か」
スーツ、鞄、アクセサリーと、大人向けの商品が爆売れしている。とびきり高価な値段も品質が相応しいものであれば買い手が現れる。『ミドガル王国』はもちろん、周辺国家にまで『ミツゴシ』の名前と評判は轟いているようだ。
(学生の中でも流行ってるらしいしな。ガンマの知恵とイータの発明……今はシェリーも居るし、恐ろしいことだ)
味方である俺まで恐怖を覚えるのだ。商売敵である商会達はどんな思いで『ミツゴシ』の快進撃を見ているのだろうか。恨まれていたって当然かもな。
品質は最上級で品揃えは子供から大人まで、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだ。
(クレアもよく買い物のし過ぎで小遣いがないって騒いでたもんな。……クレア、か)
突発的に思い浮かべた人物だったが、失敗した。俺があのブラコン女に対して苦手意識を持っていることは言うまでもないのだが、最近はそれに加えて厄介な属性を追加してきやがった。
あれは『無法都市』を出発する直前の列車での出来事だった。
座席配置はシドとクレアが隣同士に座り、俺が二人と向かい合う形。汽笛に耳を傾けていた俺と眠そうな顔をしていたシドに、クレアは突然衝撃の言葉を放ったのだ。
『シド、ライ。……実は私──『左手』に〝特別な力〟が
その言葉と共に、クレアは包帯に巻かれた左手を見せてきた。俺はすぐに言葉を返せず、数秒間フリーズしていたと思う。やはりと言うかなんというか、先に反応を見せたのはシドだった。
『姉さんなら大丈夫。僕は姉さんの進む道を信じるよ』
それを聞いたクレアの嬉しそうな顔。あれは間違いなく過去一番の笑顔だった。
俺に対しても意見を求めてきたが、適当に頷くことしか出来なかった。いや、頷けただけでも褒めて欲しいぐらいだ。
左手・特別な力・宿っているときて、最後には包帯。役満上がりで完全に手遅れだ。クレアは病にかかってしまった。どんな薬も効力を発揮しない、不治の病に。
厨二病が──
「……シドだけで十分だってのに」
「僕がなんだって?」
「…………」
何故当たり前のようにこのバカは俺の部屋に居るのだろうか。更に付け加えるなら、何故当たり前のように不法侵入しているのだろうか。
コーヒーを落としそうになったが、ギリギリキャッチ成功。空いているもう片方の手で侵入者の頭を引っ叩いた。
「いてっ、なにすんのさ」
「いきなり現れるんじゃねぇよ。てか何度も言ってんだろ、勝手に入ってくんな」
「窓開いてたから、つい」
「そんな軽いノリで不法侵入してんじゃねぇ。殴るぞ」
「もう殴ったじゃん」
「確かに」
これ以上無駄な会話を続けても時間がもったいない。俺は椅子に座り直し、ズカズカとベッドに腰を落としたシドへここに来た理由を訊ねた。
「こんな朝っぱらから何の用だ? 今日はお前に付き合ってる暇はないって話したはずだよな?」
今日は『アレクサンドリア』へ行かなければならない日だ。内容は全く説明していないが、出かけるということはシドにも説明済みだ。流石にそれを覆して自分に付き合えとは言わないと……思いたい。
「うん、分かってるよ。出かけるんでしょ?」
「……ああ、アルファ達の所だ」
「へー、そうだったんだ。よろしく言っといてよ」
どうやら最悪の展開は免れたらしい。
──となると余計に疑問だ、コイツは一体何しに来たんだ?
「それで? お前は何しに来たんだよ?」
「僕も出かけるから、一応ライには行き先だけ伝えておこうと思ってさ」
「へぇ、珍しく報告しに来た訳か」
「黙って何かするとライに怒られるからね」
当たり前だ。お前が好奇心と自己判断ですることなんて碌でもない事しかないんだぞ。フォローしなければならなくなった時、概要が分かっていなかったらスムーズに事を運べないだろ。
「どこ行くんだよ?」
「えーっとね、『無法都市』」
「は? また?」
シドの口から出た名前は三日前まで滞在していた『無法都市』だった。帰って来たばかりだというのに、なんでまたあんな所へ?
「なんか呼び出されたみたいなんだよね」
「誰に?」
「さあ? なんか『白の塔』の……誰か」
「全然分かってねぇじゃねぇか」
てか『白の塔』って言うと、『紅の塔』以外に立っていた他二本の塔の内のどちらかか。『黒の塔』の支配者はジャガノートだってゼータが言ってたし、また別人から呼び出されたってことなんだろうな。
「……何でも良いけど。派手に暴れるのだけはやめろよ?」
「そだねー。今回は興味本位で顔を出すだけだし、用が済んだらさっさと帰るよ。僕からの報告は以上」
何をしに行くのかもよく分からん報告だったが、ちゃんと報告しに来たことは評価するべきだな。後は扉をノックしてから入れたなら言うこと無しだ。
「ん。まあ、行き先は分かった。さっきも言ったが、暴れるのだけはやめろよ」
「分かってるって。……そういえばアルファ達の所って言うけど、遠いの?」
「そこそこだな。今ぐらいから向かって待ち合わせ時間には丁度良い」
力試しをするなら【七陰】は全員揃っているだろう。ベータやガンマ、イプシロンは過密なスケジュールを空けて来てくれているはずなので、余計に遅刻なんて出来ない。手紙で知らされた時間ピッタリに到着したいところだ。
「ふーん。結構遠いんだね」
「お前が知らない拠点だしな」
「なんでいつも僕をハブるのさ〜!!」
だってお前興味無いって言ってまともに話聞かねぇじゃん。拠点どころか【シャドウガーデン】本拠地の話なのに。
「まあ良いけど。じゃ、僕は行くよ。──またね」
言いたいことを言い終え、すぐに窓から出て行ったシド。相変わらず本能の赴くがままな奴だ。あのデルタとなんだかんだで相性が良いのも頷ける。
「……さて、俺も行くかな」
久しぶりの力試し。──楽しみだ。
──『深淵の森』
深い霧に包まれた大森林であり、一度入れば二度と出られないとされる伝説の森である。その危険度から人が近付くことはなく、魔獣ですら縄張りにはしない。
外界から完全に隔絶された空間、まさに『秘境』と呼べる場所であった。
しかし、この世界にはその秘境に
迷宮のような森に先の見えない猛毒の濃霧。そんな場所に万が一拠点を作ることが出来たのなら、その拠点は世界でもトップクラスの安全性を誇ることだろう。
事実、その拠点は誰にも発見されておらず、組織の人間以外には誰にも認識されていない。
否、組織の〝
ここは古都・『アレクサンドリア』。
国中を騒がすテロリスト集団──【シャドウガーデン】の本拠地である。
「いよいよ、本日ですね……」
昼下がりの眩しい太陽に目を細めながら、組織の幹部である『ナンバーズ』の一人・ニューが緊張を感じさせる声音で呟いた。隣には似たような役職を与えられているカイとオメガ、そして組織の人材育成最高責任者であるラムダまでもが揃っていた。
四人の表情には緊張が表れており、これから戦闘開始するかのような雰囲気が漂っている。
「ニュー、そろそろ時間だが……集合状況はどうなっている?」
「はい、ラムダ様。先程受けた報告によれば、本拠地に滞在しているメンバー全てが集合完了。観戦の準備は整っています」
ニューの返答を聞き、腕を組みながら満足そうに頷いたラムダ。簡潔にまとめられた報告と仕事の早さ、弟子の成長をまた一つ感じ取ったようだ。
「舞台の準備も完璧です」
「イプシロン様にも完璧を求められましたからね」
ニューに続いて口を開いたオメガとカイ。イプシロン直属の部下である彼女達も、
「そうか、ご苦労。……確かに良い出来だ」
ラムダは片目を閉じたまま、自身の正面にある円形の台を見つめる。半径百メートルはあろう大きさの台であり、使用された素材は特級の耐久性を持つ鉱石。白一色というシンプルで地味なデザインも、〝壊れない〟という一点に全てを注いだからこその結果であった。
「……はぁ」
「緊張しているのか? ニュー」
「は、はい。……申し訳ありません」
無意識に拳を握り締めていたニューに、ラムダが静かに問いかける。普段、冷静沈着で動揺など見せないニュー。そんな彼女でも、今日ばかりは感情を抑えることが出来なかった。
「無理もない。お前は初めて見るのだからな。本日これから行われる……『
そんなラムダの言葉に、ニューだけでなくオメガとカイも僅かに肩を振るわせる。それだけ力試しというイベントは気を張らなければならないものであった。
「……お越しになったな。──総員ッ! 道を開けろッ!!」
魔力を感知したことにより、ラムダはメインとなるメンバーの登場を察知。舞台の前に集合していた五十を超えるメンバー達に指示を飛ばした。
ラムダの声により瞬時に一本の道を残して分かれた人の壁。作られた道を堂々と歩いて来たのは七人の【シャドウガーデン】
──【七陰】であった。
「ガルゥゥゥ……ガウッ!!」
先陣を切って前を歩くのは第四席・デルタ。
腕を大きく振りながら獰猛な白い歯を輝かせ、闘争心に満ちた目をしている。
「……ふぅ」
「……今回こそは」
デルタに続いて歩いて来たのは第二席・ベータと第五席・イプシロン。
小説家に音楽家という表の顔を持つこの二人も、今回行われる力試しのために『アレクサンドリア』へ来ていた。表情は真剣そのものであり、天然と人工による二つの揺れは戦場までの歩みを美しく飾った。
「ちょっと……二人ともしっかりしなよ。頼むって」
「ご、ごめんなさい……」
「申し訳なく……思っている……よ?」
更に姿を見せたのは第三席・ガンマ、第六席・ゼータ、第七席・イータだった。
何故かガンマとイータはゼータの両肩に担がれており、まるで荷物かのように運ばれていた。何もないところで転び鼻血を出す女と寝相が悪過ぎて居なくなる女を任されたのは、圧倒的な才能を持つ『天賦』であった。
「…………」
入場の最後を締めたのは──第一席・アルファ。
美しい金色の髪を風に靡かせながら歩く様はまるで女神。【シャドウガーデン】の実質的なリーダーである彼女の一挙手一投足に、その場に居た者全員が視線を奪われた。
人の道を抜け、【七陰】が舞台の上に並び立つ。
全員背中には激しい闘志を漲らせており、最高幹部集結という神々しい光景に一人残らず息を呑んだ。
「──……来たわね」
青い瞳を光らせ、アルファが呟いた。
晴れやかな空を見上げると、視界には一人の人間。黒いローブに身を包みながら、自分達が立っている舞台へ音もなく着地した。
その者、【シャドウガーデン】副リーダー・ライト。
リーダー・シャドウの右腕であり、組織のNo.2。今回行うイベントのために、わざわざ『ミドガル王国』から飛んで来たのだ。
「は、始まるのですね。【七陰】の皆様とライト様の……力試しが」
「そうだ、一瞬たりとも目を離すなよ。この戦いを見れば、お前達の成長に必ず繋がる」
再び拳を震わせるニューの声にラムダが答える。オメガとカイも少しばかり汗を流しており、舞台上から放たれるプレッシャーをしっかりと感じていた。
「久しぶりということもあって、皆様やる気に満ちておられるな」
「前回から間が空いた、と?」
「ああ、最後に行われたのは二年程前だったか。私が【シャドウガーデン】に加入した直後のことだった」
初めてライト様にお会いしたのもその時だったよと、ラムダは昔を懐かしむように口元を緩めた。アルファ達が勢力拡大のためにシドとライへ別れを告げた後、ライはシドに黙って一度だけ様子を見に来ていた。その時に行った力試しがラムダの記憶しているものだ。
「アルファ様の話によれば、力試しはこれまでに六回行われているらしい。勝敗はライト様の全勝。気合いが入るのも当然だろう」
「【七陰】の皆様が全敗……流石はライト様ですね」
負ける姿など想像も出来ない最高幹部達が一勝も出来ていない事実を知り、ニューはライトの力に改めて感動する。珍しくわくわくしたような顔を見せながら、最初の一戦に誰が出るかを予想し始めた。
「まずは誰がライト様と戦われるんでしょうか。やはり……デルタ様?」
「それは違うな。ニュー、お前は一つ勘違いをしている」
「……えっ? それは……どういう?」
ニューの予想を否定し、訂正を加えたラムダ。
過去に直接見たことがある彼女だけが、力試しについての正確な知識を有しているからだ。
「この戦いは
首を傾げて答えを待つニューに、ラムダは目を細めながら言葉を放った。思わず声を上げてしまう程の、驚愕の事実を。
「──〝
いよいよアニメでアルファが曇らされますね!(満面の笑み)。
そしてたくさんのお気に入り登録・感想・評価ありがとうございます!
評価に関しては頂いた数が多過ぎてバグったのかと本気で思いました(笑)。高評価してくださった読者様、本当にありがとうございました!