陰の右腕になりまして。   作:スイートズッキー

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42話 逃げるなよ?

 

 

 

 

 

「──報告は以上ね。ありがとう、ガンマ」

 

 美しい金色の髪を耳に掛けながら、アルファが渡された報告書に目を通す。仕事部屋として使っている『ミツゴシ商会』の一室では、今日も組織運営に関する話し合いが行われていた。机の上には書類が山のように積まれており、アルファの身体など隠れてしまう程である。

 

「アルファ様。その……お疲れのようですが」

 

 心配そうな顔を見せるのは『ミツゴシ商会』の会長を務めるガンマ。たった今アルファへの報告を終えたばかりであり、表情には少しだけ余裕が戻っている。

 

「ありがとう。大丈夫よ。『大商会連合』の妨害もある訳だし、頑張り時ね」

 

 腕を組みながら軽く笑みを浮かべたアルファ。気丈に振る舞ってはいるが、激務続きの毎日は確実に彼女の精神を擦り減らしていた。

 

「私がアルファ様のフォローを出来れば良いのですが……」

「何言ってるの。貴女はもう十分過ぎる程の仕事をこなしているでしょう? それに私はシャドウとライトから【シャドウガーデン】を任されている身。No.3として、弱音を吐く訳にはいかないわ」

「……流石です。アルファ様」

 

 凛とした表情で覚悟を示す様は、とてもまだ十五歳とは思えない貫禄。青春を謳歌するべき少女がこうなるしかなかったこの世界は、あまりにも残酷だ。

 

「あれ? アルファ様、そのメモは……?」

 

 ガンマが気付いたのは、机の端ギリギリに乗っかっている小さな紙切れだった。

 

「ゼータに伝えられたライトからの伝言よ」

「ライト様から?」

「ええ。しばらく私達のことを手伝えない、といった内容よ。わざわざ謝罪まで付けて、律儀よね」

「ふふっ、本当ですね」

 

 手を借りられないというのは心細いが、しっかりとそれを伝えてくれることに安堵するガンマ。そもそも報・連・相が大事と教えたのはライトなので、当然と言えば当然なのだが。

 

「それではアルファ様。私は業務に戻りますので、失礼致します」

「ええ、ありがとう」

 

 一人きりとなった部屋で、アルファは再びメモヘ視線を向けた。ガンマには敢えて見せなかった、()()()()()()()()

 

 ──〝しばらく何も手伝えない、悪いな〟。

 

 無駄な文もない、とてもシンプルで分かりやすい内容だ。

 しかし、だからこそアルファは違和感を覚えた。

 

(彼がこんな伝言を頼むなんて……今までなかった)

 

 伝言が届くこと自体は珍しくない。問題は伝言の『内容』だった。

 

(しばらく何も手伝えない……)

 

 これまで積極的に力を借りてきた自覚はないが、ライトの助けを頼りにしていない訳でもない。シャドウと違い定期的に様子を見に来るライトへ、そういった信頼を寄せてしまうのは仕方のないことだ。

 むしろ、何かあったらすぐに頼ってくれとライトはよく言っている。何も手伝えないなど、今まで一度たりとも言われたことがなかったのだ。

 

(〝何も手伝えない〟の部分も気になるけど、〝しばらく〟というのも引っかかる)

 

 とても曖昧な言葉であり、期限が確定していない表現だ。何事も正確に伝えてくるライトからの言葉とは思えなかった。

 

「ゼータに聞いても……無駄でしょうね」

 

 メモを机に置き、腕を組むアルファ。表情には僅かばかりの不満が滲み出ており、年相応とも言える感情を露わにしていた。

 最近、何やらライトの指示で任務についているゼータ。詳細は秘密としか返してはくれず、どういう事をしているのかアルファですら把握していない。自分には頼らないどころか仲間外れにされている状況、アルファにとっては面白いはずもなかった。

 

(……ダメね。彼のことになると、つい考え過ぎてしまう)

 

 良くない癖だと、アルファは苦笑いと共に反省。幼い頃から頼りにしてきたからか、無意識に甘えてしまっているようだ。

 この間行った力試しも結果的には引き分けで終わったが、実質敗北したも同然。奥の手を出させはしたものの、実力が近付いたなどと思える筈もない。

 

 頼るだけでなく、頼られたい。

 そんな願いを叶えるべく、アルファは気を引き締めた。恋心を向ける、ただ一人の異性の期待に応えるために。

 

「……無茶は、しないでね」

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 アルファから重い感情を向けられている男、ライ・トーアム。

 金髪美少女エルフの心を現在進行形で惑わせているなど知るはずもなく、当の本人はやっておくべき事を済ませるために行動していた。

 

 現在地は『ミドガル王国』の中心──〝王家の城〟であった。

 

「ふっ!!」

「はぁぁぁっ!!」

 

 甲高い金属音が鳴り響く訓練場。赤と銀の髪を激しく揺らしながら、二人の魔剣士が剣をぶつけ合っていた。

 

 一人は『ミドガル王国』の第一王女、アイリス・ミドガル。国家最強と謳われる彼女だがその表情に余裕はなく、振るわれる剣へ真剣に向き合っていた。

 そしてアイリスの相手をしているのは、第二王女であるアレクシア・ミドガル。気高い美貌を台無しにするような大量の汗と、死に物狂いとも呼べる剣幕でアイリスへ挑んでいる。

 

 国を代表する美人姉妹の対戦。普通なら野次馬が集まりそうなものだが、使っている場所は王家の城と普通ではない。プライベートな環境だからこそ、なりふり構わず剣を振るえていた。

 

「──はい! そこまで!」

 

 アイリスがアレクシアの剣を弾き飛ばしたところで、ライが大声を上げて中断。一時間にも及んだ長い戦いは、ようやく終わりを迎えた。

 

「……はぁ、はぁ」

「……ふーっ、疲れたぁ」

 

 膝に手を当てて荒く呼吸するアイリスと、王女とは思えない格好で倒れ込むアレクシア。二人とも目に見えて疲労しており、汗が止まることなく流れ続けている。

 

「お疲れ様です。飲み物をどうぞ」

「あ、ありがとうございます。ライ君」

「あ、あ、ありがとぉ……」

「どういたしまして」

 

 余裕の差がそのまま実力差として出ている。しかし、アイリスをここまで追い込んだだけで、アレクシアの成長も見て取れる程だ。

 

「惜しかったですね。アレクシア王女」

「……お世辞はいいわよ。どう見たって私の完敗じゃない」

「いいえ、完敗じゃなくて普通に敗北ぐらいだと思いますよ」

「それはそれで……なんかムカつくわね」

 

 納得いかなそうな顔をしながらも、アレクシアの機嫌は悪くなかった。ライに手渡された飲み物に口をつけ、乾いた喉が潤っていくのを感じながらゆっくりと立ち上がった。

 

「ライ君の言う通りです。私も最後の方は危なかった。強くなりましたね、アレクシア」

「……姉様。……そ、そんなこと言われたって、負けてるんだから喜べません」

 

 言葉とは裏腹に、笑みを隠せないアレクシア。憧れの姉から贈られた褒め言葉に、表情筋は一秒も耐えられなかった。

 

「以前より基礎がしっかりしてきたお陰か、剣に安定感が生まれたように思います。だからこそアイリス王女の攻撃を捌くことができ、カウンターを狙えたんですから」

「それしか出来なかっただけよ。姉様と真正面から打ち合うなんて……まだ無理だもの」

()()、ですか。ポジティブになったようでなによりです。それに前までのアレクシア王女であれば、カウンターを狙うことすら出来なかったのでは?」

「……貴方って、やっぱり性格悪いわよね?」

 

 お褒めに預かり光栄です。そう返したライに、アレクシアは更に顔を渋くした。それでも僅かに赤くなっていることから、チョロい女の片鱗が見えている。

 

「ふふっ、ライ君の教え方も素晴らしいですからね。無理にでも稽古を頼んで正解でした」

「本当に()()にでしたね」

「あはは……すみません」

「いえ、頭は下げなくて良いです。自分の首が飛びかねないので」

 

 割と笑えない行為を簡単にするアイリスへ、ライが苦笑い気味に注意を促した。ほんの少しばかり嫌味を言うことすら、この天然王女には出来なかった。

 

「交換条件ですからね。自分の『紅の騎士団』退団を()()()()()()()、お二人に稽古をつけると」

「姉様がこの話を言い出した時は驚いたわよ」

「多分、自分が一番驚きました」

「それはそうね」

 

 三日前、ライはアイリスへ直接退団を申し出た。何度も引き止めようとしたアイリスの言葉に、全く耳を貸さず。たまたまその場に居合わせたアレクシアも、随分と驚かされたものだ。

 

「姉様があれだけ食い下がっても意見を変えないんだもの。姉様なりの仕返しってことじゃない?」

 

 土下座しそうな勢いでアイリスがライに対して取り付けた交換条件は三日間の剣術指導だった。ライにとっては承諾するメリットも特になかったが、これまでの恩を返すという意味で首を縦に振ったのだ。

 

「ア、アレクシア! その言い方には悪意を感じますよ! ……確かに、無茶を言った自覚はありますが」

 

 少しばかり涙目になりながら、アイリスがアレクシアに詰め寄る。以前までの冷え切っていた姉妹関係はすっかり元通りになり、誰が見ても仲良し姉妹となっていた。

 

「──〝退団を認めて頂けないのなら、給料と休職していた間に受け取った特別支給金は全て返金致します〟……なんて言われてしまえば、引き止めるのは無理だと思うでしょう?」

「まあ、それはそうですね。あの時のライ君は何があっても意見を変えなかったと思います」

 

 アイリスの言葉を聞き、素直に頷いたアレクシア。自分が姉の立場でも同じようになっていただろうと、三日前のことを思い出して口を閉ざす。

 そんな俯きかけている姉妹に、ライは少々の困り顔で声をかけた。

 

「自分の魔力回路はもう()()()()()()()。『紅の騎士団』に残っても、これまでのような戦力にはなれませんから」

 

 王都を震撼させた『ブシン祭』の一件で、ライは【シャドウガーデン】の首領であるシャドウと対峙した。国が禁止薬物に指定する──『グンピードの実』まで使用して。

 

「引き止めてくださるアイリス王女には申し訳ありませんが、自分が自分の弱さを許せないのです。王国最強となる騎士団に、自分の居場所は必要無い」

「……ライ君」

 

 ──などと言っているが、ライは当然良い話に進路変更しようとしているだけだ。『グンピードの実』などアルファによる完全な後付け。出来る女の出来る策に、思いっきり乗っかっていた。退団が美化されるのなら、後腐れもそれほど無い。金も返すことなく退団出来る状況を生み出してくれたアルファに、ライは心から感謝した。

 

「大丈夫ですよ。今の『紅の騎士団』には優秀な魔剣士達が数多く在籍しています。これからの『ミドガル王国』は安泰ですね」

「そうよ、姉様。ライ君にはライ君の考えがあるのだから、いつまでも未練がましくしてはいけないわ。姉様は団長なのだから」

「そう……ですね。これまでライ君にはたくさん助けられてきたので、どうにも甘えてしまっていたようです」

 

 設立されてから日が浅いとは言え、ライは『紅の騎士団』の初期メンバーと言っても良い。そんな中でも、学園襲撃事件の際には副団長であるグレンと有望株であったマルコを瀕死の状態ながらも救出。立ち上げ早々に主力を失う事態から騎士団も救ってみせた。ライが完遂した最大の功績と言えるだろう。

 

 更には聖地・『リンドブルム』でのアレクシアの護衛、『ブシン祭』にアイリスが参加しないことによる『紅の騎士団』への期待度向上などなど、ライがもたらした恩恵は個人とは思えない程のものだ。アイリスがここまで意地になるのも仕方ないことであった。

 

「私に兄が居たなら……ライ君のような人が良かったです」

「あら、姉様? それだと私もライ君の妹になりませんか?」

「お二人が妹ですか、それは騒がし……賑やかでしょうね」

「今なんか失礼なこと言いかけなかった?」

「いえ、全く」

 

 不敬な発言をギリギリのところで止め、ライが笑顔で黙る。勘のいいガキは嫌いなのだ。

 

「ね、姉様には……兄なんて必要ないでしょう? ……その、私が居るんだから」

「アレクシア……。なんて……可愛いんですかっ!!」

 

 我慢出来ずといった具合にアイリスがアレクシアを抱き締める。長年不仲な関係が続いていたからか、和解してからの溺愛っぷりが凄いことになっていた。まさに、目に入れても痛くないというやつだ。

 

「ちょっ、ちょっと姉様! ライ君の前ではしたないですよ!」

「良いではありませんかっ、私の妹がこんなにも可愛いのですからっ!」

「何も理由になっていませんっ! ライ君も止めてよっ!」

「今日晴れてるなぁ」

「無視っ!?」

 

 王女に騎士団長という二つの属性を持ちながら、新たにシスコンという属性を加えたアイリス。本当はずっとこうして可愛がりたかったのだろう、普段の厳格さなど微塵も感じられない。

 アレクシアの方も困った顔こそしているが、嫌がっている気配はない。むしろ、満更でもない表情を見せている。所詮、照れ隠しに過ぎないのだ。

 

 仲良し王女姉妹のスキンシップを眺めつつ、ライが地面に置いていた剣を腰の定位置へと戻す。今日の稽古はここで終わりのようだ。

 

「──はい。じゃあ稽古をつけるのは今日で最後になりますので、自分からお二人に助言のようなものを」

「あっ、はい! お願いします」

「わ、私も! ……よろしく」

 

 グリグリと身体を寄せ合っていたアイリスとアレクシアだったが、ライの言葉を聞きすぐに離れる。ピシッと姿勢を正して聞く体勢を作る辺り、この二人は真面目だと言える。王家の教育もしっかりしているなと、ライは素直に感心した。

 

「アイリス王女。貴女はこれまで、魔力に頼ってばかりいましたね」

「うっ……。は、はい」

 

 耳が痛いと言わんばかりに、アイリスの表情が落ち込む。飼い主に叱られた犬のような様子に、ライは軽く笑った。

 

「でも、この三日間でそれは大分解消されたと思います。意識を変えるということは、とても大事なことですからね」

「ほ、本当ですか?」

「はい。自分が教えたように基礎を固め、剣術を磨いていけば、自然に魔力を扱う技術は向上していきます。大切なのは常に頭を使って〝雑に戦わないこと〟。これを忘れなければ、アイリス王女はもっと強くなれるはずです」

 

 一国の王女に対してただの学生が言える台詞では到底ない。しかし、アイリスがライの言葉に憤慨するはずもなく、憑き物が落ちたような顔で頷いた。

 

「私は必ず、ライ君の剣に届いてみせます。貴方が見せてくれた──『天才の剣』に」

 

 ライと出会い、アイリスは世界の広さを知った。自分が井の中の蛙であったことを知った。魔力に頼っていただけだと、思い知らされた。

 これから先の戦いで剣を振るうためには、馬鹿のままではいけない。それでは戦いに参加することすら出来ないのだと、アイリスは覚悟を決める。

 

 憧れた魔剣士(ライ・トーアム)に──追いつけるように。

 

「では次に、アレクシア王女」

「え、ええっ! 何を言われても気にしないわ! 好きなように言って頂戴!」

 

 この三日間で行ったアイリスとの模擬戦。アレクシアは一度も勝利することが出来ず、全敗という結果で終わった。だからこそ厳しい言葉に耐えるため、緊張と共に身構えた。

 

 しかし、そんな彼女にとって、告げられた言葉は予想外過ぎるものだった。

 

()()()()()()()()()()()()

「……えっ? ……えっ?」

 

 思わず二度聞き返したアレクシアだったが、ライからの言葉は変わらない。助言は無し、何も言うことはないの一点張りだった。

 

「わ、私……やっぱり、その程度」

「ああっ! 違いますっ! そういう意味じゃなくてっ!」

 

 表情が曇りかけたアレクシアを見て、ライが慌てて首を横に振る。何も言うことはないという言葉の意味を誤解させないために。

 

「アレクシア王女の剣はとても素晴らしい。長年研鑽を積み重ねてきたのだと、本当によく分かります。()()()()()()()()()()()()()()

「……アイツ?」

「シドですよ。シド・カゲノー」

「ッ!! ……へ、へぇ〜、そうなの」

 

 シドの名前を聞き、見るからに嬉しそうなアレクシア。偽物の恋人関係が終わった今でも、彼女はシドに恋愛的な想いを捨てられずにいた。そんな男に陰で褒められていたと知ったのだから、喜ばない訳がなかった。

 

「アイツって人を褒めること自体は珍しくないんですけど、剣で人を褒めるのって凄く珍しいんですよね。アレクシア王女を含めても、俺が知っているだけで三人しか居ません」

「あっ、あっそ! あのポチ……シド君がねっ!」

「はい。あれは伸びるだろうって」

 

 ニヤニヤが止まらないからか、ライが口にした〝あれ〟呼びについても言及は無し。アイリスも妹のはしゃぐ様子が嬉しいのか、ニコニコと笑っていた。

 

「要するに俺が言いたいのは、アレクシア王女はこのまま自分の力で強くなれるということです。……もちろん一人ではなく、アイリス王女と一緒にね」

「ライ君……。ありがとう」

 

 姉と同じく、吹っ切れた顔のアレクシア。たとえ『凡人の剣』と蔑まれようが、今の彼女に意味はない。その『凡人の剣』こそが、他の誰でもない──彼女自身の剣なのだから。

 

「──さて、じゃあ俺はそろそろ行きます。今日限り、正式に退団ということで」

「寂しいですが……仕方ありませんね」

「ライ君はこれからどうするの? 確か学園の方に休学届を出したのよね?」

 

 アレクシアの言う通り、ライは『ミドガル魔剣士学園』に一ヶ月程の休学を申し出ていた。特待生だった実績と成績優秀な生徒だったこともあり、届出はすんなり許可された。

 

「少し旅に出ようかと思っています。世界は広いですからね、自分の魔力回路を治す手段がどこかにあるかもしれません。あまり期待は出来ませんが」

 

 当然、嘘である。

 国を出ようとしているのは本当だが、魔力回路を治す手段など探すはずもない。何故なら彼の魔力回路は損傷0、完全な状態のままなのだから。

 

「すぐに出るのですか?」

「いえ、()()()()()()()()()()()()()出発しようと思ってます」

 

 目を細めて何とも言えない表情を作ったライだが、アイリスとアレクシアがそれに気付くことはなかった。

 

「手伝いたい、と言っても断られてしまうのでしょうね」

「そうね、姉様。ライ君はきっと断るわ」

「ははっ、ご想像にお任せします」

 

 飄々とした様子のライに、やれやれと目を閉じる王女姉妹。今にして思えば謎の多い人物だったと、遅過ぎる発見をしてしまった。

 

「幸運を祈っています。ライ君」

「また稽古つけてよね。今度はシド君も一緒に」

「分かりました。……では、お二人ともお元気で」

 

 去っていくライの背中を見つめながら、アイリスが拳に力を込める。自身が強くなることが、助けられた借りを返すことに繋がると信じて。

 

「姉様。……私、まだやれますよ?」

 

 汗は止まっていないが、息は整えたようだ。そんな妹からの小生意気な挑発に、アイリスは姉として応えた。

 

「実は……私もです」

 

 日が落ちる時間まで、姉妹は仲良く剣を振るった。

 失った時間以上のものを、取り戻そうとするかのように。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ──現在、クレア・カゲノーは自分でも引く程に機嫌が悪かった。

 

 朝から突然部屋に不法侵入される。寝ているところを叩き起こされる。理由も説明されず無理矢理に連れ出される。

 とてつもない聖人だったとしても軽くブチギレるだろう。大人しくついて来てやったことに感謝して欲しいと、クレアは目の前に立っている男に殺意全開の視線を向けた。

 

 乙女の部屋に突撃し、誘拐するかのように王都から離れた山の中へ連れて来た男──ライ・トーアムに向けて。

 

「ほんっとうに何なの? アンタ頭が可笑しくなったの? 意味分かんないんだけど? 説明あるんでしょうね?」

 

 苛立ちを隠せない早口にも、ライは僅かな笑みを返すだけ。酷い仕打ちを受けたばかりだというのに、追い討ちをかけるように天候は雨。傘を持ってくる余裕があるはずもなく、身体は時間が経つごとに無防備に濡れていった。まさに最悪の重ねがけ。短気なクレアでなくとも怒って当然の状況だった。

 

「まあそう怒るなよ。悪いとは思ってる」

「嘘よっ! アンタのその顔は絶対そんなこと思ってないっ!」

「いやいや、本当に思ってるって。……けど、こうでもしなきゃ──逃げられると思ったからさ」

「……はぁ? アンタ、本当に何がしたい──」

 

 本気で困惑し始めたクレアの言葉を遮るように、ライが()()()()()。軽い動作で行われたにも関わらず、その斬撃は強大。クレアのすぐ真横を通り過ぎると、そのまま直線上にあった大木を真っ二つに斬り倒した。

 

「……ッ!!?」

 

 全く見えなかったと、クレアは一秒にも満たない誤差で後ろを振り返る。視界に飛び込んできたのは綺麗に二等分された大木の姿。もし斬撃がクレアに向かって放たれていれば、ああなっていたのは自分の方だったのだと恐怖が押し寄せる。

 

「……冗談にしても、笑えないわね」

「冗談? そんな訳ないだろ。俺はいつだって大真面目だ」

 

 鋭い眼光で睨まれてるというのに、ライの態度は変わらない。いつものように余裕を見せ、本心を隠している。

 

「なあ、クレア」

「……なによ」

「お前ってさ──()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 瞬間、クレアが剣を抜きライへと斬りかかった。

 鍛錬を積み重ねた者だけが実現可能とする速度と威力。しかし、そんなお手本のような一撃はいとも容易く捌かれた。

 

「喧嘩なら買ってやるわよッ! ライッ!!」

「売ったつもりはないんだけどな。それに、これからするのは喧嘩じゃねぇよ」

 

 クレアを力任せに弾き飛ばし、互いの間に距離が生まれる。雨でぬかるんだ地面は不安定であり、魔剣士の足を支えるには心許ない環境だった。

 

「お前みたいな頑固者には、言葉で言っても無駄だからな。身体が克服しなきゃ意味ないんだよ」

「だからっ! 何を言ってるのかさっぱり分かんないのよっ! 言いたいことがあるならハッキリ言いなさいっ!!」

 

 まるで意味の分からない言動を繰り返すライに、クレアが怒声を上げる。そんな声を受けても、ライはため息を溢すだけだ。

 

「お前を〝負け犬〟から〝魔剣士〟に戻してやろうと思ってな」

「人のことを負け犬負け犬って……! いくら私に勝ってるからって、調子に乗り過ぎなんじゃない?」

「──47回。お前が俺に負けた回数だ」

 

 どこまでも淡々と、冷酷な事実を突き付けるライ。クレアの真紅の瞳が、激情に燃えた。

 

「だから、喧嘩売ってんならそう言いなさい……ッ!!」

「お前さ、本当に分かってないんだな」

「……えっ?」

 

 張り詰めた空気が抜けるように、ライが心から呆れたような声を出した。剣を肩に乗せ、仕方ないと呟いている。

 

「『ブシン祭』の特別出場枠をかけた選抜大会、俺とお前は一回戦で当たったよな?」

「それがどうしたってのよ。はいはい、私はアンタに負けたわよ。だからなに?」

「どうして()()()()()()()()()?」

「はっ?」

 

 何度目かも分からない困惑。クレアの様子を無視して、ライは言葉を続けた。

 

「決定的なのは『無法都市』だ。お前、ジャガノートって奴に殺されかけたんだろ? 更には『血の女王』にも殺されかけたっと」

「ッ!! ど、どうしてアンタがそんなこと知ってるのよっ!? アンタは魔剣士協会と協力してグール退治をしてたはずじゃ……」

「それこそどうでもいい。大事なのは、お前が殺されかけたっていう事実だけだ」

 

 余計な言葉は挟ませないと言わんばかりのライの態度に、クレアが気圧される。今までのライではない、長年の付き合いからそれを感じ取っていた。

 

「確かにジャガノートも『血の女王』も強い。世界的に見ても上位の実力者達だ。でも、簡単にお前を殺せる程じゃない。お前が全力を出してさえいれば、少なくとも負けることはなかった」

 

 最早言い返すことすら出来ずに、クレアはライを見ている。次第に大きくなり始めた、身体の震えにも気付かず。

 

「覚えてるか? 俺達が初めて会った日のこと。お前、俺に勝負を挑んできたよな。結果は俺が勝ったけど、俺はお前に『勝った』とは思えなかった」

 

 手が、足が、まるで石のように冷たく固い。呼吸の仕方を忘れてしまいそうになるほど、クレアの身体は緊張に包まれていた。

 

「何度潰しても必死に向かって来て、しつこい奴だと思った。どれだけ実力差を見せても向かって来て、面白い奴だと思った。──俺は楽しかったよ」

 

 向けられた視線はとても優しく、同時に──とても寂しそうだった。

 

「今日ここで、あの日のお前を取り戻す」

 

 そう言って、ライが剣を構える。先程振り抜いた一本だけでなく、二本目の剣も握って。

 

「……二刀……流」

 

 雨音に掻き消されそうなクレアの呟きに、ライは口角を吊り上げて返した。

 

「ずっと使えって言ってただろ? お望み通り、二刀流で相手してやるよ。()()()()()()()()()

 

 そしてライは魔力を解放した。空気が変わり、肌を突き刺すようなプレッシャーが放たれる。その場に立っているだけで、何らかの攻撃を受けているような錯覚さえ引き起こされた。

 

 

「逃げるなよ? 〝クレア・カゲノー〟

 

 

 全力の状態となったライは──引き金を引いた。

 

 

 

「お前に……()()()()()()()

 

 

 

 




 
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