陰の右腕になりまして。   作:スイートズッキー

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43話 ただの本心だ

 

 

 

 

 

 クレア・カゲノーにとって、ライ・トーアムは()()()()()()()()()

 

 十歳になったばかりの弟が自分の親友だと言って連れて来たのがファーストコンタクトであり、それからは結構な頻度で家に顔を出してきた。

 超が付く程のブラコン、そしてまだ十二歳と幼かったクレアがそれを素直に祝福出来るはずもなく、ライに対して嫉妬と憎悪を抱いたのは自然な流れと言えた。

 

 

 〝アンタが私の弟の親友に相応しいか、姉として確かめてあげるわ! 〟

 

 

 やはり我慢が出来ず、強引に始めた模擬戦。木刀を使ったものではあるが、お互いが魔剣士の家系であるため魔力の使用は解禁。その頃から既に天才だと家族からちやほやされ始めていたクレアにとって、ライは格下の相手にしか見えていなかった。

 

 ──結果、惨敗。

 

 何度打ち込んでも捌かれ、的確な反撃(カウンター)を受けた。

 何度突撃しても軽くあしらわれ、地面に転がされた。

 何度も、何度も、何度も、クレアは己の意地を通すため、()()()()()()()()()()()()へ木刀を振った。

 

 しかし、クレアの剣が届くことはなかった。

 

 初めて戦った二刀流だから。相手が二つも年下で遠慮してしまったから。油断していたから。作ろうと思えば、言い訳などいくらでも作れた。

 それでも、クレアは己の敗北を認めた。無様に倒れながら見上げた少年が──あまりにも大きく見えたから。

 

 弟に関する嫉妬や心配など、勝負が終わった時には綺麗さっぱりと消えていた。ただただ、自分を打ち負かした剣に感動した。あんな風に剣を振るってみたいと、クレアは心から憧れてしまったのだ。

 

 〝また勝負がしたい〟

 

 捻くれるつもりもなく、素直にそう伝えようとしたクレア。

 ボロボロの身体に力を込めて立ち上がり、ライと顔を合わせたまでは良かった。問題はその後、クレアが見たライの『目』だった。

 

 まるで()()()()()()()()()()()()()()()それに、クレアは凍りつくように恐怖した。生まれて初めてそんな目を向けられたというのもあるが、それ以上に剣に捧げてきた自分の全てを否定されたように感じたことが大きい。

 

 全力を尽くして挑んだというのに、向けられた目は全く自分を見ていなかったのだ。

 クレアは初めて経験した衝撃に、涙を堪えることも出来ずその場から逃げるようにして去った。

 

 一晩中枕を濡らした後、自分らしくないと心を切り替えた。そう、切り替えたつもりだった。

 

 そして実現した二度目の勝負。誘ったのはライの方からであった。クレアは純粋に嬉しく思い承諾。

 

 ──結果、惨敗。

 

 結末だけ見れば初戦と同じだが、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ライだけが気付き、クレアだけが気付いていないもの。

 

 それを明確にさせる戦いが行われたのは──五年以上先のことだった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 止む気配もなく降り続いている雨。豪雨と言う程ではないが、小雨と言う程でもない。視界は水に遮られ、傘がなければ困る天候であった。

 

 そんな悪天候の中、とある山では二人の魔剣士が剣を交えている。いや、片方が一方的に打ちのめされていると言った方が正しいかもしれないが。

 

「──ッ!!」

 

 木々の間を弾丸のような速度で吹き飛ばされている少女、クレア・カゲノー。普段なら気品を感じさせる美しい黒髪はボサボサに荒れており、繰り返される呼吸も同様に荒かった。

 どうにか空中で一回転し、剣を地面に突き刺す。大木に背中を叩き付ける直前でクレアは自身の身体を停止させることに成功した。

 

「はぁ……はぁ……!!」

 

 鬱陶しそうに前髪を払い、クレアは対峙している人物へ視線を定める。自身とは違って普段通りの態度を崩していない──ライ・トーアムに。

 

「おいおい、いつまで寝ぼけてるつもりだ? これだけ雨に当たってんだ。顔を洗う必要はないだろ?」

 

 口が悪いのはいつもの事。しかし、今のライはいつもと違う。いくらクレアが自分達を犬猿の仲であると認識していても、それぐらいの事は分かった。

 

「……いきなり決闘だとか、意味分かんないのよ」

「そのままの意味だよ。それ以外に何がある?」

 

 煽るような仕草にも、今はムカつきより違和感が勝った。確かにライは自分に対して、口が悪く態度がデカく性格が生意気と最悪な人間関係を築いている。

 

 それでも、いきなり何の説明もなく剣を振ってくるような男ではないと、クレアは信じ切っていた。

 

 だからこそ理解が出来ない。先程から振るわれる剣全てに──殺意が込められていることを。

 

「……アンタが何考えてるかなんて知らないけどね。それに付き合ってあげる程、私は暇じゃないのよ」

「付き合う? ……おいおい、まだ状況が理解出来てないのか? 〝決闘〟だって言っただろ。お前は今ここで、俺に剣を当てることだけ考えてれば良いんだよ。てか、そう出来ないならお前……」

 

 その瞬間、クレアの生存本能が働き腰を地面に落とさせた。ライが横一閃に振るった剣から、自らの命を逃すために。

 

 

「──()()()()()()?」

 

 

 キィィンという空気が切り裂かれる音と共に、何かが倒れた音が背後から耳に届いた。クレアは背筋が凍るような感覚に支配されつつ、ゆっくりと後ろを振り返った。

 

(……木が、一撃で……こんなに?)

 

 何十、いや、何百本という木が真ん中で斬り倒されていた。無様に尻餅をつかなかったなら、半分に別れていたのは自分だったのだろう。

 クレアは今の一撃で、ライが本気で自分を殺そうとしているのだと悟った。

 

「……本気、なのね」

「だから何回もそう言ってんだろ。お前も俺を殺す気でこい。……でなきゃ、遊び相手にもならねぇよ」

「──ッ!! ライッ!!」

 

 怒りの形相でクレアがライに斬りかかった。先程までの迷いを含んだ動きではなく、魔剣士としての動きだ。首元へ振るわれた一撃は防がれたが、ライはそれを見て不敵に笑った。

 

「そうだ、それで良い。やれば出来るじゃねぇか」

「後悔させてあげるわよっ! こんなふざけた真似をしたことっ!!」

「ふざけてないさ。さっきも言ったはずだぞ、俺はいつだって大真面目だ」

 

 至って真剣な表情で返すライに、クレアは怒りと共に頭を悩ませる。自分を本気で殺そうとしている事は理解したが、何故そうする必要があるのかがまだ理解出来ていなかったからだ。

 

 それに、違和感を覚える点はそれ以外にもあった。

 

(この斬撃の威力……()()()()()()()()()()()()

 

 木を斬り倒した一撃だけではない。現在進行形で打ち合っている剣にも魔力が纏わされているとクレアは確信していた。そもそもこちらが魔力を使っているのだ。対する側も魔力を使っていなければ勝負にすらならない。

 

(アイツは魔力回路に異常があるんじゃなかったの!? ……それにこんな魔力、今まで見たことない……!!)

 

 これまで経験したことのない濃密な魔力を肌で感じ取り、クレアの身体が震え出した。それでも、クレアは自分を臆病者と蔑むことは出来ない。もし自分をそう呼べる者が居るならば、すぐこの場に連れて来いと言える自信があった。

 

「考え事か? 余裕だな」

 

 クレアが不規則に振るわれる二刀流へどうにか食らいついていると、ライが小馬鹿にしたような声をかけた。余裕などあるはずもないクレアにとって、これ以上ないほど腹の立つ台詞だった。

 

「うる……さいっ!! それよりアンタ! どうして〝魔力〟が──」

「おい、足元がお留守だぞ」

「……ぐっ! ……がはッ!」

 

 二刀の剣を受け止めたまでは良かったが、意識外からの足払いに反応出来なかったクレア。無抵抗に身体を地面へと叩き付け、完全に体勢が崩れた。そのまま流れるように繰り出されたライの蹴りはクレアの腹部へと直撃。跳ねる泥水を纏いながら、少女の身体はボロ雑巾のように吹き飛ばされた。

 

「……はっ、はぁ、はぁ」

 

 失った酸素を取り戻すように呼吸し、蹴られた腹部に手を当てるクレア。回復魔術を施そうとした瞬間、すぐ側でライに見下ろされている事に気付いた。

 

「立て。まだやれるだろ?」

 

 片方の剣をクレアに突きつけながら、挑発ではなく命令をするライ。無感情ではないが冷たい目をしており、降り続ける雨と合わせれば凍える程に体温を奪ってくる。

 

「お前の力はそんなもんじゃない。早く立て」

 

 ズキズキと響く腹部の痛み。泥で汚れた嫌悪感。一撃も当てられず地面に転がされている屈辱。更には相手からの重過ぎる言葉。

 

 

 クレアの精神(メンタル)は──呆気なく限界を迎えた。

 

 

「……くっ。……うっ、ううっ」

 

 泥の付いた顔に、涙で出来た一筋のラインが浮かび上がる。いつも強気を崩さなかったクレアが、人前で涙を見せた。それも、ライの前で。

 

「……私は、所詮、この程度よ。アンタが言うような実力なんて……ないもん」

 

 剣も手から放して、クレアは流れ出る涙を拭う。まるで小さな子供のような姿に、ライも向けていた剣をゆっくりと下ろした。

 

「笑えば、いいじゃない。……アンタに勝つなんて、私には無理なのよ。……そんなこと、ずっと昔から分かってた。初めてアンタに負けた日から、分かってたわよ」

 

 それでも、吠えずにはいられなかった。愛する弟を奪われないため、憧れた剣士に見てもらうため。クレア・カゲノーは吠え続けるしかなかった。

 

「……私には、アンタみたいな〝才能〟はない。……どれだけ努力したって、私じゃアンタには、勝てないのよ」

 

 普段からは想像も出来ないほどの小さな声。ライは微かなため息を溢すと剣を鞘に納め、ガシガシと頭を掻いた。

 

「お前には才能がないから、俺に勝てないのか?」

 

 突き放されるような一言に、クレアが小さく頷いた。未だ地面に倒れ込んだまま、ライの顔を見ようともしない。

 しかし、そんな彼女にライは、予想も出来なかった言葉を放った。

 

「──なら、お前は俺に勝てるってことになる」

 

 ……えっ? と、クレアがほんの少しだけ顔を上げた。聞き間違いでもしたか、そんな感情が読み取れる表情をして。

 

「ほら、いつまで寝てんだ。せめて座れよ」

「……あっ、ちょっと」

 

 その隙を逃さず、ライがクレアの腕を掴んで身体を引き上げる。足に力が入っていないので立たせる事は無理と判断し、座らせることにしたようだ。

 きょとんとした顔をするクレアに、ライは解放していた魔力を抑えながら話しかける。

 

「良いか? クレア。今からお前に、絶対に一回しか言わない言葉を伝える。聞き逃さないようにしろ。分かったな?」

 

 ビシッと指を差し、断言したライ。当の本人であるクレアはあまりの状況変化に気持ちが追いつかず、再び頷くことしか出来なかった。

 それを確認したライはもう一度小さなため息を溢した後、真剣な目をして口を開いた。

 

 

「──お前には〝才能〟がある」

 

 

 クレアの耳から、音が消えた。

 地面に落ちる雨音も、風で揺れる木の葉の音も、自分の呼吸音でさえも。

 

 ライに言われた言葉の意味が、クレアには理解出来なかった。しっかりと聞こえたはずの言葉は、頭の容量を軽くオーバーしていた。

 

「……嘘よ」

「嘘じゃない」

 

 目を合わせたまま、ライが否定した。

 

「……なら冗談?」

「冗談でもない」

 

 剣を地面に突き刺し、ライが否定した。

 

「……だったら、でまかせよ」

「──ただの本心だ」

 

 クレアの震える声に対して、全く揺るがないライ。

 それなりに長い付き合いということもあり、ライがここまでストレートに物を言うこと自体が珍しいとクレアは知っている。故に、発言の本気度も感じ取った。

 

 だからこそ、彼女は才能(それ)を否定する。

 

「……もし、アンタが言うように私に才能があったとしても、何の意味もないわよ。……私はその才能を開花させられないんだから」

 

 努力を惜しんだことはなく、向上心を忘れたつもりもない。それでも、クレア・カゲノーの剣はライ・トーアムの領域に遠く及ばない。蟻と象、トカゲとドラゴン、人間と隕石。比べるのも馬鹿らしい程の差が、この二人には存在するのだから。

 

「諦めるのか?」

「……そうね。その方が楽かもね」

「お前はまだ……()()()()()()()()()()()?」

 

 この言葉に、クレアの肩がピクッと震える。今の今まで支配されていた『恐怖』によるものでもなければ、思う存分感じさせられた『無力感』によるものでもない。それは分かったような口をいつまでも叩く男への──純粋な『怒り』だった。

 

「アンタに……アンタに私の何が分かるのよっ!? 私は全力でやってるっ! 全てを剣に捧げてるっ! それでもこの程度なのよっ! いい加減分かりなさいよっ! 私じゃアンタみたいには……なれないのよ」

 

 水分を含んだ土を強く握り締め、クレアが項垂れる。

 我慢から解き放たれた感情は爆発し、次々とライに対してぶつかっていった。言葉にしたくなかった、情けない本音を。

 

「お前は、俺になりたいのか?」

「……そうじゃないけど、そうなのよ」

 

 膝を折って目線を合わせ、ライがクレアへ優しい口調で語りかける。まるで、ここが正念場であると自分に言い聞かせるかのように。

 

「分からねぇな。どうしてそんなに自信がないんだ? お前は『女神の試練』だって突破しただろ」

「アンタだって出場してれば合格したわよ。……それこそ、私より強い古代の英雄を呼び出してね」

「『ブシン祭』では優勝もした」

「アンタが居なかったからよ。居たらどうせ負けてたわ」

 

 膝を抱えながら、拗ねた子供のように言い返すクレア。

 ライはそれを見ても、特に表情に変化はない。馬鹿にした様子もなければ、匙を投げるような雰囲気でもない。ただただ、クレアの言葉に耳を傾けていた。

 

「……もう良いのよ。どうせ私の全力なんて、アンタからすればお遊びみたいなものだったんでしょ?」

「ああ、そうだな。お遊びだ」

 

 まさかの即答に、目を丸くしたクレア。流石にイラッとしたのか、僅かに頬を膨らませた。

 

「だって今のお前は……本気で勝とうとしてないから」

「……はぁ?」

 

 いきなりの爆弾発言に、クレアが首を傾げる。確実に侮辱されたはずだが、内容が予想外過ぎてついていけなかったようだ。

 

「俺が最初に戦った時のお前は()()()()()()()()()()。それこそ顔や腹に木刀を受けようが、さっきみたいに蹴りで転がされようが、どれだけ技術の差を見せつけようが、お前は俺を倒そうと向かってきた。あの時のお前が、俺は一番怖かったよ」

「そ、そんなこと……」

 

 ない、と断言は出来なかった。

 弟を奪おうとするポッと出の男に、なりふり構わず思いっきり襲いかかった記憶があったからだ。

 

「今のお前にはそれがない。いや、正確には二回目の勝負からずっとだな。何が何でも勝とうとする『意志』が……お前の中から消えちまったんだ」

「……私の、中から」

 

 泥の付いた掌を見つめるクレア。本当に言われたような意識はなく、戸惑っている様子だ。

 そんなクレアに、ライは言葉を続けた。

 

「クレア。お前さ、負けるのが怖いか?」

「何よ、突然。……怖くないと言ったら嘘になるけど、実力が出せなくなる程じゃないわよ」

「そうだな。お前は負けを恐れてる訳じゃない。敗北から学びが多いってことぐらいは分かってる奴だからな」

「馬鹿にしてんでしょ! ……じゃあ何よ、アンタに対して負け癖がついてるとでも言いたいの?」

「いや、確かにお前は俺に負けっぱなしだが、お前から『勝ちの意思』を奪った原因はもっと別のところにある」

 

 まるで原因が分かっているかのようなライの口ぶりに、クレアが元々の性格である短気を発現。多少戻ってきた強気と共に、答えを要求した。

 

「なんなのよ、その原因って」

「……はぁ。まあ、良いか。もう教えて」

 

 自分で気付かせたかったというライの呟きに表情を渋くしながらも、クレアは余計な言葉を挟まずに答えを待った。ここまで精神的にも身体的にもボロボロにされたのだ、我が身可愛いさに取り繕う必要などあるはずもなかった。

 

 クレアの様子を確認し、ライが口を開いた。

 包むことも濁すこともなく、ありのままの『真実』を放つために

 

 

「お前は負けるのが怖いんじゃない。……お前は──」

 

 

 

 

 

 

 

「──()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 真紅の瞳が、鮮やかに光った。

 

 

 

 




 祝!『陰の右腕になりまして。』一周年!

 早いもので、この小説を投稿してから約一年もの時間が経ちました!
 思いつきで始めたものですが、ここまでくると感慨深いですね。どうにかちゃんと完結させたいです(笑)。
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