「お前は負けるのが怖いんじゃない。……お前は──
突き付けられた事実に対して、クレアはまるで冷水でも浴びせられたかのような感覚と共に瞳を真紅に光らせた。
否定することも言い返すこともなく、どこか放心しているような状態でライの顔を見ていた。
「確かに全力を出して負ければ、自分の限界は見える。……けどよ、それはまた限界を超えるチャンスでもあるだろ? 俺にはそこが分からねぇんだ。お前の向上心を知っているからこそ、な」
目を閉じながら純粋な感想を告げたライ。ここまできて捻くれるつもりもないようで、素直にクレアを認めるような発言をした。
「教えてくれ、クレア。……どうして、全力を出せなくなったんだ?」
真っ直ぐな視線に貫かれ、クレアの身体から力が抜ける。長い間続いていた緊張から解き放たれ、良い意味で余裕が戻ったようだ。
「……」
軽い深呼吸を繰り返し、クレアが覚悟を決めたような目を見せる。恥を捨て、己の弱さを伝える気になったのだ。
だらんと脱力していた腕に力を込めて動かすと、人差し指を目の前の人物にゆっくりと向けた。
──
分かりきっていた事だとは思いながらも、クレアは顔が赤くなるのを堪えられなかった。散々ライバルだの言っておきながら、弱くなっている原因がお前だと自ら申告したのだ。流石のクレアも恥ずかしさに勝てなかった。
チラッと目線を向けてライの様子を確認するクレア。どうせいつものように分かっていたと言わんばかりのドヤ顔を向けられるのだろう。
そう思い込んでいたクレアにとって、視界に入ってきた表情は──完全に予想外のものとなった。
「……???」
この男、全く身に覚えがなかった。
「ちょ、ちょっと! 何よその表情!」
「い、いや……何で全力を出せなくなった原因が俺なんだろうって。俺、お前になんかしたか?」
腕を組みながら首を傾げ、本気の唸り声を出しているライ。茶化しているようには見えず、普通に分からないといった様子だ。これにはクレアも思考が停止、開いた口が塞がらなかった。
「……ア、アンタが私に
両の拳を握り締めながら、羞恥を紛らわせるように叫ぶクレア。先程までの落ち込みぶりは飛んでいき、普段のテンションが戻ってきていた。それこそ、全てを曝け出せるほどに。
「負けた私にアンタは……その、なんと言うか……石ころでも見るような目を向けたじゃない? それが、怖かったって言うか。また全力で戦って負けた時にあの目を向けられたらって思うと……って! なんで私が自分でこんな説明しないといけないのよっ! それぐらい分かりなさいよっ!!」
「?????」
「ほんとに分かれっ! このバカっ!!」
恥を捨てて正直に話したと言うのに、まさかの肩透かし。正義は自分にあるはずと信じながら、クレアはライの肩をグーで殴った。
「どうしてアンタが首を傾げてんのよ! 張本人でしょうが!!」
「……だ、だから、何でその時の俺を怖がるんだよ。別に、石ころを見るような目なんてしてなかったぞ」
「してたわよっ! 私のこと、何の興味も持てないような目で見たじゃない! どうせ弱いくせに口だけの奴とか思ってたんでしょ! あれはそういう目だった!」
責められている自覚があるのか、クレアの肩パンを大人しく受け入れているライ。渋い表情のまま唸っているが、思い当たる節はないようだ。
「……そもそも、俺はお前のことを『弱い』なんて思ったことはないぞ?」
「信じられないわよ。そんなの」
「でなきゃ二回目の勝負、俺から提案する訳ねぇだろ。弱いと思ってる奴なんかと戦わないぞ、俺」
「……えっ?」
ライの反論に、クレアが黙る。
確かにライ・トーアムという男にはそういうところがある。叩きのめした弱者のことなど記憶せず、あっさりと忘れている。某節穴娘との因縁も覚えていないどころか『どちら様ですか?』などと言い放ったのだ。この言葉に、説得力はあった。
「で、でも! アンタはいつも私のこと弱いって……」
「俺がいつ言った? お前のことを弱いって」
「それは、えっと……あれ?」
思い返してみれば、言われていない気がしてきたクレア。下に見られる発言こそ多かったが、『弱い』と言われた場面が思いつかなかったのだ。
自分の思い込みが矛盾したことにより、思考が僅かに混乱。ライはその隙を逃すことなく、畳み掛けた。
「『ブシン祭』の時、俺はアイリス王女に出場しないよう言ったよな?」
「え、ええ」
「そしてこうも言った。アイリス王女の代わりに、クレア・カゲノーが優勝するってな。あれも俺の本心だ。お前なら優勝出来ると思ったからこそ、あの交渉をする気になったんだ」
「……それって、つまり」
実力を認められている、クレアはそう捉えることしか出来なかった。凝り固まった思い込みが徐々にほぐれていき、クレアは雨で冷えた身体に熱が戻っていくのを感じた。
「でも、でもでも! じゃあ何であの時、あんな目で私を見たの……?」
今思い返しても恐怖してしまう冷たい目。虚空を見つめるようなあの目は、クレアの心を強く縛っていた。
「……あー、多分、まあ、心当たりがなくはない」
「本当っ!?」
ライのどこか気恥ずかしそうな表情にも気付かずに、クレアが詰め寄る。トラウマを乗り越えられるかもしれないチャンスに、彼女は飛びついた。
それが分かっているからこそ、ライも塩対応など出来はしない。一つため息を溢した後、観念するように真実を告げた。
「あの頃の俺は……荒れてたんだよ」
「荒れてた……?」
「色々あってな。まあ、お前の弟と出会ってマシになり始めた……いや、むしろストレスが溜まり始めた頃だったかもな」
「は、話が見えないんだけど?」
ブツブツとらしくない様子のライに、クレアも戸惑っていた。あまり過去のことを話したがらない男の、意外な一面を見た気がしたからだ。
「だから、ガキの頃は今より捻くれてたんだよ。口も悪かったみたいだしな」
「そこは何も変わってな……いだっ」
真顔で指摘するクレアの頭にチョップを落としたライ。ハッキリしないのも時間の無駄だと、素直にありのままを話した。
「──
「……へっ?」
「楽しいことが終わると、気分が沈むだろ。それと同じだ。お前との勝負が楽しかったから、終わった瞬間に〝残念だ〟って気持ちを隠せなかった。死んだ目になっても……仕方ねぇだろ」
顔を逸らしながらの発言に、クレアの心が揺れ動く。ストレートに伝えられた真実によって、トラウマという名の氷は完全に溶けたのだった。
「それ、ほんと?」
「……ああ」
「私は、アンタに見てもらえてたの?」
「おもしれー女って思ったよ。しつこいし、粘り強いし」
茶化すような言葉にすら、今のクレアは喜びを感じた。消耗していた体力が回復したような錯覚すら起こし始め、傷の痛みなど完全に忘れていた。
五年という時間を経て──二人は〝
「……なんだ、勘違いだったのね。ふふっ」
緩む口元を隠すように手を当てながら、クレアが純粋な笑みを浮かべた。誰もが見惚れるような可愛らしい表情であり、目の前に居たのがライでなければ恋に落とされていただろう。
「……はぁ、お腹痛い」
「笑い過ぎだろ」
「そりゃ笑うわよ。こんなの」
顔に付いた泥を指で取り除きながら、クレアがゆっくりと立ち上がる。地面に転がっている剣に手を伸ばし、クスクスと微笑みながら拾い上げた。
先程までの緊張も恐怖も全く感じられず、自然体を見せるクレア。憑き物が取れたような様子であり、魔力の流れも滑らかなものへと変わっていた。
「さっ、続きといきましょうか。ライ」
「どうした? 清々しい顔しやがって。良いことでもあったか?」
「ええ。──それなりにね」
魔力を解放しながら剣を構えたクレア。身体のどこにも無駄な力が入っておらず、可視化するほどの金色の魔力を全身に纏った。
「おいおい、そんなに魔力使って大丈夫か? 魔力切れ起こすぞ?」
「心配ありがとう。でもその余裕……消し飛ばしてあげるわよ」
突如、クレアが纏う魔力の色が──
鮮やかな金色から一変、赤黒い魔力へと変色。バチバチと弾ける様は、まるで雷のようにも見える。
「……はぁ、はぁ」
「息が上がってるぞ。無理してるな」
「心配する気ないでしょ? ……笑ってんじゃないわよ。ライ」
対して二刀流を構えたライに、クレアが皮肉を飛ばす。久しく見せることのなかった、ライの獰猛な笑みに向かって。
「ようやく……面白くなってきたな」
クレアの視界に入ったのは──白銀の魔力。
圧倒的な質量を感じさせる魔力に、大地が震え始める。言うまでもなく、人の限界などとっくに超えている。
それでも、クレアが怯むことはない。
長年思い描いていた全力の勝負、それがようやく実現したのだ。命を理由にこの瞬間を躊躇うほど、クレア・カゲノーはまともではなかった。
「──殺す気でこい。クレア」
「──死ぬんじゃないわよ。ライ」
二人の思考速度が上昇すると同時に、世界の速度が低下。
降り続けている雨粒すら、その場に止まっているようも見える。
そして一枚の木の葉が落ちた瞬間──剣士達は動いた。
「せやぁぁぁあああッ!!!」
魔力を全力解放したまま、先にクレアが突撃。踏み込んだ大地は激しく砕け、近くに落ちてきていた雨粒は一粒残らず吹き飛ばされた。
赤黒い魔力を纏ったクレアの剣はライの二刀流と激突。音が後から遅れてくるような超高速連撃を交え、決闘の舞台となっている山を縦横無尽に駆け回り出した。
大地だけでなく木も足場に、立体的な動きも展開する両者。魔力によって引き上げられた身体能力をフルに活用した魔剣士達の打ち合いは、嵐でも来たのかと錯覚するような爆風を巻き起こす。
(もっと、もっと……! もっと速くッ!!)
二刀の剣に対応、そして凌駕するため、クレアが更に自身の速度を引き上げる。身体は限界を超え、悲鳴の代わりにギチギチと嫌な音を立て始めた。響くような痛みは全身に回り、骨にヒビでも入ってるのかと疑いたくなるほどだ。
それでも、クレア・カゲノーは『全力』を出した
鼻血が出ようと、皮膚が裂けようと、目が充血しようと。乙女の尊厳など知ったことかと言わんばかりの状態。願うのはただ一つ、目の前の相手を倒すことのみ。
長きに渡って持ち続けた憧れを捨て去り、剣を振るう。余計な感情は必要ない。余計な情報は必要ない。余計なモノは──要らない。
研ぎ澄まし、研ぎ澄まし、ただ鋭く。
斬撃の数が百を超えた辺りで、勝負の時がやってくる。
何かしらの合図があった訳ではない。しかし、その瞬間を二人の魔剣士は確実に感じ取った。
互いに持てる魔力を爆発させ、構えた剣に全てを乗せた。
次の一撃で、勝負が決まる。
赤黒い魔力と白銀の魔力。
異なる二つの魔力が──激しく衝突した。
「「ハアアァァァァァァァァッッ!!!!」」
全力の剣、それは数秒にも満たない一瞬のことだった。
両者は剣を振り抜きながらすれ違い、背を向け合ったまま立ち尽くす。世界の速度低下が終わり、雨音だけが聞こえる空間となった。
「……」
「……」
そんな空間に、プシュッという異音が混ざる。赤い鮮血が飛び出した音であり、この決闘の敗者がどちらなのかを明確なものとした。
「……ふふっ。……楽しかった」
満足そうな笑みを浮かべながら、
膝から崩れ落ち、力なく泥に倒れ込んだクレア。雨に打たれ、血を流し、魔力切れ。間違いなく死にかけているというのに、彼女はどこまでも穏やかな寝顔をしていた。
「…………はぁ」
二刀の剣を下げ、軽く息を吐いたライ。
どこか不満そうな顔をしており、とても勝利した者の表情とは言えなかった。
「……ったく、高かったんだぞ。これ」
してやられたとでも言いた気な様子でライが呟く。
バリィィィンッという音を響かせながら派手に砕け散った、
全ての意識がぼんやりしている。クレアは宙に浮いているかのような感覚に身を包まれていた。
「──強引だったんじゃない? 死にかけてたわよ、この子」
耳で捉えにくい声が響く。
水の中にでも居るのかと錯覚してしまう。
「仕方ないだろ。時間もなかったし、手荒くやるしかなかったんだよ」
どうにか聞き取ろうとすると、聞き覚えのある声が登場する。先程まで斬り合っていたライのものだった。
(……ここ、どこ?)
朦朧とする意識の中で、自分の状態を確認しようとするクレア。しかし、身体が動かせないことと話し声が聞こえてくること以外、何も分からなかった。
「あら、この子そろそろ起きそうよ」
「治療は完璧にした。貧血気味なだけだからな」
「乙女の肌に傷を付けるなんて、悪い人」
「だからちゃんと治したって……」
会話内容を理解出来ないクレア。
そもそも、ライが
「残念、もう少しお喋りしたかったのに」
「また機会はあるさ。そう遠くない内にね」
「貴方がその機会を作ってくれるの? なら、彼とも話したいわね」
「良いんじゃない? アイツも、貴女と話したがってると思うし」
クレアの視界に白い光が溢れ出す。目覚めが近いことを、なんとなく感じ取った。
「楽しみにしてるわ。彼の親友くん」
「いや、違うから」
「でも貴方達仲良しじゃない。彼がくるくる〜って投げた剣を背中越しにキャッチしてたし。絆が深くなきゃ出来ないでしょ?」
「マジで違う。ただの反復練習」
「ふふふっ、これがツンデレってやつなのね」
「どこで覚えたの? そんな言葉」
白い光がその強さを増すと同時に、クレアは笑みが溢れそうなほどの優しい暖かさに包まれた。
「じゃあ、
「ああ、
〝⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎〟さん。
聞き取れなかったライの言葉を最後に、クレアの意識が浮上する。
ゆっくりと目を開いてみれば、思わず細めてしまうほどの眩しい光が飛び込んできた。
「……あれ? ……私、斬られたはずじゃ」
「起きたか。気分はどうだ?」
周りを確認してみれば、ずっと降り続いていた雨が止んでいた。空は清々しい青空に変わり、雲一つない晴天であった。山の天気は変わりやすいと言うが、ここまで一変されると呆れてしまう。
「……平気」
「そうか。──ほら、ちゃんと左手に包帯巻いとけ、厨二病2号機」
「ちゅ、ちゅうに……? あ、ありがと」
意味を理解出来ない言葉と共に投げ渡された包帯をキャッチ。クレアは大人しく『力』が封印された左手にグルグルと包帯を巻いた。
「……なんで傷が塞がってるの?」
木に背中を預けているクレアが不思議そうに訊ねる。受けた傷は致命傷、包丁で指先を切ったなどというレベルではないのだ。
ライは近くの切り株に腰掛けたまま、空を見上げてどうでも良さそうに答えた。
「俺が治した。治療費は後払いで良いぞ」
「アンタが斬ったくせに」
「それで弁償は勘弁してやるって言ってんだよ」
「はぁ……?」
首を傾げるクレアに、ライが二本の剣を見せつける。刀身の半分が無惨にへし折れた、死んだ剣を。
「それ……私が?」
「他に誰がいるんだよ。──まあ、引き分けぐらいにはしといてやるよ」
「……ふふっ、はいはい。引き分けね」
なんでもないように認めたクレアだが、内心は飛び上がりそうなほどに歓喜していた。黒星続きの五年間にようやく終止符が打たれたのだから。
「良かったな。天才の俺と引き分けられて」
「……嫌味のつもり?」
「そうだけど?」
「わ、悪かったわよ……。もう、疑ったりしない」
クレア・カゲノーは認めた。否、認めさせられた。己の持つ、才能を。半ば強制的ではあったが、向き合うことを決めたのだ。
「才能を持って生まれた奴は、その才能と向き合って生きていかなきゃいけない」
「……」
「その才能を生かすも殺すもソイツ次第。そもそも、ソイツの生き方に合った才能かどうかも分からない」
「……うん」
素直に頷いたクレアに、ライは言葉を続けた。
「だから、俺達みたいなのは少数派だと思うぞ。目指したい場所と、持って生まれた才能がマッチしてる奴らはさ」
剣と魔力の才能を持って生まれた、魔剣士を目指す者。
それが──この二人なのだから。
「それってめちゃくちゃ……ラッキーってもんだろ?」
朝日と共に、ライが笑った。
これまで見せたことのないような、穏やかな表情で。
「ほら、立てるか? 負け犬」
しかし、それも一瞬のこと。すぐにいつもの生意気さを取り戻し、憎たらしい顔で手を差し出してきた。
クレアはそれを見て苦笑い気味に肩を落とすと、強気な顔と声で対応。ライの煽りに、口角を上げて返した。
「私は〝負け犬〟じゃないわ。──〝魔剣士〟よ」
してやったり。
クレアのそんな顔を見て、ライも口角を上げたのだった。
「ドヤ顔がそっくりでムカつくな、この姉弟」
「えっ!? ほんとっ!? 嘘じゃないでしょうね!?」
「ブレねぇところもそっくりだよ、アホ」
「ていうかそもそも、アンタなんで魔力──」
「うるせぇうるせぇ。……あっ、そうだ。俺『紅の騎士団』辞めたから」
「はぁっ!?」
「学園も休学する。旅に出るわ」
「は、はあぁぁぁッ!?!? ちょ、ちょっと! 説明っ!!」
「耳元で叫ぶなよ、ブラコン」
いつも通りだが、
王都に帰るまでの間、騒がしい会話が途切れることはなかった。
その日のシド。
ジョン・スミス「本当にそう思うか……ッ!?(ゴリ押し)」
ユキメ「そういうことでありんすね!(キラキラお目目)」
ジョン・スミス「(宇宙猫)」
陰実のアニメ二期が終わりを迎え、そして劇場版決定。
嬉しいし、楽しみですね。
今年も残り僅か……あと三回は更新したい(願望)。