草も生えず、水も流れず、生き物も存在していない。
ヒビ割れた大地は紫色に変色し、見る者に根源的な恐怖を与えてくる。
故に誰も足を踏み入れない。万が一踏み入れるようなことがあれば、世界から姿を消すことになる。
まさに──『死の大地』。
そんな所に人間が居るとすれば、間違いなく
「──あ〜あ、だっる。何で急に招集された訳? 意味分かんないんだけどぉ」
不機嫌を隠そうともしない声が上がった。
高級であろうことが一目で分かる椅子へ乱雑に腰掛け、目の前にある大型の机に思いっきり足を乗せている少女によるものだった。
場所は死の大地に存在する唯一の人工建造物。
深い洞窟の中に作られた闇に紛れる隠し拠点──『ディアボロス教団』の〝本拠地〟であった。
「てか、どうしてこんなに人少ないのぉ?
組織の最高幹部、『ナイツ・オブ・ラウンズ』のために用意された十二個の椅子。しかし、座っている人数はその半分の六人のみ。少女から不満が出るのも仕方のないことであった。
「──黙りなさい。我らが主の前ですよ」
「……はいはい。すみませんでした〜」
荒れる少女を黙らせたのは冷たい目をした男。よほど少女の態度が気に入らなかったのか、身体からは特濃の殺意が滲み出ていた。〝主〟という存在をどれだけ崇拝しているのかが分かる。
「じゃあ喧しいアタシに状況を教えてくださいよぉ。──
〝第三席〟である自身より上の席次であることが面白くないようで、少女の態度は相変わらず悪い。
「殺されたんですよ。来ていない訳ではありません」
「……はっ? 殺された? 空席になった十二席から十席までの話じゃなく?」
「ええ、既に確認済みの情報です。第九席・第五席・第四席は何者かによって殺されました」
ポカンと口を開ける少女に、男は淡々と事実を告げた。仲間が殺されているというのにこの態度、仲間意識など欠片も感じられない。
「首謀者は分かっています。──【シャドウガーデン】」
「へぇ、最近よく耳にする奴らね。やるじゃん。てかフェンリルも殺されたんだ。あははっ、ダッサ」
少女の言葉に反応する者はこの場に三人。格下である第八席・第七席・第六席であった。実力的に口など挟める立場にはなく、ただ自分達に飛び火しないことを祈るだけであった。
「笑い事ではない。フェンリルが殺されたということは『右腕』もやられたということです。……本格的に潰さなければならないようですね。【シャドウガーデン】という組織は」
「はっ、それでビビって戦力集めたって訳? そんなことしなくても、アタシ一人で片付けられるし」
ガンッと足で机を蹴る少女。どこまでも自信に満ちた表情は自分の実力を一切疑っていない。
そんな少女に言葉を投げかけたのは第二席の男ではなく、別の存在だった。
『「──なら、準備した方がいいね」』
瞬間、霧がかかったような声が響いた。それと同時に、その場に居た全ての人間に緊張が走る。
圧倒的なプレッシャーが放たれた訳でもなければ、身震いしてしまうほどの魔力が込められていた訳でもない。にも関わらず、高圧的な態度を取っていた第三席の少女までもがすぐに姿勢を正した。
声の主は黒いコートを着用しており、フードを被ることで顔と全身を隠していた。背後には『ディアボロス教団』のエンブレムが飾られており、この者が重要な立ち位置であることを示していた。
第二席の男はゆっくりと頭を下げながら、どこか喜びを隠せないような顔で質問した。
「準備……でございますか? ──我が主」
第二席が頭を下げ、主と呼ぶ人物。
すなわち、〝第一席〟。
組織幹部『ナイツ・オブ・ラウンズ』のトップにして、この『ディアボロス教団』の首領と呼ばれる人物であった。
感じ取れる魔力量はこの場に居る者達の中でも最小。しかし、誰一人として第一席に歯向かおうなどと考える者は居ない。魔力量で語れるような存在ではないのだ。
『「うん、準備」』
「かしこまりました。すぐに奴らの居場所を特定し、攻撃を──」
『「違う違う。迎撃用意だよ」』
「迎撃……? ──ッ!?」
第二席に続いて第三席。その他、次々に異変へと気付いた。
感知したことのない魔力反応が近くに現れるという、これまでに無いほどの緊急事態に。
『「──ほら、
変声機でも使っているかのような不思議な声が、僅かに喜びを含んだ声を発した。
第二席の呼びかけによって、本拠地に集められていた戦力が外へ出る。地獄に直接殴り込みしてきた愚か者を、嘲笑うために。
魔力を隠そうとはしていなかったが、姿まで馬鹿正直に見せるとは思えない。自分達を誘い出すためであろうことは理解していたが、戦力で考えれば何の問題もない。たとえ相手がどれだけの強者であろうと、どれだけの大群を率いていようと関係ない。こちらの戦力は一万を優に超える、『数』で探し出し『数』で押し潰せば迎撃は完了する。
全体指揮を任された第二席のそんな考えは──呆気なく覆された。
「これはまた……大胆不敵と言いますか」
「いーや、ただのバカでしょ」
第二席と第三席が珍しく同調。肩を並べながら、襲撃者に対しての感想を述べた。
魔力も隠さず、姿も隠さない。
「漆黒の姿……やはり【シャドウガーデン】か」
「あはっ、ちょうど良いじゃん。向こうから来てくれて。早くぶっ殺そ?」
第三席の言葉に、部下達が荒々しい声を上げる。血の気が多い連中ばかりのようで、殺しの衝動を抑えられないのか叫ぶ者も見受けられた。
「待ちなさい。奴はこの本拠地を探し出した。それだけで警戒に値する」
「はぁ? でも相手は一人じゃん。武装もしてないし、ビビりすぎ」
「愚かですね。仲間が隠れているに決まっているでしょう? 自分を囮に奇襲させようとしているのですよ。仲間の方は魔力を隠すのが少々上手いようですがね」
生命が欠片も残っていない大地にポツンと一人の襲撃者。周りに隠れられそうな岩も、木も、何もない。しかし、第二席は敵勢力が身を潜めていることを確信していた。この場所へ一人で乗り込んでくる愚か者など、居るはずもないのだからと。
「この場所を見つけたことは賞賛します。さて、私は無駄が嫌いなのでね。さっさとお仲間にも出て来て頂きたいのですよ。総力戦で負けた方が、貴方たちも後悔はないでしょう?」
自分たちの勝利を全く疑わず、相手を下に見ながらの発言。隣に立っている第三席が吹き出していることから、嫌味としては高評価だったようだ。
世界的強者からの言葉。そんな刃物にも劣らない切れ味を持つそれに対しても、襲撃者は歩みを止めず態度に変化も見られなかった。
むしろ、帰ってきた言葉は想定外のもの。
その場に居る全ての存在を見下すような声音で放たれた、
「──馬鹿かお前。ここに来たのは俺だけだ。恥ずかしい勘違いしてんじゃねぇよ」
陰に隠れて見えなかった顔が露わになる。黒いフードに覆われた頭と、顔に付けられた銀色の仮面。表情が分からないにも関わらず、こちらを心底馬鹿にしていると何故か分からされてしまった。
「……ねぇ。アイツすっごいムカつくんだけど? 殺そ? 殺そ?」
早速ピキッと反応したのは沸点の低い第三席。下に見られることを何よりも嫌う彼女からすれば、襲撃者の態度は流せるようなものではなかった。
「落ち着きなさい。ただの強がりです」
「アンタだってイラついてんじゃん。魔力乱れてるけど?」
「……無礼者は嫌いなのですよ。特に、口だけの弱者なら尚更」
意趣返しのつもりなのか、第二席が毒を吐く。相手の魔力は小さくないが大きいとも感じない。一目見ただけでも実力差は歴然、周囲への警戒だけ怠らなければ問題はないと踏んでいた。
そんな第二席の考えを見透かすように、襲撃者は
「口だけなのはお前らだろ。──
敵意と侮蔑しか込められていない発言を聞き、第二席と第三席だけでなくその場に居た教団メンバー全員が殺意を滾らせた。それぞれが世界の闇として弱き者たちを虐げてきた猛者ばかり、今の言葉を流せるほど器の大きい者は一人として居なかった。
ゴミと称された集団が魔力を練り上げる。一万を超える集団が殺意と共に高めたそれは死の大地を確実に揺らし始めた。
まさに一触即発。
この集団をまとめる第二席が合図すれば、部下たちは一斉に襲撃者へと襲いかかるだろう。
物量作戦は戦いに於いて必勝、そう考える者も少なくない。
しかし、圧倒的な人数差を前にしても、襲撃者は動揺を見せない。それどころか、どこかリラックスしているようにすら見えるのだから不気味だ。
第二席も、その余裕だけがどうにも気になっていた。
「……最後の忠告です。隠れている仲間を呼びなさい」
爆発寸前の群れをこれ以上抑えておくのも面倒だと判断。自身の得物である長剣を鞘から引き抜き、第二席が言葉を飛ばした。
「お前たち【シャドウガーデン】が主に『悪魔憑き』だった者たちで構成されている組織だということは分かっています。今ここで大人しく白旗を振れば、実験材料として丁重に扱うと誓いましょう。どうです? 無惨に殺されるよりは……賢い選択だと思うのですがね」
冷静に見えて好戦的。
隣に立つ第三席も武器として鎌を手に取った。後は何かの『きっかけ』さえあれば、この場は一瞬にして戦場へと姿を変えるだろう。
第二席からの忠告に対して、襲撃者は──大きなため息をついた。
「はあぁぁぁァァ……。だから言ってるだろ。ここに来たのは俺一人、仲間なんて隠れてねぇんだよ。それとも言わなきゃ分かんねぇか? わざわざ言わせんなよ。
殺伐とした空気の中で、襲撃者は疲れたように肩を落とす。まるで、スムーズに事が運ばないことを不満に思うように。
そして──白銀の魔力が解放。
襲撃者はその身体をふわりと宙に浮かせ、そのままゆっくりと高度を上げていった。
「交渉は……決裂のようですね。仕方ありません。貴方の首を晒し上げ、お仲間に出て来てもらうこととしましょう」
生身で空を飛ぶという離れ技に対しても、第二席は動揺を見せない。伊達に世界の裏側を支配する組織でNo.2をやっていないということなのだろう。飛ぶ鳥も、殺せば地面に転がるのみ。驚くほどのことではない。
「分かった。もういい。言わなきゃ分かんねぇならハッキリ言ってやる」
教団員たち全員が見上げる程の高さにまで至った襲撃者。どこからか取り出した漆黒に輝く二本の剣を構え、嫌な覚悟でも決めたような声で言葉を落とした。
「──お前らを潰すのなんて……
殺しなさい。
そんな言葉と共に、第二席が手を振り下ろした。
我慢の限界を迎えた集団は弾かれたように飛び出し、各々が持てる力の全てを解放した。武器、魔力、殺意。世界の闇が、たった一人の人物を殺そうと動く。
部下とはいえ、一人一人が組織にとっての主戦力。それが約一万。戦いとすら呼べない蹂躙になることは確定だった。
そう、相手が悪くなければの話だが。
──あるところに、『核に挑んだ男』に
男は肉体を鍛え、精神を鍛え、技を鍛えた。器から溢れるほどの才覚を全て活かし、己の全てを磨き上げた。
だが、それでも届かないほどの遥か高みにその男は居た。
二度の人生を経ても消えることのなかった野望の炎を超えるのに、生半可な努力では太刀打ちすることが出来なかったのだ。
しかし、諦める訳にはいかなかった。
二度目の人生最大の失敗。運命の分岐点。ストレスの権化。
どうにかしてあのクソ厨二病患者を倒したい。というか最悪倒せなくても良いから痛い思いをさせたい。
男は悩みに悩み、その結果一つの結論を出した。
──隕石を落としてやりてぇ、と。
核で蒸発しないのだから、隕石でも死にはしないだろう。勝ちたいのであって、殺したい訳ではない。ストレス発散のためという短絡的思考に基づき、男は更なる修練に励んだ。
そして、『技』を完成させた。
核で蒸発しない男にも通用する、唯一の技を。
「……なんだ、これは」
第二席の口から、僅かな声が溢れる。信じられないものでも見ているかのような顔をして、全力で
突撃していく部下たちへ、何一つ声をかけることなく。
厚い雲に覆われていた空が一変して白く染まる。莫大な魔力は渦を巻き、たった一人の人間の身体へと吸い込まれていった。
耳を貫く爆撃のような音。大き過ぎる魔力を無理矢理に剣へと集中させたことから発生した軽いソニックブームのようなものだった。
不運と言う他ない。
いきなり本拠地を襲撃してきた相手はこの世に二人しかいない──世界の
その日、世界の闇に〝隕石〟が落ちた。