陰の右腕になりまして。   作:スイートズッキー

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51話 調子に乗るな

 

 

 

 

 

 シドにとって、ライは唯一無二の存在だった。

 

 同じ転生者としてこの世界で出会い、無理矢理ながらも仲間に引き込むことに成功。五年以上の長い時間を共にすることで、互いを成長させ合ってきた。

 

『くそっ! 次は俺が勝つ!!』

 

 何度負けても折れない心。

 

『お前は本当にバカだな』

 

 タイプが真逆の常識人。

 

『……はぁ。わーったよ。やればいいんだろやれば』

 

 愚痴を溢しても、最後には頷く付き合いの良さ。

 

 シドはライを心の底から信頼している。

 相棒ではなく、相方でもない。『右腕』として信頼しているのだ。

 

 

 だからこそ、()()()()()()()

 

 

 ライが自分以外の存在に──敗北することなど。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「……なるほど。──随分と暴れてくれたようだな」

 

 全力飛行により十分とかからず『アレクサンドリア』に到着したシャドウ。場所自体は全く知らなかったが、ライトの魔力を頼りに自身が首領を務めているはずの組織の本拠地へと辿り着いたのだ。

 

「ひ、酷い……!!」

「……くっ!!」

 

 シャドウの力によってこの場にやって来たベータとニュー。視界に飛び込んできた光景に、思わず言葉を失った。

 

 手間と労力と多大な資金の限りを尽くして作り上げた【シャドウガーデン】の本拠地は──ほぼ壊滅状態だった。

 

 木々はなぎ倒され、地面には斬撃のような傷が無数に付き、目に見える建物は全て瓦礫の山へと姿を変えていた。

 

 そんな惨劇の場には三百人以上の人間が至るところで倒れており、その全員が【シャドウガーデン】のメンバーであると一目で分かった。

 主戦力である『ナンバーズ』から組織幹部である【七陰】まで、誰一人例外はなかった。

 

「──アルファ様っ!」

 

 絶望に支配されていたベータがその硬直から解かれる。視線の先には地面に倒れ込んでいる金髪のエルフ。

 ベータにとっては最も古い付き合いの人物であり、シャドウの次に尊敬する人物でもあるアルファだった。

 

「ご無事ですかっ! アルファ様っ!」

「……ベータ。……よかった。無事だったのね」

 

 異世界に消えていた仲間の顔を見て、アルファが僅かに笑みを浮かべる。その聖母のような優しさに触れながら、ベータは涙を流した。

 

「アルファ様。この事態は……本当に」

「そうよ。……彼よ」

 

 ベータの言葉を先読みし、アルファがハッキリと断言した。淡い期待など微塵も抱かせない速度で。

 

「……もう、シャドウに任せるしかない」

「……アルファ様」

 

 同じ愛する者が居る女同士、ベータにはアルファの気持ちが痛いほどに伝わった。残酷な話だ。なにより、自分たちでは結末を見届けることしか出来ないことが。

 

 ゆっくりと歩みを進めていたシャドウが立ち止まり、重々しいプレッシャーを放つと同時に静かに口を開いた。

 

「──ライト。……ではないのだったな」

 

 少しばかり、シャドウの声は震えていた。それを聞き取ったからか、声をかけられた本人は愉快そうに口端を吊り上げた。

 二振りの白い剣を持つ、白髪の少年が。

 

 

『「貴様がシャドウか? 小娘どもが喧しく貴様の名を叫んでおったぞ。【シャドウガーデン】盟主・シャドウ」』

 

 

 そのやり取りには違和感しかなかった。何故ならその台詞をシャドウに向けて放ったのは──ライ・トーアムこと、ライトだったのだから。

 

 長年苦楽を共にしてきた男を前に、シャドウは無駄のない動きで『スライムソード』を展開した。自身に向かって放たれた、高出力の魔力斬撃を防ぐために。

 

『「ふふふっ、やるではないか。いや、想像以上だ」』

 

 身体を小刻みに震えさせながら、堪えられないといった具合にライト──ディアボロスが笑う。強者を前に武者震いをしているのではなく、笑みの理由は別のところにあった。

 

『「フハハハハッ!! ようやくだ! ようやく()()()()()()()()()()()ッ!」』

 

 放出される白銀の魔力に黒色の魔力が混ざり込む。螺旋状に練り上がったそれは、ライトの身体へ溶け込むように消えていった。

 

 ディアボロスの魂が、ライトの身体を奪い取ったのだ。

 

「身体を手に入れた? 馬鹿も休み休み言え、くだらん冗談は醜い」

『「冗談だと思うか? シャドウ。貴様に放った今の一撃が何よりの証拠だろう? 受けた貴様が一番分かっているはずだ。──()()()()()()()()()()()()()()()()()」』

 

 ディアボロスの言葉に、シャドウ以外の全員が反応した。

 アルファとベータはもちろんのこと、意識が僅かに回復し始めた他の【七陰】。ニューによって呼び起こされた『ナンバーズ』や構成員。その全員が、険しい表情を見せた。

 

『「実はこの男……ライトといったか? 中々に強情でな。今の今まで、完全な支配下に置くことが出来ていなかったのだ。お陰で女どもを誰一人として殺すことが出来んかった。痛ぶって戦闘不能にし、拠点を壊滅させることぐらいしかな。……おっと、貴様には十分な〝傷〟だったかな? フハハハハハッ!!」』

 

 聞くに耐えない高笑いと共に、シャドウを煽るディアボロス。

 ライトと同じく心を揺さぶり、隙を作り出そうとしているようだ。

 

『「だが貴様を見た瞬間、あの斬撃よ。我は確信した。この男はもう、我の器だ」』

「……そうか。ならばここから先、言葉は不要だ。実力で叩き出すとしよう」

 

 剣を握り直し、洗練された美しい構えを取るシャドウ。

 ディアボロスはそれに続き、二本の剣を構え直す。イータによって制作されたライト専用の──『ホワイトスライムソード』を。

 

「──フッ!」

『「──ハァッ!」』

 

 黒と白の剣が衝突、辺りを凄まじい衝撃波が襲った。力任せにぶつけられた魔力はバチバチと激しく弾け、まるで嵐のような光景を作り出した。

 互角かと思われたシャドウとディアボロスの打ち合い。しかし、唐突に片方の肩から鮮血が飛び出した。

 

『「……むっ、押し負けたか」』

 

 他人事のように呟きながら、出血を確認するディアボロス。

 痛みを感じているのはライトの身体なので、ダメージは受けていないも同然だ。

 

『「薄情ではないか、シャドウ。この身体は貴様の仲間のものだ。躊躇なく殺す気で剣を振るうとは、冷酷な男よ」』

 

 おどけるように煽るディアボロスだが、内心では予想外の行動に驚いていた。何の迷いもなく殺しにくるとは思わなかったようだ。

 魔神に冷酷と評されたシャドウ。どこか不満そうな態度を見せ、口を開いた。

 

「魔神とやら、自惚れないことだ。我が右腕の力は……貴様如きに扱える代物ではない。優秀な器も、無能が使えば無能に成り下がる」

『「ほう? 本当に右腕だったとはな。ククッ、どこまでも面白い人間どもよ。ならば教えてやろう。この男が何故、我に身体を奪われてしまったのかをなァ」』

 

 再度剣を交える前に、ディアボロスは決定的とも呼べる切り札を晒した。

 

『「──貴様のせいだ。シャドウ」』

「…………なに?」

 

 短くまとめられた一言に、シャドウが低い声で反応した。完璧超人であるシャドウと言えど、今の発言には余裕の態度を保てなかったのだ。

 

「どういう意味だ?」

『「ククッ、貴様もこの男と同じ異世界からの迷い人……〝転生者〟だろう?」』

「それがどうした」

『「流石だな、動じぬか。精神力はこの男よりも上のようだ」』

 

 驚愕を隠せないアルファたちとは違い、冷たい目をしたままのシャドウ。

 ディアボロスはそんな精神力を評価しながら、追撃の一手にかかった。

 

『「貴様とこの男は──()()()()()()()()()()()()()()()」』

 

 歯を見せながら愉快そうに語るディアボロス。奇跡と呼ぶべきか、運命と呼ぶべきか、魔神にとってこの二人の死んだ方法は笑いを誘うものらしい。

 

「シャドウとライトが……?」

「シャドウ様たちが……」

「異世界からの……転生者」

「そんなことが……」

 

 死んだ、異世界、転生者という言葉を聞き、【シャドウガーデン】のメンバーたちに動揺が広がっていく。

 アルファ、ベータ、ガンマ、イプシロン、ゼータ、イータといった優秀な頭脳を持つ者たちはもちろんのこと、難しい話を理解出来ないデルタでさえ、その心を大きく揺らしていた。

 

『「心当たりがあるだろう? シャドウ」』

「…………!」

 

 仮面で隠されているシャドウの目が見開かれる。彼は思い出したのだ。自身が死んだ日のことを。絶対的な強さのために魔力を求め、白装束に身を包んで岩に頭をぶつけていた日のことを。

 

 そして、トラックに轢かれる瞬間──自分以外の()()が居たことを。

 

『「クククッ、思い出したようだな。そうだ、貴様とこの男はそうして死んだ。この男を殺したのは──貴様なのだ! シャドウッ!!」』

 

 ピクリとも動かないシャドウを指差し、高らかに宣言したディアボロス。悪魔のような声で告げられた真実は、あまりにも残酷だった。

 

『「少し誤解を与えたようなので訂正しておこう。先程はこの身体を奪い取ったと言ったが、それは間違いだ。この男が望んだのだよ、我を受け入れることをなァ」』

「ふざけるなッ! そんな訳がないッ!!」

 

 すかさず叫び声を上げたのはアルファ。そう叫ぶだけの理由が、彼女にはあった。

 

『「フフフッ、事実なのだから仕方ない。我もこの身体を奪うのに苦労したのだ。なにせこの男、とてつもない魔力量でな。入り込む隙など微塵もなかったのだ。──だが、今の話をした途端、面白いように余裕を失ってな。我の言葉にも耳を傾け、最後には我の力を受け入れたということだ」』

 

 感謝するぞ、と付け加えるあたり本当に性格が悪い。

 前世でライトが死んだのはお前のせい。ライトが身体を奪われたのもお前のせい。ディアボロスがシャドウに対して言い放ったのは、そういう意味なのだから。

 

『「残酷な話だなァ。信頼する右腕を殺したのが……まさか自分自身だったとは」』

「…………」

『「やはり人間の心など脆いものよな。──隙だらけだぞ」』

 

 足に溜め込んだ魔力を解放し、ディアボロスが爆発的な加速で無防備に立つシャドウへと突撃。腹部へ蹴りを直撃させ、シャドウを弾丸の如き速度で吹き飛ばした。

 

「シャドウッ!!」

「シャドウ様ッ!!」

 

 目にも止まらぬ速度で蹴り飛ばされたシャドウだったが、心配の声とは裏腹にダメージを感じさせない様子で立ち上がった。

 

『「頑丈だな。これならば楽しめそうだ。精々踊るがいい、シャドウよ。……そうだ、反撃出来るものならしてみろ。元より、殺し合うしかないのだからな。クククッ」』

「…………」

 

 口を開かなくなったシャドウに、ディアボロスが畳み掛ける。最も信頼する人間の肉体を盾に、殺意の込められた攻撃を次々と繰り出していく。

 

『「真実を教えてやった時の顔を貴様にも見せてやりたかったぞ! 絶望に満ちた我好みの顔をしておったわッ!!」』

 

 白銀の魔力で染め上げられた二本の剣が容赦なく振るわれる。顔、首、胴体、足と、的確な急所攻めに対してもシャドウは防戦一方。ただ向かってくる刃を剣で受けているだけであり、そこに反撃の意思は見られない。

 

『「今も我の中で憎しみが渦を巻いておるッ! 貴様を殺したい、復讐したい、そんな憎しみの炎がなァッ!!」』

 

 瞬間的に魔力を爆発、二本の剣から巨大な斬撃が放たれた。剣一本で受け止めるには厳しく、防御を貫通してシャドウへとダメージが入る。

 シャドウが勢いよく叩き付けられた地面にはクレーターが作られ、逃げ場を求めた衝撃が大地を割った。

 

『「死ねッ! 死ねッ! 死ねッ!」』

 

 追撃の手を緩めないディアボロス。

 シャドウという人物の危険性を十分に理解しているからこそ、ここで確実に殺しておきたいという考えだった。

 

「シャドウ様ッ! ……せめて私が盾に──」

「ダメよ、ベータ。やめなさい」

 

 もう見ていられないと、ベータが行動を起こそうとする。動ける者が少ない中、自分がやるしかないとの決断だったが、それは隣にいたアルファによって止められた。

 

「何故ですっ!? アルファ様っ! こんなの、こんなの私は……耐えられませんっ!!」

「貴女が出ていったところで無駄死によ。……何も状況は変えられないわ」

「……ッ!!」

 

 尊敬するアルファであろうと、ベータは大声で言い返したかった。しかし、突き付けられた言葉は全て事実。自分の力では盾になることすら出来ないと、ベータは理解していた。

 そしてなにより、自分以上に苦しい思いをしているであろうアルファに止められては、ベータも口を閉ざすしかなかった。

 

「──ッ! シャドウ様ッ!!」

 

 シャドウとディアボロスの戦いは、いつの間にか空中へと舞台を移していた。目で追いきれない速度の攻防が空を蹂躙。黒と白の線が縦横無尽に軌跡を描いた。

 

『「ハァァァァァァァァアッ!!」』

「…………ッ」

 

 雷が落ちたと錯覚するような斬撃に、シャドウがまたも吹き飛ばされる。明らかに普段の実力が発揮されておらず、一方的な戦いとなっていた。

 無数の斬撃は身体に傷を残し、赤い血が宙を舞う。恩人たちの殺し合いをただ黙って見守ることしか出来ない【シャドウガーデン】のメンバー全員が己の無力を呪った。

 

 そんな彼女たちに、魔神は更なる絶望を叩き付ける。

 

『「そろそろ全力にも慣れてきた。試し切りさせてもらうぞッ! 小娘どもッ!」』

 

 そんな発言をした後、ディアボロスはライトの魔力を纏わせた斬撃を空から大地へと放った。適当に、ではない。シャドウ以外の【シャドウガーデン】メンバーを的確に狙い撃ちした斬撃だった。

 

「きゃあぁぁぁああッ!!」

「ああぁぁぁぁァァァッ!!」

「うあぁぁぁァァァァァァッ!!」

 

 斬撃が少女たちに直撃する度に上がる甲高い悲鳴。女性に対する優しさなど欠片も存在しない、虐殺の攻撃であった。

 

『「どうだ! シャドウッ! 仲間が死んでいくぞッ! 止めなくていいのかッ!?」』

 

 次々と繰り出される斬撃に呑まれていく少女たち。アルファを含めた【七陰】も例外ではなく、全員が白銀の斬撃へと姿を消した。

 殺したかどうかをディアボロスが確認することはなかった。わざわざ確認せずとも、生きているはずがないのだからと。

 

『「残るは貴様だ。──シャドウッ!!」』

 

 最後の一人となった敵を葬るべく、ディアボロスが全力で剣を振るう。

 上、右、下、左と、二刀流をフルに活用した神速の連撃。剣を振った数が百を超えようかといったところで、ディアボロスの攻撃がシャドウの防御を上回った。

 

『「フンッ!!」』

 

 作り出した隙に合わせ、ディアボロスが回転しながらシャドウの顔面へと蹴りを叩き込んだ。顔を覆っていた仮面は蹴り壊され、破片がキラキラと光を反射する。そのまま地面に激突すると数回バウンドし、固い岩に背中を埋めるような形で停止した。

 

『「終わりだな」』

「…………」

『「声も出せんか。無理もない、貴様は全てを奪われたのだからな。拠点も、仲間も──右腕も」』

 

 ディアボロス、ここで勝利を確信。

 既にシャドウの手には剣すら握られていない。残されているのはトドメのみ。王手をかけたこの状況で魔神の邪魔する存在はいなかった。

 

『「【シャドウガーデン】、シャドウ。貴様らの名は覚えておいてやろう。我に戦いを挑んだ最後の愚者として、この男の身体に刻むとしよう。──ククッ。……フハハハハハハハハハッッ!!!」』

 

 俯いたまま沈黙するシャドウを見下ろし、高笑いを上げるディアボロス。

 完全勝利に酔いしれ、笑いが止まらなかった。

 

『「さらばだ。シャドウ」』

 

 右手に握る剣を振り上げ、シャドウを真っ二つにするため振り下ろした。これでこの戦いは終わりを迎える。陰に潜み陰を狩る者たちが、世界の闇に敗北するのだ。

 

 

 

 この世界は、魔神・ディアボロスのものとなる。

 

 

 

 ──はずだった。

 

 

 

 

 

 

 

「──調()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 振り下ろされた剣が、()()()()

 

 

 

 

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