陰の右腕になりまして。   作:スイートズッキー

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6話 これもう労災だろ

 

 

 

 

 

 日が完全に落ち、辺りは暗闇に包まれた。良い子であれば家で寝ている時間だろう。

 

 そんな夜遅くにも関わらず、俺は学園の寮を抜け出して下町にあるボロい寮へと足を運んでいた。下級貴族の生徒達が住んでいる格安の寮であり、部屋のグレードは値段通りといった具合だ。

 

 しかし、そんな寮の一室には部屋に合わな過ぎる高級品の数々が運び込まれていた。

 

 ……俺はそれを手伝わされていた。

 

「あー、ライ。もうちょっと上かな。右の方ね」

「……このぐらいか?」

「上過ぎるよー、もうちょい下」

「……この辺?」

「オッケー! 完璧! うーん、良いなぁ! 偶然拾った幻の名画『モンクの叫び』!」

「拾ったか。物は言いようだな」

 

 盗賊が商人から奪った物を奪っただけだろ。俺の視線を気にすることなく、満足そうに絵を見ているシド。絵の良さなんて分りゃしないのに。

 

「……にしても、よく集めたもんだな」

「フッフッフ、これぞ陰の実力者に相応しい部屋さ。盗賊を狩ったのも、這いつくばって金貨を拾ったのも……全てはこの時のため!」

「王女様の犬だったからな。ポチ?」

「消し去りたい過去だから。やめてよ」

 

 珍しく心底屈辱そうな顔をするシド。俺が二人の交際を観察している時に爆笑していたのはこれが原因だ。政略結婚を無しにしたいアレクシア王女に彼氏のフリを頼まれ、金貨による買収でシドは犬に成り下がった。二度と忘れられない抱腹絶倒話だ。

 

「その絵で最後か?」

「うん。後は机にこれを置いて、部屋全体を柔らかく照らすアンティークランプを付けるだけっと」

 

 シドは金の装飾が施されたゴツイ椅子を部屋の真ん中に設置すると、側に置いたアンティークテーブルの上にワインとワイングラスを取り出した。

 

「それは?」

「フレンチ南西部『ボルドー』のヴィンテージワイン、90万ゼニー。グラスもフレンチ製、45万ゼニー」

「……酒の味も分からんくせに」

 

 俺は格安の部屋に運び込んだ多くのレア物を見回して、シドの熱意に呆れる。これらのコレクションを配置するためベッドや机などの元々あった家具を部屋の外に出したのだ。マジで面倒臭かった。

 

「最後に……これをSET(セェェェツ)

 

 アンティークテーブルに置いたワインボトルの下、そこへシドが滑り込ませるように入れたのは封筒。気になったのでパッと手で取り、中身を確認した。

 

「あっ、見て良いって言ってないのに」

「うるせぇ。……なるほど。呼び出しか。絶対罠だな」

 

 封筒の中に入っていた一枚の手紙を広げると、そこに書いてあったのは呼び出し場所と時間。差出人は書いていないが、十中八九味方ではないだろう。可能性として高いのは騎士団の奴等がシドを犯人に仕立て上げようとしている場合だ。

 

「面白いでしょ?」

「そうだな。……面白いことしてくれるじゃん」

「おっ、なんかノリノリだね。じゃあせっかくだから、ライもライトとして右腕っぽいことしなよ」

「は?」

 

 シドはそう言うと俺から手紙を奪い取り、封筒へ戻して再びワインボトルの下へセットした。

 

「そろそろベータが来る。チャンスはその時だ」

「ああ、お前の当番って今はベータらしいな」

「そう。だからベータに見せてやろうよ。君の右腕っぷりを」

「やだよ」

「刮目させよう。これが陰の実力者の……『右腕』の立ち振る舞いだと」

「聞けや」

 

 飾りか? やっぱりその耳は飾りか? 

 

「ほら、ベータが来るよ」

「お、おい! ……くそっ」

 

 キラキラした目でシドに立ち振る舞いを指示され、俺は右腕ムーブをすることになった。ドカッと椅子に腰を落とし、シドはシャドウに雰囲気を切り替える。俺はそんなアホの左側に立ち、腕を組んだ。……何してんだ俺は? 

 

 部屋の扉が静かに開き、ベータが入室してくる。美しい銀色の髪を夜風に靡かせながら俺達の側まで歩いてきた。なんで部屋に夜風が入ってるかって? 雰囲気作りの風を入れるためにシドが開けたんだよ。

 

「……わぁぁ」

 

 良かったなシド、いやシャドウ。ベータはお前が作り上げたこの部屋に感動しているみたいだぞ。まあ、ベータならたとえシャドウが町でティッシュ配りしてても感動するだろうけど。……ちょっと見てみたいじゃないか。

 

 俺がそんな少し面白そうな光景を想像していると、シャドウがワイングラスを回しながら口を開いた。

 

「……時は来た。今宵は陰の世界」

 

 ここで俺がベータを見ながら頷く。……俺、本当に何やってんだ? 

 

「準備が整いました。シャドウ様、ライト様」

「……そうか」

「ベータ、報告を」

 

 シャドウは当然として、俺も作戦のことなんて何も知らないのでちょうど良い。今ここで説明してもらおう。話さなくても分かる訳ないじゃん。言葉は交わさなきゃ意味ないんだぞ。

 

「アルファ様の指示により、動員可能なメンバーを王都に集結させました。その数──114人」

「……114人?」

「ッ! も、申し訳ありません!」

 

 シャドウがそう聞き返すと、ベータは慌てて頭を下げる。それだけの人数しか集められないのかと言われた気になったんだろう。違うんだけどなぁ。

 

 俺がベータを可哀想に思っていると、椅子に座るシャドウから服の袖をちょいちょいっと引かれる。

 

エキストラでも雇ったのかな?

そうだよ。黙って聞いてろ

 

 説明するのも手間なので強引に黙らせる。正式なメンバーが600人を超えていると知った時、コイツはどんな顔をするのだろうか。

 

「なんでもない。悪いな、ベータ。続きを頼む」

「は、はい。……んんっ。──今回の作戦は王都に点在する『ディアボロス教団』・フェンリル派アジトへの同時襲撃です。それと並行してアレクシア王女の魔力痕跡を探知、発見次第確保します。全体指揮をガンマが、現場指揮をアルファ様が取り、私はその補佐を。イプシロンは後方支援。デルタが先陣を切り、作戦開始の合図とします」

(ふーん、そうなんだ)

(へぇー、そうなんだ)

 

 ベータの説明で【シャドウガーデン】の動きは理解出来た。どうせシャドウは話を聞いてもすぐに忘れる。興味ないことはすぐに忘れるからな。俺だけでも作戦を覚えておけば良い。

 

「部隊構成は──」

「ライト」

 

 ベータの言葉を遮り、シャドウが俺に振る。アンティークテーブルの上から封筒を取ると、俺に手渡した。右腕の見せ所だと言わんばかりのニヤケ顔を見せながら。分かったよ、やれば良いんだろやれば。

 

「ベータ、これを」

 

 シュッと片手で封筒を開け、中に入っていた紙を取り出してベータに見せる。

 

 このスタイリッシュ開封はシャドウに何度も練習させられた苦い思い出がある。本当にしつこく練習させられたせいで、封筒を開ける際には手が勝手にこの開け方をするようになってしまった。学園からの郵便物、女子生徒からのラブレター、実家からの手紙。全てをスタイリッシュ開封だ。

 

(これもう労災だろ)

 

 俺の恨み言など知る訳もなく、シャドウはご満悦だ。右腕っぽいとでも思っているんだろうか。めっちゃムカつく。

 

「……これは」

「処刑台への招待状だ」

 

 厨二が好きそうな言い回しで説明を終えると、案の定口元を緩ませた男が椅子から腰を上げた。

 

「デルタには悪いが……前奏曲(プレリュード)は僕が──」

「俺がやる」

「えっ」

 

 シャドウの時からは出ないような声が出ているが、ここは譲れない。カッコつけようとしていたとこなのに悪いな。

 

「ベータ。お前はもうアルファの所へ行け。作戦開始の合図はデルタに任せる」

「え、ええっと……分かりました! 失礼します!」

 

 礼儀正しく頭を下げ、ベータは夜の闇に姿を消した。部屋は再び、俺とシャドウの二人のみとなった。

 

「……なんで?」

「リーダー格はお前にやる。前座は俺によこせ」

 

 文句を言いたそうな目で俺を見るシャドウ。俺はそんな視線から逃げるべくワインボトルを手に取り、容赦なく口を付けて一気飲みした。

 

「ああっ!!」

「…………まあまあだな」

「酷い! それ90万ゼニーもしたのに!!」

「9回ぐらいポチになればすぐ稼げるだろ?」

 

 空になったボトルを置き、フードを被る。夜に白い髪ってのは目立つからな。

 

「ほら、行くぞ。シャドウ」

「僕のコレクション……」

「元気出せって。これから楽しい陰の実力者ごっこだろ?」

 

 手始めに、ウチのリーダーを可愛がってくれた礼をしないとな。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「コイツらは『教団』のメンバーだ。引き出せるだけ情報を引き出しておいてくれ。後は頼む」

「了解しました。失礼します」

 

 俺の指示に従い、【シャドウガーデン】のメンバーである少女三人が二人の男を連れて姿を消す。本拠地に連行した後は、お返しの拷問コースだ。

 

「やっぱり罠だったな」

「そうだねー。田舎の下級貴族なんて、都合の良い犯人役だよ」

「やって来たお前にそのブーツを投げ付けて魔力痕跡を残す、か。……やり方が姑息と言うか小物というか」

 

 俺は足下に転がっているアレクシア王女のブーツを見ながら、罠を張ってシドを嵌めようとした奴等の単純さに呆れた。

 

 シドの拷問を担当していた騎士達が来るのは予想していたが、ソイツらの強さは予想を遥かに下回った。アルファから『教団』のメンバーであると後で聞かされ、拷問していた時は実力を隠しているのかと思ったのだが違ったらしい。説明する必要がない程の雑魚だった。

 

 仮釈放されたシドを尾行していた二人もベータが片付けたらしいし、下っ端からじゃ情報なんて取れないかもな。

 

(まあ良いか、騎士団が皆アイツらみたいなクソじゃないって分かったし)

 

 普通に考えて騎士が疑われてる段階の学生をパンツ一丁で外へ放り出したりしないよな。俺もそこそこ冷静じゃなかったわ。恥ずかしい。

 

「……よし。前座は終わった。本命に行くか」

「そうしよう。魔力は追えそうだ」

「流石。じゃあ案内頼むな、ポチ」

「それやめてくんない?」

 

 だってブーツの魔力痕跡を元にアレクシア王女を探知なんて前世で言うと警察犬みたいなもんだろ。良かったな犬になってて、どんな経験も活きる時は来るもんだ。

 

「ねぇねぇ、どうしてあの騎士達をすぐに気絶させなかったの?」

「なんだよ急に」

「いや、殺さないのは情報を手に入れたいからって言ったけど。なんか殴ったり足を刺したり、無駄な攻撃してたなって」

「……」

「なんで?」

 

 純粋な興味から聞いてるんだろうな。コイツ。それが分かるからこそ──絶対に答えたくない。

 

「……どうでも良いだろ。さっさと魔力を追えよ」

「えー、気になるなぁ」

「早くやれ」

「なんで殴るの。……ちょっ、やめっ、分かった、分かったよ!」

 

 数発背中を殴り、シャドウを諦めさせる。意識の切り替えは早い奴だ。もうアレクシア王女の居場所だって掴んだだろう。パパッと行ってさっさと終わらせよう。

 

「今宵──世界は我等を知る」

 

 仮面を顔に付け、大きく飛び上がったシャドウ。魔力を使っての空中飛行。シャドウと俺以外にやってる奴見たことないけど、他に出来る奴とか居ないのだろうか。難易度的には難しいけどさ。

 

「いくぞ、我が右腕」

「ああ」

 

 漆黒の空を飛びながら、俺とシャドウが並ぶ。

 

 さあ……『ごっこ遊び』に付き合ってやるか。

 

 

 




 アルファ推しですけどベータも可愛い。

 そしてお気に入り登録者が5000を超えました!日頃から応援してくださっている方々のお陰です!ありがとうございます!

 感想だけでなく高評価もたくさん貰ってて頭アトミックしそう(笑)。

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