アレクシア王女誘拐事件が解決(王都への被害は無視)してから一日、俺は学園の廊下を憂鬱に歩いていた。心臓は緊張からバックバク鳴っており、冷や汗も流れている。
何故か俺は──アイリス王女に呼び出されていた。
昨日派手にやらかした俺達を見ている数少ない人物というだけで、俺は呼び出されたことに対してめちゃくちゃビビっている。絶対にないとは思うが俺の正体がバレたなんてことになれば最悪だ。いや、ないとは思うんだけど。
「──ちょっと! 聞いてるの!?」
そして俺と同じ場所を目指して隣を歩いている奴も最悪だ。耳がキンキンする怒声とクソな内容の話をされ続ければ誰だって勘弁して欲しいだろう。
「聞いてる聞いてる。シドが朝に食べるのはご飯かパンかって話だろ」
「違うわよ! シドの寝癖が傾くのは左か右かって話よ!!」
(……死ぬ程どうでもいい)
俺の隣を歩く少女、クレア・カゲノー。俺と同じ特待生として入学したシドの姉を見て、俺は何度目か分からないため息をつく。どうやらこの女もアイリス王女に呼び出されているらしく、部屋へと向かう途中からこうして一緒に歩いている。
昔からの顔馴染みではあるが、別に俺はクレアと仲が良い訳でもない。むしろ俺はコイツに心底嫌われている。理由は単純、シドのことだ。
超が付く程のブラコンであるクレアがシドとよく関わっている俺を嫌うのは分かる。しかし昔から因縁をつけてきたので、俺もコイツが嫌いだ。
「ていうか、なんでお前も呼び出されてるんだ?」
「お前〜? 私は先輩よ。敬語を使いなさい、後輩」
「敬ってない奴に使うつもりはないな」
「相変わらずムカつく男ね。……話は部屋に来てからするって言ってたわ。アンタは?」
「同じだ」
クレアの答えを聞き、俺は少しばかり安心した。俺と同じことをクレアも言われているなら、俺の正体に関して問い詰められる可能性が減る。……けど、じゃあ何で呼び出されたんだ?
「……そういえばアンタ、シドを迎えに行ってくれたらしいわね」
「ああ? 騎士団から釈放された時のことか? ……まあ、一応知り合いだからな」
クレアは俺の言葉にムスッとした表情を浮かべると、腕を組みながら文句を言い出した。
「私だって行こうとしたのに、どうしてアンタが」
「お前は迎えに行くっていうか騎士団へ殴り込みに行こうとしてただろ。あっ、ごめん、取り押さえられてたから無理か。ふっ」
「本当にムカつくわねっ!」
肩を殴られるが痛くも痒くもない。暴れた挙句取り押さえられるブラコンとか面白過ぎる。
「私の方がシドと仲が良いのにっ!!」
「お前と初めて会った日から五千回は聞いた」
「シドだってアンタより私のことが好きなんだからっ!」
「それも五千回は聞いた」
シドに同情出来る部分があるとするなら、この姉の弟になってしまったことだけだ。見た目は美少女と言って差し支えないのに中身が残念過ぎる。
「騒ぐのは終わりだお猿さん。部屋に着いたぞ」
「分かってるわよ。……お猿さんですってッ!?」
「だから騒ぐなよ」
赤い瞳を怒りに震わせるお猿さんを黙らせ、俺は目的地である部屋の扉をノックした。流石のクレアも大人になったのか、静かに口を閉じた。
中から届いた『どうぞ』という声を聞き、俺とクレアは同時に声を上げる。
「「失礼します」」
扉を開けて部屋に入ると、椅子に座ったアイリス王女の顔が見えた。彼女以外にも二人の男が立っており、着ている制服から察するに騎士団の人間だろう。
「わざわざ呼び出して申し訳ありません。来てくれたことに感謝します」
本当にこの人は真面目だな。その礼儀正しさを妹さんにも分けてやってください。助けに来た人間を視線で殺そうとするような人です。まあ、俺が怪しかったってのは認めるけどさ。
「早速ですが本題に入らせてもらいます。──先日起きた事件は知っていますね?」
「はい。もちろんです」
「その件で俺達を?」
とっとと帰りたい俺は、なるべく早く話が終わるように動く。内容がどうであれ、俺にとって長居したい話でないことは確かだ。
アイリス王女は俺の言葉に頷くと、真剣な表情で口を開いた。
「『ディアボロス教団』。そして【シャドウガーデン】。先日の事件はこの二つの組織によって引き起こされたと、私は考えています」
へぇ、【シャドウガーデン】のことはアルファが言っちゃってたけど、教団の方も知ってるのか。アレクシア王女からの情報か?
「貴方達も知っている剣術指南役のゼノン・グリフィ。彼は『ディアボロス教団』の信徒でした」
「ま、まさか! ゼノン先生が!?」
「そうだったのですかー」
剣術指南役とかゼノン・グリフィとか言われても誰がそうなのか分からん。シャドウに任せた大したことないアイツのことかな。
「私の妹であるアレクシアを誘拐したのは『ディアボロス教団』とのことですが、【シャドウガーデン】も危険な組織である可能性は高いです。アレクシアの話によれば『シャドウ』、そして『ライト』という二人の男を見たといいます。その二人が事件の鍵を握っていることはまず間違いないでしょう」
──いいえ、間違いです。
「私達の与り知らぬところで、良くないことが起きようとしているのかもしれません」
──俺達も与り知りません。
(……取り敢えず俺の正体はバレてない、かな?)
的外れな推測をしているアイリス王女を見て、俺は内心でホッと一息。シャドウと俺が鍵を握っている? その鍵は俺達の知らないところにあります。
「そして私は暴れていた化け物と交戦中、【シャドウガーデン】のメンバーと思われる二人の人間に遭遇しました。アレクシアの言葉通りなら、片方の人物は『ライト』と呼ばれるリーダー格でしょう。私ですら手を焼いた化け物を一撃で倒したのですから」
(しゃあ! バレてないこと確定)
俺がバレないようにグッと拳を握ると、アイリス王女は眉間にシワを寄せて不愉快そうな表情を見せた。
「……その化け物は『ディアボロス教団』によって姿を変えられていた少女でした。非人道的な行いを、私は絶対に許さない」
「その子は無事なんですか?」
「ええ。私が保護しています。命に別状はありません」
「そうですか。良かった」
元気そうなら良いや。魔力回路ぶっ壊しちゃったけど、命があるなら許してくれるよな。
「その少女を助けた者が『ライト』と推測している人物です。少女に巻かれていた黒い布も証拠となる筈だったのですが、私が戻って来た時には煙のように消えていました」
(そりゃ俺が回収したからな)
女の子を裸のままにしとく訳にもいかなかったので巻いといたスライムスーツ。騎士団に預かってもらった瞬間に、速攻で遠隔操作して証拠隠滅させてもらった。
「我が国が誇る剣術指南役が敵の組織に通じていた……私はこの事実を重く受け止め、新たに騎士団を設立することにしました。メンバーは全員、私が直接勧誘した信頼の置ける者達です」
なるほど。俺達が呼び出された理由は大体分かった。クレアは未だに困惑気味だけど。
「『ミドガル魔剣士学園』の特待生、クレア・カゲノー。そして、ライ・トーアム。貴方達の実力を見込んで、是非私の騎士団に入団してもらいたいのです。──我が『紅の騎士団』に」
やっぱりか。まあ、この流れなら勧誘するよな。昔からちょくちょく俺と剣を交えてたからか、クレアの実力は高い。アイリス王女は無理だろうけど、側に立ってる二人の騎士ぐらいなら普通に勝てる筈だ。
「で、でも……私達は学生ですし」
「クレアさんは既に騎士団で見習いをしていると聞いています。私は貴女を即戦力として考えている」
「こ、光栄ですが……」
チラッと俺の方に視線を向けるクレア。やめろ、助け舟を求める時の目がアイツと一緒なのやめろ。
「……お話は分かりました。一つ質問してもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。ライ君」
王女からのお許しも出たので、俺は断るための言い訳を通すため口を開いた。
「クレア先輩の入団は納得出来ますが、何故自分を? 特待生とは言え一年生、アイリス王女に勧誘されるだけの実力はないと考えます」
「謙虚ですね。貴方は入学してから公式戦、そして模擬戦に至るまで……
やべっ。もう言い負かされそう。
「それは……そうですが」
「恥ずかしい話、人手が足りないのは事実です。学生の身分である貴方達に頼らなければならないことも情けないと思っています。申し訳ありません」
やはりどこまでも礼儀正しく、アイリス王女は俺達にしっかりと頭を下げた。リーダーっていうのは本来こういう人がなるもんなんだろうなぁ。どっかのアホも少しは見習って欲しいもんだ。
「頭を上げてくださいっ! ……分かりました。クレア・カゲノー、『紅の騎士団』に入団します」
「俺はお断りします」
「えっ?」
「えっ?」
クレアは俺に信じられないものでも見るかのような目を向け、空気の抜けたような声を溢した。一瞬フリーズしたようだがすぐに回復して、俺の肩をガッと掴んで小声で猛抗議を始めた。
「何言ってんのよ! 王女から直接勧誘されるなんて光栄なことでしょ!? それを一言で断るなんて無礼極まりないわよ!!」
「いや、だって入る気ないし」
「はぁっ!?」
「声でけーよ」
俺達のやり取りに苦笑いしながら、アイリス王女が声をかけてきた。何を言われようと入団する気はないんですけどね。
「ライ君、私は貴方を信頼しています。魔剣士としての実力だけじゃない、一人の人間として信頼しているんです」
「特待生として一度剣を交えただけでしょう? 自分はアイリス王女にそこまで言って頂けるような人間ではありません」
ぶっちゃけ面倒臭い。クソ厨二の子守りだけで大変なのに、その上ボランティアなんてやってられるか。俺にとってのメリットが無さ過ぎる。
「自分はまだ、自分の剣に納得しておりません。騎士を名乗るなど烏滸がましい」
「……ライ君」
「……ライ」
よし、良い雰囲気だ。断るためにはもう一押しかな。
「剣を磨き、己に満足出来るようになった時……もう一度誘って頂けますか? ──『紅の騎士団』に」
「……貴方の気持ちは分かりました。今回は大人しく引き下がることにします」
残念そうな表情を浮かべて、アイリス王女が小さく笑う。そんな顔されると断った側として罪悪感出てくるのでやめて欲しい。
「少し卑怯な手を使おうと思いましたが……貴方の覚悟を揺らすことは出来ませんね」
「卑怯な手……ですか?」
怖い、何されるところだったんだろう。
「入団してくれたなら、お給料を出す予定だったのです。それも特別手当付きで。……まあ、貴方を引き込むのには足りない──」
「入団します」
「えっ?」
「えっ?」
さっきのクレアと同様に、アイリス王女の口から間の抜けた声が溢れた。普段凛々しい女性ともなるとギャップを感じる。
「……ええっと、ライ君? 今貴方は入団すると言いましたか?」
「入団します」
アイリス王女は何を驚いているんだ? クレアも側に立ってる騎士さん達も、鳩が豆鉄砲を食ったような顔して。
「……では、これからよろしくお願いします」
「入団します」
王女に腕前を買われたんだ、恥ずかしくない騎士として頑張ろう。アイリス王女にはシドを迎えに行く時の外出を認めてくれた恩もあるし、恩返しにもなるだろう。
(給料♪ 給料♪ 特別手当っ♪)
最近王都で貴族達に高い評価を受けている『ミツゴシ商会』。見たこともないような商品が高い品質で販売されており、客足は増えていく一方だ。
そんな売上右肩上がりの店の裏に居るのは──同じく王都を騒がせた【シャドウガーデン】。リーダーに認知すらされず、組織を回す資金集めのため商会を立ち上げていた。
王都に於ける【シャドウガーデン】の拠点ともなっている『ミツゴシ商会』。建物の最上階には幹部である【七陰】の内、第一席であるアルファを始め五人のメンバーが集まっていた。
「アレクシア王女が捕えられていた教団施設はシャドウ様によって壊滅。ゼノン・グリフィは跡形もなく蒸発したとのことです」
先日の事件について説明したのは第二席・ベータ。シャドウの活躍に頬を赤く染め、少しだけ息が上がっている。
「ボスは最強なのです〜」
「本当に……美しい光でした」
第四席・デルタ、第五席・イプシロン。二人もシャドウに対して深く感動しているらしく、目を閉じて主の素晴らしさに浸っていた。
「奴等も思い知ったことでしょう。自分達が──『狩られる側の存在』であることを」
第三席・ガンマ。【シャドウガーデン】一の頭脳を持つ彼女は、『ミツゴシ商会』の会長も務めている。戦闘に関して最弱と呼ばれるメンバーだが、頭を使わせれば右に出る者は居ない。
「いずれ敵の全てが……あの光に消える」
美しくも悪い顔でアルファが笑った。王都での初陣に見事勝利したことで、組織の士気は高まっている。
「そしてライト様ですが、アイリス王女が設立した『紅の騎士団』への入団を決められました。アイリス王女直々の勧誘とのことですが、シャドウ様への報告もないために理由は分かっていません」
ベータが不思議そうに報告した一件に、アルファは少し考えを巡らせた後、優しく微笑んだ。
「そう……流石ね。王女の騎士団に居れば有益で新鮮な情報が手に入る。彼はそのために誘いを受けたのでしょう」
「なるほど! 流石はライト様!」
「先を見据える一手、お見事です」
「主様の右腕ですもの。当然ですわ!」
「ライトも凄いのです〜!」
その場に居る全員が副リーダーへ思いを馳せていると、唐突にアルファが口を動かした。表情は少しばかり悲しそうなものであり、【七陰】達は背筋を正した。
「けれど、ライトはそう思っていないでしょうね」
アルファの言葉の意味が分からず、ベータが手を上げた。
「あ、あの、アルファ様。それはどういう……?」
「そのままの意味よ。私達がシャドウのしたこと、ライトのしたことに感動している中で、彼だけは全く別の感情を持っているの」
ますます意味が分からないと言った具合のベータ。それ以外の【七陰】達も似たような反応を見せている。
「私はあの夜、ライトと一緒に居たわ。シャドウが放った一撃も、二人で見ていた」
「ライト様もさぞ喜んでいたことでしょう」
「いいえ。逆よ、イプシロン」
プルンッとわざとらしい揺れと共に、イプシロンが首を傾げる。
「私は見た。彼の顔には……
「怒り、ですか?」
イプシロンがわざとらしい揺れと共に顎へ手を当て思考すると、隣に座っていたデルタが元気よく声を上げた。
「デルタわかったのです! ライトはボスが街を壊したから怒ったんだと思うのです! ライトはよくボスを叱っているのです!」
「ふふっ、そうね。普段ならデルタの答えが正解だったかもしれないわね」
「やったのですっ!!」
アルファに認められ、デルタが喜びのあまり尻尾を振る。しかし、アルファの言い方からデルタの言葉が真実ではないと、デルタ以外の全員が理解していた。
「私達はシャドウに救われた。それは【シャドウガーデン】に居る者なら全員がそう。……ライトも例外じゃないわ。だからこそ彼は、シャドウの右腕として尽力しているのだから」
「……『陰の右腕』。悔しいですが、シャドウ様を支えられるのはライト様だけだと思います」
悔しそうに、そして羨ましそうに呟くベータ。彼女の言葉は聞いていた者全員が頷ける説得力があり、疑う余地のない真実であった。
「『陰の叡智』を一瞬で理解して支えるなど……私には到底真似出来ません」
己の不甲斐なさを恥じるように、ガンマが肩を震わせた。数手先どころか数百手先を読むシャドウについていけるのはライトのみ。甘んじて受け入れていた事実が重くのしかかってきたのだ。
「ライトが居なければ、私達とシャドウの距離は今よりずっと遠いものになっていた。…… 私達はいつもライトに頼っている。──
冷静な表情で熱い感情を曝け出すアルファ。話している内に昂ってきてしまったようだ。
耳が痛いと言わんばかりに目を伏せる面々。ベータなど少し涙目になっている。
「けれど、ライトは違う。彼は自分に満足していない。シャドウの一撃を見て怒りを宿らせたのは──自分自身の『弱さ』によ」
「まさかっ! そんな!!」
「ありえないのですっ! ライトは群れのNo.2! ボスの次に強いのですっ!!」
イプシロンとデルタを宥めながら、アルファが言葉を続ける。
「怒りを浮かべた後に、彼は静かに笑ったの」
少しばかり呆れるような声音で呟くアルファ。震えを押さえ込むように腕を組み、昨日の夜のことを思い出した。
「シャドウを支えるためには、今の自分ではまだ足りない。……私には、ライトがそう言っているように感じたの」
ついに泣き出したベータと、涙を浮かべるガンマ。イプシロンは険しい顔を見せ、デルタの耳はふにゃりと垂れ下がった。
「シャドウを支えるライトに支えられていたのでは、私達はただのお荷物よ。彼の覚悟に──置いていかれる訳にはいかない」
アルファの言葉に強く頷いた【七陰】。自分達を救ってくれた恩人に報いるため、改めて覚悟を決める。
──遥か高みにある二人の背中に追いつくために。
ー次の日ー
ライ「シド〜、金貨やろうか? ポチなれ」
シド「嫌だね」
ライ「ほーれ、取ってこーい」
シド「ワァンッ!!」