鎮守府の片隅で   作:ariel

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一応、土用丑の日から続いたお話はこれで完結です。一話完結物にする予定でしたが、気付いたらこんな感じに…おそらく次の話からは、元のように一話完結物に戻す予定ですが、次誰出しましょうかね…。順番的には軽巡洋艦かな…とは思いますが、少し考えなければ…。


第八話 翔鶴と磯辺揚げ

おかしいですね・・・いつもでしたら、開店と同時に多くの艦娘達が訪れる私のお店ですが、今日は開店してもお客さんが一人も来ずに、閑古鳥が鳴いています。私のお店・・・飽きられてしまった・・・とは思いませんが、何かあったのでしょうか。今日は、作戦開始前の激励会という事で空母娘達を招待していますが、特に私のお店を貸切りにしている訳ではありませんし、今日も平常通り店を開けている事は張り紙もしていました。一体どうしたことでしょう。

 

ガラガラガラ・・・

 

「あら、いらっしゃいま・・・!」

 

・・・なるほど、そういう事ですか・・・。ようやくお客さんが来てくれたと思い、入口から入ってきた艦娘達の姿を見た時に、ようやく事情が分かった気がしました。入ってきたのは、正規空母娘を先頭に軽空母娘達…空母娘が全員来店なのですが・・・。先頭で入ってきた一航戦の赤城さんと加賀さんに両脇を掴まれるように翔鶴さんが、そして続いて二航戦の飛龍さんと蒼龍さんに挟まれて瑞鶴さんが来店です。見れば、翔鶴さんと瑞鶴さんは真っ青な顔色で・・・そういえば、以前金剛さんから伺ったお話が誤解だった事を、私皆さんに言いそびれていました・・・。

 

「…今日はお店がすいていますね。それでは軽空母の皆さんはそちらの座敷で・・・それと飛龍と蒼龍もそちらの座敷でお願いします。赤城さんは私と一緒にカウンターでいいですね?・・・あと…貴方達もこっちよ。」

 

加賀さんの指示で、空母の娘達が座敷とカウンターに分かれて座る事になりましたが・・・私の目の前のカウンターには、真っ青な顔をした五航戦の娘達が・・・しかも念の入った事に、加賀さんが二人の間の席に陣取っています。早いところ、あの件は金剛さんの誤解で、私は全然怒っていない事を伝えてあげなければ、二人が少し可哀想な気がしてきました。

 

「貴方達、まずは鳳翔さんに言う事があるでしょう?」

 

「申し訳ありませんでした!」

 

えっ!私が何か言う前に、五航戦の二人が土下座でもするくらいの勢いで私に謝ってきます。いえ・・・あれは、金剛さんの誤解なだけで、貴方達が無実だという事は知っているわけでして・・・それにあの人にも釘はさしてありますから・・・おそらく加賀さん辺りの指示なのでしょうが、なんだかいたたまれなくなってしまいます。

 

「あの・・・二人とも、特に謝る必要はないのですよ。どうやら金剛さんの誤解だった事はあの人からも確認していますし・・・ですから、今日は楽しんでいっていいのよ?」

 

「えっ!?本当ですか!?」

 

私の言葉に五航戦の二人もそうですが、耳を大きくしてこちらを伺っていた軽空母の娘達や加賀さん達も驚きの声をあげます。・・・やっぱり、だいぶあの時の事を気にしていたのですね。私の早とちりとは言え、なんだか申し訳なくなってしまいました。おそらく金剛さんから例の件を聞いた時に怒りの感情が表に出ており、それを加賀さん辺りに気付かれた…ところでしょうか、私もまだまだですね・・・。私の言葉に、五航戦の二人は崩れ落ちるように席に座り込み、安堵の表情を見せています。よほど加賀さん達から、脅されていたのでしょうね・・・ん?そんなに私の事を怖がっていたという事でしょうか?

 

「私の事をそんなに怖がっていた・・・という事は、少し釈然としないですけど・・・。今日は貴方達の作戦前の激励会でもあるのですから、しっかり楽しんでいってくださいね。今日は酒保開放という事ではありませんが、私の奢りです。」

 

次の瞬間、店内には『ヤッター』という声が響き渡りました。近くで『赤城!一航戦、今日は倒れるまで行きます!』なんて声が聞こえますが、聞かなかった事にしましょう。とりあえず、まずは全員に準備していたお酒や食べ物を出して・・・。後は緊張を強いられた五航戦の二人に好きな物を出してあげましょうか。

 

「翔鶴さん、瑞鶴さん。緊張させてしまったお詫びという訳ではありませんけど・・・今日は好きな物を作ってあげますよ。何がいいかしら?」

 

「・・・ふぅ・・・流石に瑞鶴も、今回はもう御終いだと思っちゃいましたよ・・・鳳翔さん。それもこれも、隣に居る意地の悪い『加』という字のつく先輩正規空母様のせいなんだけどね!とりあえず、腹いせに焼き鳥でも注文するから、となりの『加』のつく先輩にも焼き鳥一杯出してよ!」

 

「(ピキッ)・・・この子は・・・七面鳥の丸焼きでも食べさせてあげようかしら・・・」

 

「イーーだ。今は七面鳥のシーズンでは、ありませんよ~先輩。」

 

「フンッ、今年の感謝祭の日にでも、七面鳥の丸焼きを用意してあげるわ…」

 

「瑞鶴・・・あまり失礼な事を言ったらダメよ。加賀先輩も私達の事を考えて・・・」

 

「翔鶴姉ぇ~、な訳ないでしょう。加賀先輩に何されたかよく思い出してみてよ。鳳翔さん、この意地悪な先輩をちょっと叱ってやってくださいよ。瑞鶴達大変な目にあったんだから~。」

 

あらあら・・・無事だという事が分かってホッしたら、あっという間にいつもの瑞鶴さんに戻りましたね。翔鶴さんの方はまだ少し心配そうですし、加賀さんは憮然としていますが、とりあえず瑞鶴さんだけでも完全に元に戻ってくれて良かったです。ただ…加賀さんと瑞鶴さんの二人、暇さえあればすぐにぶつかっている気が…。まぁ、加賀さんは口下手なところがありますが、翔鶴さんや瑞鶴さんの事を心配している…という事は知っていますので、特に大きな問題にならないとは思いますが…。

 

しかし理由はなんとなく知っていますが、加賀さんは焼き鳥が駄目ですし、瑞鶴さんは七面鳥(特に丸焼き)が駄目です。鶏肉料理全体が駄目という訳ではないようですが・・・わざわざこんな激励会の日にお互いに嫌いな物を注文しようとするというのは…困ったものです。そうですね・・・折角ですから、同じ鶏肉でも美味しく食べられて彼女達が好きな磯辺揚げを作ってあげましょう。揚げ物系の簡単な料理ですから大量に作る事が出来て、しかも美味しいですから、今日の激励会にはぴったりだと思います。

 

磯辺揚げと言いますと、色々な物がありますが、今日この娘達に作ってあげるのは、鳥の胸肉を使った磯辺揚げです。私が作る磯辺揚げは、鶏肉を予め醤油と生姜に漬けて味を染み込ませた物に、片栗粉をまぶして海苔を巻いて揚げるタイプ。衣も薄く、味もしっかり染み込んでおり、なおかつ海苔の香ばしさも楽しめる事から、私がまだ空母寮に居た頃にも何度かこの娘達に作ってあげた料理です。今は、私も空母寮に居ませんし、あまりお店ではこれまで出していなかったため、この娘達にとってはたぶん懐かしい味になるのではないかと思いますが、あの時の味を覚えてくれているでしょうか。

 

既にバットの中には、鳥の胸肉を拍子切りにした物が、醤油と生姜汁に漬け込まれています。色合いから見て、かなり味は染み込んでいると思いますので、後は手早く片栗粉をまぶしてしまいましょう。あまり片栗粉をつけ過ぎてしまいますと衣が厚くなりすぎて、野暮ったくなってしまいますので、出来るだけ薄くまんべんなく片栗粉が付くように気をつけます。後は、これに海苔を巻いて揚げるだけですが、揚げている途中で海苔が外れてしまわないように、最後だけ卵を使って海苔を貼り付けます。よし…後は揚げるだけですね。今日は大食艦の空母娘達がお客さんですから、少量ではあっという間に消えて無くなってしまう事は確実です。ですから大量に揚げなければいけませんが、この磯辺揚げ・・・カラッと揚がっていなければ、美味しく食べる事は出来ないですから、大量ではありますが慎重に揚げる必要があります。最後に・・・付け合せに今日も収穫出来た獅子唐辛子を素揚げして・・・彩を添えて・・・完成です!。

 

「はい、皆さん・・・この味を覚えていてくれたら嬉しいですけど・・・久しぶりに磯辺揚げを作りましたから、まだ熱い内にどうぞ。」

 

 

 

 

正規空母 「翔鶴」

 

 

お・・・美味しいです。お母さんの作ってくれた磯辺揚げは、口に近づけるとほんのりとした海苔の香りが漂ってきますし、口に入れて歯で噛んだ瞬間、片栗粉で出来た薄い衣の間から鶏肉の旨みが一気に口の中に広がります。衣が薄くてカラッと揚げられている事が理由だと思うのですが、少し噛んだだけで醤油と生姜の香り、そして鶏肉の旨みが・・・。なんとも言えない幸せな気分になってきます。それに付け合せとして磯辺揚げの影に隠れるような形で出ている獅子唐辛子の素揚げ…これも絶妙な甘さで磯辺揚げの味わいを助けている気がして…こんな料理が食べられるなんて本当に幸せです。

 

今日は鳳翔さんのお店に来る前から、私は妹の瑞鶴と共に最悪の精神状態でした。事の発端は、数日前の消灯後の整列からでした。その日、消灯後久しぶりに整列をかけられた私達姉妹は、何故か知りませんが機嫌が最悪の加賀先輩に徹底的に海軍精神を注入(お尻叩き)されました。これについてはなんとか耐え切ったのですが、その後の加賀先輩の言葉に、私達姉妹は文字通り肝が縮むような思いになりました。『お母さんは、貴方達が提督を奪おうとしているという情報を手に入れたわ。今度の作戦前に激励会を開催するからお店に来るように・・・と呼び出しを受けているけど・・・覚悟しておくのね。』

 

勿論、私達姉妹はそんな事を微塵も考えたことはありません。ただ最近提督には、空母寮での生活の悩みについて私達の部屋で相談に乗ってもらっていましたが・・・一体何処からそんなお話がお母さんの耳に入ったのでしょうか。しかし加賀先輩の言葉で、私達姉妹はその日から、まるで処刑の順番を待つ死刑囚のような心境になった事は確かです。そして今日、私達が途中で逃げ出さないように、私達の脇を先輩方が囲むような形で、お母さんのお店に連れて行かれました。

 

ところが、私達の姿を見たお母さんはいつも通りの笑顔です。ひょっとしたら加賀先輩達に騙された?とも考えましたが、実際はお母さんが誤解していただけだったようで、私達姉妹は本当の意味で命拾いする事が出来ました。妹の瑞鶴も事情が分かった瞬間、倒れこむように席に崩れ落ちましたから、物凄く緊張していたのでしょう。・・・それにしても、加賀先輩・・・酷いですよ・・・。

 

そして今回の誤解のお詫びという事で、お母さんが私達に出してくれた磯辺揚げ。昔、お母さんが私達と一緒に空母寮に住んでいた頃、よく私達に作ってくれた懐かしい味です。久々に食べた磯辺揚げ・・・お母さんがまだ空母寮を取り仕切っていた頃の、平和だった私達姉妹の生活を思い出すと…。

 

あら?少しお母さんの磯辺揚げが以前の味つけと違う気がします。たしか昔作ってくれた磯辺揚げは、生姜の香りは無かったと思うのですが・・・。いえ、生姜が入ったことで更に食べやすくなり美味しいと思うのですが、少し味付けを変えたのでしょうか。

 

「・・・鳳翔さん、久しぶりに磯辺揚げを食べさせてもらいましたけど、物凄く美味しいです。ですが、昔食べた味と少しだけ違う気がするのですが・・・昔のは生姜入ってなかったですよね?」

 

 

 

鳳翔

 

 

流石は翔鶴さんと言ったところですね。空母寮で私が作っていた頃の磯辺揚げは醤油だけで味をつけていたのですが、今回は生姜も使って、よりあっさり食べられるように工夫しています。あの頃から私が料理している姿をよく隣で見ていて、時には味見も手伝ってもらっていた翔鶴さんだけあって、味の変化もすぐに分かったようですね。

 

「えぇ、今日作ったのは、あの頃空母寮で出していた頃の磯辺揚げとは少し違う味の物です。そうですね…あの人の好きな味に少し改良した磯辺揚げと言ったところでしょうか。・・・作り方・・・教えてあげましょうか、翔鶴さん?」

 

ザワッ・・・何故か知りませんが、急に騒がしかった店内に静けさが訪れました。私、何か変な事言ったでしょうか。折角あの人が好きな美味しい磯辺揚げですから、作り方を翔鶴さんに教えてあげようと思っただけなのですが・・・。見ると翔鶴さんは、全力で首を横に振っていますし、加賀さんの手が翔鶴さんの背中に伸びて背中をツネッている…気がします。

 

「イタッ…い・・・いえ・・・鳳翔さん、それには及ばないです。この磯辺揚げも大変美味しいですけど、これが食べたい時は、私、鳳翔さんのお店に来ますので・・・。」

 

あぁ、そういう事ですか。そんなに気を使わなくてもいいのですけどね・・・。別にあの人の好きな味を教えたからと言って、翔鶴さんがそれをネタにあの人に近づこうとしているとは思っていないですから。それにしても、私は空母寮の運営から完全に手を引いていますが、現在取り仕切っている一航戦…いえ、加賀さんは相当厳しく寮内を取り纏めているようですね。

 

「加賀さん…五航戦の子達が心配なのは分かりますけど、あまり意地悪しては駄目ですよ。まだこの子達は、そういうお年頃なのですから。」

 

「は…はい、鳳翔さん。気をつけます。」

 

「ヤ~イ、怒られた、怒られた。鳳翔さん、もっと言ってやってくださいよ!瑞鶴達は、毎日のように虐げられて~」

 

「瑞鶴!あまり変な事を言っちゃ駄目よ。」

 

…なるほど、これだけ生意気盛りの瑞鶴さん相手では、加賀さんが厳しくなるのも分かる気がします。何といっても、戦場でミスがあった場合、困るのは彼女達自身なのですから。しかし…同じ一航戦でも赤城さんと加賀さんでは、だいぶ違うようですね。赤城さんはどちらかと言えば、『我関せず』と自分の鍛錬がメインのようですが…意外と加賀さんは面倒見が良いのかもしれません。…あら、そういえば赤城さんが静かですが…あっ!

 

「鳳翔さん!…モグモグ…この磯辺揚げ美味しいですね…モグモグ(…それ、軽空母や二航戦の子達の分もあったのですが…)。まだまだ食べられますので、追加お願いします!あとご飯もおかわりください!あっ、御櫃のまま出してくれれば、後はこっちで勝手によそって食べますから、問題ありません!フ~ッ、今日は久しぶりのツケでも賄いでもないご飯とお酒ですから、赤城自重しません!」

 

…どうしましょう…今日の激励会、全て私の奢りにしてしまったのは、重大な失敗だったかもしれません。このままでは私が破算してしまいそうです。赤城さんの周りには空のお皿が山積みですし、一升瓶まで転がっています。…えっ、いつのまにこの娘、お酒飲んでいたのでしょうか…。この娘が酔っ払うと、たしか…

 

「一航戦 赤城!脱ぎます!」

 

「いいぞ~、脱げ脱げ~ ヒャッハ~!」

 

「隼鷹!」

 

「赤城さん、やっちゃってください!…ヒック」

 

「千歳姉ぇ…」

 

後輩の正規空母や軽空母達も見ているのですから、止めてください…。加賀さんも頭に手を当てていますし、翔鶴さんや瑞鶴さんも目を丸くしています。それに隼鷹や千歳も煽らないでください…。はぁ…本当に手がかかります。今度の作戦…大丈夫なのでしょうか。

 




鳥胸肉の磯辺揚げ。これ単純な料理ですが、美味しくて好きです。最近、揚げ物はだいぶ苦手なのですが、それでも衣が薄く海苔の香りが楽しめ、尚且つ中の鳥もしっかり味がついており噛んだ瞬間に鶏肉の旨味がグッと出てくるこの料理は、今の私でも結構な量を食べれてしまい…危険な食べ物だったりしますw。磯辺揚げの味付けですが、これはおそらく様々なレシピがあると思います。個人的には、生姜醤油の下味が好きなので、今回はこれに登場してもらったのですが、皆さんはどんなタイプの磯辺揚げが好きでしょうか?

五航戦…そのうち瑞鶴を主役にしたい(正規空母の中では、キャラも含めて戦歴が一番好きなので)と思っていますが、この子を主役にすると必ず加賀さんも出てきそうな気が…といいますか、瑞鶴VS加賀は、艦これの中では様式美のような気さえしてしまいますw。

今回も読んでいただきありがとうございました。

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