鎮守府の片隅で   作:ariel

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あとがきにも少し書きましたが、一応今回の話が、外伝なども含めて丁度、百話目になります。ということで、記念すべきこの話の主人公は、やはり一番のお気に入り艦娘にしなくては…と思い、瑞鶴を主人公で書いてみました。


第八六話 瑞鶴とローストビーフ

空母寮 瑞鶴

 

 

「来た!加賀先輩、それロン!リーチ、一発、門風牌、荘風牌。」

 

「なっ…この私が、五航戦に振り込むなんて…。」

 

やった!あの加賀先輩に振り込んでもらっちゃったよ。加賀先輩、いつも物凄く手堅く打っているから、なかなか振り込んでくれないけど、今回は上手くいったよね。ほとんど運だけで出来た満貫だけど…それでも一航戦の先輩に振り込ませたから、今日の瑞鶴はついているかも。

 

「瑞鶴?裏ドラは確認しないの?」

 

あっ、忘れてた。流石は翔鶴姉、サーンキュ。とは言っても、裏ドラなんて完全に運だから、あまり高望みは出来ないよね。えっと…今回は加賀先輩が二回もカンしているから、裏ドラは三枚っと…一つでも入っていればラッキーだよね。あれ?…あれあれ?

 

「えっと、加賀先輩?リーチ、一発、門風牌、荘風牌、裏ドラ…9だから…えっと…数え役満?…で、瑞鶴が今は親だから、48000点!瑞鶴には、幸運の女神がついているんだから!」

 

「そ…そんな…馬鹿な…。」

 

まさか、普通の裏ドラも、カンドラの裏ドラも全て瑞鶴の自風牌だなんて、流石の瑞鶴もびっくりだよ。加賀先輩は呆然としちゃってるし、翔鶴姉や、飛龍先輩、それに見学している他の正規空母の人も驚いているけど、一番驚いたのは瑞鶴だよ。さすがにここまで運が良いと、怖くなってくるかな。…で、48000点直撃だから、加賀先輩はドボン。

 

「瑞鶴は…相変わらずの強運だよね…でも今回はお小遣い賭けてないから、ついてるのか、ついてないのか微妙なところだよね?」

 

そうなんだよね…。飛龍先輩が言うとおり、今回の空母寮麻雀大会は、お小遣い賭けてないんだよね。前回、空母寮の麻雀大会で大きなお金が動いて…それがお母さんにばれちゃって、賭け事は禁止になっちゃたから…。あ~ぁ、折角今回は瑞鶴が勝ったのに…。

 

「でも、今回は一番になった人が、最下位の人に何か命令が出来るから…。で、瑞鶴は、加賀先輩に何をお願いするの?」

 

でも、翔鶴姉が言うとおり、今回の麻雀大会では、一位の人が最下位の人に一つだけお願いを聞いてもらえるというルールなんだよね。そういう意味では、加賀先輩に命令できるなんて、やっぱり今日の瑞鶴は運が良いよね。何をお願いしようかな…。とはいえ、下手なお願いをしたら後が怖いし…ここはお母さんを絡めたお願いをして、後から加賀先輩に怒られないようにした方がいいよね。

 

「えへへへ…加賀先輩、ルールだから仕方ないよね?今回は瑞鶴のお願いを聞いてもらうんだから。」

 

「くっ…この私が五航戦に命令されるなんて…」

 

こんな事言ってるし…。でも瑞鶴のお願いは実は決まっているんだよね。

 

「じゃぁ、瑞鶴のお願いなんだけど…」

 

 

 

小料理屋『鳳翔』  鳳翔

 

 

はぁ…何か調子が狂いますね。いえ、別に大きな問題はないのですが、やはり普段居ない子が厨房に居ますと、どうしても違和感を感じてしまいます。今日も昼頃から、その日のお店の下準備をしていますと、いきなり加賀さんがやってきました。そして今日は瑞鶴さんのために、料理を作らなくてはいけない…と言い出しまして…。あの加賀さんが、瑞鶴さんのために料理を作る…普通ではあまり考えられない出来事です。

 

流石に私も少し不審に思いましたので、加賀さんを問い詰めたところ、なんでも空母寮の麻雀大会で、加賀さんが瑞鶴さんに負けたらしく、瑞鶴さんのお願いを一つ聞かなくてはいけない事態になったようです。まぁ、以前の空母寮の麻雀大会のように、大きなお金が動かなくなった分だけ、少し健全になったという事でしょうか。それにしてもそのお願いが、『鳳翔さんのお店で料理を作って、自分を客としてもてなして欲しい』というのもどうかと思います。しかも今回瑞鶴さんは『ローストビーフという料理を食べたい』と料理まで指定したようですね。

 

今日は幸いな事に牛モモ肉の塊を仕入れていましたから問題ありませんが、いつも仕入れている訳ではありませんから、このようなリクエストはせめて前日に言って欲しいものです。それにしても…ローストビーフを加賀さんに作ってもらい、それをお客さんとして瑞鶴さんが食べるという事は…ローストビーフの切り分けなども含めて加賀さんに全て準備をしてもらう…という事ですよね?今でも加賀さんは少し憮然とした表情をしていますが、これからその料理を作り、最終的に瑞鶴さんにサーブする時は更に機嫌が悪くなりそうです。

 

「加賀さん?賭け事で負けたわけですから、今日はちゃんと料理を手伝ってもらいますよ。それと一応、私のお店の料理として出す訳ですから、作り方は教えますのでしっかりお願いしますね。あと、店員の間は喧嘩はダメですよ。」

 

「は…はい。一応始めに決めたルールでしたから…ちゃんとやるわ。鳳翔さんに迷惑はかけません。」

 

どうやら大丈夫そうですね。かなり憮然とした表情ではありますが、やはり空母寮を取り仕切っている加賀さんだけあって、一度決めた約束はきちんと守るようです。さて、それでは早速加賀さんと一緒に瑞鶴さんに出すためのローストビーフを作りましょうか。

 

ローストビーフを作る上での一番大事な点は、勿論表面はしっかり焼き色を入れても、内部は肉の赤色が綺麗に残るように作るところです。とはいえ、少しだけ気をつければこの条件は簡単にクリアー出来ます。まずは肉の下準備ですね。準備した牛肉のモモ肉の塊に塩と粗引きの胡椒をしっかり刷り込みます。そして…肉を焼いている時に崩れないようにするために、タコ糸でしっかり肉を巻きます。また今の内にオーブンを余熱しておいた方が良さそうですね。今回は少し大きめの肉の塊ですから、170℃程度に余熱をしましょうか。

 

それではタコ糸で巻いた肉の塊の表面を、これからフライパンで焼き上げる訳ですが、流石にこのままローストビーフにしてしまっては、塩と胡椒だけの味気ない味になってしまいます。ですから、この表面を焼く作業中に少しだけ違う風味を肉に付ける訳ですが、肉の下味は香まで含めてシンプルな物でなくてはいけません。まずはフライパンにオイルを十分に広げて、香り付けのためのニンニクの欠片を軽く炒めたら、肉をフライパンに入れて、一気に強火で肉の表面全体に焼き色がつくまで焼き上げます。また、オーブンに一緒に入れる香味野菜も一緒に少し焼いておきましょう。

 

「加賀さん、オーブンに一緒に入れる香味野菜の準備をお願いしますね。」

 

「はい、鳳翔さん。任せてください。」

 

普段は私のお店の厨房には居ない加賀さんですが、流石に手際が良いですね。それに…最初はなんだかんだ文句を言っていましたが、やはり瑞鶴さんに少しでも美味しい料理を食べさせてあげようと思っているのでしょうか、今は真剣な表情で料理をしていますね。加賀さんが、オーブンに肉と一緒に入れるための香味野菜の準備をしていますが、やはり料理は上手です。玉ねぎや人参を薄く輪切りにしたり、セロリを一口大に一気に切り分けました。それでは、ここで切り分けた野菜を、今お肉を焼いているフライパンに一緒に入れて、軽く炒めます。…そろそろ野菜にも火が少し通ったでしょうか。

 

最後に赤ワインをフライパンに加えたら、焼き上げた肉の表面に赤ワインを絡めるように煮立たせます。これで下準備は終わりですね。それでは肉をオーブンに入れるために、アルミホイルを敷いたバットの上に、焼き色を付けたモモ肉の塊を移動させます。フライパンに残った赤ワインと、肉から出てきた肉汁が絡み合った汁は、最後にローストビーフにかけるソースになりますから、これはこのまま取って置きましょうか。

 

また一緒に焼いていた香味野菜もお肉の塊を囲むようにバットに敷き詰めます。そして最後にローリエやオレガノ、タイムなど香辛料をお肉の周りに配置したら…これでオーブンに入れる準備が整いました。そろそろオーブンの余熱も終わっていますので、早速オーブンに入れましょうか。内部に火が通り過ぎないように…しかし肉の塊の芯までジワッと火が通っていなくてはいけません。肉の塊の大きさとオーブンの温度を考えますと、30分程オーブンに入れておけば大丈夫そうですが…一応、金串を使ってチェックした方が良さそうですね。

 

 

そろそろ30分ですが、お肉の内部はどうでしょうか。少し金串をお肉に突き刺してみましょう。えぇ、大丈夫そうですね。引き抜いた金串が温かくなっていましたから、内部にも十分に熱が伝わっていると思います。それでは、オーブンの中から肉を取り出しましたら、そのままの状態で除々に熱を取除く事で肉を休ませます。これで本体は完成ですね。後は十分に冷えたら薄くカットすれば、美味しいローストビーフの出来上がりです。

 

次はローストビーフを食べるためのソースを作らなくてはいけませんね。まずは先程フライパンで肉の表面を焼いた際に残った、肉汁と赤ワインの絡み合った汁に、赤ワインを少し追加して再び熱したら、ここにコンソメの素と少量の小麦粉、そしてバターを入れてトロミを出させます。これでバターの香りが残る、濃厚でまろやかな味の、お肉に合うソースが出来上がりです。最後に塩と胡椒で味を整えて…えぇ、美味しいソースになりましたね。これなら瑞鶴さんも喜んでくれるのではないでしょうか。ソースの味見をした加賀さんも満足そうな表情です。

 

「加賀さん、ご苦労さまでした。これで完成ですよ。後は瑞鶴さんが来たら、加賀さんがローストビーフを切り分けて…いえ、これは私がした方が良いかもしれませんね。それと…今日は加賀さんが私のお店の店員なのですから、あまり瑞鶴さんと喧嘩はしないでくださいよ。」

 

「そ…それは…あの子の出方次第だけど…(加賀さん!)。…はい、なるべく気をつけます、鳳翔さん。」

 

まぁ、一応私の言葉に頷いた加賀さんですが、おそらく今日もいつもどおり、売り言葉に買い言葉で、騒ぎが起きるでしょうね。しかも今日は、いつもとは逆の状況。お客さんとしてやってくる瑞鶴さんが暴走する事は目に見えていますし、それに店員である筈の加賀さんが対抗するのも火を見るより明らか…間違いなくトラブルが起きるでしょうね。今日はいつも以上に私が気をつけなくてはいけませんね。

 

 

「鳳翔さん、こんばんは~。今日の瑞鶴はお客さんだからね。それじゃ早速瑞鶴は、予約していたローストビーフが食べたいんだけど、よろしくねっ!」

 

嬉しそうな表情をして瑞鶴さんが来店ですね。しかし…不思議な事もありますね、いつもでしたら空母娘達は大体連れ立って来店するはずなのですが、今日は瑞鶴さんと葛城さんが二人だけで来店です。お姉さんの翔鶴さんや、瑞鶴さんと仲の良い大鳳さんまで一緒に来ない…という事は、皆さん今日は間違いなくトラブルがあると考えて逃げたのでしょうね…一応確認しておきましょうか。

 

「いらっしゃい、瑞鶴さん。今日は葛城さんと二人なのですか?二人でしたら、折角空いているのでカウンター席をどうぞ。」

 

「鳳翔さん、サーンキュ。それがね、何故か知らないけど、翔鶴姉も大鳳も今日は予定があるみたいで、来られないんだって。赤城先輩達も今日は空母寮の片付けが…なんて言っていたし。折角、加賀先輩が店員だから面白そうなのに、勿体無いよね。」

 

「五航戦…私は見世物ではないのだけれど…。」

 

「ず…瑞鶴先輩。そんな事よりも、は…早くローストビーフをもらいましょう。凄くその…た…楽しみじゃないですか。」

 

はぁ…今の一連の会話で、何が起こったのか、私には正確に理解出来た気がします。おそらく赤城さんをはじめとした正規空母娘達は、私のお店で起こるであろう加賀さんと瑞鶴さんのトラブルから逃げるために無理やり予定を作ったのだと思います。そして葛城さんは瑞鶴さんに直接誘われたため断る事も出来ずに一緒に来店なのでしょう。葛城さんが加賀さんと瑞鶴さんの顔をチラチラ見ながら、戦々恐々としている様子は手に取るように分かります。仕方ありません。余計な出来事が起こる前に、急いでローストビーフを出しましょうか。

 

「瑞鶴さん、これが注文のローストビーフです。今から切り分けてソースをかけますから、少しだけ待ってくださいね。」

 

「うわっ、凄いお肉の塊!瑞鶴楽しみだったんだよね。あっ、そうそう鳳翔さん。鳳翔さんは他のお客さんの注文も裁かないといけないから忙しいよね。だからローストビーフを切るのは、そこの『カ』の付く店員さんに任せてもいいと思うんだよね~。」

 

瑞鶴さん…たしかにいつも命令されている加賀さんに、色々とやってもらいたいという気持ちは分かりますが…今日空母寮に戻った後でどうなっても知りませんよ?瑞鶴さんの言葉に、加賀さんの目が一瞬釣りあがった気がしますし、葛城さんは目をつぶって…その…震えている気がします。

 

「そう…分かったわ。たしかに今日の私は鳳翔さんのお店の店員です。いいわ。そこまで言うのなら、私が五航戦の料理の仕上げをしましょう。鳳翔さん、後は私に任せてください。」

 

流石に一航戦を任され、更に空母寮を取りまとめている加賀さんだけありますね。一瞬目が釣りあがりましたが、直にその表情を消して…ローストビーフを切り分け始めました。ローストビーフの塊に加賀さんの包丁が入ると、肉の塊が薄く切り分けられていきます。…肉の内部は…えぇ、大丈夫ですね。ローストビーフ特有の綺麗な赤身が顔を見せています。どうやらローストビーフの火の通りは完璧なようです。そして加賀さんが、薄く切り分けたロースビーフをお皿の上に綺麗に並べ…最後に準備したワインと肉汁をベースにして作った暗褐色のソースをまるで絵を描くように綺麗にかけました。この辺りのセンスは、流石ですね。

 

「五航戦、それに葛城。お望みどおり、私が切り分けてあげたわ。さぁ、食べなさい。」

 

「鳳翔さん、この店員さん怖いよ?注意した方がいいんじゃないかな?」

 

瑞鶴さん…あまり調子に乗っていますと、本当に空母寮に戻った後どうなっても知りませんよ?とはいえ、私が何か言う前に、加賀さんが私を見て頷きました。どうやら今この瞬間だけは、加賀さんは我慢して店員さんとして対応するようです。

 

「そう…悪かったわね。さぁ瑞鶴に葛城、準備が出来たわ。めしあがれ…」

 

加賀さん…ぎこちない笑顔ですし、目は…全く笑ってないですよね。瑞鶴さんは満面の笑みで加賀さんから、ローストビーフの皿を受け取りましたが、葛城さんは…物凄く動揺して震えながらお皿を受け取っています。葛城さん…心配しなくても、たぶん加賀さんは、葛城さんの立場を分かっていますから大丈夫ですよ。

 

「加賀先輩サ~ンキュ。やっぱり、こうやってたまにはお客さんとして、美味しい料理を楽しみたいよね。さ~て、いただきま~す!」

 

 

 

瑞鶴

 

 

やった~、待ちに待ったローストビーフだよっ!これ、瑞鶴一度食べたかったんだよね。ようやく夢が叶ったよ。それにしても…こんなに美味しい物が食べられるのに、赤城先輩達は予定があるようだし、翔鶴姉も用事があるなんて…運が悪いよねっ。それに何故か知らないけど、葛城は緊張しているようだし。折角、こうやって普段瑞鶴達に命令している加賀先輩が、店員として瑞鶴達をもてなしているんだから、楽しまないとね。…って、流石に瑞鶴だって、そこまで甘く考えていないって。どうせ空母寮に戻ったら加賀先輩から怒られるんだから、今だけでも楽しんでおかないと…。

 

ま、後の事は後で考える事にしてっと…やっぱりローストビーフって美味しそうだよね。瑞鶴達の目の前で加賀先輩が、お肉の塊を薄く切り分けてくれたけど、お肉の塊の内部は綺麗な赤身が見えて…瑞鶴も何かの本で読んだことがあるけれど、あれ、火は通っているけれど赤身なんだよね。だから、どんな味がするのか物凄く楽しみだったんだよ。さてと…それじゃ早速、上からかかっている暗褐色のソースを十分に絡めて…やっぱり一口だよね?エイッ。

 

…ん~ぅ、美味しぃ。なんて言うのかな、ローストビーフ本体は、表面は少しだけ固めだけど、内部は物凄く柔らかくて、噛むと肉汁が染み出してくる感じだよね。味は…シンプルな塩味と…これはハーブの香りと…うっすらだけどニンニクの香りかな…。お肉自体の味は物凄く分かりやすい味なんだけれど、これが肉汁の味と絡むともう最高だよ!しかも上から掛かっているソースが、これも絶品。濃厚で濃い味のソースなんだけど、全体的にはまろやかでローストビーフのシンプルな味付けとの相性がばっちりじゃん。こんな美味しい料理、どれだけでも食べられちゃいそうだよ。次のお肉を急いで食べないと。

 

う~んぅ、最高だわっ!一口で食べるのが勿体無いよね?お肉の赤身の部分…柔らかくて肉の美味しさがしっかり出ているし、きちんと火も通っているから、物凄く食べやすいよ。それに…さっきはあまり気付かなかったけれど、この表面の火がしっかり入っている部分の味もいいよね。なんていうのかな…そう!赤身の部分とこの火の通っている部分の食感の違いと味の違いが凄くいいよっ!次々、次もソースをしっかり絡めて…っと

 

「五航戦、そんなにガツガツ食べなくても料理は逃げないわ。それに…同じ空母として恥ずかしいから、もう少しマナーを守って食べる事ね…。」

 

う…うるさい、余計なお世話よ。加賀先輩だって、普段は物凄い勢いで食べているじゃない。それに…今日の料理はこんなに美味しいんだから、一気に食べたっていいじゃない!あれ?あんな事言っていたけれど、加賀先輩物凄く食べたそうな雰囲気だよね。よ~し。

 

「そんな事言ったって、美味しいから仕方ないじゃない。あれ?ひょっとして…加賀先輩も食べたかったんですか?瑞鶴は優しいから、お願いしたら食べさせてもいいかな~って思っているんだけれど。」

 

「クッ…流石に私は赤城さんとは違うから、そんな無様な真似はしないわ。」

 

へ~、そうなんだ。でも加賀先輩?さっき唾液を飲み込むような仕草をしましたよね?食べたそうなのは、瑞鶴はよく分かっているんだから。そうと決まれば…

 

「へ~ぇ、そうなんだ。でも…このローストビーフ美味しいよ。物凄く柔らかく料理されているし、シンプルなお肉の味と濃厚なソースとの相性もばっちり。なんと言っても口の中で肉汁がジュワ~っと広がっていくのが最高なんだよね。あ~、美味しい~。」

 

「ちっ…そこまで言うのなら、私も…味見をしてあげるわ。やっぱり店員として、料理のチェックは大事…。」

 

はぃはぃ、分かりましたよ。というか、これ以上怒らせると後が怖いから、この辺りで媚も売っておかないと…瑞鶴が大変な事になっちゃうよ。

 

「はい、加賀先輩。あ~ん。」

 

!ぷっ。あの加賀先輩が瑞鶴の前で目をつぶって口を開けているなんて…何これ、可愛いじゃない!なんか、親鳥が雛鳥を餌付けしているようだし…面白いじゃん。加賀先輩美味しそうに食べているよね。…もう一回あの表情を見てみたいかな。まだローストビーフはあるし、もう一切れ加賀先輩に渡してもいいかも。

 

「はい、加賀先輩、もう一つ味見してもいいよ。あ~ん。」

 

エヘヘヘ。本当に餌付けしている感じだよね。葛城も思わず加賀先輩の表情を凝視していたけれど、葛城もやってみればいいじゃん。たぶん同じように口を開けると思うよ?

 

「葛城?あんたも加賀先輩に食べさせてあげたら?加賀先輩、葛城のローストビーフも味見してあげてくださいっ!」

 

「か…加賀先輩、その…ど…どうぞ。あの…口を開けてもらえると…。」

 

や…やばい。加賀先輩のあの表情は癖になるわっ。あの表情は反則だよね?もう一切れ食べさせたくなってきちゃうじゃない!とりあえず、ローストビーフを追加注文して…。

 

 

 

鳳翔

 

 

その…トラブルになると思って少し注意して見ていたのですが、あの様子では今日は大丈夫そうですね。しかし…瑞鶴さん達が加賀さんにローストビーフを一切れずつ食べさせている姿は…その…普段の加賀さんからは想像が出来ません。おそらくローストビーフの味を加賀さんも凄く気に入ったため、無意識のうちにあのような表情をしているのだと思いますが…瑞鶴さん達にとっても新鮮だったのではないでしょうか。ただ…どう見ても、自分達が食べた以上に、加賀さんに食べさせている気がしないでもないですが。

 

「あれ?ローストビーフなくなっちゃった。…って、瑞鶴達あまり食べていないよ?」

 

そうでしょうね…途中からほとんど加賀さんに食べさせていたのですから、当然の結果だと思います。葛城さんも『あっ』という表情をしていますし、おそらく本人達も最後まで気づいていなかったのだと思います。

 

「あら、もう終わり?もう少し食べたかったのだけれど。…ローストビーフが無くなったという事は、私が店員をする必要もないわね。ここからは私がお客さんです。五航戦、いつもどおり私の代わりに厨房に戻りなさい。あなたがお客さんの時間は終わりよ。」

 

「えっ、何それ?瑞鶴、まだそんなに食べていないよ?」

 

「食べていようが、食べていなかろうが、あなたがお客さんの時間は終了です。いいから早く厨房に戻りなさい。ま、今日は私も気分がいいから、私が注文した物を多少は『味見』させてあげるわ。」

 

あらあら。ここで役割交代ですか。たしかに加賀さんが私のお店の厨房に居る姿は、私にしてもかなり違和感がありましたし、いつもどおり瑞鶴さんが厨房に居た方が落ち着きそうです。それに…あの様子では、今度は加賀さんが瑞鶴さんに適当に食べさせてあげるようですね。

 

「そこの五航戦、とりあえず注文するけれど、あなたのお勧めの料理を言いなさい。今日はそれを注文するわ。」

 

「!加賀先輩、サ~ンキュ。えっとね…瑞鶴が食べたい料理…じゃなかった。お勧めの料理は…。」

 

なんといいますか、お互いに素直ではないですね。まぁ、結果的に瑞鶴さんは加賀さんにローストビーフを食べさせてあげた訳ですし、加賀さんもそのお返しとして瑞鶴さんに好きな物を奢ってあげるようですから、非常に結構な事ですが。それに…当初は瑞鶴さんの横で震えていた葛城さんも嬉しそうな表情をしていますから、万事上手く行ったという事なのでしょうね。今日も鎮守府は平和です。

 

 

 

同時刻 空母寮  赤城

 

 

「はい、皆さんこれで賭けは成立ですね。今日加賀さんと瑞鶴さんが空母寮に戻った後、どれだけ加賀さんがお説教をするのか?鎮守府食堂の食券十食分で賭けですよ?これで賭けの条件は揃いましたね?」

 

加賀さんが店員で、瑞鶴さんがお客さん。これで何もトラブルがないというのは、赤城も考えられません。加賀さんが空母寮に戻ったら、間違いなく加賀さんのお説教が炸裂するでしょう。赤城の予想では、おそらく2時間は加賀さんがお説教をするだろうと思います。他の子達も様々な条件で賭けていますが、普段加賀さんの側に居る赤城にとって、加賀さんの行動はよく分かっています。今回の賭けは、赤城がいただきですね。手に入る予定の鎮守府食堂の食券で何を注文しましょうか。

 

えっと…飛龍さん、蒼龍さんそして天城さんの予想は1時間ですか…これは少し短すぎますね。翔鶴さんと大鳳さんは…3時間ですか。普段の加賀さんへの恐怖からの予想なのでしょうが、これはおそらく長すぎだと思います。あら?雲龍さんの予想は『お説教なし』?これはありえません。やはり新人の子ですね。さて…2時間で賭けている子は居ませんから、赤城の一人勝ちは確定ですね。今日一日でどれだけの食券が手に入るのか…本当に楽しみですね。




赤城さん終了~。まさかの平和裏に終わった瑞鶴VS加賀の回になりました。そろそろ自分の一番のお気に入りである瑞鶴を主人公として登場させたいな…と思っていました。またその時の料理、空母娘が主役の回は基本的に肉料理で行く形にしていましたので、肉料理の中から何にしようか…となった訳ですが、先日丁度ローストビーフを食べる機会に恵まれましてw。そんなリアルの事情も絡み、今回はローストビーフを登場させてみました。

ローストビーフですが、これは家庭でも比較的簡単に作れる見栄えの良い料理であるため、我が家でも時々ですが家内が作ってくれます。ローストビーフを作る上でのポイントですが、中まで火を通しすぎない事と、切り分けるのは必ずローストビーフ全体の熱が取れてから…これさえ守れば、非常に美味しいローストビーフが食べられるかな…と思っています。また今回のソースは、最初の肉汁と赤ワインで作っていますが、これは山葵醤油でも合いますし、お好みで好きなソースを使えばいいかな…と思います。また私の家ではオーブンに入れる際にハーブを使用していますが、これもハーブ無しでも十分美味しいですし、基本的には好きなようにやれば良いのではないかな…と考えています。皆さんも是非どうぞ!

さて、この物語に限らず、艦これの中では何かとぶつかり合う瑞鶴VS加賀ですが、大体のところお互いの意地の張り合い&瑞鶴の挑発が切欠になっているようなw。とはいえ、偶には今回のように上手く行く場合(お互いに素直ではないため、面倒なプロセスを経由していますが)もありまして、物語を書く上では非常に書きやすい&書き甲斐があるキャラなんですよねw。個人的には、瑞鶴は利根などと並んでお気に入りのキャラのため、非常に物語を組みやすいなと考えています(ある意味、同じような理由で金剛さん+榛名さんや、矢矧さん+神通さんも書きやすかったりします。)。

外伝のナンバリングがあるため、私自身があまり考えていなかったのですが、気付いてみれば今回が全体を通すと100話目になっているんですね。赤城さんが二度主役として登場していますが、これまで85人もの艦娘で書いたんですよね…。考えてみれば、よくここまで続いたな…と^^;。これもひとえに、読者の皆さんがいてくれ、楽しく読んでくれたおかげだと感謝しています。ここ最近、リアルの事情で更新がだいぶ遅くなっていますが、今後ともどうぞよろしくお願いします。

今回も読んでいただきありがとうございました。



ローストビーフ(四人分)
牛モモ肉:800g~1kg
塩   :適量
胡椒  :適量
ニンニク:2欠片ほど

玉ねぎ :一個
人参  :一本
セロリ :一本
ローリエ:適量(なしでもOK)
オレガノ:適量(なしでもOK)
タイム :適量(なしでもOK)

赤ワイン:200 mL程度(+αの追加分)
コンソメの素:1欠片
小麦粉:少々
バター:10-15 g

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