鎮守府の片隅で   作:ariel

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今回は、少し変わり種で甘味にしました。和食を食べさせてくれる所の甘味というと、この時期ですと果物や流しものがメインになります。今回は純粋な流しものとは少し違いますが、私の好物でもある葛切りを登場させました。時雨を登場させて甘味ですから、秋の辺りでしたら黄身時雨を出しても良いのですが、流石にこの夏の暑い時期に黄身時雨は使えませんので…。


第一〇話 時雨と葛切り

『発:扶桑  宛:鳳翔 本日1900ニ来店スル予定。三人分ノデザアトノ準備ヲ求ム』

 

今日は珍しいです。時々このように、その日の予約の電文が私のお店に届く事はあるのですが、普通はコース料理などの予約で、単発の料理の予約は珍しいです。しかも今回扶桑さんが予約してきたのは、デザートのみ。戦艦がデザートだけを注文するというのも非常に異例です。極稀に、駆逐艦の娘達がお小遣いを掻き集めて、私のお店でデザートだけを食べていく事もありますが、戦艦の艦娘達ですとお酒が入る事が多いため、軽い食事とお酒というのが一般的。それに、三人という人数も気になります。

 

戦艦の場合、普段は二人で一組、これは空母娘達も似ています。扶桑さんの事ですから、おそらく妹の山城さんも一緒に来る事は予想出来ますが…残りの一人は誰なのか…少し気になるところです。とはいえ、予約を受けたからにはきちんとした物を作らなければ、この小料理屋『鳳翔』の暖簾に傷がつくというもの。デザートのみという事ですか…どうしましょう。

 

普通の食事をしている艦娘相手でしたら、この時期ですと西瓜やメロン…甘い果物が苦手な艦娘でしたらマクワウリなどを出す所ですが、今回はデザートのみです。ですから果物を出してお茶を濁すわけには行きません。この暑い時期ですと、水羊羹などの流しものが良いと思いますが、今日は残念ながら小豆を切らしています。夏のデザートで小豆を使わない物…少し手間がかかりそうですが、まだ時間はありますので久しぶりにアレを作ってみましょうか。

 

たしか…葛粉はありましたので…これを取り出して…少しだけ水飴を混ぜて…水を加えてしっかり混ぜます。ここでダマが出来てしまってはいけませんので、しっかり混ぜて…これを漉してから、流し箱に薄く流しこみます。これを沸かしたお湯に浮かべて…まずは固めてしまいましょう。…いい感じに固まりましたね。後は、葛にしっかり火が通って透明になるまで、お湯に沈めれば、葛の塊の完成です。

 

…大体、透明になったでしょうか…。そろそろ良さそうなので、これを取り出して、今度は氷水に入れて一気に冷やします。あぁ…プルンプルンの葛の塊が出来ましたね。これをそのまま食べても美味しいのですが…今回私が作るのは、葛切りです。ですから、この塊を細く切って平麺のような形にする訳ですが、まだ扶桑さん達が来るまで時間がありますので、このまま冷蔵庫に入れて使うまで保存しておきます。

 

後は、葛切りのもう一方の主役…黒蜜も作っておかなければいけません。勿論、白蜜で葛切りを出しても良いのですが、やはり甘味が濃厚な黒蜜の方が良いと思うので、今日は黒蜜を準備します。黒砂糖は料理のために常備していますから、この黒砂糖に少しだけ白砂糖を混ぜて水に入れたら、煮ながら溶かしていきます。この時に黒砂糖の味が薄いと黒蜜として美味しくありませんので、しっかり煮詰めなければいけません。ここで手を抜いてしまっては、折角作った葛切りも台無しになってしまいます。ですから、時間をかけてでも、しっかり煮詰めて濃厚な黒蜜を作らなくては…

 

 

…いい感じになってきましたね。最後に甘みを増やすために少しだけ醤油を混ぜて…完成です。これも、漉してから冷蔵庫で冷やしておきましょう。準備万端です。さて…扶桑さん達は、一体誰を連れて来るのでしょうかね。

 

 

「さぁ、時雨ちゃん。今日は私達の奢ですから、遠慮しないでね。」

 

「あ…あの…扶桑も山城も…僕に奢ってくれるのは嬉しいけど、本当にいいの?鳳翔さんのお店の甘い物って、結構高いよね?」

 

「いいのよ。扶桑お姉様と私が勝てたのは、時雨のおかげだから…やっと私達姉妹の時代が来ましたね、お姉様。」

 

「本当ね。山城。」

 

これは珍しい組み合わせの三人が来ましたね。扶桑さん姉妹と駆逐艦の時雨ちゃんです。先の戦争で一緒に艦隊を組んで戦った縁というのは分かりますが、戦艦と駆逐艦が一緒に来店というのは非常に珍しいですし、何故か知りませんが、扶桑さん達は時雨ちゃんに物凄く気を使っているようです。昼間の予約でデザートを注文したのは、時雨ちゃんの好きな物という事でしょうか?

 

「いらっしゃい、扶桑さん。珍しい組み合わせですね。妹の山城さんも嬉しそうですけど、何か良い事でもあったのですか?それとも、時雨ちゃんに何かお礼をするような事でもあったのですか?」

 

「こんばんは鳳翔さん。そうなの、今日の戦艦艦娘会でね、私達初めてポーカーで皆に勝ったのよ!」

 

エッ?まさか…。言葉は悪いですが、扶桑さんと山城さんと言えば、戦艦艦娘達の中では陸奥さんに次ぐ運の悪さを誇り、通称不幸姉妹と呼ばれています。ですから、私も何度か現場を見たことがありますが、ゲームでは負ける姿しか思い出せません。カードゲームをすれば、何故か知りませんがお二人に悪いカードが集中しますし、麻雀をすれば十三不塔寸前の配牌です(勿論、十三不塔にはならないのですが)。そのお二人が、今日ポーカーで勝った?信じられません。ポーカーはブラフなどの駆け引きもありますが、お二人では、そもそも役が出来ないような…。それに戦艦娘達には、先の大戦で最後まで生き残った榛名さんや長門さん、日向さん、そして伊勢さんと言った、かなり運の良い人達も居ると思うのですが…まさか…

 

「扶桑さん、ひょっとして…そこに居る時雨ちゃんに代わってもらったのですか?」

 

「違うわよ…鳳翔さん。流石に私でもそんな事しないですよ。」

 

「そうです、お姉様はそんな事はしません。それに、戦艦の集まりに駆逐艦は出せませんから。」

 

ウ~ン。だとしたら、ここに時雨ちゃんが居るというのは、どういう事でしょうか。さっぱり分かりません。

 

「実はね、鳳翔さん。ここに居る時雨ちゃんに私達のかんざしを一日着けていてもらって、戦艦艦娘会の前に返してもらったの。言ってみれば、時雨ちゃんに私達の不幸を御祓いしてもらったようなものね。」

 

「お姉様のアイデアだったので、私も半信半疑で試してみたのですが…これが大当たり。だから…もう不幸姉妹だなんて言わせないし。」

 

なるほど…たしかに時雨ちゃんは、全艦娘達の中でも屈指の強運の持ち主です。その時雨ちゃんの運を少しもらっただけでも、普段不幸な扶桑さん達にすれば、物凄い効果が出たようですね。・・・なるほど面白い現象ですが、時雨ちゃんで効果があるとしたら、最強の運を持つ雪風ちゃんにこの役をやってもらえば、もっと凄い事になるのでしょうか…。今度、雪風ちゃんにお願いして、私も空母麻雀大会で試してみましょうか…。

 

「なるほど、それで今日はそのお礼という事で、時雨ちゃんに甘い物を奢ってあげるという事ですか…やっと理解出来ました。普段、あまり甘い物を頼まない扶桑さん達が、デザートだけを予約してきたので、少し変だな…と思っていたのですよ。」

 

「えぇ、私達姉妹に初めて勝利を味合わせてくれた勝利の女神さんですから、お礼はちゃんとしておきませんと。それで、何を準備してくれたのですか?」

 

「折角なので、葛切りを準備しましたよ、扶桑さん。最後の仕上げをしますので、少しだけ待っていてくださいね。」

 

「葛切り?ねぇ、扶桑、山城、本当に良いんだね?葛切りなんて、普段みんなで行く間宮さんのお店では、売ってないから…僕初めて食べるよ…本当にありがとう。」

 

「私もお姉様も、それくらい今日は嬉しかったのだから、遠慮は無用よ、時雨。」

 

たしかに、時雨ちゃんが喜ぶ理由は分かります。駆逐艦の娘達が甘い物を食べると言えば、あの人が駆逐艦の娘達に配っている間宮さんのお店で使えるおやつ券で交換出来る物。羊羹やアイスクリーム、ラムネなど間宮さんのお店には色々と揃っていますが、今回の葛切りのような少し手の掛かる甘味は置いてありません。それに、駆逐艦娘達のお小遣いでは、私のお店で食事はしても、甘い物を食べるとなるとかなりの贅沢になるため、滅多にそのような事はありません。そういう意味では、今日の時雨ちゃんはスポンサー付きですから、やはり運が良いのでしょうね。

 

それでは、最後の仕上げを一気にして、葛切りを出してあげましょう。冷蔵庫にしまっていた葛の塊を取り出して…これをまな板の上で5mm程度の太さに切っていきます。これを氷水の中に浮かべて…。後は作っておいた黒蜜を別の器に注いで…大きめの氷を浮かべて…これで出来上がりです。

 

「はい、時雨ちゃん。鳳翔お手製の葛切りです。しっかり味わってくださいね。」

 

「あ…冷たくて、美味しそう!いただきます!」

 

 

 

駆逐艦 時雨

 

 

昨日の昼頃、扶桑と山城に呼び出されて、かんざしを明日の昼までつけていて欲しいと言われた時は、ちょっとびっくりしたけど、何かと縁がある二人だから喜んで僕は引き受けたんだ。そして今日の昼前に、僕がつけていたかんざしを扶桑達に返したんだけど…夕方頃にまた扶桑達に呼び出されて、ちょっと戸惑ったんだ。だって、扶桑達は物凄く大喜びしていて、今日の夕食後、あの鳳翔さんのお店で甘い物を奢ってあげるなんて、言ってくるんだから。

 

鳳翔さんのお店は、僕も時々、駆逐艦の友達と一緒に食事に行くけど、あそこで甘い物は食べた事ないんだ。だって甘い物はそれなりの値段だから、僕等のお小遣いではなかなか注文出来ないし、折角食べるなら普通の食事を注文してお腹一杯食べたいから…。でも今日は、扶桑と山城というスポンサー付き…初めて鳳翔さんのお店で甘い物が食べられるなんて、本当にラッキーだよ。

 

待っていたら、出てきたのは葛切りというデザート。氷水に浮いている葛で出来た平麺のような物に、別の器に入っている冷たい黒蜜をつけて食べる物らしいけど…。こんな料理があるんだね…僕全然知らなかったよ。扶桑達も嬉しそうに僕の事を見ているから、早速食べてみるよ。まずは、葛の平麺を一本だけ慎重に箸で氷水から取り出して…これを黒蜜に…。葛で出来た麺なんて初めてだけど、向こう側が透き通るような感じで、見ているだけでも涼しそうだね。さぁ、早速これを口の中に…

 

「!!!」

 

甘い!…それに、こんなに冷たくてツルツルしている物なんて初めてだよ。あっという間に喉の奥に入っちゃったけど、黒砂糖の甘さと葛のツルッとした感覚、それと口の中に広がる冷たさ…こんな物があったんだ。間宮さんの所のおやつも美味しいから好きだけど、これは別格。白露達にも食べさせてあげたいけど、これは流石に僕達のお小遣いじゃ、無理だよね…。

 

まだまだ葛は氷水にたくさん浮いているから、どんどん食べよ。あれ?扶桑と山城は食べないのかな?こんなに美味しいのに。…って、この葛の麺を作るのは結構大変みたいで、鳳翔さんが急いで切っているから、扶桑達も僕と一緒に食べるみたいだね。…それにしても、これ本当に美味しいよ。今日は本当に運が良かったな~。

 

 

 

鳳翔

 

 

時雨ちゃんは大満足のようで、どんどん葛切りを黒蜜に漬けて、口に運んでいます。やはり、こういう暑い日のデザートと言ったら、冷たくて甘い物に限りますし、葛はツルッとしていて口当たりも良いですから、この時期の最高の甘味と言っても過言ではありません。葛を作るのに苦労しましたし、黒蜜作りも苦労しましたが、やっただけの甲斐はあったと思います。

 

「扶桑さんも、山城さんも葛切り注文するんですよね?」

 

「勿論いただくわ。なんと言っても、今日は私達姉妹にようやく運が向いてきた記念すべき日なんですから。」

 

「そうですね、お姉様…。私達にもやっと運が向いてきたのだと思います。これで、伊勢や日向には負けないですよね。」

 

…一回ゲームに勝ったからと言って、物凄く浮かれてしまっていますが、これまでこの種のゲームに一度も勝てなかったようですから、それだけに喜びも一塩と言ったところなのでしょうね。折角、扶桑さん達も嬉しそうなので、その喜びに水を指す必要はありませんし・・・急いで二人分の葛切りも作ってしまいましょう。

 

「はい、扶桑さん、山城さん…葛切りが出来ましたよ。今日は本当に良かったですね。」

 

「ありがとう、鳳翔さん。さぁ、それでは山城、私達もいただきましょう…あっ!」

 

「いただきます、お姉様…あっ!」

 

…お二人が葛切りを氷水から引き上げようとした瞬間、扶桑さんは葛切りの入ったお椀に、山城さんは黒蜜のお椀に手がひっかかり…そして、それに驚いた二人が慌てたため、葛切りと黒蜜のお椀が乗っているお盆ごと、床に…あぁ…私の苦労が・・・

 

「お姉様…私達、やっぱり不幸です…。」

 

「せっかく、今日は幸せなまま、一日が終わると思っていたのに…。」

 

「扶桑も山城も、僕の少し分けてあげるから…元気だしてよ…。」

 

最後の最後で不幸になるというのが、扶桑さんや山城さんらしいと言えばらしいのですが…これはちょっと…。時雨ちゃんが健気にも自分の葛切りを二人に分けてあげているようですが、これまで幸せだった分の反動が一気に来てしまった感じですね。やはり、他人の力を借りて運を引き寄せると、そのリバウンドがあるようです。私も、雪風ちゃんを使う計画は、考え直した方が良さそうですね。

 




デザートは別腹と言いますが、たしかに何か食べたあとに何となく甘い物が食べたくなる事は結構あります。私は、お酒も『多少』飲みますが、甘い物も好きでして・・・特に今回登場させた葛切りは、好物だったりします。

葛切りと言いますと、京都の鍵善良房が有名ですが、私も仕事で京都にこの時期出張で行く際は、よくここに寄って葛切りを楽しんでいます。このお店の素晴らしい所は、背広を来た男性が一人で入っても、全然違和感なく葛切りを楽しめる所でして・・・w。私以外にも、男の人が一人で葛切りを楽しんでいる姿をよく見かけます。ここの葛切りと言えば、白蜜でも黒蜜でも注文出来ますが、個人的な感想としては、白蜜はあっさりしすぎていて、何か物足りないんですよね・・・そのため、ここで葛切りを食べる時は、どうしても濃厚な味わいの黒蜜で注文する事が多くなります。

葛切り・・・一度今回の描写のように作った事があります。結果的には非常に美味しかったのですが、手間がかかりすぎ・・・w。たしかに、美味しいのですが、これだけ手間がかかるのであれば、お店で食べてしまった方がいいや・・・というのが個人的な感想です。まぁ、鳳翔さんのお店は甘味処ではありませんが、一応料理をメインにやっている・・・という事で、今回の葛切りを登場させましたが、鳳翔さんの労力を考えると山城と扶桑は、かなりの代金を支払うことになるだろうな・・・と思います。そういう意味では、時雨はやはり幸運なのかもしれませんw。

今回も読んでいただきありがとうございました。

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