鎮守府の片隅で   作:ariel

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第一話 赤城とおにぎり

お店は今日も繁盛しています。鎮守府で野菜は作っていますし、魚介類は遠征の途中で手に入れたと言う事で、現物を持ち込む艦娘が多いですから、全く困りません。唯一、肉類などは購入しなければなりませんが、艦娘達が持ち込んだ魚介類は大量にあるため、物々交換も可能ですから、うちのお店では安い値段で料理を提供する事が出来ます。そのため狭いお店ですが、いつも満員御礼。ありがたい事です。しかし、中には困ったお客さんも居る訳でして・・・。

 

毎日決まった時間になると現れ、『ツケ』で大量の料理をお腹に収めていく大食漢空母には困っています。いえ・・・ある意味、全ての空母娘達は私の娘のような存在なので、私も甘やかしてしまっている事が原因なのですが・・・あの娘は、本当にこのツケを払ってくれるのでしょうか・・・。いざとなったら、あの人に事情を話して、なんとかしてもらわなければいけません。

 

「鳳翔さん、今日も来ましたよ。鎮守府の食事では全く足りませんから、何かお腹に貯まる物を食べさせてください。」

 

・・・赤いスカートに赤い襷の大食漢が今日も来ました。鎮守府の食事では全く足りないなどと言っていますが、私はあの人から事情を聞いていますので、この娘が鎮守府の夕食でどれだけの量を食べているかを知っています。あれだけの量を食べて、まだ足りないとは一体どういう事なのでしょうか。

 

「赤城さん?提督から話は聞いていますよ。鎮守府の予算に影響が出る程食べているそうですね・・・。それに・・・私のお店でも『ツケ』がだいぶ溜まっていますが、払うアテはあるのですか?」

 

「ツ・・・ツケ?し・・・知らない子ですね。」

 

『ガン!』・・・、あら、私とした事が・・・。思わず、包丁をマナ板に突き刺してしまいました。周りのお客さん達が一斉に会話を止めてこちらを見ていますし、赤城さんは涙目になっています。少し怖がらせてしまいましたか・・・。しかしこの娘は私から見れば、実の娘のようなもの。あまり甘やかしますと、この娘のためによくありません。とはいえ、この娘がツケを全て払えるとはとても思えませんし・・・、一体どうした物でしょうか。

 

!そうです。何かこのお店のために働いてもらって、それに対して私がお小遣いを渡すという形にしてツケの支払いにあててもらいましょう。とはいえ、この娘は現在の一航戦の主力。あまり長い間拘束する事も出来ませんから・・・。

 

「赤城さん、これから戦闘に向かう事になったら、時間が空いている時でいいですから、魚介類を私のために持ってきてくれませんか?そうしたら私がそれを買取りますので、それでツケを払ってもらいます。」

 

「魚介類ですか・・・戦闘が終われば多少時間がありますから、問題はないですが・・・本当にそれで良いですか?鳳翔さん、そうしたら食べさせてくれますか?」

 

「えぇ、毎回とは言いませんが、出来るだけお願いします。ただ・・・ツケを全部払い終わるまでは、ここで食べさせる物は制限させてもらいますが」

 

あらあら・・・食べさせる物を制限させてもらうと言った瞬間、赤城さんはとても悲しそうな顔をしています。私は鬼ではないですし、実の娘のような子に変な物は出しませんよ?どうやら赤城さんも了承してくれたみたいですし、これで海産物の仕入れはだいぶ楽になりそうです。これまでは、駆逐艦の娘達が遠征の途中で手に入れるとか、潜水艦の娘達がオリョールクルージングの途中で手に入れてくる事がほとんどでしたが、大型正規空母が協力してくれるとなれば、仕入れ量は飛躍的に上がるでしょう。

 

そうと決まれば、この欠食空母に何か食べさせてあげましょう。ツケの支払い中という名目がありますから、あまり豪華な物は出してあげられませんが、お腹が膨れる物・・・そうですね。おにぎりとお味噌汁にしましょう。まずはご飯を大量に準備して・・・この子の事ですから、生半可な大きさでは直ぐに食べてしまうでしょうから、一合握りで三つ程作りますか・・・。

 

おにぎりとなれば、中身も大事です。三種類・・・どんな具材を入れましょうか。やはり一つは定番の梅干ですね・・・いえ、先日鰹節が手に入りましたので、梅干を叩いてから鰹節と混ぜて梅鰹で握りましょう。最近は晴天が続きましたので、梅干しも綺麗に出来ましたから丁度良かったです。

 

次は・・・先日、北方海域に進出した駆逐艦娘が、時不知という鮭を持ってきてくれました。大半はお刺身になって消えてしまいましたが、あれがまだ少し残っていた筈・・・少し炙って焼き鮭として入れてあげましょうか。脂が乗っていますから、長期間放置する場合は具として向かないのですが、どうせ作ったら直ぐに無くなるのでしょうから、問題ないでしょう。

 

最後は・・・昆布の佃煮がまだ残っていた筈です。あれを細切りにして入れましょうか。普段、私のお店でおにぎりは出していないので、賄い食に近いかもしれませんが、今のこの子にはこれで丁度良いでしょうね。さて、塩水を準備して・・・ウン・・・やはり一合握りとなると、かなり大きいですね。私の手では握るのが大変ですが、料理に関しては誰にも負けませんよ。

 

「コラ、赤城さん。まだですよ。つまみ食いは駄目です。全部出来たらちゃんと出してあげますから、もう少しお待ちなさい。」

 

全く困ったものです。一体この食い意地は誰に似たのでしょう。相方の加賀さんもよく食べますが、これ程食い意地は張っていませんし・・・どうしたものでしょうね。さて、おにぎりは出来ましたから、次はお味噌汁です。私のお店でも味噌汁は出していますが、今日は響ちゃん達が鯛を持ってきてくれたので、鯛のおすましを作っています。流石にこれをツケ滞納中の赤城さんに出す訳には行きませんから、もう少し質素なお味噌汁を簡単に作りますか。たしか八丁味噌がありましたので、今回は赤だしにしましょうかね・・・。

 

まずは、先程の鰹節をもう少し削って・・・あら、少し削りすぎてしまいましたね。まぁ、いいでしょう。全部入れてしまって出汁を取りましょう。・・・流石にこの量の鰹節を使うと、良いお出汁が取れますね。あとはこれに八丁味噌を入れていくわけですが・・・赤だしは色が濃いので、味噌の量は味見をしながら入れないと大変な事になってしまいます・・・ウン!これでいいですね、八丁味噌は辛口の味噌なのですが、ほんのりとした甘味を感じられますし、鰹出汁ともしっかり合っています。後は具となる豆腐とワカメ、そしてネギを入れて完成。えぇ、今回は赤城さんのお味噌汁なので、こういうシンプルなお味噌汁でいいのです。

 

最後に・・・たしか先日漬けていた酸茎漬けがありましたから、それを添えて完成です。おにぎりとお味噌汁、そして酸茎漬け、シンプルですが味には自信ありますよ?あとは、赤城さんが気に入ってくれればいいのですけど・・・って、それは問題なさそうですね。

 

「さぁ、どうぞ赤城さん。ですが、今日はこれだけですよ?次からは、ちゃんとツケの分の魚介類を持ってきてくださいね。」

 

私に返事も返さずに・・・凄い勢いで食べていますね。それ程、お腹が空いていたのかしら。作った側としては、これ程嬉しそうに食べてもらえればありがたいのですが・・・。

 

「鳳翔さん、このおにぎり・・・ハフハフ・・・すごく美味しいです!塩味が丁度よいくらいに利いていますし、中身は・・・これは・・・このほんのりとした酸味に鰹の味、梅鰹ですね!いくらでもお腹に入ってしまいます。さて次のおにぎりは・・・あぁ~、こっちは焼き鮭です。脂も乗っていますし、これ普通の焼き鮭とは比べ物にならないくらい美味しいです。おにぎりに入れるなんて、勿体無いくらいですね!あぁ・・・鳳翔さん自家製の昆布の佃煮も最高です!それにこっちのお味噌汁は・・・ズズズ・・・ほんのりとした甘味に、しっかりしたお味噌の味・・・出汁の鰹の後味も本当に合っています。これもお代わりが欲しい所ですね!・・・最後に、この酸茎漬けも・・・キュッキュッ・・・いくらでも入ってしまいます!」

 

「赤城さん、口に物が入っているときは、しゃべってはいけませんよ?それに、今日の分はこれで御終いです!」

 

本当に手のかかる娘です・・・。あら?周りのお客さんも赤城さんを見ていますね。たしかに凄い勢いで食べていますけど、いつもと変わりませんし、特に珍しいという物でもないと思うのですが・・・。

 

「鳳翔さん、赤城が食べているおにぎりや酸茎漬けを私も食べたいんだが・・・、それにお味噌汁も。妙高姉さんはどうする?」

 

「そうですね、私も頂きましょうか。足柄と羽黒はどうするの?」

 

「私もいただくわ。」

 

「あ・・・あの・・・私もお願いします・・・。」

 

妙高四姉妹の声を切欠に、あちらこちらからおにぎりの注文が入ってしまいました。正規のメニューには入れていないので、どうしたものかと思いますけど、折角お客さんが欲しがっていますから、今度からメニューに入れてしまいましょうか・・・。いずれにせよ、これだけの注文になりますと、残っているご飯では全く足りません。急いで二升程炊かないと・・・って、赤城さんはそれでもう御終いですよ!

 




やはり、おにぎりは基本中の基本ですよね。おにぎりも、中身の具に凝り始めると一気に手間がかかりますし、一合握りでおにぎりを作るとなると、一つでかなり満腹になってしまいます。まして、お味噌汁に漬物まで出てきた日には・・・。

おにぎりに合うお味噌汁・・・これは作者の独断ですが、やはり名古屋の赤だしだと考えています(異論は認めるw)!。ただし、赤だしは私自身も作った事があるので、よく知っていますが、八丁味噌の色が濃いため、色に騙されると薄味の不味いお味噌汁になってしまいます。ですから、色に騙されずに味見をしながら作らなくてはなりません。とはいえ、本当に美味しく出来た赤だしは、色はすごく濃いのですが、味は味噌の甘味をほんのりと感じる事が出来る素晴らしいお味噌汁でして・・・、鰹出汁で作った赤だしは最高なんですよね・・・って、思い切り力説していますがw

漬物で出てくる酸茎漬け(すぐきづけ)ですが、これは京都の代表的なお漬物。お茶漬けにしても美味いです。といいますか、基本的に作者の好みに沿った形で料理が出ていますが・・・まぁ、気にしないでくださいw

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