鎮守府の片隅で   作:ariel

29 / 106
今回は久しぶりに戦艦娘の登場です。高速戦艦の中でも随一の頭脳派(笑)のあの方が、海老しんじょうを食す回にしました。


第二五話 霧島と海老しんじょう

あら?今日のカウンター席は少し不思議な並びで座っている艦娘が居ますね。重巡洋艦の愛宕さんと高雄さん、いつもは二人で私のお店に来ますから二人並んで座っている事が多いのですが、今日は真ん中の席を空けています。始めは喧嘩でもしているのではないかと少し心配したのですが、席を挟んで普通に会話をしていますから、喧嘩をしている訳でもないようです。誰かを待っているのでしょうね。しかし空けている席が一つだけというのも気になります。高雄さん達は四姉妹ですから、待っている相手は姉妹艦の摩耶さんや鳥海さんでは無さそうですね。

 

「あら、二人とも先に始めていたのね。ごめんなさいね、遅れてしまって。ちょっと金剛お姉様に出てくる時に捕まってしまって…。」

 

「いえいえ、霧島さん。私達もまだ始めたばかりですから、気にしないでください。こちらこそ急に誘ってしまってごめんなさい。高雄姉さん、霧島さんのグラス取ってあげてください。」

 

「はいはい、愛宕。それじゃ、このコップ使ってください。それと霧島さん、つき出し何にしますか?あと、今日は急なお誘いですいませんでした。」

 

なるほど…待っていた相手は戦艦の霧島さんだったのですね。この三人が集まったという事は、先の大戦での霧島さん最後の戦いとなった第三次ソロモン海戦の戦友同士で今日は飲もうという事ですか。私は先の大戦をほとんど内地で過ごしていましたから、こういう戦友は限られていますので、見ていてうらやましいな思う事もあります。

 

「霧島さん、お酒は何にしますか?」

 

「あ、鳳翔さん。いつもの黒霧島を。少し夜は涼しくなりましたから、今日はお湯割でお願いします。」

 

予想はしていましたが、お酒の方はいつもの芋焼酎を注文するようですね。芋焼酎の中ではさっぱりした飲み口の黒霧島は、自分の名前が入っている事もあるようですが、霧島さんのお気に入りのお酒です。今回はお湯割りでこの芋焼酎を飲むようですが、この焼酎はお湯で割ると非常に豊かな香りが口の中で広がりますので、そのあたりも霧島さんが好んでいる理由なのでしょうね。

 

「分かりました。すぐに準備しますね。それと料理の方はどうしますか?何かリクエストはありますか?」

 

「いいえ、適当に出してください。」

 

なるほど。料理は完全にお任せという事ですから、今日の霧島さんはお酒を飲む事が中心で、愛宕さん達と色々話したいようですね。そういう事でしたら、適当につまめる料理を二、三品出して、後は放っておいた方が良さそうですね。こういう場合は、必要最低限のお相手だけをして、邪魔をしない方が良いという事を、私もよく理解しています。

 

 

そろそろ霧島さん達の飲み会も終わりそうですね。あれだけお酒を飲みながら楽しくおしゃべりをしていれば、お互いに楽しい時間だったと思います。私としても、お皿の空き具合を見ながら適当に追加の料理を出していただけですから、楽なお客さんでした。今日は赤城さんも瑞鶴さんも、本来の任務のため私のお店のお手伝いには来ていないですから、あまり面倒な注文をされますと少し困っていたところです。

 

「鳳翔さん、そろそろ私達お開きにしますが、最後に一品ホッとするような料理を作ってください。」

 

「あっ。流石は頭脳派の霧島さん、それいいアイデアね~。愛宕達も同じ物をお願いしま~す。やっぱり、最後はホッとする料理がいいわね~。」

 

ホッとする料理ですか…定番ですと〆の料理ですから、御飯物になると思いますが…。御飯物で料理と言える物となるとお茶漬けや雑炊でしょうね…。

 

「ホッとする料理と言っても、御飯物はちょっと今日は遠慮したいですね…。出来れば御飯を使わない料理が私はいいですね…。」

 

「高雄姉さん、相変わらず無茶振りですね~。こういう時の最後は、御飯と決まって…あっ、でも愛宕も御飯物以外で鳳翔さんが何を出すか楽しみだから…高雄姉さんの注文に乗ります。霧島さんどうします?」

 

「それなら私も、御飯物以外でお願いしたいですね。すいません、鳳翔さん。そういう事でよろしくお願いしますね。」

 

…そういう事?どういう事なのか私にはサッパリ分かりませんが、いずれにせよ御飯物以外でホッと出来る料理ですか…。基本的には和風の温かい料理であれば、大体ホッとするとは思いますが…。そうですね…たしか、今日天龍組が遠征帰りに持ってきた海老がありますし、蓮根も入荷しています…海老しんじょうの和風あんかけでも作りましょうか。あれなら味的にも食感的にも非常に優しい料理なので、高雄さん達も納得してくれる料理になると思います。

 

そうと決まれば、早速準備に取り掛からなくてはいけませんね。まずは蓮根を水につけて、穴の中にある細かい泥を落とします。今回は出来るだけ白い色のしんじょうを作りたいですから、蓮根の皮を剥いて一旦酢水につけておきます。そしてこれを水で洗って酸味を取り除いてからすりおろします。三人分のしんじょうですから、これくらい蓮根をすりおろせば足りそうですね。海老しんじょうのレシピには蓮根を使わずに、はんぺんを使ったり枝豆を入れるような物もありますが、今回はよりホッコリしていてシンプルな食感を出したいので、蓮根のすり身を混ぜて使う予定です。

 

次は天龍組が持ってきてくれた海老の皮を剥いて背綿を取ってから日本酒で全体を洗い、細かく刻む事で、海老の部分の準備をします。後はこの海老を刻んだ物と蓮根のすり身に日本酒と片栗粉を少し入れて、下味となる塩をふったら、しっかり混ぜます。最後にこれを適当な大きさに取り分けて、少しだけ球を潰したようなお団子状にしてしまえば、下準備は終了です。本来であれば、海老しんじょうは和風あんとは別に蒸すか、油で揚げた方が良いのですが、今回はしっかり和風出汁を海老しんじょうに染み込ませたいですね。ですから、和風あんを作る途中の和風出汁を使って、海老しんじょうに火を通しましょう。

 

となると、まず和風あんの元となる部分を作らなくてはいけません。いつもの出汁に薄口醤油、そして日本酒とみりんを入れて…今回は和風あんの色を少し薄めにしたいですから、醤油の色があまりつかない程度に醤油の量を抑えて、最後は塩で塩味を調整します。…そして一度沸騰させて煮立ててから弱火に切り替えておきます。和風出汁の良い匂いがしてきましたね…この匂いだけでも私などはホッとします。後は…ここに準備した海老しんじょうを入れて…落し蓋をした状態でしばらく煮込みましょうか。これで海老しんじょうにきちんと火が通るはずです。

 

そろそろ海老しんじょうに火が通ったでしょうか…。それでは一度火を止めて、少しの間この状態で放置しておきます。これで海老しんじょうに、しっかり和風出汁の味を染み込ませる事が出来るでしょう。…この辺りで大丈夫でしょうか。ここまで来れば、後は最後の仕上げです。煮込んでいた海老しんじょうを、先に器に入れましょうか。…そうです!たしか霧島さんは、料理の見た目をすごく重視している娘です。本来でしたらお椀で出すのが良いのですが…この料理は和風あんを使っていますので、下地が白色の器の方が料理の色合いは映えるでしょうね…。真っ白な白磁のお碗がありますから、それに取り寄せましょう。

 

それでは、最後にしんじょうに火を通す時に使った和風出汁をもう一度沸騰させて…。水溶き片栗粉を混ぜてとろみをつければ、和風あんの完成です。これを先ほどの海老しんじょうの上からかけて、刻んだ青葱と柚子の皮を散らせば、海老しんじょう和風あんかけの完成です。

 

「霧島さん、高雄さん、愛宕さん。海老しんじょうを作りましたから、どうぞおあがりください。これなら皆さんのリクエスト通り、ホッと出来る料理だと思いますよ。」

 

 

 

戦艦 霧島

 

 

今日は愛宕さんや高雄さんに誘われて、久しぶりに昔の戦友と楽しくお酒を飲む事が出来ました。お姉様達と一緒に飲むお酒も楽しいですが、たまには昔一緒に戦った仲間と飲むのも良いものですね。そして宴もたけなわ、最後の料理を注文する段階になって、今回はとても面白い事になりました。私は、最後は御飯物を食べてホッとしてから、この飲み会を終わらせようと思ったのですが、愛宕さんや高雄さんの提案で御飯物以外のホッとする料理を注文する事になったのです。鳳翔さんは、この注文に対してどんな料理を作ってくれるのか、私はとてもワクワクしながら料理が出てくる瞬間を待っていました。

 

そして出てきた料理…綺麗!真っ白なお碗の中に、薄い黄金色の透明な和風あんがかかった、所々に赤色の混じった白い塊が一つ。そしてその塊の上には緑色をしたネギと橙色のゆずの皮が散りばめられています。和風あん…この色がこんなに綺麗に見えるなんて…。それに海老しんじょうだと思いますが、海老の赤い部分が少しだけ入った白い塊…和食は目で楽しむと言うけれど…本当に綺麗ね。私が見た目を凄く楽しみにしている事を、鳳翔さんはよく覚えていてくれたみたいです。

 

料理に顔を近づけると、和風あんの良い香りと、その合間から感じられる柚の上品な香り…。食べる前からホッとする気持ちになりますね。これだけでも私達の希望を十二分に叶えてくれた料理だと思います。それでは早速、海老しんじょうを一口サイズに箸で取り分けて…和風あんをしっかり絡めてから…ウン!美味しい。それに…私の想像以上の食感です。さすが鳳翔さん、霧島の期待以上の料理です。どうやって作っているかは霧島には分かりませんが、普通の海老しんじょうよりもモチッとした食感が良いですね。そして刻まれているとはいえ、海老のプリッとした食感を所々楽しむ事も出来ます。

 

それに…私の想像以上にシンプルな味ですね。海老の甘味は勿論感じられますし、和風あんの味と物凄くしっくり来るのですが、どうやってこんなにシンプルな味を維持しているのでしょうか。ひょっとしたら、料理が得意な愛宕さんならば理由が分かるかもしれませんから、聞いてみましょうか。

 

「愛宕さん。この海老しんじょう、シンプルな味なのですが凄く美味しいですね。海老が入っているのは霧島にも分かりますが、その他の材料…愛宕さんは分かるかしら?」

 

「ぱんぱかぱ~ん。霧島さん、正解は蓮根!海老しんじょうを作るレシピでは、時々見かけるけれど、蓮根のすり身や長芋を入れてしんじょうを作ると、今回のように凄く食感が良くて美味しいのよ~。もっとも、和風あんの部分も含めてこのレベルの海老しんじょうとなると、シンプルな分、美味しく作る事は難しいと思いますどね~。」

 

蓮根ですか…。元々の形からは想像も出来なかったですが、たしかにすりおろして使っていると考えれば、今回のしんじょうのモチッとした食感や、海老の甘味を邪魔しないシンプルな味には非常に理解出来る気がします。それにしても…たしかに私達の注文どおり、食べていてホッとする料理でしたが、食べ終わった後の興奮は…。

 

 

 

鳳翔

 

 

流石は愛宕さん。やはり簡単に蓮根を使っていたという事は見破りましたか。それに…霧島さん、私が計画した通り、見た目も楽しんでもらえたようで本当に良かったです。この反応ならば、霧島さんも今回の三人の飲み会を最後まで楽しめたと思います。本当に良かったです。

 

「鳳翔さん、料理追加、それとお酒もお願いね!」

 

「鳳翔さん、こっちも追加、お願いね~。霧島さん、今日は徹底的に飲みましょう。私も付き合うわ~」

 

「高雄も追加お願いします。いいわね、たまには徹底的に飲みたいですね。」

 

へ??これが〆ではなかったのでしょうか…。霧島さんから、更なる追加の料理にお酒の注文?そしてそれを皮切りに愛宕さんや高雄さんからも追加の注文が…。どうしてこんな事に?

 

「あの…三人とも、先程の料理が〆の料理ではなかったのですか?」

 

「そ…それが…、さっき出してもらった海老しんじょうを食べてホッとしたら、またお腹が空いてきてしまって…。だから、もう一度飲みなおそうかな…と思いまして。」

 

…霧島さん。〆の料理というのはそういう目的の料理ではないのですが…。たしかに御飯物ではありませんから、あまりお腹が膨れなかったという事があったのかもしれませんが、蓮根のすり身をかなり入れた先程の海老しんじょうでしたら、それなりにお腹に貯まると思いますよ。それに、霧島さんは戦艦娘ですからまだわかりますが、愛宕さんや高雄さんまで追加するとは…これ以上重くなっても知りませんよ!?。

 

「霧島さんが注文したから、私達ももう少し食べられそうだな~と思ってしまって…。」

 

霧島さんの注文が呼び水になって…という事ですか。それに食事だけならば良いのですが、個人的には愛宕さん達はともかく、霧島さんにこれ以上お酒は飲ませたくありません。本当に困りました。霧島さんは、いつもは大人しく飲んでくれますが、本当に酔っ払いますと手当たり次第に周りの娘に絡む絡み酒です。…ですから出来れば、これくらいでお引き取り願いたいところです。一応、霧島さんの姉妹艦の三人に連絡はしておいた方が良さそうですね。

 

あまり長女の金剛さんに借りを作りたくありませんが、今回は致し方ありません。

 

 

その夜、姉妹艦の三人に無理やり引きずられるような形で戦艦寮に曳航されていく一人の戦艦娘の姿を、夜間訓練中の多くの艦娘が見かけたようです。また運悪く、その引っ張られていく戦艦の姿を近くで見てしまった駆逐艦の子達の一部は、『あ゛ぁ~、見せもんじゃねぇ~ぞ!マイクチェックされてぇ~か!』などと絡まれ、大きな恐怖を味わったという話を、後日私は訓練教官の神通さんから伺いました。勿論、その戦艦三人がかりに曳航されていった戦艦娘、そしてその遠因を作った二人の重巡洋艦娘達が、しばらくの間私のお店に入店禁止になった事は言うまでもありません。

 




海老しんじょう良いですね。〆の料理にはならない気もしますが(とはいえ、これを最後に食べても十分満足出来ますが)、それでもこの料理は本当にホッと出来る料理だな、と思います。この海老しんじょう、レシピは色々あり、揚げた物に和風あんをかけるタイプや、はんぺんや長芋を使ったタイプまで色々と細かい違いはありますが、私個人としてはよく自分の家で作る、蓮根を使うタイプが好みです。蓮根のすり身を入れますと、かなりホクホク感が出ますし、ボリュームもありますので、試したことがない人は是非試してもらえたらな…と思います。

和食は見た目でも楽しむ…というのは、本当だと思います。懐石料理のコースでなくても、和食の見た目は本当に綺麗ですし、この考え方が今やフランス料理などにも取り入れられ「ヌーヴェル・キュイジーヌ」となっている訳ですから、改めて和食の盛り付けの技法というのは素晴らしいと思います。今回は、簡単な白い碗への盛り付けですが、色が少し薄めの和風あんの色は、白い器に本当に合うな…と個人的には思っています。

さてこの物語では、霧島さんは「外伝1 土用丑の日対決」でも登場してもらったように、綺麗な盛り付けなどに凄く興味があり、無茶な姉(KONGOH)の暴走を心配する大人しい頭脳派!?風に描いてきましたが、お酒を飲み過ぎると180°完全に人が変わってしまいましたから、普段色々と溜め込んでいるのではないでしょうかw。まぁ、これはあくまでも作者の個人的な設定ですから、この点について作者にマイクチェックするのは止めてくださいw

今回も読んでいただきありがとうございました。


海老のしんじょう和風あんかけ (3人分くらい)

蓮根   :200g
剥いた海老:150g
片栗粉  :大さじ1くらい?
日本酒  :少量
塩    :少々


和風あん (こっちはお好みの味で)
出汁
薄口醤油
日本酒
みりん

水溶き片栗粉

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。