鎮守府の片隅で   作:ariel

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今回はモノグサ駆逐艦の望月さんが主人公です。


第三一話 望月とひじきの煮物

「嫌だって~、もういいよ~。やっぱ帰ろうよ~。」

 

「駄目だって望月ちゃん、このままじゃ倒れちゃいますよ?」

 

「そうそう、三日月が言うとおり、このままじゃ完全に駄目になるぞ!?」

 

何やら店の外が騒がしいですね…。一体どうしたと言うのでしょうか。どうやら私のお店の入口で艦娘がもめているようですが…あまり入口で騒がれると他のお客さんが入れなくなってしまいます。おそらく駆逐艦の子達だと思うのですが、何かあったのでしょうか?私のお店に駆逐艦の子だけで来るのは非常に珍しいので、少し気になります。ちょっと外の様子を見てみましょうか。

 

「どうしたのですか?あら、望月ちゃんに三日月ちゃんに長月ちゃんね。一体どうしたのですか?とりあえずお店に入りなさい。そこで騒がれると他のお客さんの迷惑になりますから。」

 

私の言葉に、三日月ちゃんと長月ちゃんはホッとしたような表情を見せましたが、もう一人の望月ちゃんの表情が曇りましたね。どうやら三日月ちゃんと長月ちゃんが、望月ちゃんを私のお店に連れてこようとして、入り口で望月ちゃんが抵抗していたようですが、どういう事でしょうか。とりあえずカウンター席が空いているので、カウンター席に三人を座らせて事情を聞いてみましょう。

 

「さて…、それで何があったのですか?事情を話してくれれば、私で良かったら力になりますが。」

 

「良かった…鳳翔さん、聞いてくれよ。ここに居る望月の奴なんだが、最近は部屋にずっと引き籠もりがちで、食事の時もなかなか鎮守府食堂に来ないんだ。それで流石にこのままじゃ拙いと思って、鳳翔さんに助けてもらうつもりで私達がここまで連れてきたんだが…。」

 

「お店に入る所で、面倒くさい…と騒ぎ出しちゃいまして。最近望月ちゃん、部屋でカップラーメンばかり食べていたみたいだから、私も心配で。」

 

長月ちゃんと三日月ちゃんの話を聞きますと、カップラーメンばかり食べている望月ちゃんの体が心配になって、今日私のお店に連れてきたという事のようですね。そして健気にも自分達のお小遣いをかき集めて、望月ちゃんに私のお店で御飯を食べさせようとしたようです。ところが、肝心の望月ちゃんと言えば、部屋から出る事自体が嫌だったようで、散々抵抗した挙句に、私のお店に入る直前で最後の抵抗に出たようです。流石に長月ちゃんや三日月ちゃんの話を聞いている間、望月ちゃんも居心地が悪いのか、私と視線を合わせないように顔を下にしていますが…。困りましたね。

 

「望月ちゃん、お友達がこんなに心配しているのですから、食事はきちんと食べないといけませんよ?特に貴方達駆逐艦の子達は、毎日海の上を駆け回るのですから…体調は万全にしておかないと。」

 

「…はぁ~い。でもカップラーメンでも問題ないし~。」

 

『バンッ!』…あら、私とした事が…。思わずカウンターテーブルを思い切り叩いてしまいました。たしかにカップラーメンでもお腹は膨れますが、毎日食べていては栄養的にかなり問題ですし、友達をこんなに心配させてはいけません。私がテーブルを叩いた音に驚いて、他のお客さんの視線が私に集まり、目の前の望月ちゃん達三人もビックリした表情で私を見ています。これはなんとか取り繕わなくてはいけませんね…とりあえず笑顔で…。

 

「望月ちゃん?望月ちゃんの気持ちも分からないでもないですが、こんなに友達も心配しているのですから、せめて生活だけはきちんとした方がいいと思いますよ。とりあえず今日は、ここで夕食を食べていきなさい。」

 

「ご…ご…ごめんなさい。こ…こ…これから…は、す…少しは真面目に生活するから。」

 

望月ちゃんが物凄く怖がっているのは釈然としませんが、一応私に約束をしてくれました。長月ちゃんや三日月ちゃんまで震えている事と、周りのお客さん達がヒソヒソ話しているのは気になりますが、細かい事を気にしても仕方ないですから、まずはこの子達に何かを作ってあげましょう。

 

…そうですね、ここしばらくカップラーメンだけで生活をしていた望月ちゃんには、栄養のある物を作ってあげないといけませんね。お魚に御飯にお味噌汁、あとそうですね…あっ、折角ですからひじきの煮物でも作りましょうか。ひじきはカルシウムが豊富ですし、食物繊維や鉄分も豊富ですから、栄養満天なので、こういう時の料理にはピッタリです。

 

まず乾燥ひじきを簡単に水で洗ってから、しばらく水につけて戻して、熱湯で短く茹でます。ひじきの煮物は油揚げや大豆だけを入れたシンプルな物でも美味しいですが、今回は望月ちゃんに栄養たっぷりの料理を食べさせなくてはいけません。ですから、今回は様々な野菜も入れて煮物を作る予定です。まずは油あげの油抜きをして、今日の下準備で作ってあった大豆の水煮を用意しておきます。次に今回使えそうな野菜…そうですね、蓮根、人参、そして牛蒡がありますね。根菜類はこの料理に良く合うと思うので、この辺りを一緒に煮物にしましょうか。

 

それでは蓮根をまず薄くイチョウ切りにして、煮物を作るまで水につけておきます。人参も薄めのイチョウ切りにしておきましょう。あとは牛蒡ですね。これは少し歯ごたえをつけるために、ささがきではなく小さめの乱切りにします。こうするとシットリとしたひじきと一緒に、歯応えのある野菜を楽しめますから、美味しく食べられるのではないでしょうか。

 

これで材料の準備は完成ですね。それではまず野菜類に火を通さなくてはいけません。蓮根、人参そして牛蒡を軽く炒めて…更にひじきを投入して軽く炒めます。そろそろ火が通ったでしょうか。ひじきもシンナリして来ましたから、そろそろ油揚げと大豆の水煮を入れて…更に炒めていきます。

 

全体的に油が馴染みましたね。それではここに、みりんに砂糖、そして薄口醤油に出汁を入れて、しばらく煮込みましょうか。味は…いいですね。少しだけ塩を入れて味を整えます。良い匂いが立ち込めてきましたね。料理の色合いも、黒いひじきに、オレンジ色の人参、そして味の染み込んだ少し茶色の蓮根に牛蒡に大豆、そして油揚げ…綺麗ですね。これなら少しごねていた望月ちゃんにも、美味しく食べてもらえると思います。お魚がまだ焼けていないですが、先に御飯とお味噌汁とこのひじきの煮物を出してあげましょうか。

 

「はい、望月ちゃん。それに長月ちゃんに三日月ちゃん。お魚はまだですけど、おかずが出来ましたから、御飯とお味噌汁も出しますので、先にお上がりなさい。」

 

 

 

駆逐艦 望月

 

 

あぁ…死ぬかと思った~。今日も部屋でゴロゴロしていたら、急に友達の三日月と長月が部屋に押しかけてきて、なんか私がちゃんと食事をしていないだの、生活リズムが乱れているだの言い出して…挙げ句の果てには鳳翔さんのお店に引きずられて…。トドメは鳳翔さんの物凄く怖い笑顔。一瞬、心臓が止まりそうになったねぇ。私の後ろに座っていた戦艦のお姉さん達が『鳳翔さん、怒っているな…』なんて言っていたのも聞こえたし。流石にあんな顔をされたら、面倒くさがり屋の私でも、素直に言う事聞くよ。どうせ抵抗したって、無駄だって分かってるし~。

 

黙って待ってたら出てきた今日の私の夕御飯。別にカップラーメンだって美味しいから、こんな凝った御飯食べなくたっていいんだけどね~。毎日鎮守府食堂まで行くのは面倒くさいし、栄養が~なんて言われたって、私はちゃんと生きているっての!まぁ、今日は美味しいという噂の鳳翔さんのお店で食事を出してもらったから、今日はこれ食べよっかな。今から部屋に戻ってカップラーメンってのも、面倒だし。えっと…御飯とお味噌汁はいいんだけど、この黒い料理は何なんだろうね。まぁいいや、とりあえず食べてみよっと。

 

おぉー。いいねぇ。なんか凄く美味しいんだけど、これ何?私がいつも食べているカップラーメンの味と全然違うんだけど。なんていうか、結構濃い味付けなんだけど凄く美味しいっての?甘辛いんだけど、凄くすっきりした味って言えばいいのかな。蓮根や牛蒡はいつものカップラーメンよりも固めで歯応えがあるけど、人参や大豆は柔らかめで、歯応えが全部違うんだね。それでもって、油あげはジュワっと美味しさが染み出てくるし、この黒い細い物はシットリとした感じでマジで旨いんだけど。それにこの黒い物を噛んでいくと、お汁がジワッ~と口の中に広がるし。

 

んっと…これだけじゃ全然足りないんだけど。少し口の中が辛くなってきたら御飯を食べて、御飯が口の中から無くなったらまたこのオカズを食べて…ってやってたら、あっという間にオカズがなくなっちゃたんだけど、どうするよ?鳳翔さんが料理していた鍋の中には、これと同じ料理がまだ残っているみたいだから、追加を頼めばいいよね。

 

「おかわり…」

 

私が普通に食べている姿を見て安心したのか、鳳翔さんの顔の笑顔がさっきの怖い笑顔ではなくて、普通の笑顔になった感じかな。やっと私も安心して食べられるよ…良かった~。んじゃあぁ、おかわりが来たら、そろそろ本気で食べよっかな。この後、魚も出るみたいだし。…ん?隣の長月や三日月の奴らも、物も言わずに出てきた御飯食べてるよ。つーか、私に御飯を食べさせるためにここに連れてきたんじゃないのかよぉ。あんた等が真剣に食べてるじゃん。まぁいいけどさ。それにしても、これマジで旨いわ。カップラーメンなんかと比べ物にならないって。また無くなっちゃたな…もう一回だけお代わりしよっかな。

 

「お母さん、おかわり…あっ」

 

しまった…。私何言ってるんだ!?なんか自然に…。周りの空母のお姉さん達が生暖かい笑顔を見せてるし…うわぁ…恥ずかしい。三日月も長月もこっち見るなよ~。

 

 

 

空母 鳳翔

 

 

何か久しぶりにそう呼ばれた気もしますが、望月ちゃんもつい言ってしまったのでしょうから、聞かなかった事にしてあげた方が良さそうですね。望月ちゃんの言葉に、生暖かい笑顔を見せていた空母娘達を一睨みして黙らせたら、望月ちゃんにもう一回お代わりを出してあげましょうか。…それにしても、赤城さんや加賀さんも生暖かい笑顔をしていましたが、貴方達も昔はこうやって私の事を呼んでいたのを忘れたのですか?流石に今は大きくなりましたから、そんな事はないのでしょうけど、駆逐艦の子達はまだ小さいのですから、こういう間違いだってありますよ。

 

それにしても、普段カップラーメンしか食べないと聞いていた望月ちゃんが、普通に食事をしてくれたので少しホッとしました。これだけ私の料理を食べてくれるのでしたら、問題ないでしょうね。とはいえ、いつも私のお店で食事をするという訳には行きませんから、鎮守府食堂で食事をする癖をつけてもらわなくてはいけませんが。しかし、何故望月ちゃんはカップラーメンしか食べていなかったのでしょう。鎮守府食堂の食事は、定番料理が並ぶため飽きやすいとは聞きますが、不味いという評判は聞いた事がありません。この機会に望月ちゃんから理由を聞いておいた方が良さそうですね。

 

「望月ちゃん、美味しそうに食べてくれて私も嬉しいですよ。ところで、どうしていつもカップラーメンを食べていたのですか?鎮守府食堂の食事は合わなかったのですか?」

 

あら?私の質問に対して、同行していた長月ちゃんと三日月ちゃんが『あ~ぁ』という表情をしていますし、望月ちゃんの箸の動きが完全に止まり、そっぽを向きました。どういう事でしょうか。

 

「あ~、その…鳳翔さん。望月の奴は、極度の面倒くさがり屋で、鎮守府食堂に行くのすら億劫だと感じていたみたいなんだ。」

 

まさか…来店時に言っていた、鎮守府食堂に行かないというのは、鎮守府食堂の料理が嫌いなのではなく、只単に行くのが面倒くさかったという事ですか??。それでいつも部屋でカップラーメンを食べていた…これはお代わりの前にお説教をしないといけませんね。

 

「なんか、やばそっ…。そろそろ戻って寝るよー。」

 

その場の空気の変化を感じ取ったのか、望月ちゃんがそれまでの緩慢な動きが嘘のように素早い動きでお店から逃げようとしていますが、そうは問屋が卸しません。

 

「赤城さん、瑞鶴さん。望月ちゃんを捕まえて、そこの椅子に座らせてください。望月ちゃん、あなたの生活態度について、ちょっとお説教があります。」

 

逃げようとした望月ちゃんは、友達の長月ちゃんと三日月ちゃんに腕を掴まれて逃走を阻まれただけではなく、赤城さんと瑞鶴さんによってしっかり確保されました。流石の望月ちゃんも、空母娘二人に捕まってしまってはどうしようもないと感じたのか、ようやく観念したようです。はぁ…私は望月ちゃんのお母さんではないですが、今回はしっかりお説教をしなくてはいけませんね。そして、これからしばらくはこの子の食事について、少し気をつけないといけません。…また仕事が増えました。

 

 

その日、それなりの時間をかけて望月ちゃんにお説教をした結果、これからしばらくは、夕食を私のお店で食べる事を約束させる事に成功しました。そして望月ちゃんをここまで連れてくる役を長月ちゃんと三日月ちゃんが引き受けることになり、結局三人揃って私のお店でしばらく夕食を食べる事になりました。長月ちゃんと三日月ちゃんは、降って湧いた幸運を喜んでいますが、このお代はあの人に頼んで、鎮守府の経費で出してもらいましょうか…。

 

それと一つだけ不本意な事が今回判明しました。今回私が望月ちゃんにお説教をしていた時に気づいたのですが、赤城さんや加賀さんまで、時々私のお説教に反応しているのか、首を竦めるような動きをしている事を何度か見かけたのです。私の事をそんなに怖がっているのでしょうか。とても不本意です。

 




以前この物語で登場した初雪と今回の望月。どうやってキャラを分けようか…と少し悩んだのですが、望月の方には純粋にモノグサな感じにしてみました。この辺りは、完全に艦これのキャラ優先です。

ひじきの煮物。これはシンプルな物から、今回登場させた様々な物が入ったものまで、美味しいですね。作者としては、大豆と油揚だけのシンプルな物が好きなのですが、実際に我が家で出るひじきの煮物は、今回登場させたような野菜がかなり入るタイプが多いです。これはこれで、歯応えが野菜によって少しずつ変わるので、しっとりとしたひじきと一緒になった時の美味しさは非常に楽しめるので好きなわけですが^^;

さて、望月さんは今回鳳翔さんからお説教をされたわけですが、多少は生活態度を改めるのでしょうかね…。おそらくお店に来ている間は良いのでしょうが、結局は元の木阿弥になりカップラーメンな生活に戻る気がしないでも…。そして望月へのお説教を周りで聴いていた空母娘達は、自分が昔されていたお説教を思い出して、首をすくめていた娘がかなり居るような…。

期せずして、駆逐艦の問題児の面倒を少しの間見る事になってしまった鳳翔さんですが、どんどん仕事が増えてしまっているようで大丈夫なのでしょうか。本当は、秘書艦の金剛に全てを任せて自分のお店に専念したいところでしょうが、結局は『あらあら…』な感じ全ての面倒を見てしまう事になりそうですね。まぁ、それが他の艦娘達も分かるため、何か困った事があると、鳳翔さんの所に来ているのかもしれませんがw

今回も読んでいただきありがとうございました。


ひじきの煮物(四人分)(味はコッテリ系)


乾燥ひじき :30-40g
大豆の水煮 :100-150g
蓮根    :50-100g
人参    :半分くらい
牛蒡    :50-100g
油揚    :一枚くらい

薄口醤油  :60mLくらい (大匙4)
みりん   :60mLくらい (大匙4)
砂糖    :25gくらい(大匙2.5)
出汁    :350-400mL
塩     :少々

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