鎮守府の片隅で   作:ariel

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獅子唐辛子って、大体どんな風に料理しても美味しいですよね。


第三話 天龍と獅子唐辛子

ここ数日、暑い日々が続きます。提督の許可をもらい、鎮守府内に作ってもらった私の小さな菜園でも、今はほぼ毎日のように夏野菜の収穫が出来ています。妖精さん達に手伝ってもらいながらの作業ですが、今日も数多くの夏野菜が収穫出来ました。これだけ収穫出来ますと、しばらくは野菜の仕入れをしなくても、鎮守府内の菜園からの野菜だけでお店は回りそうですから、ありがたいことです。

 

「鳳翔さん、獅子唐の焼き物を頼むぜ!」

 

「天龍ちゃん、私も頂いていい?」

 

この所、遠征任務の繰り返しのため、なかなか二人揃って・・・という訳には行かなかったようですが、今日は久しぶりに軽巡洋艦の天龍さんと龍田さんが揃って来店し、カウンター席の一角を占領しています。二人とも、私とほぼ同時期にこの鎮守府に着任した古株。私は既に第一線を退いていますが、二人は今でも遠征任務の主力として、多くの駆逐艦の子達を引き連れて頑張っているようで、忙しい日々を送っているみたいですね…頭が下がります。

 

今日は暑いですから、二人とも既に麦酒で乾杯して、今は楽しくおしゃべりをしています。そして軽く摘める物という事で、天龍さんが獅子唐辛子の焼き物を注文してきました。幸いな事に、今日は私の菜園で収穫出来た獅子唐辛子がかなりありますので、それを焼きましょうか。少し大きめの獅子唐辛子を選んで・・・網を使って少し焦げ目がつくまでじっくり焼きます。あら・・・少し小さな獅子唐辛子も混じってしまいましたが・・・これはサービスで入れておきましょうね。

 

鎮守府の近くの飲み屋でも、この時期、獅子唐辛子の焼き物は定番として出てくるようですが、その多くは塩や醤油で味付けがされているようです。私のお店でも塩と胡椒は使いますが、やはりこの時期は暑いですから、少しでもさっぱり感を味わってもらうために、レモンをつけてお出ししています。このちょっとした酸味が、艦娘達からの評判も良いようですね。

 

「はい、お二人とも。獅子唐辛子の焼き物が出来ましたよ。どうぞ。」

 

「おっ、待ってました!よし、龍田食べようぜ。鳳翔さん、後は適当に軽い物を頼むわ。それと、麦酒お代わり!」

 

はいはい、分かりました。私のお店に来る艦娘達は、こんな感じで私に注文をお任せしてしまう子達も結構います。特に天龍さん達のように昔から一緒に戦ってきた子達にその傾向が強いのですが、これまで私の選択に文句を言われた事はないので、以心伝心という事なのかもしれません。とりあえず、いくつか小料理を鉢に取り分けて天龍さん達に出してあげましょう。

 

麦酒に獅子唐辛子の焼き物は結構合うようで、私が鉢に小料理を小分けしていく間にも、どんどん獅子唐辛子がお皿から消えていきます。こんな事なら、もっと焼いてあげれば良かったですね。

 

「うん!これは美味い。鳳翔さん、やっぱり夏野菜の焼き物は、麦酒に合うな。」

 

「天龍ちゃん、もう少し私にも食べさせてよ。ほとんど天龍ちゃんが食べているじゃない…。」

 

あらあら、龍田さんが一つ食べる間に、天龍さんは二つ以上口に運んでいる感じですね。ひょっとしたら、追加のオーダーが入るかもしれませんから、準備しておきましょうか…。

 

「う・・・辛っ!」

 

「あはははは。天龍ちゃん、大当たり~。」

 

あら?辛い獅子唐辛子が当たってしまったようですね。この時期の獅子唐辛子は、それほど『当たり』はないと思うのですが・・・どうやらサービスで入れた筈の小さな唐辛子が大当たりだったようです。申し訳ないことをしてしまいました。

 

「あら・・・ごめんなさいね、天龍さん。大丈夫かしら?」

 

「お・・・おぅ。この天龍様が、これしきの事で・・・」

 

・・・強がっていますが、目に涙が浮かんでいます。たしか天龍さんは、見かけによらず辛い物は弱かったですから、尚の事応えたのでしょうね・・・龍田さんは、隣で笑っていますし・・・。お詫びに一品何かサービスでもしましょうか。

 

「天龍さん、ごめんなさいね。何か一品サービスしますから、勘弁してくださいね。何がいいかしら…。」

 

「いや鳳翔さん、別にそんな気を使わなくても俺は大丈夫だぜ。でもサービスなら、何かお腹にあまり貯まらなくて、温かい物が食べたいな。」

 

なるほど…温かくてお腹にあまり貯まらない物ですか…どうしましょうか。野菜の焼き物を追加しても良いのですけど、野菜の焼き物は何品か既にお出ししていますし…煮物でもいいのですが、少し軽い物が良いようですから、魚や肉の入った煮物という訳にもいきません。いえ…そういう事でしたら、厚揚げの煮物…そうですね…折角ですから名誉回復の意味も込めて、厚揚げと獅子唐辛子の煮物を作りましょう。茄子と獅子唐辛子の煮物でもお腹には貯まらなくて良いのでしょうけど、天龍さんはだいぶ麦酒を飲んでいるようですし、いくらお腹に貯まらない物と言っても、少しはお腹が膨れる物の方が良さそうです。

 

いつ注文が入っても問題がないように、油抜きした厚揚げは準備してありますから、これを少し食べやすく切り分けましょう。それと、また辛い獅子唐辛子が混じってしまっては申し訳ないので、今度はへたの部分を切り取って、万が一辛い獅子唐辛子が紛れ込んでいても、問題ないようにしておきます。それと獅子唐辛子は一度、胡麻油で炒めますから、炒めている最中に破裂して形が崩れないように、少しだけ隠し包丁を入れておきましょう。

 

さぁ、これで材料の準備も出来ましたから、それでは炒めましょうか。普通の油で炒めても良いのですが、やはりこの料理は、ほんのり胡麻油の香りがあった方が食が進みますから、胡麻油で獅子唐辛子を炒めて、そこに切り分けた厚揚げと出汁を入れましょう。そして…このままでも美味しいのですが、天龍さん達はもうだいぶ飲んでいますので、少しだけ味を濃くした方が良さそうですね。

 

砂糖と日本酒、醤油を使って、少しだけ味を濃い目に整えて…あとは少し煮込んで出来上がりです。最後に煮汁を厚揚げに馴染ませるために、ほんの少しだけ醤油を入れて…味は…大丈夫ですね。これなら満足してくれるはずです。

 

「はい、天龍さん。厚揚げと獅子唐辛子の煮物です。今度は辛い獅子唐辛子は入っていないですから、大丈夫ですよ。」

 

「おぉ!流石は鳳翔さん。あっという間に美味しそうな料理が出てきたぜ。龍田も少し食べるか?」

 

「うん、天龍ちゃんの少し貰うわ。」

 

おそらくこんな事になるだろうな…と考えて、一人前より少し大目に作ってお出しして正解でした。厚揚げの煮物は、魚類や肉類に比べればお腹に溜まりませんけど、満足感は得られるでしょうから、お酒をだいぶ飲んでいるこの二人には丁度良い料理のはずです。

 

「厚揚げに染み込んでいる出汁が最高だな~、おぃ。それに、少しこってり目の味が、凄くいいぜ…鳳翔さん、これ最高だよ。龍田…これは俺のだぞ!少しは遠慮しろよ!」

 

「だって…これ美味しいから…厚揚げは勿論美味しいけど、この獅子唐辛子もお出汁に馴染んで美味しいわ。天龍ちゃんだけに食べさせていたら、勿体ないくらいよ。」

 

「なっ…龍田。それどういう意味だよ!俺には、この料理は勿体無いって言う気か!?」

 

あらあら…喧嘩する程に仲が良いと言いますが、二人とも本当に楽しそうですね。それにしても、天龍さんも龍田さんも喜んでくれて良かったです。あっ…この料理、ちょっと失敗したかもしれません。この料理ですと、麦酒よりも日本酒などが飲みたくなってしまいます。そして、日本酒を飲み始めると必然的に炭水化物も食べたくなるわけですから…。

 

「鳳翔さん、この料理食べていたら日本酒が飲みたくなったぜ。辛口の日本酒を出してくれよ。それと日本酒を飲む以上、しっかり食事もしたいな。ご飯物も含めて食事が出来るような物も一緒に出してくれよ。」

 

「私にも、お願いね~。」

 

やっぱり、こうなりますよね…。うちのお店の売り上げ的にはありがたいのですが、これだけ飲んで食べていたら…軽巡洋艦だったお二人が、重巡洋艦になってしまいそうです。

 




この時期の獅子唐辛子は『当たり』は少なく、安心して食べられるのですが、それでも小ぶりの物には時々当たりがありまして…。お店で出してもらう時は、それ程当たりはありませんし、へたの部分が取られていれば辛味がないため問題ありませんが、このお話に出てくるような事をやった経験がありますw。予期していない時の急な辛さって…結構応えるんですよねw。

ちなみに獅子唐辛子の焼き物、おそらく定番は塩もしくは醤油などが多いと思いますが、個人的な好みとしては、レモンを少しかけて酸味を出した焼き物が好きです。おそらく魚の焼き物であれば、塩とレモン(酢でもいいのですが)が定番だと思いますが、野菜の焼き物でもちょっとした酸味があると、お酒も食も進むわけでして…。

今回のお話のメインに出てきた、厚揚げと獅子唐辛子の煮物。これはジャスティスですw。おそらく、飲み屋ではある種の定番のメニューだと思いますが、これの美味しいお店って、だいたい当たりなんですよねw。私の馴染みの飲み屋でも、この料理はその時の状態に応じて、最後に軽く味を整えてくれまして、だいぶ飲んでいる状態ですと、今回のお話のように少し濃い目に味を調整して出してくれます。やはり小さな飲み屋で馴染みのお店ですと、こういうちょっとした配慮があるので、良いんですよね…って、どう見ても駄目な飲んべぇに思われそうですが、私そんなにお酒は飲まないですよ?本当ですw。

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